[1507] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり /正式版 32
Name: とどく=たくさん◆20b68893 E-MAIL ID:5eba37fb
Date: 2008/08/26 21:37
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ヤオは、困っていた。
街の中を歩きまわっては行き会う、濃緑色の服とか、まだら緑の服を着ている人に、片っ端から「済まないが、少し話を聞いて欲しい」と話しかけてみたのだ。
ところが、どうにも言葉が通じない。
みんな一様に、なんとも形容しがたい苦笑と言うか、引きつった笑いと言うか、複雑な感情の混ざった表情を浮かべ、こっちの話が解るのか解らないのかはっきりしない態度をとるのだ。
顔を見ると、多少はわかっているんじゃないかなぁと思えるので、一生懸命話しをして、終わってみると、結局通じていなくてがっかりする羽目になる。
徒労感に苛まれながらも、中には言葉の出来ない者もいるのだろうと思って、手当たり次第に声をかけた。
そうして半日。おそらく、20~30人くらいに声をかけたのではないだろうか。
ようやく、緑色の服を着ている者には言葉が通じない、いや、言葉が通じないのが基本であって、多少話せたとしても片言程度なのだと言う事実を、思い知らされたのである。
挙げ句の果てに、こんな奴も出てきた。
「ダークエルフのお姉ぇさん。緑の人を捜しているのかい?」
流暢な語り口に「言葉が通じるのか?」と、喜んでみれば緑の服は着ていない。見た目でも、この国の住人であることがわかる男だった。
見た感じ傭兵というには線が細い。多分、行商人か、あるいはこの街に雑用の仕事で雇われている者だろうと推察した。
この男が、ヤオにこう言った。
「緑の人なら、俺が居場所を知っているから案内してやるよ」
それはとてもありがたい申し出だったので、ヤオは親切を受けることにした。
すると男は、ヤオの手をとると街を出て、森の暗がりへと連れて行こうとしたのである。
「どこへ行く?」
「こっちさ。緑の人は、こっちにいるんだ」
ヤオの手首を握ってくる汗ばんだ感触に「なんだろう、この手は…」と思う。
もしかして、春をひさぐ職業と間違われたんじゃないかなぁ、それだったらやだなぁ、と思って見ていると案の定、人気のないところに来た途端「金ならあるんだぜ。それに、俺は結構顔が広いんだ。緑の人に口を利いてやるからよ」とか何とか言いながら、いかがわしくも押し倒そうとして来たのだ。
「力ずく、金銭ずく、と言うのは頂けないな」と出来る限り加減して股間を膝で蹴り上げる。するとその男性は己の間違いを痛切に理解してくれたようで、ペコペコと頭を下げながら、逃げ去っていった。
何故か財布を落としていった。後で届けてやらなくてはいけないだろうと思って拾っておくことにする。
普通の女性なら「なんて酷いっことをっ」と追撃して、とことん痛めつけているかも知れない。だが、ヤオはそうはしなかった。若い男なら、ま、しょうがないか…と、話の解るところを見せたのである。
自分の容姿が(しかもボンテージアーマーを着ている)異性に与える影響というものを、ちゃんとわきまえているのだ。この手のことに余裕があるのだろう。あるいは、似たような誤解もこれが初めてではないから、悪慣れしているだけなのかも知れない。
ヤオは、潔癖性のように見えるが、実は酒で酔わせてとか、力ずくとか、金銭ずくの独りよがりな女の扱い方を好まないだけなのだ。礼儀正しく誘いの言葉をかけたなら、考えるくらいはする。いい気分にさせることができれば、応じもする。そういう手間を惜しんだばっかりに、男は股間へ痛撃を喰らう羽目に陥ったのである。
結局は、時間の無駄遣い。しかも、手を引かれるに任せていたら街を出てしまった。
こうしている今も、同胞達は炎龍の脅威にさらされている。この程度ではくじけては居られないと、ヤオは気を取り直し再び緑の人を探すべく、街へと引き返した。
ただ、真っ直ぐ逆戻りをするのも惜しい。そこで、今度は大通りから路地に入ってみることにした。
だが、裏通りは、緑色の服を着ている者の姿はほとんど見られなかった。
代わりと言ってはなんだが、荷物満載の荷車がずらっと列んでいた。どうやら、通りの裏側は倉庫街になっているようだ。まだ、殆どの倉庫が建築中だが、とりあえず屋根だけはできあがっていた。そして既に、物資が所狭しと置かれていた。吹き込んでくる塵や雨風を防ぐためか、厚手の布が被せられている。
そこでは作業員達が、荷車から倉庫へと荷物を移す作業をしていた。
品物は麦袋とか、干し肉干し魚といった食糧品が多い。生きた家禽類のはいった籠もあった。こうしたものが、加工調理されて、食堂で出されるのかも知れない。
その傍らでは、様々な種族の傭兵連中が屯して休息していた。汚れた旅装を身につけているところを見ると、今さっきこの街に帰り着いたばかりのようだ。彼らの馬が、飼い葉桶に群がって水を飲んでいる。
そんな傭兵の1人がヤオを見つけて、ちょっかいを出して来た。
「よお、ねぇちゃん、何やってるんだい?暇なら俺たちと遊ばない」
ちゃんと言葉で申し入れてくるだけ、先ほどの無礼者よりはマシである。だが、少々品というものに欠けていた。しかも、少しばかり猥褻な発言を付け加えてきたので、ヤオは冷静に視線を降ろして「ふむ。君の持ち物では、無理ではないだろうか?」と、ほがらかにあしらうことにした。
すると男は、酷く傷ついた表情をすると涙ぐみながら走り去っていった。
どうやらヤオの一言は、その男の精神に対して相当の破壊力を有していたようである。もしかしたら、非常に強いコンプレックスを抱いていたのかも知れない。
これは申し訳ないことをしたなと、ヤオはそそくさとその場を後にした。
しばらく移動すると、今度は木箱が山積みになっている一角に出た。
その前で、商人がなにやら値段交渉しているのが見える。箱の中にあるのは非常に薄くて光沢のある布だった。ヤオですら、一目で貴重品とわかるほどの美しさだ。
「これは何だ?」
好奇心から尋ねてみる。すると商人が「『さてん』とかいう生地らしい。非常に光沢があって、しっとり滑らかとした感触が特徴だ。これで服を作ったらさぞ、美しく仕上がるだろう」と説明してくれた。これが欲しくて、商人はわざわざこのアルヌスのでやって来たという。
「ここじゃ、小売りはしないんですがねぇ」
倉庫番のような男が、渋い顔で交渉その物を打ちきろうとしていた。
アルヌス生活者協同組合では、あちこちの商人がこのアルヌスに押し寄せるのを嫌ってイタリカや、帝都、あるいはログナン、デアビスといった周辺の街に置いた支店でのみ、小売りをするようにしているのだ。
「そこを何とか、是非」
商人も、当然そうした支店を尋ね歩いたと言う。だが、どこも品薄状態。気に入った生地を入手できなかったらしい。しかし商人は諦めるわけにはいかなかった。ノンビリと品物が届くのを待っているわけにもいかなかった。急ぎの仕事のために、どうしてもすぐに生地を手に入れる必要があったからだ。
商人は語る。
今、帝都の貴族社会では大変革が起きている。
貴族の婦人方が纏うドレスの類にとんでもなく豪奢で鮮やかな、金糸銀糸の絢爛な織物や美しい染め物で仕立てられたものが現れたのだ。
その鮮やかさに心奪われたご婦人方はおずおずと「そのお召し物はどちらで?」と問う。だが問われた本人は、優雅に微笑むだけで決して教えてくれない。
貴女が左手で自らを扇ぐ、その見事な小物(扇子)は何?
「たいしたものではありませんわ。おほほほほ」と言いつつ、これ見よがしにパタパタ扇いだりする。
その身を飾る、美しい真珠は何?しかも、そのハンパ無い量は?。
「それほどのものではありませんわ。おほほほほほほ」と言いつつ、これ見よがしに真珠のネックレスをジャラジャラと、そして真珠のイヤリングを見せびらかしたりする。
あんたそのスタイル(注 バスト)はどうしたのよ?
「いえいえ、いつの間にか育ったようですわ。おほほほほほほほほほほほほほほほっ」
その化粧品はどこで買ったか言えっ!
「普段使っているものと同じですわ。美しく見えたとすれば、元が良いからでしょう。おほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほ、けほっけほっ」
女性は知性とか、気品には嫉妬しないというが、逆に財力とか、美しさの類にはものすごく嫉妬するそうである。そして優越感とは、他人の嫉妬を栄養として肥え太るものなのだ。だから、そりゃぁもう見せびらかすこと見せびらかすこと…。とある貴族のご婦人など、その口惜しさで、ハンカチを食いちぎってしまったと言う。
こうして、嫉妬と羨望と憎悪に駆られた婦人方の激情は、矛先を求めて駆けめぐり、最終的には帝都の服飾業界、すなわちお針子や布地を扱う商店へと向けられたのである。
しかし、お針子や商店主も「あれより凄いものを作りなさい。お金に糸目はつけません。出来なければどうなるか、判ってますね」とか言われても、材料が無くてはどうすることも出来ないのである。
彼女たちが仕立てるものと言えば、貴婦人等の纏うドレス、メイド服、神官服など。どれも、普通に織られた生地に、さして種類のない染料で染色し、刺繍をしたり、縫い取りをつけたり、あるいはフリルを寄せたりという『手間』で勝負するしかなく、技術的にはドングリの背比べなのだ。だからこそ、元の材料たる生地から負けていては、どうすることも出来ないのである。
そこで、生地商人やお針子達はひとまず情報収集に走った。
どこで入手したにしても、生地からドレスに仕立てたお針子がいるはず。まずはそこからということで、貴族のお屋敷に出入りするお針子が、仲間から締め上げられ白状させられた。(本当に締め上げられて、命の危険をとても強く感じたと、お針子嬢は涙ながらに語った)
そして、集められた情報の全ては「アルヌス」の方角を指さしていた。
ちなみに、宝飾業界も、化粧品業界でも似たような出来事が起こった。その後の推移も似たようなことだったので、割愛したい。
こうして、アルヌス生活者協同組合・帝都支店に、お針子や布地商店主達が殺到するに至ったわけなのだが、アルヌス生活者協同組合では友禅染や、西陣織といった贅沢品は扱っていなかった。
だが、その代わりとして見せられた商品サンプルが、光沢のあるサテン、生地が透けるほどに薄いオーガンディー、タフタ、感触の柔らかいビロード、伸縮性のあるストレッチ素材等などである。しかも染色の技術が素晴らしく、色彩の種類も非常に豊富だ。染料の高価さから王家の色と言われた貝紫ですら、当たり前のように扱われている。
他には伸縮性のある素材でつくられた『てぃしゃつ』と呼ばれる製品は、吸湿性に優れ着心地も良いため、高価ながらも人気商品として流行の兆しを見せている。
絶望の地平線を越えたお針子達は、ぐっと拳を握った。これだけの生地が材料に出来るならデザインで勝負!!参考となる『図絵』も何故か、アルヌス生活者協同組合・帝都支店の片隅から発見された。
1冊だけ、ポツンと置かれていたその『図絵』には、人間がそのまま吸い込まれたのではないかと思うほど、精微に描写された『絵』と、どこの国の言葉とも判らない字がズラッと列んでいたのだ。
もちろん誰も『読む』ことは出来なかったが、さしたる問題ではなかった。彼女たちに必要だったのは、服飾デザインの参考となる『図絵』の方だったからだ。斬新に過ぎるデザインとか色遣いは、自分なりにアレンジすればいい。「ちょっとこれは…」と思えるほどの露出も、加減すればいいのである。こうして異国の『図絵』は帝都のお針子達の間で、密かに、そして大切に、長きに渡って保管されることとなる。
その書籍に書かれた字を日本人が見る機会を得たら、「コスプレ」とか「レイヤー」などの文字を発見することが出来ただろう。何故そのような書籍が『特地』に持ち込まれ、帝都まで運ばれてしまったかは、アルヌス生活者協同組合と縁の深いとある日本人男性約1名だけが知っている。
-数週間前-
「俺の雑誌、知らない?名古屋の国際コス○○大会の特集号なんだけど」
「見ませんでしたよ」
「どこに、やったのかなぁ?」
「隊長。ちゃんと掌握してないからですよ」
こうして、帝都の貴族女性のファッションは、入手先不明な絢爛豪華な素材で作られたドレスと、これまた製法不明の美しい生地で作られた非常に斬新かつ奇抜なデザインのドレスの二大流行によって、完全支配されることになったのである。
さて、商人は続ける。
お得意の、とある貴族の令嬢が社交界にデビューしようとしている。その押し出しをよくするためにも、是非『アレより素晴らしい』ドレスをと頼まれたのだと。上手く行かなかったらどうなるか…という父親からの脅し付きで。
そこで、我が身と嫁さんと子ども達の生活のためにも、商人はあちこちの布地を探して歩き、ようやく出会ったのだ。『さてん』という生地に。商人は、切々と語った。この生地を使ってドレスを仕立てたいと。
「でもねぇ…」
担当の男は腕を組んで唸った。アルヌス生活者協同組合に繊維部門担当者として雇われる前は、彼も生地の行商人をしていたので、貴族連中がいかに傲慢で強引であるか身に染みて理解していたのである。だから助けると思って、売ってやりたいとも思うのだ。しかし、上からのお達しに従うなら、小売りは支店でしなければならない。
そんな風に、困り切っている2人を見て、ヤオは「ならば、こうしたらどうだろう」と口を挟むことにした。
商人の男は、どちらにしても帝都に帰らなくてはならない。繊維担当者は品物を帝都の支店に送らなくてはならない。ならばこの商人に品物を、アルヌスの支店へと届けて貰えばよいのだ。商人は、品物を預かる代わりに保証金を積む。そして帝都の支店に届けたその場で品物を引き取るわけだ。
形はそのように整えて置けば、商人は約束は守れなくてもいい。ちゃんと届けて、保証金の預かり証と引き替えに、品物を受け取っても良い。どっちにしても組合側には損は発生しないのだから。まぁ、商人として今後の取引を考えたら、信用のためにきちんと届けた方がよいのだが、届ける間も惜しいとあれば、それもまた可能…。
商人と繊維部門担当者は、ヤオのアイデアを聞いてポンと手を叩いた。
「なるほど。それなら問題ありませんな」
「いやいや、誰も損をしない名案。とは言え、規則の裏をかくことに関しては、流石はダークエルフですな」
「いかにも、奸智に長けてらっしゃる」
おぬしも悪よのう、という視線がヤオへと向けられた。
「そ、そんな、普通のことではないのか?」とヤオは思いつつも、役に立ててよかったとその場をそそくさと後にするのだった。
再び大通りに戻って、緑色の服を着ている者を捜すべく売店を覗き込む。
すると、売店のメイド服猫耳娘が、緑色の服を着た連中と会話を交わしているのが見えた。
談笑していると言って良い。彼女が微笑みかけると、男性達は顔を赤くしたりしながら、勧められるままに、あれもこれもと買い物の品数を増やしている。
すわ、言葉の通じる男か?と思ったのだが、様子が違った。猫耳メイド娘の方が向こうの言葉を喋っているように見える。
ヤオは考える。彼女は何故、緑色の服を着ている者達と言葉をかわすことが出来るのか…。物怖じせずに尋ねてみることにした。そして声をかけてみればその猫耳娘は、昨日ヤオの隣で呑んでいた娘だった。
猫耳娘は「緑の人はみつかったかニャ?」とちょっと皮肉そうに言いつつも、ヤオの問いに親切に答えてくれる。
「これがあるニャ」
彼女が見せてくれたのは、小さな書籍である。
それは、緑色の服を着ている者達(猫耳娘が言うには『ニホン人』というらしい)…彼らの使う言葉の、簡単な日常会話の手引き書であった。アルヌス生活者協同組合編集/カトー・エル・アルテスタン監修/学陰書房出版。その表紙の色から、皆『赤本』と呼んでいる。
「こ、これは買えるのか?」
その赤本の表紙には、金字でこう書かれていた。
『本書は部内専用であるので次の点に注意する。教育訓練の準拠としての目的以外には使用しない。用済み後は確実に焼却する』
「組合員か、組合の従業員として雇われた者なら無料でもらえるニャ。それと語学研修生とか、その使用人も、もらえるニャ。でも、外部の人にあげていいかどうかはわからないニャ。売ることも考えてないから値段が決まってないニャ。残念だけど売ってあげられないニャ」
「何とかしてもらえないだろうか?昨晩話したように、なんとしても緑の人を探し出して、話しをしなければならないのだ。……だが、今朝から何人も声をかけているのに、言葉が全く通じず困っている。伏して頼む」
ここまでくれば、ヤオも必死である。猫耳娘に深々と頭を下げた。
猫耳娘も出来ることなら、ヤオに赤本を渡してやりたかった。だが、彼女も雇われている身の上である。勝手な判断を下すことは出来なかった。
無料で支給されているとは言え、書籍とは本来非常に高価なものなのだ。これを手渡された時、数ヶ月分の俸給がさっ引かれることを覚悟したほどだ。仕事で必要な物…例えば今着ているお仕着せ(メイド服)とか、住み込みの場合家賃、食費、各種の消耗品の費用が、給料から天引きされるのは、この世界では当たり前の事なのである。それが、ここでは違った。
必要な物は大抵支給してくれる。食費は格安(職員割引)。寮も完備。勿論、備品を乱暴に扱って、壊したり破ったりすれば、それ相応の弁償をしなければいけないが、普通に使ってくたびれた分には、給料から天引きされることはないのである。
これは、どこに行っても見られない好待遇であった。まさに革新的と言っていい。雇用条件について書かれた書類を見て「有給休暇って何、それ美味しいのかニャ?」と思わず叫んでしまったほどである。
それだけに彼女たちは、仕事に対して真剣に、そして責任感をもち、信用を失わないように気を配っているのである。気性の荒い傭兵達ですら、自分達が掴んだ幸運を手放さないために、仕事には真剣に取り組んでいるのである。
ここで、下手をして信用を失えば取り返しのつかないことになる。これほどの理想的な職場を紹介してくれた、フォルマル伯爵家の顔に泥を塗ることになるし、彼女たちの一族の信用をも失いかねない。
ヤオ達、ダークエルフが一族の存亡がかかわっているのも解るが、キャットピープル一族の生活もかかっているのだ。彼女たちの故郷は、今や彼女たちの仕送りで、成り立っているのだから。
だから「たかが書籍一冊くらいくれてやる」と言うわけには、いかないのである。
普段ならこのように判断に困る時は、上司…つまり組合の幹部である老人や賢者かエルフに、「どうしたらいいニャ?」と尋ねることになる。
だが、具合が悪いことに今は居ない。だがら、待って貰うしかないのである。なのに、ヤオは「待っている余裕がない。今すぐ」と迫って来た。
「無理だニャ」
「そこを伏して頼む」
「頭をさげられても無理だニャ」
「なんとかして欲しい」
こうして猫耳娘が困っている丁度その時、ドアから警務隊の隊員(警務官)2人が入って来た。一般の陸上自衛官と同じ戦闘服姿だが、右肩に『警務/MP』と書いた黒腕章をしている。
警務官による、定時の巡回である。
「どうや?メイヤちゃん。何か、困ってたりしとらんか?」
気さくな関西弁で、警務官は声をかけた。メイヤこと、猫耳娘もたどたどしい日本語で、特別困ってはいないと答える。
ヤオの依頼に困っていると答えれば、警務隊はヤオを不審人物として調べたり、店どころか街から追い出してしまったりするかもしれない。ヤオがどうしてこのアルヌスに来たかは、聞いていたし同情もしていたから、そう言うことにはならないようにしてあげたかったのだ。
ところが警務官の1人が、ヤオの容姿に視線を巡らせて眉を寄せた。
「ん?こちらのエルフ。報告のあった女じゃないか?」
「ホンマや。カラメル色の肌に、銀髪。エルフ耳の美人で、革鎧。…なんや、鞭でも持たせたくなるような、べっぴんやな。ターバンにマント姿……報告のあったカツアゲ犯の特徴に合致するわなぁ」
「訴え出たのが、素行の悪い奴だから与太話だと思ったけど…ホントにいたんじゃしょうがない。一応話を聞かないとな」
実は、警務隊に被害の申し立てがあったのである。「艶っぽいダークエルフの女に誘われて、ついつい森まで行ったら股間を蹴られ、財布を取られた」と。
『特別地域』自衛隊派遣特別法施行令では、『特地』は自衛隊の施設内という扱いになっているので、警務隊が犯罪捜査、犯人逮捕等の治安維持に携わることになる。
警務官はヤオに「ちっと、話を聞かせて欲しい」と告げた。アルヌスの街の治安に関わる重要な仕事なので、結構熱心に勉強し、片言ぐらい話せるのだ。決して、猫耳メイヤと親しくなりたいとかいう下心からではない…と思う。
言葉が通じるニホン人!?
ヤオとしても嬉しい瞬間であった。しかも話を聞こうとすら言ってくれる。
朝から、いったい何人に声をかけたことか。きちんと話ができる者が居ないことに絶望しかかっていたヤオである。こうして、きちんと会話できる相手が現れたことに、幸運が訪れたような喜びを感じていた。
思わず、涙すら浮かぶ。やったぁと叫びだしたいくらいだった。
「すまんが、ちぃと、ついてきてくれるかぁ?話があるからのぉ」
いいとも、いいとも、話を聞いてくれるなら、どこへでもついていこう。
こうしてヤオは、警務官の求めに素直に任意同行するのであった。カツアゲ事件の参考人として……。
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森の中。
木立の合間に、小さな泉が一つ。その淵に鎮座まします大岩に、1人の老人が座(ざ)していた。
その手にするは魔法の杖。その双眸が見つめるは彼の教え子。
孫娘といっても通じそうな弟子の成長を、老賢者にして魔導師カトーはじっと見計らっていた。
レレイ・ラ・レレーナは泉の畔にあって静かに佇みながら、杖を7分3分の位置で掴み、魔法行使の支度を整えていた。透き通るような女声が意味あるモノフォニーを、滔々と紡ぎ上げていく。
「abru-main!」
喉歌とも呼ばれる独特の1人和声で『起動式』が建てられた。
『現理』の支配する世界を『法理』で開豁して、『虚理』を展開するべく『陣』を敷設。
空気の動きとしての風ではない『何か』。それは『虚理』の担い手たる『偽氣(エィテル)』の揺らめき。魔法の行使者の志操を受けて、沸き立つように蠢く『法理』が彼女の銀髪を静かにそよがせる。
魂魄が、その根源たる『在理』へと触れる。
静寂なる森に、真空が横たわったごとく絶対無音の真静が場を支配した。
レレイのつきだした掌を中心に、小さなプラズマ円が描かれる。その光円は、腕輪のごとくレレイの前腕周囲を浮遊。その円が静かに分裂して2つに、4つへと増えていく。しかも、肘から掌へと数を増やしていくに従って、その円は直径を大きくしていた。
数珠繋ぎとなった光の円は、レレイの指先を越えてさらに三〇個ほどにその数を増やし、メガホンのごとくその径を大きくしながら、やがて彼女の小柄な体躯をもしのぐ大きさへと至った。
「duge-main」
レレイは中空に描かれた連環から、腕を引き抜くと、指を鳴らした。途端…
光の円が、連鎖的に弾けた。
その炸裂は次第に加速、増幅されていく。連鎖爆燃する大きなトランペットから一条の紫光が飛び出す。
その光の矢は、熱の塊そのものであった。それは泉の水面を突き破ると、瞬時にして周囲の水を大量に蒸発させた。これが一瞬にして為されると水蒸気爆発とよばれることになる。
轟音と共に噴水のような大きな水しぶきをまき散らすに至った。
突然の驟雨の如き水を浴びながらも、カトー老師はしばし身じろぎすることが出来なかった。予測を遙かに越えた『効果』に、肝を冷やされてしまった。衝撃も、周囲に立ちこめる高温の蒸気も、そして降り注ぐ冷たい水も、どれもこれも彼の心臓によくなかった。
レレイは空から堕ちてくる水しぶきを浴びながら、静かにいつもの無表情で、老師の講評を待っていた。
「う~む」
カトー師は濡れそぼった髪をたくし上げ、水滴を払いつつ唸る。
「レレイよ、見事すぎて言葉もない。御身が展開した『理』を語るが良い」
レレイは静かに一礼すると、学会発表のごとく語り始めた。
我々リンドン派の魔導師は、戦闘魔法を用いると世に恐れられているが、実のところそれほどたいしたものではない。
魔法を戦闘に用いているが居るが、それは魔法によって干渉された『現理』たる自然現象を、戦闘に応用しているの過ぎない。
「このように」
レレイは拾った小石を浮遊させると、近くの朽木に銃弾のごとく打ち込んだ。
『虚理』は、小石という物質が静止しているという『現理』に干渉した。しかし、このようなことは、石弓や投石機にも出来ること。だから、我々はこの現実を応用と洗練で克服してきた。
レレイは今度は10個ほどの石を浮遊させた。この石を目標の周囲に漂わせ、四方八方の全周囲から襲いかからせて、倒木の幹に無数の穴を穿つ。
この技芸は、一丁の石弓や投石機には不可能な現象。故に、戦闘魔法は人々の畏怖を勝ち得てきたのだ。
だが、観客はそれでいいとしても、タネを知る奇術師の側から見ればどうか?火の魔法は、要するに火を浴びせるだけ。ならば火のついた薪や油を相手に浴びせるのと同じではないか?水の魔法は、結局の所水を浴びせるだけと判ってしまうのだ。
…これらは全て、機械や道具を用いることで再現できることだ。しかも『虚理』の効果範囲は短く、また発揮される力も、より大規模な機械によって軽く凌駕されてしまう。
これまでの規模の小さな戦闘に置いては欠点たり得なかった問題だが、最近の戦場は、激突する戦力が大きくなって、魔導師の重要度は低下する一方なのである。無論、無用の長物と化したわけではない、医療や間接支援において、今なお不可欠な役割を担っている。だがしかし、魔法戦闘の大家リンドン派としてはその現状に甘んずることは許されない。先達が努力を積み上げて来たように、我々もまた研鑽を続けなければならない。
しかし、ジエイタイが用いる『銃』や『砲』のような強力な武器が登場した今、これまでと同様の努力では、時代の変革に対応できないかも知れない。
これは『現理』に干渉する形で『虚理』を行使している限り、かならずつきまとう問題だ。『原理』に働きかける事に関しては、『原理』のほうが最も効率的なのだから。技術の発達に必ず追いつかれ、追い越されることとなる。
ところが、門の向こうの『現理』の探求は、我々の遙か先を行って深く広かった。その『現理』に添った形で魔法を展開すれば、今以上に威力ある魔法に置いて発揮できないか?それがレレイの着眼だった。
例えば、門の向こうに『炎』についての研究があった。
曰く、『炎』とは空中の『焼素』と、物質のもつ『然素』が結合する現象である。それは燃焼と呼ばれる。
曰く、爆発とは、この燃焼が一瞬の時間で為されることである。我々の研究が行き詰まっていたのは、密封した容器が熱されて起こす破裂と、爆轟とを取り違っていたからだ。
「そこで、爆轟を起こすことを試みた」
レレイは、中空に光の球を作り上げた。
「然素は、門の向こうでは酸素と呼ばれる。焼素は、門の向こうで炭素や、水素と呼ばれる物質があてはまる。酸素は大気中に存在する。そこで『虚理』を持って、『然素』を引きはがし、集めることにした。これを力場に封じ、適度な密度を持って中空に浮かび上がらせる。そして『虚理』から解放する。」
指を成らすと、ポンッとその光球は弾けた。
「門の向こうでは、『火薬』と呼ばれる物がある。それがこの光球に相応する」
「うむ、理に適っている。魔法の応用範囲は、これまで以上に広がるな。異界の研究から示唆を受けたとは言え、それを魔導に組み入れ、実際に行使するまでにまとめ上げた功績は博士号にも値しよう」
これまで手の届かなかった爆発という現象を操れるようになったとなれば、魔法の価値はさらに上がることになる。ちょっと考えただけでも、軍事、工業や土木において有用ではないか。カトーはそう論じて場を締めようとした。
「しかし、これは威力がない」
爆轟は、それだけではたいした破壊力がない。大きな音と衝撃、光、そして熱を放って終わりである。より強い効果を得たければ、然素をかき集めればいいのだが、効率的とは言えない…とレレイは説明を続けようとした。ところがカトー老師が手を挙げて制する。
「お客のようだ」と告げて振り返る。
レレイもカトー老師の視線の方向へと目を向けた。するとそこに、自衛隊の警務官の1人が立っていた。
「済みません。ちょっと複雑な話になってきまして、通訳をお願いしたいんですが」
レレイは小さくため息をつくと、カトーに一礼して、呼び出しに来た警務官の元へと進むのだった。
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[1507] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり /正式版 33
Name: とどく=たくさん◆20b68893 E-MAIL ID:5eba37fb
Date: 2008/09/02 20:10
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警務隊の取調室は、誰の趣味なのか、刑事物テレビドラマに出てくるような、いかにも取調室と言いたくなる内装がなされていた。
広さは2坪程度…畳で言うと四畳くらいだ。中央に飾り気に欠けたテーブルがひとつ置かれ、その前後にはパイプ椅子が配置されている。
鉄格子の嵌った窓側は『調べられる側』。出口側は『調べる側』が座る席だ。
出入り口近くの壁際には別の机がおかれて、そこは口述筆記をとる係官が座る。インターフォンや、電話もここに置かれている。
ヤオは、この部屋の『調べられる側』の席に座って、肩を落としていた。流石に涙目とまではなっていないが、身に覚えのない嫌疑に、相当憔悴している様子が見て取れた。
向かいに座る警務官も、単語帳やら、赤本やら、ボロボロになりつつある辞書を並べ、意志疎通を懸命に図ろうとした様子が見受けられた。くしゃくしゃに丸められた調書用紙が屑籠に山になっていて、相当に苦労しているようである。
警務官も最初は、犯罪被疑者を取り調べるように、いかめしい口調と恫喝的な迫力で、取り調べを始めたのである。実際、被害者が奪われたと訴えていた財布を、ヤオが所持していたことも、彼の心象を悪くする一要素となっていたからだ。つまり、普通ならば冤罪事件になるような材料が、見事にそろっていたのである。
ところが、そうはならなかった。
それもこれも、担当した警務官が知ったかぶりをしなかったからである。要するに身の程を知っていたと言うか、自分に語学のセンスがないことをわきまえていたのだ。
言葉が通じないから、互いの意志疎通に嫌でも慎重になる。一語一語を聞き取り、翻訳して、文章に構成する。そして読み上げて本人に間違いないか確認をとる。これらの作業を丁寧にしていくから、「ああ、わかった、わかった。こういうことだな」という感じの、安易な決めつけが起きなかったのである。
こうして悪戦苦闘している内に、事情は何やら込み入っていて、財布を奪ったとか奪われたとか、そういう簡単な話ではないと言うことが判ってきた。
警務官も「ん?」と懐疑的になった。そして、「どうもおかしい。被害者の訴えと全然違う」と考えるようになったのだ。
目の前にいるのは、褐色の肌を持つ美しいエルフ女性。しかも、『襲われる』とか『乱暴される』ことを意味する単語を辞書から探し出すのを見ては、放って置くことが出来るだろうか?もし、暴行を受けたのであれば、心理的なケアも必要になるだろうし。
最初厳めしい態度だった警務官も最後には優しく「うんうん」と頷きながら聞こうとする態度になってしまった。そして、自分では意志疎通不能と判断し「恥ずかしながら、自分では詳しいことがわからん。技官のレレイさんを呼んでくれ」と部下に伝えたのだった。
取調室の電話が鳴ると、警務官は「待っていた」と言わんばかりの態度で受話器を取った。
「はいっ、菊地です。………はい、………はい。3枚ですね。……わかりました。早速にこちらに案内して下さい」
何が3枚なのかは知らないが(←判らない人は、気にしないように)こうしてレレイが案内されて来ることとなったのである。
レレイが入れば、それまで停滞していた事情聴取は瞬く間に片づいていく。
ヤオの供述から、カツアゲ事件は、やはり嘘であったこと判明する。偽りを訴え出た男は、警務官が「ちょっと話がある」と尋ねていくとあっさり白状して、逆に婦女暴行未遂犯として捕らわれることとなった。
ちなみに『特地』での犯罪は、加害者あるいは被害者が日本人の場合と、事件現場が駐屯地施設内、及びアルヌスの街の場合、犯人を東京に送還して裁判に付されることになっている。事件現場が施設外、あるいは被害者・加害者の双方が現地人同士の場合は、ピニャの指定した司法機関、この場合はイタリカのフォルマル伯爵家へと身柄を送検して、現地の法によって裁かれることが協定実務者会議での取り決めだ。今回は、事件が現地人同士の事例であったためイタリカに身柄を送られることとなる。
こうして、ヤオの巻き込まれた事件はあっさりと片が付いたのであるが、ヤオは仕事を終えて立ち去ろうとするレレイを、しがみつくようにして捕まえるとこの機を逃してなるものかとばかりに、『緑の人』に会いたい。会って話をしたい旨をまくし立てた。炎龍に一族が襲われていると告げたのだった。
レレイとしても、炎龍がダークエルフの集落を襲っていると聞いて、無視することは出来なかった。いま、こうして彼女がここにいるのも炎龍にコダ村が襲われたからなのだから。そして、彼女の友人や知り合いの多くが、炎龍によって命を失っていた。
「つまりは、ニホン人に助けて欲しいという希望を伝ればよい?」
「そうだ。見たところ、君は顔があちこちに利くようだ。ならば口添えも頼みたい」
無論レレイに、ヤオの願いを断る理由はなかった。
こうして、ヤオの希望は漸くかなったのである。そして、その直後に彼女は絶望の淵へと叩きつけられることとなった。
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アルヌスの街の食堂。『貴賓席』
そこは、清掃の行き届いたちょっとした喫茶店のような雰囲気で、落ち着いたデザインのテーブルと椅子が整然と並べられていた。そして観葉植物に、絵画。これらの調度品類が上品さを醸している。一般席の雑多な雰囲気とは大違いだった。
夕の食事時にはまだ早いが、1日の研修課業を終えたボーゼスとか、パナシュといった貴族のお嬢様方は、奥まった一番良い位置にあるテーブル席を占領している。
見れば、何冊かの本をテーブルに積み上げそれを取り囲むようにして、何やらヒソヒソと話をしていた。耳を澄ませけば「リサ様から…」とか、「新刊」とか「翻訳作業の分担」といった単語が漏れ聞こえただろう。
「お嬢様。本日の新しい茶葉が入りました。おためし下さい」
彼女らに給仕をするのは、『執事番』と言われるウェイターだ。典雅な振る舞いで、高貴な育ちのお嬢様達にも、怖じけず負けず、堂々と応対していた。
何でも池袋にある、とある特殊な喫茶店で働いていた、と言うふれこみで柳田が連れてきたのである。
日本側から持ち込まれる、お茶やコーヒー等の取り扱いやサービスについてを現地人料理長やウェイトレスに指導すると言うのが建前だが、まだ一般人の立ち入りが禁じられている現状で、それを信じているのは特地側の人々だけであった。自衛官連中は「どう見ても2科(情報担当)だよな?」という意見で一致していた。
「きっと池袋で、研修させられたんだろうなぁ。ご苦労というか、何というか………」と、その労苦をしみじみと思いつつ、幹部自衛官達は口を噤む。
とは言え、堂々たる執事ぶりであった。
「まぁ、美味しいっ!!このお菓子はなぁに?」
「はい、お嬢様。こちらは、ミルフィユ・グラッセでございます。小麦を溶いて薄く焼いた生地に、甘みを抑えたカスタードクリームを塗り重ね、チョコレートで飾りたて、ブランデーの風味を、ほんのりと効かせたものでございます。日本国は青山にございます、高名な菓子職人の手になる、逸品でございます」
「素晴らしいわ。日本という国は、どうして些細な食べ物すら、芸術の域に高めてしまうのかしら」
憶えたての日本語で、令嬢達は賞賛した。日本語を学ぶために来ていることもあって、彼女達はこの場では日本語を使用する。
「そのことを理解できる方に食されて、菓子職人も満足しておりましょう」
ケーキは日本発祥の物ではないんだがと思いつつも、あえてそれには触れず、ウェイターはレベルが高いものを理解できるのは、レベルが高い者だけ…という論理のおべっかで、お嬢様達を持ち上げてみせた。
ちなみに、彼の目はしっかりと情報収集のために働いていた。が、机の上に並べられていた書籍の正体を知って、げんなりとした気分を味わっている。
「腐ってやがる…」という呟きが彼の心境を現している。
ちなみに、彼が着眼点とするEEI(情報主要素/essential element of infomation)は、「彼女たちが何に関心を持ち、どう評価しているか」だが、最近は、報告書をどう書いたものかと悩まされていた。
一方、別のテーブルではヤオが呆然としていた。
その視線は中空に留まり、何物も目に映っていないようである。まるで、スイッチを切ったロボットのような感じで、ただ静止していた。
その向かい席にはレレイの姿があった。何を考えているのか、じっととヤオを観察している。
「おまちどおさま」
食堂の看板娘、デリラが、銀トレーにのせた香茶ポットを運んで来た。
レレイは、日本から運ばれてくるハーブティがお気に入りで愛飲している。今回は、鬱気分に効果のあるセントジョーンズワードを注文していた。別にレレイが鬱気分な訳ではない。ヤオへの配慮である。
だが、お茶が届いたにも関わらずヤオはなんの反応もしなかった。仕方なく、レレイは手を伸ばすとポットからカップへと注ぎ、ヤオの前へと勧める。
「飲んで」
「…………………」
ヤオは表情を動かさずに、手を伸ばすと機械的にカップを口へと運んだ。
待つこと暫し。
やがてカップは空になる。
再度、お茶を注いで、ヤオの前へと勧める。
「飲んで」
「…………………」
ヤオは呆然とした面もちのまま、手を伸ばすと機械的にカップを口へと運ぶという作業を繰り返した。
やがて空となった、カップを置いたヤオは、はたと気付いたように言った。
「なんだか悪夢を見てたような気がしている。妙に現実感がない…そうか、夢だったんだ」
レレイは黙したまま、ヤオへ向けていた視線を降ろした。そうして、淡々と自分のカップを口に運ぶという作業を繰り返した。
ヤオは、そんなレレイを見ているうちに、ポツポツと涙を落とす。
「…………………………………………何か言ってくれないか?」
「夢ではなかった。貴女が聞いた言葉、見た光景、全てが現実」
「ほ、翻訳の間違いとか…」
「それはない」
「………………お願いだ。間違いだと言ってくれ」
「言ったとして、何も変わらない」
「…………………なぜだ。何故、駄目なんだ」
「ハザマ将軍は、既にその説明をされた」
「でも、それって…余りにも、あまりにも…」
炎龍を倒すべく、助けが欲しい。レレイの紹介を受けて狭間陸将と面会が適ったヤオは、真っ直ぐにそう頼み込んだのである。事情も説明し、代償としては部族から預かってきた金剛石の原石も提示した。
だが、狭間の態度は話の当初から重苦しい物だった。地図を拡げ、ヤオの故郷であるシュワルツの森がどの地域にあるのか、確認するに及んで狭間は苦虫を噛みつぶしたような表情で、首を振ったのである。
「遠路はるばるおいで下さったのに、力になれず申し訳ない」
その理由として、狭間はこう言った。「あなたの故郷であるシュワルツの森は、帝国との国境を越えてエルベ藩王国だ。軍が国境を越える意味は、語らずともお判りになりますな?」と。
古今東西、ことわりもなく兵に国境を越えさせる行為は、宣戦布告と同義であった。それはこの異世界においても同じである。また国境を越さなくても、国境近くに大軍を移動させると政治的な緊張を高めることになるのだ。
「た、大軍でなくても良いのです。み、緑の人…たしか10人足らずと聞き及んでいます。その人数なら、軍勢とは言えないはず」
「滅相もない。そのような少数で危険なドラゴンと相対させるなど、部下を死地に追いやるも同然。自分にはそのような命令を下すことは出来ません」
叫ぶように泣くことが出来たら、ヤオもそうしただろう。だが、彼女はそのように泣いたことはなかった。伴侶となるはずだった男性を失った時も、恋人を失ったことを知った時も、今と同様に両手で顔を覆い、ただ声を殺して涙を流したのである。流された涙は、彼女の両の手掌から手首へと伝わり、そのまま肘へと流れ落ちていく。
「くふぅ……」
絞るように漏れた嗚咽。
いつの間にか、まわりのテーブル席を埋めていた自衛隊幹部達も、重々しい空気と痛ましさで黙り込んでいる。
そんな中で語学研修のご令嬢方の楽しげな笑い声が、かすかに聞こえることが、かえって哀れを催すのであった。
「まるでお通夜みたいだねぇ」と厨房に戻ってきたデリラは、料理長に貴賓室の様子を告げた。
料理の下ごしらえに手を動かしていた料理長は、「しょうがねぇさ、あのダークエルフの姐さん、例の炎龍退治をハザマ将軍に頼み込んで断られたってんだから」と返す。
「それって、やっぱりロゥリィの姐御を怒らせたからかなぁ」
「違うだろ?今回はイタミの旦那、からんでねぇもん」
「そう言えば、そうだね。そうすると上のお人達の事情って奴か。どんな事情なんだろうねぇ。折角、隊長さん達が集まってきてるってぇのに。あたいもニホン語の聞き取りをもうちょっと磨かないと駄目だな、こりゃ」
「デリラ。お前さんの陰仕事についちゃあ、俺は煩く言うつもりはない。だが、適当にしておけよ。俺は、今の仕事を失いたくない。何かあったら、真っ先にお前の名前を言うからな」
「わかってる、わかってるって。ヘマはしないよ」
デリラは料理長に向けて両手を合わせると、ドリップの済んだコーヒーをカップに注ぐのであった。
ヤオとレレイ達から少し離れたテーブルには、健軍一等陸佐と加茂一等陸佐、そして用賀二等陸佐と柘植二等陸佐の4人が、注文したコーヒーをデリラ運んでくるのを待っていた。4人の視線はさめざめと泣くヤオへと向けられている。
「用賀…なんとかしてやれんか?」
「無理ですねぇ。何しろ、市ヶ谷(防衛省)のほうから、野党から突っ込まれるようなことはするなと言うお達しが出ていますから」
横で聞いていた、柘植二等陸佐が「ドラゴンの退治が、野党の攻撃材料になるって言うのか?」と言って話に割り込んだ。
用賀は語る。
「実際になりました。防ぎようもなかった損害を理由に、現場の担当指揮官を国会に招致して吊し上げようとしたくらいですから…まして、今度は帝国の外ですからね。ドラゴン退治で越境攻撃しましたっていうのは、ちょっと不味すぎます」
「参考人招致どころか、証人喚問は免れなっちまうってか?」と加茂一等陸佐は肩を竦めた。
「それこそ、内閣不信任決議案の良い口実です。参院がいくら騒ごうが無視を決め込める議席数を衆院で確保してるのに、福下内閣は基本的に弱腰・事なかれですからね」
そこへデリラがコーヒーを運んできた。デリラが、テーブルにコーヒーカップを並べている間、会話は一時中断するが、彼女が立ち去ると今度は加茂一等陸佐が嗤った。
「でも、あの野郎ならなんとかかわせるんじゃねぇか?俺はよぉ、テレビ見てて思わず爆笑したぜ。ま、茶化すような答弁が咎められて、後でしこたま叱られたそうだけど、それだって形だけのことだったしな。国会で言いたい放題言って、注意で済むってのも人徳って言うんかね」
「あれは、あの後の3人娘の方がもっとインパクトがあったからですよ。その援護射撃だって、結局は『伊丹だから』でしょうしね…」
実際、自分達だったらコダ村からの避難民をそのまま連れて来たか怪しいのである。流石に見捨てたりはしなかっただろうが、もっと官僚的に、子ども達を不安がらせるような対応になってしまっただろう。伊丹のように「大丈夫、ま~かせて」という感じでは扱えなかったことだけは間違いない。当然、3人娘達が今みたいな好意的な感情を、自分達に向けてくれるとも思えないのだ。
柘植は、コーヒーを飲み干してから言い放った。
「ドラゴン退治だけじゃない。帝国を叩き潰して、責任者の処罰と被災者への賠償を取り立てるという当初の目的だって、いつの間にか『門』を確保して、再侵攻を防ければよしと言う話にスケールダウンしている。いったい政府は何を考えてるんだ…」
「まぁ、この世界の政治情勢がだいぶ、判ってきましたからね。この世界の覇権国家たる帝国を迂闊に叩き潰して、この大陸を戦国時代にするわけはいかないっていう理由は、解る話です。古代ローマ帝国が、ダキア(現在のルーマニア)を攻め滅ぼしたために、東方からの蛮族侵入を直接防がなければならなくなったという歴史を思い返すべきです」
今、アメリカが滅んだら、頸木を失った中国やロシアはあっと言う間に各地で戦争をおっぱじめるだろう。チベットやウィグル、グルジアを見ても、そう思わないとすれば相当におめでたい頭をしていると言わざるを得ない。
それと同じ事で、帝国がなくなればこの世界でも覇権を巡って列強間の戦争が始まるのだ。日本、そして自衛隊はこの世界に置いて無敵に近いが、それにも限りがある。従って、この世界の平和を維持させる役割を、誰かに負わさなければならない。
健軍は重々しくため息をついた。
「資源の採掘にしろ、商売をするにしろ、平和が一番だからな。そのあたりの欲目が出てきたってことだ」
加茂は、テーブルを、掌で叩いた。
「じゃあ、俺たちは何のために特地まで来たってんだ?『門』を守ってるだけなら、こんな戦力はいらんだろ」
「現在は、帝都で各種の工作が進行中です。『門』を中心とした周辺領土の割譲、賠償金の支払い、そして通商修好条約の締結…これらの条件を提示し、交渉して、帝国がこれを受け容れないという態度を示す場合は、いよいよ帝都に向けて進撃ということになるでしょう。すでに、計画の立案は済んでます。命令が出れば帝都占領は80時間で完了しますよ」
「そりゃ、いったいいつなんだ」
「明日でないことは確かです。ですが来月か、再来月か…いずれにせよ、交渉は始まりますよ」
加茂は「どっちにしても、気の長い話だぜ」と天井を仰ぎ見た。
「現代戦争は、始める前に目標をしっかり見極めて、終わらせ方を決めておく。始めたら一気呵成に事を進めて、あっと言う間に終わらせる。それが要諦でしょ」
柘植は、珈琲を飲み干すとデリラにお代わりを求めつつ「待つのが商売とは言え、因果なことだ」と愚痴った。
「そして、助ける力があるにもかかわらず、それを行使出来ない俺たちの目の前で、エルフの美人が泣いている。たまらないぜ………なあ、用賀。やっぱり何とかしてやれんか?」
「無理だと先ほど申し上げましたが」
「だからさ、出来る限り少ない戦力で、国境を騒がさない程度に…なんとかならんか?」
「最小限ですか?相手は空飛ぶ戦車とすら言えるドラゴンですよ」
「とは言え、所詮は一頭だ…」
「そうだぜ。折角空自が居るんだ。ファントムで殺れないか?」
加茂が身を乗り出した。
「墜ちますかねぇ?」
「墜ちるだろ?」
「相手は第3世代装甲MBT(主力戦車)並の防御力ですよ。20㎜程度じゃ無理ですって。それに、対空ミサイルでMBTを撃破できますか?」
「ううむ…」
「要するに帯に短し、襷に長しなんですよ。ん、例えが変かな?まっいっか。…ATM(対戦車ミサイル)の類は、飛行する目標に当てられない。飛行する目標に当たるAAM(空対空ミサイル)の弾頭では、第3世代級の装甲は貫けない…。3recの奴ら、よくもLAN(110mm個人携帯対戦車弾)を当てられたもんです」
「じゃあ、どうしろって言うんだ?」
「ですから、ドラゴンを墜すなら、こうです」
用賀二佐は、テーブルの上に自衛隊手帳を拡げると、ボールペンで作戦概略図を展開した。
まず、空にいる場合は、ファントムで攻撃。
「さっき、墜とせないっていってたろう…」
「撃破は無理ですが、要するに頭を抑えるんです。そうですね、高度20~50メートルくらいまで、こちらの設定したキルゾーンに追い落としてもらいます。
ドラゴンの高度がそこまで下がったら、今度は特科の出番です。203㎜か155㎜の榴散弾をドラゴンの頭上に、土砂降りのごとくたたき込んでやります。それこそ息を継ぐ間もないほど爆風を叩きつけてやりましょう。空に、爆煙で富士山を描くほどの技をもってすれば、やれないことはないでしょう。
そして、地面に釘付けしたところで、コブラからTOWミサイルのつるべ打ちですね…。可能なら74式戦車を持ってきてAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾/要するに、ぶ太い鉄の矢)をたたき込みたいところです。ま、最後は普通科の隊員に死亡確認をさせる必要があるでしょう。マンガみたいに自己修復機能があって、しかもパワーアップされたら堪りませんからね」
「ちょっ、まてよ…」
言いながら、健軍は必要とする戦力を目算していた。
「火砲は、99式(155㎜自走砲)の発射速度が1分間に6発。だとしたら最低でも10門いや、目標は移動するから、20門は欲しいな。随伴する戦力として最低でも1個中隊。74式戦車4両。空自からファントム2機。コブラ2機。観測ヘリ。整備、給弾車その他エトセトラ。……う~む、少数とはとても言えん」
「だから無理なんです」
用賀2佐の言葉に肩を落とす3人であった。
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ヤオは確かに涙もろいところがある。だが、泣いていても誰も助けてくれないと言うこともまた、よく理解していた。泣いてる時に「どうしたの?」などと言い寄って来る輩に、ロクな奴が居ないと言うことも体験済みだった。
だから、立ち直る。結局の所、自分で起きあがるしかないのだから。
泣いた。充分に悲しんだ。
そうしたら、今度は手巾で涙をコシコシと拭き取り、すっかり冷め切った香茶で喉を潤し、清々したように両手を拡げて大きく伸びをする。これで切り替えを完了である。
ふと、気がつくと通訳をしてくれたレレイはもう居なくなっていた。ウェイトレスのポーパルバニーに尋ねると、「用があるので行く。もし、泊まる場所に困るなら、組合事務所に来るように」という伝言を残していったそうである。決して野宿はしないようにと言っていたと言う。
また襲われることを心配してくれたのだろう。
随分と世話になったのに、礼を言い損なったことにも気付いて、後で言いに行かないと、とヤオは心のメモに書き込んだ。組合事務所の場所も、尋ねて確認しておく。
「さて、問題はどうするべきか…」
故郷の同胞をどうやって救うかである。
まず、緑の人と言われる連中が、このアルヌスに駐屯するニホンという国の軍隊の、一部であったことは確認できた。
帝国と戦争をしているがために、エルベ藩王国の国境を侵すわけには行かないと言う理屈も理解した。
炎龍を倒すことも不可能ではないと言うことも理解した。ただ少人数では危険なだけだ。
もし指揮官のハザマが意地悪や、単なる横着で助けてくれないと言っていたのなら、話は簡単だった。
ハザマをその気にさせるようにすれば良いのだ。金銭に意地汚いようなら、持ってきた金剛石が役に立つだろうし、名誉を求める男なら炎龍を倒すと言うことが、いかな英雄をしても不可能だった難事であり、それを為した者が得る名誉がどれほどのものであるかを語って聞かせればいい。もし、好色な男なら色仕掛けで迫る。ヒト種の女などでは決して味わえない、三〇〇年ものの技巧で骨抜きにしてやったろう。
だが、ハザマはその意味ではもう攻略の対象とは見れなかった。彼がヤオの頼みを断ったのは個人的な事情ではなかったからだ。国としての方針、軍としての事情。こうしたことを優先する理性的な男と関わっては、時間がかかるだけである。
と、なれば…彼の配下の部将を説得するのが良いだろう。このくらいの規模の軍隊になれば金か色、あるいはその両方で離反しても良いと言う部将の1人や2人居るだろうから…。ヤオはそう思いながら、周囲を見渡すのだった。
[1507] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり /正式版 34
Name: とどく=たくさん◆20b68893 E-MAIL ID:5eba37fb
Date: 2008/09/09 20:46
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34
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覇権国家たる『帝国』に名はない。
名前とは、自己と他者とを区別をするためにのみ必要とされる。帝号とは、諸民族・部族を束ね、列国王中の王として君臨する者のみが許される。国力に置いて無双。軍事力に置いて無敵。並び立つ他者の存在し得ない唯一無二の帝国なのだから、名など必要なしという傲慢な思想がそこにあった。
氷雪山から碧海へと注ぐロー川の畔。海から内陸に徒歩で2日行程ほどのところに、帝都はある。
海運のための船は、流れの穏やかなロー川をつたって碧海へと往来する。
また陸運の隊商は、帝都から四方へと広がって大陸中に網の目を拡げる街道網を通って帝国内外、周辺各国との自由な交易を営んでいた。帝都は、政商両分野にまたがる帝国の中枢なのである。
皇宮は、帝都5つの丘のうち最も東寄りの丘サデラ中腹一面に広がっていた。その東、南、西と全ての麓は、美しい白亜の宮殿と館が並び、それよりも広い森と林によって間隙が埋められている。白と屋根を飾る鮮やかな紺碧。そして美しい濃緑。それが皇宮を支配する色調であった。
その南宮にはゾルザル・エル・カエサルの居館がある。彼は皇帝の第一子であり、皇女ピニャ・コ・ラーダから見ると腹違いの兄にあたる。
男は、紗の天蓋に覆われた寝台に、たおやかな肢体を持つ白い女性を組み伏せ、背後から小枝のような首を締め上げると、その苦痛と快楽に歪む表情、その喉からこぼれる嗚咽と嬌声の渾然となった様を楽しむという、倒錯した悦楽に浸っていた。
「で、殿下。お許し…を…」
「ふんっ。ボーパルバニーの族長がその程度か?ん、もっと、良い声で啼け。啼けっ!」
だが、程なくして小刻みに痙攣しながら気を失ってしまった兎女に対して、ゾルザルは「ふんっ」とその臀部を叩くと、用が済んだとばかりに寝台から放り出した。
白い肌の女性は、ゴロンと壊れた人形のように転げ落ち、わずかに身を震わせる。
その女性の髪は処女雪にも似た白。また、頭部には二つの白い毛に覆われた兎耳が伸びていた。その白い肌は無数のアザと、打撲傷、噛み傷といった度重なる暴力の痕跡で覆われていた。
「この程度で気を失っていては、我を満足させることは出来んぞ」
「お許しを………」
女は、小さく震えるような声をあげた。紅い瞳をまっすぐに向けて、健気にも冷たい石の床から身を剥がすようにして起きあがり、寝台に戻ろうとしている。
「精々勤めることだ。同胞の運命は、おまえがどれだけ頑張るかにかかっているのだからな」
「なにとぞ殿下のお慈悲を持って、我が同胞にお情けを……」
「ふんっ…もういい。今日は去ねっ!」
ゾルザルは、それに応えてやらずその逞しい背を向けた。隆起した筋肉に覆われたその身体に、召使い達が群がっては衣を着せていく。
ポーパルバニーの女は、悲鳴を上げる身体にむち打つようにして、裸身を起こすと手近なシーツで身を隠すようにして、よろよろと壁に手を突きながら、男の部屋を後にするのだった。
それを見送った男は舌打ちすると「いい加減、あの玩具にも飽きてきたな」と呟いた。そろそろ捨て時期かも知れない、と。
するとその独り言に応える声があった。
「殿下。いかにお遊びとは言え、汚らわしい獣人の牝をお使いになるのは、あまり良いご趣味とは言えませんぞ」
内務相のマルクス伯爵であった。
「なぁに、我は開明的な男だから種族の違いで差別したりはせんのだ。あの兎女、見てくれと身体の味だけなら最高だぞ」
「とは申しましても、孕んだり致しますと何かと面倒なことに…」
「そりゃあいい。あれでもポーパルバニーの族長だぞ。我の子があの者らの王となるわけだ」
「彼の者が治める国など、とうの昔に滅ぼしたではありませぬか?」
「しぃっ、静かに…。テューレの耳は大きいからな。まだ聞こえるかも知れん」
マルクス伯爵は、頭(かぶり)を振った。
国と一族を守るために自らを差し出して3年もの日々を耐えて来たのに、とっくの昔に滅ぼされ親兄弟も同胞も死に絶え、わずかに生き残った者も、各地に散って塗炭の生活に喘いでいると知ったらどんな思いをするだろうか。
しかも、わずかな生き残り達は、彼女が自分達を売ったという偽りを信じ込み、泥をすすりながらも復讐を果たすと誓っていると言う。いくら獣人とは言え、酷(むご)い話である。そこまで残酷になれるゾルザルという男が次代の皇帝になったらどのような政(まつりごと)をするかと思うと背筋が寒くなる。
「ところでマルクス伯。今日は何をしに来た。覗きか?それとも、年甲斐もなくテューレが欲しくなったか?よかったら譲るぞ。少々汚しはしたが、洗えば綺麗になる」
ゾルザルの身支度が終わって、召使い達はいそいそと下がっていく。後には、ゾルザルとマルクス伯の2人が残された。
「実は報告いたしたきことがございます」
「なんだ。言ってみろ」
「元老院議員達に不穏な動きが見られます」
「不穏だと?」
「はい、殿下。夜会などの催しに隠れ、秘密の会合をもっている様子です。当初はごく少数の集まりでしたが、このところ人数が目立って増えております」
「ふん。どうせ、弟の策謀であろう?懐古主義の元老院議員達と語らって、帝位の継承順位を歪めようとするとは、ディアボの奴、いよいよ手段を選ばなくなってきたようだな」
「いいえ。どうもそれとは異なる様子なのです。議員達が密会しているのは、不法にもアルヌスを占拠している者共のようです」
「なんだ」ゾルザルは、どうでもよいこととばかりに手を振った。「敵国の使節か…。戦時下と言っても、使節の往来は当然のことだろう。敵国の者が和平や降伏の条件を詰めるために帝国の者と会ったり交渉したりすることを咎めては、外交も戦争も出来ないではないか?」
「しかし、どうやら議員達の多くは買収されつつある様子です」
「なんだと?」
「これまで、出征した者全員が戦死したと思われておりましたが、どうやら捕虜となって生き永らえている者も少なくない様子。今回集まっている議員達は、それらの身柄と引き替えに何某かの譲歩を迫られているに違いありません」
「なんてことだ」ゾルザルは、忌々しげに掌を拳で打った。「帝国の議員達が、そのような脅しに屈するほど、愚かだとは思いたくないが」
「肉親の情に付け入るとは、敵も卑怯な真似を致します」
「仕方あるまい。肉親を人質とされては冷静な判断もできんのだろう。よし、わかった。今から行って、敵国の使節にそのような卑怯な真似は止めろと忠告してやろう。元老院議員達も、それで目を醒ましてくれるはずだ」
「殿下が参られますれば、きっとそのようになりましょう」
「だが、マルクス伯。このような大事な話を何故父ではなく、我に言うのだ?」
「畏れ多いことですが、皇帝陛下の耳に入りますと、事を荒立てることとなりましょう。それは帝国にとっては決してよいこととはなりません。また、次代の皇帝陛下にとっても…」
「そうだな。元老院と帝室の対立がこれ以上深まるのも避けたい。下手をするとディアボの奴を利することにもなりかねん。そう言うことなら、内々で事を済ませねばならん。で、その集まりの開かれる場所だが、どこだ?」
マルクスは会合の開かれている場所を伝えた。
「そんなところか?」
ゾルザルは、眉を寄せつつも部屋の外にいた、取り巻きの若い青年貴族達に「いくぞっ!」と声をかけた。
その背中を見送ったマルクス伯は、忌々しげに「馬鹿が。精々、派手にかき回してくるが良い」と鼻を鳴らしたのだった。
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それは、ガーデンパーティーとか、園遊会とか、そんな言葉が似合いそうな催しだった。キャンプとかバーベキューの規模を大きくしたものをイメージすると良い。帝都郊外に、何組もの家族が招かれて和気藹々とした一時を楽しんでいた。
その森と見間違うほどの広さを持つ庭園には、丘あり、森ありで、さらには林があって池もあるという様子。一面に芝生を敷き詰めたら18ホール分のゴルフ場になりそうな広さを有していた。
庭園の一隅には白布の天幕が張られ、その下では、露火で肉や魚を料理人達が焼いていた。帝国では、まだ珍しい香辛料がふんだんに使われていて、香りを嗅いだだけでも唾が溢れ出そうである。
我慢しきれなくなったメイド服の少女が、ちょっと味見とばかりに口に運んで、取締の老メイドに叱られたりする。
少し離れたところには管弦の楽器を操る楽士達が集められ、耳に煩くない程度に、だけど会場の雰囲気を明るく盛り上げる陽気な演奏をしていた。
スープやシチューが煮込まれている鍋からは、美味そうな香草の香りが漂っている。さらにその傍らには各地の果物が籠に山積みとなっていた。
これらで空腹を満たしたなら、次は甘いデザートが待っている。
それは、この地ではまだ誰も食べたことのない変わった氷菓であった。ここでも氷を砕いたり、雪に果汁や蜂蜜をかけたものを楽しむことはある。だが、今回振る舞われたのは『アイスクリーム』と呼ばれる乳製品であった。
これがバケツ数杯分も持ち込まれ、最初はその珍しさから、そして2つ目からはその美味しさで、みんな群がった。
「冷たいものを食べ過ぎると、お腹を壊しますよ」
籐椅子で日光浴としゃれ込みながら、軽い午睡を楽しもうという貴族のご婦人が、子ども達に警告する。とは言っても、自分達が片手にアイスクリームを持っていては説得力に欠けると言うものだ。だから、子ども達は「は~い」と返事しながらも、アイスクリーム係のメイドに際限なくお代わりを強請っていた。
3度も4度もお代わりしてくる子どもに、メイドもアイスクリームの盛りを手加減するのだが、その子どもは「ケチケチするなよな」と、悪態を放った。
だが、メイドが「お母様に、言いつけますよ」と冷静に言いかえすと、途端に態度を変えて「頼むよ。な」と、手を合わせたりする。悪ガキというのは、どこにいっても変わらないものなのかも知れない。
用意されたアトラクションは食べ物ばかりではなかった。
傍らには、弓の的当てを楽しめる場所が用意されている。
娘の背中に、突き出た腹違い押しつけるようにして中年貴族が狙いの付け方を手ほどきしていた。そのくせ、矢は的を大きく外して、父親の権威失墜といった感じで、みんなから笑われている。
風船や、円盤投げ、ボール投げなどを楽しめる遊具も多く、子ども達はそれらを用いた遊びを考え出し、はしゃぎ回っていた。そしてその様子を楽しそうに眺めている母親達。
小さな池は、生け簀代わりなのか鯉や鮒がつかみ取り出来そうなほどに泳がされていて、釣好きな者は、早速釣り糸を垂らす。釣れた魚をその場で焼いて料理するという趣向のようで、これもまた趣味人にとっては楽しい催しと言えた。
そんな様子を見渡しながら、ピニャは籠に積まれた果物をひとつ摘むと、サクッと囓った。
「スガワラ殿。一家一族丸ごと招待するとは、なかなか味のある催しを主宰されたな。妾もこういった趣向は大変に好ましく思う。騎士団の宴も、今後はこのような形で行おうかな…」
「そうですか?ありがとうございます。でも、メイド長に来てもらえたのはホント助かりました。楽士を雇うにしても、こちらのことがよくわからなくて…」
「いや、此度はフォルマル伯爵家から言い出してくれてな。今後も、このような催しをする際は、全面的な協力を約束してくれているのでアテにできるだろう。イタリカは今非常に景気がよく、伯爵家の財政状況も好転しているという報告が来ている。それもそなた等との交易のお陰だということを伯爵家は理解しているのだ」
「しかし、あの家から来たにしてはヒト種のメイドさんばかり居ますね」
菅原もイタリカのフォルマル伯爵家には、挨拶や会議などで何度か足を運んでいる。そこで猫耳、ウサ耳といった様々な種族の女性と出会い、この特地が異世界であることを実感したものなのだが、今回老メイド長が帝都に連れてきたのはヒト種のメイドだけ。
「帝都ではな…」
ピニャの濁した語尾に、菅原はある種の差別観が存在していることを感じ取った。
あちこち有力貴族のパーティーに参加しまくって、いくつもの邸宅を訪問して、そこにヒト種のメイドしかいないことにも違和感があったので、もしかするとフォルマル伯爵家が特別でなのかも知れないと思っていたのである。先代の当主というのはよっぽと開明的な人物だったのだろう。
ピニャと菅原は、2人列んで会場となった庭園を歩きまわり、招待客達が退屈していないか、何か問題はないかと見回っていた。
時折、客達に声をかけて挨拶をし、また挨拶を受ける。
めざとく目を配って、個性的で光るところのあるキャラクターを見つけたら、「あれは誰だ?」と名前やどこの家の者かを確かめて、記憶しておくことも必要な作業だ。ピニャが目を向けたのは、料理人達に香辛料の近い方を指導しているニホン人らしき男だった。
「スガワラ殿。あの男は?」
「ああ。彼は、伊丹の部下で古田と言います。元一流料亭の料理人という変わった経歴を持つそうですよ」
「なるほど、それでこの味か」
ただ香辛料をまぶしただけでは、出すことの難しい繊細な味付けである。フルタという名前を、ピニャは脳内のメモにしっかりと書き留めて置くことにした。
「殿下、お久しぶりです」
「おおっ、ドゥエン殿。ご壮健か?」
「はい。家族もみな元気です」
頼まれれば人を紹介し、引き合わせると言うこともする。
「スガワラ殿。こちらは、マーレ家の三男でらっしゃる。兄上の名が、先日お渡ししたリストに載っているはずだ」
このようにしてピニャは、菅原を何人もの貴族に紹介した。ここに来ている客達の殆どは、すでに菅原を見知っている者ばかりだが、中には親戚という類縁の立場で招かれた客も居た。例えば、婦人や女子だが、そんな彼女らの菅原への認識は、恐ろしい敵国の使者ではなく、珍しくて素晴らしい物産をふんだんに持ち込んで来てくれた国の使者でしかないのだ。
中には紹介された途端、菅原の腕を抱きかかえて、発展途上の胸を押しつけながら、お強請りを敢行する娘っ子も出てきたりする。
「スガワラ様。従姉妹が私に真珠の首飾りを見せびらかすので、とても悔しい思いをしているのです。なんとかしていただけませんか?」
余りの不躾さに、さすがに親も見逃せずに叱っていた。
菅原も、相手が11~12才の娘では役得と喜ぶわけにもいかないし邪険に振り払うわけにもいかずと困っている様子だった。が、こんなことを見咎めているようでは外交など出来ないのである。子どもの振る舞いが、妙なところで突破口になったりするからだ。
ピニャは、娘を叱る親を見て「テュエリ家の者だが、同時にカーゼル侯爵の類縁のでもある」と素早く囁いた。
帝国政界にあって元老院派の領袖とも言えるカーゼル侯爵とのパイプは、ニホン政府としても是が非でもとり付けておきたいはず、と気を利かせたのである。勿論、菅原も素早く反応した。
娘を叱る両親に「そのように叱らないで、あげてください」と声をかけ、無礼を詫びる両親に対して、寛容な様を見せた。
そして、娘のシェリーという名をきちんと憶えて置き、後で真珠の首飾りを贈ることにする。そうすればこれが縁になって、紹介を求めることが出来るだろう。
外務省の担当者達が柳田にからかわれつつも、「贈り物は自分達の武器弾薬」と言い放ったのもこうした理由からだ。個人的な役得と、国益との境目がはっきりしないので、煩く言われたり、時にマスコミから叩かれることもあるが、外交も戦いだと考えるならば、この手の武器弾薬をケチっては、かえって国益を損ねると言うことを、我々は知っておく必要があるだろう。
実際、後になって菅原からビロード小箱入りのネックレスを贈られたシェリーは子どもっぽい無邪気さで、親や従姉妹達に自慢し見せびらかして回った。
勿論、これほどの物を貰っておいて何も返さないのは帝国でも礼儀知らずと言われる。早速、『お礼』と称したやりとりから行き来が始まり、カーゼル侯爵への繋がりとなっていくのである。
余談だが、これをきっかけに三十路近い菅原が11才のシェリーに好意を抱かれてしまう。しかも計算高い親がそれを熱心に応援する、と言う、ちょっと困った事態になったりするのである。
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ピニャは、菅原がシェリーにまとわりつかれて慌てている姿を苦笑して見守りながらも、視線だけは周囲へと廻らせていた。
こうしている間も、客達の動向をしっかりと見ていなければならない。
ホスト役(注:ホストクラブの、ホストではない。)とは、楽しめる立場ではないのである。強いて言うなら、客達が楽しむことが、自分の楽しみと感じられなければやっていられない仕事と言える。
それでも、今回はマシなほうだった。というのは、男女間の面倒くさい橋渡しをしないで済むからだ。
と言うのは、こうした宴席は年若い男女にとって出会いのチャンスと見なされていたからだ。
年若い青年貴族達は、年若い女性を目聡く見つけては声をかけたりするのが普通である。その際、紹介や介添えを必要とするのだが、多くの場合その役務は接待役にまわってくるのだ。そして彼女は年若い男女が屯する騎士団の主宰者だ。その手の集まりでホスト役などしたら、食べ物一つ、飲み物一杯も口に運べないことに成りかねないのである。
ところが今回は皆、家族や親戚連れ、社交界にデビュー前の子ども連れ。
自分の父親や母親の居る前では、それほど奔放なことも出来ない。どうしてもと真剣に思うなら家族ぐるみで紹介をうけることとなり、そうなれば『遊び』では済まなくなってしまう。
そんなこともあって、客達は皆家族単位で楽しむか、男女のグループに別れてそれぞれに楽しむかのどちらかだったのである。
ご婦人達は、菅原と縁のあった者だけが手に入れることが出来る、煌びやかな織物や染め物で仕立てられたドレスと、真珠などの宝石で我が身を飾りたてて華を競った。
材料たる生地が同じグレードの場合でも、デザイン、縫製といった点で競う余地があって、このあたりが彼女たちの優越感と嫉妬心をかき立てる。また、貰った小物、装身具の微妙な優劣も、彼女たちの心をチクチクと刺激して、スガワラや、その他未登場のニホン人外交官達と仲良くしたいと思わせる理由となった。
こうしたご婦人方に取り囲まれているのは、栗林と黒川だ。
栗林達は、婦人自衛官の制服で身を固めていて非常によく目立つ。ただ、ピニャ配下の騎士団の制服に似たところもあって、招待客達からは2人は女性軍人として受け容れられているようだった。
どういう話の流れから、そんなことになったのか、栗林は相棒に富田を選んでご婦人相手に護身術の講義をしていた。
「腕を掴まれましたら。手首を曲げて、このようにします」
とか言いながら長身の富田が、小柄な栗林に『呼吸投げ』を喰らって吹っ飛んでいく姿は、女性達にとってとても爽快なものである。拍手で絶賛されていた。
ちなみに見た目が精悍で、野性的でありながら清潔な雰囲気の富田は、ちょっと年齢のいったご婦人たちに人気である。
黒川の方は、化粧用品の使い方についての日本の技を披露してご婦人達から憧れの眼差しを浴びていた。黒川は看護士としてメイクアップ・セラピーを学んだことがあり、このあたりはお手の物である。
メイクアップセラピーとは、長い療養生活で、気持ちの沈みがちな患者や、高齢のご婦人に、化粧を施すことで張りをもたせ、情緒を明るくする。気持ちが明るくなると病気の治りも良い、という効果を求めた専門的な技術である。
「目元がくっきりとしている方の場合は、アイシャドウを濃くしますとクドくなってしまい、全体の塗りもきつくしなければならなくなります。それよりは、薄目にして明るくすっきりと仕上げるのがよいでしょう。眉のラインは慎重に。わずかな変化で印象ががらっと変わりますわ」
選び出された妙齢の婦人の顔が、黒川の手によって見事に仕上がって大変身。10才若返るとかそういう効果は無いけれど、その年齢相応にして可愛く、あるい美しさを引き立てるという効果に、女性達は感嘆の声をあげた。
「イタミ殿の部下は、素晴らしい人材がそろっているな」
ピニャが誉める。菅原も、運が良かったと漏らした。第三偵察隊はつい先日到着したばかりなのだ。言葉が使える者の多い偵察各隊は最近、便利使いされている。入れ替わりでアルヌスに帰っていた第1偵察隊の面々は、ちょっとウンザリした様子だった。
「前の者らは無骨なばかりで、いささか面白みに欠けていたな」
「やはり隊長の性格ですよ。いや、伊丹さんを普通だと思われても困るんですけどね。彼の方が極めて特殊です」
「わかっている」
流石にピニャも菅原を始めとして何人ものニホン人と関わって、その生真面目な気質が理解できるようになっていた。それに対して、伊丹はある意味でルーズと言うか、余裕があるというか、抜けているというか…とにかく特殊なのである。そして、その特殊さに救われたとも感じていた。
何しろ、普通の男だったら、袋だたきにされたなら恨みをはらすことを考えると思うからだ。なのに伊丹は、ピニャに苦手意識こそ抱いているようだけど、彼女にとって不利益になるようなことを、一切して来ない。これは希有なことである。
伊丹の立場なら、非常に簡単…例えば梨紗との連絡役を引き受けないと言うだけで、復讐は充分に果たすことができるのだ。
芸術を渇望するピニャにとって、その糧道を断たれることは、最早精神的な破滅と同義である。それを避けるためには、自国内に芸術家を育てることが必要となるが、まだその第一歩たる語学研修が始まったばかり。今は何としても、伊丹の好意を確実に繋ぎ止めて置かなくてはならないのである。
ピニャは、もう、その為にはなんでもしちゃう覚悟が完了していた。
対伊丹用突撃隊員を、騎士団の中から選抜し研修生としてアルヌスに送り込んでいるくらいなのだ。まだ活動させていないがピニャが命じれば、彼女は動き出す。選び出された少女からすれば、何とも悲劇的な話だが、ピニャはもう芸術の為なら、横紙破りだろうと、ごり押しだろうと、あくどいことでも平気で手を染めるだろう。
その覚悟を再確認したピニャはウンと頷くと、「そのイタミ殿は、どちらにおられるのだろう?」と菅原に尋ねた。伊丹のご機嫌伺いをせねばならない。
菅原は、「あちらですよ」メインとなる広場から、ちょっと歩くと土嚢を積み上げて壁とした、子ども立ち入り禁止のエリアを指さした。
そこでは、招待されたメインの客…つまり元老院議員や次代の議員たる若い男性達が『銃』の威力を体験する射的場が置かれていた。ニホンが有する武器の恐ろしさを身に染みて貰う。それが今回の園遊会を開いた、最大の目的である。
銃を暴発させても弾が変なところへと飛んでいかないように、土嚢を積み上げた壁の間に『的(まと)』を置く。『的』はその辺で安売りしている素焼きの壺とかを一山幾らで買ってきたり、的当て用の標的を置いたりした。
その後ろは、土を積み上げた土提が壁となっている。これらは、伊丹達が来る前に準備していた第1偵察隊員の作業の成果であった。
射座についた元老院議員達は、第3偵察隊の自衛官達の指導の元、50メートルほど離れたこれらの標的に向けて、心ゆくまで銃弾をばらまいていた。
20名ほどの議員達は、それぞれに交代しながら銃を試した。
2つある射座のひとつに立ったキケロ卿も、指導されたとおりに銃を構え、狙いをつけ、引き金を引いた途端の発射音と肩を突き飛ばすような反動に目を白黒させた。
「銃の威力はどうだ?キケロ卿」とピニャは声をかけたかったが、それを自分から尋ねては、それだけでニホン国側に立って威圧しているように思われてしまう。だから黙って見ていることにした。彼らが何を体験して、どう思うかは充分にわかっているのだから。
一発だけの発射なら、驚いただけで済む。
二発から、その脅威を味わうことになる。
三発で、凄さが身に染みて、四発を過ぎた頃には、銃が欲しくて堪らなくなる。
そして、一〇発を越えると、これを無数に装備する敵と戦争をするということの意味を知るのだ。
まして、ミニミ(機関銃)の展示射撃(見せるだけ。触らせてくれない)で、並べられた壺の数々が瞬く間に粉砕されるのを見れば、門を越えて攻め入った帝国軍がどうして敗亡したのか。アルヌスの丘に攻め入った連合諸王国軍がどうして全滅したのかが、はっきりと理解できてしまう。
一度は、尋ねることになる。
「これらは、どうやって作るのか?」
当然、教えてもらえない。教えられたとしても理解することは出来ないだろう。
判るのは、『銃』というこの武器が、精巧に作られた無数の部品の集合体であることだけだ。この武器は、彼らが菅原から贈られたような、精緻な工芸品を作り上げる技術力の結集なのである。
次にする質問は、「どうやったら売ってくれるか?」である。
だがこれもよい返事はない。あるはずがない。戦争をしている相手に、自分の武器を売る馬鹿は居ないからである。それは元老院議員達もわかっていた。もし、売ってくれると言われたら、詐欺か何らかの謀略を疑うだろう。
盗んで持ち去ろうにも、2丁とも鎖で机に繋がれている。しかも一丁に1人の見張りが付いている。
弾の込め方から狙いの付け方、そして引き金の引き方まで、懇切丁寧に教えてくれた彼らだが、そう思ってみれば全員が油断のならない見張りであった。
では「この連中を買収して」と思っても……その言動、立ち居振る舞いから見れば、おそらく無理だろう。「悪い冗談を…」と言われてお終いだ。
キケロは、目前の自衛官に銃を返すと、親切に扱い方を指導してくれたことへの礼を述べて射座を後にした。
ここで、さらに議員連中の心胆を寒からしめるイベントが披露された。
「ええ~これから、81㎜迫撃砲の展示射撃を致しますので、みなさんこちらに集まってください」
伊丹の誘導に導かれて、議員達は射撃場を出た。
すると少し離れたところに、斜めに立てた丸太を二本の脚で支えているような物体が置かれていた。丸太と思えたものはどうやら金属製の筒のようであった。その筒先が向けられているのは、切り開かれた前方の平地である。
前に出てよく見てみようとする者もいたが、「危ないですから、近づかないでください」という伊丹の声で、議員達は肩を竦めて立ち止まった。
見ると、迫撃砲に1人の指揮官の元、3人の隊員が取り付いて、きびきびとそれぞれの役割を果たしている。
1人が照準器を装着して、ヘアーラインと紅白の標管が一致しているかを見る。
砲弾に信管を取り付け、発射のための火薬を取り付ける。
そして砲口の傍らに立った者が、砲弾をしっかりと両手で受けとると、砲口に半分ほど差し込んだ。
「半装填よしっ!!」
指揮官は「5、4、3、2!」と指折り数える。
「発射!」「1!」の二つの声が重なった。
砲口に差し込んだ砲弾から手を離す。この時、同時に頭を地面近くまで下げて爆風やその他の事故を避ける。
すると砲弾は重力に引かれて迫撃砲の筒を落下していく。
砲弾の尾部には発射のため火薬がとりつけられている。この『装薬』の量を調整することで砲弾を届かせる距離を変えることが出来るのであるが、これが砲の中で突き出ている撃針にぶつかると小爆発を起こす。この時のカウントが丁度「ゼロ」だ。
その衝撃と爆風により、砲弾が発射されるという仕組みだ。
まず、砲口から爆炎が吹き出し、それを追いかけるようにして弾が飛び出していく。妙に思われるかもしれないが、迫撃砲は砲弾の直径と砲の内径にわずかな隙間があって、そこから漏れだした爆風が先に飛び出るので、そう見えるのだ。
見ていた観客は、銃などをはるかに越える発射音に驚いた。そして…
「弾ちゃ~く…今」
すると目標とされていた場所に噴煙が上がり、それに遅れて腹の底に響くような爆音が届いた。視覚効果を重視して遅延信管をつけたため砲弾は地面にめり込んでから爆発する。そのために、土砂の吹き上がった爆発は映画の特撮シーンのような迫力だ。
迫撃砲の射撃は続いている。
重榴弾が大地を掘り返し、爆音は雷鳴のごとく轟く。その数、十数発。
これを見た議員達は、帝国の騎馬隊や、重装歩兵が粉砕される幻影を見た。城塞都市や、宿営地が、この爆炎で圧し包まれる幻影を見た。
「す、済まぬが教えて貰いたい…これはどのくらい先まで届くのだ?」
問いかけてくる議員に、伊丹は「う~ん、こちらの単位で3リーグちょっと(1リーグ≒1.6㎞)といったところですかねぇ」とざっくばらんに暗算した上で、少し控えめに答えた。武器の性能の全てを正直に答える必要はないからである。
「さ、3リーグだと?」
この特地の概念では、戦場とはそんなに広いものではないのだ。
「もう一つ尋ねたい。銃という武器はどの程度もっているのか?」
「詳しくは申せませんが、1人につき一丁持っていると考えてください」
「ぜ、全員がか?」
議員達はようやく一つの結論に達した。いや、もう既に気がついていた。ただ認めることが出来なかっただけだ。
「戦えば、負ける」
身に染みて理解したのである。帝国の兵、帝国の武器、帝国の戦術では、どれほどの量を用意しようともニホンに勝てるわけがないのだ、と。
いったいどこの馬鹿だ。こんな相手に戦争を仕掛けようなどと言ったのは…。などと恨みがましく思いつつ、重苦しさを感じさせる表情で議員達は互いの表情を窺った。皆、苦々しい顔をしていた。誰もが、同じ結論に達したのだろう。
見れば、ピニャとスガワラの2人が、並び立って自分達を見ている。
議員達は理解をする。
何故ピニャが、ここまで熱心に講和交渉の仲介を行うのか。確かに捕虜のこともあったのだろうが…彼女は、このまま戦えば帝国が負けると言うことを、自分達よりも早く知っていたのだ。
対するに自分達の周りにいるのは、敵の脅威を知らず無邪気に遊んでいる女や子ども。自分達を除く、その他大勢の貴族達。その危機感に欠けた姿には、腹立ちを覚えるほどであった。おそらく今日までの自分達も、ピニャの目にはあれらと同じように見えていたに違いない。
互いに視線を混じり合わせたデュシー侯爵とキケロは、並び立って前へと出た。
キケロは、ため息まじりに尋ねる。
「スガワラ殿。ニホンが、講和を求める理由は何であろうか?戦えば勝てると決まっているのに…」
「我が国が求めているのは平和だからです」
デュシー侯爵は地位にふさわしく重厚感のある口調で、語る。
「平和か…なるほど、耳心地のよい言葉だが、その単語は実に多くの意味を含んでいるな。勝って与える平和と、負けてほどこされる平和。真逆の意味があることを、儂は今はっきりと理解した。儂は今まで勝って与える平和しか知らなんだ…」
「ですが侯爵閣下。帝都の門前までニホン軍が押し寄せてくるまで、待っているわけには参りますまい」
キケロの言葉に侯爵は頷いた。
「そうだな、講和交渉が必要だろう。だが、ニホンとしても、和平にどのような条件をつけられるおつもりだろうか?まず、それを確かめておきたい」
菅原は首肯すると、冷厳に基本となる条件を突きつけた。
1.帝国は戦争責任を認め謝罪し、責任者を処罰すること。
2.帝国はこの戦争によってニホン側が被った被害について、賠償をすること。その額、スワニ貨幣で5億枚とする。
3.『門』のあるアルヌスを中心に、半径100リーグの円を描く範囲を、日本国に割譲する。さらに新規に引かれた国境から10リーグは、双方ともに兵を配置しないこと。
4.通商条約の締結。
「ご、ご、5億スワニー?」
「そもそも、全世界のスワニ金貨を集めてもそん枚数にはならんぞっ!」
「責任者の処罰、領土の割譲に加えて、なんと無茶な要求か」
「そうだ。我らが帝国を亡ぼすつもりかっ!!」
議員達の驚いた様に、慌てて菅原は説明を付け加えた。
「別に、一時に全額を支払う必要はありません。それに、土地や鉱物等の採掘権などで替えてもよいという訓令を受けています」
「そ、それにしてもだ。無茶が過ぎないか?」
「ふ、不可能だ。この条件では他の議員達を説き伏せるのは絶対に不可能だ」
「そ、それで平和を望むなど、どの口から言えるのか…」
ピニャも、日本国政府が突きつけた和平の条件に、身をガクガクと震わせていた。
まさか自分が仲介した和平交渉で帝国に死刑宣告にも等しい要求が突きつけられるとは思ってもみなかったからである。菅原が、支払いは分割でも良いし、地下資源等の採掘権に代えてもいいよと言ったことなど、右耳から左耳へと通り過ぎてしまった。
これまでで、比較的良好な関係を築けていると思えた、日本国の外交官 菅原が、ピニャの目には何か巨大な化け物に変貌したように見えた。力が抜けてしまい、立っていることも出来ずへなへなと座り込む。絶望感に打ちひしがれつつも、ピニャは声を絞るようにして言った。
「す、スガワラ殿。そ、それでは…む、無条件降伏と変わらないのではないか?と言うより、さっさと殺せ?」
「やっぱり、5億スワニーはインパクトが有りすぎましたか…」
菅原はどうしたものかと思いつつも、告げる。
「単純に含有している金の価値を、我が国の相場と当てはめて換算しただけなんですがね。それでも我が日本国の年間一般会計予算をちょっと越える程度でしかないんですよ…」
議員達は、へなへなと座り込んだ。
大陸全ての金製品…諸王の王冠から、財宝、流通している金貨…全てかき集め、鋳つぶしてことごとくをスワニ金貨として鋳造しても、5億枚になるとは思えないからだ。そして、その金額が敵国の年間予算程度でしかないと聞かされれば、ニホンというのは、どれほどの国かと思い知るのである。
実はこの賠償金の請求問題は、『特地』の貨幣経済の状況が確認されてから、当然起こりうることとして日本国政府でも協議されていたことなのだ。
例えば、人類が地球に誕生して以来、これまでに採掘した金の全量が、推定10万6000トンと言われているが、それもここ200~300年で採掘技術が飛躍的に進んでから採掘された量が多い。
『特地』の文明発達程度から見れば、採掘方法はツルハシとスコップによる手作業だろう。例えオークやゴブリンといった怪異を使役しているとしても、鉱山技術や製錬技術が未熟な現状では、全採掘量は1万トンに届くか届かないだろうと推定された。
しかも、いかな帝国とはいえ、この『特地』の全てを支配しているわけではないのだ。
対するに、スワニ金貨はこの『特地』で最強の貨幣である。
金の含有量は1枚60グラムに及び、直径は500玉くらい。厚みと重みがずっしりとしている。流通というよりは、貯蓄のために用いられる傾向があり、江戸時代日本の金貨幣、大判に近い扱いを受けているのである。したがって、鋳造量も稀少で、市場で見かけることなどあり得ないものだった。
これが千枚60㎏。1000万枚で600トンである。5億枚あつめようとしたら、なんと3万トンの金が必要だ。……つまり、どうやったって無理なのだ。
これに対して、特地で流通量が最も多い金貨は『シンク』である。貨幣のサイズもスワニに比べて小さくなり、金含有量も10グラムよりやや少ない。
これが、この特地の基軸通貨なのだが、厄介なことは貨幣相互の価値は相場で変動することにあった。
単純に金の含有量だけで、1スワニ=6シンクと決することが出来ないのである。
シンク金貨は商取引における決済のため頻繁に必要とされているので、スワニ金貨と両替しようとすると、5シンクあたりで変動している。もし、『金』を集めるために金貨を買いあされば、金貨の相場は急騰して、より集めることが困難になるのだ。
さらに一般庶民がよく手にするデナリ銀貨、兵士の給料支払い用のソルダ銀貨(一兵卒1日の給与1ソルダ)と、質の劣る各種の銀貨、銅貨等が市場で流通しているが、これらの重要度も総体的に上昇して、やはり各貨幣の相場は急騰する。貨幣不足はデフレを引き起こすことになる。
このように金にしろ銀にしろ要求しただけそのままに差し出させたら、帝国どころか、この特地経済を徹底的に破綻させてしまうことになる。
また、もし『金』の都合がついたとしても、一時に『門』を越えて持ち帰ったら、米・露・中・フランス・イギリス等の核保有国から核攻撃を喰らうこと必然である。金相場が大暴落して、全世界経済が大混乱の上に破綻するからだ…。
したがって、5億スワニーの支払いなど無理だし、支払われても困るのである。まして金の含有量を極端に落とした悪貨で支払われればさらに厄介なことになる。これらの悪貨は、当然の事ながら帝国内で使用することになるから、今度は強烈なインフレーションが発生することになってしまう。
とは言え、賠償金を請求するのに額が『決まってない』と言うわけにも行かない。そこでとりあえず日本は、かつて隣国の戦後処理で支払った額が、当時のその国の国家予算の1.45倍であったことを前例に、単年度分の国家予算相当額を賠償金として請求することにしたのである。
これには、被災者への補償、各種の損害賠償、銀座には企業も多いので利益損失等々、さらには自衛隊が消費した弾薬等の費用、人件費、燃料代なども当然の事ながら含まれている。
そんなことを、菅原が額に汗をしながら一生懸命説明(言わなくても良い、余計なことは当然伏せて)すると、彼のつたない語学力でも、どうにか議員達に伝わったようである。
要はスワニ金貨で5億枚分相当の賠償が請求されたわけたが、金銭の価値が違うから『応交渉』という一点で、どうにか理解がなされた。
責任者の処罰にしても、誰をどうしろという話はこれからだ。通商条約の締結も、内容はこれから決めることとなる。
つまり日本からの要求は…
帝国は悪いことしました「ごめんなさい」と謝る。そして誰かが罰を受ける。
帝国は賠償金を支払う。出来るだけ多く。一度で払いきれないに決まっているから分割でも、価値がある物でも代替可。
できれば地下資源の採掘権がいいなぁ。
門の周りはニホンのもの。帝国軍は二度と近づかないように。
貿易しましょう。というか、貿易で儲けさせろ。
と言うものなのだ。
これなら、程度はともかくとして内容は、負けた側に突きつけられるものとしては、穏当なものと言える。しかも、属国として、永遠に貢ぎ物を支払い続けろとか、その手のものがない。
最悪、負けた上で全土を占領されれば、その国の君主や貴族の全ては流罪、あるいは死刑にされたりは当たり前だし、全土を併合された上で、領民のことごとくが奴隷化、さらに街や都市は略奪に遭うという可能性もあるのだ。(実際、帝国はこれらを当たり前にやって来た)だから今回の要求は、賠償金の額の問題さえ値切ることができるなら、ある意味とても軽いのである。
これらを理解した議員達は脅かさないでくれと喘いだ。肩で息をしてゼイゼイとまるで全力疾走を強いられたような有様だった。
「は、話し合おう」
「そ、そうじゃな。きちんと交渉を始めなければならん。特に賠償額については、双方の実情を照らし合わせて、双方が納得いくように」
最初から菅原がそれを目論んでいかどうかは別として、非常にスムーズに、双方の使節による講和の準備交渉会談がセッティングされていった。日時は、参加者は…などなどが詰められていく。
その間、ピニャは大地に倒れていた。
よっぽどショックが大きかったようで、ピクピクと小刻みに震えているほどだ。伊丹は思わず、落ちていた小枝の先っぽでツンツンと突いてみたら、ビクッと大きく痙攣した。
「あ~、ピニャ殿下。大丈夫ですか?」
今度は、ピニャの頬をひたひたと叩いてみる。すると、カッと目を見開いたピニャはすがるように伊丹の手を握り込んだ。
「い、イタミ殿……妾は、もう駄目かも知れぬ。故にここで言っておきたい。あの時は本当に済まなかった。許してたもれ、ゆるしてたもれ…」
あの時?…ああ、あの時の事ね。ボーゼスさん達にイビられた時のことか…と思いつつ伊丹はピニャの上体を、よっこらせと抱え起こした。
「別に、いいですって。それに人間こんなことじゃ死にませんよ」
「いや、もう駄目だ。気が遠くなってきた…お願いだ。ゆるしてたもれ、許して」
「わかりました。許します。許しますから、気をしっかり持って下さいって…わぁぁっ!」
ピニャは、伊丹にしがみついていた。
そして、「ホントか?許してくれるのか……ありがたい、本当にありがたい」と
号泣するのであった。