蛋白質溶液学(酵素の活性化)
あまり知られてないが、酵素は塩を入れても活性化する
あまり知られてないが、酵素は塩を入れても活性化する
酵素の活性化法
酵素反応は、触媒残基だけで完結する単純な化学ではなく、溶液の物性にも支配される。にもかかわらず、私たちは実験的な再現性を理由に、余計なものを入れない理想系でパラメータを測ってきた。そのことでいわば、酵素の本来の能力を引き出せていない可能性がある。
ここでは、塩や糖、アミン、高分子電解質などの第三成分を加えることで、酵素の安定性や凝集性だけでなく、活性も変化することを示す。特に活性化するケースが意外に多いことは、注目すべき結果である。本来の酵素は、反応とは関係のない多様な分子の中で機能するようにできているのである。狙いは、添加剤をノイズとしてではなく、操作因子として扱うことである。(なお、DESやLLPSは言いたいことがたくさんあるため、別項目として整理する。)
◆酵素と第三成分
酵素の持つパラメータを決定する際には、通常は溶液を理想的な条件に設定する。すなわち、酵素濃度は基質よりも十分に低く設定し、生成物の逆反応や酵素失活の影響を避けるために反応開始直後の初速度を測定する。さらに、pHや温度を一定に保ち、酵素の活性には影響のない物質を添加せずに測定する。このような理想的な条件は、細胞内とは全く異なっている。細胞質は水に満たされた空間というよりも、多種多様なタンパク質や核酸、脂質、小分子が高密度に存在する混み合った環境である。自由水はかなり少なく、濃厚な有機スープのような状態ある。このような環境では、酵素と基質の拡散が遅れたり、酵素の構造やダイナミクスが変化したりするし、酵素と基質との相互作用が阻害されたり、液-液相分離や凝集などの影響で局所的な濃度の変化が起こったりもする。
あらためて考えてみると、酵素は反応とは直接関係がない夾雑物がたくさん含まれた「汚い溶液中」で働くよう進化してきたはずである。しかし、夾雑物が過剰に含まれており、酵素や基質が微量しか存在しない溶液中では、酵素の立体構造や反応を調べることが困難であるため、精製した酵素を用いて、pHを安定化させるため薄い緩衝液を入れ、それ以外にはあまり余計なものは加えない条件を選んできたのである。もちろん実験しやすい理想的な条件だからこそ、再現性良く活性や構造を調べることができ、生化学が発展してきたと言うこともできる。
このように、in vitro で得られた酵素学的なパラメータは、酵素の細胞内での実際の環境での性質を反映したものとは限らないことに注意すべきである。酵素が「実験室の試験管内」と「細胞の複雑な内部環境」でどのように異なる挙動を示すかを理解することは、相分離生物学の重要なテーマである。それと同時に、反応に直接関係しない物質による酵素の高活性化や安定化は、酵素の産業応用の可能性を広げるものである。
◆ホフマイスター系列のイオン効果
酵素活性化のもっともわかりやすい事例として、ホフマイスター系列のイオン効果を考えてみたい。無機イオンは酵素の安定性に影響を及ぼすが、その一つの指標としてホフマイスター系列(Hofmeister series)が知られている(1,2)。これは、イオンがタンパク質の溶解性や構造安定性に与える影響を順序づけたもので、19世紀に発見された。例えば、アニオンでは SO₄²⁻ > Cl⁻ > SCN⁻ の順にタンパク質を安定化しにくくなり、カチオンでは NH₄⁺ < Na⁺ < Mg²⁺ の順に構造安定性が増す傾向がある。
安定化を促すイオンはコスモトロープと呼ばれ、水和構造を強めてタンパク質の立体構造を保ちやすくする。一方、不安定化を促すイオンはカオトロープあり、疎水効果を弱めて構造を乱すことがある。これらの語源はギシリャ語の「コスモス」「カオス」である。つまり、コスモトロープとは、「秩序をもたらすもの」「整然とした方向に変えるもの」という意味であり、水の構造を安定化し、タンパク質や酵素の構造も整えやすいイオンのことをいう。カオトロープとは、「混沌の方向に変えるもの」「秩序を乱すもの」という意味であり、水の構造を乱し、タンパク質の構造や酵素活性を不安定にしやすいイオンのことをいう。これらの結果、水にコスモトロープイオンを加えると、水溶液の表面張力の増加や、タンパク質の溶解度の低下、タンパク質構造の安定化、タンパク質の凝集の促進の効果が見られる。カオトロープイオンはこれらと逆の効果が現れる。このように無機イオンはタンパク質や溶液系に影響を及ぼすため、酵素活性にも影響する。
酵素および基質の双方が比較的疎水性であると仮定した場合、KMへの無機イオンの影響は比較的単純に考えることができる。たとえば、カオトロープが存在する水溶液中では、酵素および基質が溶けやすくなるため、それぞれの溶解度が高まる。その結果、酵素と基質の間の会合は弱まり、KMは増加する。つまり、酵素活性にとっては好ましくない結果になる。一方、コスモトロープは酵素や基質の溶解度を低下させる傾向があるため、両者の相互作用が強まり、KMは低下する。つまり、酵素活性にとっては好ましい結果になる。
一方、反応速度定数であるkcatの変化は、より複雑な機構に依存する。kcatは、酵素が単位時間あたりに基質を生成物へと変換する能力を示す定数である。コスモトロープを含む条件では、酵素の立体構造が安定化し、構造揺らぎが抑えられる。このような構造安定化によってkcatが増加するケースとして、以下の三つのタイプが想定される。
第一に、多量体構造が活性に必要な酵素である。これらの酵素は単量体に解離すると活性が著しく低下するため、コスモトロープによって多量体構造が安定化されることで、kcatが高まる可能性がある。
第二に、ネイティブ構造が熱力学的に不安定な酵素である。たとえば、キモトリプシンはプレプロ体として合成された後、前駆体が除去されることで活性を持つネイティブ構造を形成する。しかし、成熟体の構造はアンフォールド状態よりも安定性が低いため、時間とともに不可逆的に変性・分解されやすい。こうした酵素では、構造の安定化が反応効率の向上につながるだろう。
第三に、非特異的な凝集によって活性が低下する場合である。たとえば、リパーゼのように水に溶けにくい酵素では、立体構造を保持したまま凝集を防ぐような条件、すなわちカオトロープやアルギニン、アミン化合物などの添加によって、kcatが増加する可能性がある。
さらに、カオトロープの添加によって酵素活性が高まる場合もある。典型的な例として、活性部位に「フタ構造」が存在し、その開閉が反応に関与する酵素が挙げられる。こうした酵素では、カオトロープによってタンパク質全体の柔軟性(フレキシビリティ)が増し、フタが開きやすくなることで活性が向上する。その際、基質が結合しやすくなることでKMが低下する場合もあるし、フタの開閉により反応中間体が安定化されてkcatが増加する場合もあるだろう。
また、酵素が非特異的な会合を起こして不活性化している場合には、凝集抑制剤の添加によって分子が分散し、酵素としての機能が回復する。このような場合にも、結果としてkcatが増加したりKMが低下したりすることが観察される。これらは基本的には、カオトロープや他の添加剤による構造変化や会合抑制と同じ機構で説明できる。
◆事例:キモトリプシンの活性と無機イオン
キモトリプシン(chymotrypsin)は、セリンプロテアーゼに分類される代表的な消化酵素である。 分子量は約25 kDaで、1本のポリペプチド鎖から構成されている。立体構造は2つのドメインからなる球状タンパク質であり、二次構造としてはβ-シートが豊富に含まれている。
活性中心には、セリンプロテアーゼに共通する触媒三残基(catalytic triad)が存在し、セリン(Ser195)、ヒスチジン(His57)、アスパラギン酸(Asp102)から構成される。この三者が協調して働くことで、セリン残基のヒドロキシル基が基質のペプチド結合のカルボニル炭素に対して求核攻撃を行い、加水分解反応が開始される。
キモトリプシンの基質特異性は明確であり、フェニルアラニン(Phe)、チロシン(Tyr)、トリプトファン(Trp)といった芳香族アミノ酸のカルボキシル末端側のペプチド結合を選択的に加水分解する。この特異性は、活性部位に隣接するS1ポケットの構造によるものであり、このポケットは広く、疎水性のアミノ酸側鎖を受け入れるのに適している。
同じセリンプロテアーゼであるトリプシンも、ほぼ同じ空間的な配置を持った触媒三残基(Ser–His–Asp)があるが、S1ポケットの性質が異なる。トリプシンのS1ポケット内にはアスパラギン酸残基が存在しており、リシン(Lys)やアルギニン(Arg)といった塩基性アミノ酸残基の結合を選択的に受け入れる構造となっている。したがって、セリンプロテアーゼにおける基質特異性は、S1ポケットの形状および化学的性質によって決定されているといえる。
実際に、キモトリプシンの酵素活性を対象に、7種類の無機塩の効果を比較した結果がある(3)。1.5 Mの無機塩を添加すると、KMとkcatはホフマイスター系列に沿って変化した。具体的には、硫酸ナトリウムを添加したときのキモトリプシンのKMに比べて、塩化ナトリウムやヨウ化ナトリウムなどはKMが高くなり、最も大きなKMを示したチオシアン酸ナトリウムでは8倍にもなった。一方、1.5 Mの無機塩を添加したときのキモトリプシンのkcatを比較すると、最も大きな値を示したのは硫酸ナトリウムであり、硫酸ナトリウムを加えない条件の6倍にも増加した。
予想どおり、カオトロープほどkcatが低下していき、チオシアン酸ナトリウムでは添加剤を加えないときの3分の1程のkcatになった。この結果は、水溶液中での無機イオンのホフマイスター系列の効果によってうまく説明できるものである。つまり、コスモトロープによるKMの低下は、キモトリプシンと基質との相互作用がコスモトロープによって強められるからである。コスモトロープによるkcatの増加は、プロテアーゼのネイティブ構造が安定化されたからだと考えられる。
◆事例:キモトリプシンの活性とアミン化合物
アミン化合物はタンパク質の凝集抑制剤として広く用いられている(4)。代表的なものにジアミンやポリアミンなどがある。アミンはタンパク質の芳香族アミノ酸の側鎖とカチオン-π相互作用をすることによって凝集を防ぐと考えられているが、この効果によって酵素の活性化を促すこともある。
実際に、キモトリプシンの溶液にさまざまな種類のアミン化合物を加えると、いずれも酵素の活性が増加することが実験的に示されている(5)。酵素学的に調べてみると、酵素の活性化の原因はkcatの増加であった。すなわち、KMはどのアミン化合物を添加しても変わらなかったが、kcatは添加したアミン化合物の特徴によって一定のルールで増加した。まず、添加したアミン化合物のアミノ基が多いものほどkcatが増加した。さらに、アミン化合物の疎水性が高いものほどkcatが増加した。これら2つのルールから、アミン化合物によるキモトリプシン活性の上昇は、電荷効果と疎水性効果の双方が関与していると考えられる。すなわち、アミン化合物の添加により、凝集抑制剤として働き、酵素の水中での分散性が向上し、その結果としてkcatが増加したと解釈できる。さらに、アミン化合物の疎水性が高いほど酵素活性が高まったことも、分散性の改善に起因していると考えられる。このようなメカニズムが正しいとすれば、多くの酵素の活性に好ましい影響を及ぼす可能性がある。
一方で、別の可能性として、アミン化合物の多価陽イオン性が触媒三残基の水素結合ネットワークに影響を与え、His57のプロトン授受効率が向上したことや、アミンが基質結合ポケットに入り込むことで水和状態が変化し、基質の結合が促進された可能性も否定はできない。しかし、これらの特異的相互作用の可能性は低いと考えられる。なぜなら、低分子のアミン化合物を100 mM程度添加しただけで、そのような選択的な相互作用が顕著に起こるとは考えにくいためである。
◆事例:キモトリプシンの活性と高分子電解質
キモトリプシンに高分子電解質を加えると、酵素活性が増加することが実験的に示されている(6)。結果を詳細に見てみると、ポリアリルアミン(プラスの電荷を持つ高分子電解質)をキモトリプシンの溶液に加えると、マイナスの電荷を持つ基質に対して酵素活性が約1桁増加した。逆に、ポリアクリル酸(マイナスの電荷を持つ高分子電解質)を加えることで、プラスの電荷を持つ基質に対して同様に活性が約1桁増加した。すなわち、高分子電解質と基質の電荷が反対であれば活性が増加したのである。これらの活性化効果は、主に、KMが低くなることによるものであり、kcatにはほとんど影響を及ぼさなかった。つまり、高分子電解質を添加することで、酵素と基質の親和性が向上したことで活性が増加したことになる。この活性化メカニズムは、低分子アミン化合物の活性化メカニズムとは異なっているのが興味深い。
光散乱などの方法で調べてみると、酵素は高分子電解質との複合体と呼べるようなサイズではなく、数十nm程度の大きなサイズの集合物を作っているように観察できた。つまり、酵素と高分子電解質は液-液相分離による液滴を形成することで、高分子電解質とは反対の電荷を持った基質を酵素の周りに集め、実質的な基質の濃度を増加させることで酵素の活性を増加させているのだと推測できる。言い換えると、酵素液滴を作ることによって酵素の周りの基質の濃度を高めることができ、その結果、KMが低下したように見えたのである。実際に塩化ナトリウムを添加すると酵素活性が低下し、500 mMを加えると、高分子電解質が存在していても酵素活性は増加しなかった。すなわち、酵素と基質との静電相互作用がKMを低下させる駆動力になっていることが示唆される。
◆事例:ポリアミノ酸による乳酸脱水素酵素の安定化
多量体として機能し、単量体になると活性が低下する酵素では、多量体構造を安定化させることで活性の維持や向上が可能となる。典型的な例として、酸性や塩基性、高温といった条件により酵素が単量体へと解離する場合があるが、その際に高分子電解質と複合体を形成させることで、多量体構造を安定化し、失活を防ぐことができる。これにより、より広範な条件下で酵素活性を保持することが可能となる。
乳酸脱水素酵素(lactate dehydrogenase, LDH)は、四量体として機能する代表的な酵素である。至適pHは中性付近(pH 7前後)にあり、塩基性条件下では、pHの上昇に伴って典型的なベル型の活性-pH曲線に沿って活性が低下する。これは、活性中心に存在するアミノ酸残基のpKaと活性の関係を反映していると考えられる。一方、酸性側にpHを下げていくと、ベル型よりも急峻な活性の低下が観察される。この挙動は、単にヒスチジン残基などのpKaによる影響では説明がつかず、多量体構造が解離し、単量体化することで活性が失われている可能性を示唆する。
この仮説を検証するため、LDHが弱酸性条件下で単量体化するのを防ぐ手段として、ポリリシンやポリアルギニンの添加が試みられた(7)。その結果、これらのポリアミノ酸とLDHが非特異的な複合体を形成し、酵素構造が安定化されることが明らかとなった。これにより、弱酸性条件でも酵素は単量体に解離しにくくなり、活性のpH依存性は典型的なベル型に回復する。特に、ポリアミノ酸とLDHのモル比がおおよそ1:1で効果が見られることが示されている。対照実験として、ポリグルタミン酸やリシンのモノマーを添加した場合には、活性の低下を抑制する効果は認められなかった。多量体酵素の構造の安定化と活性維持には、酵素とポリアミノ酸は分子数で同じ程度あれば効果があるため、応用しやすい。
参考文献
1. Zhang Y, Cremer PS. Chemistry of Hofmeister anions and osmolytes. Annu Rev Phys Chem. 2010;61:63-83.
2. Jungwirth P, Cremer PS. Beyond . Nature Chem. 2014, 6, 261-263.
3. Endo, A., Kurinomaru, T., & Shiraki, K. (2018). Hyperactivation of serine proteases by the Hofmeister effect. Molecular Catalysis, 455, 32-37.
4. Shiraki, K., Tomita, S., & Inoue, N. (2016). Small amine molecules: solvent design toward facile improvement of protein stability against aggregation and inactivation. Current pharmaceutical biotechnology, 17(2), 116-125.
5. Kurinomaru, T., Kameda, T., & Shiraki, K. (2015). Effects of multivalency and hydrophobicity of polyamines on enzyme hyperactivation of α-chymotrypsin. Journal of Molecular Catalysis B: Enzymatic, 115, 135-139.
6. Kurinomaru, T., Tomita, S., Hagihara, Y., & Shiraki, K. (2014). Enzyme hyperactivation system based on a complementary charged pair of polyelectrolytes and substrates. Langmuir, 30(13), 3826-3831.
7. Yoshida, T., Sakakibara, N., Ura, T., Minamiki, T., & Shiraki, K. (2024). Cationic polyelectrolytes prevent the aggregation of l-lactate dehydrogenase under unstable conditions. International Journal of Biological Macromolecules, 257, 128549.