[1507] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり /正式版 26
Name: とどく=たくさん◆20b68893 E-MAIL ID:5eba37fb
Date: 2008/07/15 20:34
・
・
・
・
26
・
・
・
「だ、大統領…この資料をどうやって」
『安中、問題はその資料をどうやって入手したかではなく、どう扱うかにあるにある。違うかね?』
「た、たしかに…」
額に脂汗を流す日本国総理大臣 安中の手元には、アメリカから送られてきたファクスの束が存在していた。
そこには安中内閣の閣僚それぞれの不正や、裏献金、各種の汚職行為の記録がしっかりと日本語で記されていた。資料そのものはアメリカから来たが、大本は日本で作成されたものなのだろう。
内閣発足からわずか2ヶ月ちょっと…『特別地域』自衛隊派遣特別法案に反対した旧与党議員の復党問題から始まって、行政改革担当大臣、農林水産大臣、運輸大臣の事務所費不正流用問題、厚生労働大臣による暴言、建設大臣による談合汚職、挙げ句の果てに現職大臣の自殺という一連の不祥事によって、安中内閣は今や満身創痍の状態である。
この状態でのこの資料は、安中にとってのとどめの一撃に等しい。
『我が国の調査機関が、旭新聞の編集部に持ち込まれる寸前でこれを抑えることができたのは、幸運だった』
「有り難うございます。大統領」
『なあに、気にすることはない。これは、君と私との友情の証だよ」
「とは言え感謝は忘れません」
『そこでなんだが、ヤスナカには頼みがある』
「どんなことでしょう?」
『聞いたところによると、そちらには特地から高貴なご身分の方が賓客として来日しているそうじゃないか?私としては、お姫様を是非合衆国にもご招待したいのだよ』
「どうしてそれを?」
『今の、君の手元にあるものと同じだよ、ヤスナカ』
国家機密がだだ漏れである。安中は、あまりのことに絶望的な思いを感じていた。
これでは手札を、見透かされた状態でカードゲームをするようなものだった。
「そうでしたか…ならば、話は早いですね。大統領直々の、ご招待の件は私どもの方で来賓の伝えておきますよ。招待状があればお預かりしておきます」
『いや、それは遠慮する。直接招待状を渡したいのでね』
「直接ですか?」
『そうとも。我が国のエージェントに直接手渡すように命じたんだ』
「そうでしたか。それならば、明日にでもお会いできるように取りはからいましょう。来賓は明日、特地にお帰りになられますからその前ではいかがでしょうか?」
『それでは駄目だヤスナカ。女性をお客としてお招きするコツはね、帰る寸前の里心ついた状態ではなくて、パーティーが盛り上がっている最中だと私は考えているのだよ。そういう楽しい瞬間に、この楽しい旅はまだ終わりではないのだと知らせると、喜ばれると信じているのだ』
「しかし、こちらはもう夜中です。来賓もお休みでしょうに」
『いいや。例え夜中でも、良い知らせは喜ばれるものだよ。来賓は快く応じてくれるはずだ。邪魔さえ入らなければね』
「こちらの感覚では、非常識ですよ」
『いけないよ、ヤスナカ。女性に対しては、物怖じしていてはいけないのだ。非常識と罵られることもまた挑戦することが成功のカギなのだよ。時には強引に押すことも必要だ。日本人は奥ゆかしいのは美徳だと思っているかも知れないが、私はそれを欠点だと思う。私は以前から苛立たしく思っていた。君たちが得られる利益をとろうとしないことにね。分け前を期待する側としては、ホストの用意するパイが最初から小さいというでは、どのように分配されたとしても不満に思わざるを得ないからね。だから時として、このようなお節介もやきたくなる』
「貴重なご意見だと思いますが、その考え方は日本の風土には合いませんね」
『そうだろう?だから、我が国のエージェントを直接派遣して来賓のご招待を申し上げたいのだよ。だが、ガードがとても優秀でね、面会すら出来ない始末だ。なんとかしてくれないかヤスナカ?我々の友情の証として…』
友情の証として…要は、言うことを聞いてくれないとさっきの資料を公開しちゃうぞという脅しであった。死命を制されたこの状態では、安中としては譲歩せざるを得なかった。だが譲歩するとしても、失う物を最小限に抑えることが首相としての責務である。頭脳を最大限に回転させつつ、現状を再確認。状況、手駒、自分がもちうる手段…これらを検討して、言葉を選ぶ。
「…………いいでしょう。しかし、私にお約束できるのは、ガードをどうにかすることまでです。来賓にすげなく振られたり、逃げられたから言って、その責をこちらに押しつけることだけはお止めいただけますね?」
『もちろんだとも、我が国のエージェントは優秀だ。きっと上手く事を運ぶだろう』
よし、言質を取った。
安中は、勝ち誇った大統領に、一矢報いる術を導き出していた。日米関係を決定的に破綻させず、それでいて大統領の意図を挫く起死回生の妙手。だが、それは同時に我が身の破滅を意味している。意味しているが…どうせ死に体の内閣だ。ぶっ壊すのなら派手な方がいい。
「では、うまく事が運ぶことをお祈りしてますよ大統領。ではお休みなさい」
『納得してくれて嬉しいよヤスナカ。ではお休み。ちなみには、私はこれからブランチなんだ』
大統領は上機嫌な声で言うと、電話を切った。
・
・
・
・
「中止!?来賓を守るのを止めろってぇのは、どういう事ですか?」
受話器に向かって吼える麻田。
相手が首相だろうと、最早遠慮無しにべらんめぇ調であった。それほどに動揺したし、突然な内容だった。
電話の相手…安中から合衆国大統領の言葉が要約されて伝えられた。そしてそれに対する安中の決定は、敵対武装勢力が来賓を連れ去るのを黙って見過ごせということである。
竜崎二等陸佐は、受話器を握りしめたまま硬直してる麻田の表情を伺いながらも、総理大臣の指示に従い状況終了を部下に告げる。
「『聖杯は砕かれた』、繰り返す『聖杯は砕かれた』。各位、状況を中止して集合地点までまで撤退せよ」
上手く行っていたことを途中で放棄するなど、誰もが納得できることではない。だが、一度命令が下れば、そのままに行動するのは自衛官が持たなければならない本能でもある。
それぞれに様々なことを考えながらも、訓練によってたたき込まれたように身体が動き、隊員達は相互に連携しつつ、遅滞なくその場を放棄していく。
こうして正面のモニターに描かれていた輝点が、防備を解いて西へと下がり始めた。
「どういうことだ?」
麻田は、受話器を握り締めたまま、怒りに打ち震えていた。
安中は言った。『堪えてください麻田さん。私だって悔しいんです。ですが、ここまで閣僚のスキャンダルを握られたら、内閣はもうおしまいです』
「だからって、内閣を守るために全てを譲りつづけろって言うことですかい?」
『そこまでは言ってないし、そのつもりもありません。幸い、私が約束せざるを得なかったのは、来賓のガードを止めることまです。政府として、来賓を引き渡すという約束はしてない。いずれ言って来るかも知れないが、その前に私は政権を投げ捨てるつもりです。そうすれば全てはご破算になる。握られた秘密など価値がなくなります』
「投げ捨てる?……や、安中さん、あんた何をするつもりだ。そんなことをしたら、政治家としておしまいだぞ」
『かまいやしません。どうせやるなら、歴史に名前が残るくらいにしてやるつもりです。楽しみにしていてください。それと麻田さん………後は……日本を頼みます…』
安中の言葉の最期は、涙声であった。歯ぎしりすら聞こえるほどであった。
戦争は戦場だけで起きているのではない。会議室でも起きる。国会でも、首相官邸でも起こる。それぞれその場に適した形で、姿を変えてなされるものなのだ。こうして、安中は戦い破れた。破れたが、それを完全な敗北に繋げない根性を見せた。
「あの、馬鹿。腰抜けの癖に最期は粋がりやがって…」
唇を噛みながら、麻田は受話器を降ろすのだった。
・
・
・
・
ふと、何かの気配で目が醒める。
闇に思えた視界も、よくよく見れば見慣れぬ天井。
こんな半端な時間に目を醒ますことなど普段ならないのだが、頭をポカリと叩かれて気を失うように眠りついたからか、妙な形で目覚めてしまった。どうせなら朝まで眠れればいいのに、ここ最近殴られたり、頭をぶつけたりで気を失うことに馴れたのかも知れない。どうにも意識を取り戻すのが早くなってきたようだ。
頭を起こして周囲を見渡すと布団が敷き詰められた和室に、女達が雑魚寝して静かな寝息を立てている。泥酔して眠っていると言う状態にしては案外、穏やかな寝姿であった。
旅館の和室。奥は縁側を模した窓となっていて、外の風景を楽しめるようシックな雰囲気の籐椅子が置かれていた。
籐椅子に人影が一つ。
ガラスのコップで氷を転がす音。外の風景を酒肴とし月の光を浴びながら、誰かが琥珀色の酒精を傾けていた。
「はぁぅ」
悩ましいため息。浅く荒い呼吸。
上気した頬に、切なげにゆれる細い脚。
それはロゥリィ=マーキュリーだった。
いつもの黒ゴス神官衣装と違って、浴衣に丹前という格好ではその隙間から伸びる手足も覆い隠すものがない。腰まで伸びる長い黒髪は波打って、染み一つ無い肌はとてもまぶしかった。
幼気(いたいけ)な少女がいけない独り遊びでもしているのかのように見えて、それを覗き見てしまったような気まずさがあった。だが、男であるが故の背徳的な興奮もあって、伊丹は視線を離すことが出来ないのだ。
淫靡に輝く瞳が、中空に虚ろな視線を漂わせる。やがて、甘いため息とともに、気怠げに振り返る彼女の双眸が、伊丹を貫いて視線が合致した。
「?」
ロゥリィは伊丹の視線に驚いた様子もなく、見てたでしょ?とでも言いたげに「くすっくすっ」と余裕の様子で微笑んだ。そして悪戯っぽい表情で、しどけなく左腕を延ばしその細い指先で「こっちに、おいで」と誘う。
この瞬間、まるで催眠術にでも、かかったかのようであった。
伊丹は是とも否とも思うことなく、身を起こした。何の疑問も、躊躇いもない。そうするのが当然であるかのように感じていた。
だが、いざ立ち上がろうとすると腰が重い。
それは背中から、誰かがはっしとしがみついているからだった。
その重さのおかげで淡い眠りにも似た夢遊状態が解けて、意識も清明となっていく。
ロゥリィが「ちっ」と舌打ちしたのは聞こえなかったことにして、伊丹は自分を拘束する者の正体を確かめた。
レレイだった。
伊丹は、ここ最近懐いて来る白い少女の手をそっと解きほぐすと乱れた毛布をなおして、ロゥリィの向かいに腰を下ろした。
サイドテーブル上には、どこで入手してきたのかウィスキーのボトルと氷と、水。
銀色に輝く満月の光を浴びて、グラスを傾けるロゥリィの姿は実に絵になっていた。
容姿が幼いのがとても残念である。これで姿形が20代だったら、言い寄る男が多くてさぞ困ったことだろう。
亜神たる彼女の肉体年齢は、現在ままで固定されていると言う。だから将来が全く期待できないのが惜しいところであった。そんなことを伊丹が言ったら、ロゥリィは、プィとそっぽを向いた。
「そんなことないわぁ。肉の身体を捨てて昇神したら、姿形は思いのままだもの……そのかわり肉の欲求も喜びも無くしちゃうけどねぇ」
「それじゃぁ、意味がないんじゃないのか?」などと応じながら伊丹はあいているグラスをとると、氷を数個放り込み、手酌で2フィンガー分のウィスキーを注いだ。
ロゥリィは、桜色の唇を噛みながら伊丹を睨みつけた。
「この、すぐ近くで誰かが戦っているでしょぉ?」
どうしてそのことを?と問おうとして、伊丹はイタリカでのロゥリィを思い出した。戦死者の魂は彼女の身体を通じて彼女の信仰する神の元へと召されると言う。その際、ロゥリィの身に、性的な興奮にも似た反応を起こしていた。その婀娜っぽい様に、伊丹もこころ穏やかでいられなかったほどだ。
見れば、ロゥリイは熱の籠もった息を吐いていた。それは、酒精だけが原因ではないようである。
「お陰で全然眠れないのよぉ。どうしてくれるぅ?」
「どうしてくれるって言われてもな…」
「蛇の生殺しよぉ。わたしにぃ殺らせるかぁ、いっそのことヨージがなんとかしてよぉ!」
「なんとかっ…って?なにをせよとおっしゃるのでせうか?」
緊張の余り、思わず声を詰まらせてしまう。
「言わなきゃ、わからないぃ?」
「こ、この国には、児童福祉法というのがあってな。子どもは、そういう対象としてはいけないということに…」
「あら、あたしぃが子どもぉ?」
「み、見た目は立派な子どもだろ。少なくとも世間様はそう思う」
ロゥリィは、儀式的に周囲を見回して「世間様なんて、どこにも居ないわぁ」と宣った。そしてずいっと伊丹の耳元に唇を寄せると、「それに、そう言う仲になったからと言って、それを周囲に宣伝して歩く趣味もないしぃ」と囁く。
「いや、でもな…やっぱり不味いだろう。」
「くすくすくすぅ。ホントにぃ、あたしがぁ子どもに見えるのぉ?」
すっと、伊丹の目前で生脚を組み替える。
潤んだ瞳が伊丹の心の奥まで覗き込む。桜色の唇が、その隙間でぬめるように蠢く小さな舌先によって、艶めくまでに潤されていく。
ロゥリィの手練手管の前では、伊丹の方こそ子ども扱いであった。
男心のなにをどうすればいいか、彼女は非常によくわきまえており、そして経験も豊富であった。男を誘惑するのに豊かな胸も、張りのある腰も不要。そんなものはただの飾りです、エロいひとにはわからないんです、とロゥリィに魅せられた者は思ってしまうだろう。
「ホントにぃ、子どもかなぁ?」
断じて否!!
ニゲロ、ニゲロ、ニゲロ…。伊丹の頭の中で大音声が鳴り響いた。だが、身体は伊丹の意志を裏切っていた。
ロゥリィは、衣擦れの音も鮮やかにずぃと迫ると、獲物を狙う猫のように、そろりそろりと伊丹の膝へと登攀を始めた。
接触面積が極力大きくなるように左のおでこをコツンと胸板にあて、肩、背中、腰を巧みに用いて重みを預けてくる。そして両の脚は、伊丹の腿を挟み込むかのように絡み付いていた。彼女の手は伊丹の心臓に添えるようにあてられていたが、若干爪を立てて、ぎっと掴むような感触がまた痛気持ちよく、官能的ですらあった。
仕上げに、ロゥリイが耳元に唇を寄せて温かい吐息と共に、決め台詞を二言三言囁けば伊丹は堕ちるだろう。その証拠に伊丹の腕が彼女の腰に回っていた。
こんな時の決めゼリフは、声になるか鳴らないかの小さなささやきで、くすぐるように「抱いてよぉ」でもよいし、「ねぇ、あそぼぉ」と朗らかに誘うのでも可だ。どれを選ぶかは彼女の気分次第。
獲物を捕らえて押さえつけ、抵抗もはぎ取って、あとは料理するばかり。彼女が、そんな風に勝利を確信したその時、携帯電話のコール音が高らかに鳴り響いた
場を破るということはこういう事を言うのだろうか。
水をかけられたように、一瞬で白けてしまった。
なに?と、ロゥリィに眼差しで問われ、伊丹は携帯電話という道具について若干の説明をするはめになる。
「時と場所を選ばないなんてぇ、無粋な道具ぅ」
ロゥリィは怒ったのか、拗ねた態度でスルリと伊丹の膝から降りて背中を向けた。その背中から、なんだか黒いオーラが立ち上っているかのようにも見えるほどだ。
伊丹は「危なかったぁ」と、しばらく深呼吸して息を整えると懐の携帯電話に手を伸ばした。
電話の発信者を確認する。すると、そこに記されていたのは『閣下』の2文字であった。
・
・
・
・
* *
・
・
・
・
クワイドル=ハイデッガーは、日本に新設されたばかりと聞いている特殊部隊の力量に、舌を巻いていた。
ハイデッガーとて、海兵隊出身の猛者である。
だが、現在ではCIAに属してもっぱら陰に影に活動する毎日だ。それだけに、力で激しくぶつかる戦いはしばらくぶりだった。
アメリカ軍の本来の戦い方は、圧倒的な火力をもって土砂降りのごとく弾丸を浴びせ、膨大な量の火薬を叩きつけることにある。
敵が立て籠もっていれば手榴弾を放り込み、壁の向こうに潜んでいれば壁ごとロケット弾で吹き飛ばすという荒っぽくも豪快な手法だ。士官学校で学ぶ基本的な軍事ドクトリンは単純明快、敵の6倍の戦力を一カ所に集中せよ、となっている。
しかしCIAの任務では、そうはいかない。
なぜなら、CIA活動の舞台は、多くの場合そういった乱暴が許される戦場ではないからだ。平和な日常生活の場である街や住宅地、あるいはオフィス街…そういった場所だ。
従って軍隊のようにミサイルだのロケット弾を使うことは出来ない。当然の事ながら支援の砲撃もない。素早く敵の位置を確認し、音も無く近づいて有利な位置を占め、反撃の暇を与えずに素早くこれを打ち倒すコマンド要員ひとり1人の技量とチームワーク。これを実現するための綿密な情報収集と作戦立案。…繊細な作業の積み重ねが、作戦成功の基礎となる。
予定では『来賓』の宿泊する部屋を急襲して、若干の警備(自衛官が3人いると知らされている)を排除して『来賓』と呼称される目標の2人を連れ去るはずだった。日本の油断できないところは、警察のレスポンスの早さである。瞬く間に道路封鎖、検問と地域全体を塞いでしまう。従って、いかに早く現場を脱出できるかが鍵であり、そのために20名という数の要員を動員したのである。
ところが、敵は旅館を含む山林全体を天然の要害としてあらかじめ偽装して潜み、こちらを待ち伏せていた。
地形を味方とし、闇を味方とし、そして多方向からこちらを狙ってくる。
それに対して、こちらの装備は野戦向きではないブラックファティーグ(黒戦闘服)にボディアーマーという出で立ちで、武器も拳銃かMP5SD3だ。
想定していない事態に遭遇すれば、いくら精鋭のタスクフォースと言えども手も足も出なくなってしまうのが現実である。
まさか、これほどの戦力を配備しているとは。…日本側は、どうやってかは知らないが、襲撃があることをあらかじめ知って待ちかまえていたのだ。そして、待ち伏せによって20名いた味方は、瞬く間に半数以下にまで減らされてしまったのだと、ハイデッガーは考えていた。
実際は、他の国の機関が嫌がらせめいた追跡や、地下鉄の運行妨害、ホテルへの放火などといったことを繰り返したため、どんな敵が来ても良いように防御を固めただけなのであるが、相手が最も防御を硬くした時に、攻撃してしまったのは彼らの不運と言えるかも知れない。
いずれにせよ、一度の作戦でこれだけの損害が出るのは、極東方面日本支部の歴史上はじめてのことである。待ち伏せられていた以上、作戦は失敗。これ以上の損失が出れば、撤退すら難しくなってくる。
ハイデッガーは作戦の失敗を悟り、チームリーダーへ撤退を進言した。
だが、チームリーダーのチャックは、クビを縦に振らなかった。
ハイデッガーを含む、残りの要員達に、現状での待機を命じて、通信機でどこぞと相談しはじめたのだ。
「ロジャー!キム!迂闊に動くなよ…ゴールドマン。タナカは生きているか?」
「駄目です。眉間を打ち抜かれてます」
「ちくしょう、相手はガードマンに毛の生えたような連中が相手だったんじゃないのかよっ!これじゃあ、話が違うだろうっ」
冷静沈着なはずのロジャーが、罵倒する言葉を吐いている。
日本人はなかなか銃を使わないし、撃ったとしてもまず手足を狙って、こちらの命を取るのは躊躇う傾向にある。それに装備していたとしても、拳銃の類だから容易に制圧できる。ロジャー達はそう聞いていたし、自らの経験からもそう考えていた。だが、実際はどうだ、容赦なく狙って来る。
「よし。上の方で話はついたようだ。もうしばらくすると、自衛隊は撤退するはずだから、そうしたら予定通り『来賓』を迎えに行くぞ」
チームリーダーのチャックが、何事もなかったかのように言った。これにロジャーが食い付く。
「なんだって!!予定通り?!これだの損害が予定の範囲だって言うのかよっ!」
「日本が、これだけ強固な防備をすることは、こちらも想定外だった。だが、それも上が直接話し合って政治的な取引で解決された」
「だったら、最初からそうしろってんだ。そうすればこんなに犠牲は出さずに済んだだろう」
「今回、ホワイトハウスは貴重な切り札の一枚を切った。本来なら別の機会に使うべきカードを無能なお前達のためにな」
激昂したロジャーがチャックにつかみかかろうとしたが、ハイデッガーが割って入り、止めるようにとうながす。
「いい加減にしろロジャー、まだ作戦中だ。チャックも口を慎め」
唾を吐くようににらみ合った2人は顔を背けて、互いに離れた。
「よし、その政治的な取引とやらが上手く行ったんなら、もう大丈夫だろう。ロジャー、ビッター、先頭にたて。行くぞ」
ロジャーは、なんで俺がという態度で、ハイデッガーを睨んだが、ビッターが銃を構えて「行くぞ」と声をかけると、不承不承ながらこれに従った。
政治的取引でガードが解かれたと言っても、現場に立つ者としては完全に信用できるはずもなく、警戒を解かずに隊列をつくって、少しずつ旅館に近づいた。
旅館の内部は一般の宿泊客に出くわす可能性もあるので、玄関などの出口を監視するだけにして、突入は庭から行うことにする。部屋の場所は買収した仲居から、確認済みである。
銃を構え四方を警戒しながら、少しずつ『来賓』のいる部屋へと歩み寄った。
[1507] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり /正式版 27
Name: とどく=たくさん◆20b68893 E-MAIL ID:5eba37fb
Date: 2008/07/29 21:17
・
・
・
・
27
・
・
・
・
当事者にとっては悲劇にしかならないが、端から見ていると喜劇としか思えないような出来事も、時として起こるものである。
日本国政府が『来賓』と称される重要人物を『特地』より招き、今後の外交関係を決定づける重要な会談をもつらしい…という情報は、各国が日本政府の政府部局内に張り巡らせた情報網によって極めて早くから掴まれていた。
ただ、来賓の東京入りは突然決まったことでもあり、さらには滞在は2泊3日という短期であったが故に、詳細な追加情報を待つ時間的な余裕がないままに、各国政府は対応を決定せざるを得なかったのである。
アメリカ合衆国は、日本が各国政府に内緒で『特地』の重要人物と仲良くして、将来の外交関係において有利な立場を得ようとしていることに不快…はっきりと言えば嫉妬の念を抱いていた。
解りやすく言えば、すこぶる魅力的な美人と知り合った日本人青年に対して、世界は自分を中心にして回っていると思っているアメリカ人青年は、自分にもその娘を紹介しろと迫ったのである。
だが、日本人青年は美人と知り合ったことを内緒にしている。従って正面から脅しつけたところで「誰に?何のこと?」とシラを切られてしまう。しかし、そこは抜け駆けだろうと何だろうと、やった者勝ちで夏目漱石の「こころ」の主人公を賞賛しても、罪悪感に悩む姿は一向に理解できないアメリカ人である。勝った者が正義、恋に禁じ手無しというアメリカ式恋愛観に基づいて、『麗しき来賓』をさらって自国に連れてきてしまえと、目論んだのであった。
もし後で、日本国政府から苦情が来ても「『来賓』とは誰のことだ?」で済む。なにしろ日本政府も秘密にしていたのだから強く出られるはずもなく、しらばっくれればどうにでもなるのだ。そして、来賓との間に非常に親しい関係を築くことが出来たら…例えば、日本国と『特地』に存在する国家との和平交渉のため、我が国が仲介の労をとってあげようか?と言う感じで恩を着せつつ『特地』への通行権を求めればよいのである。
その為、詳しい情報が得られるのを待たずに、CIA長官は極東支部に行動開始を命じたのだが……喜劇の源はそう言うことを考えるのがアメリカだけではなかったことにあった。世界の中心は自分であると思っているが故に、同じようなことを考える者が他にいると考えないのが滑稽である。
こうして似たような発想の下で、似たような行動を起こした男達が、『夜這い』がかち合ったかのごとく間抜けな姿を、麗しき来賓の寝所の前に曝す羽目に陥ったのだった。
・
・
・
・
中華人民共和国の国家安全企画部の日本支局に属する工作員の残余12名と、ロシア連邦対外情報庁(CBP)の工作員の残余8名と、そしてCIAの工作員の残余9名は、不意に出くわした。
とは言っても、それぞれに海外で非合法な活動に従事する身である。
数カ国語を自在に操り、国籍がわかるような物は何も身につけない。服装だって街のミリタリーショップで手にはいるような戦闘服にバラクラバ帽。武器は、わざわざ外国の物を使うという念の入れようだ。出くわした相手が誰なのか、いったいどこの国の機関に属しているのか、いかに優秀な特殊工作員であろうと咄嗟に判断することは、非常に難しかったのである。
ただ、彼らにとって一つだけはっきりしていることがある。
それは、出くわした他の2グループが武器を所持した「敵」だ、ということであった。先ほどまで手も足も出ないような一方的な攻撃に曝されていたこともある。『疑わしければ殺せ。しかる後に敵か味方か確認せよ』…3国とも、そういう発想の元で行動する訓練をしている。従って、他人は皆敵であった。
「……………………?!」
「…………………!!」
「………………!」
一瞬、鬆が入ったとでもいうか、お見合いしてしまった間抜けな数秒を経て、数年に渡る高度な訓練を受けた工作員達は、わずか数メートルの距離で、脊髄反射的に銃口を互いに向け合ってしまった。
あとは引き金を引くだけである。そしてこの場には、銃口を向けられて引き金を引くことを躊躇うような間抜けは、1人として存在しなかった。
こうして戦闘が始まったのであるが、当事者の必死さに反比例してその姿はとっても微妙であった。
例え、サプレッサー装備をしているとは言え…いや、サプレッサー装備であるが故に彼らの銃は空気銃程度の音をたてた。従って米・中・露、三つ巴の戦いは、旅館の庭先を戦場にして行われるサバイバルゲームに興じるサバゲーオタクのような状態になってしまったのだ。それでいて、飛び交う弾はプラスチック製のBB弾ではなく、殺傷力において高性能な4.6mm弾とか5.7mm弾なのだから始末に負えない。
全員、飛び跳ねるようにして遮蔽物に隠れた。これに遅れたがために、数人の犠牲者が出た。相互に飛び交う弾丸がボディアーマーを貫いて、赤いペイント弾に染まったようなシミを衣服に残す。
さすがは闇に潜み、静かなる戦いに生きる工作員達である。弾を受けて苦痛だろうに、声もあげないのはたいしたものである。
旅館の庭には小さな池があり、灯籠があり、築山(つきやま)ありで、さらにはよく手入れされた植木があちこちに配置されている。これが銀色に輝く満月の下、ワビ・サビを感じさせる…つまり風情を感じさせる風景を作り上げてるのだが、彼らにとってはこれほど死角が多くて、地形に富んでいて、やりにくい戦場はなかったであろう。
あるいは、これが三国三つ巴戦でなければ、膠着状態に陥って違った結末もあり得たかも知れない。しかし、そうはならなかった。どの陣営も左右の二方向に敵を抱え、十字砲火を受けるという状態に陥っていた。
弾が灯籠を抉り、池に飛び込んだ弾を受けて、鯉が腹を上にして浮かぶ。
職人が丹精を込めて冬支度させた植木が瞬く間にズタズタになっていった。
絶対に旅館に銃口を向けないのは流石だが、流れ弾程度は仕方がないと言える。雨樋がふっとび、ガラスを貫いて障子に穴があいたりもした。
互いに撃ち合い、隠れ、隙を見ては移動して、また撃ち合うという繰り返しによって、瞬く間に弾丸と、貴重な技能を有した人命が耗されていった。
アメリカ側チームリーダーのチャックは、最初の撃ち合いで弾を受けてしまい、仰向けに倒れていた。だが、彼の祖国に対する忠誠心と、使命感は、最後の義務を果たすまで彼に死という名の安楽を許さなかった。
チャックは、次々と倒れていく仲間を見送りながら、無線機に向かって、息も絶え絶えになりながら小さいながら報告の声を発した。
「作戦は失敗…作戦は失敗した。不意の攻撃を受けて、我々は壊滅……状態」
『大ガラス!!いったい何があった?日本の攻撃か?』
「………違う…おそ…らく、第三国によ……る」
『どうした?大カラス!!応答せよっ!』
無線機は叫んだが、チャックは永遠に応答することが出来なくなっていた。
ハイデッガーは、右大腿に銃弾を受けていた。
石灯籠に身を隠し応急キットから取り出した圧力包帯で傷跡を硬く縛り付け、弾の残りを確認した。
右側で築山を掩体として身を伏せていたロジャーが、回り込んできた敵に横合いから銃撃を受けてくぐもったうめき声を上げる。
「畜生めっ!」
ハイデッガーは、ロジャーを撃った敵に向かって銃弾をばらまいた。これを受けて、敵も倒れて小さな池へと落ちる。だが、途端に反対側からハイデッガーを銃弾が襲う。
振り向き様にMP5SD3を向けるが、弾倉に敵の弾があたったのか吹き飛んで、弾が地面に散乱する。最早、弾倉を替えている暇もない。
ハイデッガーはサイドアームのSIG SAUER P239を引っこ抜いた。敵も、腰から腿のホルスターからマカロフを抜こうとしていて、ほぼ同時である。
健全な左足に渾身の力を込めて、ハイデッガーは飛び退いて敵の銃口から身を逸らそうとする。だが、敵も反対側に飛び退いて、ハイデッガーの銃口から逃れようとしていた。
「くそっ」
中空で、互いに銃口を向け合った一瞬。互いに弾倉に装填した殺意が、尽き果てるまで放ち続けた。
焼け火箸を突き立てられたような熱い感触が胸や頬、肩、腰を襲う。重力に引かれて大地に叩きつけられた衝撃で、息が止まった。
弾倉を交換すべく手を伸ばそうとした。だが、手が動かない。銃を握る腕も動かない。
急速に力が抜けていく。強烈な睡魔にも似た死の臭い。
「くそっ」
頭の中で、テレビのスイッチを切った時にも似た視界の消失があった。そして、やがて彼の呼吸が止まった。
・
・
・
・
縁窓のサッシをバンっと開いたロゥリィは、黒ゴスの神官服を隙無くまとい、ハルバートを構えて旅館の庭へと降り立った。
「さぁ、かかってらっしゃぁ~い!」
彼女は、嬉々としてハルバートを振り上げた。
だが………静まりかえる旅館の庭には、彼女に戦いを挑めるような生者は、既に存在していなかった。
「……………………」
ヒューと寒い風がロゥリィのフリルスカートを揺らす。
「……………………」
生き残った池の鯉が、水面を跳ねた。
「……………………」
ロゥリィを援護するために、アーチェリーを構えていたテュカが、構えを解いて肩を竦める。
「……………………」
部屋の奥から隠れるように覗き見ていた伊丹やレレイ、栗林、富田達は、独り庭先にたたずむロゥリィの姿に、何とも言えない気まずい気分でいっぱいだった。それは例えるに、練りに練った渾身のギャグが滑った若手漫才師を見るような気持ちに近いだろう。
かけるべき言葉を探しても、乏しい語彙の中で見つけることは難しい。そりゃそうだ、「殺(や)れなくて、残念だったねぇ」なんて言葉、猟奇的すぎてちょっと言えない。
「……………………女をその気にさせておいてぇ、自分達で勝手に殺りあって果てちゃうだなんてぇ、甲斐性なしのおたんこなすぅ」
そんなロゥリィの怨念に満ちた、無限の呪詛と歯ぎしりが風に乗って幻聴のごとく聞こえたが、伊丹は聞かなかったことにする。でないと、とばっちりがこっちに来るような予感がして恐かったからである。
目をそらせば、危険はやってこないと思うのは浅はかなことかも知れない。いや、浅はかと言えよう。だが、そう思いたくなるほどに、『この世の全ての悪』的な、ドロドロとした黒い気配が、ロゥリィの足下からじわじわと周囲へと広がっていたのである。
せめて、この場で死んでいった者達の冥福を祈ろうと思って、ふと気付く。冥福も何も、神様怒らせたらどうなるんだろうってことに。
・
・
・
・
事の成り行きを見守る羽目に陥っていた、市ヶ谷の『状況管理運用システムルーム』は、不意に始まった山海楼閣の庭先における戦闘に、皆唖然としていた。
「内輪もめか?」
「いったいどうなってる?」
上空に音もなく浮かぶ偽装飛行船にしつらえられた複数のセンサー…第3世代暗視装置とハイビジョンカメラ、指向性マイク等から送られてくる情報は、旅館を襲ってきた敵襲団が、3つに別れて互いに撃ち合いを始めたと言うものであった。
「おいおいおい、どうなってんだ?誰か説明してくれよ」
麻田は、周囲に状況の説明を求めたが誰にも答えようがない。誰にも解らない出来事に対処のしようもなくて、傍観しているしかなかったのである。しかも、そのうちに戦闘は全滅という形で終わってしまう。
時間が過ぎていくにつれて、庭先に散らばる死骸は冬の寒気に曝されて冷えていく。次第に体温を失って、発する赤外線も弱くなり暗視鏡にうつる姿が薄くなっていくことに哀れが催された。
「と、とりあえず対処3を…」
幹部の1人が茫然自失の中から再起動を果たして、対応を始めた。
対処3とは、公安警察とその直属の専門グループを送り込んで現場の後始末をさせることである。これは、当初からの予定されていたことなので遅滞なく進んだ。
この場合の後始末とは、屍体を屍体袋に詰めて運び出したり、遺棄された武器や弾薬等を回収(どういう理由か、不自然なまでにその数が少なかったという)したり、痕跡の抹消、怪我人や生存者がいれば、これを内々で処理し、そして目撃者や関係機関に対する協力(沈黙)要請したりすることである。それと外務省を通じて、ひととおりの関係機関に「こういうことがあったけど、おたくら心当たりない?」という問い合わせしたり、それとなく、ほのめかしたりすることも含まれる。
勿論、こういうことに正直な答えをしてくる国はない。ロシアとか中国とか、韓国とか、イランとか、フランスとかの大使館からは大抵「うちは知らない。関係ない。そりゃあ災難だったねえ、お気の毒様」という返事が来るのであるが、今回に関して言えば相手が判っているのでそれはナシである。
で、問題のアメリカなのだが、戸惑ったような態度で「うちの親分とおたくの親分との間で話が付いてたよね。なんで?どうして?」という詰問をして来た。こちらとしても訳が解らないので起きた出来事を正直に説明したところ「担当者を送るので、屍体を見聞させてちょうだい」と言ってきた。もちろん断る理由はないから、快く受け容れることとなった。
このアメリカから来た担当者が、屍体を検分したところ「屍体の2/3は、ロシアと中国のものでしょう」ということが判明した。日本の担当者も同様の意見を持っていたので、ここから今回の出来事が不幸な偶然による遭遇戦であったと判明するのだが、それも後の話である。この時点では日本としては、アメリカ内部における仲間割れと考えていたのである。従って、アメリカの行動を妨害するようなことは一切せずに、ふて腐れた気分で後始末だけを坦々とやるという状態であった。
舞台となった旅館そのものについては、今回は、最初から協力体制が敷かれていたので隠蔽工作には大した手間もかからなかった。そもそもが防衛省共済組合立の保養施設だ。だから、来賓の部屋のまわりで宿泊している客も、ほとんどが『関係者』によって占められていたのだ。
一部の部外者…例えば、自衛官や防衛省役人の家族といった立場で当該施設を利用している一般人宿泊客が、朝食の席で仲居さんに「昨夜遅くに、庭先で騒ぎがあった?」と尋ねたりすることがあったが、「裏山で、戦争ごっこにうつつを抜かしたオタクが、何を考えたのか旅館の庭先にまで入り込んで撃ち合いをやって交番の人に来て貰ったり、叱りつけて荒らした庭先の掃除させたりと、ちょっとした騒ぎがありました」という説明で納得したと言うことであった。
「ったく、こんな所まで来て戦争ごっことは非常識きわまりない」
「やっぱり、自衛隊の人だからなんですかねぇ~ウチのヒロシ、大丈夫かしら。毒されてないかしら」
と、いった隊員の親と思われる熟年夫婦の会話に、事情を知るものはなんとも言えない気分を味わったと言うことであった。
・
・
・
・
* *
・
・
・
・
一方、追われる身の上の伊丹様ご一行である。
目の前で、追っかけてきた猟犬が仲違いして全滅したからといって、それで猟師が諦めると思うほど楽観的な性格ではなかったので、荷物をまとめてまだ暗いうちに旅館を出ることにした。
「なんだかこんなのばっかり」とは、富田のぼやきである。
しばらく歩くと、田舎の旅館街に、『何故か』夜中だというのにアイドリングしたままで駐車するワゴン車を見つけた。『旅館を襲ってきた連中が足に使っていたもの』ならば、1台だけの筈もなく、周囲に似たような車がいてもおかしくないのだが目の届く範囲にはなかった。
実際は、こうした田舎道でアイドリング状態の車が密集していたら悪目立ちして土地の官憲の気を惹く。そのために移動用の車両は、視界に入らない程度の距離を置いて待機することがセオリーなんだとか。
それを知らない伊丹としては、深く考えても仕方ないというだけの理由で安直に行動した。伊丹の合図をうけた富田は右後方の死角から、サイドミラーに映らないように素早く近づいて運転席の外国人の後頭部に、鹵獲したH&K MP7の銃口を突きつける。
そして正面から堂々と「ゴメンねぇ。悪りぃけどさ、降りてくれるかな?」と、日本人的薄笑みを浮かべた伊丹が礼儀正しく現れて、これまた鹵獲したマカロフPMを突きつけながら車を降りるように求めると、いかにもロシア人っという感じの大男が両手を挙げながらゆっくりと車から降りた。
「ここで悪人なら撃っちゃうところだけど?撃っていい?撃って良いよね?」と栗林は自分の身長を遙かに超える大男を見上げながら、鹵獲したFN P90を隙無く構えた。完全にアルコールが抜けてないので、言うことがやたらに過激だ。ここで、似たようなことをロゥリィが言うかと思ったら、彼女は唇を尖らせた不機嫌な表情を隠そうともせず無関心を貫いている。
「それって、ちょっと後味悪いって」と富田は抑えるように言うと、大男には俯せになるよう促す。日本語が解るせいか、それとも身の危険をひしひしと感じるからなのか、男もやたらと素直である。
「だけど無力化するのってどうするの?ロープとか用意してないし、殴りつけて気絶させるってテレビやマンガには簡単に出てくるけど、実際にやったことないしなぁ。下手なところ殴ったら死んじゃうしさ、それだったら銃の方が面倒が無くていいじゃない?試し撃ちとかしてみたい」
栗林は、そんなことを言いながらも白人大男の脇から拳銃や予備の弾倉を抜き取ったり、身体のあちこちをまさぐりながら武装解除していった。使えそうな武器弾薬は、当然ながら鹵獲していく。
「員数外の武器弾薬ってありがたいよねぇ。しかも流行のPDW。待ってたら何年たっても回ってこない最新鋭の武器弾薬が大漁だぁ。鹵獲~鹵獲~」
たまに撃つ弾がないのが玉に瑕…などという自衛隊川柳を詠う栗林の荷物は、彼女の体重並みに重く大きくなっていた。
そんな中で、レレイがすすっと前に出てきた。
「殺傷せずに、無力化が出来ればよい?」
「何か方法があるの?」
「ある…」
レレイは、そう頷くと俯せになった大男の背中に手を当て、ちょっと長めの詩を独りコーラスで、どういう咽の構造なのか和音と不協和音を取り混ぜて詠唱した。
しばらくすると白人男は、大いびきをかき始める。
「これで朝までぐっすり」
「す、スゴ」
栗林が代表して感嘆の声をあげたが、それはほぼ全員が同様に感じたことでもある。魔法という技を初めて見た日本人一同の驚嘆は、イリュージョン・マジックを見せつけられた未開人のそれに近いかも知れない。
なのにレレイは、大したことでもないかのように澄まし顔でワゴン車へと乗り込んだ。
続いてロゥリィ、ピニャとボーゼス、梨紗、テュカの順で乗り込んで、富田が運転席、身体の小さな栗林を真ん中に挟んで、伊丹が助手席に座る。
後は、ひたすら東京へ向けて走るだけ…なのだが、伊丹が止めた。
「真っ直ぐ銀座に向かうのはやめよう。待ち伏せられたらきつい」
「じゃあ、どうします?こう言っちゃなんですけど、変にこっちにいるより『門』の向こうの方が安全っすよ。出来るだけ早く駆け込んだ方がいいと思うんですけどね」
「戦闘地域の『特地』の方が、安全っていうのも何んだか皮肉………そうだ、今回の休暇は台無しになっちゃったんですから、後できちんと取り直しさせてもらいますよ。隊長」
栗林の言葉に、伊丹は握り拳で応えた。
「当たり前だろ。俺だって全然休めてないんだぜ。こうなったら何としても柳田にねじ込んで、12月29日、30日、31日の3日間に休暇をとってやる」
「その日が何の日かは尋ねませんけどね、あたしは別の日に休暇を取ります」
「俺も、もう巻き込まれたくないかなぁ」
栗林と富田は口をそろえた。
日本語で為されたこの三人の会話をレレイから通訳されたのか、ピニャも少しばかり詰問口調で声をかけてきた。
「少し尋ねたい。そもそも何故、妾達はこのように逃げ隠れしなくてはならぬのか?」
「そう。わたしもそれを尋ねたいですよ隊長。最初から妙だなとは思ってましたけど、いったい何が起きてるんですか?」
問われて、伊丹はしばらく考えた後に、おもむろにこう切り出した。
「実はな…」
「実は?」
「俺にも、よく、わからん」
「隊長?」
栗林はすぅと目を細めると手にしたFN P90を伊丹へと向けた。繰り返し言うが、まだアルコールが抜けきっていないようで、やたらと過激である。
「いい加減に言わないと、後ろ弾です」
伊丹は両手をあげると「まった、まった。」と猛った馬を宥めるかのように、優しく声をかけた。「話せばわかる!!」
「それって死亡フラグかも」と後ろから茶々を入れたのは、梨紗であった。
「問答無用っ!」
「待たれよ、クリバヤシ殿。そなたイタミ殿の部下であろう?無理を言ってはいけない。これは非常に政治的な問題なのだから」
ピニャが、割って入るように言った。
「イタミ殿が立場上、言えないことは解っている。これから妾の推測を言うので聞いて貰いたい」
「………」
「まず確認したい。妾は、売り渡されたのではないか?」
伊丹は「それはない」と首を振った。
「だが本来なら、妾もそなた達も休暇を楽しむがごとく安穏に過ごせるはずだったのではないか?なのに、最初から齟齬が起きている。乗り物が急遽変更になったりすることは、手配の事情で当たり前に起こり得ることだし、目的地寸前で『チカテツ』と称する地獄の乗り物を降りたのは、妾達やロゥリィ殿の意を汲んでのことだから仕方ないと思う。投宿した宿舎が火事になってリサ殿の部屋に駆け込んだのも火事場盗賊を避けるためとしては当然の処置と言えよう。しかし、こうしたことが1日、2日の間に立て続けに起こって、挙げ句の果てに泊まっていた旅亭が襲われそうになって、慌てふためいて逃げ出さなくてはならなくなったとなると、いささか出来事が多すぎる。
あたかも、コボルトの前に繋いだ牝羊を放置するかのごとく、妾達につけられた護衛は外されたのではないか?
それはこの国の意志決定に関わるところで何かが起きていると言うことだ。妾達は、このニホンという国と、帝国との交渉を仲介するために来た。それはすなわち講和の交渉を意味する。察するに、講和を快く思わない勢力と、講和を進めたい勢力あり、それがせめぎ合っている。違うか?」
[1507] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり /正式版 28
Name: とどく=たくさん◆20b68893 E-MAIL ID:5eba37fb
Date: 2008/07/29 21:38
・
・
・
・
28
・
・
・
・
「ここは大都会、東京。とあるサービスエリア。
人々は、まだ眠りからさめやらぬ午前四時十分。
人影もまばらなサービスエリアの駐車場には、朝靄が立ちこめていた。
静寂をうち砕くかのように近づく、1人の少女の足音。
年の頃は見た目で12才。老成した心と、若々しい澄んだ瞳。
かつてこれほどに美しい少女が居たであろうか?黒いフリルで身を固めた彼女が邪悪の化身ならば、それはこの汚れきった都会のせいなのか…。
少女は、ついに、ここまで来てしまった。
無垢であったあの日にはもう戻れない。
少女は、ふと足を止める。ゆっくりと辺りを見回すと…」
ロゥリィは、伊丹等のワゴン車を見つけだすと弾むような足取りで駆け寄って来る。
「その少女を人はこう呼ぶ。たんつくぁwせdrftgyふじこlp!」
伊丹の、独りよがりなモノローグは、梨紗の手と伊丹の頭部が激突したことによって発せられた強烈な炸裂音の連続によって強制中断させられた。
「やめんかいっ!!あたしは、そいつのせいでしばらくお蕎麦が食べられなくなったんだからねっ!!10年経った今でも水色のストローとか使えないだからっ!!これ読んで、興味を抱いてググったりとかして元ネタが何であるかを突き止めたあげく、それを実際に聞いて、心的外傷を負っても作者は一切関知しないんだからねっ!!」
(元ネタ/スネークマンショー(たんつ○小▼)/←危険物なので取り扱い注意/悪い意味で鳥肌注意/極危険/超危険/マジでトラウマ警報発令中)
カシャカシャと膝に置いたノートパソコンのキーボードを叩きながら、梨紗は伊丹をなじった上に、背もたれ越しにげしげしと蹴った。ノートパソコンは携帯を用いてネットと接続されている。
2人の諍いの原因が全く理解できない富田や栗林はアイドリング中のワゴン車内で早朝からおっぱじめられた元夫婦ドツキ漫才を見て、互いに肩を竦め合うだけである。
富田は、伊豆箱根から東京までの深夜の運転に疲れたのか肩を自ら揉んでいた。
「………?」
「いてぇ」と頭を抱える伊丹を見て、ロゥリィは胡乱な視線を向けた。どうせ間抜けなことをやったのではないかと推察したのであるがそれは概ね正しく、さらに、伊丹が自分をモチーフにして何を物語っていたかを知ったら、さぞ怒っただろう。知らぬが華である。
ロゥリイは抱えていた缶甘酒やらお汁粉ドリンク、ポタージュスープやココアといった微妙な品揃えの缶飲料を、伊丹を除いた全員へと手渡していった。
機械文明の一端に触れた彼女は、自分で買い物をしたがるお年頃である。ただ自分が何を買ってきたかは、わかってないようであるが。
「俺のは?」
とは言え、自分には渡されないと思うと途端に寂しい気分になるものである。伊丹は、ロゥリィに問いかけだが、彼女は無視するかのようにプィとワゴン車の後席へと戻ってしまう。まだ、拗ねているのだ。
「あっそ、…………まぁ、いいんだけどね?どうせ、お汁粉ドリンクなんて飲みたくなかったし…」と、負け惜しみを呟きながら伊丹は肩を落とす。こういうことを口にする心の働きを心理学者は「採れないブドウは酸っぱい」と呼んでいたりする。
「なにをやったの?」
「何もしなかったんだよ」
男女の関係に置いては、何もしないことが罪になることがあるという良い例なのかも知れない。女の勘で『その手の話』であることに気付いた梨紗は、不快な気分が心中で蠢いたので話題を変えることにした。
「さて、これで仕込みは済んだからね。後は喰い付きを待つだけよ」
「なぁに?」
ロゥリィは梨紗の背後から液晶画面を覗き込んだが、そこには画像の類は一切無く、ただ日本語のテキストがずらっとならんだページが広がっていたために、早々に飽きてしまった。
テュカは寝ている。レレイは、かろうじて読める程度だが、内容よりは自分が購入したノートPCを見事に使いこなす梨紗を、尊崇の目で視ていた。
970 :名無しが氏んでも代わりはいるもの:200x/12/0x(土) 04:38:33
>>968
なにを言ってるのかわからん。
971 :オレオレ!オレだよ、名無しだよ!! :200x/12/0x(土) 04:41:37
黒ゴスロリ派とパツキンエルフ派の抗争、泥沼化w
972 :名無し三等兵:200x/12/0x(土) 04:43:19
>>968
おまいはまったくわかってない。銀髪少女派は断じて少数派ではな~い。
973 :名無しさんなのね~:200x/12/0x(土) 04:46:52
銀髪の少女とは、いわゆるひとつの萌え要素じゃないかねw
974 :名無しさん@お腹いっぱい。:200x/12/0x(土) 04:49:37
>>968
よろしい、戦争だ。
黒ゴスロリ派、パツキンエルフ派、銀髪少女派。その三派による、三派の為の戦争でおk?
975 :名無しが氏んでも代わりはいるもの:200x/12/0x(土) 04:52:16
ろうりい聖下に一票。
昨日、三美神、原宿に降臨していたとか。
976 :止まない雨は名無しさん:200x/12/0x(土) 04:56:34
その話、ニュースソース キボンヌ。
977 :名無しさんなのね~:200x/12/0x(土) 04:56:55
神動画キタ━━━( ゚∀゚ )━( ゚∀)━( ゚)━( )━(゚ )━(∀゚ )━( ゚∀゚ )━━━!!!!
ttp://jp.youtuxx.com/watch?b=92rcuxxBxxx
978 :名無しが氏んでも代わりはいるもの:200x/12/0x(土) 05:02:14
たったあれだけの国会中継映像をよくぞここまでwww
979 :オレオレ!オレだよ、名無しだよ!!:200x/12/0x(土) 05:03:33
>>977
※鳥肌注意※
980 :名無し三等兵:200x/12/0x(土) 05:03:36
>>975
おれも聞いた。どっかのお店でしこたま買い物をしていたとか。
981 :止まない雨は名無しさん:200x/12/0x(土) 05:04:53
>>975
なんか、ネタっぽいなぁ。
982 :名無しさんなのね~:200x/12/0x(土) 05:10:00
>本日14時、銀座事件慰霊碑に、ロゥリィ・マーキュリー氏、テュカ・ルナ・マルソー
>氏、レレイ・ラ・レレーナ氏の3名が献華予定。その後『特地』への帰途につく。
ニュースソースは、ttp://www.exxxte.co.jp/News/blog/より。
三人の未公開画像もアップされてたしマジネタっぽい。
983 :止まない雨は名無しさん:200x/12/0x(土) 05:11:34
えっ Σ(゜Д゜;)
984 :名無し三等兵:200x/12/0x(土) 05:15:36
ホントだ。しかも、浴衣エルフ!!!!
985 :名無しが氏んでも代わりはいるもの:200x/12/0x(土) 05:20:53
銀座に14時か。ぜひ、ご尊顔を拝し奉らねば…。
986 :オレオレ!オレだよ、名無しだよ!!:200x/12/0x(土) 05:22:21
今すぐ家を出て、新幹線に飛び乗れば午前中には着けるw
・
・
・
・
「どうだ?いけそうか?」
伊丹は、助手席のバックレスト越しに、液晶画面を覗き込もうと頭をつきだした。
しかも、コンビニでお湯を注いできたカップラーメンを朝食としてズルズルとすすっている。その音に『嫌やぁな記憶』が刺激された梨紗は顔をしかめた。
「大丈夫。これで彼女たちを一目見ようと大勢が集まるわよ。…ちょっと止めてよ。頭の上でラーメンなんか食べないでったら」
梨紗は、さらに仕込み作業を続けた。
「参考人招致以降のネットの反応を見て、これはいけるっと思ったのよねぇ。人気ロックバンドのゲリラライブの観客動員数が千人を超えることもあるから、それくらいは集まると思うわ」
銀座で待ち構えているだろう敵から身を守るため、梨紗は『おおきなお友達』を動員して、そのみんなに見守られる形で門の向こうへと帰るという方法を提示したのである。
いかな米中露とは言え、衆人環視の中で乱暴な方法は使えないだろうから。(中・露はいささか怪しいが)多少リスクは伴うが、街中でカーチェイスしたり銃をぶっぱなしたり、チャンバラを繰り広げるよりはよっぽど安全で確実と言える。
もちろん、目論見通りに行くのであれば妙案だから伊丹は諸手で賛成した。
「とにかく、昼までは仕込みを続けておくから、それまで先輩は寝てなさい」
そう言う梨紗に、伊丹は「あいよぉ」といいつつも素直に従った。ピニャ達がそうしているように、伊丹も助手席に座ると背もたれに体重を預けて目を閉じる。
「……それと先輩?」
梨紗はキーボードを叩きながら、続けた。
「なんだ」
「いいかげん、お母様のお見舞いに行きなさい」
「…………………………………………………」
返事すらしない伊丹の硬質な拒絶に、梨紗は身を固くした。そして「まだ、駄目なのかなぁ」と呟くと、もうそれ以上はこの話題に触れないようにするのだった。
・
・
・
・
ピニャは、目を閉じて眠ったふりをしながら伊丹と梨紗のやりとりを聞いていて、この2人は別れたと聞いたのだが、実際は充分に仲が良いと感じていた。
勿論、会話の意味が理解できるわけではない。ただ、交わされる声の響きや、口調から仲の良さを感じるのだ。言葉が理解できないからこそ、そうした響きに敏感になるとも言える。
とは言え、どんな会話がなされているのか理解できないのはなんとももどかしいモノである。(元)夫婦の睦言を盗み聞きする趣味はないが、ちょっとしたやりとりに自分や、祖国の将来を左右するような内容が含まれているかもしれないのだ。そう考えると、なんとしても日本語を習得しなければいけない。
特に、門のこちら側にある『講和を好ましく思わない勢力』の存在はピニャにとって危機意識を抱かせるに充分のものだった。
伊丹の語った、アメリカ、ロシア、中国を始めとする列強。これらの勢力のせめぎ合いによって、帝国の運命が勝手に決められてしまうと言うのは腹立たしいことなのである。
せめて、講和を望む勢力と共闘して、帝国の生き残りをかけた外交戦に持ち込みたかった。確かに軍事的には適わないかもしれない。だが適わないからと言って、運命を天に委ねていることは、帝室の一員として許容できることではないのだ。
運を天に委ねるのは愚か者のすることだ。天は良いことも悪いことも持って来るからだ。帝国貴族が頼るものは、ただ一つ己の力量である。
そのためには、広く門のこちら側のことを知らなければならない。日本は当然、アメリカやロシア、中国についてもだ。
それは、自分だけでは不可能である。
イタリカに戻ったならパナシュ、ハミルトン、ニコラシカ、スイッセス、シャンディー・ガフら…騎士団のメンバー達の協力を仰ぐ必要もあるだろう。帝都に戻って皇帝に報告もしなければならない。元老院議員や大臣らの説得もしなければ…。
旅亭で拾った「じゅう」。伊丹等に気付かれないように懐に隠したその感触を確かめながら、なんとしても無事に国に帰り、この世界の『芸術』を持ち帰るのだと決意するピニャであった。
・
・
・
・
* *
・
・
・
・
その日、テレビは朝から報道特集を流していた。
新聞の朝刊は、一面全部を用いて、時の内閣総理大臣の緊急入院と、辞意の表明を巨大な見出しで伝えている。
カメラの砲列は、東京女子医科学病院の建物を撮し続け、集まった報道陣とアナウンサー達は、マイクを片手に道行く人々に事態を知らせその驚きの表情を全国へと発信していた。
政権に対して批判的な勢力は、首相を「無責任」となじり、彼の振る舞いを『ヤスる』等の新造語をもって評する。
そんな大報道の影で、人々にあまり知られない人の動きがあった。
それに気付いたのは、『お粗末様でした!!』という民放昼番組の取材スタッフである。
彼らは、いつものようにカメラと音声、そして女子アナという組み合わせで、今回の首相の入院と辞意表明についての街の反応を拾っていた。
だが、銀座という街を行く人の反応は、判で押したようにみな同じである。
多くの人が、テレビカメラを向けられると、空気を読んだ対応をしてしまう。つまりは一概に「本当ですか?なんで急に…」と驚いたりするものだと思って、その通りに反応する。
あるいは批判的な立場に立つ人は「辞めて当然」「無責任な」という言葉を続けてみせる。
猟奇的な事件で「あの人?やっぱり、そういうことをしそうな人でした…」といった、ステレオタイプな反応を示すのと同義である。
こうやって集めた映像素材は、10…いや、100拾って1、使われれば御の字という世知辛い世の中である。当たり前の反応、意外な反応…これらを、番組の編集担当者が視聴者にどう印象づけたいかという意図に基づいて、切り張り加工して報道番組はつくられるのである。
その為には、どれだけ彩りに溢れた素材を拾い集めることができるかが、取材スタッフの力量の示し所なのである。
ところが、そのことがまだわかっていないアナウンス部の新人 栗林菜々美は何人目ともつかない男性にマイクを突きつけて、今回の首相の入院についてのコメントをとっていた。
紋切り型の質問には、紋切り型の反応が帰ってくる。それがメモリにデータとして収録されていく。番組プロデューサーが欲しいのは「典型例」だけでなく「極端例」である。なのに、彼女は「典型例」と「典型例の亜型』しか拾ってこないのだ。
当然、彼女の集めた素材が使われることはない。滅多にない。
カメラや音声の士気は低下して、ディレクターから「ちったぁ使える絵を拾ってこい」とお小言を言われ、メインのキャスターからも「もっとがんばらないといけないよ」と言われてしまう始末。同期の女子アナには、すでにレギュラー番組をもっている者もいると言うのに…。
彼女としては、自分の取材映像が使われるように努力をしているつもりなのだ。だが努力の方向性に問題があった。質問のしゃべり方、抑揚、マイクの向け方のみならず、思いあまって姉譲りの巨乳を強調するような服装に変えてみたこともある。途端「あなた、色物キャスターで終わるつもり?」と先輩に睨まれたりもしたが。
ため息をつきながら、今度は誰に声をかけようかと周囲を見渡す。銀座の繁華街だ。取材の対象に困ることはない。
そして気付く。人の動きが妙にぎこちないことに。
銀座は、人の動きのある街だ。中央通りを北から南へ、そして東から、西から流れているのが正常である。なのに、今日見える風景は、人の動きが滞っていた。信号待ちをしているわけでもないのに、待ち合わせ場所としてもふさわしくない路傍で、多くの男性が立ちつくしている。
それも1人や2人ではない。
流れて行く人々が、彼らを邪魔に思う程度に立ち止まっている。何かを待っているかのように。
「今日、何かイベントとかあったっけ?」
音声担当が「聞いてナシよ」と答えてきた。
カメラは、ピントをいじりながら街に立ち止まる人々の姿を撮っていきながら気付いた。
「だんだん増えてるぞ」
ゾロゾロと何とはなしに、立ち止まっている人々。その人垣を抜けるようにして、本来の買い物客達が通っていく。
「どっかのアイドルが路上でゲリラコンサートでもひらくとか?」
「ちょっとカメラ、回し続けてよね」
菜々美の言葉に、カメラが『力』を入れ直す。
「わかってるって。それよりお前も連絡忘れるなよな!」
初めてつかめそうな特ダネの香りに酔っていた菜々美は、大事は局へ報告するという基本をすっかり忘れていた。
カメラマンに指摘されて慌てて携帯電話に手を伸ばすのだった。
・
・
・
・
CIAの日本支局員の統括責任者、グラハム・モーリスは急な動員に不平不満を漏らしつつも、銀座の一等地につくりあげられた『銀座駐屯地』と呼ばれる一辺200メートルのフェンスと鉄条網に囲まれた正方形の地域を一周しつつ、コードネーム『来賓』が姿を現すのを待ちかまえていた。
銀座駐屯地の営門はひとつ。
その前には、銀座事件の慰霊碑と記帳台が置かれ、今でも献花する人の姿が絶えない。
そんな中にやって来るであろう『来賓』を丁寧且つ迅速に、キャッチして我が合衆国へと移送することが彼の任務であった。
日本政府との話はすでについている。
まさか首相が辞任というアクロバットを使ってこちらの握っていたカードを帳消しにして来るとは思いもよらなかったが、少なくとも妨害はしないという約束は有効のはずである。従って警戒するとすれば中国、ロシアであった。
箱根に派遣したコマンドチームが全滅したのも、中国・ロシアの工作員との不幸な遭遇戦によるものであったと報告が来たのである。
見れば、なるほど外国人の姿もちらほらと見える。
この全てがそうではないのだろうが、この中には確実に敵が居る。彼の勘はそう告げていた。
ロシア・中国の妨害を排して、来賓を迎える。神経を使う困難な作戦だが、自分達には決して不可能ではない。どの国も、この銀座という繁華街の中で出来ることには自ずと限界があるのだから。
だが、しかし……
見ると、なんだか人が増えてきていた。部下の1人に尋ねてみる。
「今日は、何か行事が予定されてたか?」
「そんな情報はありませんが?」
「それにしてはこの人の数は異常だぞ」
「まるで、コ○ケだ」
そう、気がつくと銀座の道という道は、人混みで溢れかえっていたのである。
それは中央線と山手線が同時に事故って電車が遅れた時の新宿駅のホームのごとく有様であった。
そこから立ち上る陽炎にも似たそれは、人間を箱に詰めてぎゅうと押し込んだらこんな感じになるという熱気と、ストレスから立ち上るある種の殺気に近い苛立ちによって醸し出されたものであろう。
銀座の中央通りにいたっては歩道では人が収容しきれず、車道にあふれてしまったために自動車の通行の妨げとなっているほどだ。
「こりゃあ、千の単位じゃないぞ、万…いや下手するとそれ以上?」
銀座中央署の交通課長の岩崎は、巡回の警察官からの報告をうけると…パトカーは大渋滞で動かないため…徒歩で現場に駆けつけ、異常に増えた人の数にびっくりしていた。
見れば、無届けデモの類でもなさそうである。これだけの人が、どこに行くともなく、銀座の街を埋め尽くして、ただひたすら何かを待っているのである。
テレビの取材クルーが来ているので、声をかけてみる。
「この人数は、いったい何を目当てに集まってるんだ?」
彼らは、制服警官から問いかけられると思ってもみなかったのか、戸惑った様子を見せたが、溌剌とした明るい表情の女子アナが代表して答えて来た。
「みんな、特地から来た女の子を一目見ようと集まって来たらしいですよ」
菜々美達は献花台が最もよく見える場所にカメラを据えて、一番の映像をモノにしようと待ち構えてる。
出遅れた他局の取材スタッフは、渋滞と人垣によって銀座に入ることすら出来ずにいるということであった。
その代わりではないだろうが、明らかに取材のものと違うカメラが数百台、三脚を列べていて、報道カメラマンとは種類の異なる熱気を放っている。
局長からがっちり取材してこい。もし、出来たら「報道局長賞モノだゾ!!」という言葉を頂いて意気軒昂の菜々美である。
・
・
・
・
「これ、どうしろって言うんだよ」
運転席の富田は、車道まで溢れた人の群れによってちっとも進まない大渋滞を前に苛立っていた。
車は新橋で停止。苛立ったドライバーが、クラクションを鳴り響かせ、これを受けて怒鳴り声や罵声が飛び交う。
警察官が警笛を吹いて懸命に交通整理をしようとしているが、急な出来事に絶対数が不足して対応できないという状態である。
「まいったなぁ。ここまで凄いなんて」と頭を抱えたのは梨紗である。
彼女は完全に読み誤っていたのである。
テュカ、ロゥリィ、レレイの三人が銀座に姿を現すという情報は、ネットを通じて瞬く間に駆けめぐり、3人を一目見ようと、日本全国津々浦々から集まった人の数、なんと推定で4万人(警視庁調べ)という規模に達しようとしていた。東京ドーム収容人数が4万5千人だから、どれほどのものか想像できようと言うものだ。
「い、イタミ殿。これだけの群衆はいったいどこから湧いて出てきたのだろうか?」
「ど、どこかで戦でもあるのでしょうか?」
ピニャとボーゼスは、完全にびびっていた。
本日の主役、レレイとテュカとロゥリイは、それぞれに弔意用のどでかい花束に埋もれている。
「これ、絶対動きませんよ。どうします?」
という富田の声に、伊丹は「歩くしかないよなぁ」と答える。
「でも、これ外に出たら危なくなっすか?」
「大丈夫よ」
請け負ったのはロゥリィだった。
彼女は、右手に梱包を解いたハルバートを持ち、左腕に花束を抱えると、スライドドアをあけて車の外に降り立つ。
長く座っていて身体が強ばったのか「う~ん」と背伸びを一つ。そして、ハルバートを小脇に抱え近くにいた、群衆の青年Aに声をかけた。
「ギンザはどっち?」
すると…
現場で、それを目撃していた梨紗は後にこう語った。
「映画の『十戒』で、海がバッと割れて道が開いていくシーンがあったでしょ。それを見ているみたいだったわ。人の群れが、彼女を前にして道をあけていくのよ」