序論:全体の構成とねらい

松政正俊(岩手医科大学共通教育センター 生物)

「エコロジー」とはどんな意味を持つ言葉でしょうか?

第1回市民講座の冒頭には、「生態学」すなわち本来の意味でのエコロジーとはどんな学問か、そして今なぜそれが必要かを概説しました。エコロジーという言葉は現在では広く知られており、関連してリサイクル、エコバック、循環型社会、持続可能な社会、あるいは緑の党などといった事柄を連想される方も多いと思います。これらは、人間と自然の共生・共存を実現しようとする「エコロジー運動」と関連が深いものです。

一方、学問としてのエコロジー(生態学)は、そもそも生物の共生とはどんな現象か、共存はどのような仕組みで可能になるのか、といったことを研究する学問であり、社会的な運動と直接結びつくものではありません。しかし、エコロジー運動の是非を考えるためにも、生態学としてのエコロジーを理解することは必要不可欠ではないでしょうか。

生態学の主な対象は、個々の生き物「個体」と,同じ種類の個体の集まりである「個体群」,ある地域での様々な種類の個体群の集合である「群集」,そして群集とそれを取り巻く環境(温度や湿度など)からなる「生態系(=エコシステム)」です。

私達は、どんな環境で個体がいかに振る舞うか、個体群の性比や年齢構成はどうなっているか、生き物の個体数や種数はどんな仕組みで変動するかなどといったことを調べます。そのために、時には人工衛星を利用しないと観察できないような広い地域や、人の一生では追跡できないような長い時間幅で自然現象を扱います。

ここ数十年の間に、環境と生物との相互作用はもちろん、競争、捕食-被食関係、寄生、共生といった様々な生物間相互作用、さらには、そうした関係をもたらす進化の重要性や仕組みが明らかにされて来ました。

こうした環境と生物、生物と生物のダイナミックな関係が繰り広げられる舞台はハビタット(生息場所ないしは生息環境)と呼ばれます。そこで、第1回の市民講座「生き物から見た岩手の自然」では、岩手とその周辺に見られるハビタットの特徴を紹介し、第2回以降の市民講座において、生々しい生物の暮らしぶりや、ヒトとの関係も含めた生物間相互作用の成り立ちを順次解説して行くことにしました。