第18話

 アクィナス中佐によるブラック・ベレー狙撃チームの招集から二日後、レマシア軍はカスディールの西60キロメートルの位置にあるイナブ油田への攻撃を開始した。今回の作戦でチームを三つに分けたブラック・ベレーの隊員たちは、それぞれに目標を追い進攻することとなる。
 強襲ヘリAH-38エックハルトに乗り込んだセスとマイクは、指定された降下地点へ向かうべく移動していた。反政府勢力がカスディールからイナブ油田へ撤退してからというもの、油田施設は強固な砦へとその姿を変えた。目立つ対空火器こそないものの、レマシア軍の接近に気付いた反政府勢力の民兵たちはヘリを撃ち落とすべく、ロケットランチャーや銃を空に構えて撃ち始める。
「撃ってきやがったぞ! 旋回する!」
 パイロットが通信回線越しに叫び、反政府勢力の攻撃を避けるべくヘリの機体を傾ける。するとすぐその横をロケットランチャーから放たれた弾頭がかすめて行き、虚空へ消えて行った。
「くそっ、接近できない。奴らも必死だな」
 操縦桿を握るパイロットの舌打ちが聴こえた。
「おい、ブラック・ベレー。施設の足場に居る民兵を撃てるか? あいつらのせいで近付けない」
「今それを考えてた」
 揺れる機体の中で姿勢を保ちながら、セスは落下防止用のスリングベルトを二本引き抜くと素早くそれを搭乗口に交差させて取り付けた。そしてその中心にエッセネN25を添え、交差点で支えた彼は旋回するヘリの中から狙撃を行う。
 AH-38エックハルトのパイロットは優秀だった。セスが狙撃を行えるよう位置を調整し、かつ敵の攻撃を避けながらなめらかに移動する。その中でセスは狙いを定め、発砲——まずは一人。遠くで血煙を上げて倒れる民兵の姿を確認し、彼は次なる標的へと銃口を向けた。
 一人、また一人と民兵をヘリから仕留めると、反政府勢力も自分たちがスナイパーに狙われていると気付いたのか、揃って施設の中へと後退して行った。
「攻撃が止んだ。チャンスだね」
 セスの傍らで双眼鏡を片手に状況を見守っていたマイクが呟く。するとパイロットが「行くぞ」と声を掛け、ヘリを一気に採掘施設へと接近させた。予定されていた降下地点へ到着した二人は、揃って地上へと降りて行く。カン、と小さな音を立ててブーツが金属製の足場に当たる。降下完了だ——セスは無線でヘリのパイロットへ報告すると、マイクを連れて採掘施設の中へと侵入した。
 今回の作戦では、石油の採掘施設の中という狭い場所での戦闘がメインとなる。サプレッサーを装備したエッセネN25を構え、二人は慎重に進んで行く。どこからか民兵の慌ただしい怒号が聴こえ、その瞬間セスはマイクにハンドサインで「止まれ」と指示すると腰を落として姿勢を低く保った。
(俺が先に行く。お前は後ろからサポートを)
(了解)
 そっと足を運び、セスはゆっくりと廊下の曲がり角へと近づいていく。どうやら民兵は曲がり角の奥に居るようだ。そして、こちらにはまだ気付いていない。ゆっくりと銃を構え、スコープにその姿を収める——パスン、と小さな音と共に一人が倒れる。そしてさらに音は続き、もう一人が倒れた。マイクが、セスの後ろからもう一人を仕留めたのだ。
「クリア」
 阿吽の呼吸で二人の民兵を倒したセスとマイクは、低く姿勢を保ったまま施設の奥へと進んで行く。今回の作戦の最終目標は反政府勢力「ムルシド・ダウィイ」のリーダーであるザイール、及び悪名高きスナイパーであるアスワドの殺害だ。何としても見つけ出し、二人を倒さなくては。
 反政府勢力はレマシア軍の進攻を前に、徹底抗戦ではなく早くも撤退を決め込んだようだ。採掘施設内は騒然とし、レマシア軍に敵わじと悟った民兵たちがバタバタと足音を立てながら外へ出ようと走り抜ける。それを気付かれることなく一人、また一人と仕留めながらセスとマイクは目標であるザイールとアスワドを追った。
 その時だ。セスたちとは別の地点に降下していたリュドミラ・オリガ組から、無線通信が入った。
「見つけた! アスワドを視認、こちら第4プラント付近で交戦中!」
 口早に報告するオリガの声に、二人は息を飲む。
「多数の民兵を確認、釘付けにされて動けない! 応援求む!」
「今すぐ向かう」
 回線の向こうに居るオリガへ答え、セスはエッセネN25を構え直す。そしてマイクと共に、逃げ惑う民兵を排除しながらオリガたちが交戦する第二採掘井戸を目指した。
 反政府勢力は南のアル・ファランへ向けて撤退しようとしている。それを、みすみす逃す訳にはいかない。セスは息を切らせながら走り、銃弾飛び交う交戦地区へと足を踏み入れた。瞬間、セスたちの姿を発見した民兵たちが銃口を一気にこちらへ向け、掃射を開始する。辛うじて遮蔽物の影へと滑り込んだセスは同時に隣へ到着したマイクを見やり、アイコンタクトを取って頷いた。
 敵の銃撃が一旦止まる瞬間を狙い、セスとマイクは二手に分かれ前方へと走り出す。そして次なる遮蔽物へと辿り着き、壁に背を密着させながら上がった呼吸を整える。
「二階に四人見つけた。そっちは」
「下に三人。ロケットランチャーを持ってる」
「中尉とオリガは」
「今、採掘井戸の東側に居る。あなたたちが来てくれたお陰でようやく移動できそうよ」
 セスの呼び掛けに、通信回線越しにリュドミラが答えた。
「私たちはこのまま民兵の相手をする。サポートするから、あなたたちはアスワドを追って。奴も逃げる気だわ、動きがある」
「了解」
 素早く状況を確認し合い、通信を切る。そして大きく深呼吸をし、セスは銃を構え直すと周囲の音に神経を尖らせた。リュドミラたちが民兵の相手をするならば、音の流れも変わるはずだ。彼はじっと「その時」を待った。
 そして、音の流れが変わった。民兵たちの銃口がセスのいる場所から外れ、リュドミラたちの居る採掘井戸に向いたのだ。瞬間、セスは小さく頷くと意を決して遮蔽物から躍り出た。
 走りながらの狙撃は決して容易なことではない。しかし、彼はまずロケットランチャーを持つ三人の民兵を狙い、見事それを排除した。次いで、建物の二階に陣取る四人を狙う。すると同様に移動を開始していたマイクが正確にそれを撃ち抜いていた。
 アスワドはどこだ——焦るような気持ちを抱え、セスは周囲を見渡す。すると、一台のトラックが戦場を走り抜けて行った。その荷台に居たのは、見紛うはずもない。アスワドだった。
「クソ!」
 思わず声が出る。銃を構えそれを狙うが、トラックは射程距離からどんどん遠ざかって行く。最終的にセスは撃つのを諦め、荒々しく息を吐きながら銃を下ろした。
「アクィナス中佐。アスワドの逃走を確認……恐らくザイールも同行しているかと。追跡の許可を」
 セスの元へ合流したマイクが、本陣に控えるアクィナス中佐へ連絡を取る。彼もまた、アスワドをこの場で射殺できなかったことに多少の苛立ちを感じているようだった。
「ブレンダンとエイステインを俺たちの代わりに配置してください。それなら、大丈夫でしょう」
 畳み掛けるようにマイクが言う。すると少しの沈黙の後、アクィナス中佐が答えた。
「良いだろう。車を一台手配する。行け」
「ありがとうございます」
 低い声で答え、マイクが通信を切る。そして彼はセスを見やると、珍しく険しい表情を浮かべるのだった。
「行こう。俺たちが何のためにここに来たのか。それを証明しないと」


(了)