蛋白質溶液学(安定性)
熱力学の体系に持っていくこともできる
熱力学の体系に持っていくこともできる
タンパク質の安定性
タンパク質は、アミノ酸が直鎖状に連なった一次構造を基盤として、αヘリックスやβシートなどの二次構造を形成し、さらにそれらが三次元的に折りたたまれて三次構造をとるのが一般的です。加えて、タンパク質分子間の特異的相互作用に基づく四次構造を形成する場合もあります。さらに、液-液相分離によって形成されたドロプレットが機能単位となる、いわゆる五次構造として理解される状態も、細胞内や試験管内を問わず見いだされています。
ここでは、酵素などのタンパク質が三次構造を形成する仕組みを概説し、安定性や耐熱性の分析法について整理します。まず、どのような溶液環境で変性するのかを整理します。さらに、フォールディングが可逆である場合には、二状態転移を仮定することで熱力学的解析が可能になります。なお、可逆なタンパク質であれば、円二色性(CD)装置だけでも、熱力学的に有用なほとんどのパラメータを実測できます。(そもそも前提としているフォールディングの可逆性の判別や、カロリメトリックエンタルピー、リガンド結合に伴う反応熱などは測定できません)。
◆タンパク質のネイティブ構造
タンパク質のネイティブ構造とは、タンパク質が生理的な環境で機能を発揮するときにとる、もっとも代表的な立体構造である。アミノ酸配列として合成されたポリペプチド鎖は、水中で折りたたまれ、αヘリックスやβシートなどの二次構造を形成しながら、全体として一定の三次元構造にまとまる。この構造では、疎水性残基は分子内部に集まり、親水性残基は水と接する表面に配置されやすい。酵素であれば活性部位、抗体であれば抗原結合部位のように、機能に必要な部位が正しい位置関係をとることが重要である。ただし、ネイティブ構造は完全に固定された静的な形ではなく、熱運動により揺らぎながら平均的な構造を保っている。したがって、タンパク質の機能は、安定な構造と適度な柔軟性の両方によって支えられている。
タンパク質のネイティブ構造は、さまざまな弱い相互作用の総和によって安定化されている。中心的なのは疎水性相互作用であり、水を避ける疎水性側鎖が分子内部に集まることで、折りたたみ構造の大枠が形成される。さらに、主鎖や側鎖の間の水素結合は、αヘリックスやβシートなどの二次構造を支える。正負の電荷をもつ残基間の静電相互作用や塩橋は、特定の距離や向きをもつ残基どうしを結びつける。システイン残基間のジスルフィド結合は、共有結合として構造を強く固定する場合がある。また、金属イオン、補酵素、糖鎖、脂質、リガンドなどとの結合が、タンパク質の特定の構造状態を安定化することもある。これらの相互作用は単独で働くのではなく、水和、pH、塩濃度、温度などの溶液環境と結びついて、ネイティブ構造の安定性を決めている。
◆ネイティブ構造の安定化因子
タンパク質のネイティブ構造は、多数の弱い相互作用の総和として安定化されている。その安定性は、ネイティブ状態と変性状態の自由エネルギー差(ΔG)として表され、一般的な小型タンパク質では数十 kJ/mol程度であることが多い。この ΔG は、結合形成や分子間相互作用に由来するエンタルピー項と、ポリペプチド鎖や水分子の自由度に由来するエントロピー項のバランスで決まる。
表面の静電相互作用や塩橋は、一見すると強いエンタルピー的相互作用に見えるが、水に露出した荷電基では水和が失われる不利も大きいため、安定化寄与は0〜数 kJ/mol程度にとどまる場合が多い(1)。表面近傍の塩橋でも、実験的には3.2〜8.4 kJ/mol程度の寄与が見積もられている(2)。一方、タンパク質内部に埋もれた塩橋では、脱溶媒和の不利を上回る相補的な電荷配置がある場合、10 kJ/molを超える安定化を示すことがある。
疎水性相互作用は、非極性側鎖どうしが直接強く引き合うというより、水中に露出した疎水基の周囲に秩序化していた水分子が、折りたたみによってバルク水へ解放されることで、主にエントロピー的に有利になる効果として理解される。折りたたみに伴って –CH₂– 基が内部に埋もれる寄与は、11種類のタンパク質の138個の疎水性変異体の解析から、約4.6 kJ/molと見積もられている(3)。一方、水素結合は、主鎖や側鎖間の方向性をもつエンタルピー的相互作用であり、15種類のタンパク質、151個の水素結合関連変異体の解析により、1本あたり平均して約4.6 kJ/molの安定化寄与が報告されている(3)。ただし、水素結合の寄与は周囲の構造環境に強く依存し、疎水的環境や荷電基との組み合わせでは大きくなる一方、水中に露出した場合には実効的な安定化が小さくなる。
SS結合は共有結合性の架橋である。ネイティブ構造を直接固定するだけでなく、変性状態でポリペプチド鎖が取りうる構造の数を減らす。つまり、SS結合の安定化は、理論上は、ネイティブ状態のエンタルピー的固定化による安定化に加えて、変性状態のエントロピーを低下させる効果による安定化の両方の効果として説明できる。Paceらの総説では、SS結合の主な安定化機構は変性状態のコンフォメーションエントロピーを低下させることであると整理され、ループ長が15、45、135残基の場合に、それぞれ約13、17、21 kJ/molの安定化に寄与すると見積もられている(4)。SS結合を導入する場合、この程度の安定化が目安とされるが、Arc repressorのように約36 kJ/molも安定化した例も報告されている(5)。
参考文献
1. Strop, P.; Mayo, S. L. Contribution of Surface Salt Bridges to Protein Stability. Biochemistry 2000, 39, 1251–1255.
2. Makhatadze, G. I.; Loladze, V. V.; Ermolenko, D. N.; Chen, X.; Thomas, S. T. Contribution of Surface Salt Bridges to Protein Stability: Guidelines for Protein Engineering. J. Mol. Biol. 2003, 327, 1135–1148.
3. Pace, C. N.; Scholtz, J. M.; Grimsley, G. R. Forces Stabilizing Proteins. FEBS Lett. 2014, 588, 2177–2184.
4. Betz, S. F. Disulfide Bonds and the Stability of Globular Proteins. Protein Sci. 1993, 2, 1551–1558.
5. Robinson, C. R.; Sauer, R. T. Striking Stabilization of Arc Repressor by an Engineered Disulfide Bond. Biochemistry 2000, 39, 12494–12502.
◆タンパク質変性
タンパク質変性とは、加熱やpH変化、界面接触などさまざまな外部環境の変化により、タンパク質の天然構造が壊され物性が変化する現象のことをいう。変性は必ずしも完全なアンフォールディングだけを意味せず、立体構造の一部が失われる場合なども含まれる。変性したタンパク質は、変性環境から戻すことによってリフォールディングすることがある。しかし、疎水面の露出に伴う凝集や、ジスルフィド結合の再編成などが生じると天然状態への回復は困難になる。なお、変性(denaturation)とアンフォールディング(unfolding)は似た用語として使われるが、変性は、タンパク質が天然状態から外れて機能や物性を変える現象全体を指す広い概念であり、アンフォールディングはその中でも、折りたたまれた立体構造がほどける過程を指す。例えば、界面に結合して部分的に構造が壊されて酵素の機能が失われてしまった場合、この現象は変性というがアンフォールディングとはいわない。
タンパク質変性は、どの環境因子が構造安定性を乱すかによって次のように分類できる。尿素や塩酸グアニジンは溶媒和と分子内相互作用を変える化学変性剤である。熱は温度上昇による熱力学的な安定性の低下を引き起こす。圧力は内部空隙や水和に関わる体積効果を通じて構造を変化させる。有機溶媒は水和層や溶媒極性を変える。酸およびアルカリ条件では、アミノ酸側鎖の電荷状態が大きく変わり、さらに化学修飾を伴いやすい。このように、変性はいずれも天然構造の不安定化として観測されるが、その物理化学的要因と可逆性は条件ごとに異なる。
◆尿素変性
尿素(urea)は、6–8 M 程度の高濃度で用いられる代表的な化学変性剤である(1)。pHを大きく変えずにタンパク質を変性させられるため、酸変性やアルカリ変性とは異なり、主に溶媒環境の変化によって構造安定性を低下させる条件として利用される。尿素はタンパク質の主鎖や側鎖と多点的に相互作用し、タンパク質表面に直接結合することで、分子内水素結合や疎水性相互作用を弱める(2)。その結果、疎水コアがゆるみ、天然構造からアンフォールド状態へ移行しやすくなる。多くのタンパク質では、尿素を希釈または透析で除去するとリフォールディングが可能であり、可逆的変性の解析に適している。ただし、高濃度で長時間暴露すると、凝集やカルバミル化などの副反応により不可逆化することがある。
◆塩酸グアニジン変性
塩酸グアニジン(guanidine hydrochloride, GdnHCl)は、尿素よりも強力な化学変性剤として広く用いられ、典型的には 4–6 M 程度でタンパク質を大きくアンフォールドさせる(3)。尿素が比較的中性の非イオン性変性剤であるのに対し、GdnHCl はグアニジニウムイオンと塩化物イオンからなる強い電解質であり、化学変性剤であると同時に高イオン強度環境をつくる点に特徴がある。グアニジニウムイオンは、主鎖や側鎖、芳香族残基、荷電基と相互作用し、分子内水素結合、塩橋、疎水性相互作用を弱める。そのため、GdnHCl は完全に近いアンフォールド状態を得るための標準的な変性剤として用いられる。一方で、塩酸グアニジンが数Mも含まれる環境では、構造変性剤としてだけでなく、イオン強度も高くなる点は、同じ変性剤に分類される尿素とは異なる特徴になる。
◆熱変性
熱変性は、温度上昇によってタンパク質の天然構造が不安定化する現象である(4)。尿素やGdnHClが溶媒組成を変えるのに対し、熱変性では温度そのものが構造安定性を変化させる。温度が上昇すると、天然構造を保つ相互作用と、アンフォールド状態のエントロピー的有利さとのバランスが変わり、融解温度(Tm)付近で協同的に構造が失われる。理想的な可逆系では、熱変性は天然状態と変性状態の平衡として扱うことができる。しかし実際には、加熱によって疎水性領域が露出し、分子間会合や凝集が進行しやすい。そのため、多くのタンパク質では熱変性は不可逆的に観測される。熱変性は、アンフォールディングと凝集が連続して起こりやすい点で、化学変性剤による可逆的変性とは異なる。
◆圧力変性
圧力変性は、高静水圧、通常 100–1000 MPa 程度を加えることでタンパク質の高次構造が不安定化する現象である(5)。熱変性がエントロピー効果を強く反映するのに対し、圧力変性では体積変化が重要である。天然構造の内部には疎水性コアや空隙が存在するが、高圧下ではこれらの空隙体積が不利となり、水分子が内部へ侵入しやすくなる。その結果、疎水性相互作用や密なパッキングが弱まり、部分的または全体的なアンフォールディングが進行する。圧力変性は、温度上昇による熱変性と異なり、凝集を伴いにくく、可逆的に観測されることが多い。このため、フォールディング中間体、内部空隙、水和、体積変化を調べる手段として有用である。
◆有機溶媒変性
有機溶媒変性は、エタノール、アセトニトリル、ジメチルスルホキシド、トリフルオロエタノール(TFE)などを水に混合した環境で、タンパク質の構造が変化する現象である(6)。尿素や塩酸グアニジンがタンパク質と直接相互作用してアンフォールディングを促すのに対し、有機溶媒では水和環境と溶媒極性の変化が大きな要因となる。有機溶媒は水の水素結合ネットワークやタンパク質表面の水和層を変化させ、疎水性相互作用や分子内水素結合のバランスを変える。その結果、天然構造が不安定化する場合もあれば、特定の二次構造が誘導される場合もある。特にTFEは、多くのタンパク質やペプチドで αヘリックス形成を促進することが知られており、単なる構造破壊剤ではなく、非天然的な二次構造を安定化する溶媒としても働く。変性の程度は、溶媒の種類、濃度、極性、水との混合比に依存し、可逆的な構造変化から不可逆的凝集まで幅広い挙動を示す。
◆酸変性
酸変性は、強酸性条件、典型的には pH 2 以下でタンパク質の高次構造が不安定化する現象である(7)。尿素やGdnHClが溶媒和を変えるのに対し、酸変性では主にアミノ酸側鎖のプロトン化による電荷状態の変化が構造を変える。カルボキシル基がプロトン化されると、負電荷が失われ、ネイティブ構造で形成されていた塩橋や静電相互作用のネットワークが破壊される。また、分子全体の正電荷が増加することで、分子内反発が強まり、天然構造が不安定化する。酸変性では、完全なランダムコイル状態に至る前に、二次構造をある程度保持しながら三次構造がゆるんだモルテン・グロビュール状態が現れることが多い(8)。このため、酸変性はフォールディング中間体を調べる条件として古くから利用されてきた。一方、長時間の強酸条件では、加水分解などの化学的変化にも注意が必要である。
◆アルカリ変性
アルカリ変性は、強アルカリ条件、典型的には pH 10 以上でタンパク質の構造が不安定化する現象である。酸変性がプロトン化による正電荷化を特徴とするのに対し、アルカリ変性では脱プロトン化による負電荷の増加が主要な要因となる。チロシン、リシン、システインなどの側鎖の電離状態が変化し、分子内の静電バランス、塩橋、金属結合、カチオン–π相互作用などが乱れる。その結果、分子内反発が増大し、天然構造が不安定化する。さらに、アルカリ条件では構造変化だけでなく、脱アミド化(9)、β脱離、ジスルフィド交換反応(10)などの化学反応が進みやすい。したがって、アルカリ変性は酸変性や尿素変性に比べて、化学修飾を伴う不可逆的変性になりやすい点に特徴がある。
参考文献
1. Auton, B. J.; Bolen, T. R. Urea denatured-state ensembles contain extensive secondary structure. Proteins 2008, 71(2), 638–645.
2. Bennion, B. J.; Daggett, V. The molecular basis for the chemical denaturation of proteins by urea. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 2003, 100(9), 5142–5147.
3. Lai, Z.; McCulloch, J.; Lashuel, H. A.; Kelly, J. W. Guanidine hydrochloride-induced denaturation and refolding of transthyretin exhibits a marked hysteresis: equilibria with high kinetic barriers. Biochemistry 1997, 36(33), 10230–10239.
4. Privalov, P. L. Thermodynamic problems of protein structure. Annu. Rev. Biophys. Biophys. Chem. 1989, 18, 47–69.
5. Chatani, E.; Nonomura, K.; Hayashi, R.; Balny, C.; Lange, R. Comparison of heat- and pressure-induced unfolding of ribonuclease A: the critical role of Phe46 which appears to belong to a new hydrophobic chain-folding initiation site. Biochemistry 2002, 41(14), 4567–4574.
6. Shiraki, K.; Nishikawa, K.; Goto, Y. Trifluoroethanol-induced stabilization of the α-helical structure of β-lactoglobulin: implication for non-hierarchical protein folding. J. Mol. Biol. 1995, 245(2), 180–194.
7. Dolgikh, D. A.; Gilmanshin, R. I.; Brazhnikov, E. V.; Bychkova, V. E.; Semisotnov, G. V.; Venyaminov, S. Y.; Ptitsyn, O. B. Alpha-lactalbumin: compact state with native-like tertiary structure in conditions denaturing for the globular state. FEBS Lett. 1981, 136(2), 311–315.
8. Goto, Y.; Calciano, L. J.; Fink, A. L. Acid-Induced Folding of Proteins. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 1990, 87 (2), 573–577.
9. Wakankar, A.; Borchardt, R. T. Formulation considerations for proteins susceptible to asparagine deamidation and aspartate isomerization. J. Pharm. Sci. 2006, 95, 2321–2336.
10. Liu-Shin, L. P. Y.; Zhu, J.; Nunn, M. H.; Rathore, D. Evidence of disulfide bond scrambling during sample preparation under mild alkaline conditions. mAbs 2018, 10, 1213–1222.
◆自発的フォールディング
タンパク質の立体構造は、外部環境によって一時的に壊れても、条件を整えれば元の構造に自発的に戻る場合がある。この性質は自発的フォールディング(spontaneous folding)と呼ばれ、タンパク質が持つ構造形成の本質を示す現象として知られている。タンパク質が機能する構造は天然構造やネイティブ構造という。
この現象を初めて明確に実証したのが、クリスチャン・アンフィンセン(Christian B. Anfinsen)である。彼は1950年代から1960年代にかけて、リボヌクレアーゼA(RNAを分解する酵素)を用いた一連の精密な実験を行った。まず、リボヌクレアーゼを高濃度の尿素溶液に溶解し、同時にジチオスレイトール(DTT)などの還元剤を加えることで、酵素内のジスルフィド結合を切断し、タンパク質を完全に変性させた。この状態では、リボヌクレアーゼは立体構造を失い、酵素活性も消失する。次に、アンフィンセンは変性剤と還元剤を慎重に除去し、中性付近の緩衝液中で放置した。すると、リボヌクレアーゼは外部からの補助なしに元の三次構造を再形成し、完全に酵素活性を回復した。この結果は、タンパク質の立体構造が一次構造、すなわちアミノ酸配列そのものにコードされていることを明確に示したものであった。
アンフィンセンはこの研究成果から、タンパク質が自発的にネイティブ構造を形成できるのは、そのポリペプチド鎖がとり得るすべての構造の中で、ネイティブ構造が自由エネルギー的に最も低い、すなわち熱力学的に最も安定な状態であるためだという結論に至った。自由エネルギーが最小の構造は、外部からエネルギーを与えなくても自然に形成され、またその状態から他の構造へ移るにはエネルギー障壁を越える必要があるため、常温・常圧で安定に存在し続けることができる。この考えは熱力学仮説(thermodynamic hypothesis)と呼ばれ、タンパク質フォールディング研究の基礎概念となった。
この発見は、タンパク質化学と構造生物学の礎を築く決定的な証拠となり、アンフィンセンはその功績により1972年にノーベル化学賞を受賞した。「アミノ酸配列が決まれば立体構造も決まる」という原則は、その後の半世紀にわたって実験的・理論的研究の中心テーマとなり、2020年にはAIによって配列から立体構造をほぼ完全に予測できる段階に至った。この技術的飛躍はタンパク質科学の歴史におけるもう一つの転換点とされ、2024年にはこの成果に対してノーベル化学賞が授与されている。
◆どのようなタンパク質がリフォールディングするのか?
ここで、用語の整理をしておきたい。タンパク質の立体構造が壊されることは、日本語でもアンフォールディング(unfolding)と英語由来のまま表現されることがある。これは文字通り「折りたたみ構造がほどける」現象を指す。一方、変性(denaturation)という語は、生化学や分子生物学の分野で、より広い意味を持って用いられることが多い。狭義には、タンパク質が本来の立体構造を失い、特有の生理的機能や酵素活性を喪失する現象を指す。広義には、加熱、強酸・強塩基、変性剤、有機溶媒などの影響により、二次構造や三次構造が破壊される過程そのものを意味する場合もある。
厳密には、アンフォールディングは構造的変化そのものを、変性は機能喪失を伴う構造変化を含意することが多い。変性した構造から元の立体構造へと回復する過程をリフォールディング(refolding)という。再生(renaturation)ということもある。
どのようなタンパク質がリフォールディングしやすいのか、実際には実験で確かめる必要があるが、ある程度の目星はつけることができる。基本的に、小さく単純なトポロジーを持つタンパク質は、変性後に自発的にリフォールディングして機能を回復しやすい。代表的な例としては、リボヌクレアーゼAの他に、卵白リゾチーム、シトクロムc、あるいは多くの小型の一本鎖のタンパク質が挙げられる。これらは一次配列に基づく自己組織化能力が高く、溶液条件(pH、イオン強度、還元/酸化状態、補因子の有無など)を整えれば正しい立体構造へ戻るものが多い。
一方で、一旦変性すると再生が困難なタンパク質も多い。具体例としては多数のジスルフィド結合を持つ抗体、複数のドメインを持つ大型タンパク質、膜貫通領域をもつ膜タンパク質、そしてオリゴマーや複合体などの四次構造を形成して機能するタンパク質群などがある。
◆自発的フォールディング
タンパク質の立体構造は、外部環境によって一時的に壊れても、条件を整えれば元の構造に自発的に戻る場合がある。この性質は自発的フォールディング(spontaneous folding)と呼ばれ、タンパク質が持つ構造形成の本質を示す現象として知られている。タンパク質が機能する構造は天然構造やネイティブ構造という。
この現象を初めて明確に実証したのが、クリスチャン・アンフィンセン(Christian B. Anfinsen)である。彼は1950年代から1960年代にかけて、リボヌクレアーゼA(RNAを分解する酵素)を用いた一連の精密な実験を行った。まず、リボヌクレアーゼを高濃度の尿素溶液に溶解し、同時にジチオスレイトール(DTT)などの還元剤を加えることで、酵素内のジスルフィド結合を切断し、タンパク質を完全に変性させた。この状態では、リボヌクレアーゼは立体構造を失い、酵素活性も消失する。次に、アンフィンセンは変性剤と還元剤を慎重に除去し、中性付近の緩衝液中で放置した。すると、リボヌクレアーゼは外部からの補助なしに元の三次構造を再形成し、完全に酵素活性を回復した。この結果は、タンパク質の立体構造が一次構造、すなわちアミノ酸配列そのものにコードされていることを明確に示したものであった。
アンフィンセンはこの研究成果から、タンパク質が自発的にネイティブ構造を形成できるのは、そのポリペプチド鎖がとり得るすべての構造の中で、ネイティブ構造が自由エネルギー的に最も低い、すなわち熱力学的に最も安定な状態であるためだという結論に至った。自由エネルギーが最小の構造は、外部からエネルギーを与えなくても自然に形成され、またその状態から他の構造へ移るにはエネルギー障壁を越える必要があるため、常温・常圧で安定に存在し続けることができる。この考えは熱力学仮説(thermodynamic hypothesis)と呼ばれ、タンパク質フォールディング研究の基礎概念となった。
この発見は、タンパク質化学と構造生物学の礎を築く決定的な証拠となり、アンフィンセンはその功績により1972年にノーベル化学賞を受賞した。「アミノ酸配列が決まれば立体構造も決まる」という原則は、その後の半世紀にわたって実験的・理論的研究の中心テーマとなり、2020年にはAIによって配列から立体構造をほぼ完全に予測できる段階に至った。この技術的飛躍はタンパク質科学の歴史におけるもう一つの転換点とされ、2024年にはこの成果に対してノーベル化学賞が授与されている。
◆どのようなタンパク質がリフォールディングするのか?
ここで、用語の整理をしておきたい。タンパク質の立体構造が壊されることは、日本語でもアンフォールディング(unfolding)と英語由来のまま表現されることがある。これは文字通り「折りたたみ構造がほどける」現象を指す。一方、変性(denaturation)という語は、生化学や分子生物学の分野で、より広い意味を持って用いられることが多い。狭義には、タンパク質が本来の立体構造を失い、特有の生理的機能や酵素活性を喪失する現象を指す。広義には、加熱、強酸・強塩基、変性剤、有機溶媒などの影響により、二次構造や三次構造が破壊される過程そのものを意味する場合もある。
厳密には、アンフォールディングは構造的変化そのものを、変性は機能喪失を伴う構造変化を含意することが多い。変性した構造から元の立体構造へと回復する過程をリフォールディング(refolding)という。再生(renaturation)ということもある。
どのようなタンパク質がリフォールディングしやすいのか、実際には実験で確かめる必要があるが、ある程度の目星はつけることができる。基本的に、小さく単純なトポロジーを持つタンパク質は、変性後に自発的にリフォールディングして機能を回復しやすい。代表的な例としては、リボヌクレアーゼAの他に、卵白リゾチーム、シトクロムc、あるいは多くの小型の一本鎖のタンパク質が挙げられる。これらは一次配列に基づく自己組織化能力が高く、溶液条件(pH、イオン強度、還元/酸化状態、補因子の有無など)を整えれば正しい立体構造へ戻るものが多い。
一方で、一旦変性すると再生が困難なタンパク質も多い。具体例としては多数のジスルフィド結合を持つ抗体、複数のドメインを持つ大型タンパク質、膜貫通領域をもつ膜タンパク質、そしてオリゴマーや複合体などの四次構造を形成して機能するタンパク質群などがある。
◆二状態転移の実験
二状態転移(two-state transition)とは、タンパク質や核酸などの高分子が構造変化(例:フォールディング/変性)を起こす際、平衡状態において取り得る構造がネイティブ状態(N)と変性状態(D)の二つのみであると近似できる挙動を指す。実際には一過的な中間構造が存在する場合もあるが、それらが熱力学的に安定に蓄積せず、実験的に観測可能な集団として検出されない場合、その系は二状態モデルで記述できるとされる。このように、ネイティブ状態と変性状態の間で急峻かつ集団的に構造転移が起こる性質は、タンパク質フォールディングにおける高い協同性(cooperativity)を反映していると解釈される。
この場合、任意の変性条件(温度、化学変性剤濃度など)において、試料全体は N と D の混合物と見なすことができ、観測される物理量(CD 信号、蛍光強度など)は N と D の寄与の線形結合で表される。二状態転移を仮定すると、平衡定数や自由エネルギー変化が単純な式で求められるため、構造安定性の解析が容易になる。
この仕組みを使い、タンパク質のネイティブ構造の熱力学的安定性を求めることができる。典型的な実験手順と解析法を以下に示す。
・実験設計とサンプル調製
まず、同じ濃度のタンパク質溶液を複数本(典型的には20本程度)用意し、それぞれに異なる濃度の塩酸グアニジン(Gdn)を加えておく。Gdnは強力なカオトロピック試薬(タンパク質の立体構造を壊す化合物)であり、低濃度ではタンパク質はネイティブ状態を維持するが、高濃度では立体構造が崩れて変性状態へと移行する。濃度レンジは対象タンパク質に依存するが、多くの小型単一ドメインタンパク質では 0–6 M 程度を用いることが一般的である。温度によって安定性が異なるため、20˚Cなど一定温度で測定する。
・計測法
タンパク質の立体構造の変化はさまざまな計測法で追跡できる。代表的には円偏光二色性が用いられる。
円偏光二色性(circular dichroism; CD)は二次構造を反映し、遠紫外域(200–260 nm)では例えば 222 nm の値がよく用いられる。また、三次構造を計測したい場合には、タンパク質の持つトリプトファン蛍光を調べることもある。三次構造・環境変化に敏感で、変性で波長シフトや強度変化を示す。近紫外CDでも三次構造を測定できるが、CDの方がタンパク質の量が必要となるため、蛍光の方が使いやすい。
・データの解析:二状態モデルと線形外挿法
多くの小型タンパク質は二状態転移を示す。すなわち可視化可能な状態はネイティブ構造(N)と変性構造(U)の二つのみで、途中蓄積する安定な中間体は無視できると仮定できる。つまり、見かけの平衡定数Kは、NとUの割合として表現できる(図)。平衡定数が求められると、熱力学的関係からΔGを算出できる。化学変性に伴う自由エネルギーは経験的に変性剤濃度に線形に依存することが多く、線形外挿できる。ここで、mは横軸を塩酸グアニジン濃度、縦軸をΔGにしたときの傾きである。変性剤が立体構造を壊す効果の強さを反映し、一般に m 値が大きいほど、タンパク質の立体構造が変性剤に対して敏感に応答する。ΔG0は変性剤の濃度がゼロのときのNとDの自由エネルギー差であり、すなわち、タンパク質のネイティブ構造の水中での安定性を表す。ΔG0が、「タンパク質の安定性」と呼ばれるものの定量的な値である。
◆熱力学の体系へ
ここで、タンパク質の自由エネルギー差 (ΔG) は温度の関数であり、異なる温度で得たΔG を用いることで、ネイティブ状態Nと変性状態Uの間のエンタルピー差 (ΔH)を決定することができる。代表的な方法がファントホッフ(van ’t Hoff)解析である。手順は以下のとおりである。
まず、温度を例えば 10 ℃ から 70 ℃ まで 10 ℃ 刻みに変化させ、それぞれの温度でΔGを算出する。このΔGの温度依存性は、次のような温度の関数になる(図)。ここでTmはNとUの割合が等しくなるときの温度(いわゆる熱変性の中点温度)であり、ΔHmはTmでのΔHである。ΔCpは変性に伴う定圧モル比熱差を表し、温度依存性が比較的小さいため定数とみなしてよい。この式では温度 Tが変数であり、フィッティングによって求めるパラメータはΔHmおよびTmとΔCpである。さらに、ΔGはΔH-TΔであることから、Tmでのエントロピー差ΔSmも算出できる。すなわち、ΔGmは実測値、ΔHmは上式での計算で求めた値である。
以上をまとめると、塩酸グアニジンや尿素といった化学変性剤を用いてタンパク質を部分的または完全に変性させ、その構造変化を円偏光二色性(CD)などの分光法で測定することにより、各温度におけるネイティブ状態(N)と変性状態(U)の間の自由エネルギー差を求めることができる。さらに、この自由エネルギー差の温度依存性を解析することで、熱変性の中点温度におけるエンタルピー差やエントロピー差を算出できる。
◆熱力学パラメータの解釈
このように、タンパク質が可逆に変性・再生できるのであれば、変性構造と天然構造の安定性の差を熱力学の値として求められる。つまり、ギブス自由エネルギー差およびエンタルピー差は実験により直接求めることができ、エントロピー差も計算に求めることができる。
実際に、よく研究されるリゾチームやチトクロムcなどでは、ΔGが約10 kJ/mol前後であり、多くのタンパク質の立体構造は通常 約5〜15 kJ/mol(約1〜3 kcal/mol)程度である。つまり、タンパク質はネイティブ構造が、変性状態に比べて約10 kJ/mol 程度エネルギー的に有利であるということを示している。
水素結合は1本あたりおよそ1〜5 kcal/mol(約4〜20 kJ/mol)の強さを持つとされており、例えばリゾチームのような典型的な小型タンパク質には200〜300本の水素結合が存在することが知られている。これらを単純に合計すると、数千 kJ/molもの大きな安定エネルギーが得られる計算になる。また、静電的な引力は、例えば塩橋(イオン性相互作用)であれば、タンパク質内外や距離にも依存するが、一本で数 kJ/molの安定化をもたらす。これら全てを総合すれば、理論的には非常に高い安定性が期待される。
しかし、実際にタンパク質のネイティブ状態と変性状態の間の自由エネルギー差は多くの場合約10 kJ/mol程度と、それほど大きくはならない。このギャップは「エントロピー・エンタルピー補償」と呼ばれる現象に起因している。フォールディングによって相互作用が増えることで、エンタルピーを獲得できるが、タンパク質分子の自由度は大幅に減少し、エントロピー的には不利である。これらエンタルピーの獲得とエントロピーの損失とが互いに打ち消し合い、結果としてわずかな安定性のエネルギーが獲得されているのである。
なお、この過程で算出したΔCpは、タンパク質が N から U へ転移する際に溶媒にさらされる疎水性表面積の増加におよそ比例すると考えられている。要するに、大きなタンパク質で、変性した構造が広がっているものほど大きなΔCpになる。m値も似たような性質がある。タンパク質の立体構造的には、変性剤による構造変化で溶媒にさらされる表面積が大きいほど m 値も大きくなる(1, 2)。
◆超好熱菌由来タンパク質の安定性の原理
このような解釈の例として、立体構造はほとんど同じだが耐熱性がかなり異なる二種類のタンパク質を比較した例を紹介したい。タンパク質の安定性を熱力学的に扱うことには重要な利点がある。まず、熱力学的な自由エネルギー差を定量的に求めることで、異なるタンパク質や変異体の安定性を客観的かつ比較可能な形で評価できる。また、温度や溶液条件、変性剤の影響などの環境因子が安定性に及ぼす効果を詳細に解析できるため、タンパク質の設計や機能理解、医薬品開発など多様な応用分野で役立つ。さらに、エントロピー・エンタルピーの分解を通じて、分子レベルでの安定化機構や相互作用の本質を深く理解する手がかりとなる。
超好熱菌サーモコッカス由来のメチル基転移酵素 O6-methylguanine-DNA methyltransferase(MGMT)と、そのホモログである大腸菌由来の AdaC を比較した研究がある(3)。MGMT は 174 残基、大腸菌 AdaC は 178 残基からなる酵素であり、アミノ酸配列の相同性は約 20%と低いが、立体構造はよく似ている。
熱力学的パラメーターの比較では、MGMT のTmは 98.6℃、AdaC は 43.8℃であり、50℃以上の差があった。これは、80℃以上の高温で生息する超好熱菌のタンパク質は高温でも構造を維持する必要がある一方、大腸菌の酵素は常温で機能すれば十分であることを反映している。耐熱性の要因を熱力学パラメーターから解析すると、MGMT は AdaC に比べて変性に伴うΔHが約 1.5 倍大きかった。これは分子内相互作用の数が多いことを示す。実際、立体構造解析でもイオンペアが多数存在することが確認され、安定性向上の要因と考えられる。さらに、MGMT はΔCpが AdaC の約 0.7 倍と小さい値を示した。ΔCp はネイティブ構造と変性構造の表面積差に概ね比例するため、この結果は MGMT が変性後も大きく広がらず、比較的コンパクトな構造を保つことを示唆する。ΔG の最大値を比較すると、MGMT は 29.5℃で 42.9 kJ/mol、AdaC は 16.6℃で 16.6 kJ/molであった。しかし、それぞれの生育温度ではいずれも約 10 kJ/mol の安定性を示した。これは、タンパク質は過度に安定でも不安定でも機能に不都合が生じることを示している。
まとめると、超好熱菌由来 MGMT の高い耐熱性は、変性構造がコンパクトであること、そして分子内に多数の相互作用(特にイオンペア)を持つことに起因すると考えられる。
参考文献
1. Greene, Raymond F., and C. Nick Pace. "Urea and guanidine hydrochloride denaturation of ribonuclease, lysozyme, α-chymotrypsin, and β-lactoglobulin." Journal of Biological Chemistry 249.17 (1974): 5388-5393.
2. Myers, Jeffrey K., C. Nick Pace, and J. Martin Scholtz. "Denaturant m values and heat capacity changes: relation to changes in accessible surface areas of protein unfolding." Protein Science 4.10 (1995): 2138-2148.
3. Shiraki, K., Nishikori, S., Fujiwara, S., Hashimoto, H., Kai, Y., Takagi, M., & Imanaka, T. (2001). Comparative analyses of the conformational stability of a hyperthermophilic protein and its mesophilic counterpart. European journal of biochemistry, 268(15), 4144–4150.
◆ネイティブ構造安定性とイオン強度
タンパク質のネイティブ構造は、加熱や変性剤の添加、極端なpH条件などによって壊される。一方、イオン強度は、タンパク質表面に存在する荷電残基どうしの相互作用に影響を及ぼす。通常の塩濃度変化だけで立体構造が大きく壊れることは少ないが、表面の静電相互作用、塩橋、イオンペアネットワークを通じて、ネイティブ構造の安定性に影響する可能性がある。
この点を熱力学的に解析する場合、熱変性温度(Tm)だけでなく、ギブス自由エネルギー変化(ΔG)、エンタルピー変化(ΔH)、熱容量変化(ΔCp)を区別する必要がある。ΔGは、ある温度で天然状態が変性状態に比べてどれだけ安定かを示す量である。一方、Tmは天然状態と変性状態の存在比が等しくなる温度であり、いわゆる熱安定性の指標として使われる。すなわち、ΔGが大きいこととTmが高いことは、必ずしも同じ意味ではない。
実際に、ΔGは温度の関数であり、横軸に温度、縦軸にΔGをとると、一般に上に凸の安定性曲線を描く。つまり、熱変性温度ではΔGがゼロになり、それより高温側では変性状態のほうが安定になると解釈できる。ΔCpは、天然状態から変性状態へ移るときの熱容量変化を表し、主にタンパク質内部の疎水性表面や極性基が水に露出することに伴う水和状態の変化を反映する。ΔCpが大きいと安定性曲線は鋭くなり、低温側や高温側で急速に不安定化する。逆にΔCpが小さいと曲線は広がり、広い温度範囲で安定性が保たれやすい。
ここで、超好熱菌由来のメチル基転移酵素MGMTの分析例を見てみたい(1)。MGMTは174残基、約19.5 kDaの単量体タンパク質であり、高い熱安定性と可逆的な変性挙動を示すため、熱力学解析に適したモデルタンパク質である。また、超好熱菌由来タンパク質らしく、タンパク質表面に多くのイオンペアを持つ。MGMTには17個のイオンペアがあり、特にヘリックス内およびヘリックス間のイオンペア配置が高い熱安定性に関係する可能性が考えられている(2)。
実験では、50 mMリン酸緩衝液(pH 7.0)中で、NaCl濃度を0.1 Mまたは0.5 Mに変え、グアニジン塩酸塩による変性を遠紫外CDの222 nmで測定した。得られた変性曲線を二状態モデルで解析し、各温度におけるΔGを求め、さらにGibbs–Helmholtz式を用いてTm、ΔH、ΔCp、ΔGmaxを算出している。
その結果、0.5 M NaClでは最大自由エネルギー変化 ΔGmax が77.4 kJ/molとなり、0.1 M NaClでの61.7 kJ/molより大きかった。つまり、中温域では高塩濃度条件のほうが熱力学的に安定であった。しかし、Tmは0.1 M NaClで94.8℃、0.5 M NaClで90.1℃となり、高塩濃度ではむしろ低下した。すなわち、イオン強度を高めると、最大安定性を示す温度付近でのΔGは増加したが、高温での熱安定性を示すTmは低下したことになる。
この一見矛盾する結果は、ΔCpの変化によって説明される。0.1 M NaClでのΔCpは10.1 kJ mol⁻¹ K⁻¹であったのに対し、0.5 M NaClでは20.1 kJ mol⁻¹ K⁻¹に増加した。高イオン強度では表面電荷相互作用が遮蔽されるために、イオンペアネットワークの寄与が弱まる。その結果、ΔCpが大きくなり、安定性曲線が狭くなって、高温側の安定性が低下したと考えられる。逆にいえば、低イオン強度で保たれる表面イオンペアは、ΔGmaxを単純に高めるというより、ΔCpを小さくして安定性曲線を広げ、Tmを高める方向に働くと解釈できる。
この実験は50 mMリン酸緩衝液に0.1 M または0.5 MのNaClを加えた条件で比較したものである。Debye長を概算すると、0.1 M NaCl条件ではおよそ0.8 nm程度、0.5 M NaCl条件ではおよそ0.4 nm程度となる。したがって、0.5 M NaClで見られた変化は、短距離のイオンペアが弱まったからだと考えられる。それ以外にもちろん、イオンの選択的相互作用やタンパク質表面の水和状態の変化なども関係するだろう。
一般に、タンパク質表面にイオンペアが存在する場合、イオン強度を変えることで、同様にΔG、Tm、ΔCpなどの熱力学パラメータが変化する可能性がある。しかし、このような手間のかかる研究例からもわかるように、TmやΔGmaxを劇的に変えるほどの影響はない。実際、この例でもTmの変化は約5℃、ΔGmaxの変化は約15%程度である。タンパク質溶液の実用的な安定性を考えると、NaClの効果は、ネイティブ構造そのものの熱力学的安定性よりも、むしろ分子間相互作用への影響、すなわち凝集や沈殿、塩析、塩溶への影響として強く現れることが多いことがわかる。
参考文献
1.Shiraki, K.; Nishikori, S.; Fujiwara, S.; Imanaka, T.; Takagi, M. Contribution of Protein-Surface Ion Pairs of a Hyperthermophilic Protein on Thermal and Thermodynamic Stability. J. Biosci. Bioeng. 2004, 97 (1), 75–77.
2. Hashimoto, H.; Inoue, T.; Nishioka, M.; Fujiwara, S.; Takagi, M.; Imanaka, T.; Kai, Y. Hyperthermostable Protein Structure Maintained by Intra- and Inter-Helix Ion-Pairs in Archaeal O6-Methylguanine-DNA Methyltransferase. J. Mol. Biol. 1999, 292 (3), 707–716.