近年の英語教育におけるトピックの1つに,大学入試の4技能への対応があります。また,高等学校の英語授業では,さらに進んで5つの領域(「聞くこと」,「読むこと」,「話すこと[やり取り]」,「話すこと[発表]」,「書くこと」)を総合的に扱うことを一層重視する科目と,「話すこと」と「書くこと」による発信力の育成を強化する科目がそれぞれ新設されることになります(文部科学省, 2018年7月『高等学校学習資料要領解説:外国語編・英語編』)。
このように,英語教育は,いま,パラダイムシフトとも言える変化を迎えています。そのような中,技能・領域を総合的・統合的に修得しようとする学習者への指導において,英語を書くこと,つまり英語ライティングの観点から,指導実践例を幅広く紹介することが本書の目的です。読者である教員が英語ライティング指導実践をおこなおうとする際,参考(もう少し期待を込めて言うと指針)となるような「ガイド」として,さまざまな指導実践例を網羅的に1冊にまとめることを目指しました。
本書では,対象となる学習者を「中・上級」としていますが,その意味するところは,全くの導入段階ではない,ということです。つまり,ある程度ライティング指導を受けた経験があり,センテンスレベルを超えた,まとまった分量のライティングに挑戦しようとしている学習者です。そのような学習者に対しての,上に述べた総合的・統合的な英語力や英語での発信力を伸ばしていくような指導実践を念頭に置いています。本書で紹介するライティング指導実践例は,主に日本の大学(短期大学や大学院を含む)でおこなわれたものを取り扱っていますが,そこでの指導実践上のエッセンスを,中学校や高等学校の授業においても使用可能なものとしています。
本書の構成と特徴は,以下の通りです。
「第1部:理論編」では,日本人英語学習者を対象としたライティング研究の概観を通して,本書全体の理論的な基盤となる枠組みを提示します。具体的には,①ライティング指導の目的論として,「なぜ」ライティングを指導するのかというWhyの視点を持ち,②それを達成するための方法論として,「どのように」指導実践を焦点化するのかというHowの過程を経て,③学習者に「何を」書かせ,何をタスクとし・学習者の何を(どのような力を)伸ばすのかを具現化するWhatの段階に至る,という枠組みです。
「第2部:実践編」の各章では,第1部で挙げた枠組みの中でも,特にHowの側面,つまり「どのように」指導実践を展開していくかについて,それぞれの指導実践をおこなった執筆者が詳細に事例を紹介しています。その際には,WhyやWhatの側面をカバーするために,それぞれの実践に至った理論的背景を(専門的になりすぎないよう留意しながら)示し,読者が今後,理論に裏打ちされた実践をおこなうことをサポートします。この第2部には異なる文脈における19の実践例が収録されています。読者のみなさんは自身の関心にしたがって読む章を決めていただければよいのですが,本書をより体系的に読むための補助となるよう,便宜上,各章を以下のセクションに分けています。緩やかにではありますが,セクションが進むにつれ,より特定の目的に向けた指導実践内容になるように配置しています。
・セクションI(2〜5章): 技能統合型のライティング指導
ライティング技能単体ではなく,他の技能をベースにして,あるいは他の技能との連関の中で,ライティング指導に結びつける指導実践例
・セクションII(6〜8章): クラスメートとの協働的ライティング
一人で書くことが難しい学習者でも,クラスメートとの協働の中で,主体的・対話的にライティングに取り組めることを示す指導実践例
・セクションIII(9章〜15章): アカデミックライティングの指導
これまでの研究に裏打ちされた,今後の社会的な要請や将来の必要性に十分応えるための,論理的・学術的なライティングに関する指導実践例
・セクションIV(16章〜20章): ライティングの評価とテスト対策
指導と表裏一体の評価について,効果的な評価方法に関する指導実践例,および各種ライティングテストに対応するための指導実践例
また,セクション分けに加えて,読者がより深く理論・実践に触れることを可能にするために,各章末でFurther Readingsを解説付きで紹介するとともに,セクション間にはすぐに読めるコラムを設けています。さらに,章内・コラム内には,具体的なマテリアルやワークシート,学習者の作文サンプル等を掲載しています。これらのマテリアル類の一部は,コンパニオンウェブサイト経由で,ダウンロードして利用することができるようになっています。
本書はこのような目的・構成・特徴で編纂されていることから,指導実践における「ガイド」として使用する教員のみならず,実践に根ざしたライティング研究者,そのようなライティング研究を志す大学院生も,その読者として想定しています。大きな変革を迎えつつある日本の英語教育において,ライティング指導実践という観点からも授業がよりよく改善され,学習者の総合的・統合的な英語力や英語での発信力が向上する一助に,本書がなれば幸いです。
最後になりましたが,本書の刊行にあたっては,企画を拾い上げてくださり,その後の編集作業の全ての段階において丁寧かつ的確な指摘をくださった,大修館書店編集部の小林奈苗さんに全面的にお世話になりました。ここに記して感謝申し上げます。
2019年9月 編者一同