蛋白質溶液学(アルギニン)
いろんなところで目にする、ありふれたアミノ酸
いろんなところで目にする、ありふれたアミノ酸
添加剤としてのアルギニン
タンパク質はアミノ酸が連なったポリマーであり、その挙動は本質的にアミノ酸同士の相互作用に由来している。したがって、外部から遊離のアミノ酸を添加剤として加えることで、タンパク質分子間の相互作用を調節し、凝集を抑制できるのではないか、という発想は自然である。このような単純な仮説に基づき、筆者はかつていくつかの実験を試みた。卵白リゾチームをはじめとする8種類のモデルタンパク質について、約0.1%濃度の溶液を調製し、加熱による凝集(白濁)を観察した。その際、各種アミノ酸を加えて比較したところ、すべてのアミノ酸に効果があるわけではなく、アルギニンのみが顕著に加熱凝集を抑制することが分かった(1)。この2000年前後の実験が、筆者がタンパク質凝集という現象に強い関心を抱くきっかけとなっている。
では、なぜアルギニンだけが特異的に有効なのだろうか? この実験をきっかけに文献を調べると、すでにタンパク質のリフォールディング過程においてアルギニンが添加剤として用いられていた事例が報告されていた。おそらく最初期の報告は、ドイツの研究者RudolphとBuchnerによる1991年の論文である(2)。彼らは抗体断片を組換え体として大量発現させた後、変性状態から正しい立体構造へとリフォールディングさせる実験を行い、アルギニンを添加すると回収率が約2倍に向上することを示している。
この背景には、当時のバイオテクノロジーの課題がある。遺伝子組換え技術が普及し、大腸菌による組換えタンパク質の大量生産が可能になったものの、発現産物の多くは封入体と呼ばれる不溶性凝集体として沈着し、機能的なタンパク質を得ることが困難であった。そのため、封入体を可溶化してから、正しい立体構造へとフォールディングさせる工程で、アルギニンが有効な添加剤として注目されるようになったのである。ここで注意すべき点は、Rudolphらが検討した「リフォールディングに伴う凝集」と、筆者が観察した「加熱による凝集」とでは、現象のメカニズムが全く異なることである。前者は常温におけるフォールディング過程の途中で生じる中間体の凝集であり、後者は高温により強制的に構造が破壊されることに起因する凝集である。
筆者らの後続の検討では、リフォールディング過程の凝集を抑制するのは塩酸グアニジンのような変性剤タイプの抑制因子であるのに対し、加熱凝集を防ぐのはスペルミンのようにタンパク質構造を安定化させるアミン化合物であることが分かった(3)。興味深いことに、アルギニンはそのいずれの条件下でも顕著な効果を発揮した。すなわち、アルギニンは「リフォールディングに伴う凝集抑制」と「加熱に伴う凝集抑制」の双方に有効であるという特徴を有している。このことは、アルギニンが単にタンパク質の安定化あるいは変性作用のどちらか一方に偏った作用を持つのではなく、タンパク質のフォールディングや相互作用を多面的に制御する独自の性質を備えていることを示唆している。
参考文献
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3. Hamada H, Takahashi R, Noguchi T, Shiraki K. Differences in the effects of solution additives on heat- and refolding-induced aggregation. Biotechnol Prog. 2008 Mar-Apr;24(2):436-43.
◆凝集抑制のメカニズム
アルギニンは側鎖にグアニジニウム基を有する。この基は平面的な共鳴構造を取り、常に正電荷を帯びている。また、分子全体としては、α-アミノ基(正電荷)とカルボキシ基(負電荷)を持つため、中性水溶液中では全体として+1の電荷をもつ塩基性アミノ酸である。このような特徴に基づき、アルギニンの凝集抑制効果の核心は大きく二つに整理できる。
第一に、側鎖グアニジニウム基によるカチオン–π相互作用である。グアニジニウム基は平面性をもつ正電荷部位であり、その電荷は共鳴構造によって広く分布しているため、局所的な静電相互作用よりも安定な結合様式をとることができる。この特徴により、芳香族環のπ電子雲と強固に相互作用することが可能となる。カチオン–π相互作用の結合エネルギーは水素結合に匹敵し、疎水性相互作用よりも強い場合もある。また、通常の静電相互作用と異なり、溶液のイオン強度が高い環境においても減弱しにくいという特徴を持つ。このため、細胞内のような高イオン強度の条件下でも十分に機能しうる。
第二に、アルギニンが中性水溶液中で全体として正電荷をもつ分子である点である。α-アミノ基とグアニジニウム基が常に正に荷電しているため、分子全体として強く親水的であり、他の非荷電性アミノ酸とは大きく異なる溶解特性を示す。このため、アルギニンは単に相互作用するだけでなく、相互作用した芳香族分子や疎水性分子を水中に溶かすことができる。実際にpH 10の水溶液中でアルギニンは、タンパク質の凝集抑制効果を示さなくなる(1)。
この二つの性質を併せ持つため、アルギニンは本来水に難溶な芳香族化合物を顕著に可溶化する作用を示す。すなわち、アルギニン側鎖の官能基であるグアニジニウム基単独では十分な凝集抑制効果は得られない。または、リシンのように側鎖に正電荷を持つが、芳香族分子との相互作用能が弱い場合にもタンパク質の凝集抑制効果は弱くなる。これらの結果は、アルギニンの凝集抑制作用が部分構造の単独効果ではなく、グアニジニウム基とアミノ酸主鎖の組み合わせがもたらす特異的な分子特性によることを示している。
実際に、アルギニンを添加すると、核酸塩基のアデニンやシトシン(2)、アルキルガレート(3)、クマリン(4)などの芳香族化合物がよく解けるようになる。同様の原理はタンパク質においても働き、リゾチームの表面にあるトリプトファン残基に結合する形で結晶構造解析されている例も報告されている(5)。言い換えると、アルギニンはタンパク質の「水に馴染みにくい」領域を、いわば正電荷を帯びさせることにより、立体構造が変性しやすい状態にあっても可溶性を維持させるのである。
◆アルギニンのその他のメカニズム
アルギニンによるタンパク質凝集抑制のメカニズムは広く注目されており、精密な実験や理論研究により多面的に議論が進んでいる。カチオン–π相互作用による芳香族アミノ酸との結合や、アルギニンが持つ正電荷による静電反発に加え、次のような説も提唱されている。
一つは、アルギニンの効果はタンパク質に特異的に結合することよりも、むしろ分子サイズに依存するというものである。Troutらが提唱するギャップ理論によれば、アルギニンは適切な大きさを有するため、タンパク質分子間の相互作用を物理的に抑制できるとされる(6)。しかし、アルギニンの主鎖をわずかにエチル化したアルギニン誘導体では、凝集抑制効果が顕著に増強されることも報告されており、アルギニンが最適なサイズを持っているということでもないと考えられる。このことから、サイズだけに基づくギャップ理論では、アルギニンの持つ凝集抑制作用を十分には説明できないと考えられる。
さらに、「自己会合によるクラスター形成」に関する報告も存在する。乾燥質量分析および光散乱実験により、アルギニンは溶液中で分子間にクラスターを形成することが示されている(7)。これらのクラスターは、アルギニンの三つのメチレン鎖が集合することで疎水性表面を呈し、疎水性領域を持つタンパク質表面と相互作用することにより、凝集を間接的に阻害するモデルが提案されている。
分子動力学(MD)シミュレーションでも、アルギニン分子は水素結合によりhead-to-tail型の自己会合を形成し、さらに大きなクラスターを生成する傾向が確認されている(8)。このクラスターにより、タンパク質分子間の相互作用が間接的に遮断され、凝集抑制に寄与することが示唆されている。一方で、別のMD研究では、アルギニン自身の自己会合は凝集抑制の本質的要因ではなく、むしろ自由なグアニジニウム基がタンパク質のアニオン残基(Asp、Glu)に結合することが主要な凝集抑制の機構であるという指摘がある(9)。
◆アルギニンと水和
アルギニンのタンパク質凝集抑制作用は、複数の作用機構が同時に働くことで成り立っており、その二面性が指摘されている。
一つ目の面は、局所的な水和構造の再編による間接的な凝集抑制である。結晶構造解析の結果、アルギニン塩酸塩を添加してもリゾチーム骨格自体には顕著な変化は認められない一方で、周囲の水分子の配列が変化することが示されている(10)。この水和構造の再編により、タンパク質間の初期的接触や疎水性相互作用が間接的に阻害され、凝集の進行を抑制することが可能である。局所的には、アルギニン分子のカチオン–π相互作用や自己会合によるクラスター形成も、この水和効果を補助していると考えられる。
一方、二つ目の面は、溶液全体の物理化学的性質への影響である。アルギニンは水の表面張力を増加させることが知られており(11)、これは溶液中の疎水性分子を互いに接近させる方向に働く可能性がある。この効果は、局所的な水和再編とは逆向きに、マクロ的には凝集を促進する要因となりうる。グルタミン酸ナトリウムも同様に表面張力を高める性質を持つが、一般的には凝集促進因子として作用する。
これらの二面性は、一見矛盾するように見えるが、作用するスケールや機構が異なるため、むしろ補完的な現象として理解されるべきである。局所的には水和構造再編やカチオン–π相互作用により凝集抑制が優勢に働き、マクロな水性環境への影響は条件によって現れる副次的な効果にとどまる。このため、アルギニンは全体として凝集抑制剤として安定した効果を示すと解釈できる。
参考文献
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◆アルギニンベースの凝集抑制剤の開発
アルギニンのタンパク質凝集の抑制機構を理解すると、新しいタイプの凝集抑制剤を合理的に設計できる可能性が見えてくる。アルギニンが凝集抑制剤として機能するためには、グアニジウム基を持ち、中性水溶液中でプラス1の正電荷を保持していることの2つが鍵である。前者はタンパク質分子と相互作用する疎水性の性質を帯びた領域であり、後者は静電的な反発を起こさせる領域である。
まず、正電荷を持つという性質から考えてみたい。実際に、溶液の pH を 10 以上に上げると主鎖アミノ基が脱プロトン化され、アルギニン分子全体としての電荷は 0 になる。この条件下では、アルギニンの凝集抑制能は消失することが報告されている(1)。
逆に言えば、この「正電荷を持つ」という性質を強化すれば、より強力な凝集抑制剤を設計できる。代表的な例が アルギニンメチルエステルやアルギニンエチルエステルである。カルボキシ基をエステル化することでアルギニンの負電荷が失われ、分子全体の電荷は +2 となる。その結果、リゾチームの加熱凝集を指標にすると、アルギニンは100 mMの桁の添加が必要だが、アルギニンエチルエステルは10 mMの桁の添加でも十分に凝集を抑制できることがわかっている(2)。
◆ポリアルギニン
インスリンを対象として、アルギニンを含むジペプチドの凝集抑制効果を検討した報告がある(3)。この研究では、pH 3.7および5.5の酸性条件下でインスリンに100 mMのアルギニンを添加すると、予想どおり凝集が顕著に抑制された。さらにジアルギニン(Arg–Arg)を添加した場合には、凝集抑制効果が一層高まることが示された。一方で、アルギニルバリン(Arg–Val)やアルギニルフェニルアラニン(Arg–Phe)など他のジペプチドについては、むしろ凝集を促進する結果が得られている。また、加熱による凝集に対しては、アルギニンやジアルギニンの効果は限定的であり、代わってアルギニルフェニルアラニンやロイシルアルギニン(Leu–Arg)など、別のアルギニン含有ジペプチドで高い抑制効果が報告されている。ポリアルギニンがリゾチームの加熱凝集を強力に抑制するという報告もある(4)。これらの知見を総合すると、アルギニン自体には確かに凝集抑制作用があるものの、ジペプチド化によって必ずしも効果が増強されるわけではなく、凝集の誘起条件(pHや加熱など)によって有効な分子種が異なることが示唆される。
しかし、ペプチド類は一般に遊離アミノ酸と比較して製造コストが桁違いに高いという大きな制約がある。単純なL-アルギニンは発酵法や化学合成により大量かつ安価に供給できるのに対し、ジアルギニンなどの短鎖ペプチドであっても固相ペプチド合成や液相合成を経る必要があり、精製・脱保護など複数の工程を伴うためコストが大幅に増大する。また、目的とする立体異性体の高純度確保や、製造スケールに応じた収率低下の問題も無視できない。こうした背景から、遊離アルギニンは添加剤としてバイオ医薬品製剤やタンパク質精製過程に広く利用されている一方で、ジアルギニンやその他のアルギニン含有ペプチドが実際の製剤成分として採用された例はきわめて限られている(5)。
さらに、コスト以外にも実用化に向けた複数のハードルが存在する。例えば、新たなペプチド添加剤を医薬品に応用する際には、毒性や代謝挙動、免疫原性、安定性などに関する詳細な安全性評価が必須となる。これらの要求事項を満たすためには大規模な非臨床・臨床データが必要であり、コストと時間の両面で大きな負担となる。したがって、アルギニンのように天然のアミノ酸をそのまま使うメリットは極めて高い。
◆ハイドロトロープと界面活性剤との関係
「水に馴染む電荷領域」と「水に馴染みにくい非極性領域」を併せ持つ分子は、一般に ハイドロトロープ(hydrotrope) と呼ばれる。ハイドロトロープの定義は「臨界ミセル濃度を形成することなく、疎水性溶質の水溶性を顕著に高める小分子化合物」である。典型例としては、トルエンスルホン酸塩やサリチル酸塩などが挙げられる。アミノ酸誘導体として調べられた例では、最もシンプルな構造を持つものに、グリシンエチルエステルが見出されている(6)。
ハイドロトロープと界面活性剤は構造的に連続的な関係にあり、親水性部分と疎水性部分のバランスを極端化すると界面活性剤(surfactant)と見なされる(7)。界面活性剤は一般に「分子内に親水性基と疎水性基を併せ持ち、臨界ミセル濃度以上で自己集合してミセルなどの会合体を形成する化合物」と定義され。タンパク質溶液に界面活性剤を添加すると、界面活性剤分子はタンパク質の疎水性表面領域に高親和的に結合し、疎水性コアを外部に曝露させることで分子内相互作用を乱す(8)。その結果、凝集は一時的に抑制され得るが、同時にタンパク質の天然構造が不可逆的に変性する場合が多い。
理論的には界面活性剤は極めて強力な凝集抑制剤となり得るが、特にイオン性界面活性剤は変性作用が強く、生体高分子を取り扱う製剤や分析の現場では適用が制限される(9)。一方で、非イオン性界面活性剤(例:ポリソルベートやポロキサマー)はイオン性に比べてタンパク質への直接的な変性作用が弱く、適切な低濃度であればタンパク質や容器表面への吸着防止や界面の安定化といった目的で利用されることがある。ただし、その有効性や副作用は使用する界面活性剤の種類や濃度、製剤条件に大きく依存する。
参考文献
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◆アラントイン
アラントイン(allantoin)は、尿酸の酸化代謝産物として生体内にも存在する低分子化合物であり、医薬品や化粧品において広く添加剤として利用されている(1)。化学的に安定で水溶性が高く、通常の製剤条件下で分解しにくいため長期保存にも適している。また、急性および慢性毒性が極めて低く、皮膚刺激性や感作性もほとんど認められないことが種々の安全性試験で確認されており、世界各国の規制当局でも化粧品成分としての使用が認可されている。さらに、角質軟化作用や創傷治癒促進作用が知られており、クリームやローション、医薬部外品に添加されることで皮膚の保護や再生を目的とした機能性が付与される。このように、安定性と安全性が科学的に裏付けられたアラントインは、化粧品や医薬品製剤において汎用性の高い成分である。
アラントインは化学式 C₄H₆N₄O₃ を有する低分子化合物であり、ヒダントイン(イミダゾリジン-2,4-ジオン)環に隣接した尿素様(ウレイド)構造を持つ。これにより複数の水素結合供与部位および受容部位を有し、水との親和性が高い一方で、分子内部にはわずかな疎水性部分も存在するため、一定の両親媒性を示すと解釈される。
化学構造の観点から見ると、アルギニンがグアニジニウム基を介して芳香族側鎖にカチオン–π相互作用を形成し得るのに対し、アラントインは主としてウレイド基による多点の水素結合や極性相互作用を介して親水性表面や極性分子と相互作用すると考えられる。いずれの分子も、水溶液中で多様な非共有結合性相互作用を介し、タンパク質の可溶化や安定化に寄与する可能性がある。
アラントインを添加剤として用い、タンパク質の熱安定性および加熱凝集への影響を検討した研究が報告されている(2)。その結果、アラントインはリゾチームの加熱凝集を顕著に抑制したが、ウシ血清アルブミンの加熱凝集はむしろ促進し、リボヌクレアーゼに対してはほとんど影響を及ぼさなかった。これらの結果から、アラントインの凝集抑制作用はタンパク質種に依存して発現することが示唆される。
さらに、アラントインを尿素およびヒダントインと比較し、その構造的特性とタンパク質凝集への影響を解析した研究もある(3)。アラントインはアルギニンと比較して卵白リゾチームの凝集および不活性化をより強く抑制し、メンエキグロブリンGについても可溶性オリゴマーや不溶性凝集体の形成をわずかに抑制した。一方、ヒダントインはアルギニンやアラントインよりも芳香族アミノ酸の溶解度を高める効果が顕著であった。アラントイン自体はタンパク質構造を大きく変性させる作用はほとんど示さず、これらの知見からヒダントイン環骨格を有する化合物群が、小分子凝集抑制剤の新たなカテゴリーとなる可能性が示唆される。
また、ヒダントインとその誘導体である1-メチルヒダントインが、エンベロープを持つ単純ヘルペスウイルス1型に対してウイルス不活化を示すことも報告されている(3)。メカニズムはアルギニンと似ており、タンパク質の芳香族アミノ酸との相互作用によるものである。
参考文献
1. Becker, L. C., Bergfeld, W. F., Belsito, D. V., Klaassen, C. D., Marks, J. G., Jr, Shank, R. C., Slaga, T. J., Snyder, P. W., & Alan Andersen, F. (2010). Final report of the safety assessment of allantoin and its related complexes. International journal of toxicology, 29(3 Suppl), 84S–97S.
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◆芳香族化合物を溶かす
アルギニンが芳香族化合物と相互作用することは、溶解度測定による比較的簡便な実験からも示すことができる。実際に、アルキルガレートを用いて、アルギニンなどの添加剤が芳香環あるいはアルキル鎖のどちらと相互作用するかを調べた報告がある(1)。アルキルガレートは、芳香環を持つガレート基に長さの異なるアルキル鎖が結合した芳香族化合物である。
実験は以下のように行われた。適量のアルキルガレート粉末を試験管に入れ、水または添加剤溶液(0.5 mL)を加える。これを40 ℃で1時間撹拌しながら加温した後、25 ℃で3日間静置し、時折撹拌を行った。その後、懸濁液を遠心分離し、上清中に溶解したアルキルガレート濃度を分光光度計で定量した。
その結果、メチルガレートは水中では約 10 mg/mL しか溶解しないが、アルギニンを添加すると溶解度が濃度依存的に増加し、1.0 M アルギニン溶液ではおよそ 2.5 倍に達した。一方、グアニジンの場合もわずかに溶解度を上昇させ、1.0 M で約 1.3 倍となった。しかし、塩基性アミノ酸のリシンや小型アミノ酸のグリシンでは濃度を増加させても溶解度に変化はなく、NaCl 添加ではむしろ低下し、1.0 M で約 0.7 倍に減少した。
さらに、この研究では、アルキル鎖の長さを段階的に変えたアルキルガレート(メチル、エチル、プロピル、ブチル誘導体)を用いて溶解度を比較している。その結果、いずれのアルキルガレートも 1.0 M アルギニン溶液中ではおよそ 2.5 倍に増加した。一方、界面活性剤 SDS を添加すると溶解度の増加はアルキル鎖長に依存し、メチルガレートで約 1.3 倍、プロピルガレートで約 6 倍と顕著な差が観察された。
これらの結果から、アルギニンは芳香環に特異的に相互作用して溶解度を増加させるのに対し、SDS はアルキル鎖の疎水性領域に作用して溶解度を増加させることが明らかとなった。すなわち、アルギニンは疎水性アルキル基とは強く相互作用せず、主に芳香族領域との相互作用を介して作用することが示唆される。
◆芳香族化合物の溶解度の向上
アルギニンは、アルキルガレートに限らず、さまざまな芳香族化合物の水中での溶解度を顕著に増加させることが報告されている。具体的な例としては、核酸塩基であるグアニン、アデニン、シトシン、チミン、ウラシル(2)、飲料などに含まれるフェノール酸であるカフェ酸(3)といった低分子芳香族化合物に加え、芳香族アミノ酸残基に富むペプチド(4)、水への溶解性が低いタンパク質であるグルテン(5)、さらには個々の芳香族アミノ酸(6)などが挙げられる。これら多様な分子に共通して、アルギニンを添加した水溶液中における溶解度は、アルギニンを含まない純水中と比較して有意に高い値を示す。
このような溶解度の変化を熱力学的に解釈するためには、固体化合物が平衡状態で同一の化学ポテンシャルを有すると仮定し、水溶液中からアルギニン水溶液中への移相に伴う標準自由エネルギー変化を計算することができる。実際のデータに基づき算出すると、アルキルガレート類の場合でおよそ 2.2–2.5 kJ/mol、核酸塩基では約 0.8–2.3 kJ/mol、芳香族アミノ酸では約 0.5–1.9 kJ/molの範囲で負の自由エネルギー変化が得られており(表)、これらの値はいずれもアルギニン溶液中での方が水中よりも溶解が熱力学的に有利であることを示している。
この結果は、アルギニンが芳香族化合物との特異的相互作用(例えばカチオン–π相互作用や疎水性相互作用の緩和)を介して溶解度を高めている可能性を支持する。こうした解析は、タンパク質や核酸のような高分子の可溶化・凝集抑制機構の理解にも直接的に結びつくものである。
参考文献
1. Ariki, R., Hirano, A., Arakawa, T., & Shiraki, K. (2011). Arginine increases the solubility of alkyl gallates through interaction with the aromatic ring. Journal of biochemistry, 149(4), 389–394.
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◆タンパク質を溶かす
アルギニン水溶液は、低分子の芳香族化合物だけでなく、変性タンパク質を富樫やすくするほか、タンパク質の芳香族領域に結合することも実験的に示されている。
典型的なモデルとして、ニワトリ卵白リゾチームのジスルフィド結合を還元・カルボキシメチル化したリゾチーム(RCMリゾチーム)を用いて溶液による溶解度の効果を比較した研究が報告されている(1)。RCMリゾチームは、50 mMリン酸緩衝液中には約0.1 mg/mL程度しか溶解されない。しかし、0.2 Mアルギニンを添加すると溶解度は約4倍に増加する。一方、0.2 M塩酸グアニジン溶液では約2倍、0.2 M塩化アンモニウム溶液では約1.5倍の増加にとどまる。この結果は、アルギニンの化学構造、すなわちグアニジニウム基とアルキル鎖を併せ持つ特徴が、芳香族基や疎水性領域への特異的な相互作用に寄与していることを示唆する。
さらに、アルギニンはタンパク質の過飽和状態を安定化させる作用も持つ。例えば、ブタ由来ミオシンを高濃度(約1 M)の塩化ナトリウムで抽出し、その後、水で希釈すると凝集が生じるが、この希釈系にアルギニン塩酸塩を添加しておくと、同濃度の他のアミノ酸や塩化ナトリウムに比べて凝集が顕著に抑制され、溶解状態が長時間維持されることが報告されている(2)。これは、アルギニンが凝集核形成や疎水性相互作用を遅らせ、平衡到達までの時間を延長する効果を示す典型例である。
立体構造が失われた変性状態でのタンパク質と遊離アルギニンとの直接的な相互作用を定量的に捉えることは、相互作用が弱いことや構造が不均一であることから困難である。しかし、ネイティブ構造を持つタンパク質とアルギニンの相互作用については、X線結晶構造解析による知見が得られている。卵白リゾチームをアルギニン存在下で結晶化した研究によると、リゾチーム結晶中で3分子のアルギニンが明瞭に観察され、いずれもリゾチームの表面に露出しているトリプトファンの近傍に位置していた(3)。このとき、リゾチームにおける芳香族アミノ酸残基の溶媒露出表面積(ASA: accessible surface area)を解析すると、アルギニン非存在下に比べて約40 %減少していた。一方で、極性残基のASAは約2 %しか減少しなかった。これらの結果は、アルギニンがタンパク質表面の芳香族側鎖付近と選択的に結合しやすいこと、またその可溶化作用が主として疎水性・芳香族相互作用の緩和やカチオン–π相互作用に基づいていることを強く示唆する。
このような構造的・熱力学的知見を統合すると、アルギニンの可溶化作用は単なる静電的塩効果では説明できず、芳香族残基との弱い非共有結合的相互作用(カチオン–π、π–π stacking など)や、局所的な疎水性領域との親和性が重要な役割を果たしていると考えられる。
参考文献
1. Matsuoka, T., Hamada, H., Matsumoto, K., & Shiraki, K. (2009). Indispensable structure of solution additives to prevent inactivation of lysozyme for heating and refolding. Biotechnology progress, 25(5), 1515–1524.
2. Takai, E., Yoshizawa, S., Ejima, D., Arakawa, T., & Shiraki, K. (2013). Synergistic solubilization of porcine myosin in physiological salt solution by arginine. International journal of biological macromolecules, 62, 647–651.
3. Ito, L., Shiraki, K., Matsuura, T., Okumura, M., Hasegawa, K., Baba, S., Yamaguchi, H., & Kumasaka, T. (2011). High-resolution X-ray analysis reveals binding of arginine to aromatic residues of lysozyme surface: implication of suppression of protein aggregation by arginine. Protein engineering, design & selection : PEDS, 24(3), 269–274.