Maps of Life: 38 ways of drawing

Maps of Life: 38 ways of drawing


「人生の地図」つくり方

悔いなく賢く生きるための38の方法


筑摩書房2024.3. 2,310円

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自分なりの「人生の地図」を作って、先の見えないこの時代を生き抜こう。

洗練された経営学やビジネスの理論を読み解くことで、多角的な視点を提供。

深い気づきが得られる、真に役立つ人生の羅針盤!

あれか、これか。

迷うことばかり・・・・・・、

どう生きる?

刊行あいさつ

『「人生の地図」のつくり方 悔いなく賢く生きるための38の方法』刊行あいさつ


謹啓

 どうも温暖化の影響で、毎年冬に北海道のオホーツク沿岸に流れ着く流氷の厚みは、この30年間で3割も減ったそうです。温暖化の兆候はさまざまですが、いまや温暖化について語ることは、時候の挨拶の代わりになってきました。

 皆様、いかがお過ごしでしょうか。平素は格別のご高配を賜り、厚くお礼申し上げます。

 このたび、拙著『「人生の地図」のつくり方 悔いなく賢く生きるための38の方法』を上梓いたしました。タイトルは指南書的ですが、中身は広い意味での経済思想であります。当初は、『人生の選択理論』とか『人生の理論』といったタイトルを想定していました。けれども最終的に、編集者の石島裕之さんのご提案でこのタイトルに決めました。広く一般の読者に手に取ってもらいたいとの願いからです。

 また各章のタイトルも、石島さんにご提案いただき、ポップな文体になっています。さらに今回、石島さんに本文そのものを洗練していただきました。石島さんにとって大変な作業だったと思いますが、おかげさまで随分読みやすくなったのではないかと思います。「あとがき」でも触れましたように、本書は石島さんによる全面的なプロデュースに負っています。石島さんに改めて感謝の意を表します。

 本書の執筆のキッカケは、まだコロナが世界を席巻する前の2019年の夏に、IVR(国際法哲学会)での報告のためにスイスを訪れたときのことでした。チューリッヒ空港から帰りの便に乗る際に、空港の本屋でKrogerus, Mikael and Roman Tschäppeler, The Decision Book: Fifty Models for Strategic Thinking, W. W. Norton & Company.という本をみつけました。これが直感的に面白そうだと思ったのです。この本は、ビジネス理論を簡単に紹介した安直な内容(半分はイラストや図表)ではありますが、近隣分野を含めて、さまざまな理論を網羅的に並べており、アイディアの宝庫のようです。

 ビジネスの理論は、実際には安直なものが多く、おそらくビジネスに携わる方々もそれほど真剣に受けとめず、「使えるものは使う」という具合に、割り切った態度で向き合っているのではないかと察します。しかしどんなに安直な理論でも、人々の関心を集める有名な理論であれば、その後、代替理論や修正版が提起されているはずです。ところがそうした理論の発展の経緯は、ほとんど紹介されていないことに気づきました。加えてビジネスの理論というのは、論理的に突き詰めていない場合が多い。私はそこで、ビジネスの理論を哲学的に発展させることができるのではないかと考えました。その成果が本書であります。

 ビジネス理論の哲学というのは、胡散臭いように思われるかもしれません。しかし経済思想という学問は、最も実利的な思考から、最も深遠な哲学へと橋渡しをすることができるのではないか。それを徹底的に試みよう、というのが本書のモチーフであります。

 なぜこんな本を書こうと思ったのかと言えば、一つには不識庵という塾で、ビジネス・エリートたちをまえに、拙著『自由原理』や『解読ウェーバー』などを講義する機会があり、そのときに受講生の方々が作成した拙著のレジュメとプレゼンに触れて、大いに刺激を受けたからでもありました。受講生たちのレジュメはどれも、これまで私が作成したどんなレジュメよりも精巧に作り込まれています。ビジネス・エリートたちの知的水準の高さに驚かされました。それだけでなく、彼/彼女らはビジネスをしているのに、なぜ実利と関係のない経済思想の本を読んで議論する暇があるのでしょうか。実はビジネスと経済思想は、とても関係しているのですね。

 私はそれで大学生たちに話すのです。「みなさんは、思想や哲学というのは自分の人生にあまり関係がないと思っているかもしれないけれども、ビジネスの世界に入っても、こういう哲学・思想の本を読んで議論するのだよ」と。ビジネスパーソンが必要としている哲学がある。私はこの現実を理解するようになりました。

 本書で取り上げたビジネスの理論は、MBAコースなどで教えられていますが、基本的な理論を鵜呑みにするのではなく、また「使える理論を使う」と発想するのではなく、そこからどうやって深く考えていくのか。本書は哲学の観点から、ビジネス理論の背後に回る方法を示しています。いまやビジネスの理論は、心理学や経済学の理論を摂取して、さまざまな知を集積していますが、その集積された知から、私たちは人生の哲学へとすすむことができます。

 しかしこのように書くと、やはり胡散臭いようにみえるかもしれません。それは人生の哲学というものが、ほとんど存在しないからでしょう。人生の哲学は、ニーチェやショーペンハウアーに代表されますが、どうもそれ以降の展開があまりない。そこで私は、社会科学の最新の理論を取り入れる仕方で語り直してみました。

 本書は、ビジネス理論を素材に、社会科学の観点からアプローチした人生の哲学であります。ニーチェやショーペンハウアーの時代と違って、私たちの時代の哲学は、社会科学の知と切り離すことができません。本書が読者の皆様にとって、人生を考えるための一つの素材となれば幸いです。

 むろん、私の年齢で人生について語るのは、烏滸〔おこ〕がましいです。けれども私はすでに主著『自由原理』を書いたので、もうここで人生を終えてもいいのではないか。そのような感覚で人生と向き合いました。さらに齢をとって、「あの頃は未熟だった」といえるような境地に達したいものですが、私もいつまで生きることができるか分かりません。読者の皆様のご批評を乞う次第です。

 最後になりましたが、皆様のご健康を心よりお祈り申し上げます。


謹白

2024年3月

橋本努


目次

「人生の地図」のつくり方――悔いなく賢く生きるための38の方法


目次

はじめに―― 悔いなく賢く生きるには、先人の思索が役に立つ


第1章 何から手をつけたらいいか問題――「迷ったときの選択」論

 1 「緊急の問題」と「重要な問題」の違いを知ろう

 2 ベストな選択肢の数とは?

 3 実現可能な目標を立てるために

 4 賢い商品の選び方から得られる教訓

 5 目標達成が困難なときの対処法

 6 人生の岐路で悩んだとき、どうする?

 7 有限な人生を、限られたお金でどう生きる?


第2章 長くて短い人生、どう生きる?――「人生とキャリアのプロセス」論

 8 小さな差が大きな損得となる「マタイ効果」の教訓

 9  自分を正しく知ることの困難

 10 「いま」をよりよく生きるために

 11 さまざまな「人生のピーク」を知ろう

 12 人として成長するとは、どういうことか?

 13 理想と現実、どう折り合いをつける?

 14 宗教と哲学に学ぶ「人生のプロセス」論


第3章 自分の「強み」と「弱み」を知ろう――「自己能力活用」論

 15 自分の「強み」と「弱み」を知るために

 16 「ジョハリの窓」を使って、自分を開く

 17 四つの軸から、生き方のタイプを知ろう


第4章 あなたはどんなタイプ?――職業から「人生の軸」まで

 18 あなたのキャリアの中核には何がある?

 19 自分に合った仕事を見つけるためのツール――ホランドの職業選択理論

 20 「これからの人生」を組み立てるために

 21 「欲求」のあり方で見る、あなたはどんなタイプ? 

 22 現在・過去・未来、あなたはどこに重きを置く?


第5章 自分の「立ち位置」を知ろう―― 所属する組織から「社会層」まで

 23 組織で生きる人の、二つのタイプを知ろう

 24 政治的なポジションを知るには?

 25 あなたはどの「社会層」?

 26 経済的に豊かな人、文化的に豊かな人――ブルデューの資本マトリクス


第6章 真に幸福な人生のために――「人生の価値」論

 27 プライスレスな経験のために

 28 所得の大小と幸福の関係を知ろう

 29 現代社会で求められる「コンセプチュアル・スキル」とは?

 30 人間の「欲求」をめぐる、いくつかの考え

 31 あなたが満たしたいのはどんな「欲求」?

 32 あなたは「生きがい」をもっていますか?

 33 自分の人生を複眼的にとらえるために


第7章 五つの「知の創造」論――情報の海におぼれず、人生のクオリティを高めるために

 34 「ハインリッヒの法則」から得られる教訓

 35 「パレートの法則」という残酷な教え

 36 よき本、よき音楽と出会うには?

 37 「創造的な人生」へのヒント

 38 私たちは「無知の無知」にどう対処すればいいのか?


あとがき――「よりよく生きるための知恵」を手にしたあなたへ

文献


はじめに

はじめに――悔いなく賢く生きるには、先人の思索が役に立つ


 世の中には、さまざまな人生を送っている人たちがいる。けれどもいったい、自分がどんな人生を送るべきなのか、思案している人も多いのではないだろうか。人生は一度きりであるから、思う存分に生きてみたいものである。しかしその一方で、できれば傷つきたくないし、迷いたくないというのも人間の性〔さが〕だろう。私たちは、自分の人生とどう向き合うべきなのか。本書は、さまざまな理論を手がかりに、生き方の問題を検討している。

 人生について考えるとき、おそらく誰しも大きな壁にぶち当たるのではないだろうか。それは、人生を根本的に検討した哲学書が意外に少ない、という現実である。例えば「人生」と「哲学」というキーワードで本を検索してみても、なかなか良書にたどりつくことができない。人生の哲学というのは、ビジネスで成功した人たちの生き方であることが多く、本格的な哲学の主題にはならないかのようである。これはいったい、どうしてだろうか。

 人の生き方は、あまりにも多様であり、人生をこう生きるべきだといった指南は、一般化できないのかもしれない。「人生は、こう生きるべきだ」と言えば、「いや違う、もっと別の生き方がある」という答えが返ってくる。人生の的確なアドバイスを示すことは難しい。

 それでも例えば、経営学においては、どんな生き方をすべきかについて、さまざまに語られてきた。ビジネスに携わる人は、どうやってキャリアを積んでいくべきなのか。そのためのアドバイスとなる理論は、いろいろ示されてきた。興味深いのは、それらの理論がビジネス以外の場面でも、人生にヒントを与えてくれる点である。ビジネスのための理論書は、心理学などの近隣の諸分野の学問を取り込んで、人生の理論を集積している。それらの理論を掘り下げていくと、宗教や哲学の世界に通じるであろう。

 本書は、経営学やビジネスの理論をベースに、どう生きるべきかについての指南〔ハウ・ツー〕や、人生を舵とるための羅針盤〔コンパス〕を提供しようとしている。その試みはたんなる処世術を超えて、読者を人生の根本問題へいざなうだろう。例えばここに、AタイプとBタイプの生き方があるとして、二つの生き方を比較すると、どんな洞察が得られるだろうか。考えるべき根本的な人生論的問題とは、どのようなものだろうか。本書は本質的な問題へと踏みこんでいる。

 とはいえ、人生について論じるというのは、意外とつまらないものである。人生についてストレートに考えると、その答えは「できるだけ成功しよう」とか、「できるだけ幸せになろう」といった話になってしまう。経営学では、ビジネスで成功することが、最大の目標となっている。しかしそれは、哲学的には素朴にみえるだろう。成功や幸せという分かりやすい人生の目標は、人生とは何かについての深い洞察に支えられているわけではない。成功して幸せをつかんだとしても、深みのある人生になるわけではない。人生を根本的に考えるとき、私たちの人生はさまざまな角度から問いなおされるだろう。

 本書は人生の諸課題を探求するが、その探求は同時に、私たちが人生の無知という、深い沼に囲まれていることも教えてくれる。深い沼とは、宗教や哲学の世界でもある。その沼にはまると、あまりにも深すぎて、人生の最終的な答えにたどりつけないかもしれない。しかし考察を続けていくと、その考察はそれ自体として、私たちの人生にかけがえのない価値を与えてくれるにちがいない。

 沼のなかにも、道はある。先人たちがかつて、果敢に踏みこんでくれたからである。先人たちの思索に学び、自分の人生のルートを、あえて沼のある方向に見つけてみてはどうだろう。人生の深さを体験できるかもしれない。とはいっても、沼のなかの道は、踏み固められてはいない。道は見通しがたく、どこに通じているのかも分からない。人生の新しい地図が必要になってくる。各章の短い節は、そのための扉である。読者の関心に合わせて、自由に開いていただければ幸いである。


あとがき

あとがき―「よりよく生きるための知恵」を手にしたあなたへ


 人生とは不思議なもので、いつの間にか始まって、いつの間にか、いい齢になっている。いったい私たちは、なぜこのような人生を送ることになったのだろう。そしてこれから先、どんな人生を送ることになるのだろう。立ち止まって考えてみたいと思った。

 本書は、経営学の理論を中心に論じてきた。最も実利的な研究に属する経営理論は、これを拡張すると、私たちの人生にとって深遠な問題の扉を開いてくれる。その扉の先に、足を一歩踏み入れてみた。多様な議論をしているが、考察の背後には、私がこれまで展開してきた「自生化主義」がある。

 自生化主義とは、私たちの精神と社会を自生的に成長させるための、一つの思考術である。私たちは、人生の目的や善き生〔ウエルビーイング〕について無知であるにもかかわらず、それでも善き生と善き社会を育むことができるとすれば、それはなぜなのか。自生化主義は、この問題に答える思想である。カギとなる理念は、潜勢的可能性〔ポテンシヤリテイ〕であり、共有された暗黙知であり、理性を超える知のモード(直観と実践知)であり、他者の善き生のための土壌づくり(次世代への投資=贈与)である。自生化主義は、およそこのようなキーワードを用いて、新たな思想を展開する。本書にオリジナリティがあるとすれば、この自生化主義の視点から、さまざまな理論を拡張した点にあるだろう。本書が提示した「人生の地図」はもとより不完全であるが、地図の作り方に関しては、自生化主義の思考術を示してきた。むろん、拡張しきれていない理論も多々ある。読者諸氏の批判を乞いたい。自生化主義の哲学については、拙著『自由原理』(岩波書店、2021年)をご参観いただきたい。

 本書で取り上げた理論は、以下の通りである。アイゼンハワーのマトリクス、GROWモデル、認知的不協和理論、困難な選択、マタイ効果、ダニング=クルーガー効果、フロー・モデル、SL理論(ハーシー&ブランチャード理論)、SWOT分析、ジョハリの窓、ウフェ・エルベック・モデル、キャリア・アンカー、ホランドの職業理論、モルフォロジカル・ボックス、X理論/Y理論、ポリティカル・コンパス、シナス階層論、ブルデューの資本マトリクス、イースタリンのパラドクス、カッツ・モデル、マズローの欲求段階説、生きがい(ikigai)の理論、フィードバック・モデル、ハインリッヒの法則、パレートの法則、ロングテール理論、野中モデル(野中郁次郎のSECIモデル)、ラムズフェルドのマトリクス。この他、理論としての名前をもたない議論(例えば、岡田斗司夫の「欲求の四つのタイプ論」など)も、いろいろ取り上げた。

 ここで紹介した経営学の理論は、近年、大学院のMBA(経営学修士、Master of Business Administration)コースや、ビジネスパーソン向けのセミナーなどで、ベーシックな知識として教えられている。最近ではNHKの番組「とまどい社会人のビズワード講座」が、毎回、ビジネス用語を楽しく解説している。いまやビジネスの専門用語は、新しい教養になったかのようである。ではその背後に、どんな哲学や思想があるのだろう。「そんなものはない」と言われるかもしれないが、それを深掘りしようというのが本書の企図であった。本書が読者にとって、これまでとは違う人生の見方を示していれば幸いである。また、本書を片手に、人生の新しい道筋を発見していただけるとなお幸いである。

 最後に、読者とともに問いたい問題がある。それは、私たちの人生の長さについてである。しばしば年末や年度末になると、私たちは、「この1年、速かったなあ」といった会話を交わすことがある。「どれくらい速かったですか」と尋ねると、1〜2割速かった、と答える人が多いように思う。ではこの割合で人生の体感時間が短くなっていくと、どういうことになるだろうか。毎年1割速く感じられる場合、20歳のときの時間感覚でいうと、ざっくり言えば、人生はあと10年で終わってしまう。30歳で終わると思って生きたほうがいい、ということになる。

 これは言い換えれば、人生の後半は、ほとんど時間が流れていないということである。もし人生の後半も「長い時間」を体験したいのであれば、時間にあらがう必要があるだろう。困難な課題ではあるが、「長い時間」を体験し続けている人も、きっといるにちがいない。ただし、せっかく長い時間を体感できても、記憶力が衰えてしまえば台無しである。振り返ると1年は速かった、となってしまう。

 そこで、考え方を反転させてみてはどうだろう。そもそも価値ある人生は、「時が流れない」という条件のもとで築かれるのだと。時間は流れない。けれども、それがよい人生の前提条件なのだと。時間について考えることは、よりよく生きるための知恵でもある。本書はしかし、この問題の扉を開いたところで閉じることにしたい。

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 本書の刊行に際して、筑摩書房編集者の石島裕之さんには、拙著『消費ミニマリズムの倫理と脱資本主義の精神』(筑摩書房、2021年)に引き続き、大変お世話になった。今回は前回よりも、一層お世話になった。タイトルや目次の提案のみならず、より読者に近い視線での加筆や推敲のアドバイスを賜るなど、細部にいたるまでプロデュースしていただいた。本書は、他に類のない思考のスタイルで書き進めたため、完成間際に難航したが、石島さんに大いに助けられた。石島さんのビジョン溢れる編集力と粘り強い校正力に、心よりお礼を申し上げたい。むろん、内容に関する責任はすべて小生にある。また前回と同様、校閲者の田村眞巳さんには、職業的な水準をはるかに超える力量で、校閲していただいた。またしても、目から鱗が落ちることの連続であった。心より感謝申し上げたい。

    2024年2月 第3次世界大戦を予兆させる戦争に心を痛めつつ

                                橋本努


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