安藤政輝リサイタル
「宮城道雄全作品連続演奏会 19」
2019/ 4/24
ごあいさつ
安藤政輝
本日はお忙しい中をご来場いただきましてありがとうございます。 宮城道雄の全作品を、年代に沿って時代背景を考察しながら連続して弾いていくこのシリーズも、1990年以来これまでに226曲を弾き、今回で19回目を迎えることができました。これもひとえに皆様の温かいご支援の賜物と感謝いたしております。今回は、1942年(昭和17年)から1944年(昭和19年)までの作品11曲を演奏いたします。
《もんぺ姿》は、1箏・2箏・女声によるものですが、題名からしていかにも昭和19年当時を彷彿させるものです。さらに、歌詞中の「女ながらも・・・」には時代離れを強く感じます。
《日の丸兎》は、清水かつらの詩に作曲した童曲です。レコードから採譜をしました。童曲のほとんどは葛原しげるの詩によっていますが、清水かつらの作品としては、この他にも同年作曲で前回演奏した《七つの胡桃》、1936年(昭和11年)作曲で第12回に演奏した《まいまいつぶろ》があります。
《朝》は、《鳩》と《行進》の2曲からなる箏の独奏曲で、戦争には関係のない無邪気な曲です。
《ひとかたに》は、香川景樹の『桂園一枝』に「秋歌薄随風(すすきかぜにしたがう)」として収められています。箏と三絃の二重奏曲で一見普通の曲のようですが、その内容は「風が吹いてきても一方になびく(一致団結!)」という感じです。
《社頭の寒梅》は歌会始の御題に因んだ箏と笙の二重奏曲です。NHKからの委嘱に際し、宮城の希望によって佐佐木信綱氏に作詞を依頼したそうです。昭和19年12月に作曲され、翌年1月2日にNHKラジオで初演されました。同じく勅題に因んだ《春の海》《泉》と比べて弾かれることが極端に少ない曲です。笙の音量は大きいので、休みの間が多く取られ、さらに歌と重なるところでは一本吹き(単音)でというように作曲上の配慮がされています。
《春遊び数え唄》は、《日の丸兎》と同じく清水かつらの詩による童曲です。これはおなじみの「数え唄」のメロディに、日本軍が南方へ進出した内容の歌をのせたものです。8番まである歌詞のうち4番までの歌詞カードをお配りしてありますので、皆様どうぞご参加ください。なお、この曲もレコードから採譜をいたしました。
《大東亜和楽》は、田辺尚雄氏の還暦を祝って作曲されたもので、内容は戦争とは関係がないにもかかわらず、時局がらかお祝い気分はあまり感じられないように思えます。
《すみだ川》《心の子守唄》は、松竹映画「すみだ川」で使用されたもので、《すみだ川》は、当時人気が高かった市丸の歌でレコード化されました。昭和17年の作品で、そのSPレコードを基に採譜することができました。
《虫の歌》は、擬音を効果的に使って、鈴虫・松虫・クツワ虫・馬追などいろいろな虫が登場する箏独奏曲です。しかし、転調が非常に多く演奏者泣かせの曲です。
《三つの遊び》は、《まりつき》《かくれんぼ》《汽車ごっこ》の3曲からなる子どもの遊びの情景を描いた箏独奏曲です。
《汽車ごっこ》は、スリ爪・チラシ爪を使って、蒸気機関車の、出発-快走-小さな駅に停車-また快走、の感じを表現していて楽しい曲になっています。
終わりになりましたが、解説と年表をいただきました野川美穂子氏、賛助出演の皆様、その他会の開催にご援助・ご協力をいただきました皆様に心から御礼を申し上げます。
宮城道雄全作品連続演奏会
-第19回に寄せて
東京藝術大学講師 野川美穂子
本日ご紹介するのは、昭和17年・18年・19年に作られた宮城道雄(1894-1956)の作品です。昨年4月の「宮城道雄連続演奏会 第18回」では、昭和15年から18年の作品を取り上げましたので、昭和17年と18年の作品は、前回と時期が重なります。そのため、今回のプログラムには、前回プログラムの昭和17年と18年の年表(「宮城道雄作品年表(その17)」)を再掲し、加えて、昭和19年の年表を「宮城道雄作品年表(その18)」として掲載することにしました。前回の年表(その17)については、一部に改訂を加えています。
今回は、11の作品を演奏します。そのうち2曲は組曲ですので、曲数としては、全部で14曲。作曲年代順に並べると、昭和17年の作品が《すみだ川》《心の子守唄》、昭和18年の作品が《春遊び数え唄》《日の丸兎》《虫の歌》《もんぺ姿》《三つの遊び》《大東亜和楽》、昭和19年の作品が《朝》《社頭の寒梅》《ひとかたに》となります。
昭和17年4月18日の正午過ぎ、太平洋戦争(当時の呼称は「大東亜戦争」)の開戦からおよそ半年後に、アメリカの航空母艦から16機の爆撃機が飛び立ち、東京、川崎、横須賀、横浜、名古屋、神戸などを奇襲攻撃します。日本本土への初めての空襲でした。その日は奇しくも防空訓練の日であったため、訓練のために日本軍が用意した模擬の敵機だろうと勘違いして空を見上げる人が少なくありませんでした。恐ろしい爆撃機の姿に人々が驚く前に、宮城道雄は「今日の飛行機の音は、いつもと少しちがうようだ」と気がついたという逸話が残っています(小学生だった上参郷祐康氏が音楽の先生から聞いた話。吉川英史『この人なり 宮城道雄傳』昭和37年、新潮社、651ページに紹介)。
この空襲をきっかけに、戦局はアメリカ軍に傾き、日本軍は、太平洋の島々での撤退や玉砕を余儀なくされていきます。宮城道雄は、養女よし子の結婚(昭和18年3月)の喜びから一転、よし子の逝去(昭和18年9月)という堪えがたい悲しみを経験します。そして昭和19年11月24日、B29爆撃機による東京への本格的な空襲がはじまると、葉山の別荘に避難しました。本日ご紹介するのは、そうした時代の作品です。以下、本日の演奏順にご紹介いたします。
《もんぺ姿》は箏二部の伴奏による歌曲で、従来、昭和19年の作品とされてきました。ところが、雑誌『三曲』258号(昭和18年9月10日発行)の32ページには、この曲が軍事保護院への献納曲であり、「既に」作曲されていると書かれています。昭和18年9月以前の作品ということになります。『三曲』の記事によれば、昭和18年10月3日から6日間の軍事援護強化週間に催す演奏会で発表することになっていたようですが、都合により演奏会は延期となりました。延期された演奏会がどうなったのかはわかりません。昭和19年9月26日の「航空士気昂揚邦楽大会」のおりに演奏された記録があり、翌日の新聞には「至芸に酔ふ」という見出しで紹介されました。
《日の丸兎》は、昭和18年1月に発売された日本ビクターのSPレコードに録音された童曲です。宮城道雄の箏、子役で童謡歌手の杉山美子の唄、服部正編曲のオーケストラという編成の録音でした。作詞者の清水かつら(1898-1951)は、宮城とほぼ同世代で、《靴が鳴る》の作詞者として知られます。手鞠唄風にはじまり、歌詞には「南」という文字が何度も出てきます。東南アジアと南太平洋を制圧する南方作戦の勢いにのっていた時期の日本軍が歌われています。
《朝》《ひとかたに》《社頭の寒梅》は、いずれも昭和19年の作品です。《朝》は箏独奏曲で、《鳩》と《行進》の組曲です。《ひとかたに》は手事物形式の歌曲で、楽器は箏と三絃です。歌詞には、江戸時代後期の歌人、香川景樹(1768―1843)の和歌が使われています。この和歌は「愛国百人一首」の一つでした。「愛国百人一首」は、昭和17年11月20日発行の東京の新聞紙上で発表された100首の和歌で、文学団体の日本文学報国会が選定しました。奈良時代から幕末に作られた和歌を通して、愛国精神を高めようという国策によるものです。《社頭の寒梅》は、「愛国百人一首」の選者の一人であった佐佐木信綱による作詞で、昭和20年の歌会始の勅題「社頭寒梅」にちなんで作られました。箏と笙を用いる歌曲です。
《春遊び数え唄》は、「一つとやー」で始まる有名な数え唄の編曲です。《日の丸兎》と同じく、昭和18年1月に発売された日本ビクターのレコードに収録されました。作詞も、《日の丸兎》と同じで、清水かつらです。正月の子供の遊びを八つ数えて歌います。
《大東亜和楽》は、音楽学者の田辺尚雄(1883-1984)の還暦を祝って作曲されました。還暦祝いの論文集『田邊先生還暦記念 東亜音楽論叢』(昭和18年8月8日発行、山一書房)の目次のあとに、歌詞と五線譜が掲載されています。還暦の翌年の昭和19年8月4日に、本の贈呈式が催されました。戦時下であったため演奏はなく、空襲警報が響くなかでの式であったそうです。演奏されたのは、田辺尚雄の古稀の祝い(昭和27年)でした。作詞は、宮城道雄の童曲に多くの歌詞を提供した葛原しげるです。歌詞中の「かたばみ」は、田辺家の家紋です。 《すみだ川》と《心の子守唄》は、昭和17年9月封切の松竹映画『すみだ川』(現在は、ネットでも見ることが可能)の映画音楽として作られました。
『すみだ川』の主人公は、箏を弾く女性です。師匠が作った名作《すみだ川》を、母であることを名乗ることができない娘に教えます。映画のなかには、主人公の女性が伝える「故人の名作」という設定で、《水の変態》も登場します。
箏の独奏曲《虫の歌》は昭和18年9月の作品で、宮城道雄らしい描写音楽です。さまざまな虫の鳴き声が聞こえてきます。《虫の歌》の三ヶ月後に作られた《三つの遊び》は、《まりつき》《かくれんぼ》《汽車ごっこ》の3曲の組曲です。そのうち《まりつき》には、本日演奏の《日の丸兎》の間奏部分の旋律が生かされています。雑誌『三曲』の発行者で、若い頃から宮城道雄の友であった藤田斗南は、《三つの遊び》について、「作者の幼児の追懐から、擬音を使って子供の遊びの感じを表現したる曲」と説明しています(『箏曲と地唄の鑑賞』昭和22年、192ページ)。