蛋白質溶液学(沈殿)
可逆性の高い凝集としてLLPSが流行ってますが、こっちも面白い
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タンパク質の沈殿
タンパク質の「凝集」は溶液中で分子同士が会合して集合体をつくる広い概念である。一方、「沈殿」はその集合体が溶けきれず固体として析出し、濁りや沈降物として観測される状態である。沈殿は可逆性で大別でき、等電点沈殿・塩析・ポリマー沈殿は主に静電相互作用や水和などの変化により構造が保たれやすく再溶解可能なことが多い一方、有機溶媒沈殿や熱凝集は脱水・熱変性で疎水性コアが崩れ不可逆になりやすい。したがって、回収だけが必要か、または活性保持が必要かで技術選択が重要となる。近年注目を集めている液-液相分離(LLPS)は、固体が析出する凝集や沈殿とは異なり液体状の高濃度相が液滴として分離する現象をいう。条件によってLLPSから時間経過で不可逆沈殿へ移行するなど両者は連続的な関係にある(1)。
ここでは、タンパク質溶液に添加することで沈殿を引き起こす3つのタイプの沈殿剤について整理したい(2)。沈殿剤は古くからタンパク質の精製や性質の解析に用いられてきただけでなく、タンパク質の溶解性や安定性を理解する上でも重要な手がかりを与えてきた。ここでは、無機塩、アルコール、高分子を取り上げる
1.Iwashita, K., Mimura, M., & Shiraki, K. (2018). Control of aggregation, coaggregation, and liquid droplet of proteins using small additives. Current Pharmaceutical Biotechnology, 19(12), 946-955.
2. 吉澤俊祐、白木賢太郎 (2015)。タンパク質の凝集剤としての塩・有機溶媒・高分子。生物工学 vol93, 260-263
◆無機塩
塩析(salting-out)と塩溶(salting-in)は、タンパク質溶解性に対する塩の代表的な影響である。例えば、タンパク質の溶液に低濃度の塩化ナトリウムを添加すると、一般にタンパク質表面の電荷が遮蔽されて静電的反発が緩和され、むしろ溶解性が増す「塩溶」が起こる。塩化ナトリウムの濃度をさらに高めると、溶液中の水分子が塩イオンの水和に優先的に利用され、タンパク質表面の水和水が奪われる。その結果、疎水性相互作用が強まり、タンパク質が凝集・析出する「塩析」が生じる(1)。
塩析の典型的な例が硫酸アンモニウムによる沈殿であり、硫安沈殿という呼び方でよく知られている。硫安沈殿は古典的なタンパク質精製手法として広く利用されてきた(2)。塩イオンとタンパク質の相互作用性の違いを整理する枠組みとして、ホフマイスター系列が用いられる。ホフマイスター系列は、さまざまなカチオン・アニオンがタンパク質の溶解性や安定性に及ぼす効果を序列化したものであり、イオンの種類によって塩析を促進する度合いや、逆に塩溶を引き起こす度合いが異なる。
ホフマイスター系列の語源は、19世紀末にフリードリヒ・ホフマイスター(Friedrich Hofmeister)が行った古典的研究にある。ホフマイスターらは1888年から1890年にかけて、さまざまな塩の種類が卵白やゼラチンなどのタンパク質の沈殿に及ぼす影響を系統的に観察した。その結果、塩を順番に並べると、タンパク質の沈殿を促進する度合いが規則的に変化することを発見したのである。この観察から、塩の種類によってタンパク質の安定性や溶解性が異なることを示す「ホフマイスター系列」という概念が生まれた。ホフマイスターの研究は、現代における塩析・塩溶の理解の基礎を築いた画期的な成果であり、今日でもタンパク質化学の基本的な知見として引用されている。
なお、当時の論文は現代では英訳され広く読まれてきた(3)。考察のパートには、タンパク質の沈殿作用が利尿作用と関連するといった現在の視点から見れば突飛な記述もある。しかし、19世紀末はまだタンパク質がアミノ酸のポリマーであることすら知られていなかった時代であり、このような考察になるのも無理からぬことである。
ホフマイスター系列におけるイオンの性質を表す用語として、コスモトロープ(kosmotrope)とカオトロープ(chaotrope)がある(4)。コスモトロープは、それ自身が水に馴染みやすい性質を持ち、タンパク質の水和層を保持する働きの強いイオンを指す。一方、カオトロープは、タンパク質と相互作用しやすいためにタンパク質表面の水和構造を乱しやすいイオンを指す。これらの名称は、イオンが水分子やタンパク質分子の構造に与える秩序・無秩序の影響を直感的に示すものであり、ホフマイスター系列の性質を理解する上で重要な概念である。しかし現在の科学では、バルク水へのイオンの影響は限定的であるとされており、タンパク質表面への影響が大部分を占めるとされる。
タンパク質分子の表面には極性残基や荷電残基、さらには疎水性領域が分布しており、それぞれが周囲の水分子と異なる性質を持った相互作用を形成する。親水性や荷電部位では、水分子が水素結合や静電相互作用によって比較的強固な水和殻を作り、タンパク質を溶液中に安定に保持する。一方、疎水性領域の周囲では水分子が秩序だったクラスレート様構造をとる(5)。クラスレート様構造とは、水分子が疎水性表面を取り囲むように水素結合ネットワークを組み、かご状(包接状)の配列をとる状態である。このような構造は水分子間の配向自由度が制限されるためエネルギー的には不利であり、疎水性表面が露出しすぎると全体の自由エネルギーが高くなる。そのため、タンパク質同士が会合して疎水面を減らすことでエネルギーが下がりやすく、疎水性相互作用が凝集の駆動力となる。
表面張力は、イオンの溶けた水溶液の性質を理解するうえで重要な指標となる(6)。コスモトロープは気液界面よりもバルク相を好むため、表面張力を増加させ、水分子間の水素結合ネットワークを強化する。この結果、タンパク質分子間の疎水性相互作用が強まり、沈殿しやすくなる。一方、カオトロープは界面を好む性質をもち、タンパク質表面への結合性が高いため、タンパク質が可溶化されやすい。溶液の性質としては、カオトロープは表面張力を低下させる。
◆イオン濃度と沈殿作用
塩をタンパク質溶液に添加するとイオンに分かれる。このとき、イオンの種類と濃度によって、タンパク質の溶解度を上げることもあり、下げることもある。凝集剤としての塩の振る舞いは一見すると複雑だが、基本的にはDLVO理論による電気二重層の静電遮蔽と分散力のつり合いと、ホフマイスター系列に代表される特異的イオン効果(塩溶・塩析)を組み合わせることで理解できる(7)。
まず、水とタンパク質だけが溶けた水溶液を考えてみたい。イオンが極めて少ない溶液中では、タンパク質はそれ自身の表面電荷による静電的反発と十分な水和により、水によく溶けることが多い。
ここに塩を添加することを考えよう。塩は溶液中でイオンに分かれ、タンパク質表面の電荷に引き寄せられて配置することで、その電場を打ち消す方向に働く。結果として、タンパク質間に本来存在していた長距離の静電反発は急速に弱まり、相互作用の有効範囲が縮まる。これを静電遮蔽効果という。
ここに10 mM程度の塩を加えた低濃度イオン溶液中では、イオンがタンパク質表面の電荷を部分的に遮蔽し、静電反発が緩和されることで分子間距離が近づきやすくなる。その結果、疎水性相互作用などが働きやすくなり、溶解度が低下する。
100 mM程度の塩を加えたときには、デバイ長はおよそ1 nm程度にまで短縮され、タンパク質間の静電反発はほぼ完全に遮蔽される。したがって、もはや電荷による分散効果は期待できず、疎水性相互作用やファンデルワールス力が支配的となり、タンパク質は凝集や沈殿を起こしやすい状態となる。
0.5 Mから1 M程度の塩になると、イオンの作用は二つの典型的な傾向に分かれる。コスモトロープイオンは水との親和性が高く、水分子を強く水和して秩序だった水構造を作るため、タンパク質表面の水和水を奪いやすい。その結果、疎水性相互作用が促進され、タンパク質は塩析して沈殿しやすくなる。一方、カオトロープイオンは水との結合が弱く、代わりにタンパク質表面の疎水性領域や荷電部位に結合しやすい。そのため、タンパク質分子間の凝集を抑制し、溶解度を維持または増加させる傾向がある。
◆タンパク質の等電点に近い溶液中でのイオンの効果
タンパク質溶液のpHがそのタンパク質の等電点に近い場合、タンパク質分子は全体としてほとんど正味の電荷を持たない。そのため、分子間に働く静電的反発は弱くなり、互いに接近しやすい状態にある。このとき、疎水性相互作用やファンデルワールス力などの非特異的な引力が優位となりやすく、タンパク質は凝集して沈殿しやすくなる。言い換えると、等電点付近ではタンパク質の溶解度はそれほど高くない。
ここに塩を添加することを考えよう。塩は溶液中でイオンに分かれ、タンパク質表面に局所的に吸着したり、その周囲の水和構造を変化させたりする。場合によっては、イオンが表面に結合することで局所的に正または負の電荷を付与し、分子間にわずかな静電反発を生じさせることがある。これによってタンパク質同士の距離が保たれやすくなり、凝集が抑制される。このように、等電点付近では少量の塩添加によってかえって溶解度が増加することがあり、これを塩溶(salting-in)という。
通常、10 mM程度のMES緩衝液やTris緩衝液などを用いることが多いが、これらも同様にイオンによる静電遮蔽効果を示すことに注意が必要である。すなわち、中性付近のpIを持つタンパク質を、10 mM程度の緩衝液に溶かして中性にした場合、イオンの効果によってよく散が改善され、凝集が抑えられている。
100 mM程度の塩濃度になると、静電的な効果はほとんど遮蔽されてしまい、むしろ水分子とイオンとの競合が生じる。すなわち、タンパク質の水和水が奪われやすくなり、疎水性相互作用が強調される。その結果、分子間凝集が進みやすい環境になる。
さらに0.5 Mから1 M程度の高塩濃度では、タンパク質の等電点と溶液のpHの関係よりもむしろ、イオンに固有の効果が強く現れる。すなわち、コスモトロープイオンであれば水和構造を強化し、水分子をタンパク質から奪うことで塩析を引き起こす。一方、カオトロープイオンであればタンパク質表面に直接作用し、水和を保持させるため、溶解度は低下しにくく、場合によっては増加させることもある。
参考文献
1. Arakawa, T., & Timasheff, S. N. (1982). Preferential interactions of proteins with salts in concentrated solutions. Biochemistry, 21(25), 6545-6552.
2. Green, A. A. (1932). Studies in the physical chemistry of the proteins: X. The solubility of hemoglobin in solutions of chlorides and sulfates of varying concentration. Journal of Biological Chemistry, 95(1), 47-66.
3. Kunz, W., Nostro, P. L., & Ninham, B. W. (2004). The present state of affairs with Hofmeister effects. Current opinion in colloid & interface science, 9(1-2), 1-18.
4. Collins, K. D., & Washabaugh, M. W. (1985). The Hofmeister effect and the behaviour of water at interfaces. Quarterly reviews of biophysics, 18(4), 323-422.
5. Khurana, M., Yin, Z., & Linga, P. (2017). A review of clathrate hydrate nucleation. ACS Sustainable Chemistry & Engineering, 5(12), 11176-11203.
6. Pegram, L. M., & Record, M. T. (2007). Hofmeister salt effects on surface tension arise from partitioning of anions and cations between bulk water and the air− water interface. The journal of physical chemistry B, 111(19), 5411-5417.
7. Lo Nostro, P., & Ninham, B. W. (2012). Hofmeister phenomena: an update on ion specificity in biology. Chemical reviews, 112(4), 2286–2322.
◆アルコール沈殿
タンパク質やDNAは、エタノールやイソプロパノールなどのアルコールを溶液に添加することで効率的に沈殿させることができる。例えば、血清中のアルブミンは70%エタノール添加によって沈殿し、精製や濃縮に利用される。また、核酸では、抽出液に対して2倍体積のイソプロパノールを加えることでDNAやRNAを回収することができる。
タンパク質のアルコール沈殿の基本的な仕組みは、水和シェルの破壊と溶媒の誘電率低下にある。水中では、タンパク質の疎水性領域は水分子によって包まれ、水和シェルが形成される。このためタンパク質は水に可溶である。しかしアルコールを添加すると、溶液の誘電率が低下して水和シェルが不安定化し、疎水性相互作用が促進される。その結果、タンパク質分子同士が集合して可溶性を失い、沈殿する。
アルコールは水に比べて疎水性の高い溶媒である。そのため、一見すると、タンパク質の立体構造が壊れて疎水性領域が露出すると、アルコールに溶けやすくなるように思える。しかし実際には逆の現象が観察される(1)。ウシ血清アルブミンのジスルフィド結合を還元して立体構造を破壊した還元変性アルブミンを用い、エタノール濃度を変えてその溶解度を測定したところ、水中で最も高く、エタノール濃度が増すほど溶解度は低下した。これは、アルコールがタンパク質の疎水性領域との相互作用は比較的好ましいものの、極性領域や荷電領域との相互作用は不利に働くためであり、とくに荷電領域の影響が顕著に現れる。その結果、高濃度アルコール中では変性タンパク質の溶解度が低下する。
◆アルコール変性
タンパク質の水溶液にアルコールを添加すると、タンパク質の立体構造が変化する現象が観察される。これを「アルコール変性」と呼ぶことがある。具体的には、中性の溶液中でタンパク質に約30%のアルコールを添加すると、立体構造が壊れやすくなる(2)。
興味深いことに、アルコール変性したタンパク質を遠紫外の円偏光二色性スペクトルで解析すると、α-ヘリックス構造のシグナルが増加しているように見える。この理由は、アルコール存在下では極性相互作用が相対的に強まるためであり、とくに水素結合が安定化することが影響している。アルコールによりタンパク質全体の立体構造は崩れるが、主鎖間の近接水素結合は保持されやすく、その結果、α-ヘリックスに富んだ局所的な二次構造が形成されるのである。この現象は、アルコールがタンパク質表面の極性領域や荷電領域に影響を与えることで、水和や電荷間の相互作用が変化し、疎水性領域の露出と水素結合ネットワークの再編をもたらすことによって説明される。
このように、タンパク質の立体構造を保持したまま沈殿させたい場合にはアルコール沈殿を用いるのは必ずしも適切ではない。アルコールは変性剤として作用するため、30%前後の濃度でタンパク質の三次構造や四次構造を不安定化させ、場合によっては構造全体を崩壊させてしまうからである。これに対し、硫酸アンモニウムによる塩析や、ポリエチレングリコール(PEG)を用いた高分子沈殿などの手法は、タンパク質表面の水和環境を穏やかに変化させることで沈殿を誘導する。そのため、アルコール沈殿に比べてタンパク質のnative構造が保持されやすい。したがって、目的が「変性タンパク質を沈殿させること」であればアルコール沈殿は有効であるが、構造を壊さずに回収・濃縮したい場合には塩析や高分子沈殿を選択する方が適切である。また、添加剤を使わず、タンパク質の等電点に溶液のpHを近づけることでもタンパク質を沈殿させることができるが、沈殿作用はそれほど強くないため、ペプチドタグを併用する方法などが工夫されている(3)。
参考文献
1. Yoshikawa, H., Hirano, A., Arakawa, T., & Shiraki, K. (2012). Mechanistic insights into protein precipitation by alcohol. International journal of biological macromolecules, 50(3), 865-871.
2. Shiraki, K., Nishikawa, K., & Goto, Y. (1995). Trifluoroethanol-induced stabilization of the α-helical structure of β-lactoglobulin: implication for non-hierarchical protein folding. Journal of molecular biology, 245(2), 180-194.
3. Nonaka, T., Tsurui, N., Mannen, T., Kikuchi, Y., & Shiraki, K. (2018). A new pH-responsive peptide tag for protein purification. Protein Expression and Purification, 146, 91-96.
◆高分子
タンパク質の沈殿を誘導する方法の一つに、高分子化合物を添加する手法がある。代表的な例としてポリエチレングリコール(PEG)やFicollがあり、これらは沈殿剤としてタンパク質結晶化の試薬に広く利用されている。また、免疫グロブリンや酵素の濃縮、ウイルスやリポタンパク質の回収など、結晶化以外の精製操作に応用される場合もある。
高分子添加による沈殿の原理は、基本的には排除体積効果(excluded volume effect)に基づく(1)。すなわち、水溶液中に高分子を加えると、それ自体が大きな分子体積を占有するため、タンパク質が存在できる「有効空間」が相対的に減少する。その結果、タンパク質分子が互いに近接する方がエントロピー的に有利となり、分子間相互作用が起こりやすくなるという原理である。このような原理によって、タンパク質は溶液に溶けにくくなって沈殿する。場合によっては秩序ある集合体として結晶化が促進される。
PEGはタンパク質分子と強く結合しないことが特徴である。PEGは非イオン性であり、タンパク質表面の荷電領域や疎水性領域と特異的な相互作用を持たないため、直接的に変性を引き起こすことは少ない。代わりに、PEGは分子量が大きくなるほど、溶液中で大きな分子体積を占有し、排除体積効果を生じさせる(2)。PEGは水に高い溶解性をもち、化学的にも安定であることから、長期的な保存や再現性のある実験条件の設定に適している。また、分子量の種類が豊富であり、数百から数万までの範囲で利用できるのも特徴である。
Ficollはスクロースを基盤にした高度に分枝した親水性高分子であり、PEGと同様に排除体積効果を介してタンパク質を濃縮する。ただし、Ficollは分子が球状に近い構造をとるため、PEGのような柔軟な鎖状高分子と比べて浸透圧への影響が小さく、より穏やかに沈殿作用を及ぼす傾向がある(3)。そのため、Ficollはタンパク質の沈殿や結晶化のみならず、細胞培養や密度勾配遠心法など、より広い分野でも利用されている。
実際のタンパク質結晶化実験において、PEGやFicollは単独で用いられることもあるが、多くの場合は塩や緩衝液と組み合わせて使用される。塩は電荷の中和を通じて分子間相互作用を緩和あるいは強調し、高分子は排除体積を通じて濃縮効果を与えることで、結晶核形成に適した緩やかな凝集状態を実現する。この組み合わせは、構造生物学におけるX線結晶解析やクライオ電子顕微鏡試料調製に欠かせない技術となっている。
排除体積効果は、高分子や粒子が溶液中に存在することで、他の分子が占められない空間が生じ、結果として可溶性分子が存在できる有効体積が減少する現象を指す。これにより、タンパク質の自己会合や凝集、あるいは結晶化などが促進されやすくなる。一方、類似した用語としてクラウディング効果(macromolecular crowding effect)がある(4)。クラウディング効果は、生体内や高分子を加えた溶液環境のように、多種類の高分子が高濃度に存在することで引き起こされる総合的な効果を指す。クラウディング効果が生じる原因は排除体積効果にあるが、生物学的な文脈においてクラウディング効果と呼ばれることがある。
参考文献
1. Atha, D. H., & Ingham, K. C. (1981). Mechanism of precipitation of proteins by polyethylene glycols. Analysis in terms of excluded volume. The Journal of biological chemistry, 256(23), 12108–12117.
2. Arakawa, T., & Timasheff, S. N. (1985). Mechanism of polyethylene glycol interaction with proteins. Biochemistry, 24(24), 6756-6762.
3. Ranganathan, V. T., Bazmi, S., Wallin, S., Liu, Y., & Yethiraj, A. (2022). Is Ficoll a colloid or polymer? A multitechnique study of a prototypical excluded-volume macromolecular crowder. Macromolecules, 55(20), 9103-9112.
4. Rivas, G., & Minton, A. P. (2016). Macromolecular Crowding In Vitro, In Vivo, and In Between. Trends in biochemical sciences, 41(11), 970–981.
◆等電点沈殿の設計:pH応答性CspBタグ
溶液の pH をタンパク質の等電点(pI)に近づけると、タンパク質は沈殿しやすくなる。pH が pI に近いほど正味電荷が小さくなり、分子同士の静電反発が弱まるためである。その結果、疎水性相互作用などの引力成分が相対的に効きやすくなり、会合が進む。ただし、pH を pI に近づけるだけでは沈殿が十分に起こらない場合も多い。
そこで、標的タンパク質を等電点沈殿させやすくするために、ペプチドタグを融合するという発想がある。一般に、同じ pI でもペプチド鎖が長いほど、電荷が打ち消された“溶けにくい”領域が広がる。すると分子が接触したときに、多点の相互作用(水素結合、疎水相互作用、π相互作用など)が生じやすくなり、沈殿に移行しやすくなる。さらに鎖が長いほど脱溶媒和のコストが相対的に不利になりにくい。これらの効果を組み合わせることで、pH調整による沈殿を設計できる可能性が生まれる。
CspB タグは、Corynebacterium glutamicum の cell surface protein B(CspB)由来配列を基にした、等電点沈殿用の pH 応答性タグである(1)。CspB は自己組織化しやすい性質をもち、また酸性側の pI を示すことから、酸性条件での可逆的沈殿を誘導できるタグとして見いだされた。プロインスリンに CspB の N 末端配列(6~250 残基)を融合して分泌発現させると、pH 7.5 付近では可溶である一方、酸性化により沈殿する。特に CspB50 を融合したプロインスリンでは、沈殿/再溶解の転移が約 0.5 pH ユニットという狭い範囲で起こる。等電点近傍で静電反発が減少して会合が進む点では等電点沈殿の枠組みに沿うが、中性に戻すと完全に解離することから、可逆的相分離(LLPS)に近い性格も示す(1)。
この pH 応答性は、プロインスリンに限らず、テリパラチドやビバレルジンでも報告されている。中性条件で培養上清中に分泌された CspB 融合タンパク質は、酸性化で沈殿させ、上清中の夾雑物を除去できるため、クロマトグラフィを用いない精製技術として応用できる(2)。例えば CspB50–TEV–テリパラチド融合体では、酸性化で沈殿→中性で再溶解→TEV 切断→再酸性化という操作により、CspB50 と残存 TEV を沈殿側へ移行させ、上清としてテリパラチドを高収率・高純度で回収できる(2)。このプロセスは、下流工程におけるカラム精製の負荷低減に有効である。なお、沈殿物に残る培地由来の不純物は、アルギニン溶液で洗浄することで低減できることも報告されている(3)。
さらに、CspB 融合タンパク質の沈殿をより実用的な pH 域に広げる溶液設計も検討されている(4)。等電点近傍での沈殿はコスモトロープ塩の併用で中性側へシフト可能であり、例えば CspB 融合テリパラチドは Tris 条件では pH 5.3 以下で沈殿するが、0.5 M NaCl で pH 5.8 へ、さらに 0.5 M Na₂SO₄ では pH 6.6 でも沈殿が観測された。加えて CspB タグによる沈殿は、単純な等電点沈殿だけでは説明しきれず、βシートに富む二次構造転移が沈殿効率に関与する可能性が示唆されている(5)。このような塩効果と構造転移の理解は、等電点沈殿を活用する際の溶媒設計指針として重要である。
参考文献
1. Nonaka, T., Tsurui, N., Mannen, T., Kikuchi, Y., & Shiraki, K. (2018). A new pH-responsive peptide tag for protein purification. Protein Expression and Purification, 146, 91-96.
2. Nonaka, T., Tsurui, N., Mannen, T., Kikuchi, Y., & Shiraki, K. (2019). Non-chromatographic purification of Teriparatide with a pH-responsive CspB tag. Protein Expression and Purification, 155, 66-71.
3. Oki, S., Nonaka, T., & Shiraki, K. (2018). Specific solubilization of impurities in culture media: Arg solution improves purification of pH-responsive tag CspB50 with Teriparatide. Protein Expression and Purification, 146, 85-90.
4. Nagano, H., Mannen, T., Kikuchi, Y., & Shiraki, K. (2023). The pH-responsive precipitation–redissolution of the CspB fusion protein, CspB50TEV-Teriparatide, triggered by changes in secondary structure. Biochemistry and Biophysics Reports, 33, 101435.
5. Nagano, H., Mannen, T., Kikuchi, Y., & Shiraki, K. (2022). Solution design to extend the pH range of the pH-responsive precipitation of a CspB fusion protein. Protein Expression and Purification, 195, 106091.