2024年4月~5月にかけてG-CHAMを用いた演習を奈良県立医科大学看護学部様にて実施させていただきました。情報収集から政策立案等も含めた地域診断にGISを統合した極めて先進的で実践的な取り組みです。保健師課程を選択する14名の4年生に約30コマで実施しました。
ここでは、カリキュラム構成や演習の進め方、学生の反応や実施前後の到達目標の変化等を交えながらご紹介します。多くの大学や大学院、保健師研修にてG-CHAMを使用していただくきっかけになれば幸いです。
また、レポート作成にあたり貴重な地域診断スライドのご提供及びweb公開に同意くださった奈良県立医科大学看護学部保健師課程の学生の皆様、公衆衛生看護学の教員の皆様に深謝いたします。
保健師選択課程の14名に対し4年生前期に実施。
地域診断対象自治体は4年生後期に実施される保健師実習先の自治体。
実習自治体ごとに2名~3名を1チームとしG-CHAMを実施。
PC(インターネット接続済み)
充電ケーブル
マウス(ホイールつきが望ましい)
スマホ
クラウド環境(ここではteamsを利用)
プロジェクター
スクリーン
オンラインコースの該当箇所をスクリーンに投影し各構成に沿って実施。
開始時と終了時にはwebアンケートにて卒業時到達目標をスコアリングし、各演習の最後には学生から定量・定性フィードバックを取得。
各演習時間内にチームワーク(TW)とLT(ライトニングトーク)を設定し、学生が実施した内容を3~5分で共有。
公衆衛生看護学活動展開論として30コマ(1コマ90分)で構成し各演習ごとのコマ数は以下のとおりです。
0. 事前準備
1.地域診断およびQGISの概要説明、QGIS体験チームワーク、LT
2.アセスメント・分析 計12コマ
(1)行政と政治 2コマ
(2)人口統計 2コマ
(3)歴史、民俗性、価値観 1コマ
(4)物理的環境 2コマ
(5)保健医療と社会福祉 2コマ
(6)経済 1コマ
(7)交通と安全 1コマ
(8)教育・レクリエーション 1コマ
(9)情報とコミュニケーション 1コマ
(10)追加収集、GIS分析
3.DX地区踏査の方法と計画(GPSログアプリ練習含む) 1コマ
4.地区踏査 4コマ(1日)
5.地区踏査のまとめ 2コマ
6.健康課題の抽出 3コマ
7.事業化(事業計画、ポンチ絵作成、部長模擬査定) 4コマ
8.追加分析 3コマ
それぞれの内容についての詳細は以下のとおりです。
演習開始1週間前までに学生に事前準備ページを提示し、演習当日までに各自で事前準備を実施してもらいました。内容はQGISのインストール、背景地図(XYZ Tilees)の追加、QGISデータセットのダウンロードです。準備時のエラー問い合わせは1件であり全員がwebページのみを見ながら準備を完了しました。QGISデータセットは堀池が作成しクラウドにアップしました。
10分でわかるGISとG-CHAMのwebページを提示しつつ説明を行いました。webページは学生にも通知することで事前事後学習に利用できます。QGISの操作方法は実際にQGISを一緒に動かしながら説明しました。現在はYoutube動画を公開していますので、事前学習としてQGISの簡単な操作を見てから受講することも可能です。
QGIS体験TWにて使用したQGISデータセット(Youtubeをご覧いただくと教員も学生も作成できるようになりました)
QGIS体験TWでは教員が事前に作成したQGISデータセットを使用しました。テーマも学生同士で考え「QGISから見えた実習先自治体の地域特徴」に決まりました。まずはサイレントブレインストーミングとして個人でもくもくとQGISを操作し地域特徴をあぶりだします。その後にチーム全体でディスカッションしLT(ライトニングトーク)を行う内容を決定しました。初めてのQGIS操作、初めてのデータセットですが各自が色々が特徴を見出していました。LTは1チーム5分としスクリーンに投影したQGISを操作しながら実施しました。各チームがQGISにて発見した地域特徴は以下のとおりです。
・人口分布の特徴とバス停の位置と医療機関から通院の困難さがある。土砂災害警戒区域と人口メッシュが重なっていて助けが多く必要。
・自治体の東側に人口が集中し高速や公共交通機関が発達している。人口の集中地点は大阪市内へ通勤しやすい位置である可能性がある。
・自治体の南北で医療機関の立地状況に差がある。鉄道のあるエリアは限られていて在宅サービスを調査する必要あり。
・地形から険しい山や谷があり土砂災害警戒区域と洪水浸水想定から孤立集落となる可能性がある。医療機関に到達するにも時間がかかる。空中写真から道沿いに農業がおこなわれていることがわかる。
・空中写真から広大な駐車場と多くの車があり車社会だと推測される。地図記号から施設も把握できる。
データの出典 国土数値情報:行政区域、国・都道府県の機関、市町村役場及び公的集会施設、2次医療圏、医療機関、鉄道データ、バス停留所、バスルート、土砂災害警戒区域、洪水想定区域 国土地理院:空中写真、淡色地図 e-Stat:国勢調査小地域別人口
そしてG-CHAMを実施することが学生のGISスキルが向上しました。
以下はG-CHAM実施前後の卒業時到達目標の変化です。自立して実施できるレベルは青<赤<黄<緑の順に高くなっており黄や緑が多いことは自立したスキルを習得していることを示します。G-CHAMを実施することで黄(指導の下で実施できる)や緑(少しの助言で自立して実施できる)と回答した割合がいずれも増加しました。GISを操作できることに加え地域診断として利用できています。
コミュニティアズパートナーモデルをリカテゴライズしたカテゴリーごとに、QGISを用いながらアセスメントを分析を実施しました。データはwebから収集し、事実を基に要約と推論を作成するとともにQGISでも可視化と分析しました。推論を作成する際には不足しているデータが無いか、判断するための基準となるデータや経年変化はどうかといった点も重視しながら進めました。
以下はG-CHAM実施前後の卒業時到達目標の変化です。自立して実施できるレベルは青<赤<黄<緑の順に高くなっており黄や緑が多いことは自立したスキルを習得していることを示します。G-CHAMを実施することで黄(指導の下で実施できる)や緑(少しの助言で自立して実施できる)と回答した割合がいずれも増加しました。GISを利用できることに加え、地域診断自体のスキルも向上しました。
学生が作成したアセスメント,分析シートからQGISを中心に抜粋しています。実際には各チームが実施したスライド数は約30~50スライドに到達していました。
実際に学生が作成したアセスメント,分析シートからGISの活用例を中心に抜粋しています。各チームがアセスメントと分析で作成したスライドは約30~50枚に到達していました。これらはチームでのディスカッションやLTによって各システム間の関連性を常に思考していました。
学生が作成した【人口統計】に関する地域診断(抜粋)
国勢調査250mメッシュ人口(e-Stat)から3区分人口と重要物流道路(国土数値情報)を重ねて推論している。さらに医療機関(国土数値情報)や子育て支援施設(ジオコーディングし学生が作成)、空中写真(地理院タイル)も利用することでシステムごとに縦割りになりがちな地域診断がシステム間の垣根を超え有機的に関連づけることができている。
学生が作成した【歴史・民族性・価値観】に関する地域診断(抜粋)
テキスト
学生が作成した【物理的環境】に関する地域診断(抜粋)
学生が作成した【物理的環境】に関する地域診断(抜粋)
学生が作成した【保健医療と社会福祉】に関する地域診断(抜粋)
学生が作成した【保健医療と社会福祉】に関する地域診断(抜粋)
学生が作成した【経済】に関する地域診断(抜粋)
学生が作成した【交通と安全】に関する地域診断(抜粋)
学生が作成した【教育・レクリエーション】に関する地域診断(抜粋)
地区踏査の目的は①アセスメントと分析の仮設検証 ②現地でないと入手できない情報取得 ③地域を五感で読み取る ことです。
地区踏査の計画を十分に作成した上で実施しました。人の行動は季節や曜日、時間によって異なるため明確な計画無しに十分な情報は得られないからです。目的、観察項目、観察手法、訪れる時間、ルート、ヒアリング対象と内容を学内で構成しました。
また、DXとしてスマホに無料のGNSS*ロガーアプリをダウンロードし使用しました。GNSSはGlobal Navigation Satellite System(全地球航法衛星システム)の略であり、よく耳にする"GPS"はGNSSに含まれるシステムでアメリカが開発したシステムの呼称です。地区踏査での観察内容や経路を位置情報と結びつけることで、アプリからデータを出力しQGISで可視化することで事前のアセスメントと重ねて分析できます。
地区踏査の内容をデジタルに地域診断に還元することで、地域の実情を反映した事業化・施策化に繋げます。
屋外でのGPSログアプリの練習(キャンパス外に出て20分間のデータ収集)
練習にて取得したログをQGISに追加し振り返りを実施
オレンジ:学生が歩いた軌跡
緑丸:地区踏査で発見した内容を入力した地点(入力内容を文字で併記)
医療において診察や検査から疾病を診断するように、地域の健康課題を診断しました。アセスメント・分析・DX地区踏査の"推論"を基に健康課題を抽出しますが、1つの健康課題にはすべてのシステムが影響しているといっても過言ではありません。複数のシステムが複雑に絡み合っている状態を紐解いていく作業が地域診断なのです。これまでの過程で十分に分析できていますので健康課題を抽出シートに記載しながら実在型/潜在型に分類しつつ抽出しました。
以下はG-CHAM実施前後の卒業時到達目標の変化です。自立して実施できるレベルは青<赤<黄<緑の順に高くなっており黄や緑が多いことは自立したスキルを習得していることを示します。G-CHAMを実施することで黄(指導の下で実施できる)や緑(少しの助言で自立して実施できる)と回答した割合がいずれも増加しました。GISを利用できることに加え、地域診断自体のスキルも向上しました。
健康課題は以下6つの対象すべて又はいずれかについて、それぞれ複数の健康課題を抽出しました。
1.親子
2.成人
3.高齢者
4.障害
5.健康危機(災害)
6.健康危機(感染症)
以下は各チームが作成した健康課題の抜粋です
親子に関する健康課題
親子に関する健康課題
成人に関する健康課題
成人に関する健康課題
高齢者に関する健康課題
高齢者に関する健康課題
また、健康課題ごとの優先順位の決定については、WHOのストラテジーマップを用いて健康へのインパクトと実施の困難さの2要因に基づきを2×2表で作成しました。これは公衆衛生上の優先順位に加えてコストや評価、必要年数を加味することで実現可能性を探る意味合いも含まれます。
以下は各チームが作成したストラテジーマップです。
抽出した健康課題に対して1つの事業化を実施しました。具体的には、①事業計画書の作成 ②ポンチ絵の作成 ③部長模擬査定 の3つです。事業化は行政保健師として新任期からどの部署でも実施する必須スキルですので、予算編成や組織として意思決定プロセスを踏まえた健康課題解決の具体化を実践しました。
以下はG-CHAM実施前後の事業化に関する卒業時到達目標の変化です。自立して実施できるレベルは青<赤<黄<緑の順に高くなっており黄や緑が多いことは自立したスキルを習得していることを示します。G-CHAMを実施することで黄(指導の下で実施できる)や緑(少しの助言で自立して実施できる)と回答した割合がいずれも増加しました。GISを利用できることに加え、地域診断自体のスキルも向上しました。
事業計画書の作成では実際の予算書を用いて予算や事業の基礎を学び、事業計画書を作成しました。10個の項目ごとにこれまでの地域診断結果を統合し、対象自治体に特化した事業としました。必要経緯費の積算も現実のように細かく積算することで予算編成、予算獲得の重要性を実践しました。
ポンチ絵は事業計画書を基に査定で使用する資料と位置づけ作成しました。見やすさわかりやすさも重視し部局内査定や財政担当課査定で使用可能なレベルを目指しました。
以下は学生が実際に作成した事業計画書とポンチ絵です。
Aチームが作成した事業計画書
Aチームが作成したポンチ絵
Aチームが作成した事業計画書
Bチームが作成したポンチ絵
部長模擬査定は、健康福祉部内での部長査定を想定しシミュレーションを行いました。各チームごとに説明チームと部長チームに分かれることで、全チームが査定を受ける側と査定を行う側を体験しました。
説明チーム:課長、係長、担当保健師の配役を設定
部長チーム:部長(事務系)、副部長2人(医療系副部長、事務系副部長)の配役を設定
各役職の役割や組織での位置づけを読み込むことで各自の配役になりきって査定を実施します。説明チームは査定開始前に初めてポンチ絵を査定チームに提示します。事業計画書は手持ち資料とするため査定チームにて提示しません。提示後に10分間の作戦タイムを設け、どのような説明を行うか、査定では誰がどのような質問を行うかをチームごとに検討しました。
査定開始後は3分間の説明の後に、10分間の査定を行いました。
以下は査定チームが実際に行った質問の抜粋です。
【査定チーム学生が行った質問】
達成目標のパーセンテージが何故その数字なのか
なぜ目標値はこの%なのか、呼びかけでどれくらいの効果があるのか、ポスター作成の予算の内訳。
実施する根拠として上がっていた数値が他県と比べてどうなのか、いつの数値か、何人あたりの数値か
実施を短期間にする目的と短期間に需要が集中し対応した場合対応出来る力があるのか。
ヘルスリテラシー向上のためにHPを見やすくするとあったが、目標である公的機関からの情報収集率は上がるのか?
市の歴史探索ツアーを計画されていたので、そんなに多くの歴史を探索する場所はあるのか。食教育の9万円はどのような内訳であるのか。
粗品の内容→現実的?、4000部の根拠。
料理教室の開催において、考えている規模や広報方法について。
郵便局員や新聞配達員の見守りとあるが、それはインターホンで確認するのか。その場合、それぞれの仕事があって時間がとられるが、それは予算0円で実現可能なのか
吉野町の料理教室の開催回数を1日2回、月2回にした理由はあるのか
住民の空調設備状態と稼働状況の把握を予算1万円としているが、誰が行い、実際に実現可能なのか。地域の繋がりも熱中症予防に深く関わってくると思うが、地域住民の関わりに対する取り組みは考えているかどうか
糖分摂取量のデータはあるのか、取り組みに関心はあっても行動に移すのが身体的に難しかったりする人にはどのように対策するのか、糖尿病者数の目標値が増えているのは何故なのか
熱中症になりやすい高齢者として、独居高齢者が挙げられると思うがどのくらい市には独居高齢者がいるのか。
熱中症対策としてバス停に屋根を設置するという案がありましたが、三郷町にはバス停がいくつあるのですか。また、中には利用が少ない所もあると思うのですが、そういった所は予算を少しでも抑えるために設置しませんか
事業説明と回答を行う保健師、係長、課長役の学生
査定を行う副部長(事務系)、副部長(医療系)、部長役の学生
毎回の演習が終了する度に、学生にwebフィードバックを依頼しました。以下のグラフは学生からのフィードバックを集計したものです。回答は 簡単さ・楽しさ・保健師業務への役立ち度の3項目で、各5点満点です。得点が高いほど「簡単で楽しく、保健師にも役立つ」ことを示します。
「簡単さ」は5点満点中1.4点~3点で推移し適切な難易度でした。特に難しいと回答したセクションは事業化のセクションであり、理由としては地域診断対象自治体に沿った事業計画を細かく立案することや、予算の積算根拠算定が求められたためです。QGISを利用したQGIS体験とアセスメントと分析は2前後で推移しており全員が初めてQGISに取り組んだため難しいと感じたようです。
しかし「楽しさ」については3.2点~4.5点と学生はG-CHAMを楽しいと感じていたことが分かります。特にQGIS体験とDX地区踏査は最高得点の4.5点,4.4点であり始めて触れるQGISの楽しさを感じたことが以降の演習のモチベーションにつながったと考えられます。特に難しいと回答のあった地域課題の抽出や事業化についても3.2点~3.9点で推移しており、難しいけれども楽しみが上回ることで主体的に演習に取り組めていたことが分かります。
「保健師業務への役立ち度」については4点~4.8点といずれのセクションも保健師業務に役立つと学生は感じていました。保健師実習前の学生であっても、QGISやテンプレートの使用、DX地区踏査や部長模擬査定と保健師業務をバラバラの点ではなく「線のような流れ」で演習を実施することで保健師業務へ役立つと感じていました。
以上より、G-CHAMは学生にとって適切な難易度であることに加え、わくわくする楽しさも併せ持ち、なおかつ演習に対するモチベーションを向上させる先進的で学生主体の地域診断であると言えます。