DES
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総論:深共晶溶媒とは
深共晶溶媒(deep eutectic solvent, DES)は、水素結合ドナー(hydrogen bond donor, HBD)と水素結合アクセプター(hydrogen bond acceptor, HBA)となる二種以上の化合物を適切なモル比で混合することにより、各成分単独よりも著しく低い融点を示し、室温付近で液体となる溶媒系である。代表例として、塩化コリンと尿素をモル比1:2で混合した系が知られており、これは reline と呼ばれる。いずれの成分も単独では常温で固体であるが、混合により強い水素結合性相互作用を含む分子間ネットワークが形成されることで、混合系全体の融点が大きく低下し、室温付近で安定な液体となる。DESは、このような分子間相互作用に支えられた秩序ある液体構造をもち、従来の有機溶媒やイオン液体に代わる新たな溶媒系として注目されている。
◆天然深共晶溶媒
天然深共晶溶媒(Natural Deep Eutectic Solvents; NADES)は、深共晶溶媒(DES)の一種であり、すべての構成成分が生体由来の小分子(例:アミノ酸、有機酸、糖、多価アルコール、ベタインなど)から構成される深共晶溶媒を指す(1,2)。その特徴は、成分間の強い水素結合ネットワークによって融点が大きく低下し、室温またはそれ以下で液体となる点にある。この概念は、Choiらによって2011年に初めて提唱され、「細胞内環境に存在する多成分低分子群が、深共晶状態で液体的マトリクスを形成している可能性」を指摘したことで注目が集まった(1)。
NADESの組成は多様であり、典型的には糖類・有機酸・アミノ酸などからなる。これらの混合によって、水素結合ネットワークが構築され、従来のイオン液体・合成DESに比べて比較的低毒性・高生体適合性・高分解性を目指した設計がなされてきている(2)。生物学的観点では、細胞内代謝小分子が高濃度共存することで、局所的に液体的マトリクスを形成している可能性が提唱されており、この仮説は乾燥耐性植物や極限環境微生物の代謝保護機構とも整合的である。
ハチミツは主としてグルコース、フルクトース、スクロースおよび水から構成され、これら糖類間に強い水素結合ネットワークを形成しており、天然深共晶溶媒と共通する低融点・高粘度・低水活性といった物性を示すことが報告されている(4)。ハチミツを模倣した糖類系NADESを用いたポリフェノール抽出系では、ハチミツと類似した抗酸化活性の相加・相乗効果が観察され、分子間相互作用および機能的性質の両面で高い類似性を示す(5)。さらに、植物成分の抽出・安定化におけるハチミツや糖類NADESの役割を比較した総説でも、両者が自然界に存在する生体由来の深共晶混合物として位置づけられている(6)。
参考文献
1. Choi, Y. H.; van Spronsen, J.; Dai, Y.; Verberne, M.; Hollmann, F.; Arends, I. W. C. E.; Witkamp, G.-J.; Verpoorte, R. Are Natural Deep Eutectic Solvents the Missing Link in Understanding Cellular Metabolism and Physiology? Plant Physiol. 2011, 156 (4), 1701–1705.
2. Dai, Y.; van Spronsen, J.; Witkamp, G.-J.; Verpoorte, R.; Choi, Y. H. Natural Deep Eutectic Solvents as New Potential Media for Green Technology. Anal. Chim. Acta 2013, 766, 61–68.
3. Sizeland, P. C., Chambers, S. T., Lever, M., Bason, L. M., & Robson, R. A. Organic osmolytes in human and other mammalian kidneys. Kidney international. 1993, 43(2), 448–453.
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6. Hikmawanti, N. P. E.; Ramadon, D.; Jantan, I.; Mun’im, A. Natural Deep Eutectic Solvents (NADES): Phytochemical Extraction Performance Enhancer for Pharmaceutical and Nutraceutical Product Development. Plants 2021, 10 (10), 2091.
◆水
第一水和殻(hydration shell)とは、タンパク質や他の生体高分子が溶液中に存在する際、その表面を直接取り囲む水分子の層のことをいう。これは、分子表面からおよそ 3–5 Å の範囲に存在する水分子群であり、電荷・極性・疎水性などの局所的化学環境に応じて、特異的な配向や水素結合ネットワークを形成する。この層の水分子は、バルク水に比べて回転や並進の緩和時間が遅く、分子運動が拘束されている(1)。近年の赤外分光や、NMR緩和、分子動力学シミュレーションによる研究から、第一水和殻はフェムト秒からピコ秒の時間スケールで絶えず交換や再配向を繰り返す動的ネットワークであることが示されている(2)。この水和層は、タンパク質の立体構造安定化やフォールディング過程において重要な役割を担い、タンパク質の表面性質を媒介して、溶液全体の熱力学的挙動を決定する。
結合水(bound water)とは、タンパク質の構造内部や表面近傍で、比較的長時間その位置に留まり、分子と強く相互作用している水分子を指す。これらの水は、主に水素結合や静電的相互作用によってアミノ酸残基やリガンド、金属イオンなどに固定されており、結晶構造中にしばしば構造水として観測される(3)。結合水は通常の溶媒水よりも回転や拡散が著しく遅く、エネルギー的にも安定であり、タンパク質の立体構造の保持や分子の認識過程に重要な役割を果たす。近年の分子動力学計算やX線結晶構造解析では、結合水がタンパク質内部の水素結合ネットワークを媒介する非共有結合要素として再評価されている(4)。
バルク水(bulk water)とは、溶質や界面から十分に離れ、分子間相互作用においてほぼ純水と同等の統計的性質を示す水分子群を指す。溶液中の大部分を占めるバルク水は、第一水和殻や結合水とは異なり、溶質の電場・疎水面・分極などの影響をほとんど受けない。この領域の水分子は平均的な水素結合数(約3.4)を持ち、数ピコ秒のスケールで自由に回転・拡散している。バルク水はタンパク質溶液系の“基準状態”として、溶質による水構造の変調を議論する際のリファレンスとなる(5)。一方で、近年の研究では高濃度塩や極性共溶媒の存在下でバルク水の誘電率・緩和時間が変化することが示されており、必ずしも純水的挙動を保つとは限らない(7)。そのため、タンパク質溶液を理解する上では、バルク水・水和水・結合水の三者の動的平衡を統一的に考える必要がある。
疎水性溶質が水中に存在する際、その周囲の水分子が秩序化するという考え方は、1950年代に Frank と Evans によって提案されたアイスバーグモデル(iceberg model)に端を発する(7)。このモデルでは、疎水性分子の存在が周囲の水分子の回転・配向自由度を低下させ、結果として氷様の局所的秩序構造を形成すると考えられた。このとき、水分子間の水素結合ネットワークは溶質の非極性表面を避けるように再配向し、その周囲に氷山(iceberg)のような低エントロピーの水構造領域が生じるとされた。このエントロピー損失が、疎水効果における自由エネルギー増大(ΔG > 0)の主要因であるという仮説である(8)。しかし、その後の研究により、この単純なアイスバーグモデルは再考を迫られた。近年では、疎水性溶質の周囲では水分子の水素結合数はほとんど減少せず、配向の自由度が制限されるだけであることが示されている(9)。
参考文献
1. Laage, D.; Hynes, J. T. Water Dynamics in Protein Hydration Shells: The Molecular Origins of the Dynamical Perturbation. J. Phys. Chem. B 2012, 116, 6263–6272.
2. Maurer, M.; Wolf, M.; Hache, D.; Böckmann, R. A. Water in Protein Hydration and Ligand Recognition. J. Mol. Recognit. 2019, 32 (4), e2810.
3. Chen, X.; Isnard, M.; Yaacob, L.; Ducruix, A. Hydration Water and Bulk Water in Proteins Have Distinct Tetrahedral Networks. Biophys. J. 2008, 95, 3974–3984.
4. Halle, B. Protein Hydration Dynamics in Solution: A Critical Survey. Philos. Trans. R. Soc. Lond. B Biol. Sci. 2004, 359, 1207–1223.
5. Laage, D.; Hynes, J. T. Water Dynamics in Protein Hydration Shells: The Molecular Origins of the Dynamical Perturbation. J. Phys. Chem. B 2012, 116, 6263–6272.
6. Chaplin, M. Water Structure and Science. Biochem. Soc. Trans. 2006, 34, 1043–1048.
7. Frank, H. S.; Evans, M. W. Free Volume and Entropy in Condensed Systems. III. Entropy in Binary Liquid Mixtures; Partial Molal Entropy in Dilute Solutions; Structure and Thermodynamics in Aqueous Electrolytes. J. Chem. Phys. 1945, 13, 507–532.
8. Kauzmann, W. Some Factors in the Interpretation of Protein Denaturation. Adv. Protein Chem. 1959, 14, 1–63.
9. Chandler, D. Interfaces and the Driving Force of Hydrophobic Assembly. Nature 2005, 437, 640–647.
◆イオン液体
イオン液体(ionic liquids)は、室温付近で液体となる塩であり、一般に有機カチオンと弱配位性アニオンから構成される。この溶媒群は、蒸気圧がほぼゼロで揮発しにくく、酸化・還元に対して安定なため広い電位窓(electrochemical window)を有する。また、カチオンおよびアニオンの組み合わせにより化学構造や物性を自在に設計できることから、デザイン可能な溶媒として、合成化学、触媒化学、材料化学など多様な分野で広く利用されてきた(1) 最近では、生体分子、特にタンパク質の溶解性・安定性・活性を制御するグリーンケミストリーとしての位置付けが拡大している(2)。イオン液体がタンパク質に与える影響は、濃度、pH、イオン種(特にアニオン)、水分率などに強く依存し、安定化効果を示すこともあれば変性をもたらすこともある。そのため、イオン液体は単なる有機共溶媒ではなく、水和構造・界面相互作用・特異イオン効果を介してタンパク質–溶媒–水系を再構成するものであることが示されている(3)。
生体適合性のあるイオン液体としては、コリニウムやアミノ酸アニオンを利用した系が特に注目されている。こうした系では、(i) アニオンの親水性/コスモトロープ性がタンパク質安定化に有利、(ii) 適切な濃度ウィンドウが存在、(iii) 蛋白質の表面電荷・露出疎水面に応じた応答のタンパク質の種類依存性が観察されている(4). 例えば、コリニウム系イオン液体がプロテイナーゼ K の熱安定性を顕著に向上させたものの、その活性が若干低下したという報告もあり、安定化と活性のトレードオフがあることも明らかになっている(5)。
応用展開としては、イオン液体は(i) バイオ医薬品製剤の長期安定化、(ii) 酵素触媒の熱・有機耐性付与、(iii) 核酸・膜タンパク質の溶液取り扱いといった領域で実績を出している。最近では、タンパク質との関連について、イオン液体がタンパク質を溶解・抽出・安定化・精製するために必要な特性を、過去から現在、将来展望まで網羅的に評価した総説が報告されている(6)。また、製剤応用の観点からは、イオン液体が薬物合成、薬物分析、溶解性改善、結晶工学、薬物キャリア、タンパク質安定化、抗菌活性など多岐にわたる用途を持つことが示されている(7)。しかし、イオン液体はタンパク質構造を変性させる場合があることに加え、高粘度や毒性の課題が依然として残されており、イオン液体の進化系として深共晶溶媒(deep eutectic solvents, DES)の開発が期待されている。
参考文献
1. Welton, T. Room-Temperature Ionic Liquids. Solvents for Synthesis and Catalysis. Chem. Rev. 1999, 99 (8), 2071–2084.
2. Rogers, R. D.; Seddon, K. R. Ionic Liquids—Solvents of the Future? Science 2003, 302 (5646), 792–793.
3. Hallett, J. P.; Welton, T. Room-Temperature Ionic Liquids: Solvents for Synthesis and Catalysis. Chem. Rev. 2011, 111 (5), 3508–3576.
4. Reslan, M.; Kayser, V. Ionic Liquids as Biocompatible Stabilizers of Proteins. Biophys. Rev. 2018, 10, 781–793.
5. Li, R.; et al. Enhancement of Thermal Stability of Proteinase K by Cholinium-Based Ionic Liquids. Phys. Chem. Chem. Phys. 2022, 24, 2800–2809.
6. Do Ionic Liquids Exhibit the Required Characteristics to Dissolve, Extract, Stabilize, and Purify Proteins? Past–Present–Future Assessment. Chem. Rev. 2024, 124 (6), 3037–3084.
7. Zhuo, Y.; Cheng, H.-L.; Zhao, Y.-G.; Cui, H.-R. Ionic Liquids in Pharmaceutical and Biomedical Applications. Pharmaceutics 2024, 16 (1), 151.
◆深共晶溶媒
深共晶溶媒(deep eutectic solvents, DES)は、水素結合アクセプター(典型的には第四級アンモニウム塩)と、水素結合ドナー(尿素、有機酸、多価アルコールなど)の混合によって得られる低融点液体であり、強い水素結合ネットワークによって著しい融点降下を示す。代表的な例として、塩化コリンと尿素の混合物が挙げられる。この系は Abbott らにより初めて報告され(1)、さらに塩化コリンとカルボン酸を組み合わせることで、室温で液体化する多用途溶媒として発展した(2)。以後、天然由来成分のみで構成される天然深共晶溶媒(natural DES, NADES)という概念が提唱され、細胞代謝や生理環境に近い液体として注目を集めている(3,4)。
DESはイオン液体としばしば比較されるが、両者は本質的に異なる。イオン液体がイオンのみから構成されるのに対し、DESは中性分子間の強固な水素結合ネットワークによって形成される擬似イオン性液体である。DESの物性は、水素結合アクセプターとドナーの種類・モル比・含水量により大きく変化し、粘度、極性、導電率などを広範に制御できる(5)。
DESの利点として、低揮発性、難燃性、生体適合性、および水や有機溶媒とは異なる特異な溶質溶解性が挙げられる。DESは水素結合ネットワークにより、親水性および疎水性の両種化合物を可溶化できることがあり、界面活性剤や脂肪酸エステルを構成成分とするDESは、従来の溶媒では溶けにくい医薬品有効成分(active pharmaceutical ingredients, APIs)の溶解促進に有効であることが報告されている(6)。
DESの製造法は極めて簡便で、通常は構成成分を所定のモル比で混合し、60–80 °C 程度に加熱・撹拌するだけで均一液体が得られる。ただし、DESを形成させたあと水にDESを溶解したあともDESの構造が残されるのか、単なる成分の混合物とどのように異なるのかについては研究がほとんど進められていない。DESの作成過程で生じる副産物によってむしろ酵素活性が増加するケースもあり、DESの製造法にも指針が必要となっている(7)。
1. Abbott, A. P.; Capper, G.; Davies, D. L.; Rasheed, R. K.; Tambyrajah, V. Novel Solvent Properties of Choline Chloride/Urea Mixtures. Chem. Commun. 2003, 2003 (1), 70–71.
2. Abbott, A. P.; Boothby, D.; Capper, G.; Davies, D. L.; Rasheed, R. K. Deep Eutectic Solvents Formed between Choline Chloride and Carboxylic Acids: Versatile Alternatives to Ionic Liquids. J. Am. Chem. Soc. 2004, 126 (29), 9142–9147.
3. Choi, Y. H.; van Spronsen, J.; Dai, Y.; Verberne, M.; Hollmann, F.; Arends, I. W. C. E.; Witkamp, G.-J.; Verpoorte, R. Are Natural Deep Eutectic Solvents the Missing Link in Understanding Cellular Metabolism and Physiology? Plant Physiol. 2011, 156 (4), 1701–1705.
4. Dai, Y.; van Spronsen, J.; Witkamp, G.-J.; Verpoorte, R.; Choi, Y. H. Natural Deep Eutectic Solvents as New Potential Media for Green Technology. Anal. Chim. Acta 2013, 766, 61–68.
5. Abranches, D. O.; Coutinho, J. A. P. Everything You Wanted to Know about Deep Eutectic Solvents but Were Afraid to Be Told. Annu. Rev. Chem. Biomol. Eng. 2023, 14, 141-163.
6. Yadav, N.; Venkatesu, P. Current Understanding and Insights towards Protein Stabilization and Activation in Deep Eutectic Solvents as Sustainable Solvent Media. Phys. Chem. Chem. Phys. 2022, 24, 16651–16669.
7. Koseki, Y.; Shiraki, K. Preparation-Dependent Activation and Stabilization of Laccase in Glycerol-Based Deep Eutectic Solvents. J. Mol. Liq. 2026, 457, 129694.
◆深共晶溶媒の発見の経緯
アルコールやアセトンなどの有機溶媒は、常温で液体であり、水に溶けにくい有機化合物を効率よく溶解できるため、化学合成、抽出、洗浄など幅広い用途で利用されてきた。メタノール、エタノール、酢酸エチル、クロロホルムなどは、その代表例である。しかし、有機溶媒の多くは揮発性、引火性、毒性などの点で安全性や環境負荷の問題を抱えており、大量使用や廃液処理に課題がある。
こうした背景のもと、より安全で持続可能な代替溶媒として注目されたのがイオン液体である。イオン液体は、常温付近で液体となる塩であり、その嚆矢として1914年に Walden が報告したエチルアンモニウム硝酸塩がよく知られている。1990年代以降、イオン液体は低蒸気圧、比較的高い熱安定性、広い液体温度範囲などの特性から次世代溶媒として大きな関心を集めた。しかし、系によっては毒性や生分解性に課題が残ることも指摘されている。
このような流れの中で、2003年に Abbott らは、塩化コリンと尿素の混合系が室温付近で液体となることを報告し、これが深共晶溶媒の研究の出発点となった。塩化コリン(融点302 °C)と尿素(融点133 °C)はいずれも単独では固体であるが、塩化コリンと尿素を1:2 で混合すると、融点が約12 °Cまで大きく低下する。このように、混合によって各成分の融点を大きく下回る深い共晶挙動を示すことがDESの本質である。モル比がこの最適な組成から外れると融点は再び上昇し、DES特有の液体性は弱まる。
この代表的DESである reline は、電気伝導性と高粘性をあわせもつ。30 °C付近での導電率は約1 mS/cm、粘度は約400 cPと報告されており、水やエタノールよりはるかに粘性が高い。したがって、DESは単に「低融点の液体」であるだけでなく、強い分子間相互作用に由来する独特の輸送特性を示す溶媒でもある。なお、粘度は温度上昇とともに大きく低下するため、加温によって流動性は大きく改善する。
◆天然深共晶溶媒
Abbott らの2003年の報告では、尿素以外にもメチルウレア、チオウレア、アセトアミドなどを水素結合ドナーとし、塩化コリンと組み合わせた系が検討されている。これらの混合系でも、各成分単独よりも大きく低い融点が観察され、深共晶の挙動が示された。さらに、第四級アンモニウム塩側の構造を変えることによって、融点低下の程度が大きく変化することも示され、DESの性質が構成成分の組み合わせに強く依存することが明らかになった。
その後、DESの研究は大きく広がったが、重要な転機となったのが、2011年に Choi らが提唱した天然深共晶溶媒(natural deep eutectic solvents, NADES)の概念である。彼らは、アミノ酸や、有機酸、糖、コリン誘導体などの一次代謝産物どうしが特定の組み合わせで深共晶的な液体を形成することを指摘し、こうした系が細胞内の物質貯蔵や、溶解、輸送に関与している可能性を提案した。
たとえば、塩化コリンをHBAとし、クエン酸、リンゴ酸、マレイン酸などの有機酸をHBDとすることで、室温で液体となる系が得られる。また、グルコース、フルクトース、スクロースなどの糖を含む組み合わせでも、NADESのような液体が形成されることが報告されている。さらに、エチレングリコールのような液体成分と、プロリンなどのアミノ酸を組み合わせた系についても研究が進められている。これらのNADESの一部は少量の水を含んでおり、その水は単なる希釈剤ではなく、系内の水素結合ネットワークに組み込まれて、溶媒構造や粘性、溶解性に重要な役割を担う。この意味で、NADES中の水は自由水とは異なる役割を担うことがある。ただし、水の添加量が増えるとDES/NADES特有の構造は次第に弱まり、通常の水溶液に近い性質へ移行する。
◆深共晶溶媒の展開
研究動向を示す論文数の推移を見ると、深共晶溶媒に関する論文は2012年頃から急増し始め、2022年には年間2,000報近くが発表されるに至っている(4)。現在では物理化学や、材料化学、分析化学、食品科学、医薬分野など多岐にわたる領域で応用研究が進められている。抽出や分離、反応場設計、電気化学、バイオマス変換など用途は広く、深共晶溶媒は一つの独立した研究分野として確立されつつある。とくに食品、医薬、バイオマス利用などの分野では、実用的な溶媒設計の基盤として今後さらに重要性を増すと考えられる(5)。
深共晶溶媒が注目される理由の一つは、構成成分を柔軟に選択できることである。とくに、コリンやベタイン、尿素、有機酸、糖類、アミノ酸など、生体関連分子や天然由来成分を用いた系では、抽出や製剤化への応用可能性が高い。このような系は、従来の有機溶媒に比べて揮発性が低く、目的によっては安全性や取扱いやすさの点で有利となる。さらに、再生可能な資源に由来する成分を利用できる場合が多く、原料調達やコストの面でも利点が期待される。ただし、深共晶溶媒の毒性や生分解性は個々の系ごとに異なるので、一律にグリーン溶媒と考えてしまうのは危険である。
◆生体内と深共晶溶媒
細胞内は、タンパク質や核酸、多糖、代謝産物、イオンなどが高濃度に共存する、きわめて複雑な混合環境である。哺乳類細胞の細胞質では、高分子濃度が300–400 mg/mL、タンパク質に限っても200–300 mg/mL程度に達することがあり、このような環境は希薄溶液とは大きく異なる物性を示す。
このような細胞内の高濃度環境を説明する概念として、まず分子クラウディング(molecular crowding)が提案されてきた。分子クラウディングは、高分子が密に存在することで利用可能な体積が減少し、拡散や会合、フォールディング、相分離などに影響を与えるという考え方である。これに対して、NADESの概念は、生体内に存在する糖や有機酸、アミノ酸、コリン誘導体などが、単なる溶質ではなく、相互作用によって局所的に特異な溶媒環境を形成している可能性を示唆する。実際、NADESは植物細胞における代謝物の貯蔵、安定化、輸送を説明する一つの仮説として提案され、「第三の細胞内溶媒相」と表現されることもある。
もっとも、この見方は現時点では定説というより、細胞内環境を理解するための概念的枠組みの一つである。細胞質全体をそのまま深共晶溶媒と見なすのは単純化が過ぎるが、少なくとも細胞内では、水を唯一の溶媒で、他の成分を単なる溶質とみなす古典的な描像だけでは捉えきれない局所環境が存在するだろう。その意味で、深共晶溶媒の視点は、生体内高濃度環境の理解に新しい見方を与える。
◆天然深共晶溶媒が作る相互作用
トリメチルアミン-N-オキシド(trimethylamine N-oxide, TMAO)は、海洋生物に広く見られる有機浸透圧調節物質(オスモライト)であり、高圧や高塩濃度、低温などの環境ストレス下で生体分子の安定化に寄与することが知られている。TMAO は、いわゆる適合溶質(compatible solute)の一つとして位置づけられ、タンパク質の変性を抑え、フォールディングした状態を相対的に有利にする方向に働く。深海魚類や甲殻類では、こうした作用が高圧環境への適応に重要であると考えられている。一方、哺乳類では腸内細菌代謝を介した TMAO 産生が知られており、近年は循環器疾患との関連も議論されている(ref)。
近年、TMAO は尿素および水と組み合わせた三成分系において、深共晶系として振る舞うことが報告されている。とくに TMAO : 尿素 = 1 : 1 の混合物に約33 wt% の水を含む系では、各成分が単独では見られない均一で高粘性の液体相が形成される。この現象は、単純な希釈や溶解度の加算では説明しにくく、TMAO、水、尿素のあいだで形成される複雑な相互作用ネットワークによって、新たな安定な液体相が成立していることを示している。
この系を熱力学的に見ると、混合により各成分の周囲の相互作用が再編成され、結果として液体相が安定化すると考えられる。DES は一般に、混合に伴う有利な分子間相互作用と、固体結晶状態の秩序が崩れることによる自由エネルギー低下が重要である。ただし、TMAO–尿素–水系においては、TMAO と尿素が強く直接結合するというより、水を介した相互作用や各成分の水和構造の再編成が大きな役割を担う可能性が示されている(ref)。そのため、この系の本質は、単純な二者間結合ではなく、水を含む三成分混合系全体としての協同的な安定化にあるとみなすのが適切である。
このような相互作用の変化は、分光学的手法によって追跡することができる。たとえば ¹H NMR では、尿素の NHや TMAO のメチル基のシグナルの化学シフトや線幅、温度依存性が、混合によって変化することが観察される(ref)。これらの変化は、各分子の局所環境や分子間相互作用、プロトン交換や分子運動性の変化を反映しており、深共晶系の形成を支持する重要な情報となる。この TMAO–尿素–水系は、天然オスモライトどうしの組み合わせが、単なる添加剤の混合ではなく、新しい溶媒相として振る舞いうることを示す例である。したがって、天然深共晶溶媒という視点は、細胞内でオスモライトが果たす役割を理解するうえでも、有効な概念的枠組みを与える。
◆深共晶溶媒の中の水の役割
DES に水を添加すると、一般に粘度が大きく低下し、物質移動や操作性が改善される。そのため、水を適度に含む DES は、抽出、反応、分離などの実用用途において重要である。さらに、水は安価であるため、DES の機能をある程度保ちながらコストを下げられる点でも有利である。実際、DES の含水化は、性能調整の有効な方法として広く検討されている。
レゾルシノール、尿素、塩化コリンからなる三成分系 DES に水を加えた研究では、水が単なる希釈剤として働くのではなく、もともとの分子間相互作用に組み込まれることが示された。この系では、水分子は水素結合ドナーまたはアクセプターとして既存の相互作用ネットワークに参加し、その結果として水の四面体的な局所構造が歪むことが報告されている。さらに DSC では、元の DES と水のいずれとも異なる新たな eutectic 的挙動が観測されており、特定の条件では水の添加が新しい混合相の安定化につながることが示された。
ただし、このような振る舞いはすべての DES に一様に当てはまるわけではない。たとえば reline では、少量の水は DES 構造に取り込まれうる一方、水分量が増えるにつれて DES 特有のナノ構造や水素結合ネットワークは次第に弱まり、やがて通常の水溶液に近い性質へ移行することが知られている。中性子散乱や分光学的研究では、DES 的構造が比較的高い含水率まで保持される系もあるが、その境界は組成によって異なる。
このため、DES 中の水は単純に「溶媒」あるいは「添加剤」と二分して捉えるよりも、水分量に応じて役割を変える成分と考える方が適切である。低含水域では、水は DES の相互作用ネットワークの一部として振る舞い、構造や動力学に直接関与することがある。これに対して高含水域では、水は DES 成分を溶媒和し、もとの相互作用を弱めながら、系全体をより通常の水溶液に近づける。
分子動力学シミュレーションや各種分光学的研究によれば、DES 中の水は、通常のバルク水とは異なる局所構造や水素結合状態をとることがある。すなわち、水分子は DES 成分との相互作用によって配向や結合様式を変え、バルク水に典型的な四面体ネットワークから外れた状態を示しうる。このような違いが、粘度、拡散、溶解性、反応性といった DES の性質に大きく関与している。
この視点は、生体内の水を考える際にも示唆的である。細胞内の水は、希薄な純水の延長として存在するだけでなく、タンパク質、核酸、膜、代謝産物などと相互作用しながら局所的に異なる性質を示している可能性が高い。その意味で、DES 中の水、タンパク質の結合水、細胞内高濃度環境の水を比較することは、溶液中の水の役割を再考するうえで有益である。
参考文献
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6. Bubalo MC, Vidović S, Redovniković IR, et al. Natural multi-osmolyte cocktails form deep eutectic systems of unprecedented complexity: discovery, affordances and perspectives. Green Chem. 2023 May 1;25(9):3398-3417.
7. López-Salas N, Palomar J, Álvarez E, et al. Looking at the “water-in-deep-eutectic-solvent” system: a dilution range for high performance eutectics. ACS Sustainable Chem Eng. 2019 Nov 18;7(21):17565-17573.
8. Baksi A, Rajbangshi J, Biswas R. Water in biodegradable glucose-water-urea deep eutectic solvent: modifications of structure and dynamics in a crowded environment. Phys Chem Chem Phys. 2021 Jun 2;23(21):12191-12203.
◆天然深共晶溶媒の成分の役割
◆凍結耐性生物の代謝産物の変化
ショウジョウバエ科の Chymomyza costata幼虫は、環境条件に応じて凍結感受性状態と凍結耐性状態をとる。温暖条件で育てた LD 幼虫は凍結に弱く、−20 ℃以下の凍結には耐えられない。一方、休眠に入り低温順化した SDA 幼虫は、−30 ℃から −75 ℃の凍結に耐え、液体窒素中での長期保存後にも生存できる。これらの幼虫から血リンパを回収し、そこに含まれる49種類の標的代謝物を質量分析により絶対定量してた結果がある(1)
LD 幼虫と SDA 幼虫では、血リンパ中の代謝物の濃度と組成が変化した。49種類の代謝物濃度の合計で比較すると、LD幼虫の血リンパの濃度が182 mMであるのに対し、SDA 血リンパでは 554 mMに増加した。とくに大きく増加したもmのとして、プロリンが 313 mMと最も高く、次いでトレハロースが108 mM、グルタミン 55 mM、アスパラギン 26 mMであった。ついで、ベタイン、GPE、GPC、サルコシンも SDA で高くなっていた。
組織ごとに代謝物の濃縮を調べると、冷却にともないトレハロースが濃縮されていくのに対してプロリンは組織の界面に集まるという違いが見られている。従来は、幼虫体内で観察されるガラス転移は、血リンパ中に高濃度に蓄積したプロリンを主成分とする凍結濃縮液のガラス化によるものと考えられていた。しかし本研究では、プロリン単独の高濃度水溶液では明瞭なガラス転移は観察されず、トレハロースを含む混合液でガラス転移が認められたことから、幼虫体液のガラス化にはプロリンよりもトレハロースが主要に寄与すると考えられた。
1. Kučera, L.; Moos, M.; Štětina, T.; Korbelová, J.; Vodrážka, P.; Des Marteaux, L.; Grgac, R.; Hůla, P.; Rozsypal, J.; Faltus, M.; Šimek, P.; Sedlacek, R.; Koštál, V. A Mixture of Innate Cryoprotectants Is Key for Freeze Tolerance and Cryopreservation of a Drosophilid Fly Larva. Journal of Experimental Biology 2022, 225, jeb243934.
◆深共晶溶媒による酵素安定化
◆ラッカーゼ
◆乳酸酸化酵素
各論:深共晶溶媒の応用例
◆深共晶溶媒と酵素
深共晶溶媒に関する論文数の推移を調査した総説によると、2014年時点では年間約200報であったが、その後急速に研究が活発化し、2019年には年間およそ1100報にまで増加している(1)。この増加の背景には、イオン液体に代わる環境調和型溶媒としてのDESへの注目がある。実際、これらの論文の多くは、化学合成や、材料科学、分離技術などにおけるイオン液体の代替溶媒としての応用を中心に展開されている。
一方、酵素反応への応用という観点では、まだ数が少なく、酵素に関連する論文数は年間100報前後にとどまっている。なかでも研究例が多いのはリパーゼ(lipase)であり、DES中での酵素利用に関する論文の約3分の1を占める。リパーゼは有機溶媒中でも比較的高い活性と安定性を示す酵素として知られており、DES中での活性の検証においても、最も初期から扱われてきたモデル酵素である。実際、2013年にはDES中でのリパーゼの性質と応用に関する総説がすでに発表されている(2)。リパーゼを用いたDES系では、エステル化や加水分解反応などへの応用が報告されており、比較的低コストかつ温和な条件で反応を進行させることが可能である。
深共晶溶媒中での酸化還元酵素(EC1)と加水分解酵素(EC3)の研究について、論文の出版数を比較した図を見てみると(ref)、EC3の方がEC1よりも数は2倍程度出ているが、それでも年間20本程度にとどまっているのが現状である。
このような流れの背景には、イオン液体中での酵素反応に関する先行研究の蓄積がある。イオン液体中で酵素が機能することを初めて示した研究は2000年に報告されており(3)、この研究ではペプチド加水分解酵素であるサーモライシンを用いて、人工甘味料アスパルテームの合成反応をイオン液体中で行っている。その結果、有機溶媒中で得られる反応収率や速度とほぼ同等の活性が観察され、さらに重要なことに、有機溶媒中では速やかに失活する酵素が、イオン液体中では高い安定性を維持することが示された。この知見は、非水系環境でも酵素が機能しうるという新たな酵素工学の可能性を切り開くものであり、以後、さまざまな酵素と非従来型溶媒との相性を探る研究が展開されていくきっかけとなった。
参考文献
1. Nian B, Li X. Can deep eutectic solvents be the best alternatives to ionic liquids and organic solvents: A perspective in enzyme catalytic reactions. Int J Biol Macromol. 2022 Sep 30;217:255-269.
2. Durand E, Lecomte J, Villeneuve P. Deep eutectic solvents: synthesis, application, and focus on lipase-catalyzed reactions, Eur. J. Lipid Sci. Technol. 2013, 115 (4); 379–385.
3. Erbeldinger M, Mesiano AJ, Russell AJ. Enzymatic catalysis of formation of Z-aspartame in ionic liquid - An alternative to enzymatic catalysis in organic solvents. Biotechnol Prog. 2000 Nov-Dec;16(6):1129-31.
◆酸化還元酵素
深共晶溶媒(DES)中での酸化還元酵素については、2019年に初期の代表的総説が報告されている(1)。この総説では、アルコール脱水素酵素や、whole-cell 還元系、ラッカーゼ、ペルオキシダーゼなどを含む多様な酸化還元反応が整理されており、DES が単なる反応媒体ではなく、酵素の活性や安定性、基質の適用範囲や選択性にも影響を及ぼしうることが示されている。近年の総説でも、DESは redox biocatalysis において、反応収率、立体選択性、酵素安定性、補酵素再生などを左右する因子として位置づけられている(2)。
この分野の報告では、DES の存在下で立体選択性が変化する例が多い。最初から立体選択性の制御を目的として設計されたというよりも、DES 中で酵素活性や基質変換を調べる過程で見いだされている。総説に掲載された一覧表を見ると、パン酵母などの whole-cell 系を用いた例もあれば、精製酵素を用いた例もあり、用いられる DES も塩化コリン―糖や、塩化コリン―ポリオール、塩化コリン―アミノ酸など多様である(1)。基質としては、アセト酢酸エチルや、アセトフェノン、プロピオフェノン、オクタノン類などの還元反応が多いが、脱水素化や不均化、酸化反応なども報告されている。
whole-cell 系の代表例として、パン酵母を触媒とし、水/DES 混合系でアセト酢酸エチルを還元した研究がある(3)。この報告では、水中では主として (S) 体が得られたのに対し、塩化コリン:グリシン = 1:2 の DES を含む系では主な生成物が (R) 体へと反転した。このような立体選択性の反転は非常に印象的であるが、その機構はなお明確ではない。単純にDES が酵素阻害に働くとみなすよりも、酵素への溶媒和や膜透過性への影響も含めた多様な作用があると考える方が妥当である。
参考文献
1. Gotor-Fernández, V.; Paul, C. E. Deep Eutectic Solvents for Redox Biocatalysis. J. Biotechnol. 2019, 293, 24–35.
2. Baby, E. K.; Roy, I. Influence of Deep Eutectic Solvents on Redox Biocatalysis: From Mechanistic Insights to Applications. Heliyon 2024, 10 (12), e32550.
3. Maugeri, Z.; Domínguez de María, P. Whole-Cell Biocatalysis in Deep-Eutectic-Solvents/Aqueous Mixtures. ChemCatChem 2014, 6 (6), 1535–1537.
◆ラッカーゼ
ラッカーゼは、フェノール類や芳香族化合物の酸化を触媒する代表的な酸化還元酵素であり、DESとの相互作用が比較的よく調べられている。2019年の報告では、16種類の DES 中でラッカーゼ活性が比較され、水中より活性が低下する系もあれば、逆に活性が増加する系もあることが示されている(1)。この研究では、HBA 側の陰イオン種や HBD 側のポリオール構造が活性に影響し、たとえば塩化物イオンを他のアニオンに置き換えることで活性が上昇する系が見いだされている。また、エチレングリコールよりもグリセロールやキシリトールのように水酸基の多い HBD を用いた系で、より高い活性が観察された。
ラッカーゼの安定性についても、DES の効果は一様ではなく、現状では理解が難しい。Toledo らの系では、耐熱性の大幅な向上は見られなかった一方、低温保存では水系より安定に保たれる条件が報告されている(1)。しかし、その後の研究では、DES の種類によってはラッカーゼ活性と熱安定性の両方が改善されることも示されている。たとえば 2025年の報告では、18種類の DES を比較した結果、コリン二水素リン酸―グリセロール系でラッカーゼ活性が約198%まで増加し、さらにベタイン―ソルビトール系では 70 °Cで1時間後でも高い残存活性が得られた(2)。また、DESの製造法によってもDESの特性が変化し、ラッカーゼの耐熱化に効果が見られるケースもある(3)。このような安定化や耐熱化は、リグニン変換や、フェノール性汚染物質の分解、染料脱色など、水に溶けにくい基質を扱う反応系で有望である。
参考文献
1. Toledo, M. L.; Pereira, M. M.; Freire, M. G.; Silva, J. P. A.; Coutinho, J. A. P.; Tavares, A. P. M. Laccase Activation in Deep Eutectic Solvents. ACS Sustainable Chem. Eng. 2019, 7 (13), 11806–11814.
2. Yang, L.; Chen, J.; Li, K.; et al. Effects of Deep Eutectic Solvent on Laccase Activity and Thermal Stability. Bioresour. Technol. 2025, 436, 132992.
3. Koseki, Y.; Shiraki, K. Preparation-Dependent Activation and Stabilization of Laccase in Glycerol-Based Deep Eutectic Solvents. J. Mol. Liq. 2026, 457, 129694.
◆アルコール脱水素酵素
酸化還元酵素の中でも、アルコール脱水素酵素(ADH)は DES の影響を分子レベルで議論しやすい酵素である。2020年には、グリセリン系DESと水の混合系における ADH 触媒反応を、実験と分子動力学計算の両面から解析した研究が報告されている(1)。シクロヘキサノンとブタンジオールを基質とした反応では、100%の水の系で最も高い活性が観察され、水を減らしてグリセリン系 DES の割合を高めると活性が低下した。この研究では、MD計算により、水分子が酵素表面の水和層と分子柔軟性の維持に重要であり、水が不足すると酵素のダイナミクスが抑えられて触媒能が低下すると解釈されている。すなわち、DESは酵素を安定化する場合がある一方で、過剰な DES成分や水活性が低い条件は、酵素に必要な柔軟性を損なう可能性があるのだろう。
最近では、脱水素酵素類に対して DES を経験的に試す段階から、合理的に設計する段階へ進みつつある。2024年には、脱水素酵素を活性化する親水性のDESを大規模にスクリーニングし、その結果をもとに人工ニューラルネットワークで有効な DES を予測する研究が報告されている(2)。この研究では、ポリオール系 DES が安定化に有利であることや、DES の組成と酵素応答のあいだに一定の構造―活性相関があることが示されている。
参考文献
1. Huang, L.; Bittner, J. P.; Domínguez de María, P.; Jakobtorweihen, S.; Kara, S. Modeling Alcohol Dehydrogenase Catalysis in Deep Eutectic Solvent/Water Mixtures. ChemBioChem 2020, 21 (6), 811–817.
2. Radović, M.; Logarušić, M.; Panić, M.; et al. Rational Design of Deep Eutectic Solvents for the Stabilization of Dehydrogenases: An Artificial Neural Network Prediction Approach. Front. Chem. 2024, 12, 1436049.
◆リパーゼ
深共晶溶媒(DES)中における酵素活性に関する最初期の代表的報告の一つは、2008年に Kazlauskas らによって発表された 加水分解酵素の研究である(1)。この研究では、Candida antarctica lipase B を用いて、吉草酸エチルと 1-ブタノールから吉草酸ブチルを合成する反応が検討され、塩化コリン―尿素や塩化コリン―グリセロールなどの DES 中でも、酵素反応が十分に進行することが示された(1)。この結果は、尿素やポリオールを含むDESが、必ずしも酵素に対して一様に失活的に働くわけではなく、適切な条件では有機溶媒に代わる反応媒体になりうることを示した点で重要である。
その後、Juneidi らは Burkholderia cepacia 由来リパーゼによる p-nitrophenyl palmitateの加水分解反応を用いて、含水 DES と純 DES の効果を系統的に調べた(2)。その結果、塩化コリン―エチレングリコール系および塩化ジエチルエタノールアンモニウム―エチレングリコール系の DES を 40% 含む水系では、水単独より高い活性が得られた一方、100% DES 中では活性は著しく低下した(2)。さらに、純 DES に少量の水を添加すると活性が大きく回復し、わずか 4% 程度の水の添加でもリン酸緩衝液中より高い活性を示す場合があることが報告された(2)。この結果は、DESが単独で優れた酵素の溶媒であるというより、適度な水を含むことで酵素にとって好ましい相互作用場を形成することを示唆している。
リパーゼは、水に溶けにくいエステルや脂肪酸誘導体を基質とすることが多いため、直感的には水よりも DES のような溶媒の方が有利に見える。しかし実際には、活性が向上する場合もあれば、逆に大きく低下する場合もある。その理由としては、基質溶解性だけでなく、酵素表面の水和状態、活性部位周辺の柔軟性、界面活性化、溶媒粘度、物質移動などが複雑に関わっていると考えられる。とくにリパーゼは、酵素表面のLid構造(フタ)の開閉や局所的な水和に依存して活性を示すため、完全に無水に近いDES中では酵素の構造ダイナミクスが制限され、かえって活性が損なわれる可能性が高い。
実際、近年の分子シミュレーション研究では、リパーゼと DES の相互作用はきわめて繊細であり、水分子の分布や DES 成分の酵素表面への吸着が、基質アクセスや活性部位の開閉に影響することが示されている(3)。また 2024年以降には、NADES や reactive DES を用いたリパーゼ触媒エステル化の研究も進み、DES が単なる溶媒にとどまらず、基質あるいは反応場の構成要素として働く例も報告されている(4)。リパーゼに対する DES の効果は、疎水環境で基質を溶かすという視点以外にも、酵素の構造や柔軟性、粘度、溶媒和など複合的な理解が必要である。
参考文献
1. Gorke, J. T.; Srienc, F.; Kazlauskas, R. J. Hydrolase-Catalyzed Biotransformations in Deep Eutectic Solvents. Chem. Commun. 2008, No. 10, 1235–1237.
2. Juneidi, I.; Hayyan, M.; Hashim, M. A.; Hayyan, A. Pure and Aqueous Deep Eutectic Solvents for a Lipase-Catalysed Hydrolysis Reaction. Biochem. Eng. J. 2017, 117, 129–138.
3. Liu, C.; Fogolari, F.; Gardossi, L.; Peter, F.; Boeriu, C. G. Understanding Lipase–Deep Eutectic Solvent Interactions towards Biocatalytic Esterification. Catalysts 2025, 15 (4), 358.
4. Buzatu, A. R.; Soler, M. A.; Ozkilinc, O.; Fortuna, S.; Dreavă, D. M.; Bîtcan, I.; Giannozzi, P.; Fogolari, F.; Gardossi, L.; Peter, F.; Todea, C. G. Lipase-Catalysed Esterification in a Reactive Natural Deep Eutectic Solvent Leads to Lauroylcholine Chloride Rather than Glucose Ester. React. Chem. Eng. 2024, 9, 2623–2634.
◆プロテアーゼ
プロテアーゼは、通常はペプチド結合の加水分解を触媒する酵素である。しかし、水の活量が低い環境では、加水分解よりも逆反応であるアシル移動や縮合反応が有利になり、ペプチド合成に利用できる場合がある。この考え方は有機溶媒系では古くから知られていたが、DES を媒体として適用した先駆的研究として、2013年の Maugeri らの報告がある(1)。この研究では、α-キモトリプシンを用い、N-acetyl-L-phenylalanine ethylester と glycinamide を基質として、塩化コリン系 DES 中でのペプチド合成が検討された。その結果、水含量が 10–25% の範囲で合成反応が最も高くなり、最適条件では約 20 g L⁻¹ h⁻¹ の生産性が得られた一方、加水分解反応は低含水域では抑えられた。これは、DES が単に酵素を安定化する溶媒というだけでなく、反応平衡そのものを合成側へ傾ける媒体として働きうることを示した例である。
この研究では、50% 程度まで水を増やすと、むしろペプチド合成は低下した。これは、水が増えることで酵素活性そのものは保たれても、加水分解反応が再び有利になり、合成物の蓄積が抑えられるためと解釈できる。このように、プロテアーゼ系では「活性が高いこと」と「合成収率が高いこと」は必ずしも同じではなく、DES の意義はしばしば反応選択性の制御にある。
以前は、この 2013年の論文以降、プロテアーゼによる DES 中ペプチド合成の報告は多くないが散見できる。2023年には、subtilisin Carlsberg を用いて、choline chloride/glycerol 系の NADES 中でアミノ酸エステルからポリペプチドを合成した研究が報告されている(2)。この研究では、30 vol% 程度の水を含む系で poly(L-phenylalanine) や poly(L-lysine) などが 40–70% の収率で得られ、DES 系がプロテアーゼ触媒の重合反応にも利用可能であることが示されている。
一方、DES がプロテアーゼの構造安定性に与える影響についても興味深い報告がある。Yadav らは、α-キモトリプシンの熱安定性を塩化コリン―尿素系 DES 中で調べ、水中では約 47 °C であった熱変性温度が、DES 濃度の増加とともに上昇し、0.5 g mL⁻¹ では 60 °C を超えることを示した(3)。さらに解析の結果、安定化には塩化コリン側の寄与が大きく、尿素単独がもつ変性作用を塩化コリンが部分的に打ち消していることが示唆された。このような変性分子による不安定化を補償する現象は、TMAO やベタインなどのオスモライトにも知られており(4)、その意味で DES は複数の溶質の協同作用によってタンパク質安定性を制御する人工的な相互作用場とみなすことができる。
最近の研究では、α-キモトリプシンに対する DES 添加効果をより詳細に検討した研究も報告されている(5)。ミカエリス・メンテン式による分析の結果、全体としてはDES中で反応効率が向上し、特に一部の系ではkcatの上昇やKMの低下が見られている。DESによって酵素との相互作用が異なり、コリン塩化物やベタインのような成分は酵素の外側に分布しやすく、その結果として酵素表面の水の状態を変えるが、グリセロールやソルビトールのような水素結合供与体は、酵素の表面や主鎖の近傍により直接関与しやすく、局所的な水和構造と分子運動性を変化させる。このような局所的な作用がKMに影響すると考察している。MD計算によると、DES中では酵素のフォールドは維持したまま活性部位近傍の揺らぎが変わり、オープン構造を取りやすいためにkcatが増加したと考察している。すなわち、酵素分子そのものを大きく変えるというより、溶液環境の設計で活性を増加できるという理解になる。
参考文献
1. Maugeri, Z.; Leitner, W.; Domínguez de María, P. Chymotrypsin-Catalyzed Peptide Synthesis in Deep Eutectic Solvents. Eur. J. Org. Chem. 2013, 2013 (20), 4223–4228.
2. Hernández-Alonso, Á.; Pérez-García, M.; López-Iglesias, C.; et al. Enzymatic Synthesis of Polypeptides in Natural Deep Eutectic Solvents. J. Polym. Res. 2023, 30, 438.
3. Yadav, N.; Bhakuni, K.; Bisht, M.; Bahadur, I.; Venkatesu, P. Expanding the Potential Role of Deep Eutectic Solvents toward Facilitating the Structural and Thermal Stability of α-Chymotrypsin. ACS Sustainable Chem. Eng. 2020, 8 (27), 10151–10160.
4. Yancey, P. H. Organic Osmolytes as Compatible, Metabolic and Counteracting Cytoprotectants in High Osmolarity and Other Stresses. J. Exp. Biol. 2005, 208 (15), 2819–2830.
5. Schindl, A.; Schmitz, M.; Keil, J.; et al. Assessing the Effect of Deep Eutectic Solvents on α-Chymotrypsin Stability and Activity. ChemSusChem 2025, 18, e202401414.
◆リゾチーム
リゾチームをモデルタンパク質として、オスモライト由来の深共晶溶媒(DES/NADES)が熱耐性および凍結融解耐性に与える影響を調べた報告がある(1)。この研究では、リゾチームを50 mMリン酸緩衝液中で80°C・1時間加熱すると、酵素活性は約20%まで低下した。一方、リン酸緩衝液の代わりに40%濃度のDESを用いると、ベタイン・グリセロール、サルコシン・尿素、サルコシン・グリシン、プロリン・グリシンなどの系で、残存活性は80%以上に保たれた。また、-80°Cでの凍結融解を5回繰り返した場合にも、リン酸緩衝液中では残存活性が約40%まで低下したのに対し、エクトイン・グリセロールやDMSP・尿素を含むDESでは、残存活性が80%程度に維持された。これらの結果は、ベタイン、プロリン、エクトイン、DMSPなどの生体関連分子が、DES中でもタンパク質保護因子として働くことを示している。
さらに、この研究では、多成分NADES(ベタイン:ソルビトール:タウリン:グリセロホスホコリン:尿素 = 1 : 3.1 : 0.1 : 2.8 : 7.1)を用い、水分量がリゾチームの活性と安定性に及ぼす影響も調べている。低水分条件では、熱ショック後の残存活性が高く、リゾチームは強く保護される一方で、通常の酵素活性は低かった。逆に、水分量が増えると酵素活性は回復するが、熱安定性は低下した。すなわち、低水分NADES中では、リゾチームは失活しているのではなく、「低活性だが高安定」な状態に保持され、水の添加によって「高活性だが低安定」な状態へ移行する可能性が示された。
この性質は、生物の環境耐性とも関連づけて考えることができる。乾燥、凍結、休眠、発芽などの過程では、細胞内の水分量が大きく変化する。低水分状態では、オスモライトがNADES様の微小環境を形成し、酵素を安定な休眠状態に保持する。一方、水が流入するとDES様環境が希釈され、酵素は再び活性状態へ戻る。このように考えると、オスモライト由来NADESは、単なるタンパク質安定化剤ではなく、水分量に応じて酵素の安定状態と活性状態を切り替える媒体として働く可能性がある。
NADES中で酵素活性が低下し、水の添加によって活性が回復する現象は、ラッカーゼを例に早くから指摘されてきた(2)。ただし、この現象が多数の酵素で確認された一般則と呼べるほど、実験例はまだ多くない。多くの研究では、含水DESを酵素活性や安定性を高める共溶媒、あるいは添加剤として扱っている(3)。したがって、このリゾチーム研究の特徴は、DES/NADESがストレス下で酵素を保護するだけでなく、水分量に応じて「安定性」と「活性」のバランスを可逆的に変化させることを、活性測定と構造解析から示した点にある。
参考文献
1. Damjanović, A.; Logarušić, M.; Tumir, L.-M.; Andreou, T.; Cvjetko Bubalo, M.; Radojčić Redovniković, I. Enhancing Protein Stability under Stress: Osmolyte-Based Deep Eutectic Solvents as a Biocompatible and Robust Stabilizing Medium for Lysozyme under Heat and Cold Shock. Phys. Chem. Chem. Phys. 2024, 26, 21040–21051.
2. Choi, Y. H.; van Spronsen, J.; Dai, Y.; Verberne, M.; Hollmann, F.; Arends, I. W. C. E.; Witkamp, G. J.; Verpoorte, R. Are Natural Deep Eutectic Solvents the Missing Link in Understanding Cellular Metabolism and Physiology? Plant Physiol. 2011, 156, 1701–1705.
3. Taklimi, S. M.; Divsalar, A.; Ghalandari, B.; Ding, X.; Di Gioia, M. L.; Omar, K. A.; Saboury, A. A. Effects of Deep Eutectic Solvents on the Activity and Stability of Enzymes. J. Mol. Liq. 2023, 377, 121562.
◆乾燥耐性植物の代謝物
S. lepidophylla は、乾燥して丸まった状態から、水を得ると再び展開する「復活植物」の一種である。この乾燥耐性のしくみを明らかにするため、乾燥、再水和途中、完全水和、脱水途中、再乾燥という5段階で代謝物を網羅的に解析した報告がある(1)。その結果、251種類の代謝物が検出され、トレハロース、スクロース、グルコースなどの糖は常に多量に存在していた。
解糖系やTCA回路にかかわる分子は、脱水が進む途中で増加した。これは、乾燥に向かう過程でエネルギー代謝や炭素代謝が活発になり、乾燥耐性に必要な保護物質や代謝中間体を供給していることを示している。一方、糖アルコールは完全に水和した状態で多く検出された。糖アルコールは水と強く相互作用し、タンパク質の安定化や活性酸素の消去にも関わるため、水分の喪失や再吸収を緩やかにする「準備物質」として働いている可能性がある。さらに、グルタミン酸、グルタミン、アルギニン、シトルリンなどの窒素に富むアミノ酸は乾燥状態で増加した。これは、乾燥中の窒素貯蔵、再水和後の代謝再開、あるいは酸化ストレス防御に関わる応答と考えられる。
この研究からもわかるとおり、乾燥耐性は、トレハロースのような単一の物質を増やすということだけで説明できるものではなく、糖、糖アルコール、アミノ酸、脂質、二次代謝物がそれぞれ異なる段階で働いているのである。
1. Yobi, A.; Wone, B. W. M.; Xu, W.; Alexander, D. C.; Guo, L.; Ryals, J. A.; Oliver, M. J.; Cushman, J. C. Metabolomic Profiling in Selaginella lepidophylla at Various Hydration States Provides New Insights into the Mechanistic Basis of Desiccation Tolerance. Mol. Plant 2013, 6 (2), 369–385.
◆DESと酵素の組み合わせによる有機合成の例
2023年の総説を読んでみたい(Arnodo 2023)。この総説に整理されている単離酵素または固定化酵素を用いた論文報告例が約50件、全細胞を用いた例が約20件であり、酵素製剤による反応が主体である。全細胞反応は主に還元と酸化に用いられている。
全細胞反応系は、NAD(P)Hなどの補酵素が必要となるため、細胞内代謝によって補酵素を再生できる全細胞系には、精製酵素や補酵素を別途加えずに反応を進められる利点がある。とくに医薬品合成に用いる光学活性アルコールでは、高い変換率と立体選択性が得られている。一方、基質が細胞膜を通過しにくく、生成物が細胞を傷害する場合もある。DESはこの膜透過を促し、疎水性基質を水相へ供給する添加剤として働くが、濃度が高すぎると細胞活性を低下させる。
単離酵素は、固定化Candida antarctica lipase B製剤であるNovozym 435の使用例が突出して多い。リパーゼは補酵素を必要とせず、低水分のDES中でも比較的安定であり、水分量を変えることで加水分解からエステル合成へ反応を移行させられる。さらに、グリセロールや糖、ソルビトールをDES成分兼基質として用い、脂溶性抗酸化物質、糖脂質、乳化剤、構造脂質、バイオディーゼルへ変換できる。固定化酵素を回収して繰り返し使えることも、製造工程への適合性を高めている。実際に、連続流反応で96%収率、廃食用油のエステル交換で94%変換という成果が報告されている。
産業的には、DESによって難溶性基質を高濃度化し、揮発性有機溶媒の使用を減らせる点に価値がある。現状では、高粘度による物質移動の遅れ、生成物の回収、DESの再利用、長期的な酵素安定性が工程化の制約となる。そのため、すでに固定化、連続化、触媒再使用が進んでいるリパーゼ反応が最も実用化に近く、全細胞反応は補酵素再生を必要とする医薬品中間体の不斉合成で強みを発揮すると位置づけられる。
リパーゼでトランスエステル反応が多いのは、加水分解と同じアシル酵素中間体を利用でき、低水分環境では水よりアルコールが中間体を攻撃して新しいエステルを与えるためである。直接エステル化と異なり反応中に水を生じないため、生成物の再加水分解を抑えやすい。さらにビニルエステルをアシル供与体にすると、副生するビニルアルコールがアセトアルデヒドへ変化し、反応が生成物側へ進む。位置選択性や立体選択性も利用できるため、糖脂質、香料、構造脂質、バイオディーゼルの合成に適している。
Arnodo, D.; Maffeis, E.; Marra, F.; Nejrotti, S.; Prandi, C. Combination of Enzymes and Deep Eutectic Solvents as Powerful Toolbox for Organic Synthesis. Molecules 2023, 28, 516.
◆深共晶溶媒を用いる物質の抽出
・ポリフェノールの抽出
深共晶溶媒は、従来の有機溶媒とは異なる選択性を示し、植物中の機能性成分を比較的温和な条件で抽出できることから、食品成分の抽出媒体として注目されている。とくに、ポリフェノール類の抽出においては、DES や NADES を用いた研究例が数多く報告されている(1, 2)。これは、ポリフェノールが食品機能性成分として重要である一方、水や単純な含水エタノールでは抽出効率や選択性が十分でない場合があるためである。
実際、DES を用いた抽出は、果実、葉、種子、搾りかすなど多様な植物素材に適用されており、アントシアニン、フラボノイド、フェノール酸、スチルベン類などを対象とした報告が蓄積している。なかでも塩化コリンを基材とする DES は広く用いられており、尿素、有機酸、ポリオール、アミノ酸などとの組み合わせによって、対象化合物に応じた抽出媒体が設計されている。
DES を用いる利点の一つは、比較的低温条件でも抽出が可能であり、熱に不安定な成分の分解を抑えやすいことである。また、含水率を調整することで粘度や極性を変えられるため、抽出効率や選択性を細かく制御しやすい。ただし、どの DES がどのポリフェノールに最適かについて、普遍的な設計原理が確立しているわけではない。現状では、対象化合物の極性、芳香環、糖修飾、官能基構造と、DES 構成成分との相互作用を考慮しながら、経験的に最適条件を探索する方法が主流である。
・多糖の抽出
ペクチンは、植物細胞壁に存在する代表的な多糖であり、食品のゲル化剤、増粘剤、安定化剤として広く利用されている。従来のペクチン抽出では、酸性条件下での加熱抽出が一般的であるが、収率、品質、廃液処理の点で課題がある。これに対して DES を用いた抽出では、抽出条件を最適化することで、収率や機能特性の改善が期待されている。Averrhoa bilimbi を原料とした報告では、DES 濃度、温度、時間、モル比を調整することで、ペクチン抽出の効率化が検討されている(3)。また近年は、DES を用いたペクチン抽出全体を整理した総説も報告されている(4)。
一方、キチンはセルロースに次いで豊富な天然多糖であり、甲殻類殻、昆虫外骨格、菌類細胞壁などに含まれる。キチンは水や一般的な有機溶媒にはほとんど溶解せず、従来は強酸・強アルカリや高温処理によって抽出・精製されてきた。しかし、このような方法では構造変化や分解が生じやすく、また環境負荷も大きい。これに対し、塩化コリン–マロン酸系 DES を用いた抽出では、高純度のキチンが得られたことが報告されており、タンパク質や無機成分の除去を同時に進められる点でも有用である(5)。
・タンパク質の抽出
タンパク質の抽出には、従来、アルカリ性または酸性の溶液が用いられてきた。たとえば、植物や微生物からタンパク質を回収する際には、NaOH や HCl などの溶液を使って細胞壁を破壊・変性させ、タンパク質を溶出させる方法が一般的である。しかし、こうした手法では強酸・強アルカリの使用により廃液処理の負担が大きく、環境負荷の面で課題が残されている。また、抽出中にタンパク質が部分的に変性し、機能性や構造が損なわれる可能性もある。
こうした背景のもと、深共晶溶媒を用いたタンパク質抽出の研究が近年進展している。食品分野全体を概観した総説では、過去数年間の DES 応用例が整理されており(2)、さらにタンパク質抽出に特化した2025年の総説では、抽出収率、純度、活性保持、さらには green metrics まで含めた評価が行われている(6)。たとえば、大豆、ケラチン資源、油糧種子副産物などを対象に、塩化コリン系 DES を中心とした抽出法が検討されている。これらの報告では、DES の種類、水分量、粘度制御、塩析・塩溶効果などが抽出性能を大きく左右することが示されている。
ただし、タンパク質抽出は、DES を用いた方法が常に従来法より優れているとは限らないようだ。2025年の総説では、適切に含水化し粘度を制御した DES は、収率や機能保持の点で従来法を上回る場合がある一方、性能は DES の組成や水活性域に強く依存すると整理されている(6)。
参考文献
1. Aktaş, H.; Kurek, M. A. Deep Eutectic Solvents for the Extraction of Polyphenols from Food Plants. Food Chem. 2024, 444, 138629.
2. Boateng, I. D. Evaluating the Status Quo of Deep Eutectic Solvent in Food Chemistry: Potentials and Limitations. Food Chem. 2023, 406, 135079.
3. Shafie, M. H.; Yusof, R.; Gan, C. Y. Deep Eutectic Solvents (DES) Mediated Extraction of Pectin from Averrhoa bilimbi: Optimization and Characterization Studies. Carbohydr. Polym. 2019, 216, 303–311.
4. Hadidi, M.; Tarahi, M.; McClements, D. J.; Aghababaei, F. Unlocking the Potential of Deep Eutectic Solvents for Sustainable Pectin Extraction. Carbohydr. Polym. 2025, 362, 123683.
5. Saravana, P. S.; Ho, T. C.; Chae, S. J.; Cho, Y. J.; Park, J. S.; Lee, H. J.; Chun, B. S. Deep Eutectic Solvent-Based Extraction and Fabrication of Chitin Films from Crustacean Waste. Carbohydr. Polym. 2018, 195, 622–630.
6. Wong, J. C. J.; Khoiroh, I.; Gan, S.; Croft, A. K. Deep Eutectic Solvents for Protein Extraction: Mechanisms, Performance, and Green Metrics. J. Mol. Liq. 2025, 438 (Part A), 128636.
◆深共晶溶媒研究におけるコンピュータ活用
深共晶溶媒(DES)の研究は、当初は実験的探索が中心であったが、近年はコンピュータを用いた設計と解析が急速に進んでいる。DES は、HBA と HBD の組み合わせ、混合比、水分量、温度によって物性が大きく変化するため、候補数が膨大であり、すべてを実験だけで探索するのは非効率である。このため現在では、量子化学計算、熱力学モデル、分子動力学(MD)計算、さらに機械学習(AI)を組み合わせて、DES の候補選定、物性予測、内部構造の理解を進める流れが明確になっている。とくに近年は、DES に対する機械学習研究を体系化したレビューも現れ、計算科学がこの分野の基盤技術になりつつあることが示されている(1)。
・量子化学計算
密度汎関数理論(DFT)などを用いると、候補分子どうしの相互作用エネルギー、電荷分布、水素結合の強さ、化学硬さ・軟らかさなどを評価できる。これにより、どの HBA/HBD の組み合わせが強い相互作用を作りやすいか、あるいは特定の溶質と親和性が高いかを、実験前にある程度見積もることができる。実際、2024年の研究では、塩化コリン系 DES 候補について量子化学的指標を比較し、組み合わせによる安定性や反応性の差が議論されている(2)。量子化学計算は、DES の形成そのものを完全に予測するには限界があるが、なぜこの組み合わせが有望なのかを分子レベルで説明するうえで有効である。
・量子化学ベースの熱力学モデル
COSMO-RS は、分子表面の電荷分布から溶媒和や相平衡を予測する手法であり、DES 候補のスクリーニングによく使われる。とくに DES 設計で重要な固液平衡や共晶点の予測に有望であることは、2021年の系統的検証で示されている。この研究では、二成分共晶溶媒系に対する COSMO-RS の適用性が詳細に評価され、共晶温度については実用的な予測可能性があることが示された(3)。したがって COSMO-RS は、実験を置き換えるというより、膨大な候補の中から「試す価値のある組成」を選ぶための実用的な道具として位置づけられる。
・分子動力学計算(MD)
DES の本質は、単なる二成分混合液体ではなく、水素結合ネットワーク、水の局所構造、ナノ不均一性、粘度や拡散の遅さなどが複雑に絡み合った液体構造にある。このような特徴は、平均的な熱力学量だけでは捉えにくく、MD によって初めて見えてくる部分が大きい。2024年のレビューでは、DES 中での生体分子のふるまいを MD で解析する研究が増えていることが整理されており、タンパク質、核酸、薬物などが DES 中でどのように溶媒和され、構造変化や安定化を受けるかが議論されている(4)。さらに 2023年には、第一原理精度を保ちながら DES の MD を高速化する機械学習ポテンシャルも報告され、従来より大きな系や長い時間スケールの解析が可能になりつつある(5)。
・人工知能
AIや機械学習は急速に伸びている研究手法である。対象となるのは、融点、粘度、密度、導電率、熱容量、溶解度などの物性予測である。2025年のレビューでは、分子記述子に基づく回帰モデルや、COSMO-RS と機械学習を組み合わせたハイブリッド型モデルが DES 設計に有効であると整理されている(1)。このレビューでは、粘度や融点などの主要物性に対して、ランダムフォレスト、XGBoost、ニューラルネットワークなどが利用され、特徴量設計や外部検証の重要性も強調されている(1)。2025年には、大規模言語モデル(LLM)を用いて 14,602 本の DES 論文から 34,027 件のデータと 9,215 種の DES 配合を抽出した研究が報告されており、DES 分野でもデータ駆動型研究の基盤整備が本格化している(6)。ただし、現在の AI は、標準化されたデータベースが不足していることもあり、候補の探索をサポートする技術とみなすのが現実的である。
将来的には、逆設計まで実現すると活用の場面が広がる。例えば、低粘度で抽出効率が高いDESや、含水下でも DES的な性質を保つDES、ポリフェノールを特によく溶かすDESなど、目的の物性を設定し、それを満たす HBA/HBD の候補を AI が提案する方向である。今後は、タンパク質構造予測の分野と同様に、量子化学計算による局所相互作用と、MDによる液体構造とダイナミクスにより、実験科学で得られたデータを機械学習用に統合するような、マルチスケール型の設計技術が実点していくだろう。
参考文献
1. Sharma, A.; Garg, A.; Li, L.; Chatterjee, I.; Lee, B.-s.; Garg, A. Machine Learning for Deep Eutectic Solvents: Advances in Property Prediction and Molecular Design. J. Mol. Liq. 2025, 437 (Part A), 128317.
2. Vorobyova, V.; Skiba, M.; Vasyliev, G. Deep Eutectic Solvents: Quantum Chemical Investigation, Thermal Stability and Physicochemical Properties. Chem. Phys. 2024, 586, 112401.
3. Song, Z.; Wang, J.; Sundmacher, K. Evaluation of COSMO-RS for Solid–Liquid Equilibria Prediction of Binary Eutectic Solvent Systems. Green Energy Environ. 2021, 6 (6), 849–858.
4. Bittner, J. P.; Smirnova, I.; Jakobtorweihen, S. Investigating Biomolecules in Deep Eutectic Solvents with Molecular Dynamics Simulations: Current 5. State, Challenges and Future Perspectives. Molecules 2024, 29 (3), 703.
5. Shayestehpour, O.; Zahn, S. Efficient Molecular Dynamics Simulations of Deep Eutectic Solvents with First-Principles Accuracy Using Machine Learning Interatomic Potentials. J. Chem. Theory Comput. 2023, 19 (23), 8732–8742.
6. Peng, X.; Hu, S.; Zhang, X.; et al. Unlocking Deep Eutectic Solvent Knowledge through a Large Language Model-Driven Framework and an Interactive AI Agent. Green Chem. Eng. 2025, 6 (3), 100433.