第10回:内容

■はじめに

みなさんに身近な田んぼは日本の農地のうち54%を占めています。他の農地とは違って水が豊富な環境であるため、陸上にいる生き物だけでなく水辺に見られるカエルや魚、貝など、そしてそれらを食べる鳥やヘビ、ほ乳類など様々な生き物を育んでいます。一方、田んぼで見られる生き物たちはずっと田んぼにいるわけではなく、田んぼとその周りの環境を行き来しながら生活しています。すなわち、田んぼと田んぼまわりにある森や川など周りの環境すべてが彼らの生活に密接に関わっているのです。今回の講座ではカメムシ、カエル、魚に関する最新の研究から明らかになってきた彼らの生活について皆さんにご紹介します。

■田んぼまわりからコメを食べにくるカメムシたち

田渕 研(農研機構 東北農業研究センター)

コメや野菜、果物などに被害をもたらす害虫は農地と農地まわりにある生息地を行き来して生活します。このため、害虫の被害を減らすには個別の田んぼのように小さな範囲を考えるのではなく、広い視点から作戦を練ることが必要だと私は考えています。害虫の少ない田んぼまわりの環境とはどんなものなのでしょうか?害虫の少ない環境条件を明らかにして再現すれば、農薬にたよらずに害虫の被害を減らすことができるかもしれません。

現在、コメの害虫として一番問題になっているのがカメムシです。このカメムシたちも普段は田んぼまわりに住んでいて、コメの花が咲くと一斉に田んぼにやってきます。どれくらいの範囲に、どんな環境があれば田んぼにやってくるカメムシが多いのでしょうか?今回はコメの害虫であるカメムシを対象に、岩手県南部で行った研究結果を紹介したいと思います。

■田んぼが育てる森のカエル

黒江美紗子(九州大学理学部)

春の田んぼをのぞいてみると、そこにはたくさんのオタマジャクシがいます。同じように見えるたくさんのオタマジャクシですが、実際のところは、色んな種類のカエルが混ざっているのです。夏になると田んぼで見かける緑色のカエル、トノサマガエルやダルマガエルだけでなく、普段は森にいるはずのアカガエルやモリアオガエルの子も混ざっています。森のカエルの子が、なぜ田んぼにいるのでしょう?森のカエルたちにとって、田んぼとはどのような場所なのでしょうか?

今回の講座では、これまで東北で観察してきた森のカエルについて、カエルの数を数えることで見えてくる森と田んぼの関係についてご紹介します。また、カエルがたくさんいることで他のいきものにはどのような影響が及ぶのか、さらに、稲を育て収穫を行う農業にとって、カエルがたくさんいることがどのような影響として現れるのか、についてもご紹介します。

■田んぼまわりに棲む魚を蘇らせる

鈴木正貴(岩手県立大学総合政策学部)

今から15年ほど前、農村を歩いていた私は、田んぼ脇の水路で魚捕りをしている古老に会いました。腰の魚籠に入ったドジョウをどうするのか尋ねると「食べるか、売って小銭にするかな」と笑顔で答えてくれました。こうした「水田漁撈(ぎょろう)」は、動物性タンパクの摂取や金銭収入、娯楽など、農村における様々な生活文化的意義を担っていました。田んぼまわりに棲む魚は、人々と密接な関わりをもっていたのです。 ところが、環境省は、1999年に絶滅のおそれのある野生生物としてメダカを指定し、2007年には「田園地帯を生息地とする多くの魚類が、より危険度上位のランクへ移行」していると報告しました。私たちは、失ってはじめて、その存在価値を見いだすことが多々あります。そこで、本講演では、田んぼまわりに棲む魚の生態とその保全技術について全国の事例を紹介しながら、岩手県の農村に棲む魚類の保全のこれからを考えてゆきます。