サクラソウのタネが実るためには

本城正憲(東北農業研究センター)

サクラソウは、国内では北海道から九州に分布する多年生草本です。岩手山の麓には数多くの自生地があり、宮沢賢治の作品にも登場します。

しかし、近年では全国的に減少し、岩手でも昔に比べ少なくなったようです。サクラソウがこれからも生き延びていくためには、タネを作ることが重要です。

では、サクラソウのタネが実るためにはどういったことが必要なのでしょうか?

☆異型花柱性とトラマルハナバチ

サクラソウは、1 つの集団内に、雌しべが高く、雄しべが低い位置にある「長花柱花」個体と、逆に雌しべが低く雄しべが高い位置にある「短花柱花」個体とが見られる異型花柱性を示します。

そして、健全な種子生産には、トラマルハナバチなどによる異なる花型間での受粉が必要です。

DNA マーカーによって明らかにされた、実際の自生地での花粉のやりとりの例

多くの場合、近隣 10m以内に生えている個体から花粉を受け取って受精していましたが、なかには50m 以上離れた遠い個体から花粉を受け取っているケースもみられました。

森の中の 50m は案外遠く、草丈約15cm のサクラソウによっては、交配相手の姿が全く見えないであろう距離だと思われます。

☆集団が極度に小さくなると・・・

集団が極度に小さくなると、確率的に一方の花型に偏りやすくなります。また、集団全体としての花の数が少なくなると、訪花昆虫があまりサクラソウの花を訪れてくれなくなることが明らかにされています。花数が少ないと、訪花昆虫にとって魅力が落ちるのでしょう。

このような場合、他の個体との間での受粉が健全に行われず、自身の花粉で受粉・結実(=自殖)するケースが比較的多くみられるようになります。自殖でもタネができればいいのでは?と思われるかもしれません。しかし、サクラソウの場合には、自殖により生じた子孫には、高い頻度で異常が出たり、生育が悪くなることが知られています。

これらのことから、サクラソウの健全な種子生産には、ただ単に個体数が確保されていればよいというわけではなく、集団内に、長花柱花と短花柱花の両方が存在していること、それらの間での受粉をなかだちしてくれる訪花昆虫が生存していける環境が保たれていることが重要であるといえます。