[1507] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり /正式版 43
Name: とどく=たくさん◆20b68893 E-MAIL ID:5eba37fb
Date: 2008/11/17 19:17
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土砂降りの雨の中、進路が水に浸かり立ち往生した。
空は分厚い雲に覆われて暗く、そこかしこに出来た水たまりも水面下がどれだけ落ち窪んでいるのかの判別できない。車輪がはまり込んで、何度か車体が大きく揺れた。
迂闊に泥濘に落とせば脱出するのも難しい。このまま行くのも退くのも危険と判断した伊丹は、高機動車を停車させると、エンジンも止めた。
「この辺りは、降り始めると凄い勢いで降るが、上がる時はあっさりとしたもの」というヤオの説明を受けて、伊丹はこのまま天気が変わるまで待機することにしたのである。
エンジンの喧騒が静まると、雨が車体の幌を叩く音だけがする。
伊丹が借り出した高機動車は、ドアがはずされていて天井も幌だ。両サイドも幌をはずしてあるから、外の風がそのままに吹き抜けていく。比較的陽射しの強いこの地では、このほうが心地よいのである。
雨が両脇からわずかに吹き込んでくるが、車体の大きさがそれを救った。同乗者達は、雨宿りの軒先から外の雨を見るような表情で、雨雲が去っていくのを待ち続けていた。
手が空いた伊丹は、図嚢から地図と方位磁石を引っ張り出してここまでの進路とこれからの進路の確認を始める。参考にするために、ヤオはいったいどんな経路をたどってアルヌスまで来たのかと尋ねてみる。
モダバーデンの村からコルロ山の麓を南に迂回、その後、テリリア平原を突っ切って、メタバル、グレミナ、ヘブラエ、トングート…
ヤオの語った経路を繋いだ線は、地図上で見事なまでにジクザクと折れ曲がっていた。後戻りしているとしか思えない線まである。
直線距離……とは言っても、山や谷はどうしたって迂回しなければならないから、やはり直線移動は無理なのだが、それにしたってシュワルツの森のある国境付近からアルヌスまでの道のりを、ヤオは見事なまでに迂回しまくって、1ヶ月の時をかけたようである。
「仕方ないだろう。緑の人の噂を拾いながら来たのだから。最初からアルヌスにいると判っていれば、此の身とて真っ直ぐに進めた」
ロゥリィとレレイの呆れたような視線に、ヤオは唇を尖らせた。
そう言われてみればそうだ。街や村があれば立ち寄っては噂を尋ねて歩き、そして頼りない情報を元にしてアルヌスにたどり着いた1ヶ月という時間は、もしかしたら短い部類になるのかも知れない。
「現在位置はテリリア平原」と伊丹は地図に赤ペンでマークする。
「さて、ドラゴンを見つけるのに、コルロ山麓を迂回するか、グルバン川添いに進む道を選ぶか。どっちを進んでも、道が悪くて、大して進めそうもないけどなぁ」
朝から夕方までずっと走り続けても移動距離は大して稼げなかった。何しろ、道無き道を行くのだから高速道路を疾駆するような訳にはいかなかったのである。
このテリリア平原にしても、地図上では真っ平らになっていたから距離を稼げるかなと期待していたら、実際には巨石がゴロゴロとしていて、四六時中ハンドルを右に、左へと切って進まなくてはならず、歩くほどの速度しか出せなかった。
目的地まで、あとどれくらいの時間がかかるか。伊丹は、地図を見ながら荷台を振り返った。
荷台の三分の二は、ガソリンの詰まった予備タンク、LAN(110mm個人携帯対戦車弾)、膨大な量の爆薬、各種機材、弾薬箱や水と食糧の入ったダンボール箱。迂闊に火がつけば、この辺りは大きなクレーターが出来るだろう。
その他には各種の荷物。これらが引っ越しか夜逃げと間違われそうなほどに積まれ、その隙間に嵌るようにして毛布を厚めに敷いたテュカが眠っている。顔色はそう悪くないが、時間的余裕はそんなに無いようだ。
アルヌスを出てからテュカの症状は酷くなる一方だった。考えてみれば当たり前かも知れない。テュカの父親が高機動車なる不思議乗り物を自在に操っているなんて、彼女からすれば盛大な矛盾だろうから。
あまりに強い頭痛を訴えるので、睡眠薬代わりにレレイが魔法を使って眠らせたのである。
だが、そのお陰でテュカには聞かせられない話も出来ると言うものだ。
「ヤオ。ドラゴンが出るのは、シュワルツの森なんだな」
伊丹を地図を指さして尋ねると、ヤオは首を振った。伊丹の指さした範囲を含めた、もっと広い地域を囲む円を指で描いた。
「厳密に言うならばシュワルツの森を含む、南部地域全域」
「こんな広いのか?」
「炎龍を探すのなら、シュワルツの森から南に出たロルドム渓谷に行けばいい。炎龍は餌がとれなくなるまで、同じ餌場を漁る性質があるからな。待ち伏せが可能だぞ」
ロルドム渓谷にはヤオの一族が隠れ住んでいる。
「俺たちの目的は、テュカに仇を討たせることであって、お前の仲間を救うことではないんだがな」
「だが、炎龍の巣の場所を知る者がいるぞ」
「確かにそうだ」と伊丹は、ヤオの言い分を認めダークエルフが隠れ住んでいるという渓谷へと向かうことにしたのである。
ヤオが、満足そうに笑ったので、伊丹は釘を刺しておくことにした。
「言って置くが、そこでは戦わないぞ。ドラゴンが自由に飛び回れる場所で会敵するのは不利だからな」
「では、どうする?」
「今は、奴の巣を襲おうかと思っている。地形や、状況によるけどね」
「どんな地形だと良いんだ?」
「例えば…」
ドラゴンが自由に飛び回れないくらい狭隘で入り組んだ場所。もし、炎龍の巣がそういった場所でないとすれば、別の場所を戦場として設定し、敵を引っ張り込んで叩き潰すやり方に切り替える。
「囮が必要なら言ってくれ。必要なら同胞にも協力を求めることも出来る」
ここまで来たなら簡単だ、とヤオは朗らかに言った。
「以前から不思議に思ってたんだから、逃げるという選択肢は無かったのか?」
村を捨てたコダ村の村民達のように。そういう選択肢もあったはずなのだ。
だが、ヤオは言う。「ヒト種には出来ても、エルフには無理だ」
エルフにはエルフに適した生活の場というものがある。
ヒト種のように、臨機応変にどこにでも移動できて、街や集落を作って住めるというものではないと言う。だから、どうしても住み慣れたシュワルツの森から離れることが出来なかったのだ。ロルドム渓谷に隠れ住んでいるのにも、心身に相当な疲労が溜まるという。
「ただ、旅をする程度なら出来るのにな」
そうヤオは自嘲的に笑うのだった。
伊丹は、我々が船で旅をすることは出来ても、船で生活をすることが出来ないのと似ていると理解することにした。もちろん海上で生活することが出来る人もいることはいるが、誰も彼もと言うわけにはいかないのが現実だ。人間が、揺れない大地の上でしか暮らせないようにダークエルフ達には、森が必要なのだ。
考えてみれば、テュカだって、アルヌスの丘の麓にある森を、丁寧に手入れしていた。彼女にとってはそれが必要な環境なのだろう。
「でも、いいのぉ?」
ロゥリィが、眠っているテュカに視線を向けて問いかけてくる。
当然の事ながら、テュカには旅の目的を話していない。南に向かうのも、ヤオを彼女の住んでいたところの近くまで送り届ける為だと思ってる。
「ああ。炎龍の前までつれてって、あれがお前のオヤジの仇だぞって言ってやるつもりだけど」
「きっとぉ、騙したって怒るわよぉ」
おそらく怒るだろう。だが、テュカの妄想に乗じて、父親を演じている段階で充分に騙していると言える。伊丹は「今更だろ」と笑った。
「ここにいる全員、共犯者」
レレイの言葉にロゥリィも苦笑した。
「しょうがないわねぇ。一緒に怒られてやりますかぁ…」
ロゥリィはそう言って伊丹の肩を叩くのだった。
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シュワルツの森は、樹海と呼んでも良いような広大な地域である。
その深さ、険しさは想像の範囲をはるかに超える。
最深部では、倒木の折り重なった上に腐葉土が積もり、その上に大木が根を張る。木々の枝に、木々が根を張るから、見下ろしても大地はどこまでも見えず、天は樹冠によって完全に覆われいる異世界の如き空間なのである。
当然の事ながら、徒歩で踏み入るのが精一杯で、車両で此処を通過するのは無理。そこでこれを迂回することにする。一旦南に向かって中途で一泊。
翌朝になってから樹海の畔を西へと向かうことで、ようやくロルドム渓谷へとたどり着くことができたのである。
ここの洞窟などにダークエルフ達は隠れ住んでいると言う。
見てみると、ここも入り組んだ地形であった。
渓谷の名が示すように、平らかなる大地を渓流が削り取り、かなり狭くて深い谷となっている。もし、この谷底まで炎龍が降りて来れるのなら、ここで待ち伏せをしても良いかも知れないが、ここは狭すぎて炎龍の巨体は入らないように思われた。
もともと、ここはダークエルフ達が身を守るための場所として選んだところだ。炎龍が入れるようでは困るのである。
見降ろしてみると、谷底も狭い。川原は丸みを帯びた大小の石がごろごろしていて、心得のある者なら渓流釣りが楽しめそうである。
それだけに、ダークエルフ達が生活していく上で必要な、食糧を選ることはほぼ無理。また、燃料としての薪なども谷を出て外に求めなければならない。だから、どうしても谷から出る必要があり、炎龍はその時を狙って来るのだと言う。
しかも、少し多めの雨が振ると、川の水はたちまち増水して彼らが生活の場としてる洞窟内にまで侵入してくる。その度に、家財や食糧などが押し流されてしまい、生きた心地のしない毎日が続いているのである。
「ちょっと待っていてくれ」
崖の上に伊丹達を待たせたヤオは、雨上がりでぬかるんだ地面も気にせず、一人で目も眩むような谷底へと下って行った。ヒト1人歩くのがやっとの狭い階段様の通路が、崖上から下に向かって斜めに切り開かれていた。
伊丹は、エンジンを停止させた。
ちょうど眠りから覚めたテュカが、両手をあげて万歳するかのように欠伸している。こしこし目を擦る子供っぽい所作が可愛らしくもあった。
が、すぐに油臭いと顔を顰める。
テュカが寝ていたのは予備タンクと弾薬・爆薬の隙間なのだから、当たり前と言えば当たり前であった。
正面を除くと、ドアもなければ窓ガラスもない高機動車は、走行中は外の空気が吹き込んで来るからいいのだが、止まってしまうと気になるくらいには臭いってくるのだ。
「よく眠れたか?」
「ええ。とっても…」
テュカはそう言うと、車から降りた。改めて大あくびをして、外の空気を胸一杯に吸い込んでいる。
伊丹はそれをしばし眺めていたが、小銃を片手に車から降りた。一応、このあたりは炎龍の出没地域なのだから、気を配る必要がある。とは言っても、7.62㎜弾など通じないが。
伊丹は双眼鏡を目に当てて周囲、特に空へ警戒の視線を巡らせた。
「ここはどこなの?」
テュカの問いに「ロルドム渓谷だと。ヤオの同族が避難してるところさ」と応える。
「そっか、着いたんだ。ようやくあのダークエルフを降ろせるわね」
テュカのヤオに対する感情はお世辞にも良いとは言い難い。ヤオの旅の終着点はここだと思っているから、息苦しかったのがこれで楽になると言いたそうな口振りであった。
「でも、住みにくそうなところね…」
恐る恐る、切り立った崖下を覗き込んでみると、遙か下を川の水が勢いよく流れていた。
エルフの好む森だの緑は、申し訳程度しかない。
この崖の上にしても、岩や、砂礫ばかりで植物と言えば灌木やら雑草が地面を覆っているだけだ。
「なんで、こんな所に住んでいるのかな?」
どうやらヤオ達がドラゴンに襲われて滅亡に瀕しているという事自体、失念しているようである。どうも炎龍に関わる記憶はとことん削除されるらしい。
だから伊丹も「さあな。きっと、何か理由があるんだろ」とだけ応じて置いた。
そんな会話をしていたせいだろうか、あるいは空に注意を向いていたからか……。
「お前達、何者で、何しに来た?」
弓を構えたダークエルフの男女が7~8人。
伊丹は、周囲を取り囲まれてしまったことに全く気づけなかったのである。
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「ヤオよ、よく戻った。だが、我らが汝を送り出した理由は何であったか、忘れたのではあるまいな?」
光の届かない渓谷の洞窟の奥。薄暗い灯火の下で、ヤオは7名の長老がつくる馬蹄形の中心に片膝を着くと、顔を伏せたまま「はい、忘れておりません」と丁寧に応じた。
「お前を送り出してより、およそ二ケ月になろうとしている。その間に多くの同胞が命を失った。分散して隠れ住んでいる者達とも、連絡が取れなくなって来ている」
「御身の帰還が後少し遅れれば、我らもいよいよ諦めねばならぬかと思っていたところだ」
ヤオは長老達の中でも主立った3人へと顔を向け、はっきりと告げた。
「炎龍を撃退したことで、緑の人の名で知られている者を、連れて帰りました」
「おおっ!!」
一斉にどよめく長老達。
「よくやった、うむ。よくやった」
「で、その緑の人はどこにおられる?」
「いきなりここまで案内すると無用な軋轢を起こしかねませんので、谷の入り口にて待って頂いております」
ヤオのこの答えに、長老達は顔を顰めた。訝しげに問いかけてくる。
「遠来の客人を待たせるとは、何という無礼。どうしてこちらにお連れせぬ?」
「そうだ。礼を失しては、我が一族の品格が問われようぞ」
今すぐにでも、腰を上げて走り出しそうな長老達。だがヤオは、「ちょっと、お待ち下さい」と前もって説明して置かなくてはならない事情があることをうち明けて、押しとどめるのだった。
「その事情とは何だ」
「緑の人が、炎龍退治をすると決断されるまでの、経緯です。此の身は、罪深きことをしてしまったのです」
ヤオはそう言うと、アルヌスにおける自分の所行。特に、テュカに対してしたことについて、事実をそのままにうちあけた。
「我らの立場では、『何故に』と問うてはならぬのは判っている。問うことは責める意味があるからな。だが、あえて問いたい。『何故』そのようなことを気に病むのか?」
ヤオには、意味のわからない反問であった。何故そんなことをした?と問われると思っていたからだ。ヤオには、人倫に反する行為をしたという認識がある。
ところが、長老達はまるで意に介していない。ヤオは、自己の持っている倫理観が微妙に歪むような気がした。
「イタミと申す者は、そのハイエルフを救うために立ったと言うのだな」
「そうです。そして、そのイタミという者こそ『緑の人』の名で謳われた者の一人でありました」
「知・慮兼ね備える者ならば、見知らぬ者は見捨てるという判断を下すこともあろう。それが危険なことならば、なおさらじゃ。当然のこと」
「だが、仁・情兼ね備える者なら、自らの知る者のために、危険を承知で踏み入り、時に則を破る」
「うむ、好漢と言えるな。物欲色欲名誉欲に釣られて動く者より、はるかに信用できるようじゃ。で、……そのハイエルフには、炎龍退治のことは伏せているのだな」
「はい。イタミは、テュカを炎龍の前まで連れて行き、そこで全てをうち明けると申しております」
長老達は、今ひとつ飲み込めていない表情のヤオを見て、ため息とともに互いに顔を見渡した。
「ヤオ。御身は、どうやら判っておらぬようだな。我らも、窮すれば御身と同じ事をした。使命を果たすために必要ならば、どのような不評を買おうとも、あらゆる手段を尽くす。それは、我らダークエルフにおいては美徳と見なされる」
「そうじゃ。奸計、大いに結構。此度は、ヤオの手柄である」
長老達は、ヤオの行為を部族の道徳に照らしても、素晴らしい行為であると賞賛した。
「御身は、目的が手段を浄化しないと、気に止んでおるのであろうな?だが、それは御身一人が気に病むべき事ではない」
「そう。我らは汝に、使命を果たすのに手段を問うなと命じた」
「御身はそれに従ったまでのこと。責は、我らが負うべきものなのじゃ」
長老達は、ヤオの行為を部族全体の行為として、その償いをどのようにするべきかと論じ始めた。
「しかし、此度の一件はあくまでも此の身の為したこと。償うべきは、此の身ではありませんか?」
あくまでも自分が償うと言い募るヤオに対して、長老達は鬱陶しそうに応じた。
「どうやって?」
ヤオは澄んだ表情で「お任せ下さい」とだけ答える。
「御身の事だ。どうせ『一命に賭けて』とか、その程度の浅はかな考えに浸っておるのであろうな。それこそ、恥の上塗りだ。それは一見して贖罪に見えるやも知れぬが、実は楽になろうという狡い道なのだ。罪に罪を重ねて何とする」
「汝らしいと言えば汝らしい。じゃが、本当の償いとは、軽々な方法でもたらされるものではない。もっと手間暇のかかる、長く険しい道のりじゃ。その全てを汝に被せては、我らの軽重が問われようぞ」
「我らとしては、何が出来ようか」
「炎龍討伐に助勢は当然のこと。また、ハイエルフの身も守らねばならぬ…」
「うむ。当然だな。戦士達を集めよう」
「それと緑の人は、軍を勝手に飛び出してきたと言う。戻れるならばその立場が悪くならないように気遣わねばならぬ。軍の上層部とやらに、賞賛と感謝をたっぷり送りつけてみてはどうか?」
「我らだけでは足りぬよ。炎龍に苦しめられている国や部族は多いでな、そういった全ての部族と共同して賞賛と感謝を贈れば、軍の上層部も面目が立つであろう」
「うむ。それがいい」
長老達が、今後の方針を談合していく。そこには、ヤオが考えもしなかった方策が次々と立てられていく。
ヤオは自分の考えや思いが、長老達に一蹴されて呆然としていた。
「では、緑の人を迎えに参ろうか」
「おう。炎龍退治のことは伏せて『緑の人』を迎えることとしよう」
ヤオは、長老達に付き従うように洞穴を出るのだった。
だがその時、渓谷には爆発の衝撃と大音声が木霊した。
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「くそっ!!炎龍だ!!」
ダークエルフ達の声が響いた。
伊丹を取り調べるために近づいたダークエルフの男が、突然舞い降りてきた炎龍によって攫われてしまったのである。炎龍の牙の隙間に、ばたつく手足が見える。それをバリッ、ボリッと咀嚼して飲み下す巨大な獣。
「ああっ、あ、あっ、ああわ、ああ、あ」
その一部始終は、間近に見てしまったテュカは凍り付いていた。炎龍の目前でのそれは自殺行為とも言える。
他のエルフ達は、懸命に走って手にした弓を連べ撃ちした。だが、堅牢な鎧にも似た鱗にはじかれるばかりで効果が全くがない。
炎龍はエルフ達の懸命な抵抗など意にも介さず、目前で凍り付いてる金色の髪を持つテュカへと視線を向けた。
血の付いた炎龍の顎が、テュカに向かって大きく開かれる。
そして、死の顎がテュカを捕らえる瞬間。巨大な岩石が砕けるような音が、渓谷に響いた。
まるで強風に舞った黒い花びらのような勢いで、駆け寄ったロゥリィ・マーキュリーは、ハルバートの一撃を放った。その鉄塊は炎龍の頬を捕らえる。
その凄まじいまでの斬撃も、強靱な鱗を破ることこそ出来なかった。だがハードパンチャーの一撃のごとく衝撃はものの見事に炎龍の顔をひしゃげさせたのである。
それは、蟻が巨像を殴り倒すにも似た非常識な光景だった。
だが事実として炎龍は翼と、手足をじたばたさせながら大地を転げる。砂塵を巻き上げて吹き飛んでいく。その衝撃に大地すら揺れて、鳴動したほどだ。
「すげぇ」
思わず漏らすダークエルフ達。
「duge-main」
既に魔法を起動していたレレイの目前には、魔光による連環円錐”HEATCone”が形成されていた。
レレイが指を鳴らした瞬間、それが弾けて凄まじい爆轟波の奔流が炎龍の叩きつけられる、かに見えた。その射線は、地を転げていた炎龍から、微妙にそれて大地に突き刺さったのである。
炎龍は、転がりつつも巧みに翼と脚を動かしてバランスを取り戻した。大地にいては不利であることを悟って、地を蹴る。
ロゥリィが跳ねるようにして追撃しようとするが、炎龍の吐いた炎が彼女を迎える。
戦いの神エムロイの使徒は、巨大なハルバートを振ってその風勢で、高熱の壁を吹き飛ばした。だが、防御が甘くなったところに鋭い爪を持つ炎龍の右腕が振り下ろされる。
「きゃんっ!!」
爪の尖端こそ避けきっても、その掌の衝撃はロゥリィな小さな体躯をはじき飛ばすのに充分であった。
砂を蹴り地を擦りながら、叩きつけられた勢いを殺してハルバートを構え治すロゥリィ。その泥にまみれた頬を自らの拳で拭いつつ、切れた唇の血をペロリと舐めた。
「やってくれるじゃなぁい?」
戦いは膠着して、不意の一撃による勝機は諸共に失われた。
レレイが2発目のHEATCone(連環円錐)を目前に作り上げたが、それが何であるかを既に理解している炎龍は正面を避けて狙いをはずしていく。
一度浮かべた光円は向きを変えられない。地面に大穴を穿ちながら、レレイは小さな舌打ちをした。
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「は、はっ、はは、はっ、はっ…」
震えるかのような呼吸で痙攣するテュカ。
伊丹はロゥリィが炎龍に強烈な一撃を叩きつけるとほぼ同時に、テュカの身体を抱えると地に伏せていた。
「あ、あ、あわ、な、」
喘いでいるテュカに伊丹は言い聞かせた。
「見ろ、あれを見るんだテュカ…」
テュカを背後から抱きすくめるようにかかえた伊丹は、両手で彼女の顔を挟み持つと炎龍へとその顔を向けさせた。
「あれが炎龍だ。お前の父さんを殺した仇だ。わかるか」
テュカは、必死に顔を背けようとした。だが伊丹は渾身の力でそれを禁じた。
「見ろっ!!よっく見ろっ!!あれがお前の住んでいた村を全滅させた敵だっ!!!」
「う、嘘よ。お父さんは死んでないわ」
「俺はお前の父さんじゃない。ただの赤の他人だ。お前は、俺の娘じゃないっ!」
「ひぃぃぃぃぃぃ。いやぁ、どうしてそんなに酷いこと言うの?誰か助けてっ!」
テュカの心が、伊丹の言葉によって、そして冷酷な現実によって引き裂かれていく。
炎龍対、ロゥリイ・レレイタッグの一瞬の交錯を終えると、炎龍はジロリとその場にいた全てを見渡した。
その片目に突き刺さった、矢がテュカの目に入る。
その矢羽こそ父の愛用したもの。
テュカは、自分を逃がすために井戸に突き落とす父の幻影を見た。そしてその向こう側に広がった炎龍の顎を。
「…あ、あれは」
「そうだ。お前の父親を殺した仇だっ!!!撃て、討て、やっつけろ!!怒れっ!!」
「無理よ。できっこないわっ。あんな化け物に勝てるわけないじゃないっ!!!!」
伊丹は、テュカを抱きかかえたまま、高機動車まで下がる。そして後部に積まれていたLANを引っ張り出した。いつ会敵してもよいように、即座に使用できる状態で積みこんで置いた1本だ、
「これが、彼奴の片腕を引きちぎった、LANだ」
テュカに110mm個人携帯対戦車弾を見せた瞬間、炎龍は絶叫の如き咆哮をあげると、地を蹴って飛び立った。その耳を劈く大音声に、腰が抜けそうになったが、伊丹は前に一度経験したことがあったために、どうにか呆けずに澄む。
「くそっ、彼奴こいつに痛い目に遭わされたことを覚えてやがる」
空に飛ばれてしまっては、ロィリィのハルバートも届かない。激しく動かれてはレレイの魔法も狙いを定められない。
ロゥリィは跳躍して、数度にわたって炎龍に襲いかかったが、その全てを右腕にはじかれ、あるいは炎によって妨げられてしまう。
レレイの魔法も破壊力に優れていても、即応性に欠けた。
そして、ダークエルフ達の矢は当たりこそしても効果がない。
このまま、炎龍が飛び去るのを黙って見送るしかないかと思われた。
炎龍はロゥリィが飛びかかれない距離まで高度をあげると、悠然と背を向けてさらに高度を上げようと羽ばたいたのである。
だが、伊丹はLANを手に取るとテュカに背後から構えさせた。
もう二度と、現実から逃避しないように。自分達は炎龍に対して無力ではないと示すために。
飛び去っていく炎龍の背中に照準をあわせて、テュカの手をとって引き金を握らせる。これだけは自分でさせなければならない。
「いいか、しっかり見ろ。あれが仇だ。真ん中に入れて引き金を引け。いけっ!!」
テュカの耳に怒鳴る。
「無理よ、駄目に決まってるじゃないっ!!」
泣き叫ぶように嫌がるテュカを懸命に押さえ込んで、伊丹はLANの尖端を、離れていく炎龍に向け続けた。
「いいから、引き金をひきやがれっ!!」
それが、耳元での罵声に怯えたからか、それともだだ無我夢中だったのか。テュカの手は持っていた全てをぎっと握りこんだ。
引き金は引かれ、ロケットの噴射音とともに対戦車弾頭は発射される。
当然のごとく、その弾頭は炎龍から大きく外れる。だが、その着弾による爆発と衝撃は、渓谷に大きく鳴り響いたのである。
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「炎龍が撃退された」という知らせはダークエルフの間に瞬く間に駆け抜けていった。
「緑の人が来た。ロゥリィ・マーキュリーと魔導師の娘までいる」
一方的に補食されるだけであったダークエルフ達にとって、それは朗報となった。今こそ、炎龍を退治し安心で快適な森の生活を取り戻そうという掛け声に、誰も彼もが武器に手を伸ばした。
炎龍を退治する。緑の人とならばそれが可能。ましてや、エムロイの使徒ロゥリィと、リンドン派魔導師もいると言うのだから。
こうして、周辺の谷や、野に、そして山へと隠れ住んでいた者達がロルドム渓谷へと続々と集まって来る。
夜半には狭い渓谷の川原がエルフの姿で一杯になったほどだ。明け方にもなれば、もっと多くの者が集まると思われる。
長老達には、「まだ、これほどの数が生きていてくれたか」という思いと、「もう、これほどしか残っておらぬのか」という両方の思いがあった。耐乏の時間が長すぎたのかも知れない。だが、最早座して滅びを待つ時は終わりを告げた。ダークエルフの存亡を賭けた戦いに討って出る時が訪れたように思われたのである
伊丹達ために、そして集まった戦士達の為に残り少ない食糧庫が開け放たれて、様々な料理が振る舞われた。
また、伊丹等を連れ帰ることに成功したヤオには、友人や仲間達から賞賛の声が惜しみなく浴びせられる。日頃から『不幸』の二つ名をもって呼ばれた彼女も、これによって大いに面目を施した形になるのだが、どうにも居心地が悪い。
自分が、皆が言うような賞賛に値する者とはとても思えなかったからである。何かがあった時に、自分の身をもって罪を濯ぐ。そんな風に考えていた贖罪方法も、長老達に「軽率」の一言で一蹴されてしまって、どうしたらいいか判らなくなってしまったのである。
そんな彼女の屈託を、多くの者は彼女が不在中の出来事を聞かされたからと誤解した。
「トドゥはどうした?」
「彼奴は、喰われた。お前が旅だった翌日にな」
「まさか、彼奴が」
「お前と使者の座を争ったほどの奴だったが……残念だ」
見渡してみても、随分とその数を減らした同年代の仲間達。その訃報の多さに、不幸慣れしたヤオもさすがに肩を落としたくらいである。
「ヤオの馬鹿っ!!どうして、もっと早く帰ってきてくれなかったのよっ!!そうすればっメトはっ!メトはっ!!」
ヤオは、愛する人を失った友人の嘆きを全身で受け止めた。
「ヤオの馬鹿ぁ。あんたなんかっ!!」
友人が口にする理不尽な罵倒を黙々と受けるヤオの姿を、誰もが寛容と見なした。だが、ヤオにとっては、遠慮無しに投げかけられる罵声の方が、今の自分にふさわしいもののように感じられていた。
さらに、かつて自分を捨てて親友に走った男が、妻を亡くしたと言って近づいて来た。
抱き合い抱かれ合ったりする行為も、ヤオは嫌いではない。だが、自分を捨てて親友に走った元恋人と言うのは、さすがのヤオもお断りである。お断りのはずであった。なのに、こんな自分でも抱くことで慰めになると言うのなら、相手してやるのも吝かではないと思ってしまって、我が事ながら驚いている。
そんな風に扱われるのが、今の自分にはふさわしいかも知れないと思えたのだ。相当自虐的になっているなあと気づいてしまう。
ただ、ヤオはもう自分のことであっても勝手に出来る立場ではない。
その事を思い出して、「み、緑の人達のお相手をしなければならないから」と告げて、かつての友人達から逃げ出したのである。
ところが、伊丹達の表情も暗かったのである。
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「不味いなぁ」
焚き火の傍ら、テュカが伊丹の膝にすがりついて眠っている。泣き疲れたのだろう。
様子を見てくれたダークエルフの長老によると、悲しみに向かい合わずに閉じこめて置くことで心の平安を得ていた者が、現実に立ち返り全てを知ると、それまでに溜め込んでいたあらゆる情緒を一度に味わうことになると言う。
それによる悲嘆は通常よりも強く激しい。それに耐えきれないテュカは、懸命に伊丹を父だと思い込もうとしているのだろう。
ここで間違えると、取り返しのつかないことになりかねないので、今は休ませておくようにと警告されてしまったのだ。
そんな状態のテュカをどう扱うべきか。伊丹は頭を抱えていた。
「イタミ殿。どうされた?」
ヤオの問いに、伊丹は嘆息して見せた。
「テュカの件さ。お父さん、お父さんって、俺が幾ら否定しても頑として効かないんだ。絶対認めるものかってムキになってるような感じだった」
「此の身も、婚約者を失った時、立ち直るのにひと月くらいはかかった。今でも何かの拍子に胸が痛くなる時がある」
「なんだ。婚約者がいたのか?」
ヤオは、「いては、おかしいか?」と、唇を少し尖らせた。
伊丹は、そんなことはないと首を振り、テュカの事へと話を戻す。
「まぁいい。いざとなったら、引きずってでもドラゴンの前に連れて行く」
そんな伊丹の決断にヤオは首肯する。
「此の身はイタミ殿のもの。なんなりと指図して欲しい」
ヤオは、そう告げると伊丹の隣に腰を下ろした。
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「ハルバートの刃が立たないのは困っちゃったぁなぁ」
ロゥリィは、ハルバートの刃を研ぎながら愚痴をこぼしていた。
下手するとハルバートを鈍器として用いて、炎龍が動かなくなるまで殴り続けるしかないかも知れない。勿論、炎龍とて黙って殴られていてはくれない。片腕でもロゥリィを地面に叩きつけるだけの力と敏捷性を持つのだ。負けるとは思わないが、勝てるとも思えない。炎龍はロゥリィにとっては相性の悪い相手と言えた。
「撲殺ってぇ趣味じゃないのよぉねぇ」
第1手応えが良くない。やはり、すぱっと切断する感触でなければ……などと呟いていると、ダークエルフの長老が近づいて来た。
「聖下。このようなむさ苦しいところまでおいでいただき真に有り難うございます」
ロゥリィはハルバートをタッチアップする手を止める。刃先の立ち具合を指先で確かめながら嘯いた。
「別にぃ、あなた達のために来たわけじゃないしぃ」
「それは重々承知しております。ささ、こんな所におられず、どうぞ中に」
長老が洞穴の中へと迎えようとした。「こんな川の畔よりはくつろげるでしょう」と。だが、ロゥリィはげんなりした表情して首を振った。
「わたしぃが、地面の下とか駄目なのぉ、知ってるでしょぉ?」
「我が主神との確執は、言い伝えのとおりでありましたか?」
「………………」
「……………いや、ご怒りはごもっとも……ですが、そんなに悪い話ではないと存じますが」
「どうしてわたしぃがあんな奴の、お嫁さんにならないといけないわけぇ?要は、自分の駒に出来る、肉の身を持った亜神が欲しいってだけでしょぉ。そんな詰まらないことに、残りの39年を費やすのは嫌ぁよぉ。まぁ、お陰で興味深い男とは出会えたけどねぇ」
「おや。聖下のお心を射止めた者がおりましたか?」
「うんっ。其奴がどんな老い方をして死んでいくかぁ、看取ってやりたいくらいにはねぇ」
ダークエルフの長老は、ロゥリィの視線に釣られるようにして伊丹を見た。
テュカの頭を膝に置いて、座っている伊丹。
その傍らにはヤオが立って、伊丹に話しかけている。
「でもぉ、どうしてハーディはあんな大穴をアルヌスにあけたのかしらぁ?」
そんなことを言いつつも、ヤオが伊丹の側に寄り添うように腰を下ろすと、ロゥリィは、ニィと唇を歪ませて腰を上げる。
「穴?アルヌスに?」
一人残された長老は、ロゥリィの言葉の意味について問うことが出来なかった。
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レレイは自分の魔法の重大な欠陥に、悩んでいた。
動かれると、狙いを定めることが難しいのである。
炎龍が、攻撃準備が整えるまで動かないでじっとしていてくれることなどあり得ない。なんとかして、動けないようにしなければならないのだ。
もちろん、現段階のレレイ個人の技量では不可能である。
伊丹やロゥリィとの連携が必要であると考えて伊丹を捜すと、テュカの頭を膝に乗せて、ヤオとロゥリィに挟まれている伊丹の姿が見えた。
その光景に、何となくむかつき感を覚えたレレイは腰を上げるのだった。
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いつの間にか伊丹を中心に、人が集まっていた。
ロゥリィ、レレイ、そしてヤオ。この3人は当然だが、ダークエルフの長老達、それに部族の戦士と言った者達が周囲にいた。
長老達は、明日の戦いには部族の戦士を随伴させると告げた。伊丹としては、炎龍の巣の場所さえ教えてもらえればよかったのであるが、そこまでの道の険しさや、周辺の様子などを説明されると、長老達の申し出を有り難く受けることにしたのである。
「では、明日の朝に……」
「恐縮です。荷物運びなんてさせて」
「なあに、炎龍退治の場に居合わせたいと思う者が、これほどに集まったのです。何か仕事の1つも言いつけてやりませんと、拗ねかねませんぞ」
「そうそう。若い連中にも自慢の種を作ってやらねばなりますまい」
「とは言っても、明日とは限りませんけどね」
伊丹の言い様に長老達は皆破顔した。
「判っておる。空き巣狙いはその家の主が留守でなければできないからのぅ。しかし、緑の人もなかなかに奸智に長けておられるようじゃ」
伊丹の立てた炎龍攻撃のプランとは、炎龍が留守の間に巣に忍び込んで、持ってきた粘土爆薬(C4)75㎏全てを仕掛け、炎龍が帰ってきたところで吹っ飛ばす、と言う凶悪かつ卑怯な手段だった。どこぞの勇者宜しく、正面から戦いを挑むなど、伊丹の趣味ではないし不確実すぎる。難しいことは可能な限り避けて通る。可能でなければそもそもやらないという、伊丹の本領発揮とも言えよう。
もし、それでも生きているようなら、肉迫してのLANの連べ打ちでとどめを刺すことになる。いくら炎龍とは言え、ダメージは受けているだろうから、有利に事を運べるだろう。
長老達は伊丹が口にした『爆弾』とか『爆破』という単語がどれほどのものか理解できなかったが、緑の人が言うのだから、相当のものだろうと受け止めていた。
「うむ。若い連中に見習わせたいのぅ」
とは言っても、長老達の言う若い連中とは皆、伊丹から見ればお年寄り揃いだ。
例えばヤオは見た目30女っぽい艶やかしさだが、実際は315才だと聞くと伊丹としてもなんとも言えない複雑な気分になる。ここで変に年齢を意識すると、自分より若く見えるはずのテュカやロゥリィの実年齢まで、思い出してしまうので伊丹は話題を変えることにした。
「それにしても、同じ狩り場の獲物を取れなくなるまでしつこく襲うというやり方は、あまり賢いやり方ではないように思えるんだが、炎龍っていうのは頭が悪いのか?」
こんな伊丹の疑問に対する答えはレレイからもたらされた。
「炎龍の活動期と休眠期のサイクルは長い。だから餌となるものを採りつくしたとしても休眠期中に増えるので、これまであまり問題にならなかったではないかと思われる」
「ふ~ん。活動期かぁ」
「本来なら50年は先だった」
「休眠期間中って、何をしてるんだ?」
「動物の冬眠に類似する状態で眠っている、と博物学の書物には記されている」
「活動期に喰い、休眠期に寝る。随分とお気楽な人生……いや、龍生だねぇ」
羨ましいぞと伊丹は思う。息抜きの合間の人生をモットーとする伊丹にとっては、そこに遊びさえ加えることができるなら、理想的とも言える生き方だ。
「それほど、お気楽ではない。あらゆる動物は活動期にするべきことがある。例えば補食の他に、巣作り、場合によっては縄張り争い、そして……………………あっ」
レレイの一言に人々の時間は停止した。
この世の中で「……あっ」と口にしてはいけない時と場所と状況が存在する。
例えば、治療中の歯医者が患者の歯を削っている時。
例えば、お客の髪にハサミを入れている時の理容師。
客からすれば、安心して任せていたらいきなり「……あっ」と言われたら、そりゃあもう得も言われぬ不安に襲われること間違いない。
あるいは、お客を乗せて離陸したばっかりの旅客機の機長が、客室にアナウンスしている最中、「当機は只今順調に飛行を…………あっ」などと告げようものなら、誰の背中にも、氷を押しつけられたような悪寒が走ることだろう。
それと同じである。レレイの漏らしたささやかな一言が、伊丹のみならずエルフ達の背中にある種の不安というか戦慄を駆け抜けさせたのである。
これまで気づけなかった重大な欠陥が、今明らかになった。そんな、恐ろしくも冷たい感触であった。
「……どうした?」
レレイは恐る恐るといった体で答えた。
「…………あらゆる動物は、活動期に繁殖、子育てをする」
「おいおいおい、嫌だよ。行ってみましたら、炎龍がいっぱい居ましたなんてオチ」
「し、新生龍は炎龍ほど脅威ではない」
「あれと比較されてもなぁ」
「古代龍>新生龍=歳を重ねた亜龍>飛竜」
大してかわらないじゃん。
伊丹はそれを聞いた途端、発作を起こしたかのように腰を上げた。
「忘れ物をしたから、帰ろうかな」と、いきなり帰り支度を始める伊丹に、ヤオは涙目になって「今更それはない」と、しがみついた。長老達も大慌てだ。
そんな伊丹も、テュカを抱いたロゥリィの一言で伊丹は鎮まった。
「この娘をどうするのぅ?」
大きくて太いため息をひとつ。
「龍は、卵を一度に一個か、二個しか産まない。しかも古代龍の繁殖期は数百年に一度と言われている」
場を取りなすようにレレイの説明が入ったおかげで、伊丹は2重の意味で胸をなで下ろした。
「すなわち、確率的に言っても非常に少ない」
「そうですぞ、イタミ殿。我らも炎龍は一頭しかみておらぬ」
「だな。滅多にないことに出くわすほど不幸だと思いたくないしな」
そう言って伊丹は安堵したのである。
が、傍らで聞いていたのダークエルフ達は、伊丹の発した「不幸」という言葉の響きに、びくっとその身を震わせてヤオへと視線を集めた。
「なに?どうしたの?」
突如空気が変わったように感じられた伊丹は周囲に尋ねる。
「いえ。その、あの…あはははは」
ヤオは、脂汗をじっとりと流したのであった。
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早くできたので、早く投下です。
[1507] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり /正式版 44
Name: とどく=たくさん◆20b68893 E-MAIL ID:5eba37fb
Date: 2008/11/21 20:51
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炎龍に対しては通じないと判っていても、それでも武器を持たずにいられないのは戦士としての性か。ダークエルフ達は、それぞれに得意とするサーベルや、ジャマダハル(カタール)、弓や剣で武装し、黒革鎧で身を固めていた。
しかし、黒革のボンテージを纏った集団というのは独特の雰囲気がある。女性だけならまだ良いが、半分以上が男というのが特にいけない。ちょっと混ざりたくないなぁ、という感想を密かに抱いた伊丹は、精神的にはすでに後方に向けて駆け足状態だ。
「イタミ殿。此の身を含めた9名がお供いたします」
そんな伊丹の心境を知ってか知らずか、雑然と集まる男女を代表してヤオが挨拶をしてきた。ヤオがひとり1人を紹介してくれる。
クロウはヒト種で言えば40男のような外見だ。メト、バン、フェン、ノッコはヤオと同じくらい。そして少年っぽさを残したコム。尋ねてみると154才ということで、微妙に敬老精神が歪む気がする。女性の方は、セルマ、ナミでヤオと同じかやや若い。
とりあえず、集まってくれたヤオの同胞達に「よろしくたのむ」とだけ告げ、高機動車から荷物を振り分けていった。荷物とは、LAM(※2)と粘土爆薬。それと信管やコードを巻いたリールなどの各種機材である。
「これが、鉄の逸物か……」
ダークエルフ達は、長い筒を渡されるとその重量感に浸っていた。
「これは魔法の品ではなく武器と言う話だが、どう使うんだ?我々にも使えるのか?」
「ああ、今から言うようにしてくれ」
知性のある相手に、運搬だけの役割を担って貰うにしても武器を預けるからには、その扱い方を教える必要がある。驢馬や、馬だったら勝手にいじくることを心配する必要はないが、人間なら変ないじり方をして暴発させる危険性があるのだ。
そのために、伊丹は110mm個人携帯対戦車弾の扱いを一から説明していった。
使い方を知った彼らがこれなら炎龍を倒せるから、と勝手に使用するリスクもある……と言うか彼らの炎龍に対する憎悪の深さや目の色から察するに、必ずやるだろうなと思える……が、それならそれでいいのである。目的は炎龍が倒すことなのだから。そして、トドメをテュカが刺すことだ。
要は、まかり間違っても引き金に触らないこと。また後ろに誰か立っている状態で引き金を引いてはいけないと言うことを教えることなのだ。
まずは筒からLAMの弾頭部を持ってゆっくりと抜き出していく。発射筒の保護を取り外して、照準器と発射装置を取り付けていく。これは、工具の扱いに馴れないエルフ達より自分がやった方が早いと、伊丹が取り付け作業をするのだが、それを待つ間に男女のダークエルフ達はきわどい冗談を言い合っていた。
ちらと見ると、「こんなに太いもん入れたら裂けちゃう」と言い放つのが楚々とした雰囲気のセルマだったり、「俺の物の方が凄い」とバンが豪語したりで、ダークエルフというのはソッチの方面のことを割りと朗るく扱う部族らしい。良くも悪も奔放で、恥ずかしがるこっちの方がおかしいのかも知れない。
発射筒の注意書きが読めないダークエルフ達のために伊丹は、使用時に弾頭の尖端部分に埋没しているプロープを引っ張り出して、保護キャップをはずし、矢印の方角に軽く回して固定させることを説明した。対戦車(対装甲)で用いる場合は、これを飛び出させる。対人などに用いる場合は、これを引っ込ませたまま用いる。炎龍相手なら当然プロープを出して使う必要があろう。
「すると、この頭が飛んでいくと言うのか?」
伊丹に指導された形で、LAMを構えるフェン。筋肉質で、体つきなど伊丹よりもしっかりしている。
「そうだ。そしてその頭の部分が当たると爆発を起こして説明の難しい、なんとか効果で穴を開ける仕組みだ。発射する時の反動を吸収するために、後ろ向きにも凄い勢いでカウンターマスってのをまき散らす。こいつは危険だからな、後ろに誰も立っていないことを絶対に確認しろ」
「う~む。なるほど…」
エルフ達は、それぞれに適当なものに狙いをつけて、構え方を練習していた。弾頭の部分が重たいので、素早く動くものに狙いをつけるのは難しいということに、皆気づいたようである。
「こっちの箱とか紐とかは?」
見た目少年のコムが他の荷物などを見ている。LAMと併せれば一人頭で20㎏にはなる荷物だ。
「ああ、そっちが爆薬と発破備品だ。普通に運んでくれればいい」
伊丹はニヤリと笑いながら告げた。
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伊丹は草や蔦葉を用いた徹底的な偽装姿で、テュバ山麓を這いずりまわるようにして登っていた。
顔にも、緑、茶色のドーランで迷彩を施し、装備の金属部分にはテープや布を巻いてわずかな音も漏らさないという備えである。炎龍の生態に詳しいわけではないが、野生動物としての感覚に優れているという前提での対応だ。
その上で、眠っているテュカを背負っている。
「お父さん、怖いよ。何か来るよ(※1」等と言って、あまりにも怖がるからレレイに眠らせて貰ったのである。
付き従うのはロゥリィ、レレイ、そしてヤオ達9名のダークエルフ達。皆、伊丹を真似るようにして、顔や身体に偽装を施していた。
「この臭いがきつい」
クロウの男が漏らした。それを聞いたヤオは「イタミ殿の指示なのだから仕方あるまい」と答える。
皆、偽装の他に獣脂を身体の各所に塗っているのだ。
「臭いを嗅ぎつけられないためってのは、判るけどな。逆に、臭いが強すぎて見つかるんじゃないのか?」
ノッコは、そんなことを言い合いながら地面を這いつづけていた。
道など無く、その険しさから高機動車も入れないところを徒歩で、ずりずりと地を擦るようにしながら、溝や、窪地や、大木の影などばかりを選んで進んでいく。その都度、地形に合わせて偽装と迷彩を更新し、陽が落ちれば野宿し、朝には再び進むという状態である。
そんな遅々たる歩みでも、続けてさえいればいつかは目的地に到着するものである。3日目の夕刻近くには、テュバ山の中腹まで登り着いた。あたりには独特の硫黄臭が漂って、臭いの偽装も気にならなくなってしまった。
皆の外見も砂や灰を身体にまぶした偽装へと変わっている。伊丹も迷彩服を泥で汚し、その緑を目立たないようにしている。
立ち止まった伊丹は、全員に伏せるように合図すると、案内のクロウを手招いた。この男は、以前にこの地に来たことがあると言うことで、案内役を買って出たのである。
「なんでしょう?」
クロウは伊丹の傍らで腰を下ろした。
「あの山頂から、炎龍は出入りしているってわけだな?」
「はい。噴火口内の岩棚に巣を作ってました」
クロウは説明した。
彼が此処にやってきたのは、山で採れる硫黄を集めるためだった。硫黄を焼いた際に出る煙で干した果物などを燻すと長持ちし、色もよくなるのだ。
硫黄を探してここまできたが、この少し先で洞窟を見つけた。その洞窟に入ってみたところ、洞窟は火口内部にまで繋がっており、火口内の岩棚に炎龍が眠っていたのである。
「見た瞬間、こいつはやばいって思いまして、逃げ出してきたってわけです」
伊丹は、火口や洞窟内の様子を詳しく尋ねた。特に空気については関心を払う。
クロウの説明では、噴火口の底はかなり深く落ち窪んでいて深部の様子は不明。ただ、そこと繋がっている洞窟内の通風は意外にも良くて、地面から臭気のあふれ出るこの場所よりは、よっぽど空気が良かったと言うことであった。
「………炎龍の巣ってぇ、洞窟の中なのぉ?」
側にいたロゥリィが、驚いたように口を挟んできた。
「いいえ。火口の中でした。洞窟は火口へと続いてるだけです」
「じゃぁ、頂上から降りられるぅ?」
「火口内部は切り立った崖状でした。無理だと思います」
地下に入れないロゥリィは眉根を寄せた。伊丹は「気にするな」と笑う。
「大丈夫。ロゥリィは外にいて、俺たちが、中にいる間に炎龍が帰ってこないか警戒してて、帰ってきたら連絡してくれ」
予定通り、中を偵察して炎龍が居なければ、爆薬を仕掛ける。もし、いたら何もせずに出てきて、炎龍が留守にするのを黙って待つ。どちらにしても戦わないのだから、順調にいくかぎりロゥリィが前に出なくてはならない場面は、存在しないのである。
「炎龍を止めなくていいのぉ?」
「ああ、怪しまれたくないからそのままやり過ごしてくれ。その時は隠れて、奴が留守にするのを待つことにする」
伊丹は、こいつの使い方はわかるな?と、自分の耳と首元にまで伸びているマイクを触れた。ロゥリィも慌ててマイクを口元まで引き上げる。ロゥリィとレレイには無線機を持たせてある。
「とりあえず、中を偵察してくる」
伊丹はテュカを降ろすと、小銃だけを手に前に進もうとした。すると、ヤオを含めたダークエルフ達が伊丹を押しとどめる。
「そのような些末なことは我らにお任せ下さい」
伊丹は、彼らの申し出を素直に受けることにしてヤオと、クロウの二人を偵察へと送り出した。
ヤオ達が戻って来るまでしばし時間がかかる。伊丹は、この場で皆に休憩と携行食で夕食を摂るように指示した。この場所なら、食べ物の臭いも硫黄臭にうち消されて広がらないだろうと言う配慮だが、食欲的にはどうかと思うような環境だ。
しかし、この後を考えるといつ食事を摂れるかは判らない。幸いなことにこの場に集まった者は一人残らずそれを理解していて、食べられる時はどこであろうと食べる事の出来る神経の太さを持ち合わせていた。
レレイとロゥリィは荷物から自衛隊の戦闘糧食Ⅱ型(ビーフカレー/ツナサラダ/福神漬け/白飯)簡易加熱剤(加水型)を取り出した。ダークエルフ達は谷から持ってきた乾燥させた肉や魚、干した果物、豆類を口に運んでいたが、ロゥリィとレレイのしている作業に興味津々である。レレイが袋に水を入れると瞬く間に、湯気が出始め食事が温まることに真剣に驚いていた。
傍らには、小さな寝息を立てて眠り続けているテュカ。
伊丹は、彼女をずうっと背負い続けてきたが、意外なほど軽く感じられたのでさして疲労しては居ない。とは言え、緊張していると疲れとは感じにくいものだ。伊丹は、胃に負担をかけないように、出来る限りゆっくりと食事をとった。
「テュカにも喰わせおきたいところだけど、起こすと泣いたり暴れたりするからなぁ」
「仕方のないこと」
レレイはそう言うと、カレーを口に運んだ。
そうこうしているうちに、ヤオが仲間と共に戻って来る。
「どうだった?」
「うむ。洞穴の奥は火口へと繋がっていた。そこに岩棚があり、巣らしきものが見られた。炎龍は居なかった。留守だ」
「よしっ」
ヤオの的確な報告を受けて伊丹はテュカを背負った。
いよいよ、洞窟へと向う。皆、いよいよ敵地という思いからか、それとも緊張なのか表情は引きつり口も重い。
「じゃ、ロゥリィ頼んだぞ」
「うん。火口近くまで登って見張ってるわぁ」
ロゥリィは、無線機のマイクをトントンと叩いて告げた。「聞こえるぅ?」
「感あり。って、交信規則なんてどうでも良いか。いいぞ、聞こえる」
洞窟の入り口で、ロゥリィと別れる。
茜色に染まる稜線の向こうにハルバートを抱えた彼女が軽快な足取りで消えていくのを見送ると、伊丹達も洞窟へと入ったのである。
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洞窟の内部は幻想的な空間の広がりを持っていた。
溶けた溶岩が流れ、それが冷えて固まる。また、新たな溶岩が流れて、冷え固まるという繰り返しによって積もった積層構造は、長い階段のようでもあった。
その連なりは、まるで神殿の入り口を感じさせる。壁も、ごつごつとしたものがなく、まるで長大なカーテンのようだ。本当に誰かが神殿として内部に手を入れたのではないかと疑わしくなる。
回廊、高台。さらには祭壇とおぼしき物まである。これが全て自然の悪戯によって作られたのだから侮れない。もし、どこかの宗教家を連れてきたら、このまま此処を教会にすると言い出すかも知れなかった。
伊丹は、周辺を懐中電灯で照らしながら祭壇を抜けて、奥へと進んだ。
ダークエルフ達は松明を焚いている。それぞれの灯りによって作られた陰影は、閉鎖された空間のもつ独特な音響効果と相まって、神秘的な雰囲気を醸し出された。
「イタミ殿、ここの先です」
伊丹は、洞穴を先がわずかに明るくなってるのを感じた。
テュカを降ろし、荷物を降ろすと小銃だけを持って恐る恐る進む。上に火口を通じて星の瞬く空が見えた。わずかに明るいのは、火口から差し込んだ月の光が入って来るからだ。
見れば確かに岩棚である。
とは言っても、相当広い。火口は野球場くらいの広さを持つ鉢状。そして、その中心付近に、さらに深く落ち窪んでいく穴があいている。その丁度、落ち窪んでいこうとしている部位である。
岩棚のサイズは、バスケットコート2面分だろうか?砂と石の入り交じった浜辺のようになっていた。そこに炎龍の巣らしきものが見られた。砂浜に石でストーンサークルが作られている。そう言う感じである。
クロウに確認してみると、これが炎龍の巣らしい。以前、ここに炎龍が眠っていたと言う。
さすがに『鳥の巣』のようなものがあるとは考えなかったが、余りにもあっさりとしすぎで、本当に此処が炎龍の巣かと疑わしく思われた。
だが、実際にその場に立って見るとそこが炎龍の巣であることに納得がいく。
龍の物としか思えない巨大な足跡が無数に残っていたし、そこかしこに『卵の殻』の破片等が無数に散らばっていたからだ。
「古い物ではないが、子育ては終えた様子。既に巣立ちしたと思われる」
卵の殻を調べたレレイの報告に、誰もが胸をなで下ろした。
砂浜に転がる石のように見えた物も、よくよく見れば鎧や兜をの残骸とか、武具であった。どれほどの月日をここて待ち続けていたのか、煌びやかな剣や武具が、半分砂に埋もれるようにして、そこかしこに散らばっている。
「これは?」
ヤオや、ダークエルフ達は武具や剣を手にとって調べはじめた。
「おそらく、これまでの歴史の中で炎龍に戦いを挑んだ者達のものでしょう」
「これなんて魔法の剣だぜ」
ノッコがそのり輝きに目を奪われている。持ち帰ればどれほどの値が付くか、などと言っているくらいだ。
ダークエルフ達は、鎧や剣の持ち主達に冥福を祈るかのように瞑目した。炎龍との乾坤一擲の戦いを挑むために戦士達が求めた武器と武具。きっと、優れた名匠、名工の手による名品ばかりに違いない。
「よし、仕事を始めよう。レレイは、テュカを見ていてくれ。それとも皆は手元を照らしてくれ」
伊丹の合図を受けて、皆が荷物を持ち寄ってきた。
箱から取り出されたのはチーズのようにも見える塊だった。それが75㎏。一山となった。
「まるで、乳漿みたいですね」
パッケージから取り出された物体を見て、コム少年が呟いた。少年は思わず、ひと欠片ちぎりとって口に運ぼうとしたが、伊丹はその手を叩いて止めた。
「こいつは甘いからみんな口に入れたがるんだが、今は毒を混ぜてある。口に入れるなよ」
コムは、毒の一言に驚いたように欠片を元に戻した。
伊丹は、その一欠片を拾うと少年が持つ松明の火に寄せた。
白い塊は、青白い炎を放って静かに燃えた。
「こいつは、火をつけただけならただ燃えるだけだ。爆発させるにはそれなりの手続が要る」
伊丹は、まずビニルシートを拡げた地面に置くと、まるで陶芸職人のようにこね始めた。映画とかでパッケージにそのまま雷管を突き刺して爆破するシーンがあるが、それで大爆発するのは運が良い時だけだ。プラスチック爆弾は、こねればこねるほどよく爆発するからである。そしてこね方が足りないと爆発しない時もある。
伊丹の手はたちまち薄黄に汚れた。
75㎏全部を一人でこねるのは大変なので、皆にもに手伝わせる。そして、それぞれにレンガくらいの塊を作らせた。
伊丹は手を地面に附けてから、次の道具を取り出した。
それは電気式の雷管だった。
あらかじめ地面に手をつけたのは、静電気が溜まっていると触れた瞬間、雷管が爆発してしまう恐れがあるからである。そのためのアースだ。
ここから先は、それなりの熟練が必要なため出来るのは伊丹が一人だ。伊丹は、コードとニッパを取り出すと、リールから適当な長さのコードを補助母線として何本も切りだしていった。
これらの断端の被覆を剥いで、雷管から伸びる脚線とコード(補助母線)を繋ぐ。
黙々と仕事を続ける伊丹。その手元を照らす為に、ヤオ達は松明を寄せていた。
「何か手伝うことは?」
「巣の真ん中に穴を掘ってくれ。それほど深くないのを」
これを受けて、バン、フェン、ノッコの三人が炎龍の巣の真ん中に穴を掘り始めた。
伊丹も額に汗をしながら、手早く的確な作業を続けていく。適切な長さにそろえた補助母線を束ねて、これを最終的に一本の発破母線へと集約していくのだ。
こうした爆薬を用いる技術は、特殊作戦群に入った時に教わったものだ。不真面目な生徒ではあったが、学生時代と同様に不合格には成らない程度には励んだので、それなりに伊丹の血肉となっていたようである。
ふと、教官の罵声と拳骨を喰らった時の苦痛が蘇った。
伊丹は、そおっと雷管から離れると、プレストークスイッチを押した。
「ロゥリィ。聞こえるか?」
ロゥリイからの返事がない。電波は厚い岩盤を通り抜けることは出来ないようだ。
「ちっ、まずった……みんな、上の方を警戒しててくれ。レレイっ、電波の通りが悪いみたいだ。時々そっちからロゥリィを呼んでみてくれ」
そう告げて、再び作業に戻る。今度こそ、無線機のスイッチをきると、無線機本体も身体からはずした。危うくみんなを吹っ飛ばすところだったと知ったら、みんなどう思うだろうと思って辺りを見る。皆、伊丹の視線の意味がわからず、「ん?」と首を傾げるだけであった。
さて、いよいよ作り上げた粘土爆薬をしかけるわけだが。
バン達が掘った穴に、レンガ状の粘土爆薬を丁寧に並べ、積み上げていく。そして、それら1つ1つに雷管を突き刺していった。発破母線がからまないように、丁寧にリールからひきのばしていく。
「そこらに散らばってる剣をとってくれ」
「?」
ヤオ達は首を傾げたが、伊丹は爆薬の上に魔法の剣を並べていった。
テロリストは、粘土爆薬を使う際にボールベアリングや木ねじを一緒に置く。殺傷力を増強するためである。同様に、対炎龍用としてなら魔法の剣や名刀が有効だろう。上手く行けば、非業の最期とを遂げた戦士達の剣が、炎龍に突き刺さることになるから鎮魂にも成るはずだ。
爆薬に薄目に砂をかけてて埋め戻すして、その上を足跡や手足が残らないよう綺麗に延べていく。そしてリールを抱えて発破母線を岩棚から、洞窟へと伸ばしていった。もちろん、外から見えないように発破母線も、浅く埋める。
最後に、リール側の断端を起爆装置である発破器へと繋いだ。
こうして、爆破準備は終わった。あっと言う間のようにも思えるが時計を見れば、いつの間にか5時間近くを作業に費やしていた。
ずっとしゃがみ込んで作業をしていたので、肩は凝ったし腰も痛い。大きなため息をついて「よし、終わった」と周囲を見渡すと、誰も彼もが凍り付いたような動かない。
「どうした?」
額の汗を拭って顔を上げると、伊丹の正面に炎龍がいた。
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火口近くで炎龍を警戒するロゥリィは、陽が沈み空に星が瞬き、天球がゆっくりと回転するのを身じろぎもせず、ずうっと眺めていた。
しばらくすると夜空の向こうから炎龍が近づいて来るのが見える。
予定通りと言えば予定通りである。ロゥリィは、炎龍に姿を見られないように隠れながら、伊丹へと炎龍の接近を告げた。だが、返事がない。
「うん?これで良いのかなぁ。もしかして通じてないのぉ?」
ロゥリィは背筋が寒くなった。
伊丹にも責任はある。言葉が普通に通じるようになって、ロゥリィを日本人と同様に扱ってしまったのだ。電波が通じないとなれば、電波を発する器具の扱いに馴れた日本人は見通しの良いところに移動する。窓の近くとかだ。火山の噴火口の上と下で会話するなら、おそらく火口に近づくだろう。だが、ロゥリィは伊丹達に近づくために、洞窟の入り口へと向かってしまったのである。火口から下ること、それはますます電波を通じ無くさせてしまう道だった。
「ねぇ、返事してよぉっ!!!」
懸命に呼びかけるロゥリィ。しかし、炎龍は火口へと近づいて、その中へと降りていった。
このままでは、無警戒の伊丹達が襲われてしまう。どうしたらいいか。
これでは、自分が外に残った意味がない。そう思ったロゥリィは、なんとしても危急を伊丹に告げるべく、洞窟の入り口に向けて走る速度を上げたのだった。
だが、
「………………うそぉっ!!」
ロゥリィは目前に広がった光景に、絶句するしかなかった。
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翼を大きく拡げた炎龍と目が合う。
不意の遭遇に、伊丹達は凍り付いた。炎龍の方も、まさか自分の巣に人間が居るとも思わなかったのだろう。訝しげにこちら側を見ている。
吐く息すら、なま暖かく感じるほどの至近距離。実際、それほど近いわけではないのに、それぐらいに感じられたのである。
伊丹はゆっくり、ゆっくりと後ずさりしながらも、腿の拳銃におそるおそる手を伸ばした。こんなものが、玩具ほども効かないのは判っているが小銃は作業している間に離れたところに置いてしまった。
誰かの唾を飲み込む音が聞こえて来るほど静寂が、辺りを支配している。動いたら殺される。使い古された言葉だが、この一瞬誰も彼もが同じように感じて、身を動かせなかったのである。
どれほどの時間が流れたろうか。それは、ほんのわずかな時間にも思えたし、とても長い時間のようにも感じられた。1秒は、75刹那。ならば、一呼吸、二呼吸の時の流れも、刹那として数えれば膨大な量の時を数えることになるだろう。
いつまで続くとも判らない睨み合いの緊張に耐えかねた、コムが狂乱したかのように叫きながらLAMを構えた。
それを号砲に、静寂は激動へと打って変わった。
走る伊丹。
テュカを守るべく、彼女の身を引きずって洞穴の奥へと逃れようとするレレイ。
同じく、テュカを守るために走るヤオ。
そして少年に続いて、LAMを構えるダークエルフ達。
外しようのない至近距離で発射された少年のLAMは短い噴射音の後、見事に炎龍の喉を捕らえて炸裂した。
閃光に続く衝撃、まき散らされる爆煙。
「やった!!」
一瞬の喜びは、爆煙の向こうから突如姿を現した炎龍とその右腕の爪によって凍り付く。少年の身体は、炎龍の鋭い爪によって上半身を吹き飛ばされていた。その上半身は噴火口の壁に原型も判らない有様でべちょりと張り付いた。
しかも、少年の後方にたまたま居合わせたダークエルフ達は、少年の放ったLAMのバックブラストによって、容易ならない損害を受けていた。バンとナミの男女が即死。カウンターマスを至近距離から全身に浴びてのショックが原因である。
わずかに離れていた他の者もその余波を受けて地面に倒れていた。が、彼らにとってはそれが逆に幸いしている。炎龍の尾による一撃が、全員をなぎ払うように放たれたのだが、地面に倒れていた彼らそれに触れることがなかったのである。呆然と立ちつくしていた、コムの下半身だけがこの衝撃で吹き飛んだ。
炎龍の咆哮が狭い火口内を揺るがす。
これを受けてもなお起きあがってLAMを構えるダークエルフ達。皆、動転して伊丹の教えたことなど頭から吹き飛んでいた。
安全装置をSからFに変えることなく、ただ闇雲引き金を握る慌て者ノッコ。
そこまでは覚えていても、プロープを引き出すことを忘れたバンの一撃は、有効な打撃を与えられなかった。ノイマン効果が発揮され主力戦車の装甲にも似た炎龍の鱗を貫くには、これが適切に伸ばされている必要があるのだ。至近距離での爆風と飛び散る破片は、自分ばかりか味方をも傷つけてしまう。
「プロープだ、プロープをのばせっ!!」
怒号と爆音の轟く中、誰の耳にも伊丹の声は届かない。テュカを、レレイとともに抱え上げ洞窟の奥へと運ぼうとしていたヤオは、伊丹に気づくと「御身は、洞窟へっ!!」叫んだ。
伊丹は、それを無視するとヤオに預けていたLAMをひったくった。
こうしている内にも、ダークエルフ達が一人、また一人と犠牲になっていく。
ノッコが、その鋭い牙にかけられ、メトは剛腕によって叩き潰されてしまった。
無論、炎龍とて無事ではない。叩きつけられる爆発は、炎龍にとっては強烈な苦痛をもたらす打撃以外の何物でもないからだ。ただ致命傷にはならない。炎龍の鱗は一枚一枚が、強固なことに加えて、体表上を斜めに若干折り重なるように配置されている。そのために殆どの部位で、互いに隙間を持った中空装甲的な緩衝能力を有するのだ。
だから炎龍も必死になって足下をうろつく人間を焼き、払いのけようとする。
忌々しい小動物が抱える黒い棒も、衝撃のすさまじさには閉口するが、左腕をもぎ取った時のような鋭い力はない。一瞬驚いたが、これなら虚仮威しだと性根を据えて、自分の巣に蔓延る害虫を追い払おうとしたのである。
伊丹は、プロープを引き出して矢印の方向にねじって固定。
肩に構え、狙いをつける。
安全装置をSからFへ。
だが構えた途端、吹き飛ばされてきたセルマが伊丹にぶつかった。
伊丹は、彼女の身体の下敷きになるようにして倒れた。全ての衝撃を引き受けた伊丹は、しばらく起きあがることは出来なかった程だ。その分ダメージの薄かったセルマは伊丹のLAMを拾うと炎龍に向ける。
「馬鹿、撃つな」
真後ろにいた伊丹は、這うようにして必死でその真後ろから逃れた。それが間に合うか間に合わないかのタイミングで、放たれたLAMの弾頭は炎龍の脚部に直撃する。
噴火口内で炎龍の絶叫が轟いた。
モース高度で9を誇った炎龍の鱗を貫いたメタルジェットは、炎龍の大腿に牙を突き立てたのである。
砕けた鱗と肉片がまき散らされ、炎龍は激痛に悶えた。
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「テュカ、起きなさい」
少女の優しい眠りは、父親の声に破られようとしていた。
「お父さん、どうしたの?」
目を擦り擦り、身を起こすテュカ。
見渡して見ると、そこは懐かしい自分の家。居間にはうららかな日射しが差し込んでいて、おだやかな1日が感じられた。
懐かしい父の声。頭がまだはっきりとしない。ただ、自分を起こした父の優しい声にテュカは幸せを感じた。今まで嫌な夢を見ていたような気がしたから、なおさらだった。
窓の外から、雑多な足音や喧噪、爆音が聞こえて来る。だけど遠い世界の出来事のようだ。今は、父との会話を楽しみたかった。
「お父さん、どうしたの?」
辺りを見渡してみても父の姿はなかった。代わりに見えたものは、幼なじみの少女が炎龍の牙にかけられる瞬間だった。
「ユノっ!!!」
愛する親友が食べられてしまう。とっさの判断でテュカは素早くを弓矢を番えた。いつの間にかテュカは弓を手にしていた。
渾身の力を引き絞り狙い定めて矢を放つ。だがテュカの矢は、はじかれてしまった。
テュカの矢ばかりではない。エルフの戦士達が無数の矢を龍に浴びせかけていた。その矢が爆発する。しかし分厚い鱗に阻まれて傷一つ負わすことが出来ない。
バリバリとダークエルフの女性セルマをかみ砕いた炎龍は、縦長の瞳を巡らせると次なる獲物としてテュカを選んだ。
炎龍に見据えられた瞬間、テュカの全身は恐怖にすくんだ。
逃げようにも足は動かず、叫ぼうにも声すら出ない。
この時、テュカは魂を奪われたかのように動けなくなった。いや、逃げようとすることすら意識に登らなくなっていた。どうしてこんな化け物に戦いを挑もうとしたのだろう。自分は間違っていた。怒りや、憎しみをこんなものに向けても、決してかなわないのだと思い知った。だから代わりに、テュカは自らの愚かさを憎んだ。
「テュカ、逃げなさい!!」
立ちすくむテュカを守ろうとする父。
「君はここに隠れているんだ。いいねっ!!」
そしてテュカは、レレイとヤオによって洞窟へと投げ込まれた。
投げ込まれる最後の一瞬、彼女が見たものは自分の身代わりとなって炎龍の顎に捕らわれる父の姿だった。
自分の身代わりとなって、喰い殺される父親の姿だった。懸命に手を伸ばしたが、届かなかった。そればかりかどんどん離れていく。離れていく。
父さんが、あたしの身代わりとなって…、
あたしの身代わりとなって、
あたしのせいで、あたしのせいで、あたしのせい、あたしのせ……
「それは違う」
テュカの耳にレレイの声が響いた。
「貴女の父親を殺したのは、炎龍。貴女ではない」
「でもっ」
「伊丹は、間違っている。悠久の時を生き続ける貴女にとって、心の病など些細なこと。10年、100年の月日が、貴女の心をきっと癒す。自己を責める心が薄れるまで静かに待っていればいい。だから、彼は貴女を救う必要などない。今そこにある問題を、なんとかしなければならないと思うのは、命に限りあるヒト種の発想」
テュカはレレイが何を言っているのかと見直した。
どうやら、それはレレイの愚痴のようである。小さなため息をひとつついたレレイは、テュカへと眼差しを向けた。
「貴女は炎龍に勝てないと決めつけている。だから、その怒りを向けやすいものに向けた。それが自分自身」
「だって、勝てるわけないでしょ?」
「盗賊によって肉親を殺されたら、盗賊を恨むべき。だけど盗賊の出るようなところへと行ったのが悪いと言いがち。病気や怪我で家族を失ったら、病気や怪我を恨むべき。医者のせいではない。だけど人間は、医者のせいと言いたがる」
「だったら何を呪ったのいいの?誰に怒りをぶつけたらいいの?自分を呪うしかないじゃないっ!!」
テュカが叫んだ途端、ダークエルフの女が放ったLAMの一撃が、炎龍の大腿を穿ち抜いた。
爆風と共に飛来した弾頭の破片が、レレイの頬を掠る。まるで張り手をくらったようにレレイは顔を伏せた。
「よっしゃ!!行けるっ」
残ったクロウ、フェン、ヤオの3人は、喘ぎながら、血まみれになりながらもLAMの構えた。誰一人として無傷な者はない。
「今、勝てるかどうかの分水稜にいる。貴女はアレを…」
顔を上げたレレイの頬を血が流れていた。
「私が倒すのを、指をくわえて見ていればよい」
レレイは腰を上げると杖を構えた。喉歌とも呼ばれる独特の1人和声で『起動式』を立てた。レレイとて、故郷をこいつに奪われたのだ。少なからぬ知人がこいつによって殺されたのだ。
「abru-main!」
突き進んでいくレレイの背中を見送ったテュカはようやく、今此処で起きていることが夢でも妄想でもない、現実であることに気づいたのである。
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「rihommun!!」
レレイは、そこらに散らばっている剣を一本、魔法で浮かせると飛ばした。
矢で放ったような勢いこそついたが、剣の切っ先は炎龍の固い鱗を突き破ることはかなわず、軽快な音を立てて弾けた。魔法で加速しても駄目。やはり無理なのか。
手傷を負って、さらに手のつけられないくらいに暴れる炎龍。
LAMの切っ先から逃れようとして噴火口の壁に激突し、崩したバランス取り戻そうと翼を拡げる。ダークエルフ達は、これまでと変わって、炎龍がLAMを畏れ避けようとすることに、驚喜した。
「いけるぞっ!!」
クロウは叫ぶ。だが、LAMは残り少ない。
ナミの遺体の側に落ちていたLAMを拾って、プロープを引き出し、構えて……数秒のことだが、だがそれだけの時間を炎龍は許さない。自分の巣であることももうお構いなしになって火を立て続けに放ち、フェンは火だるまになった。
全身に炎をまとわりつかせたフェンは、そのままLAMを炎龍に向けて走った。そして至近で倒れ込みながら引き金を引く。
この特攻に、炎龍の鎧袖に二つ目の傷が抉られた。
レレイは考えた。龍の鱗を貫くほどの速度に、これらの剣を加速するにはどうしたらいいか。そして、伊丹が、爆薬の上に剣を並べたことを思い出す。そうだ、爆発の力で剣を投射すればいいのだ、と。
剣の一本を拾って、その柄に小サイズのHEATConeを纏わせる。
剣を魔法で投射し、炎龍にぶつかる瞬間……爆発した勢いによって、剣は深々と炎龍の脇腹に突き刺さった。
ヤオに爪を立てようとしていた炎龍にとって、それは軽微な苦痛でしかなかったようだ。その体格から見れば、剣の一刺しなど棘ほどのものでしかないだろう。無視しようと思えば無視できる。
だが、大したことないと無視してきた剣が、鱗を貫いたことは炎龍の誇りを痛く傷つけたのかも知れない。
これまで無敵を誇った炎龍の鎧はもう絶対ではない。動きを止めた炎龍は、レレイへと視線を向け、そして我が身に刺さっている小さな棘に視線を向けた。その不条理な出来事を信じられないかのような見ている。
悲鳴にも似た咆哮が漏れる。この世の理不尽を嘆く響きがあった。
その悲嘆にも似た叫びが、耳に心地よく響いてレレイはほくそ笑んだ。
「ふふふふふふふふふふふ。死ね、くそったれのトカゲ野郎」
レレイは、そこらに散らばっている剣を空に浮かべた。
朽ちた剣も、砕けた剣も、魔法の剣も、無名の剣も、宝石の剣も、大剣も、利剣も、神剣も、蛮刀も、10本、20本と。
どれほどの戦士が、炎龍に挑み倒れてきたか。無念の思いを噛みしめて死んでいったか。その魂魄の籠もった剣を、能力の限りを尽くしたレレイが炎龍の頭上へと高々と持ち上げた。
(※1/元ネタ/野生の証明 映画版)
※2 これまで、110mm個人携帯対戦車弾をLANと記述しておりまたが、誤記でした。LAMに訂正いたします。(LAM = Light-weight Anti-tank Munition)