蛋白質溶液学(蛍光)
溶液状態の謎解きのための有効ツール
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蛍光スペクトル
蛍光スペクトルは、タンパク質の立体構造と溶液環境の変化を、微量かつ非破壊で追跡できる便利な分光法です。とくに内因性蛍光は、外部プローブを導入せずに、トリプトファン残基や補酵素が発する蛍光を直接観測できる点が大きな利点です。発光極大波長は残基周囲の極性に敏感で、フォールディングや変性、会合、リガンド結合に伴う微小な構造変化を検出できます。このページでは、内因性蛍光として芳香族アミノ酸の蛍光と、外因性蛍光プローブとして広く用いられるANSやThTの分析例を紹介します。
◆内因性蛍光測定
内因性蛍光(Intrinsic Fluorescence)測定とは、タンパク質自身が持つトリプトファン(Trp)やチロシン(Tyr)、フェニルアラニン(Phe)のような芳香族アミノ酸や、NADHやFADのようなタンパク質に結合している補酵素などの蛍光を利用してタンパク質の構造や溶液環境を計測する方法である。外部から蛍光色素やプローブを付加せずに測定できるのが最大の特徴である。
Trpはタンパク質を構成するアミノ酸の中で最も蛍光量子収率が高く、280 nm付近の励起光を吸収して 320〜350 nm 付近に蛍光を放出する。蛍光波長と強度はTrp周りの極性や疎水性、静電場に敏感に依存する。すなわち、Trpがタンパク質内部の疎水的環境に埋もれていると短波長側にブルーシフトし、露出すると長波長側にレッドシフトする。この特性を利用して、タンパク質のフォールディングや変性、会合、リガンド結合に伴う構造変化を検出できる。Trpの蛍光強度は周りの環境により、高くなったり低くなったりするため、蛍光強度の変化からもTrp周りの環境が変化したことを推測できる。
なお、Tyr(励起 275 nm, 発光 303 nm)やPhe(,励起 260 nm, 発光 280 nm)も蛍光性を持つが、量子収率が低く、周囲環境への感度もTrpほど高くない。蛍光強度の大きさは、主に吸吸光係数(ε)と蛍光量子収率(Φ)の積によって決まる。芳香族アミノ酸の光物理的特性は、トリプトファン(ε ≈ 5,500, Φ ≈ 0.14–0.20)が最も明るく、次いでチロシン(ε ≈ 1,400, Φ ≈ 0.14)、フェニルアラニン(ε ≈ 200, Φ ≈ 0.03)は非常に弱い。
試料濃度は 0.01〜0.1 mg/mL 程度の薄い濃度が適切である。蛍光強度は酸素や光照射で退色するため、低光量で短時間の測定が望ましい。内因性蛍光は温度にも高い感受性を示し、温度上昇により、トリプトファン残基周辺の構造揺らぎや溶媒アクセスが増大し、蛍光消光や発光極大のレッドシフトが観察される。
◆ANS蛍光
ANS(8-アニリノ-1-ナフタレンスルホン酸)は、水中では弱い蛍光しか示さないが、疎水性表面や部分的に露出した疎水ポケットに結合すると蛍光強度が著しく増大し、発光極大が短波長側へブルーシフトする。これは、励起状態の双極子が極性環境で緩和されやすいという特徴を用いたものである。ANS蛍光は、タンパク質の部分的変性状態(いわゆるモルテングロビュール状態)や疎水性領域の露出、微小な凝集体をモニタリングする指標として広く使われる。例えば、タンパク質を熱変性させたあと常温に戻すと、疎水コアが露出した構造がトラップされることがあり、ANSで検出ことができる。
測定法として、タンパク質に添加したANS(通常 10 µM)を励起光 350–390 nm で照射し、蛍光発光 480–490 nm を観測する。タンパク質濃度は 0.05–1 mg/mL 程度が適当で、ANSはタンパク質残基数に対して過剰量を用いる。ANSはリガンド結合部位や界面活性剤ミセルにも結合するため、非特異的結合を考慮する必要がある。また、高濃度では自己消光(self-quenching)が起こるため、濃度依存性を確認することが推奨される。
◆ThT蛍光
Thioflavin T(ThT)は、アミロイド線維などのβシートが規則的に配列した構造に特異的に結合し、蛍光が顕著に増大する色素である。溶液中の自由状態では内部回転により蛍光が消光されているが、アミロイド線維の溝に固定されることで回転が制限され、量子収率が上昇する。励起波長 440–450 nm、発光波長 480–490 nm 付近で観測される。
ThT蛍光法は、アミロイド線維形成のモニタリングに広く用いられる。時間経過に伴う蛍光強度の増加は、核形成–伸長モデルに基づくシグモイド型曲線を示す。反応速度やラグタイムを解析することで、凝集機構の比較や添加剤の影響を評価できる。また、蛍光顕微鏡観察やマイクロプレートリーダー解析にも適用できる。
ThT濃度は通常 5–20 µM、タンパク質濃度は 0.05–1 mg/mL 程度。ThTはアミロイド線維以外のβ構造や疎水表面にも弱く結合することがある。pHや溶媒条件(特にストック液由来のDMSOや塩濃度)が蛍光強度に影響するため、同一条件下で比較測定することが重要である。また、高濃度では自己消光や内的フィルター効果が起こるため、濃度を一定に保つことが望ましい。
◆例:タンパク質の持つTrp残基の蛍光
ウシ血清アルブミン(BSA)にエタノールを添加したときの溶液状態の変化を、分光学的に調べた論文を見ていきたい(1)。BSA溶液にエタノールを添加して1時間静置したのち遠心分離を行い、上清のタンパク質溶液について紫外吸収スペクトル、遠紫外CDスペクトル、内因性蛍光スペクトルを比較している。測定は上清を用いて行われている点が重要であり、沈殿として除かれる凝集体ではなく、上清に残存する成分の状態変化を反映する。
紫外吸収スペクトルは、エタノール40%以下ではほぼ一致しており、少なくとも上清中の主要成分の吸光特性に大きな変化がないことがわかる。一方、50%エタノール中では吸光度が全域で増大した。これは芳香族アミノ酸による真の吸収増加というより、スペクトル全体が持ち上がる挙動であり、論文では光散乱の寄与として解釈できる。遠心後の上清でこの散乱が観察されたことから、遠心で沈降しないサイズの可溶性オリゴマー(可溶性会合体)が形成された可能性が高い。
遠紫外CDスペクトルは、エタノール50%以下で大きな変化がみられなかった。したがって、この濃度域ではBSAの二次構造が保持されていると解釈できる。とくに50%で光散乱が増えているにもかかわらずCDスペクトルがほぼ不変である点は、50%で形成された可溶性オリゴマーが、少なくとも二次構造レベルでは大きく崩れていないことを示唆しており興味深い。 なお、60%以上では上清タンパク質量の低下によりCD測定が困難になった。
励起295 nmによる内因性蛍光スペクトルも調べられている。エタノール濃度の上昇に伴い発光極大が短波長側へシフトした。これは、溶媒極性の低下に伴うものだと考えてよい。一方、蛍光強度は中濃度域までは大きく変化しないが、50%で明確に低下した。これは、紫外吸収で示唆された光散乱(可溶性会合体の形成)と整合し、会合状態の変化やトリプトファンまわりの環境の変化が蛍光強度に影響した可能性が高い。さらに60%エタノール中では蛍光強度が大幅に低下した。これは、タンパク質の沈殿による量的減少と、構造変化の双方が寄与しうると考えられるが、このような凝集体の蛍光スペクトルは判断が難しく、他の測定法との組み合わせによる解釈が必要となる。
◆例:天然構造と加熱変性構造の比較
多くの測定法を組み合わせて、タンパク質の天然状態と加熱処理後(熱変性状態)の違いを比較した研究を見てみたい(2)。本論文では、卵白主要タンパク質であるオボアルブミン(OVA)と卵白リゾチーム(LYZ)を、1.5 mg/mL・pH 8で調製し、80 ℃で30分間加熱したのち、直ちに4 ℃へ冷却し室温で静置した試料を「加熱試料(hOVA, hLYZ)」として、非加熱の「天然試料(pOVA, pLYZ)」と比較している。
計測法は、遠紫外CD、非還元SDS-PAGE、サイズ排除クロマトグラフィ(SEC)、内因性蛍光、ANS蛍光、ゼータポテンシャル、濁度を用いており、二次構造・三次構造・分子間会合・表面性状・コロイド安定性を多面的に評価している。
・二次構造(遠紫外CD)
pOVAの遠紫外CDは、208 nmと222 nmに極小をもつαヘリックスに富む形状であり、天然状態のOVAに典型的なスペクトルを示した。一方、hOVAではCD強度が低下し、論文ではαヘリックス量が顕著に減少した。hLYZも同様にpLYZに比べてCD強度が低下した。さらに、近紫外CD(補助資料)でも加熱前後でスペクトル形状が異なり、これらの結果は、加熱処理によって二次構造および三次構造がこわされたことと整合する。
・多量体化(非還元SDS-PAGE)
非還元条件のSDS-PAGEでは、pOVAは主として単量体と少量の二量体が観察されたが、hOVAでは多量体成分が増加する。pLYZは単量体のみであるのに対し、hLYZでは多量体が観察された。共有結合性の架橋が起こったことを意味するが、pH 8の条件で加熱しているため、おそらく、ジスルフィド交換が起こっている可能性が高い。
・可溶状態の内訳(SEC)
可溶画分のSECでは、pOVA/hOVAともに単量体と多量体が観察され、特にhOVAではブロードなピーク(unfolded OVA)と10分付近の鋭いピーク(native OVA)が併存した。ピーク面積解析から、hOVA溶液はnative 10%、可溶unfolded 75%、aggregated 15%で構成されると整理されている。一方、hLYZでは、SEC上の単量体ピークがpLYZに比べて5%まで激減したが、SDS-PAGEでは単量体が確認された。この不一致について論文では、加熱で表面疎水性が増したLYZがSECカラム担体へ吸着して検出されにくくなるためと考察している。
・三次構造(内因性蛍光)
280 nm励起のトリプトファン蛍光では、加熱処理後のOVAとLYZはいずれも蛍光ピークが長波長側へレッドシフトした。これは、立体構造変化により芳香族残基周辺の環境がより水に曝される方向へ移ることと整合する。
・疎水領域の露出(ANS蛍光)
ANS(8-アニリノ-1-ナフタレンスルホン酸)を添加し、380 nm励起で外因性蛍光を測定すると、加熱処理後はOVA/LYZともにANS蛍光強度が大幅に増加し、ピーク波長が短波長側へシフトした。論文はこの変化から、加熱処理によってタンパク質表面に疎水性領域が露出したからだろう。
・表面電荷(ゼータポテンシャル)
ゼータポテンシャルのpH依存性では、等電点から離れるほどゼータの大きさが増加した。加熱処理によって等電点そのものは大きく変化しなかった。加熱後に観測されるゼータ電位の変化については、加熱と冷却に伴うミスフォールディングにより表面の荷電残基密度が増し、カウンターイオン分布が再編された可能性がある。
・凝集性(濁度)
濁度(600 nm透過)では、pOVAおよびpLYZはpH 3–12の広い範囲で透明であった。一方、hOVAおよびhLYZは中性付近では透明であるものの、それぞれの等電点付近で白濁した。論文は、加熱処理により表面疎水パッチが増えた結果、等電点近傍で静電反発が弱まる条件では凝集が進みやすいのだろう。
◆例:遊離Trpの蛍光スペクトル
アミノ酸としてのトリプトファン(Trp)も、水溶液中で蛍光を発する点では、タンパク質中のTrp残基と同じである。そこで、遊離Trpの蛍光スペクトルが、各種添加剤の存在下でどのように変化するかを詳細に調べた論文を見ていきたい(3)。
遊離Trpの蛍光スペクトルは、280 nmの励起により353 nm付近に最大発光をもつ形状を示す。また、測定範囲では蛍光強度はTrp濃度にほぼ線形に依存し、濃度が2倍であれば強度も概ね2倍となる。ここにアルギニン(Arg)を添加すると、Arg濃度の増加に伴ってTrp蛍光は低下する。一方で、最大発光波長はほぼ変化せず、強度のみが低下するのが特徴である。さらに、同程度のイオン強度を与えるNaClでは顕著な変化が見られないことから、この消光は単なるイオン強度効果では説明しにくい。著者らは、TrpとArgが弱い複合体(Trp–Arg)を形成し、その複合体が低蛍光状態であるという二分子平衡モデルにより、濃度依存性を説明している(解離定数はおよそ500 mM程度)。機構としては、Argが芳香環に直接相互作用し、π–cation相互作用やπ–π相互作用を介して消光を引き起こす、と整理するのが自然である。
Argの代わりにグリシン(Gly)を添加した場合も、程度は小さいものの、Gly濃度の増加に伴ってTrp蛍光は低下し、最大発光波長はほぼ不変である。Glyが芳香環に対して特異的な親和性をもつとは考えにくい一方、著者らは、アミノ酸がもつ比較的大きな双極子モーメントが励起状態のTrp(あるいはTyr)の双極子と相互作用し、結果として消光が生じる可能性を示唆している。すなわち、Glyでは基底状態への親和性ではなく、励起状態への相互作用が主として関与する、という位置づけになる。
一方、エチレングリコール(EG)やエタノールを添加すると、Trp蛍光は増強し、発光は短波長側へブルーシフトする。EGやエタノールでは溶媒の誘電率が低下するため、Trpがより非極性の環境へ置かれたことを反映していると解釈できる。尿素を添加した場合には、蛍光強度は増加するものの、発光波長はほとんど変化しない。著者らは、尿素とEG/エタノールでは増強の機構が同一ではない可能性を指摘しており、尿素の場合は「非極性環境への移行(誘電率低下)」というより、別様式の環境変化として捉えるのが妥当である。
二価カチオンである塩化マグネシウム(MgCl₂)や塩化カルシウム(CaCl₂)では、Trp蛍光はわずかに増強し、最大発光波長はわずかに長波長側へシフトする。これは、溶液中のイオン種増加によりTrp周辺が相対的に極性の高い環境へ寄ったことを反映している可能性がある。少なくとも、Argのような芳香環への直接相互作用に基づく強い消光とは挙動が異なる。
以上より、遊離Trpの蛍光スペクトルであっても、添加剤に応じて複数のタイプの変化が現れることがわかる。一般論として、Trp周辺環境が非極性化するとブルーシフトし、極性化するとレッドシフトする。一方、蛍光強度の増減は、(i)芳香環への直接相互作用による消光(Arg型)、(ii)励起状態の双極子相互作用などによる消光(Gly型)、(iii)溶媒極性変化に伴う増強(EG/エタノール型)、(iv)波長シフトを伴わない増強(尿素型)といった要因の組合せで決まるため、強度変化だけから一意に結論することはできない。
参考文献
1. Yoshizawa, S.; Arakawa, T.; Shiraki, K. Dependence of Ethanol Effects on Protein Charges. Int. J. Biol. Macromol. 2014, 68, 169–172.
2. Iwashita, K.; Handa, A.; Shiraki, K. Coacervates and Coaggregates: Liquid–Liquid and Liquid–Solid Phase Transitions by Native and Unfolded Protein Complexes. Int. J. Biol. Macromol. 2018, 120, 10–18.
3. Nishinami, S.; Arakawa, T.; Shiraki, K. Classification of Protein Solubilizing Solutes by Fluorescence Assay. Int. J. Biol. Macromol. 2022, 203, 695–702.