蛋白質溶液学(沈殿)
Greenによる1932年の実験は一見の価値がある
Greenによる1932年の実験は一見の価値がある
タンパク質の沈殿
タンパク質の「凝集」は、溶液中で分子同士が会合して集合体を形成する現象の総称です。一方で「沈殿」とは、形成された集合体が溶解状態を維持できず固体として析出し、濁りや沈降物として観測される状態を指します。沈殿の用語には可逆性があるという意味も含んでいることが多く、等電点沈殿、塩析、ポリマー沈殿では、立体構造が比較的保たれやすく再溶解可能な場合が多い。これに対し、有機溶媒や加熱では立体構造がこわされ、疎水性コアの崩壊を伴うことで不可逆になりやすい傾向があります。したがって、目的が「回収」でよいのか、それとも「活性保持」まで求めるのかに応じて、適切な手法を選択する必要があります。
近年注目される液-液相分離(LLPS)は、固体が析出する凝集や沈殿とは異なり、液体状の高濃度相が液滴として相分離する現象です。条件によっては、LLPSが時間経過とともに不可逆な沈殿へ移行することも報告されており、両者は連続的な関係にあると考えられます(1)。このページでは、無機塩、アルコール、高分子を中心に取り上げ(2)、最後に精製への応用例を紹介します。なお、塩によるタンパク質沈殿は19世紀には論文として残っている最古のタンパク質溶液のテーマですが、現代の量子化学計算でも理解が難しい部分があり、実際に使えるような体系化に向けてどう割り切るかが重要です。
1.Iwashita, K., Mimura, M., & Shiraki, K. (2018). Control of aggregation, coaggregation, and liquid droplet of proteins using small additives. Current Pharmaceutical Biotechnology, 19(12), 946-955.
2. 吉澤俊祐、白木賢太郎 (2015)。タンパク質の凝集剤としての塩・有機溶媒・高分子。生物工学 vol93, 260-263
◆無機塩による沈殿
塩析(salting-out)と塩溶(salting-in)は、タンパク質溶解性に対する塩の代表的な影響である。例えば、タンパク質の溶液に低濃度の塩化ナトリウムを添加すると、一般にタンパク質表面の電荷が遮蔽されて静電的反発が緩和され、むしろ溶解性が増す「塩溶」が起こる。塩化ナトリウムの濃度をさらに高めると、溶液中の水分子が塩イオンの水和に優先的に利用され、タンパク質表面の水和水が奪われる。その結果、疎水性相互作用が強まり、タンパク質が凝集・析出する「塩析」が生じる(1)。
塩析の典型的な例が硫酸アンモニウムによる沈殿であり、硫安沈殿という呼び方でよく知られている。硫安沈殿は古典的なタンパク質精製手法として広く利用されてきた(2)。塩イオンとタンパク質の相互作用性の違いを整理する枠組みとして、ホフマイスター系列が用いられる。ホフマイスター系列は、さまざまなカチオン・アニオンがタンパク質の溶解性や安定性に及ぼす効果を序列化したものであり、イオンの種類によって塩析を促進する度合いや、逆に塩溶を引き起こす度合いが異なる。
タンパク質分子の表面には極性残基や荷電残基、さらには疎水性領域が分布しており、それぞれが周囲の水分子と異なる性質を持った相互作用を形成する。親水性や荷電部位では、水分子が水素結合や静電相互作用によって比較的強固な水和殻を作り、タンパク質を溶液中に安定に保持する。一方、疎水性領域の周囲では水分子が秩序だったクラスレート様構造をとる(3)。クラスレート様構造とは、水分子が疎水性表面を取り囲むように水素結合ネットワークを組み、かご状(包接状)の配列をとる状態である。このような構造は水分子間の配向自由度が制限されるためエネルギー的には不利であり、疎水性表面が露出しすぎると全体の自由エネルギーが高くなる。そのため、タンパク質同士が会合して疎水面を減らすことでエネルギーが下がりやすく、疎水性相互作用が凝集の駆動力となる。
参考文献
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2. Green, A. A. (1932). Studies in the physical chemistry of the proteins: X. The solubility of hemoglobin in solutions of chlorides and sulfates of varying concentration.
3. Khurana, M., Yin, Z., & Linga, P. (2017). A review of clathrate hydrate nucleation. ACS Sustainable Chemistry & Engineering, 5(12), 11176-11203.
◆ホフマイスター系列
ホフマイスター系列(Hofmeister series)という名称は、生化学者 Franz Hofmeister(1850–1922)の名に由来する。1888年、彼と共同研究者らは血清や膠などのタンパク質溶液にさまざまな塩を添加し、そのときの沈殿や溶解の程度がイオン種によって系統的に異なることを一連の論文として報告した。この経験的な順序関係が、のちに「ホフマイスター系列」と呼ばれるようになった。ホフマイスターの研究は、現代における塩析・塩溶の理解の基礎を築いた画期的な成果であり、今日でもタンパク質化学の基本的な知見として広く引用されている。
なお、当時の論文は現代では英訳されている(1)。考察のパートには、タンパク質の沈殿作用が利尿作用と関連するといった現在の視点から見れば突飛な記述もある。しかし、19世紀末はまだタンパク質がアミノ酸のポリマーであることすら知られていなかった時代であり、このような考察になるのも無理からぬことである。
ホフマイスター系列は、イオンをコスモトロープ(構造形成的)からカオトロープ(構造破壊的)へと並べたものであり、タンパク質に対する塩析や塩溶の強さを示す経験則として用いられてきた。たとえば、硫酸イオンやフッ化物イオンは強いコスモトロープで、それ自身が水に馴染みやすい性質を持ち、タンパク質を沈殿させやすくする。一方、チオシアン酸イオンやヨウ化物イオンなどはタンパク質の可溶する傾向を示し、タンパク質と相互作用しやすいためにタンパク質表面の水和構造を乱しやすいイオンを指す。
近年の研究では、当初の「バルク水の構造を作る/壊す」という説明は不十分であることが明らかになっている。現在では、系列の起源は主として第一水和殻や界面における特異的なイオン相互作用、さらにはイオンの直接結合や極性表面への吸着などによって説明されている(2,3)。これらの要因が、タンパク質やポリマー、コロイドなどの分散や沈殿の現象や、表面張力などの物理的現象に特異イオン効果(specific ion effects)として現れる。
表面張力は、イオンの溶けた水溶液の性質を理解するうえで重要な指標となる(4)。コスモトロープは気液界面よりもバルク相を好むため、表面張力を増加させ、水分子間の水素結合ネットワークを強化する。この結果、タンパク質分子間の疎水性相互作用が強まり、沈殿しやすくなる。一方、カオトロープは界面を好む性質をもち、タンパク質表面への結合性が高いため、タンパク質が可溶化されやすい。溶液の性質としては、カオトロープは表面張力を低下させる。
参考文献
1. Kunz, W., Nostro, P. L., & Ninham, B. W. (2004). The present state of affairs with Hofmeister effects. Current opinion in colloid & interface science, 9(1-2), 1-18.
2. Collins, K. D. Charge density-dependent strength of hydration and biological structure. Biophys. J. 1997, 72, 65–76.
3. Zhang, Y.; Cremer, P. S. Interactions between macromolecules and ions: the Hofmeister series. Curr. Opin. Chem. Biol. 2006, 10, 658–663.
4. Pegram, L. M., & Record, M. T. (2007). Hofmeister salt effects on surface tension arise from partitioning of anions and cations between bulk water and the air− water interface. The journal of physical chemistry B, 111(19), 5411-5417.
◆コスモトロープ
コスモトロープ(kosmotrope)という語は、ギリシャ語の kosmos(秩序) と tropos(向き/変化) に由来し、秩序を作るものという意味を持つ。もともとこの語は、タンパク質やコロイドの溶液中でイオンがどのように水構造や分子相互作用を変化させるかを説明するために導入された。現代的な定義は、水和が強く、高電荷密度をもつイオン群を指すものであり、特に Collinsによって体系化された(1)。
コスモトロープと対をなす概念がカオトロープ(chaotrope)である。この対概念はもともとホフマイスター系列の文脈で生まれたが、Collins によりイオンの電荷密度という物理的尺度に基づいて整理され、以後の生体溶液科学で標準用語となった。具体的には、コスモトロープとは、小さく高い電子密度をもつイオンであり、水との結合が強く、水の秩序形成的な特徴があるものをいう。
従来は、コスモトロープがバルク水の構造を強化すると単純に説明されてきたが、現在ではそれは過度に一般化されたモデルとみなされている。近年の分光学的な計測やシミュレーションによる分析では、効果の本質はむしろ第一水和殻や界面における局所的で特異的な相互作用にあり、イオンが水構造全体を秩序づけるのではないことが示されている(2,3)。したがって、コスモトロープとは、原義どおりの水を秩序づける働きではなく、水との強い結合を通して溶質や界面から排除されるイオン群であると理解されている(選択的排除を参照)。
生体分子との関係では、コスモトロープは一般にタンパク質の塩析を促進し、疎水効果を強める方向に働く。これは、コスモトロープが水分子との強い相互作用を優先するため、結果としてタンパク質分子間の会合を促すためである。濃度やpHによっては、この効果が逆転しうることも知られているが、通常は熱安定性を高める方向に作用することが多い。
◆カオトロープ
カオトロープ(chaotrope)という語は、ギリシャ語の chaos(混沌) と tropos(向き/変化) に由来し、秩序を乱すものという意味をもつ。ホフマイスター系列の研究の中で、タンパク質やコロイド溶液の挙動がイオン種によって異なることが明らかになった際、水の秩序形成的なコスモトロープに対して、構造を乱す傾向のあるイオンを総称するためにこの語が導入された。1970年代以降、カオトロピック剤という用語は、核酸やタンパク質を変性させる試薬を指す実験用語としても広く定着した(4)。
カオトロープの現代的な定義は、サイズが大きく、電荷密度が低く、水和力の弱いイオンや溶質を指す。これらは水分子との結合が弱く、水の水素結合ネットワークを部分的に乱す傾向を示す。典型的な例として、陰イオンではヨウ化物イオンやチオシアン酸イオン、陽イオンではセシウムイオンなどが挙げられる。また、タンパク質の変性剤として知られる塩酸グアニジンや尿素も、カオトロープ的作用を示す代表的な分子である。カオトロープは、タンパク質の疎水面やペプチド主鎖に弱く吸着し、折りたたみ平衡を変性側へシフトさせる。
かつては、カオトロープが水の構造を壊す性質を持つと単純に理解されていた。しかし近年の分光学的およびシミュレーション研究によって、そのようなバルク水の大規模な構造破壊を主たる機構とする説明は十分ではないことが示されている(5,6)。現在では、カオトロープの本質はむしろ、溶質・分子界面(例えばタンパク質表面やナノ粒子界面)への特異的な吸着や近接、および第一水和殻やそのダイナミクスが変化することにあると考えられている。すなわち、カオトロープは界面近傍の水和構造を変化させることで、生体分子の構造安定性や会合状態を制御する。
参考文献
1. Collins, K. D. Charge density-dependent strength of hydration and biological structure. Biophys. J. 1997, 72, 65–76.
2. Zhang, Y.; Cremer, P. S. Interactions between macromolecules and ions: the Hofmeister series. Curr. Opin. Chem. Biol. 2006, 10, 658–663.
3. Gregory, K. P.; Elliott, G. R.; Robertson, H.; Kumar, A.; Wanless, E. J.; Webber, G. B.; Craig, V. S. J.; Andersson, G. G.; Page, A. J. Understanding specific ion effects and the Hofmeister series. Phys. Chem. Chem. Phys. 2022, 24, 12682–12718.
4. Baldwin, R. L. How Hofmeister ion interactions affect protein stability. Biophys. J. 1996, 71, 2056–2063.
5. Gregory, K. P.; Elliott, G. R.; Robertson, H.; Kumar, A.; Wanless, E. J.; Webber, G. B.; Craig, V. S. J.; Andersson, G. G.; Page, A. J. Understanding specific ion effects and the Hofmeister series. Phys. Chem. Chem. Phys. 2022, 24, 12682–12718.
6. Assaf, K. I.; Nau, W. M. The chaotropic effect as a driving force for supramolecular host–guest chemistry. Angew. Chem., Int. Ed. 2018, 57, 13968–13981.
◆ハイドロトロープ
ハイドロトロープ(hydrotrope)という語は、ギリシャ語の hydro(水) と tropos(向き/変化) に由来し、直訳すれば「水への親和的な変化をもたらすもの」という意味になる。この概念は、ドイツの生化学者 Carl Neuberg(1877-1956) が 1916 年に発表した論文において初めて導入された(1,2)。Neubergは、安息香酸塩などの芳香族有機酸が、界面活性剤を用いなくとも疎水性化合物の溶解度を著しく増大させる現象を報告し、この現象をハイドロトロピー(hydrotropy)と名付けた。
ハイドロトロープとは、臨界ミセル濃度を持たず、比較的高濃度で作用する小分子溶質である点で、界面活性剤とは区別される。典型的な化合物には、ナトリウム安息香酸塩や、トルエンスルホン酸塩、クレゾール酸塩 どがあり、これらは界面活性剤のような明確なミセル構造は形成せず、低極性化合物の水への溶解を促進する。
20世紀後半には、ハイドロトロープが産業的に応用され、医薬や洗浄剤、化粧品などの可溶化助剤として広く利用された。さらに21世紀に入り、生体分子の細胞内環境の研究において、ハイドロトロープ概念が再び注目を集める契機となったのが、Patel らによる報告である(3)。Patel らは、細胞質内に数mMも存在している ATP が、タンパク質の凝集を防ぎ、液-液相分離を抑制する作用を示すことを報告し、ATP を生体ハイドロトロープ(biological hydrotrope)と位置づけた。この報告は、ハイドロトロープ概念を単なる有機化学的現象から、細胞レベルでの分子集積制御の原理へと拡張するきっかけとなった。
現在では、ハイドロトロープの作用は単純な溶解促進ではなく、分子間の弱い非共有結合を調節する分子として理解されている。生体分子との関係では、ハイドロトロープはタンパク質や疎水性分子の凝集抑制・可溶化に寄与する。ATPの例に限らず、アミノ酸誘導体や塩基性アミンなども、同様の可溶化効果を示すことが報告されている(4)。特に、アルギニンはタンパク質構造を不安定にせず凝集を抑制する性質があるため(5)、カオトロープではなくハイドロトロープの性質を持つと考えてよい。アルギニンはそのグアニジニウム基が芳香族環や疎水性残基にπ–カチオン相互作用を形成することで、疎水面への吸着や凝集体形成を抑制する(6)。この作用により、アルギニンは多くのタンパク質において可溶化・変性防止・リフォールディング促進を示すことが知られている。
参考文献
1. Neuberg, C. Hydrotropic Appearances. Biochem. Z. 1916, 76, 107–176.
2. Mehringer, J.; Kunz, W. Carl Neuberg’s Hydrotropic Appearances (1916). Adv. Colloid Interface Sci. 2021, 294, 102476.
3. Patel, A.; Malinovska, L.; Saha, S.; Wang, J.; Alberti, S.; Krishnan, Y.; Hyman, A. A. ATP as a Biological Hydrotrope. Science 2017, 356, 753–756.
4. Shiraki, K.; Tomita, S.; Inoue, N. Small Amine Molecules: Solvent Design toward Facile Improvement of Protein Stability against Aggregation and Inactivation. Curr. Pharm. Biotechnol. 2016, 17, 116–125.
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6. Hirano, A.; Kameda, T.; Arakawa, T.; Shiraki, K. Arginine-Assisted Solubilization System for Drug Substances: Solubility Experiment and Simulation. J. Phys. Chem. B 2010, 114, 13455–13462.
◆二価カチオンとホフマイスター効果
塩がタンパク質の溶解度を高める現象は塩溶(salting-in)、逆に溶解度を下げる現象は塩析(salting-out)と呼ばれてきた。このような塩効果はホフマイスター系列として整理されてきたが、Collins らは、水界面におけるイオンの水和と相互作用という観点から、ホフマイスター効果を分子論的に理解する枠組みを提示した(1)。
塩の作用はしばしば選択的相互作用として理解される。塩がタンパク質表面に選択的に集まる場合には溶解度が上がり、逆に表面から排除される場合には溶解度が下がる。Arakawa と Timasheff は、タンパク質と塩の相互作用をこの観点から解析し、塩溶・塩析の理解に大きな基盤を与えた(2)。特に二価カチオン塩については、水和とタンパク質表面への結合のバランスによって、塩溶効果と塩析効果が決まると考えられてきた(3)。
◆二価カチオンの塩溶効果
このような二価カチオンのバルクでの熱力学的な分析に加えて、官能基レベルで塩溶効果を調べた報告がある(4)。対象としたのは Mg²⁺ と Ca²⁺ であり、これらがタンパク質表面のカルボキシル基、アミノ基、芳香族側鎖、ペプチド結合のどこに作用するのかを、タンパク質およびアミノ酸誘導体の溶解度測定から検討している。β-ラクトグロブリンでは、低 pH では塩添加により溶解度が下がるが、pH 5 付近では MgCl₂ や CaCl₂ によって溶解度が大きく上昇する。一方、リゾチームでは同じ条件でも塩溶効果は弱く、むしろ塩析的な挙動が目立つ。この違いは、タンパク質表面に露出した酸性残基の数と関係している。β-ラクトグロブリンは表面にカルボキシル基を多く持つため、pH が上がって負電荷が増えると、Mg²⁺ や Ca²⁺ との静電的引力により溶解度が上がりやすい。一方、リゾチームでは表面の酸性残基が少ないため、この効果が十分に現れにくい。カルボキシレート側鎖がカチオンのホフマイスター効果に強く関わることは、Cremer らの研究でも示されており(5)、Yoshida らの結果は、それがタンパク質溶解度の変化として実際に現れることを示したものといえる。
一方、アミノ基や芳香族側鎖は、二価カチオンによる塩溶効果の主役ではなかった。アミノ基を持つ誘導体では溶解度が低下し、正に帯電した部位と二価カチオンとの反発的な効果が示唆された。また、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファンの N-アセチルアミド誘導体でも、MgCl₂ や CaCl₂ により溶解度はむしろ低下した。したがって、この系では芳香族側鎖とのカチオン–π相互作用よりも、疎水性表面に対する塩析的効果の方が強いと考えられる。さらに、ペプチド結合も二価カチオンの塩溶効果に寄与することも、この論文では示している。
まとめると、二価カチオンの塩溶効果は、単に「MgCl₂ や CaCl₂ がタンパク質を溶かす」というホフマイスター効果の一般論では説明できないということが結論になる。実際には、pH によってカルボキシル基の解離状態が変わり、タンパク質表面の酸性残基、塩基性残基、疎水性残基、主鎖の露出状態によって、塩溶にも塩析にも働く。特に、脱プロトン化したカルボキシル基が多く露出しているタンパク質では、Mg²⁺ や Ca²⁺ による塩溶効果が現れやすい。一方、低 pH や疎水性表面の露出が大きい条件では、二価カチオンは溶解度を下げたり、凝集を促進したりする可能性がある。
参考文献
1. Collins, K. D.; Washabaugh, M. W. The Hofmeister Effect and the Behaviour of Water at Interfaces. Q. Rev. Biophys. 1985, 18, 323–422.
2. Arakawa, T.; Timasheff, S. N. Preferential Interactions of Proteins with Salts in Concentrated Solutions. Biochemistry 1982, 21, 6545–6552.
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◆イオン濃度と沈殿作用
塩をタンパク質溶液に添加すると、塩は水中でイオンに解離し、タンパク質の溶解性や分子間相互作用に影響を与える。イオンの効果は、低塩濃度では主として静電相互作用の遮蔽として現れ、高塩濃度ではイオン種に依存した特異的イオン効果として現れやすい。前者は電気二重層やデバイ遮蔽の考え方で概略を理解でき、後者はホフマイスター効果として整理されることが多い(7)。ただし、タンパク質系では水和力、疎水性相互作用、表面電荷の不均一性、特異的イオン結合なども重要であり、単純なDLVO理論だけでは十分に記述できない部分もある(8)。イオンが含まれた水溶液中でのタンパク質の振る舞いを整理してみたい。
◆タンパク質の等電点から離れたpH中でのイオンの効果
タンパク質のpHが等電点から離れると、タンパク質は正または負の正味電荷を帯び、分子間には静電的反発が生じる。このため、一般に等電点から離れた条件では溶解度が高くなりやすい。
このような溶液に少量の塩を加えると、溶液中のイオンがタンパク質表面電荷のまわりに分布し、電場を遮蔽する。これにより静電反発の到達距離は短くなり、タンパク質同士が近づきやすくなる。その結果、条件によっては疎水性相互作用や分散力などの引力が相対的に効きやすくなり、溶解度が低下したり、凝集しやすくなったりする。
たとえば1価電解質では、25°Cでのデバイ長は0.1 M付近で約1 nmまで短くなる。したがって、100 mM程度の塩濃度では、長距離の静電反発はかなり短距離化する。ただし、タンパク質表面の電荷分布は不均一であり、実際の相互作用は単純な一様帯電粒子より複雑であるため、「静電相互作用が完全に消える」とまでは言えない。
さらに0.5 Mなどの高塩濃度では、イオン種に依存した特異的効果が顕著になってくる。一般に、硫酸イオンのような塩析性の強いイオン(コスモトロープイオン)はタンパク質の溶解度を低下させやすく、チオシアン酸イオンのような塩溶性の強いイオン(カオトロープイオン)は溶解度低下を起こしにくい、あるいは場合によっては溶解度を増加させることがある。
◆タンパク質の等電点に近いpH中でのイオンの効果
タンパク質は、水溶液のpHが等電点に近い条件では正味電荷が小さくなり、分子間の静電反発は弱くなる。そのため、一般にタンパク質の溶解度は等電点付近で最小になりやすく、凝集や沈殿が起こりやすい。
この条件で10 mM程度の少量の塩を加えると、低イオン強度領域では、かえって溶解度が上がることがある。これは塩溶と呼ばれ、電気的相互作用の調整や分子間引力の弱化によって説明されることが多い。したがって、等電点付近では少量の塩添加が凝集を抑え、分散を改善する場合がある。
一方、塩濃度がさらに0.5 M程度にまで高くなると、低塩濃度で見られた塩溶効果は次第に失われ、コスモトロープの性質を持つイオンは塩析の効果が現れ、カオトロープの性質を持つイオンは塩溶の傾向が強く現れるようになる。0.5 M程度より濃い濃度になったときには、pHと等電点の関係だけでなく、このようなイオン種に固有の作用を考える必要がある。
なお、MESやTrisなどの緩衝液もイオン性成分を含むため、緩衝液濃度そのものがイオン強度に寄与する。したがって、例えばよく使われるような10 mM程度のMES緩衝液やTris緩衝液などは、それらも同様にイオンによる静電遮蔽効果を示すことに注意が必要である。すなわち、中性付近のpIを持つタンパク質を、10 mM程度の緩衝液に溶かして中性にした場合、一般にイオンの効果によって分散しやすくなる性質が現れる。
◆タンパク質の沈澱や凝集と溶液の関係
具体的なタンパク質の沈澱について、フローチャートを作成しながら原因を考えてみたい。沈澱を防ぐには、pH、塩濃度、イオン種、タンパク質濃度を整理して考えるとよい。基本的な原因として、等電点付近での静電反発の低下、塩添加による静電遮蔽、高塩濃度での塩析、部分変性に伴う不可逆凝集が想定できる。
・溶液のpH
水溶液のpHがタンパク質の等電点に近づくと、タンパク質の正味電荷は小さくなり、分子間の静電反発が弱まるために凝集や沈殿が起こりやすくなる。したがって、タンパク質の凝集が見られたときには、まずpHをpIから十分に離して再確認することが基本になる。pHが2程度離れていれば、実用的には十分に静電反発が生じると考えてよい。例えば、IgGの等電点がおよそpH 8としたとき、pH 6のヒスチジン緩衝液が使われることが多いのは、こういう理由による。
・イオン強度
10 mM程度の低塩濃度では静電反発が比較的保たれていても、100 mM程度の塩濃度になると静電反発が遮蔽され、タンパク質同士が近づきやすくなる。その結果、疎水性相互作用や分散力が相対的に効きやすくなり、会合や沈殿が進むことがある。さらに0.5 M程度より高塩濃度では、単なる静電遮蔽だけでなく、コスモトロープイオンによる塩析や、カオトロープイオンによる塩溶などのイオンに特異的な効果が現れやすい。
・塩の種類
たとえば、硫酸塩やリン酸塩のように塩析方向に働きやすいコスモトロープイオンでは、0.5 M程度より濃い濃度で沈殿が起こりやすい。一方、チオシアン酸イオンのような塩溶方向に働きやすいカオトロープイオンでは、同じ濃度でも沈殿を生じさせにくいいため、同じ塩の濃度を添加しても挙動が正反対になることがある。したがって、沈殿が生じたときには、濃度だけでなくイオン種も併せて確認する必要がある。
◆タンパク質の沈澱や凝集と濃度の関係
タンパク質の濃度は、沈澱や凝集と密接に関わる条件である。タンパク質の濃度が高いほど分子同士が接触する頻度は増え、可逆的自己会合、粘度上昇、凝集、沈殿が起こりやすくなる。低濃度では安定でも、高濃度では急に不安定化することは珍しくない。具体的に卵白を対象に調べた例を見てみたい(9)。
卵白タンパク質の濃度が1 mg/ml(およそ100倍希釈程度)だと、タンパク質はかなり分散しやすい条件である。この条件では、例えばチオシアン酸ナトリウムのようなカオトロープイオンを高濃度添加したとしても、カオトロープによるタンパク質構造のわずかな変性作用による不可逆な凝集は生じにくく、逆にカオトロープが含まれた水溶液中での分散させる力の方が現れやすい。そのため、0.5 Mのチオシアン酸ナトリウムが含まれた溶液条件では、卵白溶液を加熱することによる変性と、それに伴う不可逆凝集は90˚Cで30分程度ではほぼ完全に抑制できる。
一方、10 mg/ml以上の卵白濃度になると分子間の接触が増えるため、例えばカオトロープイオンを高濃度添加した場合には、カオトロープによる溶解度の向上の効果よりもむしろ、わずかな変性作用による不可逆な凝集が進みやすくなる。100 mg/ml以上の卵白濃度になれば、タンパク質分子間の接触頻度が優るため、0.5 Mのチオシアン酸ナトリウムを添加すると凝集する温度がかなり低下する。つまり、カオトロープによる溶解度の向上の効果よりも、高濃度のタンパク質濃度の条件での分子間衝突の方が優るために、凝集しやすくなるのである。
まとめると、タンパク質濃度が高いときには、カオトロープイオンが持つ凝集抑制効果は見られず、逆にタンパク質の凝集を促進してしまうことは注意が必要である。添加剤の凝集抑制剤は、あくまで1%タンパク質濃度程度までは理想的な性質を示すが、10%以上のタンパク質濃度になればアルギニンでも凝集を抑制しないこともある(10)。また、数%のタンパク質濃度になると、タンパク質が不可逆に凝集し、ゲルのような状態になることも多い。
参考文献
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7. Lo Nostro, P., & Ninham, B. W. (2012). Hofmeister phenomena: an update on ion specificity in biology. Chemical reviews, 112(4), 2286–2322.
8. Salis, A.; Ninham, B. W. Models and Mechanisms of Hofmeister Effects in Electrolyte Solutions, and Colloid and Protein Systems Revisited. Chem. Soc. Rev. 2014, 43, 7358–7377.
9. Iwashita, K.; Inoue, N.; Handa, A.; Shiraki, K. Thermal aggregation of hen egg white proteins in the presence of salts. Protein J. 2015, 34(3), 212–219.
10. Hong, T.; Iwashita, K.; Handa, A.; Shiraki, K. Arginine prevents thermal aggregation of hen egg white proteins. Food Res. Int. 2017, 97, 272–279.
◆アルコールによる沈殿
タンパク質やDNAは、エタノールやイソプロパノールなどのアルコールを溶液に添加することで効率的に沈殿させることができる。例えば、血清中のアルブミンは70%エタノール添加によって沈殿し、精製や濃縮に利用される。また、核酸では、抽出液に対して2倍体積のイソプロパノールを加えることでDNAやRNAを回収することができる。
タンパク質のアルコール沈殿の基本的な仕組みは、水和シェルの破壊と溶媒の誘電率低下にある。水中では、タンパク質の疎水性領域は水分子によって包まれ、水和シェルが形成される。このためタンパク質は水に可溶である。しかしアルコールを添加すると、溶液の誘電率が低下して水和シェルが不安定化し、疎水性相互作用が促進される。その結果、タンパク質分子同士が集合して可溶性を失い、沈殿する。
アルコールは水に比べて疎水性の高い溶媒である。そのため、一見すると、タンパク質の立体構造が壊れて疎水性領域が露出すると、アルコールに溶けやすくなるように思える。しかし実際には逆の現象が観察される(1)。ウシ血清アルブミンのジスルフィド結合を還元して立体構造を破壊した還元変性アルブミンを用い、エタノール濃度を変えてその溶解度を測定したところ、水中で最も高く、エタノール濃度が増すほど溶解度は低下した。これは、アルコールがタンパク質の疎水性領域との相互作用は比較的好ましいものの、極性領域や荷電領域との相互作用は不利に働くためであり、とくに荷電領域の影響が顕著に現れる。その結果、高濃度アルコール中では変性タンパク質の溶解度が低下する。
◆アルコール変性
タンパク質の水溶液にアルコールを添加すると、タンパク質の立体構造が変化する現象が観察される。これを「アルコール変性」と呼ぶことがある。具体的には、中性の溶液中でタンパク質に約30%のアルコールを添加すると、立体構造が壊れやすくなる(2)。
興味深いことに、アルコール変性したタンパク質を遠紫外の円偏光二色性スペクトルで解析すると、α-ヘリックス構造のシグナルが増加しているように見える。この理由は、アルコール存在下では極性相互作用が相対的に強まるためであり、とくに水素結合が安定化することが影響している。アルコールによりタンパク質全体の立体構造は崩れるが、主鎖間の近接水素結合は保持されやすく、その結果、α-ヘリックスに富んだ局所的な二次構造が形成されるのである。この現象は、アルコールがタンパク質表面の極性領域や荷電領域に影響を与えることで、水和や電荷間の相互作用が変化し、疎水性領域の露出と水素結合ネットワークの再編をもたらすことによって説明される。
このように、タンパク質の立体構造を保持したまま沈殿させたい場合にはアルコール沈殿を用いるのは必ずしも適切ではない。アルコールは変性剤として作用するため、30%前後の濃度でタンパク質の三次構造や四次構造を不安定化させ、場合によっては構造全体を崩壊させてしまうからである。これに対し、硫酸アンモニウムによる塩析や、ポリエチレングリコール(PEG)を用いた高分子沈殿などの手法は、タンパク質表面の水和環境を穏やかに変化させることで沈殿を誘導する。そのため、アルコール沈殿に比べてタンパク質のnative構造が保持されやすい。したがって、目的が「変性タンパク質を沈殿させること」であればアルコール沈殿は有効であるが、構造を壊さずに回収・濃縮したい場合には塩析や高分子沈殿を選択する方が適切である。また、添加剤を使わず、タンパク質の等電点に溶液のpHを近づけることでもタンパク質を沈殿させることができるが、沈殿作用はそれほど強くないため、ペプチドタグを併用する方法などが工夫されている(3)。
参考文献
1. Yoshikawa, H., Hirano, A., Arakawa, T., & Shiraki, K. (2012). Mechanistic insights into protein precipitation by alcohol. International journal of biological macromolecules, 50(3), 865-871.
2. Shiraki, K., Nishikawa, K., & Goto, Y. (1995). Trifluoroethanol-induced stabilization of the α-helical structure of β-lactoglobulin: implication for non-hierarchical protein folding. Journal of molecular biology, 245(2), 180-194.
3. Nonaka, T., Tsurui, N., Mannen, T., Kikuchi, Y., & Shiraki, K. (2018). A new pH-responsive peptide tag for protein purification. Protein Expression and Purification, 146, 91-96.
◆高分子による沈殿
タンパク質の沈殿を誘導する方法の一つに、高分子化合物を添加する手法がある。代表的な例としてポリエチレングリコール(PEG)やFicollがあり、これらは沈殿剤としてタンパク質結晶化の試薬に広く利用されている。また、免疫グロブリンや酵素の濃縮、ウイルスやリポタンパク質の回収など、結晶化以外の精製操作に応用される場合もある。
高分子添加による沈殿の原理は、基本的には排除体積効果(excluded volume effect)に基づく(1)。すなわち、水溶液中に高分子を加えると、それ自体が大きな分子体積を占有するため、タンパク質が存在できる「有効空間」が相対的に減少する。その結果、タンパク質分子が互いに近接する方がエントロピー的に有利となり、分子間相互作用が起こりやすくなるという原理である。このような原理によって、タンパク質は溶液に溶けにくくなって沈殿する。場合によっては秩序ある集合体として結晶化が促進される。
PEGはタンパク質分子と強く結合しないことが特徴である。PEGは非イオン性であり、タンパク質表面の荷電領域や疎水性領域と特異的な相互作用を持たないため、直接的に変性を引き起こすことは少ない。代わりに、PEGは分子量が大きくなるほど、溶液中で大きな分子体積を占有し、排除体積効果を生じさせる(2)。PEGは水に高い溶解性をもち、化学的にも安定であることから、長期的な保存や再現性のある実験条件の設定に適している。また、分子量の種類が豊富であり、数百から数万までの範囲で利用できるのも特徴である。
Ficollはスクロースを基盤にした高度に分枝した親水性高分子であり、PEGと同様に排除体積効果を介してタンパク質を濃縮する。ただし、Ficollは分子が球状に近い構造をとるため、PEGのような柔軟な鎖状高分子と比べて浸透圧への影響が小さく、より穏やかに沈殿作用を及ぼす傾向がある(3)。そのため、Ficollはタンパク質の沈殿や結晶化のみならず、細胞培養や密度勾配遠心法など、より広い分野でも利用されている。
実際のタンパク質結晶化実験において、PEGやFicollは単独で用いられることもあるが、多くの場合は塩や緩衝液と組み合わせて使用される。塩は電荷の中和を通じて分子間相互作用を緩和あるいは強調し、高分子は排除体積を通じて濃縮効果を与えることで、結晶核形成に適した緩やかな凝集状態を実現する。この組み合わせは、構造生物学におけるX線結晶解析やクライオ電子顕微鏡試料調製に欠かせない技術となっている。
排除体積効果は、高分子や粒子が溶液中に存在することで、他の分子が占められない空間が生じ、結果として可溶性分子が存在できる有効体積が減少する現象を指す。これにより、タンパク質の自己会合や凝集、あるいは結晶化などが促進されやすくなる。一方、類似した用語としてクラウディング効果(macromolecular crowding effect)がある(4)。クラウディング効果は、生体内や高分子を加えた溶液環境のように、多種類の高分子が高濃度に存在することで引き起こされる総合的な効果を指す。クラウディング効果が生じる原因は排除体積効果にあるが、生物学的な文脈においてクラウディング効果と呼ばれることがある。
参考文献
1. Atha, D. H., & Ingham, K. C. (1981). Mechanism of precipitation of proteins by polyethylene glycols. Analysis in terms of excluded volume. The Journal of biological chemistry, 256(23), 12108–12117.
2. Arakawa, T., & Timasheff, S. N. (1985). Mechanism of polyethylene glycol interaction with proteins. Biochemistry, 24(24), 6756-6762.
3. Ranganathan, V. T., Bazmi, S., Wallin, S., Liu, Y., & Yethiraj, A. (2022). Is Ficoll a colloid or polymer? A multitechnique study of a prototypical excluded-volume macromolecular crowder. Macromolecules, 55(20), 9103-9112.
4. Rivas, G., & Minton, A. P. (2016). Macromolecular Crowding In Vitro, In Vivo, and In Between. Trends in biochemical sciences, 41(11), 970–981.
◆等電点沈殿の設計:pH応答性CspBタグ
溶液の pH をタンパク質の等電点(pI)に近づけると、タンパク質は一般に沈殿しやすくなる。pH が pI に近いほど正味電荷が小さくなり、分子間の静電反発が弱まるためである。その結果、疎水性相互作用などの引力成分が相対的に効きやすくなり、分子会合が進行する。ただし、pH を pI に近づけるだけでは、沈殿が十分に起こらない場合も少なくない。
そこで、標的タンパク質を等電点沈殿させやすくする手段として、ペプチドタグを融合するという発想がある。一般に、同じ pI であってもペプチド鎖が長いほど、電荷が相殺された表面が増え、そのような時計にくい表面同士が接触したときに多点での相互作用(例えば、水素結合、疎水相互作用、カチオン-π相互作用など)が形成されやすくなる。その結果、会合が安定化し、沈殿相へ移行しやすくなる可能性が高まる。さらに鎖長の増加により、界面形成に伴う脱溶媒和の不利が相対的に緩和され、pH 調整による沈殿を設計可能な操作として扱える余地が広がる。
CspB タグは、Corynebacterium glutamicum の cell surface protein B(CspB)由来配列を基にした pH 応答性タグである(1)。CspB はもともと自己組織化しやすい性質をもち、また酸性側の pI を示すことから、酸性条件での可逆性の高い沈殿を誘導できるタグとしての開発が進められてきている。プロインスリンに CspB の N 末端配列(6~250 残基)を融合して分泌発現させると、pH 7.5 付近では可溶である一方、酸性化により沈殿することがわかった。特に CspB50 を融合したプロインスリンでは、沈殿/再溶解の転移が約 0.5 pH ユニットという狭い範囲で起こる。
等電点近傍で静電反発が減少して会合が進む点では等電点沈殿のメカニズムで説明できそうだが、酸性をさらに強めて等電点から離しても沈殿した状態は変わらない。また、中性に戻すと完全に解離することから、可逆的相分離(LLPS)に近い性格も示す。そのため、CspBタグ融合タンパク質の沈殿は、等電点付近のpHになることにより電荷の反発が抑制されると同時に、自己集合性が発揮されて沈殿されるのだと推測できる。この配列を通称名で酸沈タグと呼ぶ。
この酸沈タグをつけたタンパク質のpH 応答性は、プロインスリンに限らず、テリパラチドやビバレルジンでも報告されている(1)。中性条件で培養上清中に分泌された CspB 融合タンパク質は、クロマトグラフィを用いない精製技術として応用できる(2)。具体的には次の手順になる。CspBタグ融合タンパク質は、CspBタグと、標的タンパク質との間にTEVプロテアーゼ切断サイトを導入しておく。このCspBタグ融合タンパク質を組換え体として発現させ、培地に溶出させる。その後、CspBタグ融合タンパク質を酸性にすることで沈殿させ、上清を除去することで不純物を除去する。続いて沈殿物を中性緩衝液で再溶解させることで不純物の少ない可溶性のCspB融合タンパク質を得る。ここで、TEVプロテアーゼによる切断をしたのち、再び溶液を酸性にすることで、CspBタグおよび酸によって変性したTEVプロテアーゼが沈殿し、標的タンパク質は上清に残る。こうして、酸性・中性・酸性のpH変化だけによって、テリパラチドを精製収率96.5%、純度98.0%の純度で精製することができる(2)。このプロセスは、下流工程におけるカラム精製の負荷低減に有効である。なお、沈殿物に残る培地由来の不純物は、アルギニン溶液で洗浄することで低減できることも報告されている(3)。
さらに、CspB 融合タンパク質の沈殿をより実用的な pH 域に広げる溶液設計も検討されている(4)。等電点近傍での沈殿はコスモトロープ塩の併用で中性側へシフト可能であり、例えば CspB 融合テリパラチドは Tris 条件では pH 5.3 以下で沈殿するが、0.5 M NaCl で pH 5.8 へ、さらに 0.5 M Na₂SO₄ では pH 6.6 でも沈殿が観測された。加えて CspB タグによる沈殿は、単純な等電点沈殿だけでは説明しきれず、βシートに富んだ二次構造転移が沈殿効率に関与する可能性が示唆されている(5)。このような塩効果と構造転移の理解は、等電点沈殿を活用する際の溶媒設計指針として重要である。
参考文献
1. Nonaka, T., Tsurui, N., Mannen, T., Kikuchi, Y., & Shiraki, K. (2018). A new pH-responsive peptide tag for protein purification. Protein Expression and Purification, 146, 91-96.
2. Nonaka, T., Tsurui, N., Mannen, T., Kikuchi, Y., & Shiraki, K. (2019). Non-chromatographic purification of Teriparatide with a pH-responsive CspB tag. Protein Expression and Purification, 155, 66-71.
3. Oki, S., Nonaka, T., & Shiraki, K. (2018). Specific solubilization of impurities in culture media: Arg solution improves purification of pH-responsive tag CspB50 with Teriparatide. Protein Expression and Purification, 146, 85-90.
4. Nagano, H., Mannen, T., Kikuchi, Y., & Shiraki, K. (2023). The pH-responsive precipitation–redissolution of the CspB fusion protein, CspB50TEV-Teriparatide, triggered by changes in secondary structure. Biochemistry and Biophysics Reports, 33, 101435.
5. Nagano, H., Mannen, T., Kikuchi, Y., & Shiraki, K. (2022). Solution design to extend the pH range of the pH-responsive precipitation of a CspB fusion protein. Protein Expression and Purification, 195, 106091.