蛋白質溶液学
『Protein Solution』の原稿素案です。参考になれば幸いです
『Protein Solution』の原稿素案です。参考になれば幸いです
はじめに
タンパク質は、水に溶けたときにはじめて本来の性質をあらわします。構造を保ち、機能を発揮し、ときに凝集したりゲルになったり、環境に応じてそのふるまいを変えます。したがって、タンパク質を理解し、設計するためには、タンパク質分子そのものだけではなく、タンパク質溶液を対象とする視点が必要です。
タンパク質溶液は、多くの産業に関わっています。たとえば、大麦パンをどうすればふくらませられるのか、乳タンパク質だけでなめらかなアイスクリームをつくれるのか、卵白を加熱してもゲル化しないようにできるのか、年齢髪にやさしいシャンプーはどういう成分なのか、美白効果をもつ水に溶けにくい分子をどう溶かすのか、高濃度にした抗体薬の粘度をどうやったら下げられるのか、常温でタンパク質の薬を保存できる製剤ができるのか、洗剤に入っている酵素をどうすれば安定化できるのか、などの多くの課題があります。これらは一見すると別々の課題に見えますが、いずれもタンパク質を溶液中でどのように分散させ、会合を制御し、機能を保つかという共通の問題です。
たとえば、ある抗体溶液で「抗体の濃度を上げるとなぜ粘度が上昇したのか」という問いがあったとします。この現象は、物理化学や流体物性の言葉である程度説明できます。しかし、「そこにアルギニンを添加するとなぜ粘度が低下したのか」「リジンを添加すると、なぜ粘度が上がる場合があるのか」という問いに答えるためには、分子構造、分子間相互作用、添加剤との選択的相互作用、コロイド安定性、溶液物性をつなげて考える必要があります。そのような考え方ができれば、抗体溶液で得られた知識を、卵白ゲルの凝固抑制や酵素の活性化など、別の課題にも応用できるかもしれません。こうした可能性を整理するためにも、タンパク質溶液を横断的に理解する体系が求められます。
蛋白質溶液学は、タンパク質の溶液状態を統一的に扱うことを目指す体系です。構造生物学が明らかにする分子構造、生物物理学・物理化学・熱力学が与える安定性の原理、コロイド科学や界面科学が扱う分散・会合・界面挙動、酵素学が扱う機能発現、さらに製剤学や食品科学が求める実用的な溶液設計を、タンパク質溶液の理解のもとで結びつけます。
このサイトでは、われわれの研究成果だけでなく、必要な文献を広く引用しながら、蛋白質溶液学の視点からタンパク質に関連する実験方法や理論、考え方、応用例などを整理しています。研究や開発の参考にしていただければ幸いです。集中講義や講演なども歓迎です。
【タンパク質溶液の基礎】
凝集 ◆タンパク質凝集◆加熱による凝集◆酸性処理による凝集◆アルカリ処理による凝集◆長期保存による凝集◆凍結融解による凝集◆凍結乾燥による凝集◆振とうによる凝集◆界面凝集体◆Lumry–Eyringモデル/加熱凝集の記述◆Hevehan–Clarkモデル/リフォールディングの記述◆リゾチームの加熱凝集◆残存活性と可溶性凝集体◆添加剤効果の分析:アルギニン◆添加剤効果の分析:アルギニンエチルエステル◆添加剤効果の分析:アミン・変性剤・イオン◆共凝集◆共凝集と添加剤の効果◆β-ラクトグロブリンとリゾチームの共凝集◆オボアルブミンとリゾチームの共凝集◆オボトランスフェリンとリゾチームの共凝集
安定性 ◆タンパク質のネイティブ構造◆ネイティブ構造の安定化因子◆タンパク質変性◆尿素変性◆塩酸グアニジン変性◆熱変性◆圧力変性◆有機溶媒変性◆酸変性◆アルカリ変性◆自発的フォールディング◆どのようなタンパク質がリフォールディングするのか?◆二状態転移の実験◆熱力学の体系へ◆熱力学パラメータの解釈◆事例:耐熱性タンパク質の安定性の原理◆ネイティブ構造安定性とイオン強度
五次構造 ◆タンパク質結晶◆タンパク質ガラス◆相分離液滴・コアセルベート・コンデンセート◆相分離液滴◆コアセルベート◆コンデンセート◆オパレッセント状態◆液体・固体・粘弾性◆貯蔵弾性率と損失弾性率◆ゲル◆細胞内にあるコンデンセート◆二状態モデル◆モルテン・グロビュールモデル◆液–液相分離◆タンパク質の相図◆アモルファス凝集◆アミロイド◆共凝集◆サブビジブル粒子◆核形成–伸長モデル
粘度 ◆粘度とは◆相対粘度・比粘度・固有粘度◆Stokes–Einstein equation◆低濃度と高濃度の違い◆ニュートン流体と非ニュートン流体◆タンパク質濃度と粘度の関係◆アンドレード式◆分子間相互作用と粘度制御◆事例:アルギニンを用いた粘度低下の方法◆事例:ヒダントインを用いた粘度低下の方法
溶解度と相図 ◆溶解度◆過飽和◆水◆低分子の溶解度測定◆低分子の溶解度を測る実験例◆タンパク質結晶の溶解度測定◆タンパク質結晶の溶解度測定◆ハンセン溶解度パラメータ
フリーのアミノ酸の性質 ◆アミノ酸の構造と性質◆側鎖の性質による分類と特徴◆溶ける現象の熱力学的理解◆アミノ酸の水への溶解度◆タンパク質表面をつくるアミノ酸残基◆移相自由エネルギーの算出◆アミノ酸側鎖の疎水性◆アミノ酸のハイドロパシー◆アミノ酸の二次構造の取りやすさ◆アミノ酸どうしの相互作用◆アミノ酸とタンパク質の相互作用◆有用なアミノ酸添加剤◆タンパク質の構造階層◆一次構造◆二次構造◆三次構造◆四次構造◆五次構造◆20種類のアミノ酸が選ばれた理由◆タンパク質を構成するアミノ酸◆初期アミノ酸セットの特徴◆フォールダビリティとアミノ酸◆アミノ酸から見たタンパク質
【添加剤の性質】
卵白を使った溶液設計例 ◆タンパク質凝集◆卵白の凝集◆卵白の凝集への添加剤の効果◆添加剤のメカニズム◆卵白の加熱凝集へのホフマイスター効果◆卵白の加熱凝集の濃度依存性◆卵白へのアルギニンの添加効果
相互作用と添加剤 ◆ギブス自由エネルギーと相互作用の考え方◆ファンデルワールス相互作用◆静電遮蔽◆疎水性◆疎水性相互作用/疎水効果◆疎水性相互作用とファンデアワールス相互作用◆親水性◆コンフォメーションエントロピー◆塩橋◆ジスルフィド結合◆水素結合◆疎水性相互作用◆静電相互作用◆π–π相互作用◆カチオン–π相互作用◆双極子–双極子相互作用◆金属配位◆水和◆タンパク質間に主に働く相互作用◆タンパク質の凝集抑制剤・アルギニン・アミン化合物・アミノ酸・カオトロープ・コスモトロープ・糖類・ポリオール・オスモライト・界面活性剤・尿素・塩酸グアニジン◆タンパク質の沈殿剤・高分子・コスモトロープ・糖類やポリオール・有機溶媒・多価金属イオン◆タウリン◆アルギン酸◆アルギン酸プロピレングリコール(PGA)◆イソフムロン◆ペクチン◆カラギーナン◆CMC◆キサンタンガム◆レシチン◆エピガロカテキンガレート◆クルクミン◆アラントイン◆1,6-ヘキサンジオール◆二価カチオンとホフマイスター効果◆二価カチオンの塩溶効果◆オスモライト◆適合溶質◆トレハロース◆変性剤◆選択的相互作用◆選択的相互作用の理論◆選択的水和◆選択的排除◆枯渇効果◆分子クラウディング効果◆浸透圧効果
沈殿と添加剤 ◆無機塩による沈殿◆ホフマイスター系列◆コスモトロープ◆カオトロープ◆ハイドロトロープ◆二価カチオンとホフマイスター効果◆二価カチオンの塩溶効果◆イオン濃度と沈殿作用 ◆タンパク質の等電点から離れたpH中でのイオンの効果◆タンパク質の等電点に近いpH中でのイオンの効果◆アルコールによる沈殿◆アルコール変性◆高分子による沈殿◆等電点沈殿の設計:pH応答性CspBタグ◆曇点◆タンパク質結晶の溶解度◆タンパク質結晶の溶解度を測る実験例◆タンパク質の相図◆タンパク質濃度–沈殿剤濃度の相図◆温度–タンパク質濃度の相図◆pH–塩濃度の相図◆添加剤による相図の変化◆相図に描く曲線の意味◆時間依存的に変化するタンパク質相図の例
アルギニン ◆添加剤としての発見の経緯◆凝集抑制のメカニズム◆アルギニンのその他のメカニズム◆アルギニンと水和◆新しい凝集抑制剤を開発する◆ポリアルギニン◆ハイドロトロープと界面活性剤との関係◆カチオン-π相互作用の証明◆芳香族化合物の溶解度の向上◆タンパク質を溶かす◆アルギニンの使い方◆タンパク質と緩衝液とアルギニンの関係◆アルギニンが凝集抑制剤として機能する条件◆サブビジブル粒子の形成への添加剤の効果◆階層的凝集モデルへのアルギニンの効果
【身近な計測法】
吸収分光法 ◆吸収分光◆濁度◆タンパク質の吸収スペクトルの例◆凝集抑制剤の効果の濁度による比較◆残存タンパク質量による凝集抑制剤の比較
蛍光分光法 ◆内因性蛍光測定◆ANS蛍光◆ThT蛍光◆事例:タンパク質の持つTrp残基の蛍光◆事例:天然構造と加熱変性構造の比較◆例:遊離Trpの蛍光スペクトル
円二色性スペクトル ◆遠紫外CDスペクトル◆等吸収点◆サンプル調整◆近紫外CDスペクトル◆熱変性◆溶液状態の変化の判別◆サンプル調整
凝集体の計測 ◆サイズ排除クロマトグラフィー◆光散乱◆動的光散乱DLS◆静的光散乱SLS◆電気泳動光散乱・ゼータ電位◆等温滴定型熱量系ITC◆熱力学パラメータによる相互作用の解釈◆示差走査熱量測定◆DSCによるIgGの分析◆濁度による加熱凝集体の検出◆濁度による加熱凝集と凝集抑制剤の計測◆濁度を用いたアルギニンの凝集抑制機構の考察◆第二ビリアル係数◆拡散ビリアル係数
【酵素溶液の設計】
酵素の性質 ◆酵素とは◆代謝とは◆酵素のパラメータ◆ミカエリス-メンテン式を読み解く◆平均的な酵素の姿◆生成物阻害◆生成物阻害:プロテアーゼの例◆生成物阻害:ヘキソキナーゼの例◆生成物阻害:乳酸脱水素酵素の例◆温度と酵素活性◆pHと酵素活性◆イオン強度と酵素活性◆事例:酵素活性の補償とサバティエの法則◆事例:化学走性 (分析法、アロステリック効果、阻害)
酵素の活性化 ◆溶液設計による酵素活性化◆酵素活性化のアイデア・構造と会合状態・熱力学的環境の制御・反応速度論・空間的組織化◆酵素と第三成分◆ホフマイスター系列のイオン効果◆セリンプロテアーゼの酵素活性◆事例:キモトリプシンの活性と無機イオン◆事例:キモトリプシンの活性とアミン化合物◆アミン化合物の添加による活性化メカニズム◆事例:キモトリプシンの活性と高分子電解質◆活性化の酵素学的分析◆活性化のメカニズム解明◆事例:乳酸脱水素酵素と酸性での解離◆乳酸脱水素酵素の高分子電解質による安定化◆添加剤による酵素活性化とは
酵素の液-液相分離 ◆一般論としての液-液相分離と酵素活性◆ドロプレットによる酵素活性化のメカニズム◆酵素の連続反応と代謝の理解◆乳酸酸化酵素と液-液相分離◆代謝酵素の連続反応
【産業への応用】
バイオ医薬品の製剤設計 ◆緩衝液◆抗体のための中性緩衝液の選択◆抗体のための酸性緩衝液の選択◆抗体製剤に使われる成分◆抗体製剤例◆Tris緩衝液を使ったバイオ医薬品の製剤例◆アデノウイルス製剤例◆アデノウイルス製剤の見方◆血清アルブミンの製剤例◆ポリソルベート◆スクロース・トレハロース・ソルビトール・マンニトール◆製剤に含まれるアミノ酸◆製剤の新規添加剤の候補◆スプレードライ製剤の凍結融解試験:エクトインとヒドロキシエクトイン◆加熱加速試験:サルコシン◆長期冷蔵保存:天然オスモライトによる抗体の冷蔵保存◆長期保存試験:スクロースとアルギニン◆長期保存試験:ポリリン酸◆加熱・光酸化ストレス試験:タウリン◆アルコール保存剤ストレス試験:TMAO◆TMAOを製剤添加剤として使う際の注意点◆抗体溶液のオパレッセンス◆オパレッセンスの添加剤による制御
食品タンパク質 ◆コーラ牛乳◆ポリリン酸による沈殿◆リエントラント凝縮◆卵白ゲル◆卵白ゲルとpH◆卵白ゲルの加熱条件◆卵白ゲルへの添加剤効果◆乾燥卵白のハイゲル化◆卵白泡の溶液設計◆ラーメンの麺◆濃厚つけ麺と豚骨ラーメン◆グリアジンとグルテニン◆グルテンネットワークの制御技術◆市販ラーメンの食品表示◆ラーメン麺の設計思想◆食べるタンパク質としての乳化・ゲル・起泡◆乳化とは◆タンパク質が乳化剤になる理由◆大豆蛋白の乳化力の改良◆アイスクリームとカゼイン◆理想のアイスクリーム◆脂肪球界面膜の制御◆未凍結水相の制御
深共晶溶媒 ◆水◆天然深共晶溶媒◆深共晶溶媒の発見の経緯◆天然深共晶溶媒◆生体内と深共晶溶媒◆天然深共晶溶媒が作る相互作用◆深共晶溶媒の中の水の役割◆凍結耐性生物の代謝産物の変化◆深共晶溶媒と酵素◆酸化還元酵素◆ラッカーゼ◆アルコール脱水素酵素◆リパーゼ◆プロテアーゼ◆リゾチーム◆深共晶溶媒を用いる物質の抽出・ポリフェノールの抽出・多糖の抽出・タンパク質の抽出 ◆深共晶溶媒研究におけるコンピュータ活用
【生命現象の理解(本)】
相分離生物学(大学院生向け10コマ分の教科書。概念の把握にちょうどよいサイズ)
相分離生物学の全貌(110名の専門家とまとめた79の研究プラン。最初期の大部です)
【用語集】
■添加剤・溶質
・cosolute(共存溶質) タンパク質以外に溶液中に存在する糖、アミノ酸、塩、尿素などを指す広い用語。
・cosolvent(共溶媒) 水に加えて含まれる有機溶媒や液体成分を指す用語。
・excipient(製剤添加剤) 医薬品製剤に加えられる安定化剤、等張化剤、緩衝剤、界面活性剤などの総称。
・stabilizer(安定化剤) タンパク質の変性、凝集、失活、分解などを抑える添加剤。
・destabilizer(不安定化剤) タンパク質の構造安定性や溶液安定性を低下させる添加剤。
・protectant(保護剤) 凍結、乾燥、浸透圧、熱などのストレスからタンパク質を保護する物質。
・osmolyte(オスモライト) 細胞内外の浸透圧調節やタンパク質安定化に関わる低分子溶質。
・compatible solute(適合溶質) 細胞内に高濃度で蓄積してもタンパク質機能や代謝を大きく妨げにくい溶質。
・osmoprotectant(浸透圧保護剤) 浸透圧ストレスから細胞やタンパク質を保護する物質。
・piezolyte(ピエゾライト) 高静水圧下でタンパク質や細胞機能を保護する低分子溶質。
・cryoprotectant(凍結保護剤) 凍結によるタンパク質の変性や凝集を抑える添加剤。
・lyoprotectant(凍結乾燥保護剤) 凍結乾燥および再溶解時のタンパク質変性や凝集を抑える添加剤。
・tonicifier(等張化剤) 製剤や溶液の浸透圧を調整する添加剤。
・surfactant(界面活性剤) 空気–水界面、氷–水界面、容器表面などでのタンパク質変性を抑える両親媒性添加剤。
・hydrotrope(ハイドロトロープ) 難溶性物質の水への溶解性を高める低分子または塩。
・chaotrope(カオトロープ) タンパク質構造や水和状態を不安定化しやすい溶質またはイオン。
・kosmotrope(コスモトロープ) タンパク質構造や水和状態を安定化しやすい溶質またはイオン。
■水和・選択的相互作用
・hydration shell(水和殻) タンパク質表面の近傍に存在し、表面性質の影響を受ける水分子の層。
・bound water(結合水) タンパク質、添加剤、イオンなどと強く相互作用している水。
・bulk water(バルク水) タンパク質や添加剤の表面から離れ、通常の液体水として振る舞う水。
・water activity(水分活性) 溶液中の水がどの程度自由に振る舞えるかを表す指標。
・preferential hydration(選択的水和) タンパク質表面近傍で添加剤よりも水が相対的に多く存在する状態。
・preferential exclusion(選択的排除) 添加剤がタンパク質表面近傍から相対的に排除される状態。
・preferential binding(選択的結合) 添加剤がタンパク質表面近傍に相対的に濃縮される状態。
・preferential interaction(選択的相互作用) タンパク質表面近傍で水、添加剤、イオンの分布がバルク溶液と異なること。
・excluded volume(排除体積) 分子や粒子が互いに同時に占有できない空間。
・molecular crowding(分子混雑) 高濃度の高分子やタンパク質によって溶液中の有効空間が制限される現象。
■塩・イオン効果
・electrolyte(電解質) 水中でイオンに解離し、電気伝導性を示す物質。
・polyelectrolyte(高分子電解質) 多数の荷電基をもつ高分子。
・ampholyte(両性電解質) 酸性基と塩基性基をもち、pH によって電荷状態が変化する分子。
・counterion(対イオン) 荷電した分子や表面に対して反対符号の電荷をもつイオン。
・co-ion(共イオン) 荷電した分子や表面と同じ符号の電荷をもつイオン。
・ionic strength(イオン強度) 溶液中のイオン濃度と価数を反映する電解質濃度の指標。
・electrostatic screening(静電遮蔽) 溶液中のイオンによって電荷間相互作用が弱められる現象。
・Debye length(デバイ長) 電荷間相互作用が溶液中で有効に働く距離の目安。
・Hofmeister series(ホフマイスター系列) イオンがタンパク質の溶解性や安定性に与える効果を並べた経験的系列。
・salting-in(塩溶) 塩の添加によってタンパク質や疎水性物質の溶解性が高まる現象。
・salting-out(塩析) 塩の添加によってタンパク質の溶解性が低下し、沈殿しやすくなる現象。
・ion pairing(イオン対形成) 正負のイオンが静電的に会合して対を形成する現象。
・counterion condensation(対イオン凝縮) 強く帯電した高分子の周囲に対イオンが濃縮される現象。
・Donnan effect(ドナン効果) 透過できない荷電分子が存在することで、膜やゲルの内外でイオン分布が偏る現象。
■タンパク質の安定性
・conformational stability(構造安定性) タンパク質の立体構造が変性せずに保たれる安定性。
・colloidal stability(コロイド安定性) タンパク質分子が凝集せずに溶液中で分散している安定性。
・thermal stability(熱安定性) 加熱に対してタンパク質構造や機能が保たれる安定性。
・chemical stability(化学安定性) 酸化、脱アミド化、加水分解などの化学反応に対する安定性。
・physical stability(物理的安定性) 変性、凝集、沈殿、相分離などの物理的変化に対する安定性。
・native state(天然状態) タンパク質が本来の折りたたみ構造と機能を保った状態。
・unfolded state(変性状態) タンパク質の天然構造が失われた状態。
・molten globule(モルテン・グロビュール) 二次構造をある程度保つが、三次構造が緩んだ中間的な変性状態。
・transition temperature(転移温度) タンパク質の構造変化や相変化が起こる温度。
・melting temperature, Tm(融解温度) タンパク質の半数が変性状態になる温度。
・apparent Tm(見かけの融解温度) 測定法や不可逆過程の影響を含んだ見かけ上の変性中点温度。
・onset temperature(変化開始温度) 変性、凝集、濁りなどの変化が観測され始める温度。
■タンパク質間相互作用・コロイド性
・protein–protein interaction, PPI(タンパク質間相互作用) タンパク質分子同士の引力、斥力、会合などの相互作用。
・self-association(自己会合) 同じタンパク質分子同士が会合する現象。
・reversible self-association(可逆的自己会合) 条件に応じて形成と解離を繰り返すタンパク質会合。
・irreversible aggregation(不可逆凝集) 一度形成されると容易には解離しないタンパク質凝集。
・attractive interaction(引力的相互作用) タンパク質分子同士を近づける方向に働く相互作用。
・repulsive interaction(斥力的相互作用) タンパク質分子同士を遠ざける方向に働く相互作用。
・patchy interaction(パッチ状相互作用) タンパク質表面の局所的な電荷、疎水性、芳香族領域などによる方向性のある相互作用。
・soft colloid(ソフトコロイド) タンパク質を変形性や内部自由度をもつコロイド粒子として扱う考え方。
・second virial coefficient, B₂₂(第二ビリアル係数) 希薄溶液中のタンパク質間相互作用を表す熱力学的指標。
・diffusion interaction parameter, kD(拡散相互作用パラメータ) 濃度に対する拡散係数の変化からタンパク質間相互作用を評価する指標。
・zeta potential(ゼータ電位) 粒子表面近傍の電気的ポテンシャルを表す指標。
・structure factor(構造因子) 散乱測定において粒子間の空間的相関を反映する項。
・form factor(形状因子) 散乱測定において粒子そのものの大きさや形を反映する項。
・hydrodynamic radius, Rh(流体力学半径) 拡散挙動から求められる粒子の見かけの半径。
・radius of gyration, Rg(慣性半径) 分子内の質量分布の広がりを表す半径。
・polydispersity(多分散性) 粒子や分子のサイズ分布がどの程度広いかを示す性質。
■凝集・相分離
・aggregation(凝集) タンパク質分子が集合して大きな会合体を形成する現象。
・aggregate(凝集体) 凝集によって形成されたタンパク質集合体。
・soluble aggregate(可溶性凝集体) 溶液中に分散したまま存在するタンパク質凝集体。
・insoluble aggregate(不溶性凝集体) 沈殿や濁りとして観察されるタンパク質凝集体。
・amorphous aggregation(アモルファス凝集) 規則的な構造をもたない不定形の凝集。
・fibrillation(線維化) タンパク質が線維状の集合体を形成する現象。
・amyloid fibril(アミロイド線維) βシートに富む規則的なタンパク質線維状集合体。
・nucleation(核形成) 凝集、結晶化、線維化などの起点となる小さな集合体が形成される過程。
・growth(成長) 核や既存の集合体に分子が加わり、凝集体や結晶が大きくなる過程。
・precipitation(沈殿) 溶液中のタンパク質が不溶化して固体または濃厚相として分離する現象。
・opalescence(乳光) 微小な粒子、会合体、濃度ゆらぎによって溶液が白濁して見える現象。
・liquid–liquid phase separation, LLPS(液液相分離) 均一な溶液がタンパク質濃度の高い液相と低い液相に分かれる現象。
・coacervation(コアセルベーション) 高分子やタンパク質が濃厚な液滴相を形成する現象。
・complex coacervation(複合コアセルベーション) 反対電荷をもつ高分子やタンパク質の複合化によって生じる液液相分離。
・gelation(ゲル化) 分子間ネットワークが形成され、溶液が流動性を失う現象。
・percolation(パーコレーション) 分子間ネットワークが系全体につながる現象。
・crystallization(結晶化) 分子が規則的に配列して結晶を形成する現象。
■製剤・保存安定性
・formulation(製剤処方) タンパク質濃度、緩衝液、塩、添加剤、pH などを組み合わせた製剤設計。
・formulability(製剤化適性) タンパク質を目的濃度や剤形で安定に製剤化できる性質。
・developability(開発適性) 安定性、発現性、精製性、粘度、凝集性などから見た医薬品候補としての適性。
・high-concentration formulation(高濃度製剤) 高濃度のタンパク質を含む製剤。
・viscosity(粘度) 溶液の流れにくさを表す物性。
・viscosity reducer(粘度低減剤) 高濃度タンパク質溶液の粘度を低下させる添加剤。
・interfacial stress(界面ストレス) 空気、水、氷、容器表面などの界面によってタンパク質が受ける物理的ストレス。
・air–water interface(空気–水界面) 空気と水が接する界面で、タンパク質の吸着や変性が起こりやすい領域。
・ice–water interface(氷–水界面) 凍結時に形成される氷と液体水の界面。
・subvisible particles(サブビジブル粒子) 目視では見えにくいが測定では検出される微小粒子。
・visible particles(可視粒子) 目視で確認できる大きさの粒子。
・forced degradation(強制劣化) 熱、光、酸化、振盪、凍結融解などを加えてタンパク質の劣化を意図的に促進する試験。
・accelerated stability test(加速安定性試験) 高温などの条件で保存し、長期保存中の変化を短期間で予測する試験。
・freeze–thaw stress(凍結融解ストレス) 凍結と融解の過程でタンパク質が受ける濃縮、界面、pH 変化などのストレス。
・lyophilization(凍結乾燥) 凍結した試料から氷を昇華させて乾燥製剤を作る方法。
・reconstitution(再溶解) 乾燥製剤に溶媒を加えて元の溶液状態に戻す操作。