沿革

  本研究会は、日本のスラヴ学の創始者である木村彰一の薫陶下で育った千野栄一(チェコ語)と吉上昭三(ポーランド文学)のイニシアチヴにより、ポーランド、チェコ、スロヴァキアの文献学を専攻する若手研究者を糾合して、1984 年に「西スラヴ学研究会」として発足した。飯島周(一般言語学)も当初から積極的に参加した。


 研究会活動の主軸となる『西スラヴ学論集』(Slavia Occidentalis Iaponica) 第 1 号は、1986 年 6 月に刊行された。千野、吉上の連名で執筆された巻頭言で、「西スラヴ、南スラヴの分野での若い研究者の着実な増加」と、「新進の研究者たちの研究発表の場を設ける必要性」と述べられているが、これが研究会立ち上げの動機である。当初の会員は 17 名であった。


 5 年後の 1991 年 3 月に『論集』第 2 号が「木村彰一追悼号」として刊行された。「まえがき」で千野は木村を「日本のスラヴ学の基礎」を創ったと評価して、「ロシア語以外のスラヴ語も重要視して、日本のスラヴ学をバランスのとれたものにしなければならない」という木村の言葉を引用している。この段階での研究会は、会員が年に数回集まって交流し、情報を交換するというかたちの「緩い」組織体だった。


 以上の時期を第一期とすれば、第二期のはじまりは、2000 年 3 月の『論集』第 3 号の刊行である。この号から常設の事務局が編集を担当することになり、投稿規定が明文化されて、投稿原稿の「査読」制度が取り入れられた。論文だけでなく講演記録、翻訳、書評、資料紹介などが掲載されるなど、制度化がはじまった。同時に「日本西スラヴ学研究会」という正式名称が定められて、会則が制定された。会則のなかで研究会の目的は、「日本におけるスラヴ学の研究発展に寄与し、研究者間の交流を促進すること」、具体的な活動内容は、「研究発表会、講演会、シンポジウム等の開催」、「論集の発行」などと規定された。あわせて会長職も設置された(初代会長は千野栄一)。このような研究会の制度化が可能になったのは、1991 年 4 月から東京外国語大学にポーランド語専攻とチェコ語専攻が設置され(名称は当時のもの)、日本における西スラヴ研究の主要拠点のひとつになったことが、大きな意味を持っている。


 以後、『論集』は毎年一冊ほぼ定期的に刊行されるようになった。毎年 6 月の大会(総会と講演会)、会員をはじめ内外の研究者による秋季(冬季)講演会、折にふれたシンポジウム、そして春季研究発表会など、年間の企画サイクルも定着した。外国籍の会員の入会と『論集』への寄稿が増えたのも、第二期の特徴である。それを反映して掲載論文は、日本語だけでなく英語、チェコ語、ポーランド語、ブルガリア語などのものも見られるようになった。会員数も 2000 年-36 名、2005 年-50 名、2007 年-62 名と着実に増加した。


 研究会としての次の第 3 期への転機は、2011 年 6 月の総会で決定された「日本西スラヴ学研究会」から「日本スラヴ学研究会」への改称の決定であろう(公式の改称は一年後の 2012 年 6 月から)。研究会はすでに以前から、実質的には南スラヴ研究者なども包含する組織体になっていたが、この改称によって名称上も、すでに立ち上げ段階で意図されていたような、西スラヴ学と南スラヴ学研究者、さらに東スラヴ学研究者の一部も含めた幅広い相互交流の場になった。研究会の改称にともなって『西スラヴ学論集』は、2013 年刊行の第 16 号から『スラヴ学論集』(Slavia Iaponica) と改められた。それをきっかけとして 2013 年 6 月には、『論集』の編集体制が拡大改編された。


 また近年は、言語学、文学のみならず、美術、音楽などを専門とする研究者、バルト諸国やハンガリー、イディッシュなどの研究者も加わり、中東欧文化の包括的な研究組織としての側面も有している。国外の研究者による講演会もしばしば開催するなど、国際的な学術交流も積極的に行ない、2014 年には日本ロシア・東欧研究連絡協議会 (JCREES) に加盟した。また 2014 年 6 月に若手と中堅の会員の研究を奨励する目的で、「日本スラヴ学研究会奨励賞」が設置された。2016 年 10 月現在で『スラヴ学論集』は 19 号まで刊行され、現時点での会員数は 82 名である。


   最後に、『スラヴ学論集』(2015 年/第 18 号)の「まえがき」から、本研究会を適切に特徴づけた個所を引用しておきたい。――

 

「日本スラヴ学研究会はスラヴ諸国、諸民族の言語・文学・文化について研究するさまざまな世代の研究者のあつまりです。スラヴ諸民族のいずれを関心の中心とするか、どのような視点に立ちどのような方法に拠るか、それぞれの立場は異なります。しかし、異なる背景、異なる関心を持つ同僚たちとの交流により視野を広げ、自らの研究をより豊かなものにすることができる場、それが日本スラヴ学研究会です。」

 

文責:長與進