蛋白質溶液学(酵素の活性化)
あまり知られてないが、酵素は塩を入れても活性化する
あまり知られてないが、酵素は塩を入れても活性化する
酵素の活性化法
酵素反応は、触媒残基だけで完結する単純な化学ではなく、溶液の物性にも大きく支配されます。にもかかわらず私たちは、実験的な再現性を優先するあまり、余計なものを入れない理想系でパラメータを測定してきました。その結果として、酵素が本来もつ能力を十分に引き出せていない可能性があります。このページでは、塩や糖、アミン、高分子電解質などの第三成分を添加することで、酵素の安定性や凝集性だけでなく、活性そのものも変化することを示します。活性が向上する例が意外に多いですが、酵素は本来、反応とは直接関係しない多様な分子が共存する環境で機能するように設計されていることの傍証だと思います。工学的な応用としては、添加剤をノイズとして排除するのではなく、操作因子として積極的に扱うことです。
◆溶液設計による酵素活性化
酵素活性化には、部位特異的変異導入、人工酵素設計、指向性進化など、酵素分子そのものを改良する強力な方法がある。これらの手法は、活性中心、基質結合部位、構造安定性、基質特異性を分子レベルで設計できる点に大きな利点がある。一方、溶液設計によるアプローチは、酵素分子を取り巻く環境を整えることで、酵素が本来もつ性能を引き出す方法である。この方法の利点は、既存の酵素にそのまま適用できることである。酵素のアミノ酸配列を変えないため、すでに確立された発現系や品質管理の枠組みを活かしながら、活性や安定性を向上させることができる。食品酵素、診断酵素、医薬品関連酵素、工業用酵素のように、既存酵素の実用性を高めたい場合には、特に有効な選択肢となる。
溶液設計は開発の初期段階から全ての段階で試みることができる。pH、塩、アミノ酸、糖、ポリオール、オスモライト、界面活性剤、高分子、深共晶溶媒、液-液相分離環境などを組み合わせることで、酵素の活性や保存安定性、耐熱性、基質分散性、反応収率を比較的短期間で評価できる。反応条件を変えるだけで検討できるため、多数の候補を並列に探索しやすい点も大きい。また、酵素改変によって得られた高性能な酵素を、溶液設計で最適化することができる。逆に、溶液設計によって反応系のボトルネックを明らかにすることで、どの部位を変異させるべきか、どの性質を進化させるべきかを考える手がかりにもなる。
◆酵素活性化のアイデア
希薄な緩衝液は、酵素にとって最適な環境ではない。細胞内で機能する酵素は細胞内で働くようにできているからであり、それは逆に酵素学的な研究のためにはふさわしい環境ではない。この見方が酵素活性化のベースにある。酵素の本来の状態を引き出すことができれば、酵素は(われわれが実験で使うような薄い緩衝液の中よりも)活性化するはずである。溶液環境を適切に設計するために次のような見方がある。
・構造と会合状態
多量体を形成することで高活性を示す酵素では、クラウディング剤、コスモトロープ、高分子電解質などによって多量体構造が安定化されると、見かけの活性が上昇する。多くの代謝酵素や制限酵素などがここに当てはまる。また、ネイティブ構造が熱力学的に不安定で不可逆変性を受けやすい酵素においては、同様の環境がネイティブ状態を安定化し、主として kcat の増加として活性向上が現れる。これは、プレプロ体として発現するプロテアーゼなどが関係する。さらに、完全なネイティブ構造よりも、部分的に柔軟化した状態の方が触媒に有利となる場合もあり、軽度の部分変性やアロステリック平衡の活性型へのシフトも活性化機構となり得る。このケースは例えば、活性中心に蓋があるタイプのリパーゼなどが相当する。
・熱力学的環境の制御
疎水表面に起因する非特異的凝集は酵素活性を低下させるが、微量界面活性剤やカオトロープはこれを抑制し、kcatを増加させる。多くのリパーゼやセルラーぜなどはこの方法で活性化できるだろう。また、溶媒の誘電率の低下やイオン環境の変化を使うことで、活性中心における電荷間相互作用を強め、遷移状態を選択的に安定化することで反応障壁を低下させることもできるだろう。加えて、触媒残基の pKa シフト、水活量の最適化、反応中間体あるいは遷移状態の自由エネルギー変化といった要因も、kcat や KM の変化として酵素活性に寄与する。このような活性中心に影響する溶媒設計は、多くの場合トライアンドエラーになると思うが、転移酵素や異性化酵素、酸化還元酵素などに試してみる価値がある。
・反応速度論
基質結合段階と化学反応段階の双方に対する制御が可能である。例えば、疎水性の物質を基質にする酵素では、コスモトロープ環境により酵素–基質相互作用が強まり KM が低下する。また、タンパク質に結合しやすい金属イオンや多価カチオン、ポリアミンなども、基質との配置や電荷遮蔽を通じてKMを減少させる効果が得られるだろう。一方、酵素ダイナミクスの過剰な揺らぎを粘性環境が抑制し、触媒に有利なコンフォメーションの滞在時間を増加させることでkcatが上昇する例も知られている。プロテアーゼや酸化還元酵素は実際に、一桁程度はkcatを上げることができる。
・空間的組織化
複数酵素の連続反応では、酵素の局在が重要である。例えば、相分離液滴や高分子電解質や核酸によるスキャフォールド、ナノ粒子表面への固定などにより酵素を局所化できれば、反応中間体の拡散距離が短縮され、基質チャネリングが促進される。その結果、kcatとKMのいずれにも有利になる可能性がある。また、生成物阻害を受ける酵素において、基質と生成物の相分配が異なる相分離環境を設計すれば、生成物阻害を避けることによる実行的な効活性の上昇も期待できる。
◆酵素と第三成分
酵素の持つパラメータを決定する際には、通常は溶液を理想的な条件に設定する。すなわち、酵素濃度は基質よりも十分に低く設定し、生成物の逆反応や酵素失活の影響を避けるために反応開始直後の初速度を測定する。さらに、pHや温度を一定に保ち、酵素の活性には影響のない物質を添加せずに測定する。このような理想的な条件は、細胞内とは全く異なっている。細胞質は水に満たされた空間というよりも、多種多様なタンパク質や核酸、脂質、小分子が高密度に存在する混み合った環境である。自由水はかなり少なく、濃厚な有機スープのような状態ある。このような環境では、酵素と基質の拡散が遅れたり、酵素の構造やダイナミクスが変化したりするし、酵素と基質との相互作用が阻害されたり、液-液相分離や凝集などの影響で局所的な濃度の変化が起こったりもする。
あらためて考えてみると、酵素は反応とは直接関係がない夾雑物がたくさん含まれた「汚い溶液中」で働くよう進化してきたはずである。しかし、夾雑物が過剰に含まれており、酵素や基質が微量しか存在しない溶液中では、酵素の立体構造や反応を調べることが困難であるため、精製した酵素を用いて、pHを安定化させるため薄い緩衝液を入れ、それ以外にはあまり余計なものは加えない条件を選んできたのである。もちろん実験しやすい理想的な条件だからこそ、再現性良く活性や構造を調べることができ、生化学が発展してきたと言うこともできる。
このように、in vitro で得られた酵素学的なパラメータは、酵素の細胞内での実際の環境での性質を反映したものとは限らないことに注意すべきである。酵素が「実験室の試験管内」と「細胞の複雑な内部環境」でどのように異なる挙動を示すかを理解することは、相分離生物学の重要なテーマである。それと同時に、反応に直接関係しない物質による酵素の高活性化や安定化は、酵素の産業応用の可能性を広げるものである。
◆ホフマイスター系列のイオン効果
酵素活性化のもっともわかりやすい事例として、ホフマイスター系列のイオン効果を考えてみたい。無機イオンは酵素の安定性に影響を及ぼすが、その一つの指標としてホフマイスター系列(Hofmeister series)が知られている(1,2)。これは、イオンがタンパク質の溶解性や構造安定性に与える影響を順序づけたもので、19世紀に発見された。例えば、アニオンでは SO₄²⁻ > Cl⁻ > SCN⁻ の順にタンパク質を安定化しにくくなり、カチオンでは NH₄⁺ < Na⁺ < Mg²⁺ の順に構造安定性が増す傾向がある。
安定化を促すイオンはコスモトロープと呼ばれ、水和構造を強めてタンパク質の立体構造を保ちやすくする。一方、不安定化を促すイオンはカオトロープあり、疎水効果を弱めて構造を乱すことがある。これらの語源はギシリャ語の「コスモス」「カオス」である。つまり、コスモトロープとは、「秩序をもたらすもの」「整然とした方向に変えるもの」という意味であり、水の構造を安定化し、タンパク質や酵素の構造も整えやすいイオンのことをいう。カオトロープとは、「混沌の方向に変えるもの」「秩序を乱すもの」という意味であり、水の構造を乱し、タンパク質の構造や酵素活性を不安定にしやすいイオンのことをいう。これらの結果、水にコスモトロープイオンを加えると、水溶液の表面張力の増加や、タンパク質の溶解度の低下、タンパク質構造の安定化、タンパク質の凝集の促進の効果が見られる。カオトロープイオンはこれらと逆の効果が現れる。このように無機イオンはタンパク質や溶液系に影響を及ぼすため、酵素活性にも影響する。
酵素および基質の双方が比較的疎水性であると仮定した場合、KMへの無機イオンの影響は比較的単純に考えることができる。たとえば、カオトロープが存在する水溶液中では、酵素および基質が溶けやすくなるため、それぞれの溶解度が高まる。その結果、酵素と基質の間の会合は弱まり、KMは増加する。つまり、酵素活性にとっては好ましくない結果になる。一方、コスモトロープは酵素や基質の溶解度を低下させる傾向があるため、両者の相互作用が強まり、KMは低下する。つまり、酵素活性にとっては好ましい結果になる。
一方、反応速度定数であるkcatの変化は、より複雑な機構に依存する。kcatは、酵素が単位時間あたりに基質を生成物へと変換する能力を示す定数である。コスモトロープを含む条件では、酵素の立体構造が安定化し、構造揺らぎが抑えられる。このような構造安定化によってkcatが増加するケースとして、以下の三つのタイプが想定される。
第一に、多量体構造が活性に必要な酵素である。これらの酵素は単量体に解離すると活性が著しく低下するため、コスモトロープによって多量体構造が安定化されることで、kcatが高まる可能性がある。
第二に、ネイティブ構造が熱力学的に不安定な酵素である。たとえば、キモトリプシンはプレプロ体として合成された後、前駆体が除去されることで活性を持つネイティブ構造を形成する。しかし、成熟体の構造はアンフォールド状態よりも安定性が低いため、時間とともに不可逆的に変性・分解されやすい。こうした酵素では、構造の安定化が反応効率の向上につながるだろう。
第三に、非特異的な凝集によって活性が低下する場合である。たとえば、リパーゼのように水に溶けにくい酵素では、立体構造を保持したまま凝集を防ぐような条件、すなわちカオトロープやアルギニン、アミン化合物などの添加によって、kcatが増加する可能性がある。
さらに、カオトロープの添加によって酵素活性が高まる場合もある。典型的な例として、活性部位に「フタ構造」が存在し、その開閉が反応に関与する酵素が挙げられる。こうした酵素では、カオトロープによってタンパク質全体の柔軟性(フレキシビリティ)が増し、フタが開きやすくなることで活性が向上する。その際、基質が結合しやすくなることでKMが低下する場合もあるし、フタの開閉により反応中間体が安定化されてkcatが増加する場合もあるだろう。
また、酵素が非特異的な会合を起こして不活性化している場合には、凝集抑制剤の添加によって分子が分散し、酵素としての機能が回復する。このような場合にも、結果としてkcatが増加したりKMが低下したりすることが観察される。これらは基本的には、カオトロープや他の添加剤による構造変化や会合抑制と同じ機構で説明できる。
◆セリンプロテアーゼの酵素活性
セリンプロテアーゼは、ペプチド結合を加水分解する代表的な加水分解酵素群であり、触媒中心にはセリン、ヒスチジン、アスパラギン酸からなる触媒三残基が水素結合ネットワークとして配置されている。キモトリプシンは哺乳類膵臓由来のトリプシン様フォールドを持ち、疎水性の深い S₁ ポケットによって芳香族アミノ酸残基を選択的に認識する。トリプシンは同じフォールドを共有しつつ、S₁ ポケットにアスパラギン酸を配置することで塩基性残基を基質として受容する。一方、サチライシン(subtilisin)は細菌由来でフォールド自体はまったく異なるが、触媒三残基(Ser–His–Asp)の空間配置はキモトリプシンとほぼ一致しており、収束進化の典型例として知られる。
加水分解反応は次のように進行する。まず、基質の P₁ 残基が S₁ ポケットに結合し、ペプチド結合が適切な配向でアクティブサイトに配置される。ES 複合体形成後、セリン側鎖のヒドロキシ基が基質カルボニル炭素を求核攻撃する。しかしセリンの –OH 基はそのままでは求核性が低く、触媒ヒスチジンがプロトンを引き抜くことでアルコキシドが形成される。さらに、このヒスチジンはアスパラギン酸との水素結合を介して Nε2 が脱プロトン化しやすい状態に調整されており、電荷リレー機構として働く。これによりアシル化反応が進み、この段階が一般に律速となる。
続いて、オキシアニオンホールによって遷移状態が安定化されたテトラヘドラル中間体を経て、基質側アミンが離脱しアシル酵素中間体が生成する。次に水分子が求核剤となり、第二のテトラヘドラル中間体を経由して脱アシル反応が進行し、酵素は再生される。この脱アシル段階は相対的に速い。
セリンプロテアーゼの pH 依存的速度論では、kcat や kcat/KM を縦軸、pH を横軸に取ると典型的なベル型曲線を示す。酸性側の pKa は触媒ヒスチジンの脱プロトン化に対応し、低 pH ではヒスチジンの両窒素(Nε2、Nδ1)がプロトン化され、水素結合ネットワークが形成できず、セリンの求核性が発揮されない。pH が中性域に近づくとヒスチジンが脱プロトン化し、触媒三残基のネットワークが機能的に配置されることで活性が立ち上がる。したがって酵素活性を高めるには、この水素結合ネットワークを安定化させ、構造ゆらぎを抑制することが重要となる。
◆キモトリプシン
キモトリプシン(chymotrypsin)は、セリンプロテアーゼに分類される代表的な消化酵素である。 分子量は約25 kDaで、1本のポリペプチド鎖から構成されている。立体構造は2つのドメインからなる球状タンパク質であり、二次構造としてはβ-シートが豊富に含まれている。
活性中心には、セリンプロテアーゼに共通する触媒三残基(catalytic triad)が存在し、セリン(Ser195)、ヒスチジン(His57)、アスパラギン酸(Asp102)から構成される。この三者が協調して働くことで、セリン残基のヒドロキシル基が基質のペプチド結合のカルボニル炭素に対して求核攻撃を行い、加水分解反応が開始される。
キモトリプシンの基質特異性は明確であり、フェニルアラニン(Phe)、チロシン(Tyr)、トリプトファン(Trp)といった芳香族アミノ酸のカルボキシル末端側のペプチド結合を選択的に加水分解する。この特異性は、活性部位に隣接するS1ポケットの構造によるものであり、このポケットは広く、疎水性のアミノ酸側鎖を受け入れるのに適している。
同じセリンプロテアーゼであるトリプシンも、ほぼ同じ空間的な配置を持った触媒三残基(Ser–His–Asp)があるが、S1ポケットの性質が異なる。トリプシンのS1ポケット内にはアスパラギン酸残基が存在しており、リシン(Lys)やアルギニン(Arg)といった塩基性アミノ酸残基の結合を選択的に受け入れる構造となっている。したがって、セリンプロテアーゼにおける基質特異性は、S1ポケットの形状および化学的性質によって決定されているといえる。
◆事例:キモトリプシンの活性と無機イオン
実際に、ウシ膵臓由来 α-キモトリプシン(ChT)をモデル酵素として、7種類のナトリウム塩(Na2SO4、NaCl、NaBr、NaNO3、NaI、NaClO4、NaSCN)の効果を比較した研究がある(3)。酵素活性は、50 mM MOPS 緩衝液(pH 7.5)中で、最終濃度 5.0 μM の ChT を用いて測定された。基質には疎水性のアニオン性基質 N-succinyl-L-phenylalanine-p-nitroanilide(SPNA)を用いている。反応の初速度は 410 nm における p-nitroaniline の生成に基づいて求め、Michaelis–Menten 解析から KM と kcat を算出している。
実際に、キモトリプシンの酵素活性を対象に、7種類の無機塩の効果を比較した結果がある(3)。1.5 Mの無機塩を添加すると、KMとkcatはホフマイスター系列に沿って変化した。具体的には、硫酸ナトリウムを添加したときのキモトリプシンのKMに比べて、塩化ナトリウムやヨウ化ナトリウムなどはKMが高くなり、最も大きなKMを示したチオシアン酸ナトリウムでは8倍にもなった。一方、1.5 Mの無機塩を添加したときのキモトリプシンのkcatを比較すると、最も大きな値を示したのは硫酸ナトリウムであり、硫酸ナトリウムを加えない条件の6倍にも増加した。
予想どおり、カオトロープほどkcatが低下していき、チオシアン酸ナトリウムでは添加剤を加えないときの3分の1程のkcatになった。この結果は、水溶液中での無機イオンのホフマイスター系列の効果によってうまく説明できるものである。つまり、コスモトロープによるKMの低下は、キモトリプシンと基質との相互作用がコスモトロープによって強められるからである。コスモトロープによるkcatの増加は、プロテアーゼのネイティブ構造が安定化されたからだと考えられる。逆に、カオトロープは基質の疎水性相互作用を弱めるとともに、酵素構造を不安定化するため、KM の増加と kcat の低下の両方を引き起こしたと考えられる。この構造の変化については、遠紫外の円偏光二色性スペクトルによっても確かめられている。
◆事例:キモトリプシンの活性とアミン化合物
アミン化合物は、タンパク質の凝集抑制剤として広く用いられている(4)。一方で、条件によっては酵素活性そのものを高める作用も示すという報告がある(5)。実際、ウシ膵臓由来 α-キモトリプシン(α-chymotrypsin)を用いた研究では、各種アミン化合物の添加によって、アニオン性基質に対する酵素活性が上昇することが示されている。
用いられた基質は N-succinyl-L-phenylalanine-p-nitroanilide(SPNA)である。この酵素はフェニルアラニンを認識してそのC末端側のペプチド結合を加水分解するため、反応によって遊離したC末端側のパラニトロアニリドを410 nmの吸収によって検出することができる。添加剤としては、モノアミン、ジアミン、トリアミン、テトラアミン、さらに天然ポリアミンであるプトレッシン、スペルミジン、スペルミンなどが調べられた。代表的には 50 mM の添加条件で比較されており、プトレッシン、スペルミジン、スペルミンではそれぞれ約 2.1 倍、4.6 倍、5.6 倍の活性上昇が観察された。また、アミン化合物全般でも、50 mM 添加時におよそ 1.6~6.9 倍の活性化が認められている。天然ポリアミンについては濃度依存性も調べられており、濃度上昇に伴って活性が段階的に増加した。
酵素速度論的解析では、SPNA 濃度を 0~20 mM の範囲で変化させて Michaelis–Menten 解析が行われた。その結果、いずれのアミン化合物を加えても KM はほとんど変化しなかった一方で、kcat および kcat/KM は増加した。したがって、この活性化は基質親和性の上昇よりも、触媒回転数の上昇に由来すると解釈される。さらに、活性上昇の程度は、アミノ基の数が多いほど、また化合物の疎水性(logP)が高いほど大きい傾向を示した。すなわち、アミン化合物による活性化には、多価陽イオン性と疎水性の双方が寄与している。
◆アミン化合物の添加による活性化メカニズム
これらの結果から、アミン化合物は、凝集抑制剤として働く場合と同様に、キモトリプシン表面に弱く相互作用しながら、酵素周辺の分子環境を変化させ、その結果として触媒回転を高めている可能性が高い。実際、この論文では分子動力学計算も行われており、アミン分子がキモトリプシン表面近傍に数分子程度集まりうることが示されている。しかも、その相互作用は強い特異的結合というよりも、静電的相互作用や疎水的相互作用が重なった弱い多点的相互作用として理解される。速度論的にも、アミン添加によって主に kcat が増加し、KM はほとんど変化しなかったことから、基質結合そのものよりも、結合後の触媒過程、すなわち化学反応段階や生成物放出段階が促進されたとみるのが妥当である。
このように考えると、アミン化合物による活性化は、触媒部位への特異的な結合によって直接活性中心を変えるというより、酵素表面の電荷分布、水和状態、局所的な分子運動性を変えることで、酵素がより反応しやすい状態をとりやすくなった結果と解釈できる。特に、アミノ基の数が多いほど、また疎水性が高いほど活性化効果が大きかったことは、単なるイオン強度効果では説明しにくく、多価性と疎水性の両方が重要であることを示している。
一方で、他の可能性も残されている。たとえば、アミン化合物が酵素表面に集まることで活性部位近傍の微視的な pH や誘電環境が変化し、His57 を含む触媒三残基のプロトン移動が起こりやすくなった可能性がある。また、基質 SPNA はアニオン性であるため、多価陽イオンであるアミン化合物が基質を酵素近傍に引き寄せる、いわば局所濃度上昇効果を与えた可能性も考えられる。さらに、活性中心そのものではなく、基質の進入経路や生成物の離脱経路の水和構造が変化し、その結果として触媒回転が上がった可能性もある。加えて、キモトリプシン分子間の弱い自己会合がもともと存在するなら、アミン化合物がそれを緩和し、反応可能な単分散状態の割合を増やしたという見方もできる。現時点では、これらの寄与を明確に切り分けるには至っておらず、メカニズムの詳細は今後の課題である。
◆事例:キモトリプシンの活性と高分子電解質
キモトリプシンに高分子電解質を加えることで、酵素活性をおよそ1桁増加させる方法が実験的に示されている(6)。ここでは、その実験条件を詳しく見てみたい。
ウシ膵臓由来の α-キモトリプシンをモデル酵素として、平均分子量 5000 のカチオン性高分子電解質ポリアリルアミン(PAA)およびアニオン性高分子電解質ポリアクリル酸(PAAc)が酵素活性に与える影響が調べられている。活性測定は pH 7.0 の MOPS 緩衝液中で行われ、基質はいずれも水に難溶であるため、最終組成として 9.0 mM MOPS、9.0% ethanol、1.0% DMSO を含む条件が用いられた。具体的には、基質溶液 30 μL、高分子電解質溶液 120 μL、10 μM の α-キモトリプシン溶液 150 μL を混合し、最終的に α-キモトリプシン濃度 5.0 μM として反応させ、410 nm における p-ニトロアニリンの生成速度から初速度 v0 を求めている。
基質としては、GPNA(N-glycyl-L-phenylalanine-p-nitroanilide)、APNA(N-acetyl-L-phenylalanine-p-nitroanilide)、SPNA(N-succinyl-L-phenylalanine-p-nitroanilide)が用いられている。これらはいずれも p-ニトロアニリド誘導体であり、キモトリプシンによる加水分解で遊離する p-ニトロアニリンの 410 nm における吸光度増加から酵素活性を評価している。なお、p-ニトロアニリンやクマリンのように、吸収や蛍光を示す分子は、加水分解酵素の基質としてよく用いられる。
これらの基質はいずれも、α-キモトリプシンが特異的に認識するフェニルアラニン残基を含む。一方で、N 末端側の官能基の違いにより、正電荷をもつ GPNA、電荷をもたない APNA、負電荷をもつ SPNA という性質の違いが与えられている点が特徴である。
まず、5.0 μM の α-キモトリプシンに対して PAAc を 0〜5.0 μM 添加すると、正電荷基質 GPNA に対する活性は濃度依存的に増加し、5.0 μM PAAc 存在下では無添加時の約 7 倍に達した。一方、中性基質 APNA や負電荷基質 SPNA に対しては、むしろ活性は低下した。逆に、5.0 μM の α-キモトリプシンに対して PAA を加えると、負電荷基質 SPNA に対する活性が大きく上昇し、50.0 μM PAA 存在下では約 18 倍に達した。すなわち、高分子電解質と基質の電荷が反対であるときに、顕著な活性化が起こったことがわかる。
◆活性化の酵素学的分析
この活性化の起源を調べるため、酵素速度論解析により kcat と KM が算出された。その結果、PAAc 添加では GPNA に対する KM が低下した一方、kcat はほぼ不変であった。また、PAA 添加時の SPNA 系でも KM は低下した。したがって、この系では、酵素分子そのものの触媒回転数が大きく変化したというよりも、高分子電解質の存在によって酵素と基質の見かけの親和性が高まったことが、活性増加の主因であると考えられる。
さらに、静電相互作用の寄与は NaCl 添加実験によって支持されている。たとえば、5.0 μM の α-キモトリプシンと 5.0 μM の PAAc、あるいは 5.0 μM の α-キモトリプシンと 50.0 μM の PAA を含む系に NaCl を加えると、増加していた活性は塩濃度の上昇とともに減弱した。およそ 300 mM の NaCl が存在すると、高分子電解質を添加していても、活性は無添加時とほぼ同じ水準まで戻った。この程度のイオン濃度になると静電相互作用が遮蔽されるため、高分子電解質による KM 低下の主要因は、静電的な基質の濃縮効果にあると考えられる。
◆活性化のメカニズム解明
高分子電解質と酵素の会合状態は、動的光散乱(DLS)によっても調べられている。測定は 10 mM MOPS 緩衝液 pH 7.0 中、25 ℃、検出角 173° の条件で行われ、5.0 μM の α-キモトリプシンに 0〜5.0 μM の高分子電解質を加えた試料が用いられた。α-キモトリプシン単独の流体力学的直径 Dh は 5.1 nm であったのに対し、PAAc 添加系では 10.0 nm と約 2 倍に増加した。一方、PAA 添加系では 6.7 nm と比較的小さな変化にとどまった。このことから、少なくとも PAAc 系では、α-キモトリプシンと高分子電解質が複合体を形成している可能性が高い。
また、遠紫外 CD 測定では、いずれの高分子電解質を加えても α-キモトリプシンの二次構造に大きな変化は認められなかった。したがって、活性化は大規模な構造変化や変性によるものではなく、酵素表面近傍の電荷環境の変化、あるいは酵素周囲における基質の局所的な濃縮によって説明される。
この結果から、高分子電解質は単なる阻害剤や安定化剤ではなく、適切な電荷設計を行えば、酵素の周囲に反対電荷の基質を引き寄せる「反応場」として働きうることがわかる。すなわち、酵素の周囲に基質が集まりやすい局所環境をつくることで、見かけの KM を低下させ、酵素活性を 1 桁レベルで増幅できるのである。なお、低分子アミン化合物を α-キモトリプシンに添加した場合には kcat の増加によって活性が上昇し(5)、コスモトロープを添加した場合には kcat の増加と KM の低下の両方によって活性が上昇するため(3)、高分子電解質による α-キモトリプシンの活性化とは異なるメカニズムであると推測される。
◆事例:乳酸脱水素酵素と酸性での解離
多量体として機能し、単量体になると活性が低下する酵素では、多量体構造を安定化させることで活性の維持や向上が可能となる。典型的には、酸性や塩基性の条件、高温や凍結融解などにより酵素が会合状態を変え、失活へ進むことがある。このとき、酵素を高分子電解質と複合化させると、多量体構造の崩れや凝集を抑え、活性を保持できる場合がある。
乳酸脱水素酵素(lactate dehydrogenase, LDH)を用いた高分子電解質による安定化の例を見てみたい(7)。LDH は四量体酵素で、ウサギ筋肉由来酵素を用いた本研究では、中性付近では安定で高活性を示す一方、酸性側で不安定化し、凝集と失活が進行することが調べられている。実験では、pHを広く測定したいという理由で、弱塩基性から弱酸性までの緩衝能をカバーできるよう、20 mM Tris-HCl と 20 mM MES からなる緩衝液を選択している。
酵素活性は、LDH の補酵素である NADH の吸光度変化から求めた。LDH は、ピルビン酸、NADH、およびプロトンから乳酸と NAD⁺ を生成する反応を触媒する。NADH は 340 nm に吸収を示す一方、NAD⁺ はほとんど吸収を示さない。そのため、340 nm における吸光度の減少を追跡することで、NADH の消費量、ひいては酵素反応速度を評価することができる。
動的光散乱法によりpHを変化させたときの酵素の粒径を調べた。その結果、pH 7.0 では主として約 12 nm の粒子として観測されたことから、四量体として存在していると考えられる。これに対し pH 6.0 では約 8–10 nm に加えて 20–30 nm 程度の粒子が現れ、pH 5.0 では 20–100 nm、さらに 100–500 nm に及ぶ大きな凝集体が観測された。すなわち、酸性化に伴ってまず解離と小さな会合体形成が起こり、さらに不可逆的な凝集へ進むことが示された。pH 6.0 で見られる会合の一部は 100 mM NaCl 添加で消失したが、pH 5.0 の大きな凝集体は残ったことから、弱酸性では主に静電的要因、より酸性側では疎水的要因も関与する段階的な凝集であると考えられる
◆乳酸脱水素酵素の高分子電解質による安定化
このような酸性による凝集体の形成と失活を抑制するため、カチオン性ポリアミノ酸である poly-L-lysine(PolyK)および poly-L-arginine(PolyR)が添加された。DLS の測定によると、1 μM LDH に対してポリマーをモノマー単位濃度で 1 mM 添加すると、pH 6.0 で見られた 20–30 nm のピークが消失し、pH 5.0 でも 20–100 nm および 100–500 nm の凝集体ピークがほぼ消え、主として 8–10 nm の粒子のみが観測された。つまり、PolyK と PolyR は、酸性条件で進む LDH の会合・凝集を強く抑制した。これに対応して活性も保持され、pH 6.0 では無添加で大きく低下する活性が、PolyK または PolyR 存在下では約 80 % まで保たれ、pH 5.0 でも約 30 % の活性が残った。
さらに、興味深いことにあらかじめ pH 5.0 で凝集させた LDH に PolyK を加えると活性が一部回復したことから、PolyK は凝集の予防だけでなく、形成された凝集体の緩和にも働く可能性が示されている。
高分子電解質の濃度依存性も詳しく調べられている。その結果、ポリリシンやポリアルギニンのように多価の高分子電解質にすることで、モノマーの Lys や Arg より約 10,000 倍低い濃度で安定化の効果が得られることがわかった。ポリアミノ酸とLDHのモル比は、およそ1:1で効果が見られる。つまり、溶液に含まれている総電荷量ではなく、一本の高分子鎖上に正電荷が密に並んだ多価相互作用が重要であると考えられる。
なお、LDH の pI は約 8.5 であり、pH 5–7 では酵素全体として正に帯電している。それにもかかわらず PolyK が有効であったのは、LDH 表面に局所的な負電荷領域が残っており、そこへ柔軟な高分子鎖が多点的に結合できるためと考えられる。実際、pH 6.0 におけるゼータ電位は、無添加 LDH で 9.57 mV だったのに対し、1 mM PolyK-M 添加で 20.9 mV まで上昇し、さらに高分子量 PolyK-L では 38.3 mV に達した。すなわち、LDH 表面の近傍に正電荷が集まり、酵素分子どうしの反発が増すことで、凝集が起こりにくくなったと解釈できる。加えて、NaCl 濃度を上げると PolyK の保護効果が弱まったため、この作用の中心が静電相互作用であることも支持されている。
この系は、ポリアミノ酸が酵素を直接活性化するのではなく、酸性条件で不安定化する酵素を、柔軟で多価なカチオン性高分子が表面から静電的に保護し、解離と凝集を抑えて活性を維持する例として理解するとよい。特に PolyK や PolyR は、低分子アミノ酸や塩よりはるかに低濃度で効果を示し、多量体酵素の安定化剤として有望である。
参考文献
1. Zhang Y, Cremer PS. Chemistry of Hofmeister anions and osmolytes. Annu Rev Phys Chem. 2010;61:63-83.
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◆添加剤による酵素活性化とは
添加剤による酵素活性化は、個々の酵素の特殊な現象として捉えるよりも、「酵素反応を溶液中でどう設計するか」という反応場工学の問題として位置づけるのが適切である。キモトリプシン、LOX、LDH で得られた知見は、その出発点として重要である。この視点で整理してみたい。
酵素活性化というと、一般には変異導入や固定化、反応条件の最適化がまず想起される。しかし近年、低分子添加剤や高分子添加剤によって、酵素を取り巻く溶液環境そのものを調整し、活性を高めるという考え方が注目されている。これは酵素分子の一次構造を改変することなく、溶液中での構造、揺らぎ、会合状態、さらには基質との遭遇頻度や局所濃度を制御することで、見かけの反応効率を向上させる方法といえる。
これまでの事例を見ると、添加剤による活性化の機構は大きくいくつかに分けられる。第一は、触媒回転数 kcat の増加である。ポリアミンやアミン系化合物は、酵素表面に弱く多点的に相互作用しながら、水和や局所的な分子運動性を変化させ、活性型構造の揺らぎを調整することで、触媒過程そのものを促進する可能性がある。キモトリプシンで見られた活性化は、このような「酵素近傍の分子環境制御」の典型例として理解できる。
第二は、Km の低下、すなわち基質認識や実効的な基質親和性の向上である。高分子電解質は、酵素表面の電荷分布や基質の電荷と相補的に働くことで、酵素近傍に基質を集めたり、基質が活性部位へ到達しやすい反応場を形成したりできる。この場合、酵素分子そのものの触媒能が変わるというより、酵素と基質が出会う条件が改善されるため、見かけ上の活性が高くなる。LOX などで議論されたような高分子電解質による活性化は、こうした反応場設計として位置づけると理解しやすい。
第三は、酵素構造の安定化である。コスモトロープイオンや一部の高分子は、酵素の立体構造や会合体構造を安定化し、失活や解離、変性を抑えることで、結果として活性を維持あるいは向上させる。特に、多量体構造が機能発現に重要な酵素では、この効果は本質的である。LDH のように四量体として働く酵素では、単量体化や部分変性を抑えることが活性維持に直結するため、添加剤による安定化は単なる保存性向上ではなく、反応機能そのものの向上として現れる。
このように見ると、添加剤による酵素活性化は、
(1) 触媒化学の促進
(2) 基質アクセスの改善
(3) 活性構造の安定化
という少なくとも三つの層で理解できる。実際の系では、これらが独立に働くというより、複数が同時に寄与している場合が多い。たとえば高分子電解質は、基質を局在化させて Km を下げるだけでなく、酵素表面を保護して部分的な構造安定化にも寄与しうる。またポリアミンも、単なる kcat 増加因子としてだけでなく、疎水性基質の分散や酵素近傍の溶媒和状態の変化を通じて、反応全体を助けている可能性がある。
応用の観点からは、この戦略はきわめて魅力的である。第一に、酵素に変異導入を行わずに活性を改善できるため、既存酵素をそのまま使える。第二に、特に高分子電解質では、分子量、電荷密度、官能基、柔軟性などを系統的に設計できるため、対象酵素や基質に応じた最適化が可能である。第三に、添加量が酵素と同程度、あるいはそれ以下の微量で十分な場合も多く、産業利用の観点からも実装しやすい。
今後の展開としては、洗剤用や食品加工用で広く用いられるサブチリシンなどのプロテアーゼ、エステラーゼ、リパーゼ、セルラーゼに対して、基質の電荷、疎水性、水への溶けやすさを考慮した添加剤設計を行うことで、同様の活性向上が期待される。特に、水に溶けにくい基質や荷電基質を扱う系では、酵素周辺の微視的な反応場を制御することが大きな効果をもたらす可能性がある。また、精製酵素系だけでなく、細胞抽出液や発酵液のような複雑系においても、添加剤が酵素の失活抑制や基質利用性の向上に寄与する余地がある。