安藤政輝リサイタル
「宮城道雄全作品連続演奏会 17」
2017/ 4/25
ごあいさつ
安藤政輝
本日はお忙しい中をご来場いただきましてありがとうございます。 昨年生誕120年を迎えた宮城道雄の全作品を、年代に沿って時代背景を考察しながら連続して弾いていくこのシリーズも、1990年以来これまでに212曲を弾き、今回で17回目を迎えることができました。これもひとえに皆様の温かいご支援の賜物と感謝いたしております。 今回は、1940年(昭和15年)と1941年(昭和16年)の作品から7曲を演奏いたします。
《夢 殿》 夢殿は、聖徳太子創建の法隆寺にある八角形の仏堂で、観世音菩薩を安置し、太子が瞑想にふけった所として有名です。伝によれば、太子は仏典を読んで理解できない所にぶつかると、この堂にこもって何日も瞑想した。すると夢の中に西方から金色の異人が現われて仏典の意味を教えてくれた。それゆえ夢殿と呼ばれたということです。 内容は、秋の夕方から夜更けにかけての夢殿の周囲の情景を描き、静寂の中に太子の声が3回聞こえてくる様子を叙しています。 高低2部の箏に十七絃、それに胡弓が途中から加わりカデンツァを奏します。基本的には女声2部で構成されていますが、雅楽的な部分では4部になり、太子の声の部分は男声が受け持ちます。
《希望の朝》は、箏とフルートの二重奏曲です。尺八で演奏することもありますが、半音進行など相当な技術が要求されるため、いやな顔をされることもあります。私の初演奏は、1957年(昭和32年)の「宮城門下お弾き初め会」で、フルートは宮城 (当時の姓) 衛氏でした。
《夏の小曲》は、《風鈴》《金魚》《線香花火》の3曲が組になったもので、夏の風物詩が擬音を使って表されています。《風鈴》は、軒に吊るした風鈴が風によって単独に、あるいは一斉に鳴り出す様子が複音のグリッサンドを用いて表されています。《金魚》は、ゆったりと、時に忙しく泳ぐ金魚のかわいらしさが表されています。1986年(昭和61年)に藤城清治氏の影絵をバックに行った、第10回リサイタル「宮城道雄抒情の世界」の折に演奏したものです。《線香花火》は、スリ爪・チラシ爪・輪連を使って花火が燃える様子が表されています。
《銃後の女性》は、現在の人に「ジュウゴノジョセイ」と言うと、「15(歳)の女性」ととられてしまい、時代の違いを感じさせられます。進軍ラッパ、大砲の音、 機関銃の音などが織り込まれているように聞こえます。4番まである歌詞は時代を感じさせるもので、現代の人に内容を説明するのに骨が折れました。 なお、《浜千鳥》《叱られて》などで知られる広田龍太郎も作曲しています。
《村の春》は、器楽合奏曲です。箏2部、十七絃に、尺八・胡弓・フルートが加わり、さらに打物が村祭りのにぎやかさを演出しています。途中、1箏のソロをバックに胡弓による馬子唄が聞こえ、馬に付けた鈴の音が響きます。
《数え唄変奏曲》 変奏曲形式は、1923年(大正12年)の箏2面と十七絃による三重奏曲《さくら変奏曲》によって日本音楽に初めて取り入れられました。 その後、同じ編成の《君が代変奏曲》[1927年(昭和2年)]、オーケストラとのコンチェルト《越天楽変奏曲》[1928年(昭和3年)]と続きますが、箏独奏曲としてはこの1曲しかなく、同時に、この曲が箏独奏曲として最初の成功作といえます。 古謡の《かぞえうた》(「一つとや~」)の旋律を主題としたもので、全体は八つの段から成っています。ほとんど全曲を通じて複数の音が同時に鳴らされているので、一人二役あるいは三役のような感じを受けるかもしれません。さらに、その同時に鳴っている音の中で旋律を生かした表現をする事が求められているのは、ピアノの演奏法を想起させます。 ハーモニックス、スタッカート、トレモロ、アルぺジオ、グリッサンド、裏はじきのような左手奏法など、現代では当たり前のようになっている奏法ですが、当時は邦楽器による初めての試みであって、「箏の技法の展示会のような曲」(吉川英史先生の談)とも言えましょう。
《祝典箏協奏曲》 紀元2600年には、神武天皇建国以来の歴史の長さを誇示し、長期化した戦争による国民生活の窮乏や疲労感から目をそらせる目的で国中を総動員して一連の慶祝行事が行われました。国内外で多くの奉祝曲が作られたうちの一つで、箏独奏部・胡弓・笙・尺八2部・フルート・打物を含む大規模な合奏曲です。宮城道雄にしては珍しい、リズミカルで現代的な香りが強くする曲です。 今回も、戦争の真っただ中となりましたが、《銃後の女性》を除いては「平和な」内容の曲となりました。宮城道雄の心情があらわされているように思えます。
終わりになりましたが、解説と年表をいただきました野川美穂子氏、賛助出演の皆様、葛原しげる作詞の作品調査にご協力をいただいた葛原眞氏、その他会の開催にご援助・ご協力をいただきました皆様に心から御礼を申し上げます。
宮城道雄全作品連続演奏会
-第17回に寄せて
東京藝術大学講師 野川美穂子
本日の演奏曲は、昭和15年の《数え唄変奏曲》《夢殿》《銃後の女性》《祝典箏協奏曲》と、昭和16年の《夏の小曲(風鈴、金魚、線香花火)》《村の春》《希望の朝》の7作品です(作曲順)。
膠着する日中戦争のさなか、石油禁輸などの経済制裁を受けた日本は、米英との対立を深めていきます。そして、昭和16年12月8日の未明、真珠湾を攻撃し、太平洋戦争に突入しました。
本日の演奏曲は、太平洋戦争勃発を目前に戦時色が濃くなる状況ではあったものの、春秋会(宮城道雄門下の専門家対象。年2回)や生田奨励会(富崎春昇や川瀬里子などとともに創立。生田流若手門下対象。年3回)など、後進を育成する演奏会が新たに催され、新設の大日本三曲協会(日本三曲協会の前身)が中心となって、三曲界の活動を広げることがまだ可能であった時期の作品です。以下、演奏順に本日の作品を紹介します。
《夢殿》は、聖徳太子の等身と伝える救世観音像を安置する法隆寺の夢殿を歌う作品です。財団法人聖徳太子奉讃会が昭和15年4月11日に開催した聖徳太子の御忌法要のおりに初演されました。大正13年設立の聖徳太子奉讃会は、毎年の4月11日に東京美術学校の大講堂で御忌法要を行っていましたが、東京音楽学校からの申し出により、昭和15年以降、東京音楽学校で法要を行う年もありました。《夢殿》は、東京音楽学校での最初の御忌法要である昭和15年に披露され、東京音楽学校では2回目となる昭和18年の御忌法要のおりにも演奏されました。《希望の朝》は、箏とフルートの二重奏曲。この編成は、宮城作品のなかでは唯一です。《風鈴》《金魚》《線香花火》の3曲で構成される《夏の小曲》は、宮城らしい描写的表現にあふれる作品です。《金魚》はその存在が忘れられかけていましたが、安藤先生が演奏して以来、知られるようになりました。(CD『安藤政輝 宮城道雄を弾く2~箏独奏曲全集~』に収録)。《村の春》は、宮城が好んで採用したABAの三部形式による作品。B部分に馬子唄風の旋律が登場します。《銃後の女性》は、昭和15年10月9日に大日本三曲協会が主催した「銃後奉公軍事援護に関する三曲新作発表演奏大会」で初演されました。10月3日から9日の1週間は、軍事保護院の通達により「軍事後援強化週間」と定められ、戦地の軍人を国内(「銃後」)で支援する目的の催しが全国各地で行われまし。《数え唄変奏曲》の作曲年には諸説あり、随筆集『夢の姿』(昭和16年11月)の「宮城道雄作品目録」によれば、昭和9年の作品です。いっぽう、ビクターレコード『宮城道雄傑作選 第1集』によれば、昭和3年頃に着手され、昭和15年に独奏曲として完成しました。宮城の箏独奏曲の3作目です。《祝典箏協奏曲》は、昭和15年11月26日の「皇紀二千六百年奉祝芸能祭制定発表演奏会」で初演されました。宮城は「西洋のコンツヱルト風に作曲」「神武天皇の昔と今との感じを取り入れたつもり」と説明しています(『三曲』昭和15年11月号)。