安藤政輝リサイタル
「宮城道雄全作品連続演奏会 25」
2024/12/ 8
ご あ い さ つ
安 藤 政 輝
本日はお忙しい中、ご来場いただきましてありがとうございます。
宮城道雄の全作品を、年代に沿って時代背景を考察しながら弾いていくこのシリーズも、1990年以来これまでに288曲を弾き、今回で25回目を迎えることができました。これもひとえに皆様の温かいご支援の賜物と感謝いたしております。
今回は1954年(昭和29年)の作品9曲を演奏いたします。
《三つの民謡調》
《お江戸日本橋》《会津磐梯山》《木曽節》というよく知られた民謡3曲をメドレーにして、箏群と尺八の合奏曲に編曲したものです。明るい感じの《お江戸日本橋》と派手やかな《木曽節》に挟まれて、しっとりと《会津磐梯山》が奏されますが、3曲の曲調に合わせてそれぞれ調絃が異なるので、演奏には「瞬間的」転調が必須となり、演奏上のハードルとなっています。そのためか《北海民謡調》よりも演奏される回数は少ないようです。
《雛人形》
歌を伴わない短い独奏曲ですが、「手ほどき用のものではなく、相当な技量を要する」と楽譜にメモがあるように、意外と押し手が複雑なところがあります。
かわいい女の子という印象からか、第22回(2022年)に演奏した《源氏物語》の「紫の上のテーマ」が登場します。また、中ほどの転調した部分は「人形踊」を模していると楽譜のメモにあります。
この曲はこれまで演奏の機会はほとんどありませんでした。
《秋の初風》
『平家物語』の巻一に「祗王」という一章があります。
時の権力者・平清盛に寵愛された白拍子の祇王が若い仏御前に立場を奪われて尼となり、母と妹とともに都のはずれに籠っていたところに、祇王と同じ運命を感じた仏御前が尼となって訪れるという一節です。
作詞は石橋令邑となっていますが、「一樹のかげにやどりあひ、おなじ流れをむすぶだに、別はかなしきならひぞかし、」「もえ出づるも枯るゝもおなじ野辺の草いづれか秋にあはではつべき」「秋の初風吹きぬれば、星合の空をながめつゝ あまのとわたるかじの葉に、思ふ事かく此なれや。」など、『平家物語』の本文から引用した部分が多くみられます。
石橋さんとは何回かお話したことがあって、《高麗の春》を弾いたときには、「今度私の曲を弾いてくださるようでありがとうございます。」と挨拶されて困ってしまったことがありました。2024/11/5
現在は二間続きの質素な庵(祇王寺)がありますが、当時はもっと大きな別の寺殿があったそうです。何年か前に行ったときは、庭の桜が絨毯のように敷き詰められてきれいでしたが、先日行った時は紅葉にはまだ早く、訪れる人も少ない苔と深緑の静かな世界でした。
祇王寺の庵
《小国小唄》
当時の広島県世羅(せら)郡小国(おぐに)町(現・広島県世羅郡世羅町小国地区)が世羅町に合併されるのを翌年に控え、葛原しげるが依頼されて作詞、さらに葛原から依頼されて作曲したもので、宮城先生に宛てた手紙(点字)によれば、歌詞の背景やはやし言葉の挿入等についての希望が詳しく述べられており、なおかつ短期間に作曲を頼み込んだことが伺われます。
歌詞は9番まであり、「太平寺」「愛宕相撲」「岩谷薬師」「潮音寺」「美波羅川」「水神堂」「両化八幡」などの名所や「世羅茶」「世羅牛」「世羅松茸」などの特産品がちりばめられています。
当時藤間桃代がこれに振付をし、現在でも「せらにし婦人会」が中心となって盆踊りや集会の際に歌われ・踊られているとのことです。
また、パートは箏・十七絃・三絃本手・三絃替手の4パートですが、箏と三絃本手はほとんど同じですので、箏+十七絃バージョン、三絃(本手・替手)バージョンの2種類があり、場に応じて演奏されたとも考えられます。
なぜか私の手元に、それぞれ違う筆跡の手書きパート譜がありました。演奏された方からいただいたのではないかと思われます。しかしそれらを突き合わせてみると、例によって寸法が合わず、しかも反覆の場所も一致しません。点字譜を参照しても解決しないので世羅町に問い合わせたところ、古い記録映像を即日YouTubeにあげてくださいました。もう1種類すでにYouTubeにあった夏祭りの録画と比較しましたが、その2種も同一ではありませんでした。点字譜から絃名譜にうつしたときに起きた誤りがそのまま演奏されていたり、歌の入りが違っていたりしていたのですが、何とかまとめることができました。
本日は〔前奏〕〔1〕〔2〕〔間奏〕〔3〕〔後奏〕という形で演奏いたします。楽譜(五線譜と絃名譜)を用意しましたので、ハヤシことばだけでもご参加ください。
《北海民謡調》
箏高低2部、十七絃、尺八・胡弓による、《ソーラン節》と《江差(えさし)追分(おいわけ)》を主題とした合奏曲です。《三つの民謡調》と同じ時期に、民謡を素材とした「ご当地曲」ができているのも興味深い点です。
曲は大きく三つに分けられ、前後は《ソーラン節》の明るく華やかな雰囲気ですが、中間はゆったりとしたテンポで、波が寄せ返すような気分の箏・十七絃にのって尺八・胡弓が《追分》を奏します。尺八と胡弓はほぼ同じ旋律ですから、尺八を基本として演奏者の少なかった胡弓が時に応じて入る、という形が想定されます。
昭和30年(1955年)6月に発売されたレコードでは宮城先生は第1箏と胡弓を持ち替えて演奏されていたとあるので、それを基に作られたと思われる現在の胡弓譜は演奏部分が少ないのでしょう。曲の終わりも最後の1音だけがあって、本来最後の盛り上がりを見せるはずのコーダの部分も無音で不自然です。そのため、本日はコーダ7小節に胡弓の手を加えて演奏いたします。
《むすびの神曲》
『古事記』の中から二つの神話を取り出し、新婚の祝を表したものです。
その第1は、イザナギとイザナミのやりとりで、天の御柱を行きめぐったのちイザナギがイザナミに対して「阿那邇夜志(あなにやし)、愛袁登賣袁(えをとめを)(ああ、なんて素敵な女性なんだ)と言い、イザナミが「阿那邇夜志(あなにやし)、愛袁登古袁(えをとこを)(ああ、なんて素敵な男性なの)と返す場面です。
短い前奏の後、このやり取りを朗詠風にのびやかに歌い上げています。
第2は、イザナギの息子・スサノオがスセリビメを妻とし、出雲国の須賀の地に新居の宮を造った時に、雲が立ち上がったので、それを見たスサノオが自分たち夫婦の前途を祝って詠んだのが、
「夜久毛多都 伊豆毛夜幣賀岐 都麻碁微爾 夜幣賀岐都久流 曽能夜幣賀岐袁」
(八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を)です。
『古今集』序によれば、これが日本で一番古い和歌とされていますが、実際には新婚の夫婦とその新居を祝う古くからあった祝歌であって、それをこの場面に挿入したと考えられています。
生田神社では、現在も三々九度の儀の際にこの曲を使用しているとのことです。「奉納された楽譜、レコードでございますが、宝物庫にあると記録はございますが、一般の方にお見せするようなことはいたしておりません。」ということで、資料の確認はできませんでした。
生田神社会館の前には「宮城道雄音楽碑」があり、歌詞と歌の前半部分の五線譜が刻まれています。(2024/11/29)
《春鴬囀》1・2
1954年(昭和29年)に封切られた伊藤大輔監督・京マチ子主演の大映映画『春琴物語』は音楽担当が伊福部昭さんと宮城道雄先生でしたが、《春鴬囀》はその中で演奏された曲です。
「その1」は歌のある独奏曲で、晩年の春琴・佐助のもとに幼い女の子が入門する際に弾いたもの(実際には箏は宮城先生の吹き替え)で、そのあどけない笑顔に、失った同い年の我が子を思い出すシーンでした。姉がその役を演じたため、母と3人で旧甲州街道を調布の撮影所まで何回かハイヤーの送迎で通ったことを思い出します。
「その2」は歌の無い合奏曲です。映画の中および現在の公刊楽譜では箏の二重奏ですが、後に加えられたと思われる手元にあった十七絃パートを合わせて演奏いたします。因みに、十七絃は2ヵ所8小節ずつの休みが入ります。
同じテーマの曲ですので2曲続けて演奏いたします。
《編曲松竹梅》
原曲は、大坂の三津橋勾当が享和元年(1801)ころに作曲した《松竹梅》で、次のような構成になっています。
梅に鴬をうたった前歌―手事―松に鶴をうたった中歌-手事三段―秋風にそよぐ竹をうたった後歌
このように、松竹梅にことよせて春・賀・秋の気分をうたった大作で、現在一般的には、箏・三絃・尺八によるいわゆる三曲合奏形式で行われています。
これに、宮城道雄は次のような編曲を行いました。
〔曲の再構成〕:中歌の前半、後半の手事1・3段、後歌のみを採用し、前奏―前歌―手事二段―後歌という構成にしました。その結果、曲の長さは原曲の半分近くになり、歌詞は祝賀の松と秋の竹の部分だけになりました。
〔楽器編成の増加〕:原曲の三絃パートは歌とともにほとんどそのまま残しています。また、原曲の箏パートは第一絃が双調(G)から始まる低い音域ですが、これを第二箏とし、第一絃が壱越(D)から始まる高い音域のパートを加え、第一箏としました。原曲の箏の旋律はほとんど第二箏が引き継いでいますが、一部分を第一箏が受け持っています。これらに十七絃を加え、低音域を広げると同時にリズムを明確にしています。さらに、尺八、胡弓、小鼓を加えて音色の幅を広げ、リズムに変化をつけ、原曲の格調高く明るい祝賀の気分をより効果的に表しています。
この曲は2012年に東京藝術大学奏楽堂で行われた「退任記念演奏会」で当時の教員の方々と演奏した思い出深い曲です。今回も同期退職された三浦先生(現在は無形文化財保持者・桜間彦十郎氏)をお迎えいたします。
終わりになりましたが、解説と年表をいただきました野川美穂子氏、《小国小唄》の資料を提供していただいた小国自治センター長・風呂久美氏、賛助出演の皆様、後援をいただきました公益財団法人日本伝統文化振興財団、日本音楽表現学会、その他会の開催にご援助・ご協力をいただきました皆様に心から御礼を申し上げます。