安藤政輝リサイタル
「宮城道雄全作品連続演奏会 5」
1992/ 8/ 5
宮城道雄全作品の演奏会(5)にあたって
安藤政輝
本日はお忙しい中をご来場いただきましてありがとうございます。
約300曲と言われる宮城道雄の全作品の連続演奏会も、おかげさまで第5回目を迎えることができました。 今回は1924年(大正13年)と1925年(大正14年)の作品を中心に11曲をとりあげます。 1925年という年は、日本でラジオ放送が始まった年で、3月1日の試験放送初日および、3月22日の仮放送初日にも、宮城道雄の演奏が行なわれました。 以前からのレコードへの録音とともに、ラジオ放送が宮城作品の普及にどんなに役立ったかということは計り知れません。 また、同年10月には、尺八の中尾都山の依頼により大演奏旅行をしています。 レコードが片面3分間のSP盤であり、ラジオ放送も今日とは比べようもない技術未発達の時代にあって、 生田流の牙城である京都・大阪を含む西日本地域に生の演奏を開いてもらえるチャンスを生かしたと言えましょう。 このように、この時期は宮城道雄の芸術が全国に広まっていった時代にあたります。
<紙風船>は、前回にお約束いたしましたとおりの伴奏付き再演ですが、改めて福山圭子氏にお礼を申し上げます。 <清水楽>は、夜明けの鐘の音を表す前奏に始まる箏2部と尺八の合奏曲です。 箏の奏法自体はさほど難しくなく、基礎的な奏法の復習といった感じでいろいろな奏法が盛りこまれています。 <竹の子><傘舞台>は、子どもが自分で弾くためにできている童曲ですが、後年作曲者によって十七絃の手が付けられています。 <湖辺の夕>は、箱根の芦の湖畔の印象を尺八と胡弓を中心に箏との三重奏にしたもので、中ほどの転調部分では月の出の描写がされています。 <唐松は>は、箏と三味線の伴奏による歌曲ですが、地歌風ではなくて現代的な感じの曲です。 <母の唄>は、<紅薔薇>や<こすもす>の流れの上にのった歌曲ですが、母の愛情溢れたきれいな陰音階のメロディが印象的です。 第2回の時に助演をお願いした青山恵子さんに再び登場していただきます。 <軒の雫>は、<比良>と同じように、古典的な三曲形式(箏・三味線・尺八の合奏)の中に新しい感覚の尺八の節が付けられている曲です。 <春の訪れ>は、冒頭のグリッサンドが特徴的です。中ほどの部分では、春の訪れを喜ぶ鳥の声が箏の左手や尺八のスタカットを使って表されています。 <青山の池>は、前回演奏の<雨><蜂>で李王殿下の妹・徳恵姫の詞に作曲したのに引き続き、皇族の詞に曲を付けたもので、 年表にあるように御前演奏が始まっていることと関連づけられます。 <お山の細道>は、大人が伴奏して子どもが歌う(あるいは、子どもに聞かせる)童曲です。
最後の<船唄>は、大正10年に作曲された<花見船>を改作した管弦合奏曲ですが、箏が高低2部、十七絃、 胡弓、尺八2部に今回は玲琴を加えて演奏いたします。玲琴は田辺尚雄が考案した、胡弓とチェロを足して二で割ったような低音楽器ですが、 今はほとんど使われていません。楽器を中井猛氏よりお借りしました。お礼を申し上げます。 同時にお借りした楽譜は、唯一の玲琴の音源である昭和3年発売のレコードから採ったものですが一部欠落のため、 尺八の楽譜を参考にして補完したものを演奏いたします。なお、 この曲は尺八だけの合奏曲として改訂されたものもありますが、その場合は、3部の尺八(いずれも1尺8寸管)が部分的に6部で演奏されます。
ところで、前回<無踏曲>の第3箏は本来小十七絃ではなかったかと推察して演奏しましたが、その後、 宮城道雄記念館資料室の千葉潤之介さんが、依頼してあった第4回宮城道雄作品発表会のプログラムを見つけてくださり、それによって、 当日の演奏が、第1箏・第2箏・小十七絃・大十七絃のパート編成で、弦楽四重奏(第1ヴァイオリン・第2ヴァイオリン・ビオラ・チェロ)の形そのままであったことが確認できました。 また、その直後の出演を依頼された演奏会では、小十七絃の代わりに箏で演奏され、さらにその後の宮城道雄主催の演奏会では、 再び小十七絃で演奏されていることも分かりました。 つまり、初演を含めて自分の主催の会では本格的に2面の十七絃を使っていますが、「当時貴重品であった十七絃を大・小2面も使うことは、 楽器の運搬や演奏者も含めて大変なことで、普通の箏でも弾けるということを示して曲の普及を計ったのではないかと思われる」とお話ししたことが証明されました。 修士論文「十七絃について」の中でこの間題を提起してから16年ぶりに解答が見つかり、千葉さんには感謝の念でいっばいです。
終わりになりましたが、お忙しい中、解説・年表原稿を項きました吉川英史先生、心よくご出演をお引き受けくださいました山本邦山氏・ 青山恵子氏をはじめ、会の開催にご援助・ご協力をいただきました皆様に、心から御礼を申し上げます。
あと何年かかるか分かりませんが、宮城道雄先生の全作品を弾き終えるまでがんばってまいりますので、 今後ともどうぞご支援のほどよろしくお願いいたします。