㈱実用技術研究室
超短パルスレーザー応用、レーザー微細加工、技術コンサルティング
超短パルスレーザー応用、レーザー微細加工、技術コンサルティング
「19. Nd レーザー (Jan. 10, 2026)」,「20. Nd3+ の電子配置 (Jan. 25, 2026)」,「21. 平衡状態における Nd3+ の励起,緩和 (Feb. 6, 2026)」,「22. Nd3+ の光増幅 (Feb. 23, 2026)」,「23. Nd3+ のレーザー発振 (Mar. 23, 2026)」
(Jan. 10, 2026)
「実用技術塾・改」19 「Nd レーザー」
1960年に世界初のレーザー発振を実現したルビーレーザーは,7月の誕生石のルビーを用いている.赤色 (694 nm) を出力し,現在もシミや痣取り等の用途で利用されている.
コランダムと呼ばれる酸化アルミニウムの結晶を,一般的にはサファイアと呼ぶ.不純物を含まずまた (結合) 欠陥のないサファイアは無色透明である.ブルーサファイアは鉄 (Fe2+, Fe3+) とチタン (Ti3+, Ti4+) を,イエローサファイアはマグネシウム (Mg2+) 等を,ピンクサファイアはクロム (Cr3+) を不純物として含む.不純物は,アルミニウム (Al3+) の位置に置き換わる.ピンクサファイアの Cr 濃度は0.1 重量 (wt) %程度であり,これが数 wt%程度まで高まるとルビーと呼ばれる.ルビーをルビーたらしめているのは Cr であり,その Cr がレーザー発振に関わっているのであるから,ルビーレーザーと呼ぶのは頷ける.
代表的な汎用レーザーに,Nd3+:YAG レーザーがある.一般的にはヤグ (YAG) レーザーと呼ばれることが多い.YAG は,イットリウム (Y),アルミニウム (Al) からなるガーネット型の酸化物結晶 (Y3Al5O12) であり,ルビーの場合のコランダムに相当する.レーザー発振を担っているのは1 at% (0.75 wt%) 程度ドープされるネオジムである.ドープされたネオジム (Nd3+) は,YAG結晶の イットリウム (Y3+) と置き換わる.YAG結晶自体はレーザー発振に直接には関わらないので,YAG レーザーと呼ぶのは適切とは云えない.ネオジム・ヤグ (Nd3+:YAG) レーザーと云うべきであろうが,長く,また発音しにくく,フルネームでの呼称は今後も定着しないであろう.Nd3+:ガラスレーザー,Nd3+:YLF レーザーなどの YAG ではないホスト材料を用いた Nd レーザーも,YAG レーザーと呼ばれる場合が多い.相手の発言をいちいち訂正する必要はないが,これらに対しては自分からはその呼称は用いない方が良い.
Nd レーザーでは,エネルギーを加えて Nd3+ の集団的励起状態を作り,その後人為的に一挙に光としてエネルギーを放出させる.次回以降,エネルギー準位,状態から始めて,Nd レーザーのレーザー発振について概観する.
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(Jan. 25, 2026)
「実用技術塾・改」20 「Nd3+ の電子配置」
真空中に孤立した中性原子を考えると,中心には原子核があり,その周囲を原子核中の陽子数と同数の電子が取り巻いている.電子が存在できる場所は離散的に定まっており,各場所にはスピンの異なる電子が一対まで入ることができる.この電子が存在できる場所を「電子軌道」,その軌道に属する電子を「軌道電子」と呼ぶ.分子の場合も同様に,電子は分子全体に広がった電子軌道にのみ存在が許される.原子に固有の電子軌道を「原子軌道」,分子における電子軌道を「分子軌道」と呼んで区別する.
無限遠点で静止している電子のエネルギーを 0 とし,各電子軌道にある電子のエネルギーを,その電子を無限遠点(真空準位)まで移動させるのに必要なエネルギーの符号を反転させた値として定義する.原子核に近い電子軌道の電子ほど原子核に強く束縛されており,無限遠点へ移動させるためには大きなエネルギーを要する.原子核から離れるにつれて束縛は弱まり,その軌道にある電子のエネルギーは次第に 0 へと近づく.
原子軌道は主量子数 n,方位量子数 l,磁気量子数 m の組み合わせで表される.1s,2s,2px,2py,2pz,… と表記される原子軌道において,1,2,3,… が主量子数,s(l=0),p(l=1),d(l=2),… が方位量子数,そして x(m=1),y(m=-1),z(m=0),… が磁気量子数に対応する.各原子軌道にある電子は連続的な任意のエネルギーを取ることはできず,原子軌道ごとに許されるエネルギーは飛び飛びの不連続な値となる.これを「エネルギー準位」と呼ぶ.
原子核の周囲を取り巻く電子は,エネルギー準位の低い原子軌道から順に入る.電子が入った最も外側の原子軌道より内側に空きがない状態を「基底状態」と呼び,これはその原子が最もエネルギーの低い状態にあることを意味する.基底状態にある原子にエネルギーを徐々に加えていくと,ある値に達したところで最外殻の電子がそのエネルギーを得てより外側の原子軌道へ移る.これを「励起」または「遷移」と呼ぶ.励起が生じた時点でエネルギーの供給を止めて原子を放置すると,励起状態にある電子はやがてエネルギーを放出して元の原子軌道に戻る.これを「緩和」または「遷移」と呼ぶ.励起状態の原子が持つエネルギーは.励起に要したエネルギー分だけ基底状態より大きい.同一の原子種であっても,原子軌道上の電子配置によって原子の持つエネルギーは異なり,これも飛び飛びの不連続な値をとる.これも「エネルギー準位」と呼ぶ.
ネオジム(Nd)は原子番号60で,60個の電子を持つ.酸化物結晶中では,酸素が強く Nd の外殻電子を引き付けるため,中性原子ではなく三価のイオン Nd³⁺ とみなすことができる.その電子配置は,閉殻配置をもつ希ガスであるキセノン(Xe,原子番号54)に,4f 軌道の電子3個を加えた形となる.主量子数 n=4,方位量子数 l=3,磁気量子数 m= -3,-2,-1,0,1,2,3 であるので,4f 軌道は7つある.レーザー発振に関わる Nd3+ の基底状態および励起状態では,7つの 4f 軌道への 3 つの電子の入り方が重要となる.縮退表現を用いると,Nd3+ の基底状態は 4I9/2 と表される.励起状態の電子配置も同じ 7 つの 4f 軌道に電子が3つ入ったものであるが,そのエネルギー準位は 4I9/2 < 4I11/2 < 4I13/2 < 4I15/2 < 4F3/2 < 4F5/2 の順に高くなる.
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(Feb. 6, 2026)
「実用技術塾・改」21 「平衡状態における Nd3+ の励起,緩和」
原子(あるいはイオン)に着目すると,励起とは「エネルギーを得て,より高いエネルギー準位の電子配置へと変化すること」である.同様に,緩和とは「エネルギーを放出して,より低いエネルギー準位の電子配置へと変化すること」を指す.縮退表現 4I9/2,4I11/2 ,4I13/2 ,… は Nd³⁺ の電子配置を表すと同時に,そのエネルギー状態(準位)も示している.
光エネルギーを得る過程は「光吸収」であり,それによって生じる励起を「光励起」と呼ぶ.光エネルギーを放出する緩和は「放射」または「発光」,発光を伴わない緩和は「非輻射緩和」と呼ばれる.外部からの刺激によらずに生じる発光を「自然放射(自然放出)」,外部からの光刺激によって生じる発光を「誘導放射(誘導放出)」という.
多数の Nd³⁺ が孤立して存在する系を考える.室温では,ほとんどの Nd³⁺ は基底準位 4I9/2 にある.基底準位 4I9/2 の Nd³⁺ に 800~900 nm 帯の半導体レーザーを照射すると, 2H9/2 や 4F5/2 に励起される.これらの電子配置は安定ではなく,すぐにより低いエネルギー準位である 4F3/2 へ非輻射緩和する.電子配置 4F3/2 は比較的安定であり,外部から刺激を受けなければ平均 230 μs の間この配置を維持する(平均寿命).これより低いエネルギー準位の平均寿命は 4F3/2 より短いため,4F3/2 から緩和してきた Nd³⁺ は速やかにさらに低い準位へと緩和し,最終的に基底準位へ戻る.十分な時間が経過すると系は平衡に達し,基底準位にある Nd³⁺ の数が最も多く,エネルギーが高くなるにつれてその準位にある Nd³⁺ の数は順次減少する(ボルツマン分布).
多数の孤立した Nd³⁺ のエネルギー分布がボルツマン分布に従うとする.基底準位より高い準位にある Nd³⁺ がすべて同時に発光したとしても,それを上回る数の Nd³⁺ が発光終準位に存在するため,放出された光エネルギーはこれら低準位の Nd³⁺ にすべて吸収され,系外へ光を取り出すことはできない.レーザー発振とは,系外へ光エネルギーを取り出すことであり,平衡状態では決して起こらない.レーザー発振は,平衡に至る前の過渡状態を利用することで初めて可能となる.
系内で生じた発光を系外へ取り出すには,発光終準位にある Nd³⁺ よりも,発光始準位にある Nd³⁺ の数が多いことが必要である.この条件は,平衡状態に達する前の過渡状態において満たすことができる.(次回,Nd³⁺ による光増幅に進む)
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(Feb. 23, 2026)
「実用技術塾・改」22 「Nd3+ の光増幅」
外から刺激を受けない状態に放置しても,基底準位よりも高いエネルギー準位の電子配置は,緩和の速度の違いはあるが,やがてエネルギーを放出して電子配置を変え,低いエネルギー準位に緩和する.ある準位に励起されてから低いエネルギー準位に緩和する迄の平均時間を,そのエネルギー準位・電子配置の「平均寿命」と呼ぶ.ここでいう寿命とは,特定の電子配置を維持できる時間という意味である.平均寿命が長ければその電子配置は安定であり,短ければ不安定である.
Nd³⁺ の 1064 nmのレーザー発振の仕組みを,特にエネルギー準位の平均寿命に着目して見ていく.多数の孤立した Nd³⁺ からなる系を考える.室温状態では殆どの Nd³⁺ は基底準位 4I9/2 にある.時刻 t = 0 に 800~900 nm帯の半導体レーザーを照射する.照射強度に応じた数の Nd³⁺ が基底準位 4I9/2 から 2H9/2 や 4F5/2 に励起される.2H9/2 や 4F5/2 を励起準位と呼ぶ.励起準位 2H9/2 ,4F5/2 の平均寿命は短く,速やかに 4F3/2 へと非輻射緩和する.4F3/2 から 4I11/2 への輻射緩和によって 1064 nm の光が得られる.一般の発光現象では,4F3/2 を発光始準位,4I11/2 を発光終準位と呼ぶ.レーザー発振の場合は, 4F3/2 をレーザー上準位,4I11/2 をレーザー下準位と呼ぶ.レーザー上準位 4F3/2 の平均寿命は 数百 μs,レーザー下準位 4I11/2 の平均寿命は 0.数 μs と三桁異なる.レーザー上準位 4F3/2 に緩和してきた Nd³⁺ はその電子配置を 数百 μs の間維持する一方で,1064 nm の光を放ってレーザー下準位 4I11/2 に緩和してきた Nd³⁺ はその電子配置を 1 μs も維持できず,速やかに基底準位 4I9/2 へ非輻射緩和する.極言すれば,レーザー下準位 4I11/2 は常に空である.励起準位 2H9/2 ,4F5/2 の平均寿命を0.数~数 μs,また照射する半導体レーザーを持続時間が数 μs のパルスであるとする.前回解説したように,励起から十分な時間が経過した後の系内の Nd³⁺ のエネルギー分布はボルツマン分布に従う.ところが,励起から数百 μs までの時間領域では,レーザー上準位 4F3/2 にある Nd³⁺ の数は,レーザー下準位 4I11/2 にある Nd³⁺ の数よりも必ず多い.ボルツマン分布とは異なり,エネルギーの高い準位の方が数が多くなっているので,この状態を「反転分布」と呼ぶ.この時間領域で,レーザー上準位 4F3/2 からレーザー下準位 4I11/2 に Nd³⁺ を輻射緩和させると,放たれた 1064 nm の光を系内の Nd³⁺ に吸収されることなく,系外に取り出すことが可能となる.
外から刺激を受けなけない状態で生じる輻射緩和を,「自然放射(自然放出)」と呼ぶ.平均寿命からいつ頃緩和が生じるかを予測できるが,所望の時刻に自然放射が生じることは期待できない.「誘導放射(誘導放出)」を利用して,所望のタイミングで輻射を生じさせる.着目するレーザー上準位と下準位の差に等しいエネルギーの光子(種光)を所望のタイミングで系外から撃ち込む.系内のレーザー上準位にある Nd³⁺ の近傍を種光が通過すると,種光と同じ波長,同じ位相,同じ伝播方向の光子が生成され,Nd³⁺ はレーザー下準位に緩和する.これが誘導放射である.撃ち込まれた光子が一つであり,これが系外に出るまでにレーザー上準位にある n 個の Nd³⁺ と遭遇し,その間レーザー下準位にある Nd³⁺ が実質的に 0 であったならば,種光が系外に出るときの 1064 nm の光子の数は,最初の種光の 1 を含めて n+1 である.これが光増幅である. (次回,レーザー発振の説明へと進む.)
(Mar. 23, 2026)
「実用技術塾・改」23 「Nd3+ のレーザー発振」
加工用の超短パルスレーザーでは,発振段と増幅段からなる構成が一般的である.発振段で生成された低エネルギーの超短光パルスを種光とし,これを増幅段に送って高エネルギーの超短光パルスを得る.増幅段の機能は,前回の光増幅そのものである.一方で,多くのレーザー光源は増幅段を持たず,発振段のみでレーザー光を得ている.発振段で何が行われているかを見ていこう.
発振段の中心は光共振器である.ナノ秒 Nd:YAG レーザーの光共振器では,一対のミラーの間に Nd³⁺ をドープしたYAG結晶を円柱状に切り出したロッドが置かれている.波長 1064 nmの光が共振器内を往復できるようにミラーは精密に調整されている.後方ミラーの1064 nmにおける反射率はほぼ100 %であり,前 (出射側) ミラーは後方よりも若干低めの反射率を持つ.共振器内部から出射側ミラーに入射する光のうち (1 - 反射率) = 透過率 に相当する部分が外部に出射される.
光励起によってレーザーロッド内の Nd³⁺ が大量に励起準位に上げられる.この準位の平均寿命は長いが,平均であるため,早くに自然放射してレーザー下準位に緩和するものがあり,励起直後から自然放射が生じる.自然放射光の伝播方向はロッドを中心として四方八方に向かう.それぞれの自然放射光はロッド内の経路上にあるレーザー上準位にある Nd³⁺ に誘導放射を生じさせ,自身の強度を増していく.光励起開始直後は,ロッドから全方向に光が放たれるような状態である.
変化は,共振器ミラーに自然放射光を起源とする光が到達し,共振器内で往復を始めた時に生じる.その他の自然放射光を起源とする光は,レーザーロッドから去っていく.共振器内で往復する光は,ロッド内のレーザー上準位にある Nd³⁺ を次々と誘導放射させ,自らを増幅し,出力ミラーに至るたびにその一部分を外部へ出力する.これが「レーザー発振」と呼ばれる現象である.より一般的には次のようにまとめることができる.「外部エネルギーの供給により反転分布が形成されたレーザー媒質において,自然放射光を種光として誘導放射を連鎖的に引き起こし,共振器による光の帰還作用(往復・増幅)を利用して,特定の波長・位相の光を高強度で持続的に放射する現象」.
レーザー発振が始まっても,自然放射は生じうる.然しながら共振器内を往復する光子数は圧倒的に多く,生じる殆どは往復する光による誘導放射である.発振段からの低出力レーザーを種光とした増幅段での放射も同じである.
「伝播方向がそろった状態=ビーム」を作るのは,光共振器である.ひとたびビーム状態が形成されたのちは,増幅段では光共振器を必ずしも必要としない.線形増幅は共振器を持たないが,誘導放射光の特性は種光と同一であり,増幅後もビーム状態を維持する.発振段と同じ構成の光共振器を増幅段に用いる場合を,再生増幅と呼ぶ.
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