蛋白質溶液学(添加剤)
複雑な相互作用は添加剤で制御(理解)できます
複雑な相互作用は添加剤で制御(理解)できます
相互作用と添加剤
タンパク質溶液中では、分子同士が引き寄せられて集まる凝集と、分子内部の立体構造がくずれる変性という二つの現象が基本的な振る舞いとして現れます。本ページでは、これらの現象をできるだけ平易に整理したうえで、添加剤がどのように分子間や分子内の相互作用に影響し、溶液の状態や安定性を変えるのかを俯瞰的にまとめています。
◆水素結合
概要:水素結合(Hydrogen Bond)とは、水素原子が電気陰性原子(O, N など)に共有結合しているとき、その水素が別の電気陰性原子の孤立電子対と静電的に引き合う相互作用である。タンパク質中では、主鎖のカルボニル酸素(C=O)とアミド水素(N–H)の間、またはアミノ酸側鎖(Ser, Thr, Tyr, Asn, Gln など)間、さらには主鎖・側鎖・水分子間にも広く形成される。
役割:水素結合は、αヘリックスやβシートの形成を支える主要な相互作用であり、タンパク質の二次構造を安定化する。また、立体構造内部では疎水性コアを囲むように水素結合ネットワークが広がり、構造の密度と柔軟性のバランスを調整する。表面では、水分子とアミノ酸残基間の水素結合が水和殻を形成し、外部環境変化(pH, 温度, 溶媒組成)に対する安定化のクッションとして機能する。
特徴:水素結合のエネルギーは 2–10 kcal mol⁻¹ 程度で、単体では弱いが、数多く形成されることで集合的に大きな安定化効果をもつ。水素結合はエンタルピー駆動の相互作用であり、温度上昇により切断されやすい。構造安定化においては、水素結合そのものよりも、結合を支える水和構造の維持が重要である。
添加剤効果:ポリオール(グリセロール、ソルビトールなど)、糖質(トレハロース、スクロースなど)、ベタイン、コスモトロープ性イオン(SO₄²⁻, PO₄³⁻ など)は、いずれも水と強く相互作用し、タンパク質表面からの選択的排除が起こる。この結果、タンパク質表面の水素結合ネットワークが強化される。
◆疎水性相互作用
概要:疎水性相互作用(Hydrophobic Interaction)とは、非極性側鎖(Val, Leu, Ile, Phe, Met など)が水中で集合し、水分子の秩序化を避けるために駆動されるエントロピー的相互作用である。水分子は非極性表面の周囲で自らの水素結合ネットワークを維持しようとして局所的に秩序化されるが、疎水性分子同士が凝集するとその秩序化した水分子が解放され、溶媒のエントロピーが増大する。この現象が疎水効果であり、タンパク質フォールディングの主な駆動力となる。
役割:疎水性相互作用は、タンパク質フォールディングの主要な熱力学的推進力である。疎水性残基が内部に集まり、水との接触を最小化することで疎水性コアを形成し、三次構造を安定化させる。疎水性コアは、構造全体の密度を高めるだけでなく、極性残基を外側に配置して水和を保つ構造的合理性をもつ。また、サブユニット間や膜タンパク質の脂質界面でも、疎水性相互作用は界面安定化や会合体形成に寄与する。
特徴:水構造変化に基づくエントロピー駆動型現象。温度依存性があり、高温ほど疎水性相互作用は強まる。つまり、高温ほど水の秩序は弱まり、疎水面への水分子の束縛が緩む結果、疎水性相互作用は「エンタルピー的には弱まる」が、「エントロピー駆動性」は増加する。熱力学的自由エネルギー(ΔG = ΔH – TΔS)でみると、高温では TΔS の寄与が大きくなり、全体として疎水効果が強くなる。
添加剤効果:塩酸グアニジンや尿素はカオトロープとしての性質をもち、水の水素結合ネットワークやタンパク質の疎水性コアを破壊するため、ネイティブ構造を変性させる。そのため、変性したタンパク質を可溶化させるが、タンパク質濃度が高い場合には分子間の衝突頻度が高まるため凝集しやすくなる。アルギニンはハイドロトロープ的に作用し、タンパク質表面の芳香族残基や疎水領域と可逆的に相互作用する。その結果、タンパク質の非特異的凝集を抑制し、可溶化を促進する。
◆静電相互作用
概要:静電相互作用(Electrostatic Interaction)とは、タンパク質を構成する正電荷残基(Lys, Arg, N末端)と負電荷残基(Asp, Glu, C末端)間のクーロン的な引力および反発力を指す。これらの荷電残基が近接すると、しばしば塩橋が形成される。静電相互作用の強さは媒質の誘電率(ε)や距離(r)に依存し、典型的には力は1/εや1/r²に比例する。特に、周囲溶媒の誘電率が高い水溶液の環境では静電相互作用は減弱されるが、タンパク質内部など誘電率が低い環境では、同じ距離・同じ荷電対であっても静電相互作用が強くなる。
役割:静電相互作用は、主にタンパク質表面やサブユニット間に多く存在するが、誘電率の低い内部領域にも一部形成される。内部の塩橋は水から隔離されるため、表面のものよりはるかに強い相互作用エネルギーをもち、局所構造や活性部位の固定化に寄与する。
特徴:溶液中では、周囲のイオンによる静電遮蔽が生じ、イオン強度が上がるほど相互作用は指数関数的に減衰する。一般的には、イオン強度 10 mM 程度で遮蔽が著しくなり、100 mM 程度の生理的条件付近では静電相互作用の有効距離(デバイ長)が 1 nm 以下に短縮され、実質的な長距離静電的相互作用はかなり減少する。
添加剤効果:静電相互作用は、溶液中のイオン環境や添加剤によって大きく変化する。低イオン強度(例えば純粋なバッファー中)では、荷電残基間の引力・反発が顕著に働き、局所構造を安定または不安定化させる。中イオン強度以上(> 100 mM塩)になると静電遮蔽効果により荷電残基間のクーロン力はほぼ消失する。
◆ファンデルワールス力
概要:ファンデルワールス力(van der Waals Interaction)とは、原子間や分子間に働く瞬間的な双極子‐誘起双極子相互作用による弱い引力である。疎水性残基や中性残基など、電荷をもたない原子同士の間で主に働く。個々の力は極めて弱いが、密に詰まったタンパク質内部では多数の原子間で生じるため、構造全体としては無視できない安定化エネルギーをもつ。
役割:タンパク質の疎水性コア内部では、残基同士が原子レベルで緊密に詰まっており、ファンデルワールス力が分子パッキングを支えている。これにより、三次構造の形状補完性が実現する。また、酵素の基質結合部位やタンパク質–タンパク質界面でも、この相互作用が基質特異性や分子認識を支える。
特徴:ファンデルワールス力のエネルギーはおよそ 0.5–1 kcal mol⁻¹ 程度と非常に弱いが、1つのタンパク質分子には数千〜数万個の原子対が存在するため、総和としては疎水性効果や静電相互作用にも匹敵する安定化寄与を示す。距離依存性が強く、原子間距離が最適値(約 3–4 Å)より短くなると反発力が働き、エネルギーが急増する。そのため、適切な分子パッキングはタンパク質の安定性にとって極めて重要である。
添加剤効果:糖アルコールやポリオール類は、溶媒分子の運動を抑え、タンパク質内部の微小振動を減少させることで、分子内の密着性を維持する。PEGは溶液粘度を上げることで、外部からの衝突や熱ゆらぎを緩和し、タンパク質の立体構造変化を物理的に抑制する。ただし、これらの効果は直接的なファンデルワールス力の強化というより、分子運動の抑制を通じて結果的に相互作用を保持するものである。
◆π–π相互作用
概要:π–π相互作用は芳香族アミノ酸残基のπ電子雲同士が相互に引き合う非共有結合性相互作用である。主にロンドン分散力と四重極–四重極相互作用の組み合わせで成立するため、疎水的でありながら、電子密度分布に由来する方向性ももつ。
役割:芳香族残基の局所的配置の安定化や、タンパク質フォールディング過程での疎水性コア形成に役立つが、特にリガンドや補酵素の認識、オリゴマー界面に多く見られる。たとえば、抗体–抗原複合体や酵素–基質相互作用では、TrpやTyr残基のπスタッキングが結合親和性を増強し、界面の特異性を高める。また、膜タンパク質の芳香族層では、π–πネットワークが脂質環境下での立体安定性を支えている。
特徴:π–π相互作用のエネルギーはおよそ 1–3 kcal mol⁻¹ と比較的弱いが、疎水性残基が密集する領域では多数形成され、全体として顕著な安定化効果をもたらす。芳香環間の距離が約 3.5–4.0 Å のとき最も安定である。単純な静電相互作用とは異なり、生理的なイオン強度の環境でも機能する。
添加剤効果:糖質やポリオールなどのコスモトロープ性分子は、水分子の水素結合ネットワークを強化し、水の構造化を促進することで、芳香族残基の溶媒露出を減少させる。その結果、芳香族残基間のπ–πネットワークが間接的に保持され、タンパク質の立体構造が安定化する。これらの添加剤は、直接的にπ電子雲に作用するのではなく、溶媒構造を介した間接的な疎水性安定化因子として機能する。
◆カチオン–π相互作用
概要:カチオン–π相互作用(Cation-pai Interaction)とは、陽電荷をもつ残基と芳香環のπ電子雲との間に生じる静電的引力である。π電子は芳香環の上下面に広がるため、カチオンはこれらの電子雲に引き寄せられ、安定化する。この相互作用は、主として芳香環の電荷四重極場に対する静電引力と誘起分極の組み合わせによって生じるものであり、水素結合やπ–π相互作用を上回る強さをもつことがある。
役割:カチオン–π相互作用は、タンパク質フォールディングやリガンド認識において重要な役割を果たす。例えば、酵素活性部位における基質や補酵素の立体的な安定化や、サブユニット界面やフォールディング初期構造での局所的な構造の固定化などによく見られる。
特徴:単一のカチオン–π相互作用のエネルギーはおよそ 2–5 kcal mol⁻¹ と見積もられ、π–π相互作用より強い場合も多い。溶媒の誘電率が高いと遮蔽されやすく、疎水的環境では顕著に強まる。生理的イオン強度でも比較的安定であり、静電遮蔽の影響を受けにくい短距離相互作用として機能する。Trp > Tyr > Phe の順でカチオン–π親和性が高い。
安定化する添加剤:アルギニンやポリアミンは、カチオン–πを含む多点・可逆相互作用により、非特異的凝集を抑え可溶化を促進する。スペルミジンやスペルミンなどのポリアミンは、複数の陽電荷をもつため、多点での静電相互作用により、構造の固定化やサブユニット間の緩やかな架橋に寄与する。これらの作用は直接的な構造強化だけでなく、タンパク質表面の電荷分布を平滑化し、局所的な疎水面露出を抑える効果もある。
◆双極子–双極子相互作用
概要:双極子–双極子相互作用(Dipole–Dipole Interaction)とは、極性基(C=O, N–H, C–N, O–H など)が恒常的な電気双極子モーメントをもつために生じる、双極子同士の静電的な引力または反発力である。この相互作用は、クーロン力に基づく長距離の相互作用ではあるが、角度依存性が高く、双極子ベクトルの配向が平行・反平行のときに最も安定化する。
役割:タンパク質内部では、カルボニル基やアミド基などの双極子モーメントが部分的に整列しており、αヘリックスやβシートの形成時に水素結合と協調的に働く。また、双極子の方向性はαヘリックスダイポールとして蓄積し、αヘリックス端に位置する荷電残基の安定化にも寄与する。表面付近では、極性残基間の双極子–双極子相互作用が水分子との水素結合ネットワークと連動し、局所的な立体配向の固定化を助けている。
特徴:相互作用エネルギーは通常 0.5–3 kcal mol⁻¹ 程度と比較的弱いが、方向性と配向性が強く、分子全体の整列や立体構造安定化に大きく寄与する。エネルギーは距離rの 1/r³ に比例して減衰し、角度依存性が高い。
安定化する添加剤:トレハロースやグリセロールなどのポリオールや糖類は、強い水和能と多数のOH基により、タンパク質表面の極性基と選択的に相互作用し、双極子の向きを部分的に固定する。これにより、C=O···H–N 配向のゆらぎを抑制し、二次構造の崩壊を防ぐ。メチルアミン類は、水の構造化を強めて溶媒極性を高め、タンパク質内の双極子配列を間接的に安定化する。
◆金属配位
概要:金属配位(Metal Coordination)とは、ヒスチジンやシステイン、グルタミン酸、アスパラギン酸などの側鎖原子が、金属イオンと配位結合を形成する相互作用である。電子供与体となる残基の孤立電子対(主に N, O, S 原子)と金属中心の空軌道との間で配位共有性をもつ結合が形成される。
役割:酵素からDNAまで多様な機能を支える基本的な結合である。構造的役割としては、 Zn²⁺ や Ca²⁺ は金属結合部位で局所構造を固定し、折り畳みの核やサブユニット界面を安定化する。触媒的役割として、Fe²⁺/³⁺ や Cu²⁺ は酸化還元反応に、Zn²⁺ は加水分解や脱水反応に関与し、電子移動・基質活性化を担う。また、 金属結合は可逆的で、金属の結合・解離が酵素活性のオン/オフや構造転移を制御する。
特徴:結合エネルギーは一般に 10–100 kcal mol⁻¹ 程度と強く、共有結合に近いが、結合様式が可逆であるため広義の非共有結合に含まれる。pH や酸化還元状態、キレート剤の存在によって容易に変化し、金属の供給や除去によって酵素活性や構造安定性が制御される。金属結合はしばしばヒスチジンやシステインに配位している。
添加剤効果:キレート剤やヒスチジン含有ペプチドなどの分子は、金属イオンの過剰結合や沈殿を防ぎ、金属中心が適切に配位された状態を維持することによりタンパク質の構造・機能を安定化する。さらに、適切な金属イオンを添加することや、金属結合部位を修飾ペプチドで補強することによって、金属配位による立体構造の固定化を強化することも可能である。
◆水和
概要:水和(Hydration)とは、タンパク質表面の極性残基や荷電残基が水分子と選択的相互作用をする現象であり、溶媒構造全体がタンパク質の立体構造安定性を左右する。水分子はタンパク質表面に緻密な水和殻を形成し、極性基や電荷をもつ残基と水素結合・静電相互作用を介して配置される。この水和殻の安定性と動的構造が、タンパク質の立体構造や安定性に関連する。
役割:水和はタンパク質の構造維持・可溶化・変性防止における最も基本的な要素である。特に、選択的水和は、変性状態よりも天然状態の周囲に水分子が優先的に存在することを意味し、この状態が熱変性への抵抗性を高める。水和殻はまた、表面電荷分布を安定化し、サブユニット間の脱水による凝集を防ぐ。乾燥、塩濃度変化、有機溶媒添加などにより水和構造が崩れると、タンパク質の変性や凝集が進行する。
特徴:タンパク質周囲の水和水は、バルク水と比べて拡散速度が低く、平均寿命が数ピコ秒~数ナノ秒と長い。熱変性時には水和水の秩序化が崩壊し、疎水面が露出して水構造を乱す。これによりエンタルピー的に不利な状態となる。選択的水和は、添加剤が水と競合せず、むしろ水をタンパク質表面に保持させることによって達成される。対照的に、尿素や塩酸グアニジンのようなカオトロープは水和殻を破壊し、選択的結合を起こして構造を不安定化させる。
添加剤効果:ポリオール類(グリセロール、ソルビトールなど)、糖(トレハロース、スクロースなど)、アミノ酸(Arg, Pro, Gly など)、オスモライト(ベタインやトリメチルアミンN-オキシド)は、いずれも選択的水和を促進し、変性速度を低下させる添加剤である。
◆疎水性
疎水性(hydrophobicity)とは、水中において非極性分子や非極性部位が会合しやすくなる性質を指す。IUPAC では、非極性成分が水中で不安定となり、結果として集まりやすくなる傾向として整理される。hydro-(水)と -phobic(嫌う)に由来するが、分子が水を避けるのではなく、系全体のギブス自由エネルギー最小化の結果として疎水的会合が生じる。
疎水性は、非極性分子間に特有の強い引力が存在するというより、水と非極性界面を減らそうとする効果(疎水効果)として理解される。つまり、疎水性物質が水に溶けにくい主因は、水のエントロピー低下にある。非極性分子が水中に存在すると、その周囲の水分子は水素結合ネットワークを保つため配向や運動が制限され、自由度が低下する。この秩序化は系全体のエントロピーを減少させ、自由エネルギー的に不利となる。そのため非極性分子は水中で分散するよりも互いに会合し、水との界面を減らす方向に振る舞い、結果として水に溶けにくくなる。
タンパク質を構成するアミノ酸の疎水性・親水性の指標としては、Kyte–Doolittleによる疎水性(ハイドロパシー)スケール(1)が最も広く用いられるが、ほかに、Hopp–Woodsによる親水性スケール(2)、アミノ酸側鎖ごとの溶媒露出表面積(3)、アミノ酸へのアミノ酸の溶解度(4)など、さまざまなものが提案されている。
タンパク質では疎水性アミノ酸残基が水に露出すると、周囲の水分子が秩序化してエントロピー的に不利になる。そこで疎水面は折りたたみで内部に埋まり、変性で露出すると疎水面同士が会合して凝集しやすい。疎水性は折りたたみ安定化と凝集駆動の両方に関与する(6)。
参考文献
1. Kyte J, Doolittle RF. A simple method for displaying the hydropathic character of a protein. J Mol Biol. 1982;157(1):105–132.
2. Hopp, T. P.; Woods, K. R. Prediction of Protein Antigenic Determinants from Amino Acid Sequences. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 1981, 78, 3824–3828.
3. Lee, B.; Richards, F. M. The Interpretation of Protein Structures: Estimation of Static Accessibility. J. Mol. Biol. 1971, 55, 379–400.
4. Nomoto, A., Nishinami, S., and Shiraki, K. (2021). Solubility parameters of amino acids on liquid–liquid phase separation and aggregation of proteins. Frontiers in cell and developmental biology, 9, 691052.
5. Southall, N. T.; Dill, K. A.; Haymet, A. D. J. A View of the Hydrophobic Effect. J. Phys. Chem. B 2002, 106, 521–533.
◆疎水性相互作用/疎水効果
生体分子の構造安定化や自己組織化の基盤には、疎水性相互作用(hydrophobic interaction)と呼ばれる現象がある。これは、非極性分子あるいは分子の疎水性部分が水中で互いに凝集する傾向を示すものであり、直接的な引力ではなく、水という溶媒の性質によって生じる間接的な自由エネルギー効果である。すなわち、疎水面近傍では水分子の配向や水素結合が制約を受け、局所的な秩序化(つまり構造エントロピーの減少)が起こる。このエントロピー損失を最小化するために、疎水面が互いに接近し、水との接触面積を減少させる方向へ反応が進む。これが疎水効果(hydrophobic effect)の概要である。
この考え方は、1945年に Frank と Evans によってアイスバーグモデルとして定式化されたことにはじまる(1)。彼らは、非極性溶質の周囲で水分子が氷様に秩序化し、低エントロピーの構造を形成すると仮定した。1959年、Kauzmann はこの概念をタンパク質の安定化機構に適用し、変性状態では疎水性残基が水と接して秩序化した水構造が生じるが、フォールディングによりそれが解放されることでエントロピーが回復し、自由エネルギーが低下すると説明した(2)。この「水の秩序化とその解放」による駆動力の概念は、以後の生物物理化学の中心的理論となった。
その後の熱力学的研究により、疎水性相互作用は単純なエントロピー効果だけでなく、エンタルピー変化(ΔH)も関与することが明らかになった。疎水性小分子の溶質(例えばメタン)の溶媒和では ΔH が正となるが、タンパク質やミセルなど大きな疎水表面の形成では ΔH が負になることが多く、疎水効果の寄与はスケール依存的である(3)。つまり、小スケールでは水分子の秩序化に起因するエントロピー駆動が支配的であり、大スケールでは疎水界面の脱水過程や水–水水素結合の再編に伴うエンタルピー利得が支配的となる。
分子動力学シミュレーションや超高速分光の進展により、疎水面近傍の水分子は氷のように固定的な構造をとるわけではなく、水素結合数はほぼ保たれたまま、配向自由度が制限される(4)。したがって、氷のような殻がタンパク質の周りに形成されるという古典的アイスバーグ仮説は定性的な説明として有用ではあるが、実際には動的秩序化に基づく自由エネルギー効果として再解釈されている。Chandlerはこの現象を「水–疎水界面における相転移的挙動」と捉え、水の自己組織的再構築こそが疎水性会合を駆動する熱力学的基盤であると論じた(5)。
タンパク質のフォールディングは、まさにこの疎水効果の集約的現象である。変性状態では疎水性残基が水中に露出し、周囲の水分子が秩序化してエントロピーを失う。フォールディングが進行し疎水コアが形成されると、その秩序化水が解放されてエントロピーが増加し、全体の自由エネルギー(ΔG)が減少する。したがって、フォールディングの駆動力は、エンタルピーで説明できるようなタンパク質内部のエネルギー安定化だけでなく、水のエントロピー回復という溶媒主導の要素を大きく含む。そのため、水構造に影響をおよぼすコスモトロープやカオトロープなどの添加剤によってタンパク質の安定性も影響を受ける。
参考文献
1. Frank, H. S.; Evans, M. W. Free Volume and Entropy in Condensed Systems. III. Entropy in Binary Liquid Mixtures; Partial Molal Entropy in Dilute Solutions; Structure and Thermodynamics in Aqueous Electrolytes. J. Chem. Phys. 1945, 13 (11), 507–532.
2. Kauzmann, W. Some Factors in the Interpretation of Protein Denaturation. Adv. Protein Chem. 1959, 14, 1–63.
3. Tanford, C. The Hydrophobic Effect: Formation of Micelles and Biological Membranes; Wiley: New York, 1973.
4. Lum, K.; Chandler, D.; Weeks, J. D. Hydrophobicity at Small and Large Length Scales. J. Phys. Chem. B 1999, 103, 4570–4577.
5. Chandler, D. Interfaces and the Driving Force of Hydrophobic Assembly. Nature 2005, 437 (7059), 640–647.
◆疎水性相互作用とファンデアワールス相互作用
疎水性相互作用とファンデアワールス相互作用は、どちらもタンパク質の立体構造形成や分子会合を考えるうえで重要であるが、その本質は異なる。ファンデアワールス相互作用は、原子どうしが近接したときに生じる弱い引力であり、あらゆる分子間に普遍的に存在する。一方、疎水性相互作用は、水中で非極性基どうしが集まりやすくなる現象を指し、疎水基同士の直接的な引力というよりも、水との接触を減らすことで系全体の自由エネルギーが低下する効果として理解される(1)。すなわち、疎水性相互作用は、溶媒である水の存在を前提とした熱力学的な効果である。
タンパク質の構造形成を考えると、まず疎水性残基が水を避けて分子内部に集まり、その後に密に詰まった原子間でファンデアワールス相互作用が働くことで、構造がさらに安定化すると考えるとわかりやすい(2)。
たとえば、油滴や疎水性低分子を水に加えると、それらはしばしば互いに集まる。この現象を説明する主役は、まず疎水性相互作用である。非極性分子が水中にばらばらに存在すると、それぞれの表面のまわりで水分子の配向や運動が制限され、系として不利な状態になりやすい。これに対して、疎水性分子どうしが集まり、水と接する表面積が減ると、水分子の拘束が緩み、系全体の自由エネルギーは低下する。したがって、「なぜ水中で疎水性分子が集まるのか」という問いに対しては、疎水性相互作用によると説明するのが最もわかりやすい。
一方、ファンデアワールス相互作用は、集まった疎水性分子どうしが近接したときに、原子間にはたらく短距離の引力として寄与する。つまり、疎水性分子が接触すると、その界面では多数の弱い分散力が足し合わさり、接触状態を安定化する。ただし、これだけでは、水中で疎水性分子がなぜ自発的に集まるのかを十分には説明しにくい。というのも、水分子同士の間にも、水分子と疎水性分子の間にも、ファンデアワールス相互作用は存在するからである。したがって、疎水性分子の水中での会合を説明する際には、駆動力としては疎水性効果を前面に出し、接触後の安定化にファンデアワールス相互作用が寄与すると整理すると理解しやすい。
参考文献
1. Kauzmann, W. Some Factors in the Interpretation of Protein Denaturation. Adv. Protein Chem. 1959, 14, 1–63.
2. Pace, C. N.; Scholtz, J. M.; Grimsley, G. R. Forces Stabilizing Proteins. FEBS Lett. 2014, 588, 2177–2184.
◆親水性
親水性(hydrophilicity)とは、物質または分子が水と強く相互作用し、水によって溶媒和されやすい性質を指す。IUPACでは、水和によって自由エネルギー的に安定化される傾向として定義される。hydro-(水)と -philic(好む)に由来し、「水を好む」という意味をもつ。ただし学術的には、水を好む物質ということではなく、熱力学的な安定性の結果として理解される。
タンパク質や低分子の親水性とは、水素結合やイオン–双極子相互作用などにより水和自由エネルギーが低下し、水中で分散・溶解しやすくなる性質を指す。一方、材料表面における親水性は、水滴が表面に広がるぬれ性として現れ、通常は接触角によって評価される(1)。したがって、分子の親水性(溶媒和)と表面の親水性(ぬれ性)は、同一語で表現されるが物理的内容は異なる。表面親水性評価では、粗さや化学的不均一性などの影響もあるため、広く用いられる接触角での解釈は注意が必要である。
タンパク質の表面には、荷電性残基や極性残基が多く分布し、水和層の形成を通じて水中での分散性を高める。しかし、親水性の分子は必ずしも水に溶けやすいことを意味しない。親水的官能基をもつ高分子や多糖類、タンパク質であっても、結晶構造や分子間相互作用が強い場合、水には溶解せず、コロイド分散にとどまることがある。
著名な総説のなかでフィリップ・ボールは、細胞内の水を単なる背景溶媒ではなく能動的な構成要素として捉え、(i) タンパク質表面の水和層が構造安定性や相互作用を調律すること、(ii) 疎水効果・イオン効果・水素結合ネットワークが会合・認識・ダイナミクスを支配すること、(iii) 一般的な水と特異的な結合水を区別すべきことを整理している(2)。
参考文献
1. Israelachvili, J. N. Intermolecular and Surface Forces, 3rd ed.; Academic Press: San Diego, 2011.
2. Ball, P. Water as an Active Constituent in Cell Biology. Chem. Rev. 2008, 108, 74–108.
◆コンフォメーションエントロピー
コンフォメーションエントロピー(conformational entropy)とは、分子が取り得る構造状態の多さに由来するエントロピーである。タンパク質では、主鎖のねじれ角、側鎖の回転異性体、ドメイン運動、局所的な揺らぎなどがこれに含まれる。一般に、変性状態ではポリペプチド鎖が多くの構造を取り得るためコンフォメーションエントロピーが大きく、天然状態では構造が限定されるため小さくなる。したがって、フォールディングは、分子内相互作用や疎水効果によって安定化される一方で、鎖の自由度を失うという大きなエントロピー的不利を伴う過程である(1,2)。
熱力学的には、タンパク質の安定性はギブス自由エネルギー変化 ΔG = ΔH − TΔS によって表される。天然構造の安定性は、TΔSで失われる分をΔH でどこまで上回るかで決まる。つまり、フォールディングにともない、相互作用によるエンタルピー的に有利な寄与と、構造自由度は失われことによるコンフォメーションエントロピー的に不利な寄与とのバランスで、天然構造の安定性が決まる。
主鎖エントロピーは、変性状態で広いラマチャンドラン空間を取り得るポリペプチド鎖が、天然状態で特定の二次構造や三次構造に制限されることによって失われる。D’Aquino らは、フォールディングに伴う主鎖コンフォメーションエントロピー損失を、298 K では 約 0.7 kcal mol⁻¹ residue⁻¹ と見積もっている(3)。一方、側鎖エントロピーは、側鎖が取り得る数に関係する。Doig と Sternberg は、複数の見積もりを比較し、側鎖の固定に伴う平均的な不利な寄与を 約 0.5 kcal mol⁻¹ bond⁻¹ と整理している(4)。したがって Leu、Lys、Arg など自由度の大きい側鎖は、構造内部に固定されると比較的大きなエントロピー損失を受ける。
タンパク質が凝集体やアミロイド線維に組み込まれる過程では、主鎖や側鎖のコンフォメーションエントロピーに加えて、分子全体の並進・回転自由度も制限される。一般的な分子会合では、並進・回転自由度の拘束による不利な寄与は、標準状態で 約 5–12 kcal mol⁻¹ 程度と見積もられることが多い(5, 6)。
参考文献
1. Dill, K. A. Dominant Forces in Protein Folding. Biochemistry 1990, 29, 7133–7155.
2. Dill, K. A.; Shortle, D. Denatured States of Proteins. Annu. Rev. Biochem. 1991, 60, 795–825.
3. D’Aquino, J. A.; Gómez, J.; Hilser, V. J.; Lee, K. H.; Amzel, L. M.; Freire, E. The Magnitude of the Backbone Conformational Entropy Change in Protein Folding. Proteins: Struct., Funct., Genet. 1996, 25, 143–156.
4. Doig, A. J.; Sternberg, M. J. E. Side-Chain Conformational Entropy in Protein Folding. Protein Sci. 1995, 4, 2247–2251.
5. Lazaridis, T. Contributions to the Binding Free Energy of Ligands to Avidin and Streptavidin. Proteins: Struct., Funct., Bioinf. 2002, 47, 194–208.
6. Singh, N.; Warshel, A. A Comprehensive Examination of the Contributions to Binding Entropy of Protein–Ligand Complexes. Proteins: Struct., Funct., Bioinf. 2010, 78, 1705–1723.
◆塩橋
塩橋(salt bridge)とは、Lys、Arg、His などの正電荷側鎖と、Asp、Glu などの負電荷側鎖との間に形成されるイオン対である。塩橋の寄与は環境に強く依存する。水の誘電率は約 80 と高く、表面に露出した荷電基は強く水和されているため、表面塩橋の安定化は小さいことが多い。連続体静電モデルでは、表面塩橋の寄与はしばしば 0–1 kcal mol⁻¹ 程度であり、配置によっては脱水和コストのため不安定化にもなる(1)。一方、タンパク質内部やサブユニット界面のような低誘電率環境では、適切な幾何配置をとる塩橋が 3–5 kcal mol⁻¹ 程度、場合によってはそれ以上の安定化を与える(1–3)。
タンパク質の表面にある塩橋については、Makhatadze らがタンパク質工学の観点から整理し、単独の表面塩橋では効果が小さい一方、複数の塩橋ネットワークや、αヘリックスの i–i+3、i–i+4 配置では安定化に寄与しやすいと述べている(4)。この場合の安定化は、多くは 1 kcal mol⁻¹ 前後の小さな寄与であるが、複数集まると熱安定性に明瞭な差を与える。
塩橋は pH 依存性をもつ点も重要である。Asp と Glu の側鎖 pKa は通常 約 4、His の側鎖 pKa は 約 6、Lys は 約 10.5、Arg は 約 12.5 である。そのため、酸性条件では Asp/Glu がプロトン化して負電荷を失い、His は正電荷を持ちやすくなる。pH 変化により塩橋が形成・消失すると、タンパク質の安定性、酸性変性、酵素活性部位の電荷状態が変化する。
参考文献
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◆ジスルフィド結合
ジスルフィド結合(disulfide bond)とは、2つのシステイン残基のチオール基が酸化されて形成される共有結合である。タンパク質の分子内に架橋されて立体構造を固定する場合と、分子間に架橋して多量体化や凝集に関与する場合がある。
ジスルフィド結合は、タンパク質の天然構造を固定することで安定化するだけでなく、変性状態の構造自由度を制限することで安定化に寄与する。すなわち、変性状態での自由度を減らすことで、フォールディングに伴うコンフォメーションエントロピー損失を小さくする。このため、1本のジスルフィド結合による安定化は、一次構造上の距離と天然構造の位置によって違うが、典型的には 2–6 kcal mol⁻¹ 程度と見積もられる(1,2)。複数のジスルフィド結合を導入した T4 リゾチームでは、融解温度 Tm が 約 23 ℃ 上昇した例も報告されている(2)。
システイン側鎖のpKaは約 8–9 であり、中性から弱アルカリ性では一部がチオラート型となる。チオラートは反応性が高く、ジスルフィド交換や誤った分子間ジスルフィド形成を起こしやすい。また、酸化的環境ではジスルフィド結合が形成されやすい。例えば、DTT の標準酸化還元電位はおよそ −0.33 V、グルタチオン GSH/GSSG 系はおよそ −0.24 V、Cys/cystine 系はおよそ −0.20 V とされる(3)。このような酸化還元電位の違いにより、細胞内や試験管内のジスルフィド結合の形成・切断平衡が変化する。
参考文献
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◆静電遮蔽
静電遮蔽(electrostatic screening)効果とは、溶液中に存在するイオンが電荷の周囲に再配置されることで、クーロン相互作用が距離とともに急速に弱まる現象である。真空中や純水中では電荷間相互作用は比較的長距離に及ぶが、電解質溶液中では、反対符号のイオンが電荷の周囲に集まり、同符号のイオンが遠ざかることで、電場が遮蔽される。塩濃度やイオン価数が増すと、静電相互作用はより近距離でしか働かなくなる。
静電遮蔽効果は、タンパク質分子の溶解性や凝集、液-液相分離など多くの現象に直接関与する。タンパク質表面には正負の電荷が不均一に分布しており、低イオン強度条件では、同符号電荷同士の反発が強く働くため、タンパク質は互いに近づきにくく、分散が安定化しやすい。一方、イオン強度が上がると、この反発が遮蔽され、疎水相互作用による会合や凝集が起こりやすくなる。
静電遮蔽は、タンパク質分子間の相互作用や酵素活性のpHプロファイルにも影響する(1)。さらに、ポリ電解質や多価イオンが存在する場合には、単なる遮蔽にとどまらず、架橋が生じるために遮蔽効果だけでは説明できない逆の変化が起こることもある(2)。
静電遮蔽効果は静電相互作用が失われるというわけではなく、相互作用が短距離化するだけであるという点には注意が必要である(3)。そのため、タンパク質溶液の挙動を理解するためには、高イオン強度の溶液中であっても、疎水相互作用や水素結合など近距離で働く相互作用だけでなく、静電相互作用も含めて考える必要がある。
参考文献
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◆タンパク質間に主に働く相互作用
タンパク質同士が結合するときには、静電相互作用や、疎水性相互作用、水素結合、ファンデアワールス相互作用など、複数の非共有結合性相互作用が同時に働いている。では、それぞれが結合の強さにどの程度寄与しているのか、という素朴な疑問が生じる。
多数のタンパク質複合体界面を解析した研究では、界面エネルギーの平均寄与として、ファンデアワールス相互作用が約 75%、水素結合が約 15%、静電相互作用が約 11% であると報告されている(1)。この結果は、タンパク質分子間界面では、原子どうしの密なパッキングが全体の安定化に大きく寄与していることを示唆している。ただし、この内訳は、分子動力学計算による自由エネルギー分解ではなく、278 個のヘテロ二量体複合体を対象に、バイオインフォマティクス解析ツール PPCheck を用いて、既知の立体構造から静的に評価した疑似エネルギーに基づく値である。そのため、実験的に観測される結合自由エネルギーそのものを厳密に分解したものではない点には注意が必要である。実際には、どの相互作用が何 % を占めるかを一般的に示すことは難しい。タンパク質間相互作用の自由エネルギーは、界面での原子間接触だけでなく、脱溶媒和や、水分子の再配置、結合に伴う構造変化、さらにはエントロピー損失などを含む複合的な量として決まるからである。
タンパク質分子間相互作用を理解するうえで、ホットスポットの考え方は重要である。Bogan と Thorn は、既報のアラニンスキャン変異データとタンパク質複合体の立体構造情報をもとに、タンパク質間の結合自由エネルギーが界面全体に均等に分布しているのではなく、ごく限られた残基群に集中していることを示した(2)。つまり、界面全体としてはファンデアワールス相互作用が広く土台をつくっていても、実際に結合の強さや特異性を大きく左右するのは、少数の残基であることを意味する。ホットスポットにはトリプトファンやチロシン、アルギニンが多く見いだされ、疎水性相互作用や水素結合、静電相互作用が局所的に組み合わさって、大きな結合エネルギーを生み出していると理解できる。
したがって、どの相互作用が重要かはケースバイケースであると理解するのが適切である。わかりやすい例として、卵白リゾチームを抗原とした複数の抗体を比較した研究では、ある抗体複合体では静電相互作用の寄与が大きく、別の抗体複合体では疎水的寄与がより大きいことが示されている(3)。さらに、抗体–抗原相互作用では、特異性や親和性は単なる疎水的接触だけで決まるわけではなく、局所的な水素結合配置や極性・電荷の相補性が大きな役割を果たすことが示されている(4, 5)。したがって、同じ抗原表面を認識する場合でも、抗体ごとに結合を支える物理化学的要因が異なりうることを示している。結論として、タンパク質間の界面の安定化にはファンデアワールス相互作用が大きく寄与し、そのうえで水素結合や静電相互作用が特異性や方向性を与える、と理解するのが妥当である。
参考文献
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◆タンパク質の凝集抑制剤
・アルギニン(Arginine)
アルギニン塩酸塩(Arg·HCl)は、0.2–1.0 M 程度の高濃度で広く用いられる代表的な凝集抑制添加剤であり、酵素や抗体などの多様なタンパク質の凝集抑制やリフォールディング効率の向上に利用されている。Argの効果は、グアニジニウム基によるカチオン–π相互作用や水素結合、酸性残基との静電相互作用によって、タンパク質分子間の非特異的相互作用を抑制する。一方で、Argは芳香族アミノ酸との相互作用によるシャペロン様の作用や難溶性溶質の分散作用があるため、タンパク質に高濃度の添加をする場合には変性作用に注意が必要である。また、Argは微小なタンパク質凝集体の形成は抑制しないケースもある。
・アミン化合物(Amines and Polyamines)
スペルミジンやスペルミンなどのポリアミンは、多価カチオンとしてタンパク質表面の酸性残基に多点結合し、局所的な電荷中和やイオン雰囲気の変化を通じて分子間相互作用を変調する。添加剤としての使用濃度は10–100 mMが多い。添加濃度や、pH、塩濃度、およびタンパク質の電荷分布に依存して、凝集や相分離が抑制される場合もあれば、架橋や静電反発の低下により促進される場合もある。さらに、芳香族残基に対するカチオン–π相互作用が寄与しうるが、その効果は会合の抑制・促進のいずれにもなり得るため、系ごとの検証が必要である。
・アミノ酸(Amino Acids)
アミノ酸系添加剤の中では、アルギニンが代表的な凝集抑制剤として広く用いられているが、プロリン、ヒスチジン、リジンなども、可溶化剤や安定化剤として利用される。これらのアミノ酸もタンパク質周囲の水和環境やタンパク質間相互作用に影響することで凝集に影響を与える。特にプロリンは、水との相互作用が強く、選択的水和を通じてタンパク質の部分変性状態やフォールディング中間体を安定化することが知られている。一方、ヒスチジンは中性にpKaを持つため、緩衝液成分として製剤設計に広く用いられており、pH安定化を介して間接的にタンパク質安定性に寄与する。
・カオトロープ(Chaotrope)
チオシアン酸イオンやヨウ化イオンなどのカオトロープ性イオンは、ホフマイスター系列の中でタンパク質との直接的相互作用が強いイオンである。比較的低濃度(数十 mM 程度)では、イオンとしての性質が強く現れ、タンパク質間の静電相互作用を弱めることで凝集を抑制する場合がある。およそ100 mM以上の濃度になると疎水性残基とイオンとの相互作用によってタンパク質の疎水性相互作用を弱める作用になることもあるが、部分的なアンフォールディングが促進されることで、結果として凝集させることもある。
・コスモトロープ(Kosmotrope)
硫酸イオンやリン酸イオンなどのコスモトロープ性イオンは、水との親和性が高く、選択的水和を通じてタンパク質表面から排除される。この働きによっておよそ100 mM以上の濃度域ではタンパク質の天然構造が熱力学的に安定化され、部分変性や凝集の抑制につながる。一方で、さらに1 M以上の高濃度条件では、溶解度低下に伴う塩析効果が支配的となり、タンパク質の沈殿や相分離を促進する働きとして現れる。このため、コスモトロープは濃度に応じて安定化剤としても沈殿剤としても作用し得る。
・糖類・ポリオール(Sugars and Polyols)
トレハロース、スクロース、ソルビトール、グリセロールなどの糖類やポリオールは、およそ10–30 wt%でタンパク質の立体構造安定化に有効な、非イオン性の添加剤として広く利用されている。これらの化合物はタンパク質表面から選択的に排除され、部分変性状態やフォールディング中間体の形成を抑制する。このようなタンパク質の構造安定化の結果として凝集が抑制される。糖類・ポリオールは水への溶解度が極めて高く、相分離や沈殿を起こしにくいため、タンパク質を変性させることなく高濃度条件を実現できることが利点である。
・オスモライト(Osmolytes)
ベタイン、トリメチルアミン N-オキシド(TMAO)、サルコシンなどのオスモライトは、およそ100 mM以上の濃度域でタンパク質の天然構造を安定化することが知られている。タンパク質表面からの選択的排除を通じて、天然状態の自由エネルギーを相対的に低下させる。メカニズムは糖質やコスモトロープに類似している。生体内では、浸透圧や環境ストレスに応答して細胞内濃度を調節する天然の保護溶質として使われる。また、TMAOは尿素の変性に対して拮抗的に作用し、タンパク質折りたたみの平衡を天然構造側へとシフトさせることが知られている。
・界面活性剤(Surfactants)
Tween 20 (Polysorbate 20)やTriton X-100 などの非イオン性界面活性剤は、一般に 0.001–0.1 wt% 程度の低濃度で凝集抑制剤として用いられる。界面活性剤は、気体と液体との気液界面や、溶液などの界面と液体との固液界面に先占することで、タンパク質の界面吸着を防ぐことで、それに続く凝集を抑制する。この特性から、非イオン性界面活性剤は、特にバイオ医薬品製剤において標準的な添加剤として広く用いられている。一方で、より高濃度条件になると、余剰の界面活性剤がタンパク質と相互作用することで構造を不安定化するため、最適な濃度範囲が存在する。
・尿素(Urea)
尿素は代表的なタンパク質変性剤であるが、1 M程度以下の濃度では、部分変性した状態を可溶化する働きによって、不可逆的な凝集を抑制する場合がある。尿素はペプチド主鎖や側鎖と水素結合を形成し、疎水性相互作用を弱めることで、タンパク質構造の可逆的な部分展開を促進する。ただし、より高濃度ではタンパク質の立体構造が壊されるので、凝集抑制剤としての利用は限定的である。
・塩酸グアニジン(Guanidine Hydrochloride)
塩酸グアニジンは尿素よりも強力な変性剤であるが、1 M程度以下の濃度では、尿素と同様にタンパク質間の非特異的相互作用を弱めることで、凝集抑制に利用される場合がある。グアニジニウム基は芳香族残基とのカチオン–π相互作用や水素結合を形成しやすく、これらの相互作用が疎水面を介した分子間会合を弱める要因となる。ただし、高濃度ではタンパク質の立体構造が壊されるので、凝集抑制剤としての利用は限定的である。
◆タンパク質の沈殿剤
・高分子(Polymers)
ポリエチレングリコール(PEG)や、デキストラン、ポリビニルアルコール(PVA)などの高分子は、一般に 5–20 wt%で用いられ、沈殿剤として作用する。これらは排除体積効果によりタンパク質分子の有効濃度を上昇させ、分子間相互作用を増強することで、可逆的な沈殿や結晶化を引き起こす。条件によっては、明確な沈殿を形成せず、液–液相分離(LLPS)が観測されることもある。
・コスモトロープ(Kosmotrope)
硫酸イオンや、リン酸イオン、ナトリウムイオンなどのコスモトロープ性イオンは、一般に 30–70%の高濃度で用いられ、塩析を通じてタンパク質を可逆的に沈殿させる。これらのイオンは選択的水和によりタンパク質表面から排除され、水和水の競合を通じて溶解度を低下させる。硫酸アンモニウムは最も代表的な沈殿剤であり、いわゆる硫安沈殿として古くからタンパク質精製に広く利用されている。
・糖類やポリオール(Sugars and Polyols)
グルコースや、トレハロース、スクロース、グリセロールなどの糖類・ポリオールは、0.5–1.5 Mや10–30 wt%程度の高濃度条件下で、水の活量を低下させ、溶媒排除効果を通じてタンパク質の溶解度を低下させる。その結果、条件によっては可逆的な沈殿が促進される。
・有機溶媒(Organic Solvents)
エタノール、アセトン、イソプロパノールなどの有機溶媒は、一般に20–70 vol%の範囲で沈殿剤として用いられ、溶媒の誘電率低下により静電反発を弱めるとともに、疎水性残基の露出を促進して沈殿を引き起こす。ただし、有機溶媒はタンパク質の立体構造を壊すため、不可逆的な凝集の原因になることがある。これらの方法は、かつて血清タンパク質や酵素の分画操作に広く用いられてきた。
・多価金属イオン(Multivalent Metal Ions)
Ca²⁺、Mg²⁺、Fe³⁺、Zn²⁺ などの多価金属イオンは、0.1–10 mM 程度でタンパク質表面のカルボキシル基やヒスチジン残基と配位し、分子間架橋を形成することで沈殿を誘発する。多くの場合、EDTA や EGTA などのキレート剤を添加することで金属イオンが除去され、沈殿は可逆的に再分散するため、可逆沈殿剤として利用されることもある。ヒスチジン–金属イオン相互作用は、IMAC(immobilized metal affinity chromatography)などのクロマトグラフィの原理として積極的に利用されている。
◆添加剤に関する総説
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◆アルギン酸
アルギン酸(alginic acid)は、褐藻類や一部の細菌が産生する直鎖状の酸性多糖であり、β-D-マンヌロン酸(M)と α-L-グルロン酸(G)が 1→4 結合で連なったポリウロン酸である。水溶液中ではカルボキシ基をもつアニオン性高分子としてふるまい、ナトリウム塩であるアルギン酸ナトリウムは、水に溶けやすい増粘剤・ゲル化剤・安定化剤として食品、医薬品、バイオマテリアルに広く用いられている(1)。一方、遊離酸型のアルギン酸は水への溶解性が低く、実際の溶液設計ではアルギン酸ナトリウム、アルギン酸カルシウム、または他の金属塩として扱われることが多い。
アルギン酸は分子内に存在するMブロック、Gブロック、MGブロックの比率と配列に依存し、溶液物性やゲル形成能が変化する。特にGブロックに富むアルギン酸はCa²⁺と強く結合し、隣接する高分子鎖どうしを架橋して三次元ネットワークを形成する。このCa²⁺架橋構造は、Gブロックが卵の容器のようにカルシウムイオンを挟み込むことから、一般に「egg-box model」と呼ばれている(2)。この反応は比較的穏和な水溶液条件で進むため、タンパク質、酵素、細胞などを大きく変性させずにゲル中へ包埋できる。この性質により、アルギン酸は食品ゲル、カプセル化、ドラッグデリバリー、酵素固定化、細胞封入材料として利用されてきた(3)。
アルギン酸は多価アニオン性高分子であり、タンパク質との相互作用を通して、タンパク質の溶液状態を変える。アルギン酸の作用機構は、カルボキシ基による静電相互作用、Ca²⁺などの二価カチオンを介した架橋、高分子としての排除体積効果と粘度上昇である。アルギン酸は強いアニオン性高分子であるため、イオン強度やpH変化に影響を受け、タンパク質の安定化と凝集の両方に影響する。
参考文献
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◆アルギン酸プロピレングリコール(PGA)
アルギン酸プロピレングリコール(propylene glycol alginate, PGA)は、アルギン酸のカルボキシ基の一部をプロピレングリコールエステル化した半合成のアルギン酸誘導体である。PGAは、エステル化により電荷密度が低下することで、酸性条件で不溶化しにくくなる。そのため、アルギン酸ナトリウムよりも低pH条件で水溶性を保ちやすい。このためPGAは、水溶液中で粘性を与えるだけでなく、油水界面や気液界面に吸着しやすい両親媒性多糖として、食品分野では乳化安定剤や増粘剤、泡安定化剤として利用されている(1)。
PGAはカルボキシ基による負電荷でタンパク質の正電荷領域と相互作用し、プロピレングリコールエステル基により界面や疎水性表面への親和性を示す高分子添加剤である。そのため、PGAは増粘性に加えて界面活性を示す。アルギン酸ナトリウムは主に水相の粘度上昇やCa²⁺架橋によるゲル化剤として働くが、PGAは気液界面や油水界面に関与しやすい。とくにエステル化度が高いPGAでは、プロピレングリコール基の寄与により表面活性が高まることが示されている(2)。pHがタンパク質の等電点より低い場合、PGAと静電的に複合化しやすい。一方、PGAは疎水化された多糖であるため、完全に親水的な高分子電解質とは異なり、タンパク質表面の疎水性領域や気液・油水界面にも関与しやすい。したがって、PGAによる安定化は、静電相互作用、疎水性相互作用、界面吸着、粘度上昇が重なった複合的な現象である。
食品分野でよく知られるPGAの用途は、ビールなどの泡安定化である。ビール泡は、気液界面に吸着したタンパク質や多糖類、ホップ由来のイソフムロンなどに支えられるが、PGAはこの界面膜を補強し、泡の排液や膜の破れを抑える(3)。特に、β-カゼイン、β-ラクトグロブリン、ゼラチン、大豆タンパク質などとの混合系では、PGAとタンパク質の組み合わせにより起泡性や泡安定性が変化することが報告されている(4)。この性質は、ビールのほか、パンや、乳化飲料、酸性乳飲料、ドレッシング、ホイップ状食品などにおいて、タンパク質の界面機能を補助する溶液設計として利用できる。
PGAはアニオン性高分子であるため、pHやイオン強度、タンパク質の等電点、Ca²⁺などの二価カチオンの有無によって沈殿やゲル化など多角的に溶液設計ができるが、分子量やM/G比、エステル化度などに影響を受けるので、実験や食品設計でPGAを用いる場合には注意が必要である。
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◆イソフムロン
イソフムロン(isohumulone)は、ホップ由来のα酸であるフムロンが、麦汁の煮沸中に異性化して生じる苦味成分であり、ビール中の主要なイソα酸の一つである。飲料としてはビールに独特の苦味と風味を与えるものだが、疎水性骨格と酸性基を併せ持つ両親媒性低分子であり、泡安定性にも関与する(1,2)。ビール泡では、麦芽由来の疎水性ポリペプチドやタンパク質Zなどの泡陽性タンパク質が気液界面に吸着し、泡膜の基本骨格を形成する。イソフムロンは、これらのタンパク質と疎水性相互作用や静電相互作用を介して会合し、界面膜の凝集性や粘弾性を高めると考えられている(3)。
イソフムロンは疎水性アニオン性低分子である。疎水性部分はタンパク質表面や気液界面に分配しやすく、酸性基はpHに応じて負電荷を帯びる。とくにビールのようにタンパク質や、多糖、ポリフェノール、金属イオン、エタノール、炭酸ガスが共存する複雑な溶液では、イソフムロンの作用は単独分子の界面活性ではなく、タンパク質性界面膜との協同作用として理解する必要がある。実際の食品応用を考えると、苦味成分であるため、泡安定化の目的のために増量は難しい。また、イソα酸であるため光に不安定で、硫黄化合物と反応して光劣化臭(lightstruck flavor)を生じるのも欠点である(4)。
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4. Heyerick, A.; Zhao, Y.; Sandra, P.; Huvaere, K.; Roelens, F.; Verzele, M.; De Keukeleire, D. Unraveling the Mechanism of the Lightstruck Flavor of Beer. Chem. Eur. J. 2001, 7 (21), 4553–4561.
◆ペクチン
ペクチン(pectin)は、植物細胞壁に含まれる酸性多糖であり、主にD-ガラクツロン酸がα-1,4結合で連なったホモガラクツロナン領域をもつ。ペクチンはPGAやアルギン酸と同じアニオン性多糖だが、特に、酸性乳飲料でのタンパク質安定化や、ジャムやゼリーのゲル化剤に用いられることが多い(1)。ペクチンの特徴を決めるのはメチルエステル化度である。ガラクツロン酸残基のカルボキシ基がメチルエステル化されている割合が高いものを高メトキシペクチン、低いものを低メトキシペクチンと呼ぶ。高メトキシペクチンは、酸性条件かつ高糖濃度でゲルを形成しやすく、ジャムやゼリーに利用される。一方、低メトキシペクチンは、Ca²⁺などの二価カチオンを介して高分子鎖どうしが架橋され、比較的低糖条件でもゲルを形成する。このCa²⁺架橋は、アルギン酸と同様のegg-box modelによって説明される(2)。
食品タンパク質との関係で特に重要なのは、酸性乳飲料におけるカゼインの安定化である。乳タンパク質を含む飲料を酸性にすると、カゼインミセルは等電点付近で凝集し、沈殿やホエー分離を起こしやすくなる。ここに高メトキシペクチンを加えると、ペクチンの一部がカゼイン粒子表面に吸着し、粒子間に静電反発を与えることで凝集を抑える働きがある(3)。つまり、ペクチンは静電相互作用のほか、Ca²⁺を介した架橋と、高分子としての粘度上昇と排除体積効果を併せ持つ点では、他の親水性多糖に似た特徴がある。そのため、溶液設計としては、pHやイオン強度、Ca²⁺濃度、タンパク質の等電点、ペクチン濃度がパラメータとなる。なお、低メトキシペクチンではカルシウム存在下でゲル化が進むため、分散安定化とゲル化を区別して設計する必要がある。
参考文献
1. Voragen, A. G. J.; Coenen, G.-J.; Verhoef, R. P.; Schols, H. A. Pectin, a Versatile Polysaccharide Present in Plant Cell Walls. Struct. Chem. 2009, 20, 263–275.
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3. Tromp, R. H.; de Kruif, C. G.; van Eijk, M.; Rolin, C. On the Mechanism of Stabilisation of Acidified Milk Drinks by Pectin. Food Hydrocoll. 2004, 18 (4), 565–572.
◆カラギーナン
カラギーナン(carrageenan)は、紅藻類から得られる硫酸化多糖であり、D-ガラクトースと3,6-アンヒドロ-D-ガラクトースを基本骨格とするアニオン性高分子である。食品では、ゲル化剤、増粘剤、安定化剤として、乳製品、デザート、飲料、加工肉、植物性ミルクなどに広く用いられる。アルギン酸やペクチンが主にカルボキシ基をもつ酸性多糖であるのに対し、カラギーナンは硫酸基をもつため、強い負電荷を帯びやすい(1)。カラギーナンには代表的に κ(カッパ)、ι(イオタ)、λ(ラムダ)の3種類がある。κ-カラギーナンは硫酸基が比較的少なく、K⁺存在下で硬く脆いゲルを形成しやすい。ι-カラギーナンは硫酸基が多く、Ca²⁺存在下でより柔らかく弾性的なゲルを形成する。一方、λ-カラギーナンは硫酸基がさらに多く、通常は明瞭なゲルを形成せず、主に増粘剤として働く。したがって、カラギーナンという物質名であっても、実際には硫酸化度やアンヒドロガラクトース含量、分子量が異なり、ゲルの硬さや粘度にかなり違いがあらわれる(1,2)。
食品タンパク質との関連では、カゼインミセルの制御に広く用いられている。κ-カラギーナンは、カゼインミセル表面の正電荷領域と相互作用し、少量でも乳タンパク質の沈降や相分離を抑えることができる。チョコレートミルクや乳飲料では、カラギーナンは単に水相粘度を上げるだけでなく、カゼインミセル表面への吸着とカラギーナン鎖のヘリックス形成を通じて、粒子のネットワーク化や弱いゲル構造を生じさせる(3)。この作用により、ココア粒子や脂肪球の沈降、乳タンパク質の分離が抑えられる。また、カラギーナンは、他のアニオン性高分子と比較して電荷密度が高く、加熱溶解後の冷却やカチオンによってランダムコイルからヘリックスへ転移し、ゲルネットワークの形成が制御できるという特徴がある(4)。
参考文献
1. Necas, J.; Bartosikova, L. Carrageenan: A Review. Vet. Med. 2013, 58 (4), 187–205.
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Langendorff, V.; Cuvelier, G.; Michon, C.; Launay, B.; Parker, A.; de Kruif, C. 4. Mangione, M. R.; Giacomazza, D.; Bulone, D.; Martorana, V.; San Biagio, P. L. K⁺ and Na⁺ Effects on the Gelation Properties of κ-Carrageenan. Biophys. Chem. 2005, 113 (2), 129–135.
5. Plashchina, I. G.; Braudo, E. E.; Tolstoguzov, V. B. Studies of the Gel Formation of κ-Carrageenan above the Coil–Helix Transition Temperature Range. Carbohydr. Polym. 1986, 6 (1), 15–34.
◆CMC
CMC(carboxymethyl cellulose;カルボキシメチルセルロース)は、セルロースのヒドロキシ基の一部をカルボキシメチル基で置換した水溶性セルロース誘導体である。食品では主にナトリウム塩であるカルボキシメチルセルロースナトリウムとして用いられ、増粘剤や分散安定化剤として飲料やアイスクリーム、ソース、冷凍食品などに広く利用されている。欧州食品添加物番号はE466である。
セルロースは本来水に溶けにくいが、カルボキシメチル基の導入によりアニオン性と水和性が付与され、水中で高粘度の高分子溶液を形成する。CMCはセルロースを骨格としているため、アルギン酸やペクチンのように明確なイオン架橋ゲルを作るというより、水相の粘度を上げ、粒子の沈降や凝集を遅らせることで食品分散系を安定化する。したがって、CMCはカラギーナンのようなゲル化多糖というより、増粘と分散安定化に働く添加剤である。特に酸性乳飲料では、CMCが乳タンパク質のフロキュレーションを防ぐ安定化剤として用いられ、CMCの吸着はおよそ pH 5.2 以下で起こり、静電的吸着が主な駆動力と考えられている(1)。また、全乳系でもCMCはカゼイン凝集だけでなく、脂肪を含む粒子クラスターのクリーミング抑制にも寄与することが報告されている(2)。
参考文献
1. Du, B.; Li, J.; Zhang, H.; Chen, P.; Huang, Y.; Zhou, J.; Pan, S. The Stabilization Mechanism of Acidified Milk Drinks Induced by Carboxymethylcellulose. Lait 2007, 87 (4–5), 287–300.
2. Wu, J.; Zhong, Q. The Stabilisation of Acidified Whole Milk Drinks by Carboxymethylcellulose. Int. Dairy J. 2013, 30 (1), 40–46.
◆キサンタンガム
キサンタンガム(xanthan gum)は、Xanthomonas campestris という細菌を用いた発酵によって生産される水溶性多糖である。食品に用いられるのは菌体そのものではなく、発酵液から精製された多糖である。食品では増粘剤や分散安定化剤、乳化安定化補助剤として広く用いられ、食品添加物の名称はE415である。主鎖はセルロース様のβ-1,4-グルカンであり、側鎖にマンノース、グルクロン酸、アセチル基、ピルビン酸基を含む。この側鎖構造によって水中で剛直な高分子鎖としてふるまい、低濃度でも高い粘度を示す。
キサンタンガムの重要な特徴はシアシニング性、すなわち、静置時には高い粘度を示す一方で、撹拌や咀嚼などのせん断が加わると見かけの粘度が低下し、流れやすくなる性質である。このため、保存中は粒子の沈降や相分離を抑え、使用時には扱いやすい流動性を与える。この性質のため、ドレッシングやソース、飲料、アイスクリーム、冷凍食品などで広く使われる。キサンタンガムは、ゲルを形成する多糖というより、低濃度で連続相のレオロジーを大きく変えるアニオン性増粘多糖と定義するのが適切である(1,2)。
タンパク質との相互作用が主目的であるペクチンやカラギーナンとは異なり、キサンタンガムは、溶液全体の粘弾性と拡散速度を変えることで、分散状態を保つ働きが大きい。一方で、キサンタンガムは他の多糖と組み合わせると、単独では得られない物性を示す。特にローカストビーンガムやグアーガムとの混合では相乗的な粘度上昇や熱可逆性ゲル形成が知られている(3,4)。
参考文献
1. García-Ochoa, F.; Santos, V. E.; Casas, J. A.; Gómez, E. Xanthan Gum: Production, Recovery, and Properties. Biotechnol. Adv. 2000, 18 (7), 549–579.
2. Saha, D.; Bhattacharya, S. Hydrocolloids as Thickening and Gelling Agents in Food: A Critical Review. J. Food Sci. Technol. 2010, 47 (6), 587–597.
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◆レシチン
レシチン(lecithin)は、大豆、卵黄、菜種、ヒマワリ種子などに含まれるリン脂質を主成分とする食品用乳化剤である。食品分野でいうレシチンは単一化合物ではなく、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルイノシトールなどを含むリン脂質混合物を指す。例えば、大豆レシチンは食品工業で広く用いられ、チョコレート、マーガリン、ドレッシング、ベーカリー製品、粉末食品などに広く用いられる。卵黄レシチンは、卵黄の乳化能を支える主要成分の一つであり、マヨネーズやソースのような油中水滴や水中油滴を含んだ食品の界面安定化に使われる(1,2)。
油水界面では、レシチンは低分子乳化剤として比較的速く界面に吸着し、界面張力を下げる。一方、乳タンパク質、卵白タンパク質、大豆タンパク質なども界面に吸着して粘弾性のあるタンパク質膜を形成する。そのため、レシチンとタンパク質が共存する系では、レシチンがタンパク質の界面吸着を助ける場合もあれば、逆にタンパク質を界面から置換して膜の粘弾性を弱める場合もある(3)。
参考文献
1. Pichot, R.; Watson, R. L.; Norton, I. T. Phospholipids at the Interface: Current Trends and Challenges. Int. J. Mol. Sci. 2013, 14 (6), 11767–11794.
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◆エピガロカテキンガレート
エピガロカテキンガレート(epigallocatechin-3-gallate、EGCG)は、緑茶に多く含まれるカテキンの一種であり、アミロイド形成を抑制する天然ポリフェノールとしてよく研究されている。Aβ、αシヌクレイン、ハンチンチン、IAPP など、複数のアミロイド性タンパク質に対して線維形成を抑える作用が報告されている(1)。EGCGはタンパク質の構造を安定化して凝集を防ぐというより、アミロイド形成の経路そのものを変えるのが特徴である。EGCGがポリペプチドに結合することで、βシートに富む線維状凝集体の形成を抑え、代わりに、線維化に向かう経路ではないオフパスウェイのオリゴマーへ誘導する。
EGCGは、すでに形成された成熟線維にも作用のが特徴である。αシヌクレインや Aβの成熟線維にEGCGを小さなアモルファス凝集へ再編成され、細胞毒性が低下することが報告されている(2)。作用機構としては、EGCGの持つ芳香環や水酸基がペプチドの芳香族残基や疎水性領域と、多点的な弱い相互作用をすることで、ペプチドの規則的な配列が妨げられ、βシートに富む線維への成長が抑えられると考えられている。
ただし、EGCGの効果は条件に強く依存する。例えば、αシヌクレインでは線維形成を抑制する場合もあれば、阻害しない場合もあることが指摘されている(3)。そのため、EGCGは凝集経路を変える作用があるため、その結果としてアミロイド形成を抑制する場合が多いと理解するのが良い。
参考文献
1. Ehrnhoefer, D. E.; Bieschke, J.; Boeddrich, A.; Herbst, M.; Masino, L.; Lurz, R.; Engemann, S.; Pastore, A.; Wanker, E. E. EGCG Redirects Amyloidogenic Polypeptides into Unstructured, Off-Pathway Oligomers. Nat. Struct. Mol. Biol. 2008, 15, 558–566.
2. Bieschke, J.; Russ, J.; Friedrich, R. P.; Ehrnhoefer, D. E.; Wobst, H.; Neugebauer, K.; Wanker, E. E. EGCG Remodels Mature α-Synuclein and Amyloid-β Fibrils and Reduces Cellular Toxicity. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 2010, 107, 7710–7715.
3. Sternke-Hoffmann, R.; Peduzzo, A.; Bolakhrif, N.; Haas, R.; Buell, A. K. The Aggregation Conditions Define Whether EGCG Is an Inhibitor or Enhancer of α-Synuclein Amyloid Fibril Formation. Int. J. Mol. Sci. 2020, 21, 1995.
◆クルクミン
クルクミン(curcumin)は、ウコンに含まれる黄色のポリフェノールで、アミロイドβのアミロイド形成を抑制する天然低分子としてよく研究されている。クルクミンは疎水性の高い芳香族化合物で、Aβの小さな会合体や線維に結合し、オリゴマー形成や線維形成を抑えることが報告されている(1)。そのため、EGCG と同様に、アミロイド形成を調節する天然ポリフェノール型添加剤として位置づけられる。アルツハイマー病モデルマウスでは、クルクミンがアミロイド斑に結合し、アミロイド量やプラーク負荷を低下させることも報告されている(1)。
メカニズムとしては、クルクミンの平面性の高い芳香環構造とフェノール性水酸基が重要である。Aβの疎水性領域や芳香族残基と相互作用し、βシートに富む規則的な分子配列を妨げると考えられている。固体 NMR を用いた研究では、クルクミンが Aβ42 線維の塩橋を含むターン領域に影響し、線維構造を不安定化する可能性が示されている(2)。したがって、クルクミンはAβ分子間の配列や線維の安定化に関わる局所構造を乱すことで、アミロイド形成を抑えると理解できる。一方、クルクミンも繊維形成を抑制するが、オフパスウェイのアモルファス凝集を増やす(3)。つまり、EGCGと同様に線維化の経路を変え、毒性や構造の異なる集合状態へ誘導すると考えられている。クルクミンは難溶性で、光や溶媒条件の影響を受けやすいのが欠点である。実験では DMSO などの共溶媒を用いることも多い。
参考文献
1. Yang, F.; Lim, G. P.; Begum, A. N.; Ubeda, O. J.; Simmons, M. R.; Ambegaokar, S. S.; Chen, P. P.; Kayed, R.; Glabe, C. G.; Frautschy, S. A.; Cole, G. M. Curcumin Inhibits Formation of Amyloid β Oligomers and Fibrils, Binds Plaques, and Reduces Amyloid In Vivo. J. Biol. Chem. 2005, 280, 5892–5901.
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◆アラントイン
アラントイン(allantoin)は、尿酸の酸化代謝産物として生体内にも存在する低分子化合物であり、医薬品や化粧品において広く添加剤として利用されている(1)。化学的に安定で水溶性が高く、通常の製剤条件下で分解しにくいため長期保存にも適している。また、急性および慢性毒性が極めて低く、皮膚刺激性や感作性もほとんど認められないことが種々の安全性試験で確認されており、世界各国の規制当局でも化粧品成分としての使用が認可されている。さらに、角質軟化作用や創傷治癒促進作用が知られており、クリームやローションなどに添加されることで皮膚の保護や再生などの働きが期待できる。
アラントインは化学式 C₄H₆N₄O₃ を有する低分子化合物であり、ヒダントイン(イミダゾリジン-2,4-ジオン)環に隣接したウレイド基を持つ。これにより複数の水素結合が可能で水との親和性が高い。化学構造の観点から見ると、アルギニンがグアニジニウム基を介して芳香族側鎖にカチオン–π相互作用を形成するのに対し、アラントインは主としてウレイド基による多点の水素結合や極性相互作用を介して親水性表面や極性分子と相互作用する。
アラントインを添加剤として用い、タンパク質の熱安定性および加熱凝集への影響を検討した研究が報告されている(2)。その結果、アラントインはリゾチームの加熱凝集を顕著に抑制したが、ウシ血清アルブミンの加熱凝集はむしろ促進し、リボヌクレアーゼに対してはほとんど影響を及ぼさなかった。これらの結果から、アラントインの凝集抑制作用はタンパク質種に依存して発現することが示唆される。
さらに、アラントインを尿素およびヒダントインと比較し、その構造的特性とタンパク質凝集への影響を解析した研究が報告されている(3)。アラントインはアルギニンと比較して卵白リゾチームの凝集および不活性化をより強く抑制し、メンエキグロブリンGについても可溶性オリゴマーや不溶性凝集体の形成をわずかに抑制した。一方、ヒダントインはアルギニンやアラントインよりも芳香族アミノ酸の溶解度を高める効果が顕著であった。アラントイン自体はタンパク質構造を大きく変性させる作用はほとんど示さず、これらの知見からヒダントイン環骨格を有する化合物群が、小分子凝集抑制剤の新たなカテゴリーとなる可能性が示唆される。
また、ヒダントインとその誘導体である1-メチルヒダントインが、エンベロープを持つ単純ヘルペスウイルス1型に対してウイルス不活化を示すことも報告されている(4)。メカニズムはアルギニンと似ており、タンパク質の芳香族アミノ酸との相互作用によるものである。
参考文献
1. Becker, L. C.; Bergfeld, W. F.; Belsito, D. V.; Klaassen, C. D.; Marks, J. G., Jr.; Shank, R. C.; Slaga, T. J.; Snyder, P. W.; Andersen, F. A. Final Report of the Safety Assessment of Allantoin and Its Related Complexes. Int. J. Toxicol. 2010, 29 (3 Suppl), 84S–97S.
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◆1,6-ヘキサンジオール
1,6-ヘキサンジオール(16HD)は、6つのメチレン基と2つのヒドロキシ基をもつ低分子アルコールであり、生体膜を通過可能な疎水性と親水性を併せ持つ。数%という低濃度条件で、弱い疎水性相互作用に依存して形成された相分離液滴をしばしば溶解することから(1)、観察された凝集体が液-液相分離(LLPS)に由来するか否かを判別するための化学プローブとして広く用いられている(2)。
ヘキサンジオール研究の原点は、核膜孔複合体の透過機構の研究にある。核膜孔は単なる物理的な孔ではなく、フェニルアラニンとグリシンに富むFGリッチな天然変性領域が空間を満たし、巨大分子の通過を制御する選択的フィルターとして機能している。このFG領域は、相分離液滴に類似した物性をもつと解釈されており、疎水性かつπ電子に富む三次元的な分子環境を形成している。ヘキサンジオールがこのような弱い非極性相互作用を緩和し、核膜孔のバリア機能を破綻させることは2007年に報告されており(3)、その後、FUSをはじめとする低複雑性ドメインを含むタンパク質集合体を溶解する作用が示されたことで(4)、相分離液滴を溶かす添加剤として広く用いられるようになった。
16HDによるドロプレット溶解機構については、アミノ酸レベルでの熱力学的解析も進められている。芳香族アミノ酸や脂肪族アミノ酸の側鎖は16HD存在下で安定化されるが、その効果はエンタルピー変化ではなく、溶媒和状態の変化に伴うエントロピー増大によって駆動されることが示されている(5)。NMR解析からは側鎖運動性の増加が示唆されており、16HDがタンパク質分子間の疎水性相互作用を弱めることで、液滴構造が崩壊すると考えられている。
一方で、16HDがすべての相分離構造を溶解するわけではないことも明らかになっている。生細胞内のクロマチンに対しては、16HDがむしろ運動性を著しく低下させ、固定化されたような状態を引き起こすことが、単一ヌクレオソーム追跡という高感度手法によって実証されている(6)。この研究では、5%以上の16HD処理によりクロマチン運動が急速に抑制され、メタノール固定に近い状態となることが示された。これらの結果は、16HDによる溶解性のみをもってLLPS由来液滴の証拠とみなす慣習的な解釈に対し、重要な注意を促すものである。
参考文献
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◆オスモライト
オスモライト(osmolyte)は osmosis(浸透)と -lyte(溶質)に由来し、細胞が高塩濃度・乾燥・温度・圧力などの環境ストレスにさらされた際に、細胞容積と生体高分子の機能を維持するために蓄積する低分子化合物を指す(1)。代表的なオスモライトには、プロリン、グリシンベタイン、トリメチルアミン-N-オキシド(TMAO)、糖類、ポリオールなどがあり、細胞内で数百ミリモル濃度に達しても代謝や酵素反応を阻害しないことから、適合溶質(compatible solute)とも呼ばれる。
オスモライトの安定化機構は、Timasheff による選択的排除(preferential exclusion)理論により説明される(2)。安定化オスモライトはタンパク質の水和殻から排除され、水和水の化学ポテンシャルを変化させることで、折り畳み構造を熱力学的に有利に保つ。一方、尿素やグアニジニウム塩などのカオトロープは、タンパク質主鎖や側鎖と直接相互作用して変性を促進する(3,4)。尿素がオスモライトと補償関係を示すことは古くから知られ、オスモライト間の代表的な分子相互作用の一例である。
哺乳類の腎髄質では尿素が高濃度で蓄積し、タンパク質の変性を誘発する可能性がある。そのため、腎髄質細胞内にはグリシンベタイン、ミオイノシトール、ソルビトール、グリセロホスホリルコリンなどの有機浸透圧調節溶質が高濃度で共存し、尿素の変性効果を相殺している(5)。また、尿素濃度が特に高い組織では、メチルアミン類溶質の濃度も上昇する傾向が報告されており(6)、これらの溶質群が相互作用して安定な浸透保護環境を形成していると考えられている。
近年では、尿素とオスモライトの混合状態が天然深共晶溶媒(natural deep eutectic solvent, NADES)的な特性を併せ持つ可能性が注目されている。たとえば、リゾチームを用いた研究では、TMAO、ベタイン、サルコシンなどのコスモトロープをグリセロールまたは尿素と組み合わせたオスモライト系DESが、熱ショックや凍結融解サイクルでも酵素活性を保持した(7)。また、ウサギ腎臓細胞に由来するNADESが乳酸酸化酵素の耐熱化にも有効であることが示されている(8)。さらに、多成分オスモライト混合系が高い再現性で深共晶系を形成しうることが報告されており(9)、細胞内には変性剤と適合溶質の相互作用による新たな溶媒系ができている可能性がある。
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8. Kono et al., Thermal stabilization of L-lactate oxidase in natural deep eutectic solvents mimicking in a living cell. In preparation
9. Cvjetko Bubalo, M.; Andreou, T.; Panić, M.; Radović, M.; Radošević, K.; Radojčić Redovniković, I. Natural multi-osmolyte cocktails form deep eutectic systems of unprecedented complexity: discovery, affordances and perspectives. Green Chem. 2023, 25, 3398–3417.
◆適合溶質
適合溶質(compatible solute)とは、細胞の代謝や酵素活性を阻害することなく、細胞内に高濃度で蓄積可能な小分子溶質を指す。語源としては、compatible(両立可能な)および solute(溶質)に由来し、本用語は「細胞機能と矛盾せずに、高浸透圧・高塩などのストレス環境に適応可能な溶質」を意味する。
この用語は、Brownらによる1972年の酵母を対象とした論文の本文中ではじめて用語が提示された(1)。Brownらはその後、海洋性および好塩性の単細胞緑藻Dunaliellaにおいて、グリセロールを蓄積することで、代謝酵素に悪影響を及ぼさず細胞に塩ストレス適応を付与する機構として適合溶質の概念を明示した(2)。それ以降、あらゆる生物において同様の溶質が多数確認され、特にタンパク質等の生理的安定性維持という観点が重視されている(3)。
代表的な適合溶質はほぼオスモライトと重なり、プロリン、グリシン、メベタイン、エクトイン、カルニチン、トレハロース、ソルビトール、グリセロールなどがある。これらの化合物は、細胞が高塩・乾燥・低温などのストレスにさらされたとき、外部環境に応じて合成または輸送によって蓄積される。たとえば、高塩耐性菌では、内部塩濃度を高める代わりに、エクトインやグリシンベタインを大量に蓄積することで、タンパク質構造や酵素反応を維持している(4)。
適合溶質の物理化学的作用は、選択的排除に基づくオスモライトの原理と共通しており、タンパク質表面から溶質が排除されることでタンパク質の周りの水和殻が安定化し、フォールディング構造が自由エネルギー的に有利になる。さらに、多くの適合溶質は生体膜の安定化作用もあり、極限環境生物では生体膜の相転移防止にも寄与している(5)。適合溶質は、単にストレス耐性の代謝産物ではなく、進化的に保存された生体防御メカニズムとして理解できる。
参考文献
1. Brown, A. D.; Simpson, J. R. Water relations of sugar-tolerant yeasts: the role of intracellular polyols. J. Gen. Microbiol. 1972, 72, 589–591.
2. Borowitzka, L. J., & Brown, A. D. The salt relations of marine and halophilic species of the unicellular green alga, Dunaliella. The role of glycerol as a compatible solute. Archiv fur Mikrobiologie. 1974, 96(1), 37–52.
3. Roberts, M. F. Organic compatible solutes of halotolerant and halophilic microorganisms. Saline Systems 2005, 1, 5.
4. Gunde-Cimerman, N.; Plemenitaš, A.; Oren, A. Strategies of adaptation of microorganisms of the three domains of life to high salt concentrations. FEMS Microbiol. Rev. 2018, 42, 353–375.
5. Empadinhas, N.; da Costa, M. S. Diversity, biosynthesis and fate of compatible solutes in microorganisms. Res. Microbiol. 2008, 159, 267–278.
◆変性剤
変性剤(denaturant)とは、タンパク質や核酸などの高次構造を解きほぐす(denature)作用をもつ化学的または物理的因子を指す。語源はラテン語 de-(取り除く)+natura(本性)に由来し、「本来の性質を奪うもの」という意味をもつ。変性剤として尿素や塩酸グアニジンが代表例である。これらはいずれも強いカオトロープ性をもち、タンパク質の疎水コアやペプチド主鎖に強く結合することにより、立体構造を不安定化させる。尿素は主として主鎖アミドとの水素結合形成、塩酸グアニジンは静電的およびπ–カチオン相互作用を介して作用する。
タンパク質変性は、Hsien Wu(1893-1959)の研究が理論的起点とされる(1)。Wu は変性を不可逆な崩壊ではなく、可逆的な構造転移として捉えた点で画期的であり、のちの熱力学的解析の礎となった(2)。その後、1940年代から1960年代にかけて、尿素や塩酸グアニジニウムなどの化学的変性剤が系統的に用いられるようになった。
Charles Tanford(1921-2009)は、1968年に尿素やグアニジニウム塩による変性実験から、変性剤濃度に対するタンパク質のネイティブ構造の自由エネルギー変化(ΔG)がほぼ直線的に関係することを示し、化学変性の熱力学的解析の基礎を築いた(3)。この経験的関係はのちに C. Nick Pace らによって二状態転移を仮定した線形展開モデルとして定式化され、ΔG = ΔG°(H₂O) – m[denaturant] の形で表現されるようになった(4)。m値は主に溶媒露出表面積の変化に比例することが知られている(5)。つまり、m値はタンパク質の折りたたみに伴う表面積スケールを表す指標ともいえる。
さらに、Christian B. Anfinsen(1916-1995)は、酵素リボヌクレアーゼの変性・再構成実験を通して、アミノ酸配列のみがそのタンパク質の生物活性構造を決定するという熱力学仮説 を提唱し、1972年にノーベル化学賞を受賞した(6)。彼の業績は、折りたたみ可能なポリペプチド鎖がその配列情報に基づいて自発的に適切な構造へ移行しうることを示し、可逆的変性・再結合実験の枠組みにも強く影響を与えている(7)。したがって、化学変性実験による ΔG や m値という指標は、タンパク質の安定性や折り畳みプロセスを定量的に捉える手段として、Anfinsen の示した配列→構造という原理の下で意味づけられている。
参考文献
1. Wu, H. Studies on denaturation of proteins. XIII. A theory of denaturation. Chin. J. Physiol. 1931, 5, 321–344.
2. Anson, M. L.; Mirsky, A. E. Protein coagulation and its reversibility. J. Gen. Physiol. 1934, 17, 393–408.
3. Tanford, C. Protein denaturation. Adv. Protein Chem. 1968, 23, 121–282.
4. Pace, C. N. Determination and analysis of urea and guanidine hydrochloride denaturation curves. Methods Enzymol. 1986, 131, 266–280.
5. Myers, J. K.; Pace, C. N.; Scholtz, J. M. Denaturant m values and heat capacity changes: relation to changes in accessible surface areas of protein unfolding. Protein Sci. 1995, 4, 2138–2148.
6. Anfinsen, C. B. Principles that Govern the Folding of Protein Chains. Science 1973, 181, 223–230.
7. Anfinsen, C. B.; Haber, E.; Sela, M.; White, F. H. The Kinetics of Formation of Native Ribonuclease during Oxidation of the Reduced Polypeptide Chain. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 1961, 47, 1309–1314.
◆選択的相互作用
選択的相互作用(preferential interaction)とは、溶液中において、タンパク質などの溶質近傍に存在する添加剤の濃度が、バルク溶液中の平均濃度とは異なる状態を指す。この概念は、溶質と添加剤の間に明確な化学結合や強い特異的相互作用が存在しない場合にも適用される。したがって、タンパク質溶液中における水、添加剤、タンパク質の関係を、統計熱力学的な観点から理解するための基本概念である。
一般に「相互作用」という語は、静電相互作用、水素結合、疎水性相互作用など、分子同士が接触した際に働く分子間力そのものを指すことが多い。これに対して「選択的相互作用」は、直接的な結合や接触の有無だけを問題にするのではなく、タンパク質近傍における水や添加剤の分布の偏りとして相互作用を捉える点に特徴がある。つまり、タンパク質表面に添加剤が相対的に多く存在すれば選択的結合、逆に添加剤が少なく水が相対的に多く存在すれば選択的排除、あるいは選択的水和と呼ばれる。
Ca²⁺、Mg²⁺、Zn²⁺、Mn²⁺ などの二価カチオンは、タンパク質表面の Asp、Glu、His、Cys、あるいは主鎖カルボニルなどに配位し、明確な結合部位を形成することがある。この場合、観測される選択的相互作用は、かなりの部分が直接的な金属イオン結合を反映している。したがって、このような添加剤では、低濃度でもタンパク質に結合しうるため、現象の理解としては「選択的相互作用」という概念を持ち出さなくても、「タンパク質に結合する」と考えるだけで十分な場合が多い。ただし、高濃度の塩として加えた場合には、金属イオンの結合だけでなく、イオン強度、対イオン、水和、電荷遮蔽などの寄与も重なるため、選択的相互作用として整理する意味が出てくる。
これに対して、糖類やポリオールは水に溶けやすく、一般にはタンパク質表面に強く結合しない。分子レベルでは糖とタンパク質が一時的に接触する可能性はあるが、熱力学的には、糖はタンパク質表面近傍から相対的に排除され、水が優先的に存在する。このような場合、添加剤は選択的排除されている、あるいはタンパク質が選択的に水和されている、と表現される。糖類やポリオールがタンパク質のネイティブ構造を安定化しやすいのは、この選択的排除によって、タンパク質表面積の大きい変性状態が相対的に不利になるためである。
選択的相互作用の概念が特に重要になるのは、タンパク質への結合が非常に弱い添加剤の場合である。アルギニンは、タンパク質に強く特異的に結合する添加剤ではないが、タンパク質表面の芳香族アミノ酸残基とのカチオン–π相互作用、酸性残基や負電荷領域との静電相互作用、さらに疎水性部位やペプチド結合近傍との弱い接触を通じて、多点的かつ一過的に相互作用する。このため、低濃度では個々の相互作用が弱く、タンパク質表面全体の水和構造の中に埋もれてしまい、明確な結合としては観測されにくい。つまり、アルギニンが全く結合していないというより、結合していても選択的結合としては見えにくい状態である。
しかし、アルギニン濃度を高くすると、弱い相互作用の総和が無視できなくなる。個々のアルギニン分子とタンパク質表面との接触は短寿命であっても、全体としてはタンパク質近傍にアルギニンが相対的に濃縮されるように見える。この状態が選択的結合(preferential binding)である。したがって、アルギニンは、二価カチオンのような強い結合型添加剤と、糖類のような選択的排除型添加剤の中間に位置する。選択的相互作用の考え方は、このような「弱く、非特異的で、濃度依存的な相互作用」を記述するうえで特に有効である。
◆選択的相互作用の理論
理論的には、この概念は Wyman–Tanford の linkage 関係および Kirkwood–Buff 理論により定式化されており、添加剤の選択的相互作用係数(preferential interaction coefficient, Γ)を用いて、溶質1モルあたりに過剰または欠乏して存在する添加剤(あるいは溶媒)分子数を定量化できる(1)。Γ > 0 は添加剤が溶質近傍に集積する選択的結合(preferential binding)を、Γ < 0 は添加剤が排除される選択的排除(preferential exclusion)を意味する。後者の場合、相対的に水分子の寄与が増加するため、この状態は選択的水和(preferential hydrationとして表現されることが多い(2)。
選択的相互作用の理論を生物物理学的に体系化したのが Serge Timasheff である(3)。彼は、タンパク質の安定化や変性を、タンパク質と添加剤の直接的な接触の有無ではなく、水・添加剤・タンパク質の三者からなる溶媒系における組成平衡の変化として理解すべきであると主張した(4,5)。この枠組みの特徴は、水・溶質・タンパク質を対等な構成要素として扱う理論系を、透析平衡による実験系と組み合わせることで実務的に確立した。その結果、アルギニンのようにタンパク質への結合が弱い分子であっても、高濃度を添加した場合にタンパク質凝集抑制剤としてなぜ機能するのかを説明できるようになった。
代表的な例として、トレハロースやスクロースなどの糖は、タンパク質表面から選択的に排除され(Γ < 0)、ネイティブ構造の安定化に寄与する。これは、糖分子よりも水分子の方がタンパク質表面に対して熱力学的に有利であるため、タンパク質の水和状態が保持されることによる。一方、尿素や塩酸グアニジンのような変性剤は、タンパク質表面に選択的に結合し(Γ > 0)、疎水性コアの崩壊を促して構造を不安定化させる。このような選択的相互作用に基づく理解は、タンパク質の溶解性や安定性の制御に役立ち、特にバイオ製剤の溶液設計に広く応用されている(6)。
◆選択的水和(preferential hydration)
選択的水和とは、タンパク質近傍の局所領域において、添加剤よりも水分子が相対的に過剰となる状態を指す。統計熱力学的には、添加剤に対する選択的相互作用係数が Γ < 0(添加剤がタンパク質の近傍で希薄になる状態)であることの帰結として現れ、結果としてタンパク質表面が“水により占有されやすい”溶媒組成になる、という意味で用いられる。
◆選択的排除(preferential exclusion)
選択的排除とは、タンパク質近傍の局所領域から添加剤が選択的に排除され、局所濃度がバルクより低下する現象である(Γ < 0)。これは「添加剤がタンパク質に結合しない」という単純な否定ではなく、局所の組成平衡が水側に偏るという記述である。添加剤の選択的排除は、選択的水和と同じ現象に対し、注目する分子を水にするか添加剤にするかという違いである。
参考文献
1. Record, M. T., Jr.; Anderson, C. F.; Lohman, T. M. Thermodynamic Analysis of Ion Effects on the Binding and Conformational Equilibria of Proteins and Nucleic Acids: The Roles of Ion Association or Release, Screening, and Ion Effects on Water Activity. Q. Rev. Biophys. 1978, 11 (2), 103–178.
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4. Timasheff, S. N. Protein hydration, thermodynamic binding, and preferential hydration. Biochemistry 2002, 41, 13473–13482.
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6. Zhang, C.; Gossert, S. T.; Williams, J.; Little, M.; Barros, M.; Dear, B.; Falk, B.; Kanthe, A. D.; Garmise, R.; Mueller, L.; Ilott, A.; Abraham, A. Ranking mAb-Excipient Interactions in Biologics Formulations by NMR Spectroscopy and Computational Approaches. MAbs 2023, 15 (1), 2212416.
◆排除体積効果
排除体積効果(excluded volume effect)とは、溶液中の分子が有限の大きさをもつため、他の分子が同じ空間を同時に占有できないことに由来する効果である。高分子によるタンパク質の安定性や凝集を考慮するときに必要な概念である。
タンパク質や高分子が高濃度で存在すると、各分子が実際に利用できる空間は、溶液全体の体積よりも小さくなる。その結果、溶液中では占有体積の小さい状態が相対的に有利になり、広がった構造よりもコンパクトなネイティブ構造が安定化されたり、会合体・多量体・凝集体の形成が促進されたりする。これは特定の分子間結合による効果ではなく、主として混雑環境における配置エントロピーに由来する統計熱力学的効果である。
排除体積の考え方は、高分子物理学やコロイド科学に由来する。高分子鎖が互いに重なれないこと、また粒子が有限の体積を占めることは、浸透圧、相分離、粘度、会合挙動を説明するための基本概念となってきた。タンパク質科学では、Mintonが1981年に、排除体積が高分子の構造、自己会合、反応性を左右しうることを統計熱力学的に論じた(1)。同じ年には、MintonとWilfが、グリセルアルデヒド-3-リン酸脱水素酵素を用いて、macromolecular crowding が酵素の構造と機能に影響しうることを実験的に示している(2)。その後、この考え方は、細胞内のような高分子混雑環境では、希薄溶液の試験管実験だけでは分子挙動を十分に説明できない、という認識へと発展した(3,4)。
実際のタンパク質溶液では、排除体積効果は「高濃度環境でタンパク質の状態がどう変わるか」を理解するための概念として使われる。たとえば、PEG、デキストラン、フィコール、あるいは他のタンパク質などのクラウダーを加えると、タンパク質が利用できる空間が減少し、折りたたみ、会合、凝集、結晶化、液-液相分離などの平衡や速度が変化することがある。ただし、実際のタンパク質溶液では、単純な排除体積だけでなく、静電相互作用、疎水性相互作用、水和、弱い吸着、クラウダーとの非特異的相互作用も同時に働く。そのため、混雑効果を解釈するときには、「排除体積だけで説明できる効果」と「弱い相互作用を含む混雑環境の効果」を区別して考える必要がある(5)。
参考文献
1. Minton, A. P. Excluded Volume as a Determinant of Macromolecular Structure and Reactivity. Biopolymers 1981, 20, 2093–2120.
2. Minton, A. P.; Wilf, J. Effect of Macromolecular Crowding upon the Structure and Function of an Enzyme: Glyceraldehyde-3-phosphate Dehydrogenase. Biochemistry 1981, 20, 4821–4826.
3. Ellis, R. J. Macromolecular Crowding: An Important but Neglected Aspect of the Intracellular Environment. Curr. Opin. Struct. Biol. 2001, 11, 114–119.
4. Zhou, H.-X.; Rivas, G.; Minton, A. P. Macromolecular Crowding and Confinement: Biochemical, Biophysical, and Potential Physiological Consequences. Annu. Rev. Biophys. 2008, 37, 375–397.
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◆枯渇効果
枯渇効果(depletion effect)とは、溶液中に存在する小さな高分子や粒子が、大きな粒子どうしの間に入り込めないために、結果として大きな粒子どうしを近づける有効引力が生じる現象である。たとえば、タンパク質溶液にPEGやデキストランのような非吸着性高分子を加えると、タンパク質表面の近くには高分子が入りにくい領域、すなわち枯渇層が生じる。2つのタンパク質が近づいて枯渇層が重なると、高分子が利用できる体積が増え、系全体のエントロピーが増大する。その結果、外側の高分子溶液の浸透圧によってタンパク質どうしが押し寄せられるように近づき、見かけ上の引力が生じる。この有効引力は、タンパク質どうしの特異的結合ではなく、主として排除体積と浸透圧に由来する統計熱力学的効果である。
枯渇効果の古典的な理論は、AsakuraとOosawaによって1954年に提案された。彼らは、高分子溶液中に分散した粒子のあいだに、直接的な引力がなくても有効引力が生じることを示した(1)。その後、Vrijはこの考え方を、コロイド粒子と非吸着性高分子の混合系に展開し、粒子表面近傍の高分子が存在できない領域と、そこから生じる粒子間相互作用を体系的に論じた(2)。このため、枯渇効果はしばしばAsakura–Oosawa型、あるいはAsakura–Oosawa–Vrij型の相互作用として扱われる。現在では、非吸着性高分子がコロイド粒子、タンパク質、液滴、細胞内構造体などの会合、凝集、相分離、結晶化を促進する基本的な物理機構として理解されている。
タンパク質溶液では、枯渇効果は、PEGなどの高分子添加剤がタンパク質間相互作用をどのように変えるかを考えるうえで重要である。Kulkarniらは、PEG存在下でリゾチームやBSAの第2ビリアル係数を測定し、PEGの分子量や溶液条件によってタンパク質間の有効相互作用が変化することを示した(3)。また、PEGはタンパク質結晶化で広く用いられる沈殿剤であり、非吸着性高分子としてふるまう場合には、枯渇引力によってタンパク質どうしの接近や核形成を促進し、結晶化や相分離を誘導しうる(4)。このように、枯渇効果は「高分子を加えるとなぜタンパク質が集まりやすくなるのか」を説明する重要な概念である。
実際のタンパク質溶液では、PEGやデキストランが常に理想的な非吸着性クラウダーとして働くとは限らない。タンパク質表面との弱い相互作用や水和のほか、溶液の塩濃度やpHなども同時に関与する。たとえばBloustineらは、リゾチーム–PEG混合系の光散乱と相挙動を調べ、観察された挙動が単純なエントロピー的枯渇相互作用だけでは説明できないことを示している(5)。また、アルギニンとタンパク質との相互作用を、枯渇効果と類似したGap理論で説明を試みている例もある(6)。ただし、タンパク質と高分子や低分子との相互作用は多様であり、サイズの効果だけで全てを説明するのは難しい。あくまでも多様な相互作用のひとつの側面を説明するという理解が正しである。
参考文献
1. Asakura, S.; Oosawa, F. On Interaction between Two Bodies Immersed in a Solution of Macromolecules. J. Chem. Phys. 1954, 22, 1255–1256.
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3. Kulkarni, A. M.; Chatterjee, A. P.; Schweizer, K. S.; Zukoski, C. F. Effects of Polyethylene Glycol on Protein Interactions. J. Chem. Phys. 2000, 113, 9863–9873.
4. Kulkarni, A. M.; Zukoski, C. F. Depletion Interactions and Protein Crystallization. J. Cryst. Growth 2001, 232, 156–164.
5. Bloustine, J.; Virmani, T.; Thurston, G. M.; Fraden, S. Light Scattering and Phase Behavior of Lysozyme–Poly(ethylene glycol) Mixtures. Phys. Rev. Lett. 2006, 96, 087803.
6. Baynes, B. M., Wang, D. I. C., & Trout, B. L. Role of arginine in the stabilization of proteins against aggregation. Biochemistry 2005, 44 (12), 4919–4925.
◆分子クラウディング効果
分子クラウディング効果(macromolecular crowding effect)とは、タンパク質や、核酸、多糖などの高分子が高濃度で存在するために、溶液中の分子が自由に使える空間が制限される効果である。細胞内は希薄な水溶液ではなく、多数の高分子で混み合った環境であり、この混み合いによってタンパク質の折りたたみ、会合、酵素反応、分子認識、相分離などが変化する。
排除体積効果は、分子クラウディング効果の主要な物理的要因である。ただし、実際の細胞内や高濃度タンパク質溶液では、単なる空間占有だけでなく、弱い静電相互作用や、疎水性相互作用、水和、粘度の上昇なども同時に働く。そのため、分子クラウディング効果は、排除体積効果とほぼ同じ意味で用いられることが多いが、実際には相互作用や溶液状態の変化を含め、細胞内にある生体高分子を理解するための概念である。理想的な不活性高分子を加えた場合には、コンパクトなネイティブ構造や会合体が安定化されやすいが、クラウダーがタンパク質表面と弱く相互作用する場合には、逆に変性状態や凝集状態を安定化することもある。Minton は排除体積が高分子の構造・会合・反応性を変えることを理論的に整理し(1)、Zimmerman と Minton は細胞内の混み合いを生化学・生物物理学の問題として体系化した(2)。Zhou らの総説は、クラウディングと閉じ込め効果の理論・実験を整理した代表的文献である(3)。
参考文献
1. Minton, A. P. Excluded Volume as a Determinant of Macromolecular Structure and Reactivity. Biopolymers 1981, 20, 2093–2120.
2. Zimmerman, S. B.; Minton, A. P. Macromolecular Crowding: Biochemical, Biophysical, and Physiological Consequences. Annu. Rev. Biophys. Biomol. Struct. 1993, 22, 27–65. annurev.bb.22.060193.000331
3. Zhou, H.-X.; Rivas, G.; Minton, A. P. Macromolecular Crowding and Confinement: Biochemical, Biophysical, and Potential Physiological Consequences. Annu. Rev. Biophys. 2008, 37, 375–397.
◆浸透圧効果
浸透圧効果(osmotic effect)とは、溶液中の溶質が水の化学ポテンシャルや水の分布を変化させることで、タンパク質の構造安定性や、会合、相分離に影響する効果である。排除体積効果が「分子が同じ空間を占有できない」という幾何学的・エントロピー的な側面を考えるのに対し、浸透圧効果は「水や添加剤の化学ポテンシャルが変わる」ことに注目する。たとえば、タンパク質がフォールディングしたり、リガンドと結合したりする反応や、凝集や相分離などの過程では、タンパク質表面に接する水や添加剤の数が変化する。このとき、糖やオスモライトなどの添加剤が存在すると、その変化に伴う自由エネルギーが変わり、平衡が移動する。
添加剤がタンパク質表面から選択的に排除される場合には、表面積の大きい変性状態が不利になり、ネイティブ構造が安定化されることがある。一方、添加剤がタンパク質表面に選択的に結合する場合には、安定性や会合性は逆方向に変化しうる。したがって、浸透圧効果は、単純な水の取り合いではなく、選択的相互作用と選択的水和、クラウディングをつなぐ熱力学的な見方という理解でよい。Parsegian らは浸透圧ストレス法を用いて分子間力を測定する考え方を整理し(1)、Timasheff は浸透圧効果を選択的相互作用の一部として解釈する重要性を示している(2)。
参考文献
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2. Timasheff, S. N. Protein-Solvent Preferential Interactions, Protein Hydration, and the Modulation of Biochemical Reactions by Solvent Components. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 2002, 99, 9721–9726.