奨励賞選評 2022-23 年度

【受賞作】

半田幸子『戦間期チェコのモード記者ミレナ・イェセンスカーの仕事―〈個〉が衣装をつくる』(春風社、2022年)

 

【選考過程】

 選考にあたっては、まず会員にむけて電子メールおよび公式サイト上で「2022-23 年に刊行された単著の研究書」の中から候補作を推薦するよう呼びかけた。その結果、1 件の単著について 2 件の推薦があった。

 3月7日に推薦を締め切った段階で、内規第 5 条に基づき、西成彦会長、木村護郞クリストフ企画編集委員長、菅原祥編集委員長と、企画編集委員会によって指名された大平陽一の 4 名によって選考委員会が結成され、指名により大平が選考委員長を務めた。

 その後、4 名の選考委員がオンライン会議で選考の段取りなどを決定した後、候補作が奨励賞にふさわしいかの具体的な審議は、電子メールで行われた。

 

【選考結果】

 審議の結果、選考委員会は、上記の候補作が奨励賞にふさわしいものと認めた。以下は、選考委員会としての所見である。

 

【所見】

カフカの付属部、あるいは「シャドウ」としてしか扱われてこなかったミレナ・イェセンスカーのモード記者としての仕事の全貌を、千三百以上に及ぶチェコ語の記事に当たって紹介しようという試みは我が国ではこれまで類例がなく、その意義は大きい。とりわけ巻末の補遺としてイェセンスカーの全ての記事を目録化した労は多とすべきであり、本書が今後のイェセンスカー研究のための「研究基盤を構築」(294)したことに疑問の余地はない。

イェセンスカーの執筆活動を概観したうえで、その膨大な記事を扱うにあたって、著者が「モード」を切り口にしたことは、本書を単なる人物研究にとどまらないものとしている。それはイェセンスカー研究の大きな可能性を示唆する反面で、本書の価値をはかりにくいものにもしている。おそらくは単なる人物研究を超えていく可能性がスケッチされるにとどまり、深く掘り下げられていないからであろう。

著者の言う通り、イェセンスカーの記事の考察は「放射状にさまざまな分野に対して新たな視座を提示することができる」(17頁)のは明らかであるにもかかわらず、著者は大きな可能性を「におわせ」るだけで、紹介以上には深く掘り下げようとはしておらず、いくつもの興味深い問題が具体的にどう戦間期チェコという時空間に位置づけられるのか、十分に考察されているようには見えない。

たとえば、イェセンスカーの「女性解放論でもなく、保守的でもない」(191-192頁)ジェンダーに関する考え方は、あれかこれかの二項原理を逃れた、今日の観点からも興味深い独特のものであり、その紹介には十分意義があると考えられるが、それにしてもイェセンスカーの主張のフェミニズム史における意義などの問題に立ち入ろうとしない著者の姿勢が惜しまれる。

著者は終章において、今後の課題として、イェセンスカーをチェコ・モダニズムに位置づけることをあげているが、著者自身の指摘する通り「イェセンスカーは、さまざまな場面で、たびたび『モダンな』(moderní)という言葉を用いた」(194頁)のであり、その事実は否応なく同時代のチェコ・モダニズムとの関係の検討へと著者を向かわせてはいるように見受けられる。にもかかわらず、この場合も、著者はあくまで禁欲的な姿勢を崩さず、本文では「ロースの建築作品が戦前ウィーン派と一九二〇年代のチェコの建築スタイル(純粋主義、機能主義)とを結ぶ要素となっている」と述べるにとどめ、やや詳しい議論は注に押し込めた上で「本書においては、この点に関しては深入りすることは避ける」(215頁)と打ち切るのである。資料5の「イェセンスカーの記事目録」には、ドイツ工作連盟による画期的なシュツットガルト住宅展について四本もの記事(Nos. 865, 867, 868, 870)があり、デヴィェトスィルを代表する建築家ホンズィークの著書『モダンな住まい』(No. 956)についての記事もあるのだから、もう少し踏み込んで論じてほしかったと思うのは、無い物ねだりではないはずである。今後の研究の深化に期待したい。