岩手の森の木の話

柴田 銃江(森林総合研究所東北支所)

北東北には、北上山地と奥羽山脈という大きな2つの山地帯があります。現在は両山地帯ともスギやカラマツの人工林が多いものの、北上山地ではナラ類やカンバ類、アカマツを主体とする二次林が広く分布するのに対して、奥羽山脈ではブナやアオモリトドマツなどの天然林がよく見られます。

なぜ2つの山地帯で森林は異なるのでしょうか。それを考える鍵の一つとして、2つの山地帯の代表的な樹木であるミズナラとブナの生き方とそれぞれの森林の撹乱タイプに注目しました。

ミズナラとブナは双方の山地帯に分布するブナ科樹木ですが、ミズナラは北上山地、ブナは奥羽山脈でより多く見られます。生活史特性からみた両種の生き方は対照的です。ミズナラは、長寿命、明るい場所での実生稚樹の成長が旺盛、萌芽性が高い、早熟ですが年間種子生産はブナほど多くありません。このことから、大きなスケールでおこる撹乱が様々な頻度でおきても、すばやく個体群再生できる樹種といえます。

それに対してブナは、中庸な寿命、実生稚樹の耐陰性が高い、萌芽性が低い、晩熟ですが数年毎に大量の種子を生産します。大きな撹乱が度々おきる場合は脆弱ですが、暗い林床でも着実に生存成長する樹種といえます。

2つの山地帯の撹乱タイプも対照的です。北上山地は日本列島の中でも古い時代に形成され、なだらかな丘陵地帯が続く山々です。積雪も少ないため、古い時代から放牧や薪炭生産のための火入れや伐採が行われてきました。

そのよう大きな撹乱が多い場所では、ミズナラのような生き方の樹種のほうが有利なため、北上山地で多くのミズナラ林が成立したと考えられます。

一方、奥羽山脈は、急峻な斜面となだらかな地滑り面がモザイク状に広がり、積雪量も多い山々です。そのため人の利用が少なく天然林が残されてきました。天然林の世代交代の場は、林冠ギャップ(大木が死亡して林冠に穴ができる)が一般的です。

林冠ギャップのように数年から数十年間隔でおこる小さな撹乱を活かして世代交代するには、ブナのような生き方の樹種のほうが有利なため、奥羽山脈ではブナ林が維持されてきたと考えられます。

このように、樹木の分布とその生き方をとおして、地形・気候、人の土地利用と森林の成り立ちとの間の深い関係の一端が見えてきます。