[1507] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり /正式版 23
Name: とどく=たくさん◆20b68893 ID:5eba37fb
Date: 2008/07/01 20:39
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地下鉄丸の内線が、滑るように『国会議事堂前』駅へ入ってきた。
駅の立地条件もあって終業時刻となったお役人とおぼしき人々が、そろそろ帰宅の途につこうという頃合いでもある。
さすがに業務中に国会中継を見るという不行き届き者はいなかったようで、ホーム上にいた他の乗客達は、レレイやテュカ、ロゥリィの一際目立つ外見にさりげないチェックを入れても、ジロジロと見るようなことはなかった。
どちらかというと、伊丹に対する視線の方が痛かった。
今の服装は陸上自衛隊の制服を脱いで、地下鉄に乗るようにと知らせてきた駒門の部下から受け取ったグレーのスーツにコートという姿である。
これを着ると見た感じうらぶれたサラリーマンのようになってしまう。こんなパッとしない男が、金・銀・黒の美女、美少女を合わせて3人もまとわりつかせていれば、あまりの不釣り合いさに誰だって「こいつ何者だ」という視線を投げかける。
余りにも毛色が違うから「娘です」とか「親戚です」という雰囲気をまとうことも難しい。かといって「恋人です、羨ましいでしょう?」と、砂を吐きたくなるような雰囲気を発することも、伊丹の男ぶりではちょっと無理であった。
善良な第三者が伊丹を見て思うのは、酷い例だと海外の女性を騙すか脅すかして、誘拐してきた人身売買組織の悪人の「手下その3」…あたりである。
わりとマシなのは、来日した外タレの観光案内を仰せつかった『怪しい』タレント事務所の『スタッフ3号』だろうか。どちらにしても怪しさ満点である。それでいて、一番の悪とは思ってもらえない。三番目くらいというところがポイントかも知れない。
こんな事なら、観光会社の小旗でも作っておけばよいのである。それを振りながら「はい、こっちですよ~」とか言っていれば、世間は、一流旅館を含む風光明媚な風景、そして高級料理の写真を広告にのっけておきながら、すみっこに『これはイメージ写真です』とか書いてあるような広告を出す、怪しい観光会社のツアコン程度に思ってくれただろう。
指定されていた先頭の車両を待ちかまえていた伊丹は、列車のドアと連動したスクリーンドアとが開くと、人々の視線から逃れるような気ぜわしさで素早く乗り込んだ。
レレイやテュカも、伊丹に続いて電車の中を珍しげに見渡しつつ入ってくる。
ロゥリィは、珍しいことに表情を少しばかり引きつらせていた。
見ると、車内で待ちかまえていたピニャとボーゼスの2人も不安げだ。富田と栗林がそれぞれをエスコートしている。
「よう」
伊丹が手を挙げる。富田が黙礼して話しかけてきた。
「ホテルから、バスで移動するとばかり思ってたら、急に四谷駅へ行って地下鉄に乗れって言われましてびっくりしましたよ。時間もなかったし、慌てました」
「ま、問題なく乗れたようだし、いいんじゃないか?」
伊丹は、富田の腕にしがみついてるボーゼス嬢へと視線を送った。
富田がボーゼス嬢を心憎からず思っていたことは周囲の誰もが感づいていたから、「はいはい、おめでとさん」という気分である。見ていて腹が立つほどだ。
革のパンツに、ジャケットという服装で背も高くワイルドな雰囲気の富田は、金細工でゴージャスなお嬢様であるボーゼスを隣に立たせても全く遜色ない。要するにお似合いなのだが、ボーゼス嬢の表情は不安から逃れようとしてのものが感じられて、甘い雰囲気など微塵も感じさせない。
ピニャも、ボーゼス嬢ほどではないが、ぎこちない表情をして栗林につかず離れず立っている。今、大きな音が鳴ったり、電気が消えたりしたらピニャは悲鳴を上げて栗林にしがみつくんじゃないかなぁとさえ思える。
思わず、わっ!!と脅かしてみたくなるが、顰蹙を買いそうなのでやめておく伊丹であった。
「丸の内線が地下を走るようになってから、カタコルーベに連れ込んでどうするんだって怯えはじめて。大丈夫だって言い聞かせてるんですけどね、天井は崩れてこないのかとか、灯りは消えたりしないかとか、このまま地の奥底へ連れて行くのか?とか心配してて…」
四谷あたりだと、丸の内線は地上を走っている。それが途中から地下に入ったので、びっくりしたのだろう。そう言うものだと解っている我々は気にならないが、何につけても初めてのピニャ達にとっては、驚天動地の出来事かも知れない。車内は灯火が明るくとも、車窓の外は真っ暗な地下だ。この乗り物がどういうものかという予備知識もなく、どこに行くのかも知らされていない現状では、不安感を抱いたとしても無理からぬ話だ。
「カタコルーベ……お化け屋敷みたいなもんか?(初出の単語なので、単語帳に記入しつつ)慣れないと地下鉄の走行音ってのも耳障りかも知れないし。恐いのもしょうがないさ。まぁ、でも今でよかった。一昔前の丸の内線って、走行中に電気が途中で切れて真っ暗になることもあったそうだ」
そんな風に話していると発車の合図音がして、その後ドアが閉った。
ロゥリィは、音の一つに一つにその都度驚いてはビクビクとしていた。小さく震える手を伸ばし、伊丹へとしがみつく。
「ど、どうしたんだ?」
ロゥリィも、ピニャ達と同じなのだろうか?だが、ロゥリィのビビリ様は、ピニャ達のものとは、いささか質が異なる感じである。
「じ、地面の下はハーディの領域なのよぉ」
「ハーディ?知り合いか?」
「あいつヤバイのよぉ。もし、こんなところに居るのを見つかったら、無理矢理お嫁さんにされかねないのぉ。200年くらい前に会った時もぉ、しつこくって、しつこくって、しつこくって、しつこくって、しつこくって、しつこくって…」
そう言って、ロゥリィは伊丹の左腕に自身を左腕を絡めてがっしりと抱きかかえた。右腕は、例によって帆布に包まれたハルバートを抱えている。どんな存在なのかは良くわからないが、ハーディという神様(地下というイメージから魔王ということもありえるか?)をロゥリィは毛虫のごとく嫌っているようである。
「それで何で、俺に?」
「ハーディー除けよぉ。あいつ、男なんて見るのも厭って奴だから、例え見つかっても男の側にいればよって近寄って来ないかも知れないでしょぉ」
この時、伊丹は間違っている、と強く主張したかった。「か、勘違いしないでよねぇ。ただの虫除けぇ、カモフラージュなんだからぁ!!」といったセリフこそが、こういう場面ではふさわしいはずである。
異世界の住人に門のこちら側の常識(?)に従うことを求めるのは、間違いであることはわきまえているが、やっぱりロゥリィがお約束のセリフを口にするのを聞いてみたいと思ってしまうのが、オタクとしての正直な気持ちなのである。これは教育の要があるかも知れないと心密かに決意する伊丹であった。
次の停車駅『霞ヶ関駅』では、駒門が「よおっ」と乗り込んで来た。
「どうでした?」とは伊丹。
「見事にひっかかりました。市ヶ谷園から、レトロパシフィカに場所を変えたことを知っていて、地下鉄に移動手段を変えたことを知らなかった時点で、機密漏洩の容疑者を2人まで絞り込めた。わき出てきた連中には、今切り返しをかけてる。程なく、素性が割れでしょう」
切り返しとは、追跡してきた連中を逆に尾行して、『どこの誰か』を確かめることである。
「その2人、どうするんで?」
「置いておく予定です」
「捕まえたりしない?」
「必要ありません。そこで水が漏れるということをこっちが承知していればよいのです。それに、敵さんもガセネタ掴まされたと解った段階で、切り捨ててるよ。どうせ、左がかった思想にかぶれてるか、ハニートラップにはまっただけのどっちかだし。いちいち処分してたらキリがないもん。当然、フォローはいたしますがね」
「ハニートラップねぇ…」
「ハニートラップってのは、罠だと承知してかかれば、美味しい思いが出来ます。上司にハニートラップかけられてるようですって申告しておけば、漏洩させて良い情報を用意してくれる。金、女、好きなだけ喰い散らかして、上の用意したガセネタかませばいい。敵が怒り狂って暴露するぞと脅してきても、こっちは先刻承知。みんな知ってる、それがどうしたと笑えば良い。なのに、それが出来ないのだから困ったもんだよなぁ」
そう言うことが出来そうもない人間だからこそ、敵も狙ってくるんだと思うところである。要は教育の問題なのだが、日本人は、防諜という概念は伝統的に薄いのである。そこに国防に熱心であることを悪のごとく扱う風潮が加わるから、どうにもならなかったりするのだ。
どこの国か、俺にハニートラップを仕掛けてくれないかなぁと駒門は下品に笑った。
「伊丹さんには、ハニートラップの心配はないですね」
「そう?」
「だってねぇ…」
そう言いながら、伊丹の左腕をしっかと抱きかかえるロゥリィへと視線を向け、次に伊丹の右に立つレレイへと視線を向ける。斜め後ろのテュカも、ジーンズにセーターというアメリカの女子高生風外見に戻っている。
駒門は、国会中継を見てないからロゥリィやテュカの実年齢を知らないのである。
「幾ら某国だって、この年齢層の工作員は養成してないでしょ…しな……いや、待てよ」
ロリな工作員を敵さんが養成を始めたら、我が国にとってかなりの脅威となるかも…などと呟きつつ、「いや、まて、待て、待て。最近噂されている少女コールガールの組織を、その方面から当たってみる必要もあるかな…」と、急に考え込み始めた。
「コールガールの組織がどうしたって?」
「いや、な…」
駒門は、周囲を見渡して女性達の耳に入らないよう、小声で説明を始めた。
この手の組織は、スキャンダルに敏感な高級官僚とか一流企業の経営者ばかりを顧客とする。送り出されてくる少女の方も超高級の上玉ばかりだ。ブランド物のドレスやスーツ、あるいは着物。そういった金のかかる格好をして超のつく一流ホテルに、まるで家族連れの如き雰囲気で投宿すれば誰も疑わない。
もしその組織が某国の工作機関だったら、ターゲットとなりうる客がついたら、少女とのいかがわしい行為に及んでいる場面を隠し撮りして、後でこれをマスコミにばらまくと脅す。今なら、動画サイトにアップするのでもよい。
対象が大人の女性なら自由恋愛とか言い逃れのしようもあるが、相手が見た目にも解る少女とあってはハニートラップと解っていても対処不能。後は破滅だけが残る。だからこそ、脅された側は絶対に拒絶できない…。
「まさか…そんな年頃の女の子をどうやって」
「それが出来るのが、独裁国家なんですよ」
少女を選抜し(時に拉致し)、洗脳教育を施し、送り込む。人は教育次第で何にでもなる。爆弾背負って自爆テロに走らせることも、銃を持たせて人殺しを厭わない少年兵に仕立てることだって、人権という言葉を知らない国なら非常に簡単なことなのだ。歴史に名を残す妲己や褒?、西施、あるいは貂蝉…女性を武器として使うことに関しては、あの国は前例に困らない。
伊丹を眺めながらその事に気付いた駒門は、携帯電話を取り出すと知り合いの捜査担当者宛にメールを打ち込み始めた。走行中の地下鉄内だから、アンテナこそ立っていないが文面を打っておいて、後で発信すればいい。
「このあとだが予定を早めて、伊東へと向かいます」
駒門は、携帯に文字を撃ち込みながらも、伊丹に今後の行動予定を告げた。だが、ロゥリィが口を挟んできた。額に珠のような汗をかいて必死な形相であった。
「ねぇ、すぐここを出たいのぉ」
「どうした。乗り物酔いか?」
「どうにも、気になるのよぉ。落ち着かない」
「乗り換えは次の次だし、もう少し我慢できないか?」
この時、ロゥリィの爪が伊丹の二の腕に食い込んだ。真剣な、そして懇願するかのような視線が伊丹を突き刺す。よっぽど辛いようだった。
タイミング的には銀座駅に到着したところだ。ドアも開いた。
二の腕に食い込んだ爪が相当痛いはずなのに、痛くない。そんな不思議を感じながら、伊丹は力の籠もるロゥリィの手に自らの手をそっと添えた。大きくため息をつきつつも駒門へと視線を向ける。
駒門はよくわかってない様子だ。周囲を見渡して、レレイからは無表情のままの視線を交じらせて来て許諾、テュカは肩を竦めてしょうがないなぁという態度ながらやはり許諾の意を示した。
富田と栗林は伊丹の部下だから従うのが当然。ピニャやボーゼスだって、地下鉄に乗っていることが良い気分では無いようだから、反対はしないだろう。
帰宅や買い物の客で、地下鉄は混み始めている。降りる客の流れが終わって、乗り込む客が車内に流れ来ようとする、その瞬間。
「と言うことで駒門さん。俺等、ここで降りるわ」
「降りるよ~」の声と共に、伊丹等はお上りさんを彷彿させる大家族のノリでわいわいとホームへと降りていく。人の流れに逆行するという空気の読めない振る舞いに、乗り込もうとしていた客達はみな嫌な顔をした。が、見ればピニャやボーゼスらは外人だということもあって、皆あきらめてしまう。日本人の「空気読め」という感覚は、同じ文化の人間に対して発動される。明らかに人種や文化が違うと「しょうがねぇや」という寛容さがとってかわるのである。
「ちょっと待てって、あんた、こっちにも段取りというものが」
駒門も置いてかれまいと、人をかき分けつつ後に続いた。こちらは日本人である。遠慮無く空気読めという感覚が発動されて、人の流れが彼をぐいぐいと押し返した。駒門は必至になって人の波を泳いでどうにか列車から降りた。
「いいじゃないか。一駅くらい歩いたって」
銀座から東京駅は、目と鼻の先だ。歩いたってたかが知れている。
地下鉄丸の内線、すなわち今降りたばかり電車が、銀座・東京駅間で発生した架線事故によって停止したことを知らせるアナウンスが響いたのは、伊丹達が改札を出た頃であった。
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地下鉄駅から地上…夜の銀座に出てようやく緊張から放たれたらしく、ロゥリィは、う~んと両腕をのびのびと延ばしていた。例え空気は汚れていたとしても地下にいるより安心できるらしい。よっぽどハーディという存在に近づきたくないようだ。ピニャとボーゼスも、地の奥底へとつれていかれずに済んだという、安心感からか実に幸せという表情をしていた。
みな、夜の銀座の街を見渡して、昼間とはまた違う風景の煌びやかさに目を見張っている。クリスマス商戦のイルミネーションは、ひときわまぶしく色鮮やかだった。
栗林と富田は、寸前まで自分達が乗っていた列車が、架線事故が停まったという事実を重く受けとめて周囲への警戒の視線をめぐらせている。
「敵さん、何が目的だと思う?」
伊丹の問いに、駒門は目を細めた。
「こっちを威圧してるんでしょう。ついでにこっちの力量を測ろうとしている気配があるな…威力偵察っていう奴だ」
異世界からの賓客が乗っている(と見せかけた)マイクロバスへの、威嚇追跡。
地下鉄で架線事故を演出して、しばし電車を止める。
どちらも、直接危害を加えようとするものではないが、こちら側の危機意識をあおるには充分である。
狙われていることをこちらに意識させ、怖がらせる。すなわち示威行為だ。言わば「お前等に、いつだって手が届くんだよ。憶えておきな」という類の警告なのだ。ただ、それらの全てが成功してない。マイクロバス追跡は駒門の策略で、地下鉄停止はロゥリィのおかげて回避された。
「敵さんも、2度も空振りして今頃焦っているはず。次に空振りすれば三振だから、今度の手はもっと直接的で、解りやすい手段になる可能性が高い」
交通手段を地下鉄に切り替えたことを知っている人間は極めて少ないため、どんなルートで情報が敵に漏れたのかを推測しようとして、いささか混乱気味な駒門である。何度も尾行をチェックするのもそのせいだろう。
「解りやすい手ってのは?」
「例えば…」
言った瞬間、ロゥリィが襲われた。彼女の帆布に包まれた大荷物を、人混みから現れたチンピラ風の男が奪い取ろうとしたのである。
「荷物をひったくって後を追跡させて、罠に誘い込む…ってのは古典的な手口なんですが、なにやってるんだぁこいつ」
チンピラは、ロゥリィの荷物に押し倒されて動けなくなっていた。その大荷物の正体を知る伊丹達はさもあらんという表情で、チンピラを気の毒に思うだけである。だがそれを知らない駒門は、小さな少女が軽々と抱えていた荷物に押し倒されて、なんで呻いているんだろうと不思議に思った。
駒門は、チンピラにのしかかる帆布に包まれた大荷物へと手を伸ばし、持ち上げようとした。そしてその瞬間、立木の枝を折るような音が彼の腰部から聞こえる。
「ぐ!!」
急性の腰椎捻挫…すなわち、ぎっくり腰である。下手をすると椎間板ヘルニアを起こしている可能性もある。腰に走る激烈な痛みに、駒門は崩れるように両膝をつくと、両腕で腰を押さえて地に伏した。
「なんてぇ重さだ。バーベル並みだぜ」
額に脂汗を流しながら倒れ伏す駒門。
周囲には野次馬の人垣がぐるりと周囲を取り囲み、しかも遠方からは救急車とパトカーのサイレンが聞こえてくる。さらには、国会中継を見た人もいたようでロゥリィとか、テュカ、レレイにカメラ付き携帯を向ける人々も出てきた。
ここまで衆目を浴びてしまえば、隠密裏に襲撃することは不可能と言える。
こうして、見えざる敵の三回目の攻撃は、駒門の献身的な犠牲によって防がれたのであった。
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料金滞納が祟って、携帯が止まった。
ガスも止められた。
水道代も督促が来ていて、そろそろヤバイ。
年金、健康保険料?んなもんとっくに滞納中である。
パソコンが止まったら破滅だから何としても電気代と、ネットの光回線代・プロバイダ料は支払ったが、そのかわりに食事が徹底的に貧してしまった。
99円屋で、コーンフレークと豆乳を買って、朝食と昼食の2食分とする。208円(一食104円)。
99円屋で、総菜とご飯。208円。これが晩ご飯。
ありがたや99円屋。我が国日本は、なんて豊かな国なのだろう。
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……昨日から三食が、シリアルと豆乳となった。なんとヴァリエーション豊かな食事だろう。だがしかし、これで1日を312円で過ごすことが出来る。なんとか食を繋いで生き延びる。生き延びてやる。
「冬コ○までの我慢、我慢」
そう念じながらペン・タブレットを握る。あと10ぺーじ…であった。
Xディまで持たせれば、まとまったお金が入る。借金と滞納していた公共料金を支払って、お正月が迎えられる。温かいご飯が食べられるのよ。
「そう思って我慢してきたけれど、そろそろマジでヤバイ。
夢にまで、シリアルが出てきた。要するに人間は、明日のマン円よりも今日の100円なのよ。って、こんなところで人生の真理を悟ったところでなんになるのだ~あたしぃ」
電気代が恐いので、空っぽの冷蔵庫のコンセントを抜き、室内の電灯も必要最低限以外は消してしまう。暖房?何それ。服を沢山着込めばいいのよ。パソコンのスリットから漏れてくる空気もあったかいし。
パソコンの液晶画面の光だけが、今や室内を灯す照明となった。
「誰か金貸して…」とPCメールを打ってみたが、サークルの仲間は皆ほぼ似たような状況。印刷所の締め切りに負われて忙しいか、金欠で汲々としている。よって、つれない返事ばかり。
親は勘当状態で頼み込めるはずもなく。いっそのこと、夜の街角で立ちんぼするか?
などと思った瞬間、窓ガラスに映った自分の姿が見えた
ここしばらく手入れしてない肌。ボサボサもじやもじゃの髪。牛乳瓶の底みたいなメガネ。クマの出来た眼。暗い部屋を背景に、モニターの光に照らされた幽霊みたいな姿だ。不摂生な生活で痩せぎすの手足、緩んだ筋肉、たるんだお腹…スタイルにもいろいろ難あり。
大きなため息が出てくる。
「こんな29女を、金払ってまで抱きたいなんて思う男なんていね~って」
PCに、友達からの返事メールが入った。
『あんた、なんだってヨージと別れたのさあ?少なくとも衣食住は保障されてたやないの?馬鹿なことしたよねぇ』
「言わないでくれ。つくづく馬鹿だと思ってる。だけど、それだけは、ヒトとして駄目だと思ったのよ~」
先輩と結婚したのは、親が早く結婚しろ、結婚しろと煩かったからだ。
あの時も今と同じようなシュラバで、収入の安定しない毎日の不安から先輩の持つ『国家公務員』という肩書きが、とても魅力的に見えたのだ。
それに中学時代からのつきあいで、先輩という人の性格を良く知っていたこともある。先輩の家庭事情を知っていたこともある。
クリスマス(25才)が近づいて、なんとなく血迷っていたのもある。
お腹をすかせていたあたしは、お腹が減った奢ってくれ、と頼みこむ。
先輩は、「ま、いいよ」と近くの居酒屋につれてってくれて、焼き鳥をごちそうしてくれた。
安定した収入の威力というものを、とても強く感じた。あのときの、ネギ焼きやボンボチ…の美味しかったこと。
「先輩、養ってください。かわりに結婚してあげます」
と、酔った勢いで頼み込んでしまったのだ。先輩なら、断らない。その事を知っていて。
先輩の答えは思った通りの即答…ではなかった。しばし、あたしの事をみつめて、何を考えているのか不安になるほどの一時が過ぎて、それから「いいよ」という答えが返ってきた。
おそらく、きっと…先輩はわかっていたのだ。『結婚してあげる』かわりに『養って』という意識で、結婚生活がうまく行くはずないってことを。
わかっていて、それでも「いいよ」と言ってくれる。それが先輩だった。
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その先輩に向けて、助けてくれとメールをうつ。
世間的には、別れた夫にこんなこと頼むのはおかしなことだろう。でも、先輩とあたしは嫌いあって別れたわけではないし、ただ、あたしが結婚というものを、甘く考えていただけで、先輩は悪くなくて、結婚という間違った関係をもとに戻したかったから離婚届にハンを押してくれと頼んだだけで………そんな先輩に頼ってばかりの自分は、どうかしてると思うけれど……。
メールを発信しようかどうしようか、パソコンを前にして悩む。悩む。悩む。
『我、メシなし、ガスなし、携帯代なし』
まるで核兵器の発射ボタンを押すかのような、苦渋の決断であった。
「………………………………………………………………あたしって、身勝手な女」
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もう、めしを食ってない。最後に食べたのは昨日だっけ、おとといだっけ。
ひもじさを突破して痛みすら感じるなかで、眠さと疲れで重たくなった眼と、かちかちに凝った項と肩とに気合いの拳をたたき込んで、「あと1ぺーぢ」と呟く。
27インチワイド TFT液晶モニタの右下隅に表示される時計が、23時35分になったころ。
部屋のドアが何者かによって開けられる気配を感じた。
鍵が差し込まれ、軽快な音を立てる。
ドアのきしむ音。冷たい冬の空気が流れ込んでくる。
「なんだ、起きてたのか梨紗。部屋を真っ暗にして何してんだ?もう寝てるかと思ったぞ。それになんだか寒くないか、ここ。エアコンぐらいつけろよな」
あたたかい声は、伊丹耀司先輩、その人だった。
「あ、先輩」
あたしはその名を呼んだつもりだった。なのに自分の口から出た声は「ごはん」だった。情け無ぁ…。
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梨紗にとって、それは驚天動地の出来事だった。
「せ、先輩が女を連れてる」
夜の夜中に、女をつれて「よおっ、悪いけど朝までかくまってくれ。疲れた」とやって来たのである。それはもぅ、梨紗の知る伊丹のすることではなかった。
「………お前は……誰?」
「はぁ?俺だろ。空腹で頭が変になったか?」
「違う、あんたが先輩であるはずがない!!」
伊丹の手が一瞬止まる。
「へぇ、じゃあ俺が俺じゃなかったら誰なわけ?」
「鬼だ」
「へ?」
「お前は先輩じゃないっ!あたしの先輩を返せ!」
「おいおい、本当に呆けたんじゃないだろうな。メシもちゃんと食ってないようだし、痩せ呆けってやつか?」
伊丹は梨紗の頭に手を伸ばそうとした。
「触るなっ!!この鬼めっ!!返せっ!先輩を返せっ!あたしの最高の旦那だった、伊丹耀司を返せええええええええええええええええっ!!」
伊丹はため息をつくと、肩を落とし「そのネタは、わかりにくいぞ」と呟く。実際、伊丹以外の誰も理解できない、と言うか素養がない。
なのに、「先輩っ戦ってください。先輩はそんな鬼に負けない、強い男のはずです。こんな美女、美少女をゾロゾロと引き連れて歩いているような鬼畜は、先輩じゃありません!!」と、一生懸命セリフを続けている梨紗を後目に、伊丹は「あ~、入ってくれ」と、ドアの外にいた女性達を部屋の中へと迎え入れるのであった。
見れば、外人ばっかりである。
問題は、梨紗の琴線に触れるタイプばかりであることだった。
「うわぁぁぁぁぁっ!黒ゴス少女に、きんぱつエルフ、銀髪少女と、紅髪のお姫様っぽい美人に、縦巻きロールのお嬢様っぽい美人と、巨乳チビ女はどうでもいいか……国際的なコスプレの催しってあったっけ?」
その手のイベントのスケジュールはすっかり頭に入っている梨紗であるが、今年は冬○ミまではなかったはずである。そんな梨紗の疑念に伊丹は窓から外を警戒するように見渡しながら、深夜の訪問を詫びて事情を説明した。
思わず、「かわいいよぉぉ」とロゥリィに抱きつこうとする梨紗。ひょいとよけられて、ダイナミックに顔から床に滑り込んだ。
「実は宿泊したホテルが火事になって………焼け出されちゃったんだ、これが」
「火事?」
梨紗はパソコンをネットに繋ぎニュースを検索した。
市ヶ谷園の火災が記事となっている。出火原因は「放火か?」と書かれている。
その下には、丸の内線の架線事故。
そして、国会での参考人招致が写真つきで記事になっていて、梨紗の目にとまった。写真に映っている、異世界から招かれた少女達の姿が気になったのだ。
「ん…」
開いてみると、ロゥリィ・マーキュリーの「あんた馬鹿?」発言が大きく取り上げられていた。高齢者=老人という、我々の概念を根底からたたき壊す、異世界からの美少(?)女軍団。と言った記述がスポーツ系新聞では書かれている。
他にエルフ美人や、銀髪の少女の写真も載っている。
『ようつべ』や、『ニヤ動』にも参考人招致の動画がアップされ、コメントやアクセス数がもの凄いことになっている。
動画に映っている黒ゴスの少女を見て、そして、今自分の部屋にいる黒ゴス少女を見比べる。
真っ黒で、フリルたっぷりのゴスロリ服。黒色の薄い紗のベールに覆われた黒髪。そして、何が入っているのか彼女の背丈を超える帆布に包まれた大荷物。なによりも、幼げなのに妙に成熟した大人の女然とした切れ味のある容貌は、この世に二つとしてないものだろう。
結論…同一人物。
動画に映っているエルフ女性を見て、そして、今自分の部屋にいるきんぱつエルフとを見比べる。
腰まである金糸を流したような髪。笹穂長耳は、綺麗な曲線を描いて、髪の隙間から後方に半分ほど突き出ている。アクアマリンのような碧眼。着ている服こそ国会でのリクルートスーツっぽいものから、細い脚の曲線がくっきりきっちり浮かび上がるストレッチジーンズに身頃たっぷりのセーターと変わっていたが、身体的特徴はやっぱり見間違えようがない。
結論…同一人物。
動画に映っている銀髪少女を見て、そして、今自分の部屋にいる、銀髪少女とを見比べる。
光の当たり加減で、白髪とも銀髪とも表現できる髪を短くショートにして、肌も博多人形ばりの白さ。小柄な身体は、中央アメリカのポンチョにも似た生地の厚いローブですっかり包んでいて、かえって首や肩の細さが目立ってしまう。整ったその容貌は表情こそないが、かといって能面のような無機的な気味の悪さがなく、しっかりと生きた人間であることを感じさせてくる。強いて言うなら無表情という名の表情をもった少女。
結論…同一人物。
ニュース記事の、参考人招致へと至る一連の説明を読み込んで、ようやくポンと手を打って合点のいったことを示す梨紗であった。
「そう、この娘たちはレイヤーじゃなくて、ホンモノなのね。ふふフふふふフふふふフふ腐腐腐腐腐腐腐腐腐腐腐腐腐腐腐腐」
独りほくそ笑む瓶底メガネ女を眺めて、「な、なに?これ」と一同を代表して尋ねたのは、テュカである。
女捨ててると言いたくなるような梨紗の姿にしろ、あちこちに置かれたダンボール箱や、積み上げられ山をつくっている薄っぺらい本や、生きているのでは?と思ってしまうほどの精巧な人形がずらりと列べられた部屋の有様も、やっぱり奇怪である。
ロゥリィは「ここにも、ハーディがいたぁ」と、おびえを隠そうともせず伊丹にしがみついた。半分泣きそうである。
「これは、俺の『元』奥さんだ」
「えっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっつ!!」
「二尉結婚できたんですか?っというか、こんな男と結婚するような物好きが居たってことじたいが、驚きっ!!だけど、実物見てみたら、非常に納得できる組み合わせっ」と、巨乳チビ女こと栗林の声は、この場にいた皆のこころを代弁していた。
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梨紗の部屋に、久しぶりに明かりが灯された。
エアコンも長い休息を解かれて、あたたかい空気を吐き出している。伊丹から緊急援助を受け、とりあえず電気代支払いの心配がなくなった梨紗の大盤振る舞いである。
とは言っても一同は、ようやく落ち着き場所を得てたちまち雑魚寝状態で眠ってしまった。門の向こうでは、旅の最中は野宿・雑魚寝は当たり前だし、お姫様方2人は軍営生活経験者だから、そういうことでいちいち目くじらを立てるようなこともない。さらには、雑魚寝用の各種毛布類が豊富に取りそろえられていたこともあって、それほど悪い環境でもないのだ。ちなみに『各種』というのはこの場合、アン○ンマンとか、○リキュアとか、児童向けアニメキャラなどの模様が入っているという意味である。
で、伊丹の傍らを陣取るようにしてレレイが寝ている。何故か懐かれているような気がする今日この頃だ。その隣がテュカ。伊丹を挟むようにして反対側がロゥリィ。ちなみにボーゼスとピニャは、富田の向こう側だ。
「ふ~ん。事情はよくわかったけど、そういう危ない話にあたしを巻き込むかな~」
梨紗は、伊丹が買ってきたコンビニ弁当をガツガツと掻き込みながら、パソコンのモニターを睨んでいた。時折、ペンタブレットを握って、かしかしとなにやら掻き込んでいるから、原稿チェック作業に入っているのだろう。何としても、徹夜で仕上げるつもりのようだ。
「そうですよ、隊長。元奥さまとは言え、やはり民間の女性を巻き込むのはどうかと思います」
起きている富田が窓の外を警戒しながら言った。
「それに、駒門さんを放り出してきて良かったんですか?」
ホテルの火事を知らせるベルが鳴り響くやいなや伊丹は、ぎっくり腰でうんうん唸っている駒門を放置して出てきてしまったのである。いくら彼の部下がいるといっても薄情きわまりない行為だ。
「だって、さぁ。ここまで続くと、駒門さんそのものが怪しくね?」
「駒門さんが、情報を漏洩してると?」
「いや、そうまでは言わないよ。だけど、彼と関わりのあるところで情報が漏洩してるんじゃないかって思うわけだ」
「尾行されてたとか」
「それもあり得るけど、どっちとも言いづらいよな。駒門さんを放り出して、こっちに何か有れば尾行というのが正解。何もなければ、駒門さんの方に原因ありってことかな」
「だから、ここで何かあって欲しくないんだけど…」
梨紗の言葉を伊丹は何気なく無視しながら、伊丹は「さぁ、寝よ、寝よ」とばかりに毛布を被る。そしてふと気付く…レレイの腕が伊丹の腰に回ってる。
「…………どうしよ」
なんとなく気恥ずかしいが、とりたてて騒いで周りに気付かれるのも困ったものである。いらぬ誤解を生みそうだ。どうせ毛布の下でのこと、黙っていればわからない。
「明日はどうするんです?」
「何もなければ、休暇が楽しめる。せっかくの骨休めをつぶされてたまるか。買い物、そして、温泉でのんびり浸かって疲れを癒そう」
「でも、宿泊先に手が回っている可能性、ありません?」
「予約したところには行かないよ。どっかに、飛び込みでいけばいい」
「この時期に、いきなり行って宿泊できるとこなんてないでしょ?」
「大丈夫、何とかすっから。それより、午前4時で起こせよ」
一応、不寝番を富田と伊丹でするのである。
現在午前1時20分。富田は、午前4時から午前8時まで休める予定だ。
伊丹は目を閉じた途端、眠りに落ちていった。
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「時に…梨紗さんは、伊丹二尉の奥さんですよね」
「『元』奥さん。今は、友達…かな」
梨紗は、パソコンのモニターを睨みつけたまま、富田の問いに答える。
「離婚した関係って、別れたあとも友達に戻れるものなんですか?」
「他の例を知らないからなんともわかんないなあ。あたしんちの場合は、離婚してからの方が友達としてうまくいってる。結婚している時はどうにも落ちかなくって、『妻』って言う役割を演じきれなかったのよね」
富田は部屋の各所に山積みとなっている同人誌の山とか、各所に列べられた球体関節人形の数々を見渡して、「はぁ、まぁ、そうなんでょうねぇ」と、曖昧な答え方をした。そうですねと肯定すれば本人を目の前に貶してるようだし、否定すれば嘘をつくことになってしまうからだ。
富田は、積み上げられた本の一つに、何気なく手を伸ばした。そして、頁をめくって凍り付く。
「ああ、止めといたほうがいいよお。男の人には目の毒かも…って、遅かった?」
紙面一杯に描かれた18禁BL漫画の描写を前に、富田は仕掛けられた対人地雷でも踏んだような顔をしていた。掘り返した地雷を扱うかのように、丁寧に表紙を閉じると、そっと本の山のてっぺんに積み置くのだった。
[1507] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり /正式版 24
Name: とどく=たくさん◆20b68893 ID:5eba37fb
Date: 2008/07/02 20:42
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冬の午前4時過ぎというのは、まだ夜中の内だ。
原稿が仕上がったのか、プリンターは静かながらも作動音をたてて忙しく働いている。部屋の主は、することもなくなって緊張が解けたのかモニターの前でうたた寝していた。
伊丹は、そんな梨紗の背中にリリカルなヴィータ模様…伊丹としてはフェイト模様が好みである…の毛布をかけると窓の外へと視線を向けた。だが、明るいところから暗いところは見えにくいし、もしこちらを監視する者がいたら相手から丸見えだということを思い出し、部屋の灯りを落として改めてアパートの外を観察する。
見た範囲では、人影もない。
時折、新聞配達のスーパーカブが軽快な4ストローク音をたてながら家々を回っている。タクシーから酔っ払った人が降りてきて、支払いに手間取っていたり、生活リズムがどうなってるんだろうと思うような人のキックボードの音も聞こえたりもする。
それが明け方近い、都内住宅街の生活音であった。
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首相官邸。
『お休み中、申し訳ありません。総理…』
「なんだね?」
パジャマ姿の内閣総理大臣が、ベットの中で携帯電話を耳に当てていた。
『特地からの来賓が行方不明になったようです』
「それはいつのことだ」
『昨夜の23時頃です。投宿先の市ヶ谷園で火災が発生しまして…』
首相は枕元の時計を見た。現在午前五時を過ぎている。
「で、第一報が遅れた理由は?」
『はい。ご報告申し上げるならば、状況をある程度把握してからと思いました』
「で、把握できた状況というのはなんだ?」
『はい。市ヶ谷園の火災の原因は、放火のようです』
「火をつけたのは誰だ」
『まだ、わかっていませんが、予想では……』
「予想ならば不要だ。現場担当者はどうしている?」
『現在入院中です』
「負傷したのか?それは、敵対勢力と交戦したということか?」
『まだ、わかっていません』
「ちっ。で、来賓は無事なんだろうな?」
『…………現在、捜索中です』
「馬鹿か?」
『申し訳ございません。ですが、担当部局も鋭意努力しておりますれば…』
「違う。私が言ってのは君のことだ」
『……と、申しますと?』
首相は舌打ちすると「もういい」と電話を置いた。
首相という職に就いた時に、危機管理の重責を担う以上、緊急の知らせが時と場所を問わずに押し寄せて来ることの覚悟は充分に済ませたつもりだった。だが、手足となって働く官僚達がこの体たらくと言う現実には、ほとほと参っていた。
エリート中のエリートであるはずのキャリア組官僚達。彼らは、ひとり1人を見れば相当に優秀だし、組織を運営していくことについては国際的にも高く評価されている。一つの課題についても、ひとたび問題意識をもてばそれを研究し、対策をたて、それなりの行動を起こすことも出来る。だが、その場その時、その瞬間に自ら責任をもって判断し、必要な対策を施さなければならない突発的な出来事に遭遇すると「なんで?どうして?」と小一時間問いつめたくなるほどに、頑迷で無能な存在となり果ててしまうのだ。
しかも、彼らは意外と仕事が出来ない。書類と言えばお役所仕事の代名詞であったのに、『年金記録をきちんと整えておく』ということすら出来ていなかったことが暴露されたのは、つい最近の話だ。
これとて、世の中が平和で比較的安定していれば、時間をかければ何とかできただろう。
だがしかし今は有事である。しかも、日本を取り囲む環境はとりわけ厳しい。
『特地』の戦況こそ有利であるが、『門』のこちら側では、アメリカ、中国、ロシア、EUのみならず、インド、中東、南米各国大使からの、「『門』にかかわる問題を話し合いたい」という申し込みが連日のごとく入っているのだ。
アメリカは、最初っから分け前があると思いこんでいる。招かれないパーティーに勝手に押し掛け、しかも行儀良く客用の皿に家の主人が料理を取り分けるのを待つつもりもなく、自分用の大皿を持ち込んでお手盛りで欲しい分を取らせろというのだから、図々しいにも程がある。今のところおとなしくしてるが、こちらからのお土産を期待してのことだ。
EU各国の首脳からは、日本が『特地』の権益を独占することがないように、くぎを刺しておくような発言が増えているし、ロシア、中国、あと中東や南米の一部…すなわち資源輸出国は、国連による『門』の共同管理を主張している。
これらの資源輸出国は技術大国にして経済大国の日本が無尽蔵とも言える資源を握ることで、自国の権益や発言力が低下することを畏れているのだ。
ただ、第二次大戦後のベルリンでもあるまいし一国の首都、しかも皇居から目と鼻の先に外国の軍隊を入れるという主張は常識はずれに過ぎた。向こうも無茶を承知で口にしているに過ぎないから、真剣に取り合わなければならないような事態にはなっていない。
癇に障るのは、外国に迎合する国内勢力の存在だった。
与野党の媚中、媚露、媚朝派を始め、各種のNGO団体…宅配便ドロボウの緑豆や、ネオナチテロ海賊グループのSS(海犬)、ダブルスタンダードのアム○スティ、挙げ句の果てに宗教勢力等から、門の向こう側に立ち入らせろ、調査させろ、活動を保障しろ、マスコミ関係者に立ち入り許可を出せ、それが無理ならせめて向こう側の人間と話をさせろという要求が出てきている。
そう言えば、昨日の参考人招致。『亜神』という種族のロゥリィと名乗る少女…ではなくて本人の言によれば900才を越えると言うが、彼女たちの登場は、各界に強い衝撃を与えたようだった。
新聞各社のみならず、週刊誌、雑誌社、あげくのはてに芸能界、それとニューエイジ系の団体や、東西の新興宗教などから問い合わせの電話がかかってきたと言うから、笑ってしまった。
こうした有象無象からの情報開示の要求も日増しに強くなっていくだろう。
上手にコントロールしなければ、門の向こう側について権益を求める連中と結びついて、無茶な要求が現実になりかねない。国際関係というのは、学校の教室内に似ている。国連という名の教師は無能で無力だ。恨み辛みを記した遺書でも残して自殺しない限り警察は来てくれないのだ。来てくれない以上、無いも同じである。従って、子どもは有力な友達をつくって群れなければ、いじめや、無法者から身を守れない。
ふと、国際社会という教室の風景を想像してしまう。
体格のでかい格好つけで威張っている、何かにつけて他人のことに口を出したがる奴がいる。最近は喧嘩のしすぎで、いささかバテ気味の様子だ。
被害妄想的で、金が無くてぴーぴーしてるのも、食べるものもないのも自分のせいなのに全部他人のせいだと思っている奴が居る。人を嫉んであれよこせ、これよこせと煩くわめく。しかも自分を尊敬しろ、俺にめしを食わせろと要求し、それがかなえられないとすぐに差別だとか、いじめだとわめいて、無視されると癇癪を起こして、机をひっくり返したり筆箱を投げたりする危険人物。最近、角張った兵器を手に入れたと自称して、周囲に投げる素振りを見せているので、向こう三軒両隣で対策会議中。
その兄弟で、昔虐められたことをいつまでもいつまでも、ぶちぶち言ってるばかりか、家族扱いして養子にいれて読み書きを教えたり借金の整理までしてやった恩義も忘れて、実際にはなかった記憶を捏造して、人の物まで「自分の物だったのが盗まれた」と妄想する奴が居る。実力以上に気位が高いから、過去の自分を美化してなんでも自分が元祖だと言い出す。ひとたび交わした約束を自分の都合で平気で破る。最近は妄想が過ぎてこの間の兄弟喧嘩の原因も、他人のせいだとか思いこみかけている、困ったちゃん。
「こんなのと机を列べなければならないのが嫌だ。席替えを要求する!!」
想像のあまり、思わず口にしてしまい独り笑う首相であった。
対処としては、同盟国であるアメリカを始め、関係の良好なEU諸国については、それなりに取り分が期待できることを仄めかせておけばいい。実際問題、『特地』についての情報はまだ多くはないし、もし想定通りなら『特地』開発は、日本だけでは手に余る。要は、重要な部分で日本によるコントロールが効けばいいのだ。そしてアメリカも、ヨーロッパもそれで満足するだろう。
そうだ、口うるさい内外のマスコミやらNGOには『アイドル』を与えてはどうだろうか?情報開示の進め方は北朝鮮に倣うのが一番だ。派手な動きで視線を集め、肝心なことは少しずつ、薄いサラミソーセージをさらに薄くするかのように、少しずつ。
問題はロシアと中国だ。
ロシアの、エネルギーの元栓を握りながらの強引な外交施策は、EU各国でもかなりの反感を買っている。EUが『特地』に強い関心を示すのも、乱暴なロシアの態度に、内心で辟易しているからだ。『特地』から安定したエネルギー供給を受けられるようになれば、強いられてきた我慢もしないで済む。
当然、ロシアとしては困るわけで、ロシアが強行に国連による管理を主張するのもそれが理由だ。ロシアにとっては『門』は無い方がよいのである。その意味では厳重な警戒が必要だった。あの国は民間機だろうと、漁船だろうと平気で撃つし殺す。下手すると通常弾頭のSLBMを『門』めがけてぶっぱなしかねない。
ロシアに対しては、EUとも相談しなければならないが…要するにロシアのヨーロッパへの発言力が急激かつ極端に低下しないように気をつかわなければならないということになる。このあたりは『気をつかっているゾ』と示しながら、手を出したらただじゃぁ済まないぞという毅然とした態度を取ることが必要なのだ。
中国の場合は、ロシアと違って『門』の存在そのものについては否定的でない。何しろ状況が逼迫しているからだ。
中国は資源輸出国であるが同時に、資源輸入国でもある。この国は、愚かなことに13億人の国民全員に豊かな生活をさせようとしている。
それは、エネルギーや資源の需要と供給を大きく崩す行為だった。これまでの数十倍という膨大なエネルギーを、一時に必要とすることになる。
これというのも、あの国が13億と言う数の国民を御すことが難しくなってきているからだ。
国をまとめるために必要だったのかも知れないが、長年続いた偏った教育の結果、中国人のエゴは限りなく肥大してしまった。中華思想、大国意識、過剰なまでの民族優越意識、そして一人っ子政策からおこる両親による甘やかされ…気位が高くなれば、貧しい生活で満足できるはずもない。日本やアメリカから入ってくるテレビドラマに映し出される主人公のような、高級乗用車を乗り回し、物質的に豊かで享楽的な生活をしたいと思うのも当然のことだった。
思ってしまうのだ。偉大なる漢民族の一員たる自分が、日本人などよりも劣った暮らしが出来るか、と。嫉妬から来る憎悪、そして受けた教育が民族的恨みという大義名分を与え、日本向けの冷凍餃子にメタミドホスを混ぜたりする。
13億人が不満を抱く。国内の不公平に不満を抱く。大国の国民のはずなのに、偉大なる漢民族の一員なのに、自分はちっとも豊かでない。
不満が鬱積し、はけ口を求めて駆けめぐり始める。
エゴを抑制するという躾が成されていない彼らには道理は通用しない。実力という裏打ちのないプライドは傷つきやすい。真実を指摘したり我慢を強いる者は敵で、自意識を満たしてくれるものが正義だ。
溜まり溜まった不満が出口を求める。
日本のような民主国家は、国民は不満に思った政権を選挙という方法で平和裏に引きずり降ろすことが出来る。だが、独裁国家では破壊と殺戮によって政府そのものを転覆させるしか方法がないのだ。だから、彼らは暴動を起こす。
それは彼の国の指導者にとっては恐怖であった。あり得ないはずのソビエト崩壊もつい最近の出来事だ。だから国民を興奮させるようなことは是非しないで欲しいと頼んでくるのだ「靖国に参拝するのは止めなさいっ!!!」と。
必死なのである。国民の不満をなだめるため、物心両面における欲望をいかに満たすかで汲々としているのである。だから甘い言葉を囁く。『共産党の政治により未来は明るく、誰もが豊かになれる未来が約束されていて、諸外国はかつてのように中国を宗主国として敬い、ひれ伏すだろう』と。
その為のチベット弾圧、ウィグル弾圧、そしてオリンピック。厚顔無恥な対外施策も、「人権?何それ」の独裁国にも平気で援助したりする資源外交も、突き詰めればそれが原因となる。欲求と生存本能に忠実なだけに、ある意味わかりやすい。
やればやるほど国民はますます増長して手に負えなくなると言うのに…。それこそ手のつけられなくなった某国のローソクデモのごとく。破綻点に向かって突き進んでいく悪循環なのだ。エゴの肥大が頂点に達する…おそらくオリンピック以降、中国民衆は超大国の国民にふさわしく、他国民に対して傲慢な態度(今でも傲慢なのだが…さらに)を取ることとなるだろう。時期としては、祭りの高揚が醒めて現実に気付きはじめる頃合いだ。
となれば、最も安全な我が国との間で事を起こすこともありえると思わなければならない。(外から見れば日本は平和国家であり、殴り返してこないとわかっている相手だからだ)火種にするのは、やはり尖閣諸島にかかわることの可能性が高い。中国人は尖閣諸島に関わることならば、例え軍事行動を起こしたとしても正義だとみなす(よう教育されている)。だが、それは非軍事的な方法だろう。国際社会を敵に回すわけにはいかないからだ。おそらく、台湾を巻き込んで、大量の漁船を送り込んでくるか、それに類することになる。そして短期間でも尖閣諸島に中国人が上陸して赤い旗を翻す。それを国の内外に報道すれば、民衆としては一矢を報いたとエゴを満たし、これを排除する日本の海上保安庁の姿を悪意に切り取った形で動画サイトでアピールすれば、日本に対する敵愾心を高めることも出来て、日本を非難する政府に対する支持へとつながっていく。
血の気の多い連中が中国政府の対応が「手ぬるい」と非難するデモを起こす可能性もあるが、別に問題ではない。これは反日暴動が起きたとしても矛先は、日本大使館や日系企業の店舗だ。中国政府としては、これで民衆の不満が発散されればよいのだから、黙ってみていればよい。
だがしかし、事態はこれで収束しない可能性は高い。
これまでと違って、変に自信をもった中国民衆は、中途半端な妥協を許さないからだ。このあたりの落とし所をどう考えるかが問題となる。中国が期待するのは、日本が中国のメンツを建てた対応をすることだが、そこまで日本も甘くないし、面子を立ててやる義理もない。
日本としては、このような事態の発生を防ぐには、事を荒立てるより仲良くしていた方が得だということをわからせることである。
そのための餌が『特地』であった。
中国はとにかく資源が欲しいのだ。それは強引に奪うか、それが出来ないなら友誼を求めて、分けて欲しいと頼んでくるかのいずれかである。
今は、日本の権益独占に対する警戒と嫉妬心を示している段階だ。頭を下げるのも剛腹だから『耳障りな雑音』を発しているのだ。これから、ますます露骨になってくるだろう。
ある意味、ここからが踏ん張り所だ。
他人が、自分の欲しいものを持っている時、強引に手を出して奪い損なえば、後で態度を改めて「分けて下さい」と頭を下げて頼んでも、分けてもらえるはずがない。その常識をしっかりと理解させる。
そうすれば、これまでのことはあたかも無かったかのように、好意的な笑顔で友好ムードを演出しつつ握手の手を伸ばしてくるだろう。しかしこれに容易に乗ってはいけない。
中国の対日外交の基本は、『握手をする時に、つま先を踏む』だ。外務省の官僚は、拳を振り上げてくる相手には断固として退かないが、握手する時につま先を踏まれると簡単に一歩退いてしまうという性格がある。そこにつけ込まれているのだ。だから、中国は様々な形で喧嘩を仕掛けてくる。そして、必ず後で握手しようと言うサインを見せる。その時に飛びつかず、足を踏まれても痛いと言わずにじっと相手を睨みつける覚悟と根性が、対中政策上は必要なのだ。
……………と、言うようにかくも内外の問題が山積しているというのに、官僚のこの体たらくである。
先代の今泉首相はよくぞ我慢できたものだと思う安中である。「もしかして、わざと?オレって虐められている?」と思いたくなる。
「結局大事なのは学歴なんぞではなく、『人間の質』なのかも知れない」
先代首相は、反対勢力からは蛇蝎のごとく嫌われていたが、逆に言えばそれだけ指導力に優れ、自分がよいと思う政策をどしどし推し進めていた。
内閣も政府も緊張感があって自分が、彼の官房長官として働いていた時は、ホントに良いのかと思うほど果断に振る舞うことが出来たが、それも彼の揺るがない政治姿勢が後ろ盾となっていたからだろう。
さすがに、あれは不味いと思って自分が首相になってからは各方面に配慮した政治をするようにしたのだが…何が悪かったのか閣僚の汚職疑惑とか過去の問題が噴出してくるわ、党内の身内が身勝手この上ないことばかり言い出すわ、防衛省とか年金記録の問題が噴出するわ、もういい加減仕事を投げ出したくなる。
おまけにこの不始末。
第1の問題は、「特地からの来賓が行方不明」という重要な情報が、この時間まで報告されなかったことである。
第2の問題は、有る程度の状況を確認してから伝えようと思ったので有れば、この程度では状況をまとめた内にはいらないということだ。すなわち中途半端なのだ。
第一報というのは不正確であってもよいのだ。何か事が起きているということを知らせることに意義があるからだ。従って『速さ』と『早さ』のみが価値がある。この報告を受けた責任者は、対応の準備を(物心両面で)整えることになる。
ついで第二報とは、何が起きているかを詳しく報じることになる。これによって、具体的な対応に動き出す。従って、何が起きているか具体的な中身が大事になるのだ。その意味から見ても、今回の報告は遅くに過ぎて、しかも内容は不十分である。要するに、ちゃんと報告はした。責任は果たしたというアリバイ工作でしかないのだ。
「これで何を指示しろって、言うんだよ」
と、ぼやいてしまう。とは言っても、何もしないわけにはいかないのが彼の立場だ。特地からの来賓は、この戦争を終わらせるばかりか、特地と我が国との将来を方向付けるという意味でも重要な存在となる。しかも、その中には国会を湧かせてくれた、あの綺麗な三人組も含まれている。彼女たちには恐い思いはさせたくない。
安中は携帯電話を再び開いて、電話をかけた。
しばしの呼び出し音に続いて、相手が出た。
「麻田さん、朝早く済みません」
「よかった、起きておられましたか?睡眠を邪魔するんじゃないかって心配してたんです。とは言え電話をしなければならない立場がお互いに辛いところですね。え、私ですか?さきほど叩き起こされました」
「実は特地からの来賓の件です。各所からいろいろと雑音が入ってたのは麻田さんもご存じだと思うんですが、雑音もいささか度が過ぎたようで、来賓が逃げ出してしまったんですよ。無事ならいいんですが……ええ」
「え?……いや、実はお恥ずかしいながら、たった今報告を受けたところで」
「はい。正直言って今の担当者では心許ないので、お手を患わせますが『特地問題対策担当大臣』にお引き受け願えないかと…丸投げになってしまって申し訳有りませんが」
「ええ、宜しくお願いいたします」
安中は、携帯電話を閉じると盛大に「くそっ」と罵倒した。麻田から嫌みの一言二言も言われたようである。「もう辞めてやる。辞めちゃうぞ、こん畜生め」と呟きながら、ベットに潜り込むのであった。
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夜の帷があけた。
テレビでは、無責任なコメンテーターがあちこちで起きた出来事について、あまり意味があるとも思えない個人的な感想を述べはじめた頃合いである。まだ眠っている者を邪魔したくないので、音量を小さく絞って流しっぱなしにしておき、雑魚寝している者を踏まないように注意しながら、伊丹はワンルーム・マンションに申し訳程度につくられている狭い台所に立った。
コンビニで購入したパン、牛乳、卵等を用いたフレンチトーストを作り始める。
彼のする料理は焼く、炒めるのどちらかだけである。味は甘くするか、ソースないし醤油をかける、あるいは軽く塩をふるの単純なもの。複雑な味付けはしないし、出来ない。ダシも使うとすればスーパーで手に入るカツオダシだ。
素材の味を生かした素朴な…と表現すれば、それなりの料理であるかのように思えるが、要するにフライパンで焼いものでしかない。今日の朝食は、卵と牛乳を混ぜたもの(砂糖少々)にパンを浸して焼いたものであるし、冷凍食品のミックスベジタブルを炒めたものである。
もし、晩飯を作らせたらきっとスーパーで一番安いオーストラリア産かアメリカ産の肉を買ってきて、フライパンで焼いて、軽く塩と胡椒をふっておき、後でソースをかけて食べるという食事になるだろう。もちろん野菜は、冷凍のミックスベジタブルである。生野菜を食べるなら、キャベツとかレタスを半玉買ってきて、ざくっと切ってそのまま出すという大胆さだ。ご飯は、一度に4合くらい炊いて置いて一膳ずつラップにくるみ、冷凍保存しておく。毎回必要分を電子レンジで解凍して食べる。
要するに料理は、変な味付けをしようとしなければそれなりに食える。そうすれば、とりわけ美味くもないが、まずくもならない。それで良いと思うところが、伊丹の食に対するこだわりであった。
散らかっている荷物を部屋の隅に押し退けて、大判の折脚テーブルを部屋の中央に置く。そこに皿を伊丹は列べていった。
富田はぐーすかと入眠中。栗林は一度トイレに起きてきたが、今は再び眠っている。
この2人が目を醒ます頃には、朝食はすっかりと冷めているだろうが、そう言うことはあんまり気にしない。
異世界組では、ピニャとボーゼス…それとロゥリイの3人が早起きであった。
ロゥリィは起きた途端、窓の外に見える太陽の前で跪いて祈っていた。
ピニャとボーゼスは最初はテレビに驚いて見入っていたが、ニュース番組の類は言葉を解さないと理解が難しいために、程なく飽きが来て、今度は室内に置かれた同人誌の数々へと関心を移していた。
「で、殿下、こ、これは」
「う~む。これほどの芸術が、この世にあったとは」
「殿下。ここは異世界です…」
「そうだった」
「…………………」
「…………………」
「文字が読めないのが恨めしい」
「殿下。語学研修の件ですが、是非わたくしを」
「狡いぞ」
「わたくしがこれらを翻訳して、殿下の元に…」
「…………………」
「…………………」
「………う、う~む」
伊丹は、自分なりにピニャやボーゼスの会話に割り込むタイミングを見計らいながら、「あの…」と声をかけた。
ピニャもボーゼスも、ページを捲る手を止めて驚いたように顔を上げた。ロゥリィも、丁度お祈りが終ったようで、伊丹へと顔を向けた。
「朝食。出来たんだけど、食べる?」
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『特地問題対策担当大臣』麻田太郎 宅。
伊丹等がフレンチトーストという洋風の朝食を食べている頃、麻田も東京滞在時用の自宅で、ごはんに納豆にみそ汁という日本人的(関西方面の方には、異議がおありであろうが、ここはご勘弁頂きたい)な朝食をとっていた。
第1秘書の野地(のじ)が、麻田事務所の秘書集団を引き連れて「おはようございます」とやってくる。
「大臣、今日のご予定ですが…」
などと、メモを開きながら読み始めるのをさえぎって、麻田はみそ汁をすすりながら「悪いけど、それは中止だぜ」と独特のしわがれ声で宣った。
「どうしました?」
「明けがたによお、総理から電話があったんだよ。特地からの来賓が行方不明だってさ。だから任せるってよ」
「それって!だって『特地』のことであっても講和については、総理が官邸主導で行いたいからって強引に奪っていった仕事じゃないですか。それが、自分では手に負えなくなりました、あとはお願いしますなんて、都合が良すぎませんか?」
「そう思うだろう?俺も思っちゃうんだよ」
ま、考えなくてもわかることだが、首相は『この戦争を圧倒的に有利な条件で終わらせた』という成果を独り占めしたかったのだ。狙いは間違ってないと思う。だが、手に負えなくなるとすぐに投げ出すのが、今の首相の悪いところである。要するに、根性が座ってないのだ。
もしゃもしゃと味海苔を口にする麻田は、そんなことを呟いた。
野地は、「はい、かしこまりました」と呟いて、携帯電話で各所にキャンセルの連絡をしていく。
「それでよ、野地。悪いけど官邸まで行って、来賓の方々の資料を貰ってきてちょうだいよ。ついでに総理の顔色を見てきてくれ。松井、朝一番で担当者会議を招集するから関係省庁に連絡してくれ。それと『情報本部』の担当者に状況がどうなっているか問い合わせてくれよ。以後の報告はこちらにするようにと付け加えてな」
「あ、はい」
野地は、携帯と手帳を懐に戻すと即座に席を立った。第二秘書の松井が携帯電話を取り出して各方面に連絡を始めた。
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「よし、今日は楽しむぞ」
朝食終了後、伊丹は片づけを済ませると、テレビをかぶりつきで見ている特地組女性衆に宣言した。テレビの画面には昨日の参考人招致でレレイらが質問されている様子が映しし出されている。
「楽しむって、それどころじゃないんじゃないですか?」
昨日は狙われたり、ホテルに火をつけられたりしたのに軽率ではないかと栗林は言う。
だが伊丹は首を振った。「俺のモットーは『人生は息抜きの合間にっ!』だ」と。
そう言う問題じゃないように思うんですが…と富田も首を傾げるが、この場における最高指揮官の伊丹が「休暇を楽しむぞ」と宣言する以上、二等陸曹でしかない身では言い返しようもない話であった。
「第1、万が一敵が居て、俺たちがここに居ることを知ってるんなら、ここに閉じこもってたって危険なことに変わりはないじゃないか。それだったら、外を出歩いて人目の多いところで遊んでいた方が、よっぽど得だ。違うか?」
確かに一理あるようにも思える話であるが、なんだか、たかが一理のために、もっと大切な何かを忘れているような(出展元ネタ/将軍はやってこない)感触もあるのだ。もちろん富田だって、栗林だって仕事大好き人間というわけではない。若いのだから買い物をしたり、遊んだりもしたい。だから、伊丹が遊ぶというのだから「まぁいいか」と最終的には受け容れてしまうのである。
そうなれば、問題はどこへ行くかである。
「はいっ、お買い物っ!!渋谷っ、原宿っ!!」
手を挙げたのは、梨紗であった。買い物は狩猟本能の代償行為とも言われている。金銭的な困窮を堪え忍んできた反動からか、熱烈な購買意欲が頭をもたげたようである。
「なんでお前が提案するんだ?」
「えーーーーーーーーもしかして仲間はずれ?!!いぢめかな?これって、いぢめっ?」
「別にいじめてないって。みんなが良ければ、別に構わないと思うぞ」
「やったぁ」と喜んだ梨紗は栗林に買い物を提案した。栗林もこれに賛同すると、テュカやレレイに、渋谷や原宿がどんなところであるかの説明をはじめた。「洋服だの下着だの…」云々という言葉が聞こえて来る。ロゥリィはなんだか気が乗らない様子であったが、梨紗が「黒ゴス……今着ているようなのが良ければ、下北沢に専門の店があるよ、行ってみる?」と言ったのを栗林が通訳した途端、態度を180度変えて賛成票を投じた。
女性陣の希望が渋谷を中心としてその周辺に決まりそうな中で、伊丹は「俺としては、秋葉原、新宿、中野なんだが」…と、何が目的なのか理解できそうな地名を呟いたりする。
「自分としては、どこでも良いんですが、ボーゼスさんが『この世界』の資料とか見れるところがいいと言ってますので、図書館などはどうかと思います」
と、富田がピニャやボーゼスの意向を代弁した。実に渋い意見である。図書館デートを企画しているようであった。
行きたいところが別れてしまった。
伊丹は、「……」と梨紗の顔を見て、「同行してはいけない、絶対にいけない」というゴーストのささやき…ではなく絶叫を耳にした。
女の買い物につき合った男の末路は悲惨である。覚悟を完了してとことんつき合うつもりなら、それなりに楽しめる可能性もあるが、中途半端な気持ちで関わるなら絶対にやめておいた方が良い世界なのである。
「とりあえず午前中は別れて行動するぞ。余裕を取って午後2時に新宿駅で待ち合わせして遅めの昼飯にする。それからは集団行動で移動して夕方は温泉で、夜に宴会ってことで」
こうしてレレイらは、異世界の街へと買い物に繰り出すこととなった。
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単独行動の伊丹や図書館行きの富田・ピニャ・ボーゼスと別れた、ロゥリィ、レレイ、テュカらは、栗林と梨紗に連れられてまず原宿に現れた。
おのぼりさんよろしく、周囲を歩くものすごい数の人に圧倒されてきょろきょろしている。そんなレレイ達をつれて梨紗が入ったのは、当然のごとく服のお店であった。
「どうにも、その格好が我慢できなかったよねぇ」
と、梨紗は宣言すると、レレイのポンチョにも似たローブを追い剥ぎか、性犯罪者のように「うへへへへへ。良いではないか、良いではないか」と、ひっぱがして可愛ゴー系や、ギャル系、ナチュラル系等の服を次々と取り出してきては着せ替えた。どうも、等身大の人形遊びとでも思っているかのようである。
着せては脱がせ、着せては脱がせ…そうこうしている内に、色は別にしてもレレイが気に入った様子を見せたトップは、シンプルで腿を半分まで覆うロング丈のカットソー(ここまで長いとワンピースと呼ぶべきか?)、ボトムは膝丈のレギンスであった。たっぷりとした生地で身体の線を覆い隠してしまおうとするところに彼女の恥じらいが感じられる。だが逆に下の方は伸縮自在でぴたっとした生地が細めの脚をなかなか良い感じで強調するから、こちらのほうでは冒険を試みている。
「ふむ。そう来たか…」
ならば、色としては水色、黄色、ピンク…と眼にもまぶしい色を勧めたい。梨紗としては、これにしっかりした作りの可愛いアウターを選んで、冬の東京にも対応可としたいと思うところである。
だが、レレイとしてはパーソナルカラーの白に、どうしても気が惹かれるようであった。
梨紗としてはさすがに上下全部が白の無地はどうかと思った。「白に白じゃ、詰まらないじゃないっ!!」
そこで妥協策として刺繍が入っているのとか、柄物を勧めた。
結局の所トップは無地の白が採用された。(ただし悪戯で、背中のカットが深い大胆なデザインのものを忍び込ませた。これによって、細い肩からうなじのラインがあらわになってコケテッシュな魅力を男共に振りまくだろう)。レギンスも生地は白だがこれについては、おとなしいながらも刺繍やリボンが入っている可愛いデザインのものを強く勧めた。
対するに、テュカの方は、ずらっと列ぶ衣装を前に自分なりの好みから、次々と欲しいものへと手を伸ばした。
今着ているストレッチジーンズとTシャツ+セーターという組み合わせも悪くないが、どうにもおへそが出るのは、心許なく思っていたようでレレイが手にしたような丈のたっぷりとしたものを手にした。ただし、身体の線が強調されるピタ系Tシャツワンピを選ぶところは、スタイルに対する自負心が感じられる。『脳筋爆乳』と呼称される栗林ほどではないとしても、形状の良い曲線を有しているのだ。色は森の妖精らしく当然のことながら緑…若草色だ。
梨紗としては、テュカのウエスト周りはすっきりとしすぎているから、小物入れかハードなベルトでウェストマークをつけたいところである。寒気対策としてはダブルのコートが良いかも知れない。
着替え終えたテュカやレレイが試着室から出てきたところで、梨紗や栗林そしてロゥリィが「おおっ!!」とぱちぱちと手を叩いたりとファションショーのノリである。
ブロンド碧眼のテュカや、プラチナブロンドのレレイは外国人モデルみたいにとても見栄えがよく、見物人も集まってお店の中はちょっとしたガールズコレクションという雰囲気になった。お店のスタッフも丁度良い人寄せになると思ってか、大いに協力的だ。
こうして、レレイが眉を寄せるような例えば花柄のノースリーブのタンクトップとか、様々なデザインのものが買い物籠に放り込まれていく。テュカの買い物籠も、梨紗によって深Vサイドギャザーなど、いわゆるセクシー系の衣装までもが次々と放り込まれていった。
昨日の国会中継や、今朝方のテレビ等で、テュカやロゥリィを見憶えていた人達もいたようで、時々「あの三人って、『こっかい』でしゃべってた娘とかでしょ?」などという声があちこちで囁かれだした。その頃合には、このお店での買い物も一段落ついたのでお会計である。
お店も売り上げに貢献してくれた5人の女性の買い物には、たっぷりのおまけという形で好意を示してくれた。
ちなみに、買い物の代金はそれぞれ各自が負担している。
以前述べたように、レレイは日本政府から通訳などの業務のために雇われているし、テュカは森を切り開く際にどの樹は切って良い、どの樹は駄目という指導をしたり、水源捜索(水の確保は、非常に重要である)といったことで重要な役割を果たしている。ロゥリィは、アルヌスの北の麓につくられた墓地で、祭祀をしたり、宗教的禁忌などを避けるためのアドバイザーの役割をしている。そんなこともあって3人とも、『特地』では使い道のない日本円を結構貯めているのだ。
「次はインナーよ!!その次が黒ゴス、そしてアクセっ!」
梨紗の宣言によって5人の女性は、下着のお店へと向かうのであった。ちなみに、これ以降の買い物の描写はしない予定だ。というか、出来ない。
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一方、ピニャとボーゼスの2人をひきつれた富田は、図書館へとやってきた。
図書館に収蔵されている膨大な量の書籍に目を丸くしつつ、2人は国家がこれらの書籍を一般に開放し、見たい者がいつでも見ることが出来ると言うことに感銘を受けていた。
「どんな資料が良いですか?」
門のこちら側の世界を知るための資料は無尽蔵にある。だが、文字が読めない以上、写真集や映像資料がよいだろうと思いつつ、どんな資料がいいのかと注文を尋ねたところ2人の答えは即答であった。
「芸術」
[1507] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり /正式版 25
Name: とどく=たくさん◆20b68893 ID:5eba37fb
Date: 2008/07/08 21:02
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東京都新宿区新宿二丁目1丁目…誤記ではない。『新宿二丁目』は地名である。
ここにはかつて『古(いにしえ)の聖地』があった。
もちろん今は存在しない。
地下鉄丸の内線『新宿御苑前』駅を出て、とあるビルの外壁に面した鉄の階段を上る。
ドアをくぐるとそこには漫画を始めとした、他では入手の難いアニメのポスター、下敷き、ポストカード、そしてセル画などが販売されていた。
なんだ、そんなものなら扱っている店はどこにだってあるではないか…と思う向きも多いだろう。どこでと問えば、秋葉原、池袋…と、いくつかの地名を挙げることも難しくないだろう。
……いやいや、それは今のこと。当時秋葉原は世界にその名も知られる『ただの電気街』であり、池袋にも乙女ロードなどと冠される通りもなかった。そもそも『オタク』などと言う言葉も、市民権を得る前だ。あの宮崎某(なにがし)という男が幼女をつぎつぎと拐かしては性欲のはけ口とした上で殺し、そのあとメガネをかけた長髪の気持ち悪い外見と言動(おそらくそういうキャラクターを演出していたのだと思うが)の男が現れ、オタク=キモ悪というイメージを確固たるものとしてくれるのだが…それよりホンのちょっと前の話である。
そう。時は、およそ20年前…。
「当時、結婚したばかりだってえのに、選挙で落選して浪人してたころだな」
スーツ姿のおっさんが旧き良き時代を懐古しつつ呟いた。
「俺は中学生でした」
伊丹は、さっぱりしたような口調で語った。ふたりは互いに顔を見合わせようともせずじっとたたずむように、かつての聖地だったビルを見上げていた。
「SPも連れずに独りで来るとは思いませんでしたよ。何かあったらどうするんですか?」
なにしろ、このすぐ近くには左がかった人々の聖域たる『模○社』(左がかった、というより強烈なまでの左の書籍やアジビラとか、ミニコミとかそういった書物、機関誌を専門に扱うお店であり、すなわち熱烈な活動家の方々とか、あるいは共産趣味の人が集うのである)なる店もあるのだから。
「何言ってるんだ。『最強』のボディガードがついてるだろ?」
「閣下も『冗談』を真に受けてるんですか?アテにされても困りますよ」
ようやく2人は向き合う、そして延ばした手を互いに握り会った。
立ち止まっていても何である。2人はそぞろ歩きしながら入園料を支払って、新宿御苑の門をくぐった。さすがに冬の平日だけあって、御苑内で散策する人もまばらだ。遊歩道の枯れ葉を踏むとパリという感触が靴底を通して感じられる。
「あのころのチューボーが、今じゃ立派になって」
「あのときのおっさんが、今じゃ『閣下』ですからねぇ」
「閣下ねぇ…ぴんとこねぇなぁ」
気のおけない同志の会話。互いに言葉を飾る必要もない。政治家の嫉妬や『裏』の意味が込められた陰険漫才のそれとは無縁のものだった。
「あのときに、この『軽シン』とか、『めぞん一刻』って本は面白いか?って話しかけられたのが、きっかけでしたねぇ」
「そうだっけか?」
「当時、ビックコミックスピリッツとかの青年誌は、中学生が手を伸ばすのは憚られた時代でしたからねぇ、なんてこと訊いてくるんだこのオヤジはって思いましたよ。しかも、内容を解説するのに小一時間くらいは喋らされましたからね」
「代価としてメシを奢ったろ?だいたい、手を伸ばすのも憚れるって言ったって、ちゃんと内容を把握していたろ、お前さんは」
「そりゃあ、『めぞん』や『軽シン』もアニメになってましたから」
「ほほう?当時の軽シンアニメ版はR規制だったんじゃねぇか?」
「そ、そうでしたっけ?」
「確かそうだったと思うぞ。何しろ、肝心の場面に実写(注:イメージ画像であって、AVというわけではない…が、親に見せられるものでなかったことは確かである)が入ってたんだから」
麻田太郎は、鼻で笑った。
「あれから、お前さんが教えてくれた漫画は全部読んだぜ、人類ネコ科…作者が急逝したのは惜しかった(ヒロインに惚れられて、嫉妬に駆られた連中から主人公が追い回される光景を描いたものとしては、最初の作品ではないだろうか?それ以前のものがあったら知りたいと思う)。県立地球防衛軍とか巨乳ハンター…非常に笑えたな。あと、もっと後だが寄生獣も秀逸だった」
「俺も、貸して頂いた荒野の少年イサムとか、サスケはなかなか面白かったです」
サスケ、イサム…古い…。ホントに古い。だが名作である。漫画読みを自称するなら読んでおいて損のない名著だと私は思う。
「黒人ガンマンのビッグストーンと、イサムとのゴーストタウンでの決闘は、凄く燃えましたね」
「そうだろ?ありゃ最高だ」
こうして、2人のオタクはしばしの間、漫画談義で時を過ごした。だが、楽しい時とはすぐに過ぎていくものでもある。
「お、そろそろ時間だ」
気がつくとあっと言う間に一時間が過ぎていた。時間単位で仕事のある麻田にとっては、もう次の仕事場へと向かわなければならない。
「あ、これを…」
伊丹は、麻田に本屋の袋を手渡した。中には電話帳ほどの厚みと重量感のある本が入っていた。
「ありがてぇ」
麻田は「じゃぁまたな」と手をあげた挨拶をすると背中を向けた。
そして数歩歩いて、「あっ、しまった」と振り返る。
「お客さん方は元気かい?」
「ええ」
「ホテルから逃げ出して行方をくらましたのは良い判断だ。だが、ちと困ることがある。こっちとしては手を伸ばしてきた悪戯小僧の手をピシャリと叩いて、叱りつけておきたいところなんでな」
「体制は?」
「お前さんの原隊…えすえふじーぴぃ(SFGp)って言ったか?その連中に任せることになった。ってことだから、当初の予定通り予約しておいた旅館に入れ。特地問題対策大臣兼務防衛大臣として、職権をもって命じる」
麻田はここで「命じる」という言葉を用いた。そこに伊丹は麻田の心意気を篤く感じるのである。
はっきりと命令すると言うことは、何かあったら責任を取ると言うことを意味するからである。責任を取らない奴は、命令をせず「頼み事」と言ったり、「相談」とごまかして、何かあったら現場の暴走ってことにして逃げるのだ。その意味では、はっきりと命令された方が安心できるのである。そして、それは現場に立つ者にとって最高の支援となるのだ。
「命令する」「される」の関係を血の通わない無機的なイメージで捉えることもあるだろうが、現実にはこういう側面もある。
伊丹は、離れていく麻田の背中が見えなくなるまで、45度…則ち最敬礼をもって応じていた。
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さて、待ち合わせの時刻に、待ち合わせ場所にそろった面々を見渡すと、伊丹は思わずため息をついた。
なにしろ、それぞれに大きな荷物をかかえていたからだ。
「つい、買い物しすぎちゃって」は梨紗の言い訳であったが、はたしてこれが「つい」…の一言で済む量だろうか?
例えば…衣類、小物類、婦人用雑貨の数々は梨紗である。おそらく、伊丹の貸した金の殆どを使い切ってしまったのではないだろうか?
「大丈夫、冬コ○まで持てばいいんだから」などと宣っている。
テュカは、山岳用品店の手提げ袋をぶら下げていた。それとスポーツ用品店の包装紙に包まれた機械式洋弓(コンパウンドボウ)一式である。どうやら森の精霊というのは徹底してアウトドア派のようであった。
「こっちの弓って凄いのよ」
レレイは、やっぱり十数冊にわたる書籍である。他にも、ノートパソコンとおぼしき箱を大事そうに抱えてもいた。こんなもの買って、向こうで電気…どうするつもりなんだろう?
「……………………………………本は必要なもの」
ロゥリィは元から抱えているハルバートもあってか、比較的荷物が少な目である。が、それでも手提げの紙袋には、黒いフリルや刺繍の塊とおぼしき衣装の数々が詰まっていた。
「向こうじゃぁ、誂えるのも大変なのよぉ」
これに対して、図書館でもっぱら『芸術探し』に時間の大半を費やしてしまったピニャやボーゼスは、買い物を楽しんだロゥリィ達を実に羨ましげに見ていた。どうやらお目当てのものは見つからなかったようである。
富田曰く、「何を探しているのだか、はっきりしなくって。ギリシャかローマ時代の彫刻だと思ったんですが、彼女たちの注文とはイメージがあわなかったみたいです…」だそうである。
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アメリカのロッキー山脈の地下には、緊急時…例えば核戦争における全軍の指揮運用を目的とした総合作戦指揮所がつくられていると言う。
小説や映画では、薄暗い指揮所内のモニターやスクリーンにきらめく無数の光輝(グリッド)や、スイッチがイルミネーションのごとく瞬く様相を形容して『クリスタルパレス』と記されることもある。
実際、航空自衛隊の防空指揮所には、そのような場所もある。
だが、市ヶ谷の地下につくられた『広域指揮運用センター』や、『状況管理運用システムルーム』などと称される部屋は、どちらかというと報道番組か政治バラエティ番組を収録するテレビスタジオのような印象を受けるかも知れない。
明るい部屋の中の片隅には編集室のようなブースがあって、無数のモニター画面がある。そして、指揮運用に携わる制服組の幕僚達が詰めて、刻一刻と変化する状況に応じて、巨大な液晶パネルに表示される部隊符号を切り替えていた。
正面に映っている画像によると、現在九州南西部の石垣島に中国方面から近接してくる航空機があり、これにたいしてスクランブルが発動されてF15が二機向かっている。
あるいは、同近海に潜む潜水艦が赤く示されている。
その近くには、青い色の潜水艦マークがあって、赤い潜水艦の後ろをつけ回している。
某刑事物の映画では、事件は会議室で起きているのではない…というセリフが流れたが、ここでは現場と会議室が直結している。状況の中に投じられ、否応でも視野が狭くなる現場担当者を、後方に控えた冷えた頭の運用管理者が広い視野の元で支援し、指揮を行うシステムなのである。
この部屋に、特地問題対策大臣兼務防衛大臣の麻田が背広組の参事官と、制服組の幹部らに付き添われて立ち入った。
「おはようございます、大臣」
24時間常時勤務態勢のここでは、時計の針がどの数字を指していようとも、習慣的に「おはようございます」と挨拶される。テレビなどに見られる芸能界の習慣を諧謔的に取り入れたものだが、かえって武張った印象が薄れて気軽な気分で挨拶が出来る。
麻田も「おはようさん」と手を挙げつつ参事官に案内され、指揮所のなかに臨時にしつらえられた椅子へと腰を下ろした。
「指揮運用担当の竜崎二等陸佐です。宜しくお願いいたします」
麻田の前に現れた制服自衛官はそう名乗った。
「俺、正直言って戦争ってこんなんだと思わなかったぜ」
竜崎に感想を告げながら、麻田はコートを脱いだ。すかさず婦人自衛官のひとりが受けてハンガーにかける。
「そうですね大多数の人は、戦争映画みたいに大規模な戦力が連日衝突するような印象を抱いていることでしょう。ですが現代戦は、大別して2種類のものになりました。ひとつは警察活動とゲリラ戦とが混ざったようなもの。そしてふたつ目は『湾岸戦争』のような、戦う前に準備を周到に済ませ、敵の急所を見極めて、いざ戦闘を始めれば一気呵成に、敵の要点のみを一撃で粉砕してこれを倒す…というものです。昔のような戦争は映画の中か、あるいは途上国のものです」
竜崎が、イラクで行われている米軍の戦いを例に挙げた。
かつてのゲリラ戦は『ジャングル』を舞台に、敵味方の視界のほとんど無い森に隠れるようにして互いに遭遇戦、待ち伏せ戦を行うというものだった。だが現在は違う。無辜の市民の中に敵は潜み隠れ、スーツを着たまま人混みの間から撃ってくる。乗用車を爆発させてくる。子どもの背中にくくりつけられた爆弾が爆発する。彼らはそれをしてカミカゼなどと呼んでいるそうだが、対象が軍事目標でないが故に断じて神風ではない。
これに対処するには、無辜の市民と敵性人物とをより分けなければならない。そして倒すべき敵のみを倒す。強いて言うならば『癌治療』に似ている。膨大な数の健康な細胞の中に紛れ込んだ、小さなガン細胞を見いだしてこれをつぶしてしまわなければならないのだから。
警察活動は、一つ一つの癌を探し出して捕らえる活動。
軍事活動は、癌の塊を外科手術で取り除く活動。かつて、膝に癌が出来れば、脚一本丸ごと切り取るような手術をするしかなかったが、時代はそれを許さない。故に、いかに健康な細胞を傷つけないで温存できるかが問われることになる。
アメリカが国力を傾けて軍事力を投入しているのに、イラクの治安が一向に回復しないのもイラクにおける警察力が低いからである。
メスをもって外科手術をするには、イラクという病人のガン細胞はあちこちに転移しすぎている。これを取り除こうとして、無辜の市民を巻き込むような戦闘に訴えるしかなくなっているのだ。
「その意味では、我々がこれから行おうとしている作戦は、前者に当たります……すまんが状況をモニターに出してくれ」
コンソールのWAC(婦人自衛官)が頷くと、端末のマウスを数回動かした。正面のスクリーンに伊豆半島の付け根から箱根付近の地図が映し出された。
10万分の一、5万分の一、1万分の一…と描かれる範囲はどんどん狭くなってくるが、同時に地形はわかりやすく大きくなっていく。
そして、山に囲まれたひなびた温泉宿の一つが、壁面一杯の大型有機ELモニターの中心に描かれる形で地図は停止した。
「温泉宿の山海楼閣。美味い料理に、風光明媚な露天風呂で評判です。いずれ泊まってみたい所ですが、本日の舞台はここになります。ルールは至極簡単、敵対勢力の襲撃から、こちらに泊まっている『来賓』を守り抜くことです。隊員は既に配置についています」
旅館の周辺の山や、川といった地形の周辺には、隊員ひとり1人を現す、『♀』…を逆さにしたマーク(陸曹を示す部隊符号)や、このマルが二重丸になったもの(幹部を示す部隊符号)があちこちに記された。
麻田の「おおっ、攻殻みたいだぜ」というセリフは聴かなかったことにして、竜崎はコンソールの方へと身を乗り出して尋ねた。
「ご来賓の方々は今どうしてる?……現在露天風呂で入浴中?!…………おいっ、誰か露天風呂の画像を送ってこれる位置にいる者はいるか?………ちっ、いないのか」
制服幹部の砕けた冗談に、一同苦笑い。場が微妙に弛緩した。婦人自衛官の「セクハラですよ」の一言で、皆少しばかり姿勢を正して場が再び締まる。きっとこんなやりとりばかりしてるのだろうなぁと思いつつ、麻田はネクタイを少しゆるめた。
「さて、山海楼閣周辺に布陣しましたは、我が国の精鋭『特戦』です」
「おう。伊丹の奴もその一員だそうだな」
「大臣閣下が、アレとどういうご縁でお知り合いなのかは存じませんが…」といいつつ麻田が机の上に置いたコ○ケのカタログに視線を送って…、「まぁ、その通りです」と竜崎は頷いた。
「ただ一部で誤解があるようなので訂正いたしますと、特殊作戦群とは申しましても、要員の全てが全て、海に陸に空にと駆けめぐる忍者かスーパーマンのごとき戦闘のプロというわけではありません。勿論、大半はそういった者なのですが、一部には『特技』をもって『特戦群』の一員に名を連ねている者もいます。例えば、コンピューターの扱いに優れた者、鍵などの構造に精通していてどのような鍵でも瞬く間に開けてしまう者、オートバイや自動車の扱いに優れている者、医師、毒物等の扱いに長じている者、人心の収攬と煽動に長けている者…」
「伊丹の奴がそうだと?」
「ええ。アレは逃げ足…危険とか、嫌なことから逃げることについては、ピカ1の技量を有しております。そりゃぁもう、特戦の連中が追っかけ回しても、なかなか捕まりません。と言うか、奴をターゲットにした『フォックスハンティング』の訓練を始めよかという話になった途端、いなくなってます」
「………俺が見た資料は、ちょっと違う内容が書いてあったが」
場にいた婦人自衛官が笑いを堪えきれず、数名の幹部達も笑ったら失礼とは思いつつも腹を抱えた。
「大臣、その資料は背広組からまわってきたものではありませんか?非合法の手段で入手されたものですので破棄されると共に、入手経路についてあとで教えてください。防衛機密の漏洩ルート解明に使わせて頂きます」
「どういうことだ?」
「特戦について、非合法な方法で情報を入手しようとすると…例えばハッキングとか、人を介した方法でもですが…偽装された情報が出てくるようになってるのです。その代表例がアレでして、『格闘の達人、心理戦のエキスパート、射撃の上級者、高々度降下低開傘・高々度降下高開傘の技術を持つ空挺、海猿顔負けの潜水技能、爆発物の専門家……痛い中学生の創作みたいな設定がてんこ盛りです。…違いますか?」
「ああ、そうだった。でもなんで?」
「これは防衛機密ですが、大臣にはお教えする必要がありましょう。それは『冗談』です」
「冗談?」
「ええ、冗談です。まぁ、怠け者の彼に対する、一種のイヤミでもありますが…ま、建前としては欺瞞情報ということになっていますが」
「おいおい、嫌味かよ?」
「はい、イヤミです。特戦の一員となったからには、隊員達は自己の特技のみならず、自主的に互いの技能を教えあい吸収しあって、各個の技能と練度を高めていくことが期待されています。ところがです。アレだけは他人から吸収しようとしない。ばかりか、怠けていることが自分の仕事だと勘違いして、挙げ句の果てに群内で漫画だのアニメの布教に勤しんでる有様です…」
防衛大臣は頭を抱えた。
「おいおい、ここはどう考えたら良いんだ?特戦の連中は、そんな奴のことも捕まえられないくらいにレベルが低いのか、それとも伊丹の奴が凄いって思うべきか…」
だから奴をクビに出来ないんです…と竜崎は愚痴った。
ここで無能で怠慢だからという理由でクビにしたら、そんな奴を捕まえられない特戦は全員無能と言うことになってしまう。
「痛し痒しです」
幹部自衛官達は、深々とため息をつくのだった。
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一方、山海楼閣では…。
ゆったりと温泉に浸かって、ここ数日の疲れを流した伊丹達ご一行様は、食事を済ませその後、酒盛りへと突入していた。
もう、さっさと寝ればいいのにと思うのだが、栗林と梨紗の2人が結託して、酒とつまみを買い込んできたようである。
それぞれに、「もう寝よか」と床に入ろうとしているのを後目に、2人はテーブルの上にビールと酒、ワイン、ウィスキーそしてカキピーやポテチといったつまみの数々を所狭しと列べた。
そして始まった栗林と梨紗の酒盛りに、ピニャとボーゼスが「葡萄酒はわかるが、これは何だ?」と興味を示してウィスキーを口にしたのがきっかけで参加。そして後からテュカとロゥリィも参入し、本を読んでいたレレイまでもが「吸い込みが悪いぞぉ」と言われて、ビールを飲まされる羽目に陥っていた。
そうして盛り上がってきたところで、栗林とロゥリィの2人が隣の男部屋を襲撃し「やい、男共、ちょっと顔出せや」と伊丹と富田を無理矢理に、文字通り『引きずって』きたのである。
「なんだこりゃ」
伊丹と富田の見た光景は、まさにサバトであった。あるいは酒池肉林と言い換えても良いだろう。
なにしろみんな酔ってる。しかも着慣れない浴衣は乱れまくっていて、下着だって見えてるというか見せまくっていた。思わず、ちょっと待て、恥じらいはどうした?ここに座りなさい、と小一時間説教したくなるほどの惨状となっていた。
おずおずとボーゼスに「あの、見えてるんですが…」と指摘して服装を正すように言った富田は、女性衆による「ムッツリスケベ」とか「ホントは見たい癖にぃ」「自己批判しろぉ」「後で布団部屋にでも連れ込んでムフフするつもりだろっ」と左翼か、某人権団体の糾弾会の如き悪口雑言と、枕の集中砲火を浴びてしまい、部屋の隅っこに引き下がって沈黙。
このことは触れないのが一番と悟った伊丹はもっぱら酒か、おつまみへと視線を集中し、あたりに向けないように大人しくすることにしたのだった。だが…
「やい、伊丹っ!お前には言いたいことがあるぞぉ」
と、伊丹の正面にあぐらをかいて座ったのは栗林だった。だから、浴衣であぐらをかいたら丸見えなんですが…と言ったら最期なので黙っている。
「たいちょ~…伊丹…イタミ二尉…お前に話がある。じゃなくてお願いがありまふ」
よっぱらいが、伊丹の肩をバンバンと叩きながら言った。結構痛い。
「紹介して下さい!!」
「何を…」
「私をですぅ」
「誰に?」
「特殊作戦群の人にです」
「なんで?」
伊丹は、栗林の希望を知っていたから、特殊作戦群への志願でもしたいんだろうか?と思った。だが、特戦はレンジャー資格必須。そしてレンジャーは女性には門戸が開かれていないのが現実であったからどうやって諦めるように言おうかと考えてしまった。ところが、彼女の言葉は伊丹の予想の斜め上へと行っていた。
「結婚を申し込みますっ!!」
「ちょ、ちょっとまて!それって、誰でも良いって事か?」
「んなことありません。独身で、特殊作戦群でも優秀な人に限ります」
「んなこと言っても、相手の都合とかもあるだろう?確かに半数以上が独身だけど…」
「それならOKじゃないですか?考えてもみて下さい、危険な職業に、出ずっぱりの毎日、普通の女にはそんな人の女房ってつとまりませんよ。その点、私なら完璧ですっ!!小さな身体に、高性能なエンジン搭載。清く明るく、元気よくっ。格闘徽章保持で夫婦喧嘩も手加減なしです。しかも、今やコンバットブロープン(実戦証明済)っ!!そしてこの胸っ!!報道されない、誰もが顧みない作戦で疲れた心と体を、私ならこの胸で癒してあげられますっ!」
「胸っていったって、お前さんのそれ、筋肉だろ」
「違います!!!筋肉40パーセント、脂肪分60パーセント。バスト92。仰向けに寝てもたゆまない、張りがありつつも触り心地はゴムまりのごとき美乳ですっ!!」
そう叫んだ栗林はいたずら猫のような顔をして、巨乳を胸張った。
すると「どうだっ!」と言わんばかりにはじけるミサイル並の決戦兵器。
伊丹は、しばらく魅入ってしまったが、はっと気付いて目をそらす。斜め右上の天井へと視線をむけながら呟くように言った。
「ま、隊員の結婚問題はリアルで深刻な問題だからなぁ。ちゃんと話は通しておくよ。変な外国人にひっかかられても問題でな、お見合いとか手配したりも仕事になってるくらいなんだ。これマジな話。…お前さんなら顔も良いし、身辺もきれいなものだし。思想的にも申し分ない。もしかしたら、取り合いになるかもな」
「やったぁ!」と上機嫌で栗林は万歳した。その瞬間、伊丹の頭部を激しい痛みが襲う。
「ゴツン」という音がして、鼻の奥にわさびを塊で口に入れた時のようツーンとした感触が広がり視野が暗くなる。どうやら強烈な勢いで叩かれたらしいということは、かろうじて理解できた。
「あ、万歳した手があたっちゃった……二尉……伊丹隊長……い…ちょ…」
薄れ行く意識の中で、伊丹は「こう言う時は、さっさと寝ちまうに限る」と思いつつ意識を手放すのであった。
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『状況管理運用システムルーム』の中央モニターには、山海楼閣をとりかこむ周囲における戦況が記されていた。
システムルームに置かれた数台のコンソールでは、モニターと向かい合う担当者が、偵察衛星や、空に浮かぶ偽装飛行船などから送られてくる情報を読みとって分析し、インカムにむかって語りかけていた。
「北北東の高の台に、熱源3。アーチャー…10時から11時の方角よ」
『こちらアーチャー。目標を捕らえた』
「対処03。よろし?」
『了解』
このような小規模の不正規戦に置いて、どのような指揮運用方法が適切であるかを、歴史の浅い特殊作戦群では、ほぼ手探り状態で見いだそうとしていた。実際に行ってみて、問題点を洗い出したり、改善点を挙げていくのが一番であるという考えのもと、今回はマスター・サーヴァントシステムをとっていた。すなわち、後方に控える指揮者(マスター)ひとりに対して、戦場に身を置く戦闘要員(サーヴァント)がひとり、と言う形のペアを組むものだ。
このペアが7組というところからコード名に、セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、キャスター、アサシン、パーサーカーといった言葉が用いられているが、このあたりは『誰か』による布教の成果かも知れない。
「ランサー。ポイント3へ移動…」
『こちらランサー。了解』
「キャスター、対処02。3時から4時方向でライダーが移動中などで撃たないように」
『こちらランサー。現在、泥濘に嵌っているところ。ポイント3まで1秒の遅れ』
「早く抜け出すように…」
これの様子を眺めながら、麻田は敵の目的にについて思い悩んでいた。
傍らの竜崎を相手に考えをまとめるために話しかけてみる。
「これって、敵は何を考えてるんだ?こっちに備えがあることは、相手だってわかってることだろうに」
「考えられるのは、こちらがこれだけの高度な武力を用いた防御に出るとは、考えていなかったという可能性です。もう一つは、こちらの能力を測っているという可能性も考えられますが、損害を度外視し過ぎにも見えます」
「現在、敵側の損害は、10名を越えました」
「もうじき、敵は一度後退するでしょう。敵の本格攻勢はその後になります」
麻田は、今回の敵の行動についての政治的意図を考えていた。
戦争とは、政治の一手段であり、政治と関係のない戦争はあり得ない。戦争の勝ち負けは、政治の土台の上に成り立つ。従って、負けることが政治的な勝利であることもあり得るのだ。
そう考える時、こちらに備えがあることをわかっていて、壁にむかって累卵を投げるような、無意味とも思える戦闘にどんな理由があるだろうかと考えるのである。そのような状況にどんなものがあるか。
政治というものを理解しない…例えば山本とか石原といった軍事については優秀だが政治を理解しない馬鹿が闇雲に目前の勝利のみを追い求めて、最終的に日本を敗亡へと導いた。
政治を嫌って軍事のみ好む気質は、政略や策略を卑怯として正々堂々の戦いを好む武士道精神のそれだが、それは一兵卒の美徳であって国政に関わる者、そして軍事に関わる者はそれではいけない。政治も軍事も、同じ物であるということを理解し、両方を見据えるべきなのである。
昨今は、軍事音痴な政治家が日本の政界に多いが、これもまた亡国の原因になると麻田は考えている。軍事イコール悪としてしまう、感情的な平和運動の悪弊と言えるだろう。
「悪いけどよぉ……敵さんを調べてくれないか?嫌な予感がするぜ」
麻田の注文に、竜崎は眉を寄せた。
「敵は退却しているとは言っても、まだ状況が終了したわけではありませんが…」
「そこを何とかならねぇか?」
「二佐…セイバーの近くに、目標の遺体が二つあります。確認させられますが」
竜崎は部下の意見具申を受けて、セイバーに敵の死体を確認するよう命じた。
暫し待機中、竜崎は麻田に尋ねた。
「何をお考えなのですか?」
「ああ?勿論政治さ。俺は政治家だからな」
「しかし、それと敵を調べることとどう関係が…」
『こちらセイバー。敵の遺骸を調べてるんだが、気になる点がある。ライト使って良いか?』
「それは駄目だ。敵に現在位置を暴露することになるぞ。地形から見て、向こう二キロから見えることになる。それに暗順応をしばらく失うことになる」
「気になる点っていうのは何だ?」
割り込む形で麻田がマイクに話しかけた。
『敵は東洋人ではないように思えます』
麻田の背筋がさっと寒くなった。
「すまんが確認させてくれ」
竜崎が怒ったような態度で麻田からマイクをひったくる。しばし黙って、首を振りつつ苦々しさを感じさせる声で命じた。
「セイバー。ライトを使え。ただし短時間だ。そして確認したら、すぐに移動せよ」
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『こちら、セイバー。敵は東洋人だけじゃない。白人もいた。連合軍だっ!!』
この声が聞こえた途端、麻田は首相官邸に向かって電話をかけた。