太陽の熱を受けて、砂漠の砂がキラキラと輝いている。そしてそこから立ち上る蜃気楼がひと際大きく揺らいだ、その瞬間だった。砂漠に、一発の大きな銃声が響き渡った。
大小様々な大きさの岩が転がる丘の上、その隙間を縫うように発射された弾丸は遠く離れた目標を貫き、沈黙させる。1キロメートルに近い長距離での狙撃を成功させた射手へ、観測手が思わず口笛を吹いた。
「命中。お見事」
双眼鏡を覗いた観測手・マイクが静かに言う。それに応えるように、セスはスナイパーライフルのボルトを引いた。ガチャ、と小さな金属音が鳴り、薬莢が排出される。彼は素早く銃を構え直すと、次なる標的を探してスコープを覗いた。
バラーキシュ共和国北部、ザヒルと呼ばれる地域で彼らは作戦に従事している。レマシア軍は現在、内戦が勃発しているバラーキシュ共和国に軍事介入しており、有志連合軍の一員として反政府勢力との戦いに明け暮れている。
大統領の演説がどうだの、国防長官が何を言ったかなどという、政治のことはよくわからない——理解しようとも思わない。セスは内戦が勃発した経緯や現状を認識しながらも、それを掘り下げるような思考を持ってはいなかった。何故ならそれら深い思索は、狙撃を行うための眼を曇らせるからだ。
撃たない理由を探すよりも、撃つ理由を探す方がよほど易しい。そして撃つとなれば、余計な理由など思い浮かばない方がいい。彼はそんな風に考えていた。命令を受け、ただひたすらに標的を撃つ。それが、彼の生き様だった。
「10時方向から装甲車両」
「距離は」
「700メートル接近。右から風。2クリック」
「2クリック了解」
指示に従い、セスは向きを接近する装甲車両へ変えるとスナイパースコープを微調整する。マイクが言う通り、強くはないが風が吹いている。ふと唇の乾きを覚え、そこから一帯の湿度が低いことを彼は感じ取った。
「照準よし」
「いつでもどうぞ」
ピタリと照準を合わせ、そして引き金を引く——一秒後、遥か前方を走っていた装甲車両の中に小さな血煙が舞った。
「命中。ナイス」
着弾を確認するマイクの声と共に、運転手を失った装甲車両が蛇行して止まる。こちらを捕捉したのか、装甲車両に搭載された銃座、そこに控える兵士が機関銃を撃ってきた。
「勘のいい奴だな。だが、無駄撃ちし過ぎだ」
闇雲に撃ってくる機関銃座をセスは狙う。そしてそれをスコープに収め、再度引き金を引く。兵士は左胸を撃たれ、後方へと倒れた。
「命中、よくやった。銃撃戦になるな……あとは下の海兵隊に任せよう」
「援護は?」
「まあ、するけど。あいつら取りこぼし多いからな。何が悲しくて野郎のケツを拭かなきゃいけないのか……」
マイクが双眼鏡を脇に置き、代わりに愛銃のサプレッサー付きエッセネN25を手に取る。そして彼はセスと同様に銃を構えると、すぐさま第一発を放った。小さな発射音の直後、眼下に散らばる敵兵の一人が倒れる。
相変わらず補足から発射までの時間が異様に短いマイクの射撃は、目を見張るものがある。セスは視線を隣から前方へと戻すと、負けじと敵兵をスコープに収め、撃った。
敵勢力を待ち伏せしていた海兵隊が、止まった装甲車へ攻撃を仕掛けているのが見える。状況を冷静に分析しながら、セスとマイクは彼らを援護した。一人、また一人と敵兵が倒れていく。そうして数分後、一帯は完全に制圧された。
「制圧完了。俺たちの仕事も終わりだ。帰ろう」
血まみれの戦場を見下ろし、やはりマイクは静かにそう言うのだった。
基地に二人が戻ると、食堂に集まっていた歩兵たちが素早く視線をこちらへ向けた。その視線に乗る感情は様々だが、不躾であることに変わりはない。セスはそれを鬱陶しく感じながら、顔をしかめて歩いた。
「顔に出てるぞ」
「出してんだよ」
隣で苦笑するマイクへ、セスはぶっきらぼうに言う。やがて視線は声を伴い、二人へと向けられた。
「英雄さんのお帰りだ」
「今日は何人殺った?」
「一年で女とヤるより多いかもな、賭けてもいいぜ」
賞賛とも野次とも取れる様々な言葉にいちいち反応していては時間がもったいない。セスは片手に持っていた荷物を抱え直すと、もう片方の手で歩兵たちに無言で「五人」と示した。
すると、食堂にたむろしていた歩兵たちから驚きの声や口笛が上がる。そしてそれを「下らない」と感じながら、セスは自分のテントへ入るべく足を早めた。
「ったく、やってらんねぇ」
テントへ戻るなり苛立ちも露わに、セスは大きなため息をついてベッドの上に荷物を置く。その横にどっかりと腰を下ろし、彼は乱雑に頭を掻いた。
「お前よく平気だな」
「何が?」
「散々言われてんぞ」
「ストレス溜めてもしょうがないからねぇ」
同様に自分のベッドへ腰を下ろしたマイクへセスが言うと、彼はのんびりと答えた。
「それに、俺の帰りを待ってるのはあいつらだけじゃないんでね。ほら、来た」
マイクがテントの入り口に顔を向けて笑う。それにつられてセスも視線を向けると、そこには小さな影があった。
「ただいま。こっちおいで」
手を差し出し、マイクが呼ぶとその小さな影はこちらへと軽い足取りでやってきた。やがて影が光を浴びてその実体を現す——マイクの足元にやって来たのは、生後数ヶ月と見られる小さな子猫だった。
「また拾ったのか」
「かわいいだろ。『セス』っていうんだ」
「はぁ?」
寄ってきた子猫を抱え、セスへ見せるようにしてマイクは笑う。すると子猫はにゃん、とひと鳴きし、ついでマイクへ甘えてゴロゴロと喉を鳴らした。
「なんで俺の名前」
「違うよ。セスって名前なの。イメージぴったりだろ、いつも何でもない風で飄々としてるくせに、俺が帰ってくるとご機嫌になるんだ」
「……そういうことにしとく」
「お前も撫でろよ、かわいいぞ」
「……よう、『セス』」
マイクに促され、セスは仕方なく猫を撫でる。すると子猫のセスは数秒それを許したものの、すぐに腕へ噛み付いてきた。
「俺嫌われてんじゃないの」
「ちがうよ、それ甘噛み」
「これで? 強くないか」
くっきりと歯型の残った腕を引き、セスは驚いてマイクを見る。するとマイクは「そんなもんだよ?」ときょとんとした顔で言うのだった。
「帰ってきたから、早速おやつの時間だな。ちょっと待ってろ」
子猫をベッドに下ろし、マイクが自分の荷物を漁る。彼がリュックの中から取り出したのは、パッケージも可愛らしい猫用の液状餌だった。
「呆れた、本国からわざわざ持って来たのかよ」
「お前だってそういうのあるだろ? お気に入りのエロ本とか」
パウチの封を切り、マイクがそれを子猫に与えるのを見ながらセスはふと思い当たり「ううん」と唸る。戦地への派遣に際し、兵士はある程度の私物の持ち込みを許可されている。家族の写真や読書用の本、娯楽用のゲーム機にゴシップ誌——それがたまたま、マイクの場合は猫の餌だったのだろう。
「他にもいっぱいあるから、あとでお前もやれば」
連結された細長いパウチの束を見せ、マイクが笑う。どうやらマイクは拾ったこの子猫をテントで飼う気らしい。
「生き物はいいぞ。特にふわふわした奴はな。癒される」
ピンと尻尾を立てて喜びを表しながらマイクに擦り寄る猫は、随分と彼に懐いているようだった。
「軍用犬じゃダメなのか」
「軍用犬はちょっとねぇ。普通の犬ならいいけど。でも猫が一番いい」
猫の頭を撫でるマイクの表情は穏やかだ。彼が元から猫好きだとは知っていたが、まさか現地で猫を飼うつもりでいたとは。セスは戦場にありながら平和に日々を過ごそうとしているマイクへ舌を巻いた。のんびりとした性格ではあるが、まさかここまでとは。
「ん? まだ食べ足りないのかな? 食いしん坊だなぁお前」
どこか場違いにも見えるマイクの態度に疑念を抱きながらも、セスはそれを心の内に留めた。代わりにため息をつき、大きく肩を落とす。あまりの平和さに脱力したのだ。
「ほら、セス。お前の番」
細長いパウチを差し出し、マイクが言う。それにセスは渋々従い、パウチを受け取った。餌をもらえると察知した子猫はマイクの膝元を離れると嬉しそうにセスのところへやってくる。
確かにマイクの言う通り、子猫というものは「かわいい」のかもしれない。何の掛け値もなく、餌欲しさにこちらを見上げるその瞳は純真そのものだ。
まるでここが戦地であることを一瞬忘れさせてくれるような、マイクが言う「癒される」という感覚。納得はできないながらも、セスはそれを感じた。作戦の終わりに、これはちょうどいい休息なのかもしれない。
「ちょっとだけだからな。あとはマイクにもらえ」
そしてそんな子猫を怪訝な表情で見下ろしながら、セスはパウチの封を切るのだった。
(了)