蛋白質溶液学(粘度)
抗体溶液とアルブミン溶液の粘度の違いを説明できれば上級者
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タンパク質溶液の粘度
高濃度のタンパク質溶液では、分子同士の相互作用が増大するために粘度が著しく上昇することが知られている。タンパク質は球状でも非球状でも、表面に疎水性残基や電荷を有しており、これらが水和構造や分子間の静電的・疎水的相互作用を介して網目状の一時的ネットワークを形成する。その結果、拡散運動が妨げられて流動性が低下し、粘度が大きくなる。特にモノクローナル抗体などのバイオ医薬品では、皮下投与などに必要な高濃度(100 mg/mLを超えることも多い)製剤においてこの粘度上昇が顕著であり、製造工程でのポンプ移送や充填、注射時のシリンジ押し出し力の増大など実務上の問題を引き起こす。また、過剰な分子間相互作用は凝集や安定性低下にもつながるため、製剤設計では粘度低減のための添加剤やpH・塩濃度の最適化が重要な課題となっている。
◆粘度とは
粘度(viscosity)は、流体の内部摩擦の大きさ、すなわち流れにくさを定量化する物理量である。具体的には、流体の異なる層が相対的に滑る際に生じるせん断応力(shear stress)と、その層のせん断速度(shear rate)の比として定義される。ニュートン流体の場合、この比は一定であり、粘度 ηはせん断応力τと剪断速度γを用いて、η=τ/γ の関係がある。
粘度の単位はSI単位のPa·s(パスカル秒)であり、タンパク質溶液の粘度はcgs単位で用いられるpoise(P)の小さい単位としてcentipoise(cP)が用いられることが多い。水の室温での粘度は約1 cPであり、醤油で約5 cP、オリーブ油で約100 cP、ハチミツで2000 cPである。タンパク質溶液として皮下投与などに用いられる粘度の閾値として50 cPが用いられる。
生物学的な溶液、特にタンパク質溶液では、濃度上昇や分子間相互作用により粘度が大きく変化する。高濃度のタンパク質溶液では、分子間の摩擦や一時的な会合体の形成により粘度が上昇し、注射や流体移送が困難になることもある。このため、タンパク質製剤の開発や流体操作において、粘度の理解と制御は極めて重要な要素となる。ここでは、タンパク質溶液の粘度と低分子による制御法について紹介する(1)。
◆タンパク質濃度と粘度の関係
タンパク質溶液は、濃度が高くなるにつれて顕著に粘度が上昇する性質をもつ。この現象は、単なる分子数の増加に伴う体積占有効果による流動抵抗の上昇だけでなく、分子の大きさや形状、相互作用、水和構造など、複数の物理化学的要因が複雑に関与している。経験的に粘度ηは、式1によく一致することが知られている(2)。
η0はタンパク質を含まない溶液の粘度、Cはタンパク質の濃度、kは係数である。この関係は、球状粒子の高濃度懸濁系や高分子溶液で観測される「指数粘度則(exponential viscosity law)」の一形態である。
きわめて複雑な物理化学的要因が関連するタンパク質溶液の粘度がこのようなシンプルな式で表現できる理由として、以下のように説明できる。タンパク質濃度が高まるにつれて、分子間距離は減少し、流動時の粒子間相互作用が急激に増大する。濃度が上がると、単位濃度あたりの粘度増加量も加速的に大きくなるため、粘度上昇は線形ではなく指数的挙動を示す。このような指数関数的増加は、例えばモノクローナル抗体の高濃度製剤(>100 mg/mL)や、球状タンパク質モデル系(リゾチーム、γ-グロブリン)でも観察されている。これらの系では、係数kの値は分子サイズ、形状異方性、水和状態、電荷状態(pHや塩濃度)に依存して変動する。
タンパク質濃度を変化させたときの具体的なイメージは次のようになる。
10 mg/mL以下の希薄溶液では、分子同士の距離が十分に離れており、互いの運動にほとんど干渉しない。このため粘度は水とほぼ同程度であり、タンパク質は水中で自由に回転・拡散できる。
50 mg/mL程度に濃度が高くなると、分子が占める体積分率が増加し、自由体積が減少する。これにより分子同士がすれ違う際の摩擦抵抗が増し、流動性が低下する。この「クラウディング効果」による粘度上昇は、比較的低濃度の範囲でも観測され、懸濁液の粘度上昇モデルのEinstein式(式2)で説明できる段階である。この式で、φは溶質の体積分率である。
100 mg/mL程度の高濃度域に入ると、クラウディング効果に加えて、さらにタンパク質分子間の物理化学的相互作用が顕著になる。表面電荷による静電的引力や反発、疎水性面の相互作用、水素結合、π-π相互作用などが働き、一時的な会合体やオリゴマーが形成される。これらの大きな集合体は単一分子より回転・並進運動が遅く、見かけの粘度をさらに高める。この段階では、pHや塩濃度、添加剤の種類によって粘度変化が大きく左右されることが多い。この濃度域でのタンパク質溶液の粘度の制御は、タンパク質製剤にとって重要な課題のひとつである。
200 mg/mL程度になると、クラウディング効果やタンパク質分子間の相互作用に加えて水和水の影響が現れる。タンパク質表面には数層の水分子が強固に結合しており、これらが分子周囲に“殻”を形成する。高濃度のタンパク質溶液になると水和層同士が重なり合うようになり、水分子の再配向や移動が制限されるため、溶媒そのものの流動性が大きく低下する。結果として、見かけの粘度は急激に上昇する。この領域になると、溶液としての扱いが困難となり、応用的にはちょうどポケットのようになっている。
300 mg/mL以上の極めて高濃度になると、タンパク質分子は弱い相互作用で三次元的に連結し、ネットワーク構造を形成する。こうした構造は連結閾値(percolation threshold)を超えると系全体に広がることで粘度が急速に増加し、もはや通常の溶液ではなく、ソフトゲルに近い粘弾性を示す。この段階では、せん断速度によって構造が壊れるか保持されるかが変わり、非ニュートン的な流動特性が現れることが多い。
◆アンドレード式
タンパク質溶液の粘度を低下させる最も簡単な方法の一つは、温度を上げることである。アンドレード式は、液体の粘度が絶対温度の逆数に対して指数関数的に変化することを示す経験式であり、粘度 η は絶対温度 T に対して式3のように表される。
ここで、AとBは物質固有の定数であり、B は分子の流動に必要な活性化エネルギーに相当すると解釈されることが多い。タンパク質溶液においても、アンドレード式は温度上昇に伴う粘度の指数関数的低下を説明するモデルとして用いられる。アンドレート式を変形し、横軸にTの逆数を取り、縦軸に粘度の対数を取ると直線になるため、図示するために使われることがある。
温度が上がると分子の熱運動が活発になり、分子間の摩擦や一時的な会合体形成が減少するため、粘度が下がるのである。例えば、約150 mg/mLのヒト免疫グロブリンG溶液では、20°C付近での粘度が約20 cPであるのに対し、温度を37°Cまで上げると粘度はおよそ10 cP程度まで低下する。
◆分子間相互作用と粘度制御
高濃度製剤に用いられる 50から200 mg/mL 程度のタンパク質溶液における粘度は、タンパク質分子間の相互作用を調節することで低減できる。分子間に働く相互作用は、引力であっても反発力であっても、分子の自由拡散を阻害し、結果として粘度を増加させうる。すなわち、強い引力は分子の凝集や一時的な会合体形成を促進し、反発力は分子間距離を保つためのエネルギー障壁を生じさせ、どちらも流動性を低下させる。
タンパク質分子間の引力要因には、ファンデルワールス相互作用や、π-π相互作用、カチオン-π相互作用、水素結合、疎水性相互作用、静電的引力が含まれる。一方、反発力としては、同種電荷間の静電反発が代表的である。これらの理解に基づき、添加剤や溶媒条件を適切に選択することで、粘度を効果的に低下させることが可能となる。
静電反発が粘度増加の主要因となっているタンパク質の例として、血清アルブミンがある。血清アルブミンは酸性アミノ酸残基を多く含む親水性タンパク質であり、等電点であるpH 4.7から大きく離れたpH条件では分子表面に多くの負電荷を帯びるため、静電反発が強まり粘度が上昇する。逆に、pHを等電点付近に調整すると表面電荷が減少し、静電反発が弱まり粘度が低下する。この性質を利用し、pH依存的な粘度変化を測定することで、粘度増加が静電反発に起因しているかどうかを推定できる。
このように静電反発が主要因である場合、溶液のイオン強度を増加させる(つまり、塩を添加する)ことで粘度低減が可能である。これは、溶液中のイオンがタンパク質表面電荷を遮蔽し(静電遮蔽効果)、分子間反発を弱めるためである。50 mM程度のイオン強度でも静電遮蔽効果は十分に得られるため、静電反発による粘度増加は基本的には制御しやすい。
モノクローナル抗体は一般に分子表面に疎水性領域を多く有しており、これらの疎水性領域同士が会合することで疎水性相互作用が生じ、高濃度条件下では粘度上昇の主要因となり得る。モノクローナル抗体の多くは等電点(pI)が中性付近にあり、pH依存性の粘度測定を行うと、等電点付近で粘度が最も高くなる傾向が観察される。これは、pI付近では分子表面の全体的な電荷が中和されるため、静電反発が弱まり、疎水性相互作用やファンデルワールス相互作用、水素結合といった引力性相互作用が支配的になり、分子間会合が促進されるためである。pHがpIから離れると表面電荷が増し、静電反発が増加して会合が抑制され、粘度は低下する。
このような引力性相互作用が粘度上昇の主要因となる場合には、ファンデルワールス相互作用、水素結合、疎水性相互作用を適切に阻害することで粘度低減が可能となる。ただし、これらすべての相互作用を同時に効果的に阻害することは難しい。
高濃度抗体製剤の粘度を下げるために、アルギニンが使用されることが多い。アルギニンは分子中のグアニジニウム基によりカチオン-π相互作用やπ–π相互作用を弱め、疎水性領域同士の会合を抑制する。0.2 M程度のアルギニンの添加でも効果が見られ、タンパク質の高次構造への影響が比較的少なく、医薬品製剤に応用しやすい利点がある。同時に中性ではイオン強度も高くなり、静電相互作用を抑制する働きも併せ持つ。
疎水性相互作用を弱める物質としては、尿素などのカオトロープ剤が古くから知られている。尿素は水素結合ネットワークを乱し、疎水性相互作用を弱めることで粘度を下げられるが、効果を得るには原理的には高濃度(数Mレベル)が必要である。しかし、添加剤をこれだけ高濃度加えると、それ自身の粘度増加の方が問題となる。すなわち、尿素自体による溶液粘度の増加や、タンパク質の立体構造の変性といった重大な副作用が生じる可能性が高く、医薬品用途ではほとんど用いられることがない。
水素結合を特異的に阻害するためには、多価アルコールや有機溶媒の少量添加も効果があるが、タンパク質の構造安定性にも影響を与えるため、粘度低減効果のための添加剤としては使いにくい。
参考文献
1. Hong, T., Iwashita, K., & Shiraki, K. (2018). Viscosity Control of Protein Solution by Small Solutes: A Review. Current protein & peptide science, 19(8), 746–758.
2. Connolly, B. D., Petry, C., Yadav, S., Demeule, B., Ciaccio, N., Moore, J. M., Shire, S. J., & Gokarn, Y. R. (2012). Weak interactions govern the viscosity of concentrated antibody solutions: high-throughput analysis using the diffusion interaction parameter. Biophysical journal, 103(1), 69–78.
事例:アルギニンを用いた粘度低下の方法
ガンマグロブリン(γ-グロブリン)は、血清中に存在する免疫グロブリンに相当するタンパク質群を指し、ポリクローナル抗体に分類される。γ-グロブリンや、抗体の免疫グロブリンG(IgG)、血清アルブミン、酵素のアミラーゼやキモトリプシンを対象に、これらのタンパク質溶液にアルギニンなどを添加したときの粘度が比較されている(1,2)。
ウシγ-グロブリン溶液の濃度を段階的に増加させたところ、約150 mg/mLまでは粘度の顕著な上昇は観察されなかったが、約250 mg/mLでは約60 cPまで上昇した(pH 7.4、25 °C)。この高濃度溶液に対し、pHを変化させない条件で最終濃度が1 MとなるようにL-アルギニンを添加したところ、粘度は約40 cPまで低下した。一方、アルギニンを等モルのL-リシンに置き換えて添加した場合、粘度は低下せず、むしろ約120 cPにまで上昇した。さらに、同条件でグリシンや塩化ナトリウムを添加しても粘度は約110 cP前後となった。
これらの結果は、アルギニンがγ-グロブリン分子間の特定の引力性の相互作用を弱めることで、分子会合を抑制している可能性を示す。アルギニンによるγ-グロブリン溶液の粘度低下は、比較として添加したNaCl(単純なイオン強度増加)やグリシン(分子サイズの小さいアミノ酸)では得られなかったことから、アルギニン特有のグアニジニウム基による相互作用の遮断効果が鍵であると考えられる。
アルギニンは、そのタンパク質凝集抑制作用や芳香族化合物の溶解度向上に関する研究から明らかになっているように、芳香族アミノ酸残基と比較的強いカチオン–π相互作用を形成する能力を持つ。これは、アルギニン側鎖のグアニジニウム基が平面性を有し、広く分布した正電荷によって芳香環の電子雲と相互作用しやすいためである。この相互作用により、タンパク質表面の芳香族残基を介した分子間疎水性相互作用やπ–πスタッキングが阻害され、結果としてγ-グロブリン分子間の凝集傾向が低下し、溶液の粘度が低下したと考えられる。一方、リシンも塩基性アミノ酸であるが、その側鎖は柔軟な一次アミノ基を末端に持ち、平面性がないためカチオン–π相互作用を形成する能力は低い。そのため、芳香族残基由来の会合を効果的に阻害できず、むしろ静電的な反発や架橋的な相互作用の増加によって粘度を上昇させたと推察される。
タンパク質種ごとにアルギニン添加の粘度変化を比較すると、3つの典型的なパターンが観察された。
1)IgGではγ-グロブリンと同様の挙動を示し、200 mM以上のアルギニン添加で粘度が低下、特に500 mM付近で最も顕著な低下が見られた。IgG溶液にリシンやNaClを200 mM添加した場合にもわずかな粘度低下が認められたが、これはIgG分子表面の帯電に由来する静電反発が粘度増加に寄与しており、その反発が添加剤の静電遮蔽効果によって軽減された結果と考えられる。しかし、500 mM以上のリシンやNaCl添加では、過剰なイオン存在によるイオン架橋や排除体積効果が優勢となり、粘度が再び増加した。
2)ウシ血清アルブミン(BSA)では、アルギニン、リシン、NaClのいずれの添加剤でも200 mM〜1 Mの範囲で粘度が一貫して低下した。高濃度BSA溶液では、分子間の強い静電反発が粘度増加の主要因であり、添加剤の静電遮蔽効果が優勢に働いたためである。
3)アミラーゼやキモトリプシンでは、200 mM〜1 Mの範囲でアルギニン、リシン、NaClのいずれの添加も粘度を増加させた。これらの酵素はもともと高い溶解性を持ち、分子間相互作用が弱いため、添加剤による凝集阻害効果はほとんど発現しない。その代わり、添加剤の高濃度化による排除体積効果(excluded volume effect)や溶媒粘度の増大が支配的となり、結果的に見かけの粘度が上昇したと考えられる。
これらの結果は、タンパク質溶液の粘度への添加剤の影響は一律ではなく、粘度を増加させる原因を添加剤を用いることで突き止められることを意味する。主原因は疎水性相互作用による引力もしくは静電相互作用による反発力によるため、アルギニンが理想的な添加剤であることがわかる。すなわち、アルギニンは、静電遮蔽のほか、カチオン–π相互作用や疎水性相互作用の抑制といった複合的な分子間相互作用の干渉が可能であり、しかも安全で安定であるためである。
参考文献
1. Inoue, N., Takai, E., Arakawa, T., & Shiraki, K. (2014). Specific decrease in solution viscosity of antibodies by arginine for therapeutic formulations. Molecular pharmaceutics, 11(6), 1889–1896.
2. Inoue, N., Takai, E., Arakawa, T., & Shiraki, K. (2014). Arginine and lysine reduce the high viscosity of serum albumin solutions for pharmaceutical injection. Journal of bioscience and bioengineering, 117(5), 539–543.