蛋白質溶液学(安定性)
熱力学の体系に持っていくこともできる
熱力学の体系に持っていくこともできる
タンパク質の安定性
タンパク質は、アミノ酸が直鎖状に連なった一次構造から、αヘリックスやβシートなどの主鎖構造である二次構造、さらにそれらが三次元的に折りたたまれた三次構造を形成するのが一般的である。さらにタンパク質分子間の特異的な結合による四次構造や、液-液相分離して形成されたドロプレット=五次構造を形成して働くことも多い。
ここでは、酵素のようなタンパク質が三次構造を形成する仕組みと安定性や耐熱性の分析法について整理する。タンパク質のフォールディングが可逆な場合、二状態転移を仮定すると熱力学的に分析することができる。
◆自発的フォールディング
タンパク質の立体構造は、外部環境によって一時的に壊れても、条件を整えれば元の構造に自発的に戻る場合がある。この性質は自発的フォールディング(spontaneous folding)と呼ばれ、タンパク質が持つ構造形成の本質を示す現象として知られている。タンパク質が機能する構造は天然構造やネイティブ構造という。
この現象を初めて明確に実証したのは、アメリカの生化学者クリスチャン・B・アンフィンセン(Christian B. Anfinsen)である。彼は1950年代から1960年代にかけて、リボヌクレアーゼA(RNAを分解する酵素)を用いた一連の精密な実験を行った。まず、リボヌクレアーゼを高濃度の尿素溶液に溶解し、同時にジチオスレイトール(DTT)などの還元剤を加えることで、酵素内のジスルフィド結合を切断し、タンパク質を完全に変性させた。この状態では、リボヌクレアーゼは立体構造を失い、酵素活性も消失する。次に、アンフィンセンは変性剤と還元剤を慎重に除去し、中性付近の緩衝液中で放置した。すると、リボヌクレアーゼは外部からの補助なしに元の三次構造を再形成し、完全に酵素活性を回復した。この結果は、タンパク質の立体構造が一次構造、すなわちアミノ酸配列そのものにコードされていることを明確に示したものであった。
アンフィンセンはこの研究成果から、タンパク質が自発的にネイティブ構造を形成できるのは、そのポリペプチド鎖がとり得るすべての構造の中で、ネイティブ構造が自由エネルギー的に最も低い、すなわち熱力学的に最も安定な状態であるためだという結論に至った。自由エネルギーが最小の構造は、外部からエネルギーを与えなくても自然に形成され、またその状態から他の構造へ移るにはエネルギー障壁を越える必要があるため、常温・常圧で安定に存在し続けることができる。この考えは「熱力学仮説(thermodynamic hypothesis)」と呼ばれ、タンパク質フォールディング研究の基礎概念となった。
この発見は、タンパク質化学と構造生物学の礎を築く決定的な証拠となり、アンフィンセンはその功績により1972年にノーベル化学賞を受賞した。「アミノ酸配列が決まれば立体構造も決まる」という原則は、その後の半世紀にわたって実験的・理論的研究の中心テーマとなり、2020年にはAIによって配列から立体構造をほぼ完全に予測できる段階に至った。この技術的飛躍はタンパク質科学の歴史におけるもう一つの転換点とされ、2024年にはこの成果に対してノーベル化学賞が授与されている。
◆どのようなタンパク質がリフォールディングするのか?
ここで、用語の整理をしておきたい。タンパク質の立体構造が壊されることは、日本語でもアンフォールディング(unfolding)と英語由来のまま表現されることがある。これは文字通り「折りたたみ構造がほどける」現象を指す。一方、変性(denaturation)という語は、生化学や分子生物学の分野で、より広い意味を持って用いられることが多い。狭義には、タンパク質が本来の立体構造を失い、特有の生理的機能や酵素活性を喪失する現象を指す。広義には、加熱、強酸・強塩基、変性剤、有機溶媒などの影響により、二次構造や三次構造が破壊される過程そのものを意味する場合もある。
厳密には、アンフォールディングは構造的変化そのものを、変性は機能喪失を伴う構造変化を含意することが多い。変性した構造から元の立体構造へと回復する過程をリフォールディング(refolding)という。再生(renaturation)ということもある。
どのようなタンパク質がリフォールディングしやすいのか、実際には実験で確かめる必要があるが、ある程度の目星はつけることができる。基本的に、小さく単純なトポロジーを持つタンパク質は、変性後に自発的にリフォールディングして機能を回復しやすい。代表的な例としては、リボヌクレアーゼAの他に、卵白リゾチーム、シトクロムc、あるいは多くの小型の一本鎖(single-domain)のタンパク質が挙げられる。これらは一次配列に基づく自己組織化能力が高く、溶液条件(pH、イオン強度、還元/酸化状態、補因子の有無など)を整えれば正しい立体構造へ戻るものが多い。
一方で、一旦変性すると再生が困難なタンパク質も多い。具体例としては多数のジスルフィド結合を持つ抗体、複数のドメインを持つ大型タンパク質、膜貫通領域をもつ膜タンパク質、そしてオリゴマーや複合体などの四次構造を形成して機能するタンパク質群などがある。
◆二状態転移の実験
二状態転移(two-state transition)とは、タンパク質や核酸などの高分子が構造変化(例:フォールディング/変性)を行う際に、平衡状態で取り得る構造がネイティブ状態(N)と変性状態(D)の二つしか存在しないとみなせる挙動を指す。中間構造があったとしても、それが安定に蓄積せず、観測可能な量では検出されない場合、この系は二状態モデルで記述可能とされる。
この場合、任意の変性条件(温度、化学変性剤濃度など)において、試料全体は N と D の混合物と見なすことができ、観測される物理量(CD 信号、蛍光強度など)は N と D の寄与の線形結合で表される。二状態転移を仮定すると、平衡定数や自由エネルギー変化が単純な式で求められるため、構造安定性の解析が容易になる。
この仕組みを使い、タンパク質のネイティブ構造の熱力学的安定性を求めることができる。典型的な実験手順と解析法を以下に示す。
・実験設計とサンプル調製
まず、同じ濃度のタンパク質溶液を複数本(典型的には20本程度)用意し、それぞれに異なる濃度の塩酸グアニジン(Gdn)を加えておく。Gdnは強力なカオトロピック試薬(タンパク質の立体構造を壊す化合物)であり、低濃度ではタンパク質はネイティブ状態を維持するが、高濃度では立体構造が崩れて変性状態へと移行する。濃度レンジは対象タンパク質に依存するが、多くの小型単一ドメインタンパク質では 0–6 M 程度を用いることが一般的である。温度によって安定性が異なるため、20˚Cなど一定温度で測定する。
・計測法
タンパク質の立体構造の変化はさまざまな計測法で追跡できる。代表的には円偏光二色性が用いられる。
円偏光二色性(circular dichroism; CD)は二次構造を反映し、遠紫外域(200–260 nm)では例えば 222 nm の値がよく用いられる。また、三次構造を計測したい場合には、タンパク質の持つトリプトファン蛍光を調べることもある。三次構造・環境変化に敏感で、変性で波長シフトや強度変化を示す。近紫外CDでも三次構造を測定できるが、CDの方がタンパク質の量が必要となるため、蛍光の方が使いやすい。
・データの解析:二状態モデルと線形外挿法
多くの小型タンパク質は二状態転移を示す。すなわち可視化可能な状態はネイティブ構造(N)と変性構造(U)の二つのみで、途中蓄積する安定な中間体は無視できると仮定できる。つまり、見かけの平衡定数Kは、NとUの割合として表現できる(図)。平衡定数が求められると、熱力学的関係からΔGを算出できる。化学変性に伴う自由エネルギーは経験的に変性剤濃度に線形に依存することが多く、線形外挿できる。ここで、mは横軸を塩酸グアニジン濃度、縦軸をΔGにしたときの傾きである。変性剤が立体構造を壊す効果の強さを反映し、一般に m 値が大きいほど、タンパク質の立体構造が変性剤に対して敏感に応答する。ΔG0は変性剤の濃度がゼロのときのNとDの自由エネルギー差であり、すなわち、タンパク質のネイティブ構造の水中での安定性を表す。ΔG0が、「タンパク質の安定性」と呼ばれるものの定量的な値である。
◆熱力学の体系へ
ここで、タンパク質の自由エネルギー差 (ΔG) は温度の関数であり、異なる温度で得たΔG を用いることで、ネイティブ状態Nと変性状態Uの間のエンタルピー差 (ΔH)を決定することができる。代表的な方法がファントホッフ(van ’t Hoff)解析である。手順は以下のとおりである。
まず、温度を例えば 10 ℃ から 70 ℃ まで 10 ℃ 刻みに変化させ、それぞれの温度でΔGを算出する。このΔGの温度依存性は、次のような温度の関数になる(図)。ここでTmはNとUの割合が等しくなるときの温度(いわゆる熱変性の中点温度)であり、ΔHmはTmでのΔHである。ΔCpは変性に伴う定圧モル比熱差を表し、温度依存性が比較的小さいため定数とみなしてよい。この式では温度 Tが変数であり、フィッティングによって求めるパラメータはΔHmおよびTmとΔCpである。さらに、ΔGはΔH-TΔであることから、Tmでのエントロピー差ΔSmも算出できる。すなわち、ΔGmは実測値、ΔHmは上式での計算で求めた値である。
以上をまとめると、塩酸グアニジンや尿素といった化学変性剤を用いてタンパク質を部分的または完全に変性させ、その構造変化を円偏光二色性(CD)などの分光法で測定することにより、各温度におけるネイティブ状態(N)と変性状態(U)の間の自由エネルギー差を求めることができる。さらに、この自由エネルギー差の温度依存性を解析することで、熱変性の中点温度におけるエンタルピー差やエントロピー差を算出できる。
◆熱力学的な解釈
このように、タンパク質が可逆に変性・再生できるのであれば、変性構造と天然構造の安定性の差を熱力学の値として求められる。つまり、ギブス自由エネルギー差およびエンタルピー差は実験により直接求めることができ、エントロピー差も計算に求めることができる。
実際に、よく研究されるリゾチームやチトクロムcなどでは、ΔGが約10 kJ/mol前後であり、多くのタンパク質の立体構造は通常 約5〜15 kJ/mol(約1〜3 kcal/mol)程度である。つまり、タンパク質はネイティブ構造(折りたたまれた状態)が、変性状態(ほどけた状態)に比べて約10 kJ/mol 程度エネルギー的に有利であるということを示している。
水素結合は1本あたりおよそ1〜5 kcal/mol(約4〜20 kJ/mol)の強さを持つとされており、例えばリゾチームのような典型的な小型タンパク質には200〜300本の水素結合が存在することが知られている。これらを単純に合計すると、数千 kJ/molもの大きな安定エネルギーが得られる計算になる。また、静電的な引力は、例えば塩橋(イオン性相互作用)であれば、タンパク質内外や距離にも依存するが、一本で数 kJ/molの安定化をもたらす。これら全てを総合すれば、理論的には非常に高い安定性が期待される。
しかし、実際にタンパク質のネイティブ状態と変性状態の間の自由エネルギー差は多くの場合約10 kJ/mol程度と、それほど大きくはならない。このギャップは「エントロピー・エンタルピー補償」と呼ばれる現象に起因している。フォールディングによって相互作用が増えることで、エンタルピーを獲得できるが、タンパク質分子の自由度は大幅に減少し、エントロピー的には不利である。これらエンタルピーの獲得とエントロピーの損失とが互いに打ち消し合い、結果としてわずかな安定性のエネルギーが獲得されているのである。
なお、この過程で算出したΔCpは、タンパク質が N から U へ転移する際に溶媒にさらされる疎水性表面積の増加におよそ比例すると考えられている。要するに、大きなタンパク質で、変性した構造が広がっているものほど大きなΔCpになる。m値も似たような性質がある。タンパク質の立体構造的には、変性剤による構造変化で溶媒にさらされる表面積が大きいほど m 値も大きくなる(1, 2)。
◆超好熱菌由来タンパク質の安定性の原理
このような解釈の例として、立体構造はほとんど同じだが耐熱性がかなり異なる二種類のタンパク質を比較した例を紹介したい。タンパク質の安定性を熱力学的に扱うことには重要な利点がある。まず、熱力学的な自由エネルギー差を定量的に求めることで、異なるタンパク質や変異体の安定性を客観的かつ比較可能な形で評価できる。また、温度や溶液条件、変性剤の影響などの環境因子が安定性に及ぼす効果を詳細に解析できるため、タンパク質の設計や機能理解、医薬品開発など多様な応用分野で役立つ。さらに、エントロピー・エンタルピーの分解を通じて、分子レベルでの安定化機構や相互作用の本質を深く理解する手がかりとなる。
超好熱菌サーモコッカス由来のメチル基転移酵素 O6-methylguanine-DNA methyltransferase(MGMT)と、そのホモログである大腸菌由来の AdaC を比較した研究がある(3)。MGMT は 174 残基、大腸菌 AdaC は 178 残基からなる酵素であり、アミノ酸配列の相同性は約 20%と低いが、立体構造はよく似ている。
熱力学的パラメーターの比較では、MGMT のTmは 98.6℃、AdaC は 43.8℃であり、50℃以上の差があった。これは、80℃以上の高温で生息する超好熱菌のタンパク質は高温でも構造を維持する必要がある一方、大腸菌の酵素は常温で機能すれば十分であることを反映している。耐熱性の要因を熱力学パラメーターから解析すると、MGMT は AdaC に比べて変性に伴うΔHが約 1.5 倍大きかった。これは分子内相互作用の数が多いことを示す。実際、立体構造解析でもイオンペアが多数存在することが確認され、安定性向上の要因と考えられる。さらに、MGMT はΔCpが AdaC の約 0.7 倍と小さい値を示した。ΔCp はネイティブ構造と変性構造の表面積差に概ね比例するため、この結果は MGMT が変性後も大きく広がらず、比較的コンパクトな構造を保つことを示唆する。ΔG の最大値を比較すると、MGMT は 29.5℃で 42.9 kJ/mol、AdaC は 16.6℃で 16.6 kJ/molであった。しかし、それぞれの生育温度ではいずれも約 10 kJ/mol の安定性を示した。これは、タンパク質は過度に安定でも不安定でも機能に不都合が生じることを示している。
まとめると、超好熱菌由来 MGMT の高い耐熱性は、変性構造がコンパクトであること、そして分子内に多数の相互作用(特にイオンペア)を持つことに起因すると考えられる。
参考文献
1. Greene, Raymond F., and C. Nick Pace. "Urea and guanidine hydrochloride denaturation of ribonuclease, lysozyme, α-chymotrypsin, and β-lactoglobulin." Journal of Biological Chemistry 249.17 (1974): 5388-5393.
2. Myers, Jeffrey K., C. Nick Pace, and J. Martin Scholtz. "Denaturant m values and heat capacity changes: relation to changes in accessible surface areas of protein unfolding." Protein Science 4.10 (1995): 2138-2148.
3. Shiraki, K., Nishikori, S., Fujiwara, S., Hashimoto, H., Kai, Y., Takagi, M., & Imanaka, T. (2001). Comparative analyses of the conformational stability of a hyperthermophilic protein and its mesophilic counterpart. European journal of biochemistry, 268(15), 4144–4150.