蛋白質溶液学(粘度と溶解度)
抗体溶液とアルブミン溶液の粘度の違いを説明できれば上級者
抗体溶液とアルブミン溶液の粘度の違いを説明できれば上級者
タンパク質溶液の粘度
高濃度のタンパク質溶液では、分子間相互作用の増大に伴って粘度が著しく上昇することが広く知られています。タンパク質は表面に疎水性残基や電荷を有しており、これらが引力や斥力の原因となり一時的ネットワークを形成します。こうした相互作用によるネットワークにより拡散運動が阻害され、流動性が低下した結果として粘度が増大します。モノクローナル抗体などのバイオ医薬品では、皮下投与等に必要となる高濃度(100 mg/mLを超える場合も多い)製剤で粘度上昇が顕著です。そのため、製剤設計では粘度低減を目的とした添加剤の選定、ならびにpHや塩濃度の最適化が重要な検討事項となっています。
◆低濃度と高濃度の違い
低濃度のタンパク質溶液では、個々のタンパク質分子は互いに十分離れて存在しており、ほぼ独立した分子として扱うことができる。このため、構造安定性や、変性、リガンド結合、酵素活性などを、1分子のふるまいの平均増として議論しやすい。一方、高濃度になると、分子間距離が短くなり、タンパク質どうしの衝突や弱い会合、特に排除体積効果が無視できなくなる。
・粘度:高濃度のタンパク質溶液になると、分子どうしの接触頻度が増えることで粘度が上昇する。特に抗体のような大きく非球状のタンパク質では、分子間の一過的な会合や電荷分布の偏りによって、粘度が急激に高くなることがある。これは単に溶質が増えたことが原因ではなく、タンパク質分子どうしが引力によってクラスター状に集まったり、反発によってネットワーク的に相互作用するためである(1)。
・凝集:タンパク質は、部分的に変性したり、疎水性表面を露出したりすると、互いに会合して凝集しやすくなる。低濃度では、こうした分子どうしが出会う確率は比較的低いが、高濃度では衝突頻度が高くなるため、凝集の開始や成長が起こりやすくなる(2)。保存中の凝集や、加熱や凍結誘拐による凝集、振とうや界面接触による凝集などいずれも、高濃度で顕在化しやすい(3)。
・添加剤効果:低濃度のタンパク質溶液では、添加剤の効果は主に1分子の構造安定性や変性温度への作用として理解される。そのため、ネイティブ構造を安定化する添加剤は、部分変性状態の蓄積を抑え、結果として凝集を抑制しやすい。しかし高濃度では、タンパク質間距離が短くなり、分子間会合や衝突が支配的になるため、添加剤の働きが単純な構造安定化だけでは説明できなくなる。例えば、カオトロープイオンは、低濃度では疎水性会合を弱めて凝集を抑制することがあるが、高濃度ではタンパク質構造を不安定化し、部分変性分子の生成を通じて凝集を促進する場合がある(4)。一方、コスモトロープイオンは、タンパク質表面から選択的に排除されることで低濃度では構造安定化に働くが、高濃度ではタンパク質—溶媒接触を不利にし、分子間会合や相分離、沈殿を促進する方向に働くことがある(4)。
・相分離:高濃度タンパク質溶液では、均一な一相状態を保てず、液-液相分離を起こすことがある。外見的には白濁やオパレッセンスとして観察されることがある(5)。特に高濃度抗体溶液では、低イオン強度や特定のpH条件でオパレッセンスが生じることがあり、製剤の外観や品質評価の問題となる。一方、液-液相分離は不可逆的な凝集とは異なり、温度やイオン強度などの溶液条件の変化によって可逆的に制御できる場合が多い。ただし、相分離した濃厚相が常に液体のまま保たれるとは限らず、濃厚相の内部で結晶化やゲル化が起きたり(6)、ガラス状に変化したりすることもある(7)。
・ゲル化・ネットワーク形成:タンパク質濃度が高くなると同時に、加熱や酸性化などの溶液条件の変化や、酵素反応などの化学反応が加わると、タンパク質分子は三次元的なネットワークを形成し、溶液はゲルへと変化する(8)。ゲル化は、分子が単に沈殿するのではなく、溶液全体に連続した構造をつくる現象である。身近な例として、卵白を加熱すると固まる、牛乳タンパク質が酸や酵素でゲル化する、大豆タンパク質が豆腐状の構造をつくる、といった現象がある。
・ 測定法:低濃度タンパク質溶液では、円二色性や蛍光の分光法や、DSCやITCなどの熱測定を用いて、タンパク質1分子の構造や安定性を調べやすい。一方、高濃度溶液では、個々のタンパク質の計測ではなく、全体としてのタンパク質溶液の計測になる。例えば、DLSやSLSによる粒子の解析や、SEC-MALSによる会合状態の評価、レオロジーによる粘弾性測定などになる。
1. Hong, T.; Iwashita, K.; Shiraki, K. Viscosity Control of Protein Solution by Small Solutes: A Review. Curr. Protein Pept. Sci. 2018, 19, 746–758.
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◆粘度とは
粘度(viscosity)は、流体の内部摩擦の大きさ、すなわち流れにくさを定量化する物理量である。具体的には、流体の異なる層が相対的に滑る際に生じるせん断応力(shear stress)と、その層のせん断速度(shear rate)の比として定義される。ニュートン流体の場合、この比は一定であり、粘度 ηはせん断応力τと剪断速度γを用いて、η=τ/γ の関係がある。
粘度の単位はSI単位のPa·s(パスカル秒)であり、タンパク質溶液の粘度はcgs単位で用いられるpoise(P)の小さい単位としてcentipoise(cP)が用いられることが多い。水の室温での粘度は約1 cPであり、醤油で約5 cP、オリーブ油で約100 cP、ハチミツで2000 cPである。タンパク質溶液として皮下投与などに用いられる粘度の閾値として50 cPが用いられる。
生物学的な溶液、特にタンパク質溶液では、濃度上昇や分子間相互作用により粘度が大きく変化する。高濃度のタンパク質溶液では、分子間の摩擦や一時的な会合体の形成により粘度が上昇し、注射や流体移送が困難になることもある。このため、タンパク質製剤の開発や流体操作において、粘度の理解と制御は極めて重要な要素となる。ここでは、タンパク質溶液の粘度と低分子による制御法について紹介する(1)。
◆タンパク質濃度と粘度の関係
タンパク質溶液は、濃度が高くなるにつれて顕著に粘度が上昇する性質をもつ。この現象は、単なる分子数の増加に伴う体積占有効果による流動抵抗の上昇だけでなく、分子の大きさや形状、相互作用、水和構造など、複数の物理化学的要因が複雑に関与している。経験的に粘度ηは、式1によく一致することが知られている(2)。
η0はタンパク質を含まない溶液の粘度、Cはタンパク質の濃度、kは係数である。この関係は、球状粒子の高濃度懸濁系や高分子溶液で観測される「指数粘度則(exponential viscosity law)」の一形態である。
きわめて複雑な物理化学的要因が関連するタンパク質溶液の粘度がこのようなシンプルな式で表現できる理由として、以下のように説明できる。タンパク質濃度が高まるにつれて、分子間距離は減少し、流動時の粒子間相互作用が急激に増大する。濃度が上がると、単位濃度あたりの粘度増加量も加速的に大きくなるため、粘度上昇は線形ではなく指数的挙動を示す。このような指数関数的増加は、例えばモノクローナル抗体の高濃度製剤(>100 mg/mL)や、球状タンパク質モデル系(リゾチーム、γ-グロブリン)でも観察されている。これらの系では、係数kの値は分子サイズ、形状異方性、水和状態、電荷状態(pHや塩濃度)に依存して変動する。
タンパク質濃度を変化させたときの具体的なイメージは次のようになる。
10 mg/mL以下の希薄溶液では、分子同士の距離が十分に離れており、互いの運動にほとんど干渉しない。このため粘度は水とほぼ同程度であり、タンパク質は水中で自由に回転・拡散できる。
50 mg/mL程度に濃度が高くなると、分子が占める体積分率が増加し、自由体積が減少する。これにより分子同士がすれ違う際の摩擦抵抗が増し、流動性が低下する。この「クラウディング効果」による粘度上昇は、比較的低濃度の範囲でも観測され、懸濁液の粘度上昇モデルのEinstein式(式2)で説明できる段階である。この式で、φは溶質の体積分率である。
100 mg/mL程度の高濃度域に入ると、クラウディング効果に加えて、さらにタンパク質分子間の物理化学的相互作用が顕著になる。表面電荷による静電的引力や反発、疎水性面の相互作用、水素結合、π-π相互作用などが働き、一時的な会合体やオリゴマーが形成される。これらの大きな集合体は単一分子より回転・並進運動が遅く、見かけの粘度をさらに高める。この段階では、pHや塩濃度、添加剤の種類によって粘度変化が大きく左右されることが多い。この濃度域でのタンパク質溶液の粘度の制御は、タンパク質製剤にとって重要な課題のひとつである。
200 mg/mL程度になると、クラウディング効果やタンパク質分子間の相互作用に加えて水和水の影響が現れる。タンパク質表面には数層の水分子が強固に結合しており、これらが分子周囲に“殻”を形成する。高濃度のタンパク質溶液になると水和層同士が重なり合うようになり、水分子の再配向や移動が制限されるため、溶媒そのものの流動性が大きく低下する。結果として、見かけの粘度は急激に上昇する。この領域になると、溶液としての扱いが困難となり、応用的にはちょうどポケットのようになっている。
300 mg/mL以上の極めて高濃度になると、タンパク質分子は弱い相互作用で三次元的に連結し、ネットワーク構造を形成する。こうした構造は連結閾値(percolation threshold)を超えると系全体に広がることで粘度が急速に増加し、もはや通常の溶液ではなく、ソフトゲルに近い粘弾性を示す。この段階では、せん断速度によって構造が壊れるか保持されるかが変わり、非ニュートン的な流動特性が現れることが多い。
◆アンドレード式
タンパク質溶液の粘度を低下させる最も簡単な方法の一つは、温度を上げることである。アンドレード式は、液体の粘度が絶対温度の逆数に対して指数関数的に変化することを示す経験式であり、粘度 η は絶対温度 T に対して式3のように表される。
ここで、AとBは物質固有の定数であり、B は分子の流動に必要な活性化エネルギーに相当すると解釈されることが多い。タンパク質溶液においても、アンドレード式は温度上昇に伴う粘度の指数関数的低下を説明するモデルとして用いられる。アンドレート式を変形し、横軸にTの逆数を取り、縦軸に粘度の対数を取ると直線になるため、図示するために使われることがある。
温度が上がると分子の熱運動が活発になり、分子間の摩擦や一時的な会合体形成が減少するため、粘度が下がるのである。例えば、約150 mg/mLのヒト免疫グロブリンG溶液では、20°C付近での粘度が約20 cPであるのに対し、温度を37°Cまで上げると粘度はおよそ10 cP程度まで低下する。
◆分子間相互作用と粘度制御
高濃度製剤に用いられる 50から200 mg/mL 程度のタンパク質溶液における粘度は、タンパク質分子間の相互作用を調節することで低減できる。分子間に働く相互作用は、引力であっても反発力であっても、分子の自由拡散を阻害し、結果として粘度を増加させうる。すなわち、強い引力は分子の凝集や一時的な会合体形成を促進し、反発力は分子間距離を保つためのエネルギー障壁を生じさせ、どちらも流動性を低下させる。
タンパク質分子間の引力要因には、ファンデルワールス相互作用や、π-π相互作用、カチオン-π相互作用、水素結合、疎水性相互作用、静電的引力が含まれる。一方、反発力としては、同種電荷間の静電反発が代表的である。これらの理解に基づき、添加剤や溶媒条件を適切に選択することで、粘度を効果的に低下させることが可能となる。
静電反発が粘度増加の主要因となっているタンパク質の例として、血清アルブミンがある。血清アルブミンは酸性アミノ酸残基を多く含む親水性タンパク質であり、等電点であるpH 4.7から大きく離れたpH条件では分子表面に多くの負電荷を帯びるため、静電反発が強まり粘度が上昇する。逆に、pHを等電点付近に調整すると表面電荷が減少し、静電反発が弱まり粘度が低下する。この性質を利用し、pH依存的な粘度変化を測定することで、粘度増加が静電反発に起因しているかどうかを推定できる。
このように静電反発が主要因である場合、溶液のイオン強度を増加させる(つまり、塩を添加する)ことで粘度低減が可能である。これは、溶液中のイオンがタンパク質表面電荷を遮蔽し(静電遮蔽効果)、分子間反発を弱めるためである。50 mM程度のイオン強度でも静電遮蔽効果は十分に得られるため、静電反発による粘度増加は基本的には制御しやすい。
モノクローナル抗体は一般に分子表面に疎水性領域を多く有しており、これらの疎水性領域同士が会合することで疎水性相互作用が生じ、高濃度条件下では粘度上昇の主要因となり得る。モノクローナル抗体の多くは等電点(pI)が中性付近にあり、pH依存性の粘度測定を行うと、等電点付近で粘度が最も高くなる傾向が観察される。これは、pI付近では分子表面の全体的な電荷が中和されるため、静電反発が弱まり、疎水性相互作用やファンデルワールス相互作用、水素結合といった引力性相互作用が支配的になり、分子間会合が促進されるためである。pHがpIから離れると表面電荷が増し、静電反発が増加して会合が抑制され、粘度は低下する。
このような引力性相互作用が粘度上昇の主要因となる場合には、ファンデルワールス相互作用、水素結合、疎水性相互作用を適切に阻害することで粘度低減が可能となる。ただし、これらすべての相互作用を同時に効果的に阻害することは難しい。
高濃度抗体製剤の粘度を下げるために、アルギニンが使用されることが多い。アルギニンは分子中のグアニジニウム基によりカチオン-π相互作用やπ–π相互作用を弱め、疎水性領域同士の会合を抑制する。0.2 M程度のアルギニンの添加でも効果が見られ、タンパク質の高次構造への影響が比較的少なく、医薬品製剤に応用しやすい利点がある。同時に中性ではイオン強度も高くなり、静電相互作用を抑制する働きも併せ持つ。
疎水性相互作用を弱める物質としては、尿素などのカオトロープ剤が古くから知られている。尿素は水素結合ネットワークを乱し、疎水性相互作用を弱めることで粘度を下げられるが、効果を得るには原理的には高濃度(数Mレベル)が必要である。しかし、添加剤をこれだけ高濃度加えると、それ自身の粘度増加の方が問題となる。すなわち、尿素自体による溶液粘度の増加や、タンパク質の立体構造の変性といった重大な副作用が生じる可能性が高く、医薬品用途ではほとんど用いられることがない。
水素結合を特異的に阻害するためには、多価アルコールや有機溶媒の少量添加も効果があるが、タンパク質の構造安定性にも影響を与えるため、粘度低減効果のための添加剤としては使いにくい。
参考文献
1. Hong, T., Iwashita, K., & Shiraki, K. (2018). Viscosity Control of Protein Solution by Small Solutes: A Review. Current protein & peptide science, 19(8), 746–758.
2. Connolly, B. D., Petry, C., Yadav, S., Demeule, B., Ciaccio, N., Moore, J. M., Shire, S. J., & Gokarn, Y. R. (2012). Weak interactions govern the viscosity of concentrated antibody solutions: high-throughput analysis using the diffusion interaction parameter. Biophysical journal, 103(1), 69–78.
◆事例:アルギニンを用いた粘度低下の方法
ガンマグロブリン(γ-グロブリン)は、血清中に存在する免疫グロブリンに相当するタンパク質群を指し、ポリクローナル抗体に分類される。γ-グロブリンや、抗体の免疫グロブリンG(IgG)、血清アルブミン、酵素のアミラーゼやキモトリプシンを対象に、これらのタンパク質溶液にアルギニンなどを添加したときの粘度が比較されている(1,2)。
ウシγ-グロブリン溶液の濃度を段階的に増加させたところ、約150 mg/mLまでは粘度の顕著な上昇は観察されなかったが、約250 mg/mLでは約60 cPまで上昇した(pH 7.4、25 °C)。この高濃度溶液に対し、pHを変化させない条件で最終濃度が1 MとなるようにL-アルギニンを添加したところ、粘度は約40 cPまで低下した。一方、アルギニンを等モルのL-リシンに置き換えて添加した場合、粘度は低下せず、むしろ約120 cPにまで上昇した。さらに、同条件でグリシンや塩化ナトリウムを添加しても粘度は約110 cP前後となった。
これらの結果は、アルギニンがγ-グロブリン分子間の特定の引力性の相互作用を弱めることで、分子会合を抑制している可能性を示す。アルギニンによるγ-グロブリン溶液の粘度低下は、比較として添加したNaCl(単純なイオン強度増加)やグリシン(分子サイズの小さいアミノ酸)では得られなかったことから、アルギニン特有のグアニジニウム基による相互作用の遮断効果が鍵であると考えられる。
アルギニンは、そのタンパク質凝集抑制作用や芳香族化合物の溶解度向上に関する研究から明らかになっているように、芳香族アミノ酸残基と比較的強いカチオン–π相互作用を形成する能力を持つ。これは、アルギニン側鎖のグアニジニウム基が平面性を有し、広く分布した正電荷によって芳香環の電子雲と相互作用しやすいためである。この相互作用により、タンパク質表面の芳香族残基を介した分子間疎水性相互作用やπ–πスタッキングが阻害され、結果としてγ-グロブリン分子間の凝集傾向が低下し、溶液の粘度が低下したと考えられる。一方、リシンも塩基性アミノ酸であるが、その側鎖は柔軟な一次アミノ基を末端に持ち、平面性がないためカチオン–π相互作用を形成する能力は低い。そのため、芳香族残基由来の会合を効果的に阻害できず、むしろ静電的な反発や架橋的な相互作用の増加によって粘度を上昇させたと推察される。
タンパク質種ごとにアルギニン添加の粘度変化を比較すると、3つの典型的なパターンが観察された。
1)IgGではγ-グロブリンと同様の挙動を示し、200 mM以上のアルギニン添加で粘度が低下、特に500 mM付近で最も顕著な低下が見られた。IgG溶液にリシンやNaClを200 mM添加した場合にもわずかな粘度低下が認められたが、これはIgG分子表面の帯電に由来する静電反発が粘度増加に寄与しており、その反発が添加剤の静電遮蔽効果によって軽減された結果と考えられる。しかし、500 mM以上のリシンやNaCl添加では、過剰なイオン存在によるイオン架橋や排除体積効果が優勢となり、粘度が再び増加した。
2)ウシ血清アルブミン(BSA)では、アルギニン、リシン、NaClのいずれの添加剤でも200 mM〜1 Mの範囲で粘度が一貫して低下した。高濃度BSA溶液では、分子間の強い静電反発が粘度増加の主要因であり、添加剤の静電遮蔽効果が優勢に働いたためである。
3)アミラーゼやキモトリプシンでは、200 mM〜1 Mの範囲でアルギニン、リシン、NaClのいずれの添加も粘度を増加させた。これらの酵素はもともと高い溶解性を持ち、分子間相互作用が弱いため、添加剤による凝集阻害効果はほとんど発現しない。その代わり、添加剤の高濃度化による排除体積効果(excluded volume effect)や溶媒粘度の増大が支配的となり、結果的に見かけの粘度が上昇したと考えられる。
これらの結果は、タンパク質溶液の粘度への添加剤の影響は一律ではなく、粘度を増加させる原因を添加剤を用いることで突き止められることを意味する。主原因は疎水性相互作用による引力もしくは静電相互作用による反発力によるため、アルギニンが理想的な添加剤であることがわかる。すなわち、アルギニンは、静電遮蔽のほか、カチオン–π相互作用や疎水性相互作用の抑制といった複合的な分子間相互作用の干渉が可能であり、しかも安全で安定であるためである。
参考文献
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◆溶解度
溶解度(solubility)とは、ある溶質がある溶媒中で飽和溶液をつくるとき、その飽和溶液の分析組成として定義される。指標としては、濃度やモル濃度、質量分率、モル分率などで表す(1)。すなわち、実務上は「どれだけ溶けるか」を意味するが、学術的には平衡状態(飽和)で定義される量である。語源としてはsoluble(溶ける)に由来し、-ity により性質名詞化した形になる。
溶解度は、溶質(固体・液体・気体)と溶液相の化学ポテンシャルが等しい平衡条件で決まる。したがって温度・圧力・溶媒組成・pH・イオン強度・共溶媒・添加剤に依存し、単なる溶けやすさではなく 活量と活量係数を介した平衡量として整理される。
タンパク質の溶解度は、溶液中でタンパク質分子が安定な分散状態として存在できる最大濃度を指し、固体タンパク質と溶存タンパク質との化学ポテンシャルが等しくなる平衡条件で決まる。実際には、分子表面の電荷分布や、共存する物質、pHや温度などの条件に強く依存する。タンパク質に固有の性質として、立体構造が変わることで溶解度が大きく変化することも注意が必要である(2)。
タンパク質の等電点近傍では静電反発が弱まり、溶解度は低下しやすい(3)。またタンパク質では、結晶化や凝集など複数の準安定状態が競合するため、測定される溶解度はしばしば熱力学的溶解度と見かけの溶解度を区別して解釈する必要がある(4)。
参考文献
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◆過飽和
過飽和(supersaturation)とは、溶液中の溶質濃度が、同一条件(温度・圧力など)での平衡溶解度を上回っている状態を指す。IUPAC では「平衡で存在するはずの濃度より高い濃度をもつ不安定な系」と定義される(1)。関連して、過飽和溶液は「未溶解溶質と平衡にある溶液よりも高い組成をもつ溶液」と定義される(2)。語源としては、saturated(飽和)に super-(超えて)を付した語で、飽和を超えた状態という意味になる。
一般的な用語としての「過飽和」は、よく溶けた状態の意味をさすが、科学的には正確ではない。過飽和とは、溶質濃度が未溶解相と平衡にあるときのいわゆる溶解度を超えた状態をさす。すなわち、溶液を自由エネルギーレベルからは結晶化や沈殿、相分離などが生じる状態にあるが、核生成の界面形成にエネルギー障壁が存在するため、一見安定に保たれているという理解になる(3)。つまり、過飽和溶液は、平衡状態ではないが一定時間維持されうる準安定状態である。
タンパク質の過飽和とは、タンパク質濃度がその条件での溶解度(可溶限界)を上回っているにもかかわらず、直ちに凝集やアミロイド化が生じず、準安定に可溶状態が保たれている状態を指す(4)。 後藤祐児 らは、過飽和がタンパク質のフォールディング状態とアミロイド形成を隔てる過飽和バリアとして働き、タンパク質を加熱変性させても直ちにアミロイド化しないのはこのバリアのためで、攪拌や超音波などによりバリアが破れると核生成が誘起されアミロイド形成へ移行する、という枠組みを提示している(5, 6)。
1. https://doi.org/10.1351/goldbook.S06146
2. https://doi.org/10.1351/goldbook.12730
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◆低分子の溶解度測定
溶解度とは、ある温度やpH、添加剤の濃度などの条件で、物質が溶液中にどこまで溶けていられるかを示す量である。より厳密には、固体相と溶液相が平衡にあるときの、溶液中の溶質濃度を指す。たとえば結晶を水に入れると、結晶表面から分子が溶け出す。一方、溶液中の分子は結晶表面に戻る。溶け出す速度と結晶へ戻る速度が等しくなると、溶液中の濃度は一定になる。この平衡濃度が溶解度である(1)。
アミノ酸や糖などの低分子は、比較的単純な方法で溶解度を求めることができる。典型的には、過剰量の固体を溶媒に加え、目的温度で十分に撹拌し、平衡に達した上清濃度を測定する。
手順としては、目的温度に保った水または緩衝液に、過剰量のアミノ酸などを加える。このとき、固体が少し残る状態にしておくことが重要である。固体がすべて溶けてしまう場合、その溶液はまだ飽和に達していない可能性があるからである。そのため、十分に撹拌して平衡に到達させた後、遠心またはろ過によって未溶解の固体を除き、上清中の溶質濃度を測定する。このときの上清の濃度が、その条件における溶解度である。
低分子では、加熱して多く溶かし、それを冷却して目的温度で平衡化する方法も用いられる。なお、高温で多く溶かした場合、冷却したあともすぐには結晶が析出しないことがある。このような過飽和溶液の濃度をそのまま測ると、溶解度を過大評価してしまう恐れがある。
◆低分子の溶解度を測る実験例
具体的な実験例として、N-アセチルアミノ酸アミドを用いた測定法を見てみたい(2)。この研究では、タンパク質を構成するアミノ酸残基に対応する低分子モデル化合物として、N-アセチルアミノ酸アミドの溶解度が測定された。溶媒として、純水と 20 wt% 1,6-ヘキサンジオール水溶液が比較されている。
実験では、まず水、または 20 wt% 1,6-ヘキサンジオール水溶液に、N-アセチルアミノ酸アミドの粉末を過剰量加える。これらの試料を 10、25、40 ℃に保ちながら、16時間以上、ローテーターで混合する。十分に混合した後、同じ温度を保ったまま遠心し、未溶解の固体を沈降させる。得られた上清が、その条件における飽和液相である。この上清中の溶質濃度を測定すれば、溶解度が求められる。つまり、目的温度で固体が共存している条件で、飽和上清中の物質量を測定する必要がある。固体が存在しない透明溶液だけを測定すると、過飽和状態を溶解度と誤認する可能性がある。
このようにして得た溶解度を複数の温度で測定すると、ファントホフ解析によって、溶解に伴うエンタルピー変化やエントロピー変化を見積もることもできる。固体と溶液が平衡にあるとき、溶質の液相での化学ポテンシャルと固相での化学ポテンシャルは等しくなる。この関係を利用すると、溶媒の違いによって溶質が液相中でどれだけ安定化されたかを、溶解度の比から見積もることができる。
たとえば、同じ温度で測定した水中でのモル分率溶解度を xw、20 wt% 1,6-ヘキサンジオール水溶液中でのモル分率溶解度を xHDとする。このとき、水中から 20 wt% 1,6-ヘキサンジオール水溶液中へ溶質を移すときの移相自由エネルギーは、-RT ln(xHD/xw) と書ける。ここで、xHDの方がxwより大きい場合は、移相自由エネルギーが負となり、その溶質は水中よりも 1,6-ヘキサンジオール水溶液中で熱力学的に安定化されていると解釈できる。なお、モル分率溶解度とは、飽和溶液中に含まれる溶質の量を、全成分のモル数に対する割合として表した溶解度である。
◆タンパク質結晶の溶解度測定
タンパク質結晶の溶解度測定では、低分子とは異なる注意が必要である。タンパク質は温度、pH、界面、撹拌などの影響を受けて変性したり、不可逆的に凝集したりしやすい。また、冷却や沈殿剤添加によって溶解度を超えても、必ずしも結晶が生じるとは限らず、アモルファス凝集体や液滴が生じることもある。
そのため、タンパク質では、結晶相と平衡にある濃度としての「熱力学的溶解度」と、アモルファス沈殿や凝集体と関係する「見かけの溶解度」を区別する必要がある(3)。タンパク質結晶の溶解度を求める典型的な方法では、既に得られた結晶を、タンパク質を含まない、または低濃度の同じ溶媒条件に入れ、結晶を少しずつ溶かしていく。結晶が溶けるにつれて溶液中のタンパク質濃度は上昇し、やがて一定値に達する。この一定値が、その溶液条件における結晶の溶解度である(1)。
なお、「タンパク質の溶解度測定」と「タンパク質結晶の溶解度測定」は、似ているが意味の範囲が異なる。前者は、ある条件でタンパク質が溶液中にどこまで可溶状態で存在できるかを調べる広い概念であり、沈殿や、凝集、液滴形成などを指標にした見かけの溶解性も含みうる。一方、後者は、既に存在するタンパク質結晶を固相として用い、その結晶相と溶液相が平衡に達したときのタンパク質濃度を測る方法である。そのため、一般に「タンパク質の溶解度」と言う場合には、結晶化できないタンパク質の沈殿しやすさや凝集しやすさを含めた、より実用的・経験的な可溶性を指すことが多い。
したがって、タンパク質結晶の溶解度はある程度厳密に求められるが、タンパク質の溶解度を厳密に測定することは難しい。タンパク質では、溶解度を超えたときに必ず結晶が生じるわけではなく、アモルファス沈殿、不可逆凝集体、可逆的な会合体、液-液相分離による液滴、ゲルなど、多様な状態が現れる。これらはいずれも「溶けなくなった」ように見えるが、結晶相と溶液相の平衡として定義される熱力学的な溶解度とは異なる場合がある。そのため、多くの実験で得られる値は、厳密な溶解度というよりも、特定の条件で得られた見かけの可溶性である。
◆タンパク質結晶の溶解度を測る実験例
リゾチーム結晶を用いた古典的な実験例を見てみたい。Asherie は、4 ℃、0.15 M NaCl、バッファーなしの条件で、リゾチーム結晶と溶液が平衡に近づく過程を示している(1)。この実験では、未飽和側と過飽和側の 2 つの近づき方が比較されている。
ひとつは、リゾチーム濃度が低い未飽和溶液にリゾチーム結晶を入れる条件である。この場合、結晶は少しずつ溶け、上清中のリゾチーム濃度は時間とともに上昇し、やがて一定値に近づく。この一定値が、その条件における溶解度である。
もうひとつは、リゾチーム濃度が高い過飽和溶液から出発する条件である。この場合、時間とともに結晶が成長するため、溶液中のリゾチーム濃度は低下する。Asherie の例では、過飽和側から出発した試料で、途中に見かけのプラトーが現れる。しかし、その時点でボルテックスによって強く振とうすると、再び結晶成長が進み、溶液中のリゾチーム濃度はさらに低下する。これは、振とうによって新しい結晶表面が露出し、結晶成長が再開したためと考えられる。最終的には、未飽和側から近づいた濃度と同じ値に近づく。この一致した濃度が、その温度と溶液条件におけるリゾチーム結晶の溶解度に相当する。
この方法を使うと、タンパク質結晶の溶解度を厳密に求めることができる。ただし、結晶化しやすいタンパク質でなければ、この方法は適用しにくい。また、過飽和側から測定すると、結晶成長が途中で停止したように見えることがある。その見かけのプラトーを溶解度と誤認すると、溶解度を過大に見積もってしまう。そのため、タンパク質結晶の溶解度を測る場合には、一般に、未飽和側から結晶を少しずつ溶かしていく方法が信頼しやすい(3)。
参考文献
1. Asherie, N. Protein Crystallization and Phase Diagrams. Methods 2004, 34 (3), 266–272.
2. Hirano, A.; Wada, M.; Sato, T. K.; Kameda, T. N-Acetyl Amino Acid Amide Solubility in Aqueous 1,6-Hexanediol Solutions: Insights into the Protein Droplet Deformation Mechanism. Int. J. Biol. Macromol. 2024, 261, 129724.
3. Trevino, S. R.; Scholtz, J. M.; Pace, C. N. Measuring and Increasing Protein Solubility. J. Pharm. Sci. 2008, 97 (10), 4155–4166.
◆ハンセン溶解度パラメータ
ハンセン溶解度パラメータ(Hansen Solubility Parameter, HSP)は、1967年にCharles M. Hansenによって提案された溶解性評価の理論である(1)。従来のヒルデブランド溶解度パラメータ(Hildebrand solubility parameter)は、分子間相互作用を1つの値(溶解エネルギー密度の平方根)で表していたため、極性や水素結合などの特定の相互作用を区別できなかった。
Hansenはこの制約を克服するため、溶解エネルギーを3種類の分子間相互作用に分解し、より精密に溶解現象を記述する枠組みを構築した。この理論により、有機溶媒や高分子の相溶性、塗料や樹脂の溶剤設計などにおいて、経験的だった「溶ける/溶けない」の判断を定量化することが可能となった(2)。HSPは、溶質と溶媒の親和性を3つの相互作用エネルギーの寄与として表す。
δt² = δd² + δp² + δh²
ここで、
・δd:分散力成分(dispersion component)— 分子間のファンデルワールス力やロンドン分散力
・δp:双極子力成分(polar component)— 永久双極子間の静電的相互作用
・δh:水素結合成分(hydrogen bonding component)— 水素結合供与体・受容体間の特異的相互作用
これら3成分は、それぞれ単位 MPa1/2で表され、物質は三次元空間(δd–δp–δh)内の一点として位置づけられる。ある溶質の周囲には溶解球(solubility sphere)が定義され、その中心が溶質のHSP値、半径 R₀ が溶解許容範囲を示す。溶媒のHSPがこの球内に位置する場合、溶質と溶媒の親和性が高く溶解性が良いと判断される。溶質と溶媒の相互作用の距離はハンセン距離(Ra)として次式で定義される。
Ra = √[4(δd1−δd2)² + (δp1−δp2)² + (δh1−δh2)²]
このとき、Ra / R₀ < 1 であれば良好に溶解し、Ra / R₀ > 1 では非相溶と判断される。なお、分散力項に4を掛けるのは、経験的に分散相互作用が他より強く寄与することを補正するためである。
実験方法は次のとおり。試料物質を多数の既知HSP値をもつ溶媒群に溶解させ、一定条件下での「溶ける/溶けない」を判定する。溶解した溶媒のHSP座標を三次元空間にプロットし、最もよく溶ける範囲を包絡する球を溶解球として定義する。球の中心座標が試料のδd, δp, δh値、球の半径がR₀となる。
HSPの根本的な考え方は、似たもの同士はよく溶けるという経験則を、物理化学的に定量化したものである。すなわち、分子間の相互作用の性質が類似しているほど、溶質と溶媒の親和性が高まり、溶解しやすくなるという概念である。この理論は、分子間相互作用がほぼ等方的に働く系を前提としているため、構造が異方的で複雑なタンパク質の凝集やフォールディングを直接的に理解する目的には適用が難しい。
参考文献
1. Hansen, C. M. The Three-Dimensional Solubility Parameter and Solvent Diffusion Coefficient and Their Importance in Surface Coating Formulation. Danish Technical Press, Copenhagen, 1967.
2. Hansen, C. M. Hansen Solubility Parameters: A User’s Handbook, 2nd ed.; CRC Press: Boca Raton, FL, 2007.
◆曇点
曇点(cloud point)とは、溶液を加熱または冷却したとき、透明だった系が白濁しはじめる温度を指す。白濁は、溶液中で分子の会合や相分離が生じ、光散乱が増加することで現れる。高分子溶液や界面活性剤溶液では、温度変化に応じて溶解状態が変わる現象として古くから知られている。もっとも、タンパク質系では、曇点の背後にある実体は一様ではない。可逆的な液-液相分離による液滴形成である場合もあれば、熱変性にともなう不可逆な凝集、あるいは微小なオリゴマー形成である場合もある。
典型的には、100 mg/mL 程度の酵素溶液に無機塩を添加したときの液-液相分離の系を考える。このような溶液では、温度を下げると、ある温度以下で均一相が不安定になり、タンパク質濃厚相と希薄相に分かれて白濁が生じることがある。この白濁はレーザー散乱などによって検出できる。一方、温度を上げると再び透明な一相に戻る場合もある。熱力学的に見れば、曇点より低温では、高濃度タンパク質溶液は均一な一相として存在するよりも、濃厚相と希薄相に分かれた方が自由エネルギー的に有利になったことを意味する。
実験例として、87 g/L のリゾチーム溶液について、添加する塩の種類と濃度によって曇点がどのように変化するかを調べた研究がある。そこでは、横軸にイオン強度、縦軸に曇点をとって比較している。まず、低イオン強度では塩の違いによる差は小さいが、塩濃度が上がるにつれて曇点は全体として高くなる傾向を示す。しかし、0.3 M 以上になると塩ごとの差が顕著になる。すなわち、低塩条件ではイオンの主な役割は静電反発の遮蔽であるのに対し、高塩条件では、イオン固有の性質、すなわちホフマイスター系列で議論されるような水和やタンパク質表面との相互作用の違いが強く現れる。
イオンの種類による違いを見てみると、NaCl と KCl はよく似た挙動を示し、イオン強度の増加とともに曇点は上昇し続ける。これは、塩を加えるほど相分離が起こりやすくなり、より高温でも二相分離が生じることを意味する。一方、MgCl2 と CaCl2 では、曇点は単調には増加せず、イオン強度 0.7 M 付近でいったん極大を示したのちに低下する。この極大は、高濃度側では二価カチオンがタンパク質表面に結合し、水和層を強めることで、分子同士が近づくのを妨げる効果が大きくなるためと解釈される。すなわち、二価カチオンは低濃度側では相分離を促進しうる一方、高濃度側では逆に相分離を抑える側面ももつ。
また、硫酸イオンを含む系では挙動がやや異なる。低濃度域では曇点の上昇は比較的緩やかであるが、1 M を超える高濃度では曇点が急激に上昇する。これは、硫酸イオンが強く水和したコスモトロープイオンであり、高濃度ではタンパク質表面からの選択的排除や水和水をめぐる競合が強くなるため、結果として相分離が起こりやすくなるためと考えられる。
このように曇点は、タンパク質溶液が一相の均一状態を保てるか、それとも濃厚相と希薄相に分かれるかをみるための実用的な指標である。ただし、曇点で見えている白濁が、可逆的な液-液相分離なのか、不可逆な凝集なのかは、曇点測定だけでは必ずしも区別できない。そのため、粒径測定、顕微鏡観察、活性測定などを併用しながら解釈することが重要である。
◆タンパク質の相図
タンパク質の相図とは、ある溶液条件において、タンパク質がどのような状態をとるかを視覚的に示したグラフである。タンパク質が均一に分散して溶けているのか、あるいは結晶化、沈殿、凝集、液-液相分離などを起こしているのかを、濃度、温度、pH、塩濃度、添加剤濃度などの条件と対応させて表す。
典型的な相図では、縦軸にタンパク質濃度、横軸に塩やPEGなどの沈殿剤濃度をとる。ほかにも、温度、pH、添加剤濃度、緩衝剤の種類、あるいは別のタンパク質の濃度などを軸にとることがある。相図は、タンパク質がどこまで溶けていられるかを示すだけでなく、結晶化、液滴形成、凝集がどの条件で分岐するかを考えるための地図でもある。
◆タンパク質濃度–沈殿剤濃度の相図
まず、タンパク質濃度と沈殿剤濃度で作成した相図を見てみたい(1)。縦軸はタンパク質濃度、横軸は沈殿剤濃度を取り、その中にタンパク質の状態を重ね合わせる(図)。沈殿剤濃度が低く、タンパク質濃度も低い領域では、タンパク質は未飽和の状態にあり、均一に分散して溶けている。ここでは結晶を加えても、結晶は成長せず、むしろ溶解する。
タンパク質濃度または沈殿剤濃度が高くなると、タンパク質溶液は飽和に達する。この境界を表す線が、溶解度曲線(solubility curve)である。溶解度曲線より下側は未飽和領域であり、タンパク質は溶液中に溶けていられる。一方、溶解度曲線より上側、すなわちタンパク質濃度が溶解度を超えた領域は、過飽和領域(supersaturated region)である。過飽和領域では、結晶化や沈殿が起こりうるが、その挙動は過飽和度の大きさによって異なる。
溶解度曲線のすぐ上は、準安定領域(metastable zone)である。この領域では、すでに結晶が存在すれば結晶は成長できるが、新しい結晶核は生じにくい。結晶化条件を最適化するうえでは、この領域が重要である。核形成が過剰に起こらないため、少数の結晶をゆっくり成長させやすいからである。
さらにタンパク質濃度または沈殿剤濃度を上げると、不安定領域(labile zone)に入る。この領域では過飽和度が十分に高く、自発的な核形成が起こりやすい。そのため、結晶を新たに発生させるには有利な領域である。ただし、核形成が多すぎると、多数の小さな結晶が生じ、良質な単結晶を得にくくなる場合もある。
過飽和度がさらに高くなると、タンパク質分子が結晶として規則正しく並ぶ前に、無秩序に会合しやすくなる。その結果、沈殿や非晶質凝集体が形成される。この領域が沈殿領域(precipitation zone)である。沈殿領域では、結晶よりも凝集体の形成が速く進むため、一般には結晶化には不利である。
このように、タンパク質濃度–沈殿剤濃度の相図は、未飽和、準安定、不安定、沈殿という領域を区別するための図である。タンパク質結晶化では、単に過飽和にすればよいのではなく、過飽和度をどの範囲に置くかが重要になる。過飽和度が低すぎれば何も起こらず、高すぎれば凝集や沈殿が先に起こる。相図は、この微妙な条件設定を考えるための基本図として広く使われる。
◆温度–タンパク質濃度の相図
タンパク質溶液の相図は、横軸にタンパク質濃度、縦軸に温度をとって表すこともできる(1)。この形式の相図は、液-液相分離を説明するのに適している(図)。図中の曲線はバイノーダル線(binodal line)と呼ばれる。この線の外側では、タンパク質は均一な溶液として存在する。一方、この曲線の内側に入ると、溶液はタンパク質濃度の低い相と高い相に分かれる。
実験では、透明なタンパク質溶液を冷却すると微小な液滴が生じる。これらの液滴は光を散乱するため、溶液は白濁して見える。この白濁は、結晶や沈殿が生じたためではなく、タンパク質濃度の高い液滴と、タンパク質濃度の低い溶液相に分かれたために起こる。これが液-液相分離である。相図上では、高温の条件から下方向に移動することに相当し、バイノーダル線を越えたところで液滴が生じることになる。
この相図で重要なのが、曲線の頂点に位置する臨界点(critical point)である。臨界点では、タンパク質濃度の低い相と高い相の違いが消え、二つの液相を区別できなくなる。臨界点より高温側では、どのタンパク質濃度でも液-液相分離は起こらない。逆に、臨界点より低温側では、ある濃度範囲で液-液相分離が生じる。
臨界点より低い温度でタンパク質濃度を変化させると、低濃度側では均一な希薄溶液として存在する。濃度を上げてバイノーダル線の内側に入ると、希薄相と濃厚相に分かれる。さらに高濃度側に進むと、再び均一な濃厚溶液として存在する。つまり液-液相分離は、低濃度でも高濃度でもなく、その中間の濃度範囲で現れる現象である。
◆pH–塩濃度の相図
タンパク質の相図では、タンパク質濃度のほかに、温度やpH、イオン強度、緩衝液、添加剤など多様な変数があるが、ここでは横軸に塩濃度、縦軸にpHをとって表す相図を見てみたい(2)。この形式の相図では、タンパク質濃度と温度を一定にして、pHと塩濃度を変えたときに、タンパク質が均一に溶けているのか、結晶化するのか、あるいは沈殿や凝集を起こすのかを示す目的がある。卵白リゾチームを例に、横軸を塩濃度、縦軸を温度として図示すると、おおまかに3つの領域にわかれる。
・青い領域は、塩濃度が低い側で、リゾチームが比較的よく溶ける条件を表す。塩が少ないと、タンパク質表面の電荷反発が残りやすく、分子どうしが過度に集まりにくいため、結晶化や沈殿は起こりにくい。
・緑の領域は、結晶化しやすい条件を表す領域である。塩濃度が高くなると、タンパク質どうしの静電反発が遮蔽され、さらに塩析効果によって溶解度が下がる。その結果、タンパク質溶液は過飽和になり、リゾチーム結晶が生じやすくなる。
・赤い領域は、塩濃度が高すぎる、または塩基性になり等電点に近くなるため、結晶化よりも沈殿や非晶質凝集が起こりやすい。つまり、タンパク質分子が規則正しく結晶になる前に、無秩序な会合が進む条件になる。
リゾチームのような塩基性タンパク質では、酸性側(図の下側)では分子全体が強く正に帯電し、分子間に静電反発が働きやすい。このため、結晶化や凝集を起こすには、ある程度の塩濃度が必要になる。一方、塩基性側(図の上側)では正味電荷が小さくなり、静電反発が弱くなるため、より低い塩濃度でも分子間引力が相対的に現れやすくなる。
参考文献
1. Asherie, N. Protein Crystallization and Phase Diagrams. Methods 2004, 34, 266–272.
2. Cacioppo, E.; Pusey, M. L. The Solubility of the Tetragonal Form of Hen Egg White Lysozyme from pH 4.0 to 5.4. J. Cryst. Growth 1991, 114, 286–292.
◆添加剤による相図の変化
リゾチームの液-液相分離は、アミノ酸添加によって変化する(1)。PBSに0.5 M NaClの入った溶液でのリゾチームの曇点を調べ、横軸にリゾチーム濃度、縦軸に曇点を図示した曇点曲線を描くと、リゾチーム濃度が増加するほど曇点が高くなることがわかる。つまり、高濃度のリゾチームでは高温まで濁っており、LLPSが解消されにくいことを意味する。ここに、250 mM プロリンを添加すると、曇点曲線が低温側へ移動し、臨界温度は 22.9 °C から 17.1 °C に低下した。これは、プロリンがリゾチーム分子間の引力的な相互作用を弱め、同じタンパク質濃度でも液滴を形成しにくくしたことを示す。プロリンだけでなく、ロイシン、イソロイシン、スレオニン、バリン、アラニン、グリシンなどでも同様に曇点温度が低下したので、アミノ酸添加により、リゾチームのLLPSは抑制される方向に相図が動くことを意味する。
リゾチームの結晶の溶解度曲線が、添加剤によって移動する例を見てみたい(2)。
pH 3 では、グリセロールやグリシン、PEG1000を添加しても溶解度曲線は大きく変化せず、添加剤の効果は主に構造安定性や非ネイティブ凝集の抑制に現れる。一方、pH 5 では、添加剤によって溶解度曲線が大きく変化する。グリセロールとPEG1000はリゾチーム溶解度を上げ、結晶化しにくい方向へ相図を移動させる。グリシンは低塩濃度では溶解度を上げるが、高塩濃度では溶解度を下げるため、濃度に依存して結晶化の抑制と抑制が逆の効果として現れる。
pH 5でグリセロールとグリシンの効果が逆になったのは次のようなメカニズムだと考えられる。グリセロールは中性ポリオールであり、一般にタンパク質表面から選択的に排除されやすく、水和を保つ働きがある。その結果、リゾチーム分子どうしが近づいて結晶格子を作ることがやや不利になるので、溶解度が上がる。一方、グリシンは双性イオン性の低分子で、分子内に正負の電荷がある。そのため、単なる水和剤ではなく、リゾチーム表面の荷電部位や添加されているイオンと競合しながら働く。そのため、低塩濃度では反発を増やす方向に働きやすいが、高塩濃度ではすでに静電遮蔽されているので、グリシンの表面への相互作用によって分子間の結晶化を助ける方向に出た可能性がある。
pH 3と5で挙動が異なるのは次のように説明できる。pH 5では、リゾチームの構造が安定なpHなので、添加剤はリゾチームの立体構造にはあまり影響せず、リゾチーム同士の相互作用を変える。そのため、溶解度曲線が変化するほか、結晶サイズや結晶形態も変わる。一方、pH 3ではリゾチームの立体構造が不安定な条件なので、添加剤の効果は主にネイティブ構造の安定化や不安定化の影響を受ける。そのため、溶解度曲線は大きく動かなかったのだと考えられる。なお、pH 3では非ネイティブ凝集が生じる条件なので、熱力学的に平衡条件で実測された溶解度曲線とは少し違いがある可能性がある。
◆相図に描く曲線の意味
あらためて用語を整理したい。溶解度曲線(solubility curve)とは、結晶や固体沈殿などの固体相と、タンパク質が溶けた溶液相が平衡にある条件を示す曲線である。曲線より未飽和側では結晶は溶け、過飽和側では結晶が成長しうる。一方、バイノーダル曲線(binodal curve)とは、液-液相分離において、均一な一相溶液と、タンパク質希薄相・濃厚相の二つの液相が共存する領域との境界を示す曲線である。熱力学的なLLPSの境界を示すもので、液-液共存曲線ともいう。これらに対し、曇点曲線(cloud-point curve)とは実験的な曲線であり、温度や濃度を変えたときに、溶液が白濁し始める点を結んだものである。白濁の原因が液-液相分離であれば、バイノーダル曲線の近似として扱えるが、不可逆な凝集や沈殿の場合は時間的に変わることもある。
◆時間依存的に変化するタンパク質相図の例
相図はしばしば平衡状態を表す図として描かれるが、タンパク質溶液では、相分離後の液滴や凝集体が時間とともに構造転移することも多い。アルブミンとリゾチームの混合系を用いて相図の時間変化を計測した例を見てみたい(3)。両者の濃度を軸にした相図を作成し、混合後1時間、3–4時間、overnightという時間ごとに観察している。相図上では、リゾチームが多い領域で液滴が形成され、別の濃度領域では不規則な凝集体が形成される。相図上の液滴と凝集体の境界付近では、時間経過とともに不規則な形状の凝集体がより円形の液滴のような構造に変化した。
この相図の時間変化がガラス表面の性質にも依存することがわかった。未処理ガラスのほか、シリコンコートや、PLL、APS、MAS、MAS-GPなど、広く用いられるガラス表面の化学修飾をほどこし、液滴領域と凝集体領域の境界付近を観察した。その結果、MASやMAS-GPなどのアミノ基をもつ表面では、液滴を含む領域が広がる傾向が見られた。一方で、相図の中心的な液滴領域や凝集体領域は大きく変化せず、表面効果は主に相境界付近で顕著に現れた。これは、タンパク質相図がバルク濃度だけでなく、接触する表面の化学性によっても変化することを示している。もともと不安定な相境界の付近では、時間や表面の影響を受けることがわかる。
参考文献
1. Mao, T.; et al. Stabilizing Effect of Amino Acids on Protein and Colloidal Dispersions. Nature 2025, 641, 454–461.
2. Cacioppo, E.; Pusey, M. L. The Solubility of the Tetragonal Form of Hen Egg White Lysozyme from pH 4.0 to 5.4. J. Cryst. Growth 1991, 114, 286–292.
3. Nobeyama, T.; Yoshida, T.; Shiraki, K. Interfacial and Intrinsic Molecular Effects on the Phase Separation/Transition of Heteroprotein Condensates. Int. J. Biol. Macromol. 2024, 254, 128095.