蛋白質溶液学(アミロイド)
根治はできるか?(鋭意執筆中)
根治はできるか?(鋭意執筆中)
アミロイド
アミロイドとは、タンパク質やペプチドが規則正しく集合してできる線維状の凝集体である。多くのアミロイド線維では、ポリペプチド鎖が線維軸にほぼ垂直に並ぶcross-β構造が共通してみられる。「amyloid」という名称は、1854年にドイツの病理学者Rudolf Virchowが、組織中の沈着物がヨウ素によってデンプンに似た染色性を示すことから命名した。当時は糖質に近い物質と考えられたが、のちに主成分がタンパク質であることが明らかになった。アミロイド形成は一つのタンパク質に限られず、Alzheimer病ではアミロイドβ(Aβ)、全身性アミロイドーシスでは免疫グロブリン軽鎖やトランスサイレチンなど、疾患ごとに異なるタンパク質が線維を形成する。Alzheimer病の脳に蓄積するAβも、このアミロイドの一種である。
◆抗Aβ抗体薬・2026年9月考察
Lecanemab(レカネマブ、レケンビ)とdonanemab(ドナネマブ、ケサンラ)は、いずれも早期Alzheimer病を対象とした第III相試験で、脳内アミロイドβ(Aβ)を大幅に減少させ、認知機能と日常生活機能の低下をプラセボより遅らせた(van Dyck et al., 2023; Sims et al., 2023)。日本ではlecanemabが2023年9月25日、donanemabが2024年9月24日に承認されている(厚生労働省, 2023, 2024)。
臨床試験の数字を見ると、抗Aβ抗体が何を達成し、何をまだ達成していないかが比較的はっきりする。Lecanemabでは18か月のCDR-SB悪化量が1.66から1.21へ、donanemabでは76週のCDR-SB悪化量が2.42から1.72へ低下した(van Dyck et al., 2023; Sims et al., 2023)。改善ではなく、進行速度を遅らせる治療である。
日本での効能・効果は、両薬とも「アルツハイマー病による軽度認知障害及び軽度の認知症の進行抑制」である。治療前にはamyloid PET、脳脊髄液検査などでAβ病理を確認する。中等度以降の認知症患者を新たに治療対象とする薬ではない(PMDA, 2026a, 2026b)。
2026年8月改訂の電子添文には、lecanemab、donanemabとも「疾患の進行を完全に停止、又は疾患を治癒させるものではない」と記載されている(PMDA, 2026a, 2026b)。米国ではlecanemabが2023年7月、donanemabが2024年7月に承認された(FDA, 2023, 2024)。EUではそれぞれ2025年4月、2025年9月に承認され、ApoE ε4ホモ接合体は適応から除外されている(EMA, 2025a, 2025b)。
Clarity ADは、Aβ病理が確認された早期Alzheimer病患者1795人を対象とした18か月の第III相ランダム化プラセボ対照試験である。主要評価項目のCDR-SBは、記憶だけでなく、見当識、判断、社会生活、家庭生活などを含む臨床指標で、値が大きいほど障害が強い(van Dyck et al., 2023)。
18か月のCDR-SB変化量はlecanemab群で+1.21、プラセボ群で+1.66であり、群間差は−0.45だった。プラセボ群の悪化量を基準にすると27.1%の進行抑制に相当する。同じ試験のamyloid PETサブスタディでは、18か月時点の脳内Aβ量の群間差は−59.1 Centiloidであった(van Dyck et al., 2023)。
TRAILBLAZER-ALZ 2には1736人が参加した。Aβ病理に加えてtau PETも用いて患者が選択され、donanemabまたはプラセボが76週間投与された(Sims et al., 2023)。
全患者集団では、iADRSの変化量はdonanemab群で−10.19、プラセボ群で−13.11であり、群間差は+2.92、進行抑制率は22.3%だった。CDR-SBはそれぞれ+1.72、+2.42で、群間差−0.70、進行抑制率28.9%であった(Sims et al., 2023)。
Tau蓄積がlow/mediumの集団に限ると、進行抑制率はiADRSで35.1%、CDR-SBで36.0%であった。「donanemabは35%進行を遅らせた」という数字は、このlow/medium tau集団の結果であり、全患者集団の値とは区別して読む必要がある。DonanemabではAβ plaqueの除去も顕著で、76週までに治療群の76.4%が試験で定義されたamyloid clearance基準に到達した(Sims et al., 2023)。
Lecanemabは可溶性Aβ凝集体、とくにprotofibrilに選択的に結合し、不溶性fibrilにも結合する。Donanemabは、成熟したamyloid plaqueに存在するN3pG Aβ(N末端第3残基がpyroglutamate化されたAβ)を標的とする(PMDA, 2026a, 2026b)。臨床的にはどちらもamyloid PETでAβを大きく低下させるが、分子標的は同一ではない。
二つの第III相試験を並べると、Aβ除去と臨床効果の大きさが同じ尺度では動いていないことが分かる。Lecanemabではamyloid PETが約59 Centiloidの群間差を示したが、CDR-SBの群間差は0.45だった。Donanemabでは4分の3を超える患者がamyloid clearance基準に達したが、治療群のCDR-SBも76週間で1.72悪化した(van Dyck et al., 2023; Sims et al., 2023)。
この結果から直接言えるのは、早期Alzheimer病でAβを大幅に減少させる治療により、認知・生活機能の低下を遅らせることができるものの、臨床的進行そのものは残るということである。Tau pathology、synaptic dysfunction、神経変性などがその後の進行に関わるという説明は現在の病態像と整合するが、Clarity ADやTRAILBLAZER-ALZ 2が個々の下流機構を直接証明したわけではない。
CDR-SBの群間差はlecanemabで0.45、donanemabで0.70だった。MCIDを検討した研究では、MCIにおけるCDR-SBの臨床的に意味のある個人内変化として約1ポイントが報告され、2024年のrapid reviewでも同程度の値がまとめられている(Andrews et al., 2019; Muir et al., 2024)。
ただし、個人の経時変化に対するMCIDと、ランダム化比較試験における群平均差をそのまま同じ基準で判定することはできない。統計学的に明確な進行抑制が確認されたことと、平均的な絶対差が大きくないことは分けて考える必要がある。
抗Aβ抗体では、amyloid-related imaging abnormalities(ARIA)が代表的な有害事象となる。Clarity ADでARIA-Eはlecanemab群の12.6%に認められた。TRAILBLAZER-ALZ 2ではdonanemab群の24.0%にARIA-Eが認められ、52例(6.1%)は症候性だった(van Dyck et al., 2023; Sims et al., 2023)。
ApoE ε4保有者、とくにホモ接合体ではARIAの頻度が高い。日本の2026年8月改訂電子添文では、両薬とも治療開始前のAPOE遺伝子検査を考慮すること、治療前・治療中にMRIでARIAを監視することが規定されている(PMDA, 2026a, 2026b)。抗凝固薬や血栓溶解薬を使用する状況にも注意が必要である。
米国では両薬とも、臨床試験で治療を開始したMCIまたは軽度認知症の段階での使用が示されている(FDA, 2023, 2024)。EUではARIAリスクを考慮し、ApoE ε4 non-carrierまたはheterozygoteに適応が限定されている(EMA, 2025a, 2025b)。同じ臨床試験データを基礎としていても、リスク管理を含む承認条件は地域によって異なる。
Aβを標的とする治療は長く臨床効果を示せなかったが、lecanemabとdonanemabでは、異なる抗体を用いた二つの大規模第III相試験で、Aβ低下と認知・機能低下の抑制が同時に確認された(van Dyck et al., 2023; Sims et al., 2023)。少なくとも、早期の症候性Alzheimer病では、Aβを十分に低下させる介入によって臨床経過を変えられることが示された。
Aβを大幅に減らした後にも病気は進行する。今後の焦点は、より早い時期に治療を始めたときに効果がどこまで大きくなるか、Aβ除去後に残る病態をどのように制御するかに移りつつある。後者をどのように治療するかは、今後の臨床的検証が必要である。
第III相試験で確立したプラセボ対照期間はlecanemabで18か月、donanemabで76週間である。その後の約3年間のデータも論文化されたが、RCT本体とはエビデンスの性質が異なる。
Lecanemab:36か月open-label extension
Clarity ADの延長試験では、early-start群とdelayed-start群の差が18~36か月にも維持され、継続治療によるbenefitを支持する結果が報告された。低amyloid/低tau集団の解析も行われている(van Dyck et al., 2025)。
Lecanemab長期解析の限界
18か月以降は全員がlecanemabを受けるopen-label extensionであり、一部の比較にはADNIなどのhistorical controlが使われた。論文はhistorical controlを用いた解析をhypothesis-generating、事前規定されていないsubgroup解析をexploratoryと位置づけている(van Dyck et al., 2025)。
Donanemab:TRAILBLAZER-ALZ 2 long-term extension
76週間の本試験を完了した患者を追跡した78週間のlong-term extensionでは、early-start群はdelayed-start群より3年間のCDR-Globalによる病期進行リスクが低かった(hazard ratio 0.73)。外部対照にはADNIが用いられた(Zimmer et al., 2026)。
Donanemab治療終了後とAβ再蓄積
Amyloid clearance後に治療を完了した患者でも3年時点の臨床効果が維持される結果が報告された。複数試験を加えたmodelingでは、Aβの再蓄積速度は中央値2.4 Centiloid/年と推定された(Zimmer et al., 2026)。
2026年時点での読み方
長期データは、早期治療の利点や効果持続を支持する方向にある。ただし、open-label extension、delayed-start比較、historical/external controlを含むため、18か月または76週間のランダム化プラセボ比較と同じ強さで「3年間の効果が確立した」とは扱わない方がよい(van Dyck et al., 2025; Zimmer et al., 2026)。
LecanemabとdonanemabはAlzheimer病を治癒させる薬ではない。それでも、Aβを標的とする治療が早期Alzheimer病の臨床的な進行速度を変えられることを、第III相試験で示した。Aβ除去後にも残る進行をどう扱うかが、次の治療開発の課題になっている。
参考文献
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Andrews, J. S.; Desai, U.; Kirson, N. Y.; Zichlin, M. L.; Ball, D. E.; Matthews, B. R. Disease Severity and Minimal Clinically Important Differences in Clinical Outcome Assessments for Alzheimer’s Disease Clinical Trials. Alzheimer’s Dement. (N. Y.) 2019, 5, 354–363.
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van Dyck, C. H.; Sperling, R.; Johnson, K.; Dhadda, S.; Kanekiyo, M.; Li, D.; Gee, M.; Hersch, S.; Irizarry, M.; Kramer, L. Long-Term Safety and Efficacy of Lecanemab in Early Alzheimer’s Disease: Results from the Clarity AD Open-Label Extension Study. Alzheimer’s Dement. 2025, 21 (12), e70905.
Zimmer, J. A.; Sims, J. R.; Evans, C. D.; Monkul Nery, E. S.; Wang, H.; Wessels, A. M.; Tronchin, G.; Sato, S.; Raket, L. L.; Andersen, S. W.; Sapin, C.; Paget, M.-A.; Gueorguieva, I.; Ardayfio, P.; Khanna, R.; Brooks, D. A.; Matthews, B. R.; Mintun, M. A.; Alzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative. Donanemab in Early Symptomatic Alzheimer’s Disease: Results from the TRAILBLAZER-ALZ 2 Long-Term Extension. J. Prev. Alzheimer’s Dis. 2026, 13 (2), 100446.
公的資料
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