北東北の渚と河口の生き物たち

松政正俊(岩手医科大学共通教育センター 生物)

岩手県北部の海岸は、海底の隆起により形成されたものであり、切り立った岸壁が続く勇壮な景観となっています。一方、南半分は沈降によって出来たリアス式海岸であり、大小さまざまな湾が並んでいます。大きな湾の奥には砂浜が発達し、波当たりは外洋に面した岸壁に比べるとずっと穏やかです。大きな川が流入している湾もあれば、小型の河川しかないものもあり、淡水や淡水に溶け込んで供給される栄養塩の量に違いが認められます。

海岸の生き物の顔ぶれは、このような波当たりの違い、生息空間となる基質(岩や砂など)の違い、淡水や栄養塩の供給量の違いによって異なります。例えば、北部の海岸の、波当たりが強く、切り立った岩場には海藻の群落が形成され、海藻を餌とするエゾアワビやエゾバフンウニなどの岩に付着して生活するベントス(底生動物)が多く見られます。一方、砂浜では砂に潜ったり、巣穴を作って生活する二枚貝や甲殻類などのベントスが中心となり、その種類は波当たりや河川の有無などで異なります。

波が静かな内湾の砂地には海草(陸上植物の仲間;「うみくさ」と読むときも多い)の群落が形成されることもあり、船越湾では世界最大のタチアマモの群落が見られます。

海藻や海草の林は魚やベントスの棲み場所として重要であり、水産資源の維持に役立っていると考えられています。淡水が流れ込む河口には、塩分が低下しても耐えられるマガキやヤマトシジミのような広塩性の生物が棲んでいます。(下図)

このようにハビタットによって生物の種構成が異なる現象は、生き物達が進化の過程でそれぞれに特有のニッチ(生態的地位)を獲得した結果だと考えられています。

岩手県の沿岸域の特徴の1つとして、北部と南部で成り立ちが異なる大小さまざまな湾ごとに、多様なハビタットが配置されていることをあげることが出来るでしょう。

もう1つ、岩手県沿岸域の大きな特徴として、海流の影響をあげることができます。生物にとって温度(水生生物にとっては水温)が重要な環境要因であることは言うまでもありません。ある海域が寒流と暖流のどちらの影響を強く受けているかは、その水域の生物相(その場所の生物の種構成)を左右します。

三陸の沖合では栄養塩が豊富な寒流の親潮(千島海流)と暖流の黒潮(日本海流)がぶつかっていますが、岩手県の沿岸は寒流の影響を強く受けています。したがって、生物相としては北方系種が中心となりますが、親潮と黒潮のぶつかる位置が12月には釧路沖まで北上しますので、南方系の魚やベントスも季節によっては見られることがあります。