蛋白質溶液学(吸光)
凝集から酵素活性まで分光光度計でカバーできる
凝集から酵素活性まで分光光度計でカバーできる
分光光度計
分光光度計は、研究室で最も基本的かつ汎用性の高い分析装置のひとつです。試料に光を照射し、その透過光や散乱光を測定することで、さまざまな情報を得られる点が最大の特徴です。タンパク質の研究の場合、溶液の吸収スペクトルからタンパク質の濃度や酵素活性を定量できるほか、濁度の変化を追跡することで凝集体の生成過程を評価することもできます。本ページでは、分光光度計の基本的な使い方を説明します。この装置を使いこなすだけで、抗体の凝集抑制剤の開発から酵素の活性化法の発見まで、いくらでも研究が進みます。
◆吸収分光
吸収分光(Absorption Spectroscopy)は、試料に単色光を照射し、透過光強度の減衰から吸光度を波長の関数として測定する手法である。吸光度は、透過率が小さいほど大きくなるように定義された指標で、透過率の常用対数の負の値である。
タンパク質の 280 nm 付近の吸収は主にトリプトファン(Trp)とチロシン(Tyr)に由来する。フェニルアラニン(Phe)の寄与は 280 nm では小さく、主により短波長側に吸収をもつ。この性質を利用して、A280からタンパク質濃度を求める方法が広く使われる。とくにモル吸光係数はアミノ酸配列から推算でき、測定値と組み合わせて濃度決定に用いられる。
なお、タンパク質の構造変化にともない、芳香族アミノ酸周辺の環境が変化すると吸収スペクトルに小さな変化が生じるが、感度は高くない。そのため、タンパク質構造評価の主役はCDや蛍光の方が優れている。
一方、ヘムや補酵素を持つケースでは、吸収分光が構造変化や活性の測定に用いられることがある。ヘムをもつタンパク質では、UV–Visが状態解析の中心的手段となる。ヘムは可視域に強い吸収帯をもち、典型的にはSoret帯が 410–420 nm 付近に現れ、さらに 500–600 nm 付近にα/β帯が観測される。これらのピーク位置や形状は、ヘムの酸化還元状態や周辺環境に依存して変化するため構造解析に使われる例がある。
吸収分光法は、酵素反応の進行に伴う基質や生成物、補酵素の吸収変化を直接追跡できるため、酵素活性測定にも広く利用されている。代表例として、酸化還元酵素反応における補酵素 NADH の定量が挙げられる。NADH は 340 nm 付近にモル吸光係数約 6,200 M⁻¹ cm⁻¹ の明瞭な吸収帯を示す一方、酸化型の NAD⁺ はこの波長ではほとんど吸収を示さない。したがって、NADH の生成や消費に伴う 340 nm の吸光度変化を測定することで、酵素反応速度を定量できる。
別の例として、基質は吸光をほとんど示さないが、生成物が特定波長で強い吸光を示すタイプのアッセイ基質がある。プロテアーゼ活性測定には、p‐ニトロアニリン(p-nitroaniline, pNA)を結合させたペプチド基質が広く用いられる。加水分解により遊離した pNA は、380–405 nm 付近に明瞭な吸収帯を示すため、通常は 405 nm の吸光度増加をモニタリングすることでプロテアーゼ反応を高感度に定量できる。
◆濁度
濁度(Turbidity)は、溶液中に分散した粒子や集合体によって光が散乱および(試料によっては)吸収され、検出器に到達する透過光が減衰することで生じる濁りのことをいう。水質分野では、試料による散乱光強度を標準懸濁液と比較して濁度を定量し、たとえばEPA Method 180.1では、90°方向散乱(ネフェロメトリー)に基づく測定として定義されている(1)。
一方で研究室の分光光度計を用いてタンパク質の濁度を測定する場合は、透過光の減衰を見かけの吸光度(optical density; OD)として扱うことが多い。タンパク質溶液中にある粒子が増えるほどODが増える。濁度の粒径依存は、粒子サイズが波長より十分小さい領域(Rayleigh領域)では散乱が粒径の強い関数となり、しばしば粒径の6乗に比例すると近似される。しかし厳密には、粒径が可視光波長に近い領域ではMie散乱となり、角度依存や波長依存が複雑になることは注意が必要である。
タンパク質溶液の濁度は、分光光度計のような汎用的な装置を用い、実験も簡単であるため、タンパク質の加熱や保存、pH変化、攪拌、凍結融解、界面曝露、添加剤(塩、糖、界面活性剤、アミノ酸等)など、タンパク質溶液のさまざまなストレスによって生じる凝集体の計測法として広く使われている。
実務的には、タンパク質が本来ほとんど吸収しない波長域(例えば、400 nmや600 nmなど)でODを追跡し、経時変化を議論する設計が一般的である。ただし濁度の測定だけでは、粒子が粗大化したか、または粒子数が増えたのかという判別が困難で、必要に応じて他の測定法と組み合わせて解釈する。タンパク質研究では、分光光度計やプレートリーダーでODを測定するが、NTU(Nephelometric Turbidity Unit)のような規格化された単位とは一致しないこともあるため、原則として同一条件でサンプルを比較するような場合に使う。
抗体製剤などのタンパク質溶液でODを測定する場合、散乱は一般に短波長ほど強くなる傾向があるため、同一試料では 400 nm の方が 600 nm より散乱成分の変化を検出しやすい。一方、600 nm は散乱寄与が相対的に小さい分、高濁度域での飽和や非線形を避けやすく、また短波長で問題になりやすい 微小な気泡、セルの傷、添加剤のわずかな着色の影響を受けにくい。したがって、微小な変化を拾いたい場合は 400 nm、頑健に比較したい場合や濁度が高い試料では 600 nm を併用する、といった使い分けが有用である。
◆タンパク質の吸収スペクトルの例
タンパク質の紫外吸収スペクトルと、凝集にともなう紫外吸収スペクトルのズレについて見てみたい(2)。ウシ血清アルブミンの紫外吸収スペクトルは、多くのタンパク質と同様に 280 nm および 215 nm に吸収のピークを示す形状をしている。280 nm の吸収は主としてトリプトファン、チロシン、フェニルアラニンといった芳香族アミノ酸残基に由来し、タンパク質中の芳香環の環境変化を反映する。一方、215 nm 付近の吸収は主にペプチド結合の π–π* 遷移によるものであり、タンパク質の主鎖構造や二次構造の状態を反映する領域である。
実用的には、1 cm セルに 0.1 mg/mL 程度のタンパク質溶液を入れれば 280 nm の吸収を十分に測定できる濃度であり、BSA では 280 nm におけるモル吸光係数 が約 4.4×10⁴ M⁻¹ cm⁻¹であるため、この波長の吸光度から濃度を計算することができる。 ただし、280 nm 吸収を用いた定量では、核酸など 260 nm 付近に強い吸収をもつ不純物が混入しているとみかけの吸収が増える。また、不純物がない場合にもタンパク質凝集があれば、短波長ほどみかけの吸収が増えるのでスペクトルが上にシフトする。
なお、215 nm の吸収は 280 nm と比べて一般に数倍以上高い感度を示すが、この波長域では緩衝液成分や塩、溶媒自体、さらにはセル材質の見かけの吸収などもあるため、バックグラウンド補正が難しい。そのため、215 nm 吸収は単独でタンパク質濃度を正確に定量する用途にはあまり用いられず、高速液体クロマトグラフィーやサイズ排除クロマトグラフィーにおける検出波長として、ペプチド結合の存在量を高感度にモニターする目的で利用されることが多い。
◆凝集抑制剤の効果の濁度による比較
タンパク質の加熱凝集抑制剤の候補を探索する実験例を見てみたい(3)。1 mg/mlのガンマグロブリンを 20 mMのリン酸緩衝液(pH 7.0)に加えたサンプルを、70˚Cおよび80˚Cで加熱したときの400 nmのODの変化を分光光度計で経時的に測定した。添加剤を入れないサンプルでは、70˚Cで加熱すると300秒程度のタイムラグがあった後に急速に濁度が増加することがわかる。一方、Nアセチルトリプトファンやカプリル酸を添加するとODの増加が遅くなっていることがわかる。
この実験は、分光測定のためのセルにタンパク質溶液を加え、そのままセルホルダを加熱することで凝集にともなうOD変化を測定するため、実験はシンプルかつ簡単である。添加剤の比較のように、同一条件で凝集の形成スタート時間や、凝集量の相対的な抑制効果を比較する場合には好ましい。ただし、ここで得られたOD値から、凝集体のサイズや量などを定量することはできない点に注意が必要である。あくまでも相対的な比較であるが、プレートリーダーなどを使い一挙に多数のサンプルを測定することもできる。
◆残存タンパク質量による凝集抑制剤の比較
凝集体を形成したタンパク質の量を測定したい場合には、遠心分離をしたあと上清に残るタンパク質の量を測定するという方法がある。これは、分光光度計で濁りを直接測定するのではなく、あらかじめ1.5 mLなどのチューブの中でタンパク質を加熱したあと、そのままチューブを遠心し、上清を別のチューブにとりわけてタンパク質濃度を測定する必要があるため、手間がかなりかかる。
卵白リゾチームをモデルに、98˚Cによる加熱凝集を調べた例を見てみよう(4)。添加剤としてアルギニンおよびアルギニンエチルエステルを100 mM添加した1 mg/mlリゾチームのサンプルを20本準備し、98˚Cで加熱したあとすみやかに冷却し、15,000 gで20分間の遠心分離をしたあとの上清に残ったタンパク質の濃度を、分光光度計による280 nmの吸収によって調べた。280 nmはタンパク質の芳香族アミノ酸による吸収があり、強度には濃度依存性がある。
実験データを見てみると、200秒程度のタイムラグがあったのち、急速に上清に残されるタンパク質の量が減少していくことがわかる。つまり逆にいうと、凝集によって遠心分離で沈殿したタンパク質の量が、時間とともに増えていくということを意味する。ここにアルギニンを加えた場合には凝集が明らかに抑制されており、アルギニンエチルエステルを添加した場合にはそれがさらに顕著になり、凝集抑制剤として機能していることがわかる。
この実験では、上清のタンパク質濃度を280nmで定量するだけでなく、上清の酵素活性も測定することによって、上清に含まれるネイティブ構造を保っているタンパク質の量をあわせて定量している。すなわち、遠心して沈殿したものは不可逆に凝集体を形成したタンパク質であり、遠心して上清に残されたものは、ネイティブ構造を保っているもののほか、加熱によって立体構造が壊されたものや、遠心分離で沈殿しない程度に微小な凝集体までが含まれていることがわかる。なぜなら、ここで定量した凝集体と、活性から見積もられるネイティブ構造を足しても100%にならないからである。この実験は一手間かかるが、このように情報を引き出せる量が多いことは特筆すべき利点である。
参考文献
1. https://www.epa.gov/sites/default/files/2015-08/documents/method_180-1_1993.pdf
2. Yoshizawa, S.; Arakawa, T.; Shiraki, K. Dependence of ethanol effects on protein charges. Int. J. Biol. Macromol. 2014, 68, 169–172.
3. Oki, S.; Arakawa, T.; Shiraki, K. The effects of N-acetyltryptophan and caprylic acid on protein aggregation. J. Biol. Macromol. 2016, 16, 3–7.
4. Shiraki, K.; Kudou, M.; Nishikori, S.; Kitagawa, H.; Imanaka, T.; Takagi, M. Arginine ethylester prevents thermal inactivation and aggregation of lysozyme. Eur. J. Biochem. 2004, 271, 3242–3247.