蛋白質溶液学(酵素とLLPS)
酵素が機能している本来の状態
酵素が機能している本来の状態
酵素と液-液相分離
液-液相分離(liquid–liquid phase separation, LLPS)は、ある物質が均質な単一相として存在するよりも、二相に分かれる方が熱力学的に安定である場合に生じる現象である。これは、水と油のように混ざり合いにくい分子が共存する場合や、特定の分子同士に好ましい相互作用があることで集合しやすくなる場合に起こる。タンパク質における相分離の多くは後者の機構に基づいている。
この液-液相分離が生命科学の分野で注目を集めて久しい。細胞内にあるタンパク質やRNAなどの生体高分子は、特異的な相互作用による四次構造の形成だけでなく、もっとゆるやかで流動的な五次構造と呼べるような液滴(ドロプレット)を作って機能していることが、あらゆる細胞内の現象と関連づけて理解されようとしている。酵素ももちろん例外ではなく、細胞の中では液-液相分離して機能するものが多い。そのため、希薄な酵素溶液で調べられてきた試験管内での酵素とは異なる状態で機能しているのが、酵素の本来の姿である(1)。
細胞内でのドロプレットの形成は、固有の立体構造を形成せず多点での相互作用をしやすい天然変性領域を持ったタンパク質やRNAが使われるケースがある。これらがいわば足場分子としてドロプレットを安定化し、そこになじみやすい酵素や基質、低分子、イオンなどを集めるような働きになる。もちろん液-液相分離は熱力学的に安定な方向に分子が移動してできあがる状態のひとつであるため、ドロプレットに含まれる分子の成分や濃度によって安定な状態が変化する。
◆一般論としての液-液相分離と酵素活性
液-液相分離によるドロプレットの状態を形成した酵素は、反応にどのような影響があるだろうか。高分子電解質を添加することで、酵素・基質・高分子電解質の液-液相分離により液滴(ドロプレット)が形成された場合、酵素活性に与える影響は複雑だが、促進的要因と抑制的要因のいずれもあり得る。
活性化については、主に2つの要因が考えられる。液-液相分離によって形成されるドロプレットは、外部のバルク溶液(すなわち外部にある通常の水相の環境)と比べて、分子の種類や濃度、溶媒和の状態が大きく異なる。ドロプレットは高濃度の高分子やイオンが詰まった溶液であり、自由水の割合が少ない環境である。まず、区画化による高濃度効果が考えられる。すなわち、酵素と基質がドロプレット内に濃縮されることで、実効的な濃度が上昇する。とりわけ基質がKMよりもかなり低濃度の条件では、濃縮された分だけ活性が増加する。基質の濃度が極端に薄い条件では、ドロプレットを形成することで数十倍も活性が高くなるように観察されるケースもあるだろう。さらに、ドロプレットの内部は外部と比較して疎水性が高く、混み合った環境である。このような溶液環境では酵素の活性部位の配置が安定化され、酵素構造がより触媒に適した状態になる可能性があるだろう。このケースではkcatの増加として観察される。また、疎水性の基質の場合、水溶液中と比較してドロプレットの内部の高い疎水性によって分散性が高くなり、KMが低下することもあるだろう。
活性の抑制効果についても3つの要因が考えられる。まず思いつくのは拡散制限である。ドロプレット内部は粘度が高く、混み合った環境であるため、酵素と基質の会合頻度が減少して反応速度が下がる可能性がある。この影響が出る場合にはKMの増加として現れる。さらに、酵素のネイティブ構造の不安定化がある。高分子電解質による静電的ストレスや非特異的相互作用により、酵素が部分的にアンフォールドすることもあるだろう。このケースではkcatの低下として観察される。また、基質が濃縮されることで、基質阻害や生成物阻害のような悪影響が出る可能性もある。
◆ドロプレットによる酵素活性化のメカニズム
液-液相分離によってドロプレットを形成すると、酵素などの分子が高濃度で局在するため、一般的には粘度が上昇する傾向がある。これは分子同士の衝突頻度が高まり、拡散係数が低下するためである。しかし興味深いことに、酵素が反応することによってドロプレットの粘度が逆に低下するという報告もある(7)。これは、酵素の触媒作用に伴って基質や生成物の濃度が変化したり、さらに酵素自身の構造が柔軟化したりすることで、分子レベルの動態が変化し、ドロプレット内部のネットワーク構造が緩むためと考えられる。つまり酵素を含むドロプレットは、単なる高濃度の反応場としてだけでなく、酵素活性に応じて粘度や分子の可動性が動的に変化する性質を持つ可能性がある。
酵素活性には、ある程度の構造的な揺らぎ(フレキシビリティ)が必要とされる。例えば、20 kDa程度の小型酵素であるアデニル酸キナーゼでは、尿素を約1 M添加すると活性がむしろ高まるという報告がある(8)。これは、尿素がタンパク質間の弱い相互作用を部分的に解離させることで、酵素分子に柔軟性を与え、立体構造の動的変化を促進しているためと推察される。このように、ドロプレット内部においても、タンパク質間の結合を弱める溶質が濃縮されることで、酵素活性に必要な揺らぎを生み出し、活性を高める可能性がある。
さらに、酵素ではなく短鎖ペプチドにおいても、ドロプレット形成による活性向上の例が示されている(9)。脱リン酸化活性をもつペプチド(KVYFSIPWRVPM-NH₂)は、ペプチド濃度やNaCl濃度を調節することで相分離し、ドロプレットを形成する。このドロプレットはリン酸化アルブミンを効率的に取り込み、基質濃度を局所的に高めることで反応を加速する。実際に、KMが2桁低下し、kcatが2桁増加するという大幅な活性化が報告されており、結果的に15,000倍も活性化した。もともと活性が低い系では、こうした濃縮効果による劇的な活性化がより顕著に現れるのかもしれない。
参考文献
1. 浦朋人, 白木賢太郎. 液 - 液相分離による酵素連続反応 細胞内にある代謝の理解. 実験医学 37 (18) 3083-3088, 2019.
2. Tsang B, Pritišanac I, Scherer SW, Moses AM, Forman-Kay JD. Phase Separation as a Missing Mechanism for Interpretation of Disease Mutations. Cell. 2020 Dec 23;183(7):1742-1756.
3. Aumiller Jr, W. M., & Keating, C. D. (2016). Phosphorylation-mediated RNA/peptide complex coacervation as a model for intracellular liquid organelles. Nature chemistry, 8(2), 129-137.
4. Nobeyama T, Furuki T, Shiraki K. Phase-Diagram Observation of Liquid-Liquid Phase Separation in the Poly(l-lysine)/ATP System and a Proposal for Diagram-Based Application Strategy. Langmuir. 2023 Dec 5;39(48):17043-17049.
5. Patel A, Malinovska L, Saha S, Wang J, Alberti S, Krishnan Y, Hyman AA. ATP as a biological hydrotrope. Science. 2017 May 19;356(6339):753-756.
6. Klein, I. A., et al., & Young, R. A. (2020). Partitioning of cancer therapeutics in nuclear condensates. Science, 368(6497), 1386-1392.
7. https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2024.09.28.615560v2
8. Rastogi, H., Singh, A., & Chowdhury, P. K. (2023). Towards the energy landscape of adenylate kinase in crowded milieu: Activity, conformation, structure and dynamics in sequence. Archives of Biochemistry and Biophysics, 743, 109658.
9. Reis, D. Q., Pereira, S., Ramos, A. P., Pereira, P. M., Morgado, L., Calvário, J., ... & Pina, A. S. (2024). Catalytic peptide-based coacervates for enhanced function through structural organization and substrate specificity. Nature Communications, 15(1), 9368.
◆酵素の連続反応と代謝の理解
ドロプレットは、特定の分子を選択的に濃縮または排除する性質を持っており、この性質を利用することで、特定の基質を効率的に集めたり、生成物による酵素阻害を回避したりすることができる。また、複数の酵素が共存するドロプレット内で、酵素の連続反応が促進される可能性も示唆されている。こうした酵素の集合体は、代謝酵素が協調して働く場として「メタボロン(metabolon)」(1)や「メタボディ(META body)」(2)と呼ばれることがある。
酵素反応の中間生成物を次の酵素へと直接受け渡す“基質チャネリング”を効率的に行うためには、酵素間の距離が10 nm以下である必要があるとする理論計算も報告されている(3)。このような厳しい距離要件を満たすには、静的な足場に酵素を固定化する方式よりも、酵素同士が動的に集合・解離できるドロプレットのような柔軟性を持つ構造の方が適していると考えられる。
参考文献
1. Srere, P. A. (1985). The metabolon. Trends in Biochemical Sciences, 10(3), 109–110.
2. Miura, N. (2022). Condensate formation by metabolic enzymes in Saccharomyces cerevisiae. Microorganisms, 10(2), 232.
3. Castellana, M., Wilson, M. Z., Xu, Y., Joshi, P., Cristea, I. M., Rabinowitz, J. D., ... & Wingreen, N. S. (2014). Enzyme clustering accelerates processing of intermediates through metabolic channeling. Nature biotechnology, 32(10), 1011-1018.
◆乳酸酸化酵素
乳酸酸化酵素(lactate oxidase)は、乳酸をピルビン酸に酸化し、同時に酸素を過酸化水素に還元する酸化還元酵素である。常温での活性は、KMがおよそ0.1 mM程度、kcatが数百/sec程度である。補酵素としてフラビンモノヌクレオチドを用いる。ホモ四量体を形成して働く酵素で、単量体に解離すると立体構造が不安定かされて酵素活性が著しく低下する。代表的な産業応用例として、乳酸酸化酵素は血中や食品中の乳酸濃度を測定するバイオセンサーがある(1)。
乳酸酸化酵素はドロプレットを作らせると酵素活性が増加することが報告されている(2)。乳酸酸化酵素とポリリシンを混合すると、両者はドロプレットを形成する。このドロプレットは比較的小さく硬いものだが、ここに5 mMの硫酸アンモニウムを加えるとゲルのようなドロプレットになり、10 mM加えると見た目にも柔らかそうな球状になり、流動性の高いドロプレットになった。低イオン強度で硬いドロプレットができ、わずかにイオン強度を増加させる程度で柔らかく変化したことから、このドロプレットの安定化は静電相互作用が重要な役割を担っていると考えられる。
硫酸アンモニウムを加えない条件で、ポリリシンとドロプレットを形成した乳酸酸化酵素の活性を測定するとおよそ400倍にも増加した。ドロプレットを形成するとkcatが約6倍に増加し、KMが1.5%にまで低下した。kcat / KMで比較すると、分散した状態と比べてドロプレットを形成すると400倍も増加したことになる。硫酸アンモニウムを加えてドロプレットを形成させた時にはkcatが約4倍に増加し、KMもおよそ10分の1に低下し、kcat / KMでは40倍の増加が見られた。kcat / KMの数値では、1.1 /mM/秒から420 /mM/秒であった。
KMの低下については基質となる乳酸が、酵素だけのときよりも、ポリリシンとドロプレットを形成した酵素の周囲に集まりやすくなるという理解ができるだろう。それにしてもかなりのKMの低下が起こることがわかる。一方でkcatの増加は、現時点ではまだ、活性に関与する領域の構造に何か好ましい影響があったとしか言えず、これからの研究が必要になる。活性中心の構造の安定化や、酵素基質複合体の構造の安定化、多量体の安定化など複数の仮説が建てられる。
なお、乳酸酸化酵素だけでなく、乳酸脱水素酵素やピルビン酸酸化酵素、アセトアルデヒド脱水素酵素などの酸化還元酵素も、ポリリシンと液滴を形成して活性が増加することが報告されている(3)。
参考文献
1. Moradi, S., Firoozbakhtian, A., Hosseini, M., Karaman, O., Kalikeri, S., Raja, G. G., & Karimi-Maleh, H. (2024). Advancements in wearable technology for monitoring lactate levels using lactate oxidase enzyme and free enzyme as analytical approaches: a review. International Journal of Biological Macromolecules, 254, 127577.
2. Ura, T., Kagawa, A., Sakakibara, N., Yagi, H., Tochio, N., Kigawa, T., Shiraki, K., & Mikawa, T. (2023). Activation of L-lactate oxidase by the formation of enzyme assemblies through liquid–liquid phase separation. Scientific Reports, 13(1), 1435.
3. Ura, T., Sakakibara, N., Hirano, Y., Tamada, T., Takakusagi, Y., Shiraki, K., & Mikawa, T. (2023). Activation of oxidoreductases by the formation of enzyme assembly. Scientific Reports, 13(1), 14381.
◆代謝酵素の連続反応
酵素の連続反応に伴って、ドロプレットの形成と消失が試験管内で再現された例が報告されている(1)。この研究では、酵素反応に必要な補因子である ATP や NADPH をポリリシンとともにドロプレットとして形成させ、その場を反応の始点としている。最初の段階では、ヘキソキナーゼが ATP を利用して反応を進行させるが、この過程で ATP が加水分解されるにつれて、ドロプレットは徐々に消失していく。ドロプレットが消失すると、ヘキソキナーゼは分散し、溶液中へと拡散する。続いて、ヘキソキナーゼによって生成されたグルコース-6-リン酸が、次段階の酵素であるグルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼの基質となり、NADP⁺ が NADPH へと還元される。生成した NADPH は再びポリリシンと相互作用し、新たなドロプレットの形成を引き起こす。
このように、反応の進行に応じて一方のドロプレットが消失し、次の反応によって別のドロプレットが形成されるという動的な過程が、試験管内で再構成された。ドロプレットを介したこの連続反応系では、最終生成物の生成速度が約 2 倍に向上することも示されており、酵素反応を空間的に制御する新たな可能性を示している。
細胞内においても、「メタボロン」と呼ばれる概念が提唱されているように、代謝酵素と基質、あるいは生成物が、ドロプレット様の動的な局在場を形成することで、反応を効率化・局在化している可能性がある(2)。このような仕組みによって、局所的な濃度勾配や非平衡状態を維持しつつ、反応の流動性や可逆性が確保されているのだろう。
一方で、細胞内では自然に形成されるドロプレットであっても、それを試験管内で再現することは意外に難しい。例えば、ポリリシンのような高分子電解質を添加したり、酵素に相分離性を持つタグを融合させたり、ポリエチレングリコール(PEG)を高濃度で添加して相分離しやすい条件を整えるなど、さまざまな工夫が必要となる。このように、酵素反応とドロプレット形成の動的な連関を理解することは、細胞内代謝の制御機構を理解する上で重要であり、今後の合成生物学や酵素工学においても注目される分野である。
参考文献
1. Ura, T., Tomita, S., & Shiraki, K. (2021). Dynamic behavior of liquid droplets with enzyme compartmentalization triggered by sequential glycolytic enzyme reactions. Chemical Communications, 57(93), 12544-12547.
2. Srere, P. A. (1985). The metabolon. Trends in Biochemical Sciences, 10(3), 109–110.