厳しく照りつける太陽の下、乾いた風が砂を巻き上げて中空を吹き抜けていく。それを煩わしく避けながら、アスワドはストールを掴むと慎重にそれを頭に巻き直した。
カスディール——ハクル県北東に位置する油田と天然ガスの街。現在は反政府武装勢力の「ムルシド・ダウィイ」が占領統治する重要拠点のひとつである。数日前、北のフルシュ県に位置するアズィーム・フルシュをレマシア軍に制圧された「カビール・タグイェル」は、南下して「ムルシド・ダウィイ」に助けを求めこの街へと集結していた。レマシア軍のさらなる攻撃に備えるためだ。
首都ハジャル・アル・カディーム攻略への足掛かりとなるはずであったアズィーム・フルシュから撤退した戦友たちを、「ムルシド・ダウィイ」は歓迎した。そして「共にここカスディールで戦おう」と呼び掛けた。組織の垣根こそあれど、彼らの目的は常に一致している。即ち、この国の「民族自決」である。
現在バラーキシュ共和国を取り巻く政治的軋轢は、複雑なようで単純だ。国内の豊富な油田から産出されるエネルギー資源、その行方を追えば、自ずと答えも見えてくる。このまま、レマシア合衆国に搾取されるだけの国政で良いのか——我々は、我々のためにこそ国内の資源を使うべきではないのか——折しも国民議会選挙を間近に控える中、ここカスディールで新たな火種が生まれようとしていた。
「アル・ファランからわざわざ出て来てもらってすまないな。お前と、お前の部隊の力が必要だ」
街を見渡せる高い塔の上、柱の陰に身を潜めるアスワドへ「ムルシド・ダウィイ」のリーダー・ザイールが言う。その眼下にはレマシア軍の物理的な侵攻——ひいては国民議会選挙における介入——に対する市民のデモが行われ、様々な文言を書き連ねたプラカードが見える。
「レマシアは選挙を前に殺気立っている……文化的な政に、我々のような『野蛮な輩』は必要ないと言うのだ。何とも身勝手な言い分ではないか」
ここ数日、レマシア軍は彼らに対し郊外でしつこく空爆を続けていた。その被害は甚大で、有効な対空火器を持たない民兵にとって脅威であった。このままでは、空爆による圧倒的な攻撃を前に組織は瓦解してしまう。そこでザイールは兵を引き連れ、レマシア軍を一般市民をも巻き込んだ市街戦へと誘い込むことにした。
幸運にも、市民たちは先の空爆における「無慈悲な殺戮」に対して反レマシア感情を募らせている。防衛戦にはうってつけのシチュエーションだ。このような状況下では、いくら訓練を受けた兵士と言えども思うようには動けないだろう。
「アズィーム・フルシュが落とされたとあっては、何としてもここを守らねばならない」
「お安い御用だ」
それに応え、アスワドは愛用のシスマ狙撃銃を構えると遙か前方、微かに見えるレマシア軍の姿をスコープに捉えた。来たる市街戦に備え、彼は手持ちの武器を確認しながら問うた。
「サンソンは来ているのか」
「いや、情報によれば今回『彼』は居ない。歩兵もせいぜい二個大隊といったところだろう」
「舐められているな」
制圧したアズィーム・フルシュを堅持するためか、それとも単なる人員不足か。彼我の戦力差を比べるに、カスディールへ侵攻するレマシア軍の規模はさほど大きなものではないようだ。アスワドは舌打ちし、ついでにやりと笑った。
「了解した。思う存分、狩ることにしよう」
「頼んだぞ」
アスワドの肩を叩き、ザイールは塔を降りていく。自身もまた、戦闘に参加するためだ。やがてレマシア軍が街へ到達し、歩兵たちが物陰からの狙撃を警戒しながら戦闘態勢に入る。そしてそれを見たデモ隊が、蜘蛛の子を散らすように方々へ逃げていく——アスワドは身を潜め、じっとチャンスを窺った。
眼下では、早くも民兵たちがレマシア軍へ向けて発砲を開始している。アスワドが直々に訓練した、中距離での圧倒的な火力を持つ「ムルシド・ダウィイ」の精鋭たちだ。レマシア軍も狙撃を警戒してはいるのだろうが、真正面からぶつかる彼らの攻撃にその警戒も疎かになっている。アスワドは遠方から視界に入ったレマシア兵を一人撃ち抜くと、次いで建物の陰に潜んでいたもう一人を射殺した。
「スナイパー! 『アスワド』だ!!」
レマシア軍から声が上がる。それを耳に入れ、アスワドはにやりと口の端を上げた。そして彼は銃を片手に塔を降り、地上へと向かう。
シスマ狙撃銃の最大有効射程距離は1,000メートルほどだが、その真価を発揮するのはむしろ500メートル未満の中距離から行うセミオートの素早い制圧射撃だ。地上に降り立ったアスワドは「ムルシド・ダウィイ」の歩兵たちに混ざり、その中から次々と後方のレマシア兵を狙撃していく。
一人、また一人とレマシア兵を撃ち倒すアスワドの瞳は狂気に見開かれていた。傭兵として雇われ、この国で戦うようになってから既に二年が経過しようとしている。そしてその間、彼の名が敵軍の中で途切れることはなかった。「アル・ファランの悪魔」との異名を持つアスワドの狙撃は素早く、そして確実にレマシア軍の兵士を殺害していく。
退屈な仕事だ——アスワドは引き金を引きながら、ふと思った。彼にとって、レマシア軍の歩兵というものは撃つのも簡単な単なる的であった。彼らの練度は決して高くはなく、またその作戦行動も予測のつきやすいものだ。
長年の軍隊経験から導き出された推測と直感に従って銃を向ければ、その先には必ずと言っていいほど彼らは居る。そしてその後は、引き金を引くだけだ。そうすれば、レマシア兵は「勝手に死んでいく」。
そんなアスワドの攻撃を前に、レマシア軍は徐々に戦力を失い後退し始めた。撃たれた味方を安全な位置へ移動させようとすれば、アスワドがまたそれを狙う。いくつもの死体が路上に放置され、それを跨いで「ムルシド・ダウィイ」は前進した。
そうして数時間が経過した頃。ついにレマシア軍は撤退を開始した。カスディールを包囲しようとしていた彼らは作戦の失敗を認め、死体の回収もままならず次々と後退していく。深追いすべきではないと判断したアスワドは、自分の部隊へその場に留まるよう指示を出した。
離れた位置から聞こえていた幾多の銃声も、徐々に止みつつある。戦闘の勝利を確信したアスワドが銃を下ろし、彼の部隊もまたゆっくりと構えを解く。
「よくやった。我々の勝利だ」
そしてアスワドが宣言すると、「ムルシド・ダウィイ」の兵士たちは興奮した様子で声を上げた。手に持つ銃を空に掲げ、彼らは勝利に歓喜する。撤退するレマシア軍を、侮蔑の目で見送りながら——。
(了)