蛋白質溶液学(CD)
これだけで論文が書けるほど相性のいい装置
これだけで論文が書けるほど相性のいい装置
CDスペクトル
円二色性分光装置(CD分光計)は、大学の共通利用施設に必ずといっていいほど備えられているほか、医薬品や食品分野をはじめとする企業研究所にも広く導入されている装置です。微量の試料でタンパク質の二次構造や三次構造を解析できることが最大の特長であり、温度制御や高速混合などの測定オプションを組み合わせることで、構造変化を動的に追跡することも可能です。さらに、熱力学的解析を行うことで、立体構造の安定性を自由エネルギー変化(ΔG)やエンタルピー変化(ΔH)、エントロピー変化(ΔS)として評価できるほか、変性温度の中点温度(Tm)も比較的容易に求めることができます。
CD分光法は、タンパク質溶液を調べる最も有力な測定装置ですが、十分に使いこなされていないと感じる場面も少なくありません。本ページでは、この汎用性の高い分析手法について実例を交えて紹介していきます。まず基本となるスペクトルの読み取り方を整理します。さらに溶液条件を変化させた際の情報の引き出し方や、再現性の高いデータを得るためのサンプル調製のポイントについても整理します。
◆遠紫外CDスペクトル
Far-UV Circular Dichroism(CD)Spectroscopy(遠紫外円二色性分光法)は、右円偏光および左円偏光に対する吸収差を測定することにより、分子がもつ光学活性、特にタンパク質の二次構造に由来する光学的異方性を検出する分光法である。190–250 nm の遠紫外領域では、主としてペプチド結合に由来する n→π* および π→π* 電子遷移が観測され、αヘリックスやβシートといった二次構造の割合を反映した特徴的なスペクトルが得られる。
遠紫外CD測定を、温度変化や尿素・グアニジン塩酸などによる変性実験と組み合わせることで、タンパク質の立体構造安定性を評価することができる。たとえば、熱変性曲線からは変性の中点温度(Tm)を求めることができ、可逆的な二状態転移系であれば、自由エネルギー変化(ΔG)などの熱力学パラメータを推定することも可能である。
CDスペクトルの縦軸には、慣例として楕円率 θ が用いられ、通常は平均残基楕円率として表される。単位は deg·cm²·dmol⁻¹ である。二次構造をほとんど持たないランダムコイル状のタンパク質は、遠紫外領域において 200 nm 付近に大きな負の値を示す一方、220 nm 付近ではほとんど信号を示さない。これに対して、αヘリックス構造をもつタンパク質は 208 nm および 222 nm に負の吸収極大を示し、222 nm における楕円率は αヘリックス含量と近似的に比例関係が成り立つとされている。経験的には、100% の αヘリックス構造をもつ場合、222 nm における楕円率は約 −33,000 deg·cm²·dmol⁻¹ を示す。
βシート構造は 218 nm 付近に負の吸収極大を示し、その強度は −5,000〜−10,000 deg·cm²·dmol⁻¹ 程度とされる。ただし、βシートは並行型・逆並行型などの構造多様性をもち、αヘリックスに比べてスペクトル強度が小さいことから、従来は定量性に限界があった。βシート含量を比較的高精度で評価できるようになったのは、Kardos らが 2015 年に開発した BeStSel 法によるところが大きい(1)。現在では、BeStSel は Web サービスとして利用可能であり、多くのCD解析ソフトウェアにも実装されている。
◆等吸収点・等楕円率点
二次構造変化が、天然構造と変性構造、あるいは異なる二次構造状態の間で二状態的に進行する場合、遠紫外CDスペクトルには、すべてのスペクトルがほぼ一点で交差する等楕円率点(isodichroic point)が観測されることがある。これは、構造転移が主として二つの状態間で進行し、中間状態が大きく蓄積していないことを示唆する指標である。ただし、等楕円率点の存在だけで厳密な二状態転移を証明できるわけではなく、熱測定、蛍光測定、濃度依存性など、他の情報と合わせて解釈する必要がある。ここでは、アルコール変性および熱変性に伴う二次構造変化を、遠紫外CDスペクトルから解析した例を見てみたい。
ウシβ-ラクトグロブリンは、天然状態では218 nm付近に負のバンドを示す、βシートに富んだタンパク質である(2)。このタンパク質にトリフルオロエタノール(TFE)を添加すると、TFE濃度が約16%を超えたあたりからスペクトルが急激に変化し、208 nmおよび222 nm付近に負のバンドをもつ、αヘリックスに富んだ構造へと転移する。最終的に80% TFEを含む条件では、αヘリックス構造に特徴的な遠紫外CDスペクトルが観測される。この過程では、約200 nm付近に平均残基楕円率でおよそ5,000 deg·cm²·dmol⁻¹の等楕円率点が現れ、βシートに富む構造からαヘリックスに富む構造への転移が、二状態的に進行していることを示唆している。
同様の等楕円率点は、ランダム構造からαヘリックス構造への転移においても観測される(2)。たとえば、免疫グロブリン軽鎖由来のペプチドでは、ジスルフィド結合を還元することで、ほとんど二次構造をもたないランダム構造に近い試料を調製できる。このペプチドは、200 nm付近に大きな負のバンドを示す典型的なランダムコイル型の遠紫外CDスペクトルを示す。そこにTFEを添加すると、スペクトルは徐々に変化し、80% TFE中では約70%程度のαヘリックス含量を示すスペクトルへと転移する。この過程でも、203 nm付近に平均残基楕円率でおよそ13,000 deg·cm²·dmol⁻¹の等楕円率点が観測され、ランダム構造に近い状態からαヘリックスに富む状態への転移が、二状態的に進行していることが示唆される。
次に、卵白リゾチームの遠紫外CDスペクトルの例を見てみたい(3)。リゾチームの遠紫外CDスペクトルは、208 nm付近に深い負のバンドを示し、222 nm付近の負のバンドが相対的に浅いという特徴的な形状を示す。リゾチームはαヘリックスを一定量含むが、そのヘリックスは比較的短く、分断されている。このため、長く連続したαヘリックスに特徴的な222 nm付近の負のシグナルは、典型的なαヘリックス性タンパク質ほど強くならないと考えられる。一方、βターン、ループ、不規則構造などの寄与が200–210 nm領域に重なるため、208 nm付近の負のバンドが相対的に強調されたスペクトル形状になると考えられる。
リゾチームを加熱すると、約84 ℃まで遠紫外CDスペクトルの強度は徐々に減少するが、それ以上温度を上げても大きなスペクトル変化は認められない。熱変性後のスペクトルにおいてもCD強度が半分程度残存していることから、リゾチームは完全なランダムコイル構造へ移行するのではなく、変性状態においても一定の二次構造を保持している可能性がある。また、205 nm付近に等楕円率点が観測されることから、加熱に伴う構造変化は、少なくとも遠紫外CDで観測される二次構造レベルでは、ネイティブ状態と変性状態の間を二状態的に転移していることが示唆される。
◆サンプル調整
遠紫外CD測定では、タンパク質そのものだけでなく、緩衝液、塩、添加剤、有機溶媒なども遠紫外領域に吸収を示すことがある(1)。そのため、サンプル調整では、測定したい波長範囲において溶液全体の吸光度が高くなりすぎないように条件を選ぶことが重要である。
200 nm付近まで比較的吸収が小さい緩衝液としては、リン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、グリシン緩衝液などが用いられる。一方、Tris緩衝液、クエン酸緩衝液、一部のGood緩衝液は、遠紫外領域で吸収が大きくなる場合があり、特に200 nm以下の測定ではノイズの増大や高電圧化の原因となる。したがって、遠紫外CDスペクトルを測定する場合には、緩衝液の種類だけでなく、濃度をできるだけ低く抑えることも重要である。
塩についても同様に注意が必要である。塩化ナトリウムは低濃度であれば使用できるが、数百 mM以上になると、特に短波長側で吸収やノイズの影響が大きくなり、190–200 nm付近の測定が難しくなることがある。高濃度イオン条件で遠紫外CDを測定する場合には、フッ化ナトリウムや過塩素酸ナトリウムなど、遠紫外領域で比較的吸収の小さい塩が用いられることがある。ただし、過塩素酸塩は酸化性をもつため、取り扱いには十分な注意が必要である。
また、DMSOやDMFなどの極性有機溶媒は、疎水性基質や低分子化合物を溶解する目的で酵素溶液やタンパク質溶液に微量混入することがある。しかし、これらの溶媒は遠紫外領域に強い吸収を示すため、濃度が低くてもCD測定のノイズを増大させる場合がある。特に200 nm以下のデータを解釈する場合には、有機溶媒の混入量をできるだけ少なくし、同じ溶媒組成のブランクを用いて補正する必要がある。
遠紫外CDは、タンパク質の二次構造変化を比較的少量の試料で評価できる方法である。一般的には、タンパク質濃度0.1–1 mg/mL程度、光路長0.1–1 mmの石英セルが用いられる。必要な試料量はセルの種類や測定条件に依存するが、数十 µL程度の試料で測定できる場合も多く、総量としては数 µgから十数 µg程度のタンパク質で一般的なスペクトル測定が可能である。ただし、定量的な二次構造解析を行う場合には、タンパク質濃度、光路長、ベースライン補正、装置条件を正確に管理する必要がある。
200 nmより短波長側では、水、溶質、溶存酸素などによる吸収の影響が大きくなり、装置の検出限界に近づきやすい。また、短波長紫外光によりオゾンが発生するため、光学系を保護し、安定した測定を行う目的で窒素ガスによるパージが行われる。CD分光計の価格は装置構成によって大きく異なるが、一般的な研究用装置では概ね1,000万円以上となることが多い。温度制御、近赤外・赤外領域への拡張、ストップトフローなどの高速混合機構を備えた装置では、さらに高額となる。
◆近紫外CDスペクトル
Near-UV Circular Dichroism(CD)Spectroscopy(近紫外円二色性分光法)は、波長領域 250–320 nm を測定することにより、主としてタンパク質の三次構造に由来する芳香族アミノ酸残基の光学活性を検出する分光法である。この波長領域では、トリプトファン、チロシン、フェニルアラニンなどの芳香族側鎖が寄与し、それらが置かれた三次元的環境に強く依存したCDシグナルが観測される。
芳香族アミノ酸側鎖の配向や揺らぎによって近紫外CDスペクトルの形状が変化するため、本手法はタンパク質の高次構造、特に側鎖レベルの微妙な構造変化に対して非常に高い感度を有する。芳香族アミノ酸残基が三次元的に剛直に固定されていれば、260–300 nm 付近に正または負の明瞭なピークを示すスペクトルが得られる。より具体的には、Trp(~290 nm)、Tyr(~275 nm)、Phe(~260 nm) が主要寄与である。原理的には各芳香族残基に固有の寄与が存在するが、実際には残基間相互作用や立体配置の影響によりピークは分離せず、タンパク質全体として特徴的な指紋スペクトルを示すことが多い。
β-ラクトグロブリンは強酸性条件(pH 2)においても疎水性コアが部分的に保持された構造をとることが知られており、この条件下でも近紫外CDスペクトルを比較的明瞭に測定することができる。実際に近紫外CDスペクトルを測定すると、およそ 285 nm および 292 nm 付近に負の楕円率を示すピークが観測される。ここに 40% トリフルオロエタノール(TFE)を添加すると、これらのピークは消失し、265 nm 付近にブロードなピークが現れるようになる。これは、αヘリックス形成は促進されているものの、芳香族側鎖が特定の三次元配置に固定されず、三次構造が崩れたアルコール変性構造へと転移したためであると解釈される。一方、4 M 塩酸グアニジン中で近紫外CDスペクトルを測定すると、これまで観測されていたすべてのピークが消失する。この状態では芳香族側鎖が完全に溶媒中で自由に揺らいでおり、典型的なランダムコイル構造に固有のスペクトルを示していると考えられる。
◆熱変性
遠紫外CDはアミノ酸側鎖や無機イオン、各種添加剤による吸収の影響を受けやすく、高濃度の添加剤を含む溶液ではスペクトルを良好に測定できない場合が多い。一方、近紫外CDでは吸収をもたない低分子添加剤も多く、条件によっては安定したスペクトルが得られる。この性質を利用すると、近紫外CDを用いてタンパク質の熱変性曲線を比較的正確に評価できる場合がある。凝集抑制剤や変性剤を効果が現れる程度の高濃度で添加し、それらがタンパク質の熱安定性に与える影響を調べるような実験では、添加剤の吸収によって遠紫外CD測定が困難となり、近紫外CDが有効な手法となる(3)。
例えば、リボヌクレアーゼに 500 mM のアルギニンまたはアルギニンエチルエステル(凝集抑制剤)、あるいは塩酸グアニジン(変性剤)を添加し、近紫外CDの 280 nm における強度変化から熱変性曲線を測定した報告がある。1 ℃/分で昇温した場合、添加剤を含まない条件では約 60 ℃ 付近から立体構造の崩壊が始まり、70 ℃ 前後で完全に変性する。一方、塩酸グアニジンを添加すると変性開始温度は約 50 ℃ に低下し、60 ℃ 程度で完全に構造が失われる。アルギニンおよびアルギニンエチルエステルを添加した場合の変性曲線はこれらの中間に位置し、これらの添加剤がタンパク質の耐熱性をわずかに低下させることが示されている。
◆溶液状態の変化の判別
タンパク質の溶液状態が、何らかの処理によって変化したか否かを判別したい場面は多い。例えば、冷蔵あるいは冷凍保存後、加熱処理、pH の変化、振盪や撹拌といった物理的ストレスを与えた後など、日常的な実験操作の中でタンパク質に変化が生じたのか調べたいときがある。このような溶液状態の変化を評価する際には、単一の測定手法に依存するのではなく、複数の手法を組み合わせて総合的に判断することが重要である。
超遠心操作によってタンパク質をガラス状に固化し、長期保存した後に再溶解した場合、そのタンパク質が保存前と同一の構造状態を保っているかを検証した例がある(4)。まず、遠紫外CDスペクトルを用いることで、αヘリックスやβシートといった二次構造が保持されているかどうかを評価する。さらに、近紫外CDスペクトルを測定すれば、芳香族アミノ酸残基の環境変化を通じて、タンパク質の三次構造が維持されているかを評価する。これらのCDでは分子としての構造状態を検証できるが、これに加えて、サイズ排除クロマトグラフィを用いて溶液中の分子サイズ分布を比較すると、可溶性凝集体の形成や高次会合の有無を評価できる。特に、CDスペクトルでは大きな変化が見られない場合であっても、分子間相互作用による凝集が進行していることは少なくないからである。
◆サンプル調整
近紫外CDのシグナルは遠紫外CDと比べてかなり弱いため、良好なスペクトルを得るためには比較的多量の試料が必要となる。一般に、タンパク質濃度は 1–10 mg/mL 程度、セルの光路長は 1 cm 程度が用いられ、測定には光吸収の少ない緩衝液が推奨される。また、信号強度が小さいことから、十分な積算回数を確保し、ノイズを低減することが重要である。
遠紫外CDがタンパク質立体構造の骨格を成す二次構造を主に反映するのに対し、近紫外CDは芳香族側鎖の三次元的環境、すなわち三次構造の秩序性を反映する補完的な手法である。両者を併用することで、タンパク質の構造変化を二次構造から三次構造に至る階層的な視点で理解することが可能となる。また、緩衝液成分や低分子添加剤の多くは遠紫外領域に強い吸収をもつため、溶媒環境を大きく変えずに立体構造変化を追跡したい場合には、近紫外CDが有効な選択肢となる。
参考文献
・CDの正確な二次構造分析、とくにβ構造の予測が実現
1. Micsonai, A.; Wien, F.; Kernya, L.; Lee, Y.-H.; Goto, Y.; Réfrégiers, M.; Kardos, J. Accurate Secondary Structure Prediction and Fold Recognition for Circular Dichroism Spectroscopy. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 2015, 112 (24), E3095–E3103.
・CDを活用したタンパク質フォールディング分析例
2. Shiraki, K.; Nishikawa, K.; Goto, Y. Trifluoroethanol-Induced Stabilization of the α-Helical Structure of β-Lactoglobulin: Implication for Non-Hierarchical Protein Folding. J. Mol. Biol. 1995, 245, 180–194.
・CDを活用したタンパク質の熱変性分析例
3. Shiraki, K.; Kudou, M.; Nishikori, S.; Kitagawa, H.; Imanaka, T.; Takagi, M. Arginine Ethylester Prevents Thermal Inactivation and Aggregation of Lysozyme. Eur. J. Biochem. 2004, 271 (15), 3242–3247.
・タンパク質の溶液状態の比較例
4. Nakauchi, Y.; Nishinami, S.; Shiraki, K. Glass-like Protein Condensate for the Long-Term Storage of Proteins. Int. J. Biol. Macromol. 2021, 182, 162–167.