戦線に復帰してからと言うもの、セスはレマシア軍キャンプで日々のトレーニングに精を出していた。毎朝のランニングやスプリントはもちろんのこと、負傷していた左肩が満足に動かせるようになるとプッシュアップなど上半身を鍛えるメニューを加えた。休暇の間にすっかり鈍ってしまっていた肉体を徐々に覚醒させ、「戦闘用」へと鍛え整えていく。その姿は、必死そのものであった。
その間、キャンプにはアスワドと思しきスナイパーによる狙撃の被害報告が相次いでいた。それは当然セスの耳にも届いており、彼は復讐心と共にトレーニングを続ける。早く、奴の息の根を止めなければ——焦りにも似た感情が、ふつふつと湧いた。すると、隣でトレーニングの様子を見守るマイクが苦笑いしながら声を掛けてきた。
「セス、焦ってる? 顔に出てるよ」
「出してんだよ」
穏やかな指摘へぶっきらぼうに答え、セスはトレーニングを続ける。
「あいつはもう戦ってるんだろ。俺も急がなきゃならない」
「急ぐって言ったって……俺たちは、任務がなければ動けないよ」
「それは分かってる」
「それに、私怨は目を曇らせる……狙いを逸らせる原因になりかねない。気をつけて」
「……」
図星を突かれ、セスは思わず口を閉じる。そうしてしばらく無言のままプッシュアップを続けていると、額から伝う汗が一粒、地面へ落ちた。
「ルカが言ってた。『誰かが奴を止めなくちゃならない』って……その役目、出来るなら俺が引き受けたいと思ってる」
再び口を開き、セスは己の決意を露わにする。それは決して自惚れでも、慢心でもない。確かな技術と経験に裏打ちされた、彼の自信の現れであった。
「今度こそ。俺たちなら、出来る」
「そうだね。二度目は勝ちに持っていかないと」
マイクもまた、セスほどではないがアスワドに関しては思うところはあるようだ。彼はセスの横で軽くストレッチを始めると、静かに口を開いた。
「アスワドが手強いスナイパーだというのは『前回』の件で身に染みて分かった。なら、それに勝てる作戦を考えないといけない。近々、アクィナス中佐に掛け合った方がいいかも」
彼ら直属の上官であるアクィナス中佐はレマシア軍がカスディールの奪還に成功したものの、その作戦の中でセスが負傷するという痛手を負った。最善の手を打ったと思われたが、それをアスワドの狙撃の腕は上回っていたのだ。
今後、反政府勢力が撤退したイナブ油田へ何かしらの攻撃が予測される現状において、アクィナス中佐の指揮・作戦力は大いに試されることとなるだろう。本国より要請を受けて派遣された特殊部隊「ブラック・ベレー」。その真価を、今ここで発揮しなければならない。
そんなアクィナス中佐は、早くも隊員たちに「今度の作戦は中距離から至近距離での戦闘になるだろう」と作戦と訓練の方向性を示していた。イナブ油田は遮蔽物が少ない、砂漠の真ん中に立つ「要塞」である。そこには現在反政府勢力が立て篭っているが、油田であるが故に空爆も許可されずレマシア軍は歩兵による突入を予定しているのだと言う。今回、ブラック・ベレーはその歩兵たちを支援する立場にある。
トレーニングを終えた二人は、その後オリガ・リュドミラ組と合流し狙撃訓練を行うこととした。彼女たちはセスの負傷を心配していたが、彼が無事に戻って来たことに安堵し怪我の回復を喜んでくれた。
「怪我治ったんだね、よかった」
訓練場で愛銃のシスマ狙撃銃を整備しながら、オリガが安心したような笑みを浮かべる。それにセスは「大したことねぇよ」と答え、同じく訓練で使用するエッセネN25のメンテナンスを始めた。手早く状態をチェックし、各パーツの細かな挙動を一つ一つ見ていく。僅かな不調でも見逃せば、それが戦場では命取りとなる。慎重に、セスは愛銃の整備を行った。
「それじゃあ、早速その治った肩の調子を見ようか。前より良くなってたりしてね?」
リュドミラもまた整備を終えた愛銃を構えると不敵な笑みを浮かべ、セスに言う。それに応え、セスは訓練場の射撃場所へと向かった。
訓練担当官であるキリアンとイアンに話を通し、これから狙撃訓練を行う旨を伝える。すると二人は「よく来たな」とセスを歓迎し、無線を用いて部下に指示を下し訓練用の的を準備してくれた。
「400メートルから800メートルの位置に的を設置した。今回の作戦では建物内での戦闘がメインだ……移動しがなら、なるべく素早い動作で——だが確実に仕留めろ」
イアンが訓練の内容を説明すると、セスとマイク、そしてオリガとリュドミラは揃って頷いた。そしてキリアンがカウントダウンを行い、カウントがゼロになった瞬間、四人は一斉に走り出す。それぞれに進行方向を定め、標的を一つずつ遠方から確実に撃ち抜いて行く。訓練場にいくつもの銃声が響き、数分後にそれは止んだ。
「上出来だな」
最後の的にセスが銃弾を命中させた瞬間にイアンがストップウォッチを止め、計測したタイムを見て呟く。そうして何度か狙撃訓練を繰り返し、彼らは後に下されるであろう命令を待った。
そんなブラック・ベレーの隊員たちに招集が掛かったのは、その日の夕方のことだった。アクィナス中佐が狙撃チームを作戦室に呼び寄せ、全員が到着するのを待つ。
セスはマイクと共に早めに作戦室へ到着していた。そして他の隊員を待っていると、共に訓練を行っていたオリガとリュドミラ、キリアンとイアンが続いて到着する。続々と作戦室へやって来る隊員たち。しかしその姿を見やり、セスはそこに一人足りないことに気が付いた。ルカである。
しばらくして、執務室の外からこちらへ近づいて来る足音が聴こえた。そしてアクィナス中佐が小さく息をつきながら出入り口のドアへ視線を向けると、そこには見慣れない風貌の男が一人立っていた。恐らく、四十代——濃い茶髪を短く刈り上げた髪型は間違いなくこの男が兵士であることを物語っているが、前線に配備される兵士にしてはいささか歳を取り過ぎている——セスは内心驚きながらその男を見やる。
「遅いぞ、ルカ」
「すみません」
低く沈んだ声が、アクィナス中佐へ向けられる——そして隊員たちはようやく気付くのだ。これが、この男が——あのルカなのだ、と。
「……ルカ?」
思わず指を差し、セスはアクィナス中佐に確認する。すると中佐は「そうだ。素顔を見るのは初めてだったか」とだけ答え、作戦説明用の書類を手に一同を見渡した。
「皆、よく集まってくれた」
隊員一人一人へ順番に目を合わせ、アクィナス中佐は後ろ手に手を組んだ。
「狙撃チーム全員がこうして集まるのも、随分と久し振りのことのように思う。それぞれ、良くやっている……さて、今後の作戦についてだが。ニノ」
「はい」
「書類を全員に回してくれ」
「了解」
狙撃チーム最年少のニノが中佐に呼ばれ前へ出る。ニノはアクィナス中佐から作戦用の書類を受け取ると、それを一人一人に手渡していった。
「今回はチームを三つに分ける。マイク、セス、それからリュドミラとオリガはそれぞれ歩兵部隊に続いて油田に降下、敵性の排除に当たる」
「了解」
「ルカとニノ、ラズロとセオドアは地上から油田へ。前線をサポートしつつ、遊撃を行え」
「……遊撃、ですか」
ルカがふと隣のニノを見やり、眉を顰める。今まで単独での行動がほとんどであったルカは、若い新人と組まされるという状況が好ましくないようだ。
「お前に子守をさせる気は毛頭ない。ニノもまた、ブラック・ベレーの入隊試験をパスした優秀な兵士だ。それをお前がどう取るかは自由だが、足手まといにはならないだろう」
「……。中佐が、そう仰るのなら」
「よろしくお願いします」
遠慮がちにニノがルカへと頭を下げる。しかしルカはそれを一瞥しただけですぐに視線を書類へ落とした。
「ブレンダンとエイステイン、イアンとキリアンは後方でのバックアップについてくれ。万が一欠員が出た際は、出てもらうことになる」
「はい」
「了解しました」
欠員——アクィナス中佐の言葉に、隊員全員が息を飲む——それは即ち、誰かが戦闘不能に陥る可能性があることを意味する。
「今回の作戦は、油田から反政府勢力を叩き出し……施設の安全を確保することだ。油田施設の従業員を盾に取られる可能性も高い。民間人を救出し、敵性は射殺しろ。許可は下りている。あらゆる手を使って奴らを排除するんだ」
どこか無感情にそう説明するアクィナス中佐へ、セスは緊張した面持ちで頷く。そして彼は作戦内容を頭に叩き込むべく、手渡された書類を食い入るように見つめるのだった。
(了)