分科会1
アロマンティックやアセクシュアルを知る
〜当事者の視点から社会のあり方を問い直す〜
Aro/Aceの情報発信・調査団体 As Loop
三宅大二郎、中村健
2月2日(金) 10:30~12:00
内容
「アロマンティック」や「アセクシュアル」を知っていますか?
・初めて聞く言葉で全く触れたことがない。
・聞いたことはあるけど、あまりよくわからない…。
・知っているけど、どんな当事者がいるのか想像つかない。
など、さまざまだと思います。
アロマンティックは他の人に恋愛感情を抱かないこと、アセクシュアルは他の人に性愛感情を抱かないことをいいます。
本分科会では、研究者からの基礎知識の解説・当事者の体験談(気づき・困難など)を通し、アロマンティックやアセクシュアルを知る機会としたいと考えています。
また、アロマンティックやアセクシュアルに関する調査についてや恋愛・性愛のみにとらわれない多様な関係性に関しても触れていきます。
アロマンティックやアセクシュアルの視点から、社会のあり方を問い直す機会となれば幸いです。
登壇者情報
Aro/Aceの情報発信・調査団体 As Loop
三宅大二郎(みやけ だいじろう)
大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程。Aro/Aceについて研究している。Aro/Aceに関する情報発信、研究をする団体As Loop(アズループ)のメンバー。大学で性的マイノリティの学生支援にも従事する。
Aro/Aceの情報発信・調査団体 As Loop
中村健(なかむら けん)(なかけん)
アロマンティック・アセクシュアル当事者。大学や行政、企業等で多様な性に関する講演活動を行う。当事者グループ「なかぷろ」を主催し、これまでに約400名の当事者が参加。As Loop(アズループ)のメンバー。
企画者からのメッセージ
こんにちは、大会実行委員いのもとです。この分科会では、いままでの大会でちゃんと説明することなく使ってきた、アロマンティックやアセクシュアルといった言葉を、丁寧にその概念から説明するとともに、日常での困りごとや、調査から見えてきた日本での実態などお話しいただきます。
少し、わたし事をお話させていただきます。
今の日本は強制恋愛社会と言ってもいいぐらい、恋愛することがあたりまえ、かつ、強制されているような気持になる社会です。なおかつ、多くの場合、異性愛が説明もなく前提とされているのですが。それで、しんどい思いをしているひと、多いですよね。
わたしが中学生や高校生に講座でお話をするとき、必ず、アセクシュアルの説明を入れるようにしてきました。それは、中学や高校も、やっぱり、強制恋愛社会だと感じているからです。その中で、誰かに恋愛感情をもつことなく、学生生活を送っている生徒は、やっぱりしんどいな、と思うからです。アセクシュアルの話をすることで、ちょっとでも「わたしひとりじゃないんだ。」といったことを感じてもらえればと思っています。
この分科会でAs Loopの中村さん・三宅さんのお話を聞いて、さらに講座の時の話の精度を上げたいな、と思っています。
報告文
「アロマンティック」「アセクシュアル」をその概念から、困りごと、心配、などについて、体験談や量的調査の結果などもお示しいただきながら、丁寧にお話しいただきました。
また、Q&Aでも、参加者の皆様からたくさんの質問をいただき、時間の許す限り、おふたりにお答えいただきました。さらに、分科会後の交流会にも登壇者のおふたりにご参加いただき、多くの参加者が交流しました。
大会で「アロマンティック」「アセクシュアル」をテーマに扱った分科会が初めてであったこともあり、多くの参加者から、「取り上げてくれてありがとう」という声から「初めて詳しく知ることができました」という声まで様々なリアクションをいただき、分科会担当者としても、とても注目度の高い分科会だったと感じ、嬉しく思っております。
【登壇者からのメッセージ】
As Loop・三宅大二郎さん
この度は貴重な機会をいただきまして、ありがとうございました。
参加してくださったみなさんが、真摯に私たちの話を聞いてくださっていて、とても嬉しかったです。
アロマンティックやアセクシュアルを含むAro/Aceは、一般的にはまだあまり知られておらず、LGBTQを含む性的マイノリティの文脈でも注目されづらい面があります。
そのような状況で、Aro/Aceについて語る機会をいただくのは、私たちだけでなくAro/Aceコミュニティ全体にとって意義があるものだと考えています。
そして、本講演ではAro/Aceについて知ってもらうだけでなく、この社会にどのような恋愛・性愛の規範があるかを考えることも重要であるとお話しました。
Aro/Aceが抱えている困難は、この社会の恋愛・性愛の規範とそれに基づく慣習や制度によるものが大きいと考えられるからです。
本講演が、Aro/Aceを知る、そしてこの社会を問い直すきっかけになっていれば幸いに思います。
もしこの講演をまだご覧になっていない方は、ぜひアーカイブ配信からご覧ください。
As Loop・中村健さん
この度は、このような貴重な機会をいただきありがとうございました。
Aro/Aceに関するお話をお伝えできたことはもちろん、質疑応答の際にいただいたご感想やご質問がどれも真摯にお話を聞いてくださったことが伝わってくる内容で大変ありがたく、こういった取り組みを通して、少しずつ社会は変わっていくんだなと改めて感じられる時間になりました。
一当事者として、大変勇気づけられました。本当にありがとうございます。
また、大会のテーマである「医療・福祉・教育」に関して、Aro/Aceにおいてはまだまだ取り組みが進んでいない状況のため、
その課題感についても共有ができたことは本当に重要だったと感じています。
今回の会が是非皆様にとって、自身や周囲との共生の一歩となる時間になっていれば嬉しいです。
【参加者の感想】
Aro/Aceについて、多様な関係性、あり方が知ることができて、本当に良かった。
登壇されたお二人の話もとても分かりやすかったし、心に響いた。基本的な情報と具体的な体験談があり、とても良かったです。
登壇者の方に、質問に答えてもらう時間が長くあってよかった。Aceの当事者としては、すでに知っていること、過去のつらい体験を思い出してきついこともあったが、じゅうぶん気をつけて運営され、教育的な意味もある分科会だったと思う。
As Loop のお二人の講義ありがとうございました。とてもわかりやすく、お二人のご活動や人柄も伝わって素晴らしかったです。個人的にはより踏み込んだ内容も聞きたかったです。Aro Aceのことがほとんど知られていない中で、AroAceに関するレクチャーの多くが非当事者向けに全てを一から説明する基礎知識の講義になってしまうことに、自分で必要があって知識を得ている当事者としてはやりきれない気持ちも感じます。AsLoopの調査やご活動の中でも、より専門的であったり面白い内容のものが沢山あると思います。そちらもぜひ聞きたいです。交流会や質問コーナーはとても面白く、質問者の方々の切実さに対して登壇者のお二人の専門的な見識が引き出されているやり取りに充実感がありました。
こういう催しに参加するのは初めてだったのですが、書籍の中で語られ、知識があることでも、やっぱり、生身の人間に語られることで「ああ、繋がってるんだな」と実感できるんだなという気づきがありました。うまく言うことができませんが、嬉しかったです。マイクの調子が悪くて(zoomに不慣れだったというのもあり…)交流会では発言できませんでしたが、話を聞けて良かったです。
私はずっと、自分の性的指向がよく分からず、こんな自分はおかしいのだと思っていました。昨年、トランスの友人から「クエスチョニング」というセクシュアリティを教えられ、自分はクエスチョニングなのかもしれないと思っているものの、自分に「クエスチョニング」を自認する権利があるのか分からないでいます。今回、「自分のセクシュアリティを人に証明する必要はない」「(仮)で自認してもいいし、自認して居心地が良ければ、自認していい」とお聞きし、セクシュアリティに迷うのは、私だけではないと思うことができました。
Aセクの最近の情報を知ることができて良かったです。テレビ等、Aセクについて取り上げているものの紹介があり興味深かったです。
「はじめに」の部分で参加者への丁寧な安全配慮を伝えられていて、感動しました。
セクシュアルオリエンテーションとロマンティックオリエンテーションを分けて考えることを丁寧に説明いただき、その重要性を改めて認識することができました。わたしが関わっているポリアモリー界隈でも、セクシュアルオリエンテーションとロマンティックオリエンテーションを分けて説明する事の重要性が注目されており、とても参考になりました。
量的調査の結果につき、今後も発表する計画があるとのこと、楽しみにしています。デミ、グレイ、リス等、知らない言葉が、とても多かった為、勉強になった。
無性愛者の方が同性愛者より多いのは驚いた。
また、無性愛者の方が同性愛者よりおかしいと思う人が多い事にも驚いた。
証明出来ないから自認して良いのかという事について、仮で良いから心地よいなら自認して良い 恋愛も性愛も仮で皆、自認しているとの事だった。
確かに、そうだなと思って、とても納得した。
Aro/Aceの人の体験を聞くのは初めてだったので、とても良い経験になった。
私も一応、母親にはバイ・セクシャルである事を話したが父親には話さなかった。(ただ、母親にも否定的な意見を言われたが…)
また、友人やネットで知り合った友人?にも伝えているので、Aro/Aceの調査結果を見て、やはり話しやすい人としにくい人の判断は、私が感じるのと同じような人が多いのかなと思った。
「貴方は人間に興味がないもんね」は違う形だが言われた事がある。私は相貌失認で人の顔を覚えるのが極端に苦手だが、その事を、やんわり「人の顔を覚えられない」と言ったら「人間に興味ないからじゃないの?」と言われてしまい嫌な気持ちになった。真剣に悩んでるのに「人間に興味がない」という言葉で一蹴されると何も言えなくなるし悲しくなる。Aro/Aceの方々の実感を知ること、またそうした実感をもとにAro/Aceコミュニティで編み出されたセクシュアリティの丁寧な細分化と名付けを知ることを通して、性愛/異性愛の構築性が逆照射されるような内容でした。私自身はそうした性愛規範にたまたま、なんとなく適応できていますが、セクシュアリティにおけるマジョリティの集合もその内実は細分化が可能という思考は、他者・自己理解を深める一助となりました。ただ、こうした学びがありながら、交流会での発言で「私は当事者ではないのですが…」と切り出してしまったことが我ながら残念で、その理由としては、登壇者にとってあまり快適な表現ではないばかりか、私が分科会で得たことを伝えられない表現であったことによるものです。状況や心情にフィットする言葉をもっと獲得したいと痛感した分科会・交流会でした。
Aセク・アロマ当事者です。催しは色々な発見があり有意義でした。ありがとうございます。以下、自分語りになります。すみません。私は多分、Aセク・アロマの中でも、殆んど語られていないタイプです。基本、恋愛・性愛ともに他人事(それってイケメンとか美人がすることでしょ?)です。特定の異性を「一人占め」する恋愛の基本構図がもう無理です。私のように性格も容姿も醜い人間は、恋愛という名の競争には最初から「勝ち目」などありませんし、最初から誰からも選ばれることはないと決まっていますし、事実、全く選ばれることはありませんでした。そういうことが物心ついた時点でもう不毛で無理で、心の底から関わりたくないと感じて行動しました。
シスへテロの方のなかには私と同様「勝ち目」がないのわかっていても、恋愛や性愛を希求して努力している人も大勢いて、ほとんどの人がそれなりの出会いに恵まれていることと思います。
私は最初からそういう土俵に上がる気がしなくて、順当な結果として同性異性関わらず、人との縁は極めて薄いです(知人はいますが友人はいません)。
恋愛系の話題が苦手で、そういうものに夢を託すというのが理解できず、現実(不倫や嫁姑問題など)の煩わしさしか感じません。高校時代にそういう発言をして周囲をしらけさせてしまったこたもありました。ある時サークルで飲みに行った時に、二次会に残る残らないが恋愛絡みになっているのに気づかず残ってしまい、君は大人の付き合いのわからない未熟者といったニュアンスのことを言われたことがあります。
変な表現になりますが、パートナーも友人も不在の非モテ系Aセク、というのが私の性自認になります。同じような自認の方と出会いたいと願っています。つまらない長文読んで頂きありがとうございます。