草木の間から伸びる枝のようなものに、どこからともなく飛んできた小鳥が止まる。小鳥はしばらくその場に留まり、そこから動く気配はなかった。それを視線の先に捉えながら、スナイパーライフルのスコープを覗いていたルカはゆっくりと顔を上げる。草木の間から伸びた枝のようなもの——銃身に止まった小鳥が飛び立つ気配はない。
「アルファ6、こちらアルファ5。歩兵隊が作戦区域に入った」
「了解」
無線通信が味方の状況を伝えてくる。それに応え、ルカは再びスコープを覗く。その先にあるのは広い農場と、その中心に佇む一軒の邸宅だ。周囲は武装した民兵に守られており、歩兵隊が到着すればすぐにも銃撃戦になるだろう。ルカは作戦の内容を思い出しながら、じっとその時を待った。
ことの発端は、数日前にレマシア軍の小隊が爆弾による奇襲を受けたことに起因する。報告によれば、小隊は近づいてきた子供の抱える爆弾に気づくことができず、そのまま自爆攻撃を許してしまったのだという。被害は甚大で、現場に居た兵士たちはいずれも重傷。人の心理の裏を突いた、何とも非情な攻撃だった。
調査によって、自爆攻撃を仕掛けて来たこの子供は反政府組織「カヴィール・タグイェル」に所属する少年兵であったことが判明した。このことから、レマシア軍は武装勢力が抱える少年兵を脅威として捉え、対策を取ろうとしていた。
だが、並みの歩兵には子供を撃つことに躊躇する者も多い。そして躊躇している間に、少年兵に撃たれてしまうのが現状だ。子供だからと侮ってはいけない。彼らは高度な訓練——もしくは強固な洗脳——を受けた精鋭であり、また自分が子供であるということを存分に利用しレマシア軍へ近づく。それに対峙した兵士の中には、大きな恐怖を感じた者も居ただろう。
そしてそんな現状を打破するため、レマシア陸軍特殊部隊「ブラック・ベレー」に白羽の矢が立った。少年兵を純粋なターゲットとして捉え、撃つことの出来る人材。またそれによる心的なストレスを感じにくいとされる人材をレマシア軍は探していた。
今回ルカがこの作戦に参加することになったのは、そういう経緯があったからだ。早い話が、汚れ仕事というものである。彼らを率いる上官、エリオ・アクィナス中佐直々の命令だった。
「いいか。標的を捉えたら撃て。迷いは引き金を重くする……迷わないことだ」
「……了解」
無線の先に呟くと、回線の向こうからアルファ5——今回この作戦で例外的にルカと組むことになったマイク・シルヴェストリ一等軍曹——が静かに答える。彼は普段セス・アンシュッツ三等軍曹の観測手を務めているが、時折「こうした任務」に狙撃手として赴くことがあるのだという。
奇妙なことだ、とルカは思った。パートナーである狙撃手や観測手である自分に別段不満があるようには見えないマイクが、何故こんな作戦に従事するのか。しかも、自ら志願をしてまで。
狙撃手というものはその特性上、敵は元より味方の歩兵からも「卑怯者呼ばわり」されることがある。それは彼らが正面から戦うことをせず、潜伏と欺瞞を用いて標的を撃ち抜くからだ。そしてそんな狙撃手もまた、歩兵と同じく上からの命令に従って行動していることを歩兵連中はわかっていない。いや、わかってはいるのだが認めようとしない。感情的な何かが、彼らに認めることを拒否させるのだろう。
お陰で、狙撃チームへの外部評価は大きく二分されている。部隊を守る救世主か、はたまた戦場を支配し戦慄させる悪魔か。そのあまりに冷静で確実な狙撃が、一般の歩兵には味方でありながら畏怖嫌厭の感情を抱かせているのだ。
そんな状況の渦中へ自ら入り込んでいく存在の特異さは、ルカの目にも新鮮に映っていた。興味が湧くほどではないが、何か理由があるのだろうと察するのは簡単だった。
「建物の中にターゲットを確認——八人居る。恐らく戦闘になればすぐにも駆り出されるだろう。……撃ったことは?」
「……ない。撃たせたことも」
「なら、人間を辞めるいいチャンスだ。もし辞めたいのならな」
ルカが含み笑うと、回線の向こうからは大きなため息が聴こえた。何かに反抗しているような、もしくは、何かを諦めたかのような。
「動きあり。交戦準備」
ため息の後マイクは話を打ち切り、状況を一方的に伝え回線を切った。それを受け、ルカもまた小さく息をつく。レマシア軍の歩兵隊は農場を横切り、ルカも視認ができる距離——すなわち目標である農場の邸宅——まで近づいて来ている。そして邸宅から何人かの武装勢力が躍り出た瞬間。ルカの銃身に止まっていた鳥がついに飛び立つ——戦闘が始まった。
農場に響き渡る銃声、倒れる兵士たち。双方の被害は今のところ互角のようだ。だが、その均衡は早くも崩れ去ることとなる。建物の中から、レマシア軍が脅威とした少年兵たちが出て来たのだ。
大人顔負けの形相でしっかりとライフルを構え、レマシア軍めがけてそれを撃つ少年たちの姿はまさに「兵士」だ。そしてそんな少年兵たちをレマシア軍の歩兵たちはすぐに無力化することができない。彼らにとって子供を撃つという状況は「想定外」であり、また心理的な負担も大きい。躊躇しているのだ——ルカは呼吸を整えると、引き金に掛ける人差し指に力を込めた。
このままでは、精鋭とも言える少年兵たちに歩兵隊は次々と倒されてしまうだろう。これは止むを得ないことなのだ——ルカは自分にそう言い聞かせ、照準を合わせると引き金を引いた。
タァン、と一発の銃声が響く。倒れる少年兵。ルカはボルトを引き、無感情に薬莢を排出する。そして次なる「ターゲット」めがけて、第二射を行った。もう一人、少年兵が倒れる。そしてそのまま、彼らが再び動くことはなかった。
ふと、マイクの様子が気になりルカは視界をゆっくりと旋回させた。すると、マイクはどうやら少年兵の腕を狙い、武器を落とさせることで無力化を行なっているようだった。胴体よりも小さな狙点に当てるという腕前は見上げたものだが、そこにはまだ若さゆえの甘さが残っているような印象を受けた。
「なるほど」
古い愛銃を構え直し、ルカはひとりごちる。やがてレマシア軍の歩兵たちが徐々に戦線を押し上げ、農場の邸宅を制圧する。ふと静けさを取り戻した戦場を見やれば、そこには多くの死体と血だけが残されていた。
戦闘は終わりだ。ルカは立ち上がり農場の向かい側に居るマイクの元へ向かう。邸宅の前を横切ると、マイクが無力化した少年兵たちが歩兵に「保護」されているところだった。それらを見やり、ルカは鼻を鳴らす。
たったの数人を保護したところで、大きく情勢が変わることはない。これからも、少年兵はどんどん「生産」され、そして戦争の中で消費され死んで行くのだろう——そんな諦観が、彼にはあった。長年戦争という状況下に生きて来たルカは、己の思考がどこか歪み始めていることを自覚していた。
「よくやった」
「……」
マイクの姿を認め声を掛けると、彼は厳しい表情を浮かべてこちらを見た。いくら専門的な訓練を受けた兵士であろうとも、今回初めて少年兵を相手にした彼の心的負担はなかなかに大きかったようだ。
苦い顔をして俯くマイクへ何を言うべきか。ルカは考えた。だが、彼に掛けるべき言葉はすぐに見つからなかった。代わりにマイクの肩を数度叩き、顔を上げた彼へルカは無言でアイコンタクトを取る。こちらを見たマイクの瞳は、困惑に揺れていた。
「帰ろう。後は連中に任せて、我々は中佐に戦果を報告せねば」
閑散とした農場に、一陣の風が吹く——。
(了)