㈱実用技術研究室
超短パルスレーザー応用、レーザー微細加工、技術コンサルティング
超短パルスレーザー応用、レーザー微細加工、技術コンサルティング
「19. Nd レーザー (Jan. 10, 2026)」,「20. Nd3+ の電子配置 (Jan. 25, 2026)」,「21. 平衡状態における Nd3+ の励起,緩和 (Feb. 6, 2026)」,「22. Nd3+ の光増幅 (Feb. 23, 2026)」,「23. Nd3+ のレーザー発振 (Mar. 23, 2026)」,「24. 連続波(CW)出力,Qスイッチパルス出力 (Apr. 6, 2026)」,「25. Qスイッチレーザーのパルス生成と照射制御 (Apr. 19, 2026)」,「26. モードロック - 1 (May 11, 2026)」,「27. うなり(May 25, 2026)」
(Jan. 10, 2026)
「実用技術塾・改」19 「Nd レーザー」
1960年に世界初のレーザー発振を実現したルビーレーザーは,7月の誕生石のルビーを用いている.赤色 (694 nm) を出力し,現在もシミや痣取り等の用途で利用されている.
コランダムと呼ばれる酸化アルミニウムの結晶を,一般的にはサファイアと呼ぶ.不純物を含まずまた (結合) 欠陥のないサファイアは無色透明である.ブルーサファイアは鉄 (Fe2+, Fe3+) とチタン (Ti3+, Ti4+) を,イエローサファイアはマグネシウム (Mg2+) 等を,ピンクサファイアはクロム (Cr3+) を不純物として含む.不純物は,アルミニウム (Al3+) の位置に置き換わる.ピンクサファイアの Cr 濃度は0.1 重量 (wt) %程度であり,これが数 wt%程度まで高まるとルビーと呼ばれる.ルビーをルビーたらしめているのは Cr であり,その Cr がレーザー発振に関わっているのであるから,ルビーレーザーと呼ぶのは頷ける.
代表的な汎用レーザーに,Nd3+:YAG レーザーがある.一般的にはヤグ (YAG) レーザーと呼ばれることが多い.YAG は,イットリウム (Y),アルミニウム (Al) からなるガーネット型の酸化物結晶 (Y3Al5O12) であり,ルビーの場合のコランダムに相当する.レーザー発振を担っているのは1 at% (0.75 wt%) 程度ドープされるネオジムである.ドープされたネオジム (Nd3+) は,YAG結晶の イットリウム (Y3+) と置き換わる.YAG結晶自体はレーザー発振に直接には関わらないので,YAG レーザーと呼ぶのは適切とは云えない.ネオジム・ヤグ (Nd3+:YAG) レーザーと云うべきであろうが,長く,また発音しにくく,フルネームでの呼称は今後も定着しないであろう.Nd3+:ガラスレーザー,Nd3+:YLF レーザーなどの YAG ではないホスト材料を用いた Nd レーザーも,YAG レーザーと呼ばれる場合が多い.相手の発言をいちいち訂正する必要はないが,これらに対しては自分からはその呼称は用いない方が良い.
Nd レーザーでは,エネルギーを加えて Nd3+ の集団的励起状態を作り,その後人為的に一挙に光としてエネルギーを放出させる.次回以降,エネルギー準位,状態から始めて,Nd レーザーのレーザー発振について概観する.
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(Jan. 25, 2026)
「実用技術塾・改」20 「Nd3+ の電子配置」
真空中に孤立した中性原子を考えると,中心には原子核があり,その周囲を原子核中の陽子数と同数の電子が取り巻いている.電子が存在できる場所は離散的に定まっており,各場所にはスピンの異なる電子が一対まで入ることができる.この電子が存在できる場所を「電子軌道」,その軌道に属する電子を「軌道電子」と呼ぶ.分子の場合も同様に,電子は分子全体に広がった電子軌道にのみ存在が許される.原子に固有の電子軌道を「原子軌道」,分子における電子軌道を「分子軌道」と呼んで区別する.
無限遠点で静止している電子のエネルギーを 0 とし,各電子軌道にある電子のエネルギーを,その電子を無限遠点(真空準位)まで移動させるのに必要なエネルギーの符号を反転させた値として定義する.原子核に近い電子軌道の電子ほど原子核に強く束縛されており,無限遠点へ移動させるためには大きなエネルギーを要する.原子核から離れるにつれて束縛は弱まり,その軌道にある電子のエネルギーは次第に 0 へと近づく.
原子軌道は主量子数 n,方位量子数 l,磁気量子数 m の組み合わせで表される.1s,2s,2px,2py,2pz,… と表記される原子軌道において,1,2,3,… が主量子数,s(l=0),p(l=1),d(l=2),… が方位量子数,そして x(m=1),y(m=-1),z(m=0),… が磁気量子数に対応する.各原子軌道にある電子は連続的な任意のエネルギーを取ることはできず,原子軌道ごとに許されるエネルギーは飛び飛びの不連続な値となる.これを「エネルギー準位」と呼ぶ.
原子核の周囲を取り巻く電子は,エネルギー準位の低い原子軌道から順に入る.電子が入った最も外側の原子軌道より内側に空きがない状態を「基底状態」と呼び,これはその原子が最もエネルギーの低い状態にあることを意味する.基底状態にある原子にエネルギーを徐々に加えていくと,ある値に達したところで最外殻の電子がそのエネルギーを得てより外側の原子軌道へ移る.これを「励起」または「遷移」と呼ぶ.励起が生じた時点でエネルギーの供給を止めて原子を放置すると,励起状態にある電子はやがてエネルギーを放出して元の原子軌道に戻る.これを「緩和」または「遷移」と呼ぶ.励起状態の原子が持つエネルギーは.励起に要したエネルギー分だけ基底状態より大きい.同一の原子種であっても,原子軌道上の電子配置によって原子の持つエネルギーは異なり,これも飛び飛びの不連続な値をとる.これも「エネルギー準位」と呼ぶ.
ネオジム(Nd)は原子番号60で,60個の電子を持つ.酸化物結晶中では,酸素が強く Nd の外殻電子を引き付けるため,中性原子ではなく三価のイオン Nd³⁺ とみなすことができる.その電子配置は,閉殻配置をもつ希ガスであるキセノン(Xe,原子番号54)に,4f 軌道の電子3個を加えた形となる.主量子数 n=4,方位量子数 l=3,磁気量子数 m= -3,-2,-1,0,1,2,3 であるので,4f 軌道は7つある.レーザー発振に関わる Nd3+ の基底状態および励起状態では,7つの 4f 軌道への 3 つの電子の入り方が重要となる.縮退表現を用いると,Nd3+ の基底状態は 4I9/2 と表される.励起状態の電子配置も同じ 7 つの 4f 軌道に電子が3つ入ったものであるが,そのエネルギー準位は 4I9/2 < 4I11/2 < 4I13/2 < 4I15/2 < 4F3/2 < 4F5/2 の順に高くなる.
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(Feb. 6, 2026)
「実用技術塾・改」21 「平衡状態における Nd3+ の励起,緩和」
原子(あるいはイオン)に着目すると,励起とは「エネルギーを得て,より高いエネルギー準位の電子配置へと変化すること」である.同様に,緩和とは「エネルギーを放出して,より低いエネルギー準位の電子配置へと変化すること」を指す.縮退表現 4I9/2,4I11/2 ,4I13/2 ,… は Nd³⁺ の電子配置を表すと同時に,そのエネルギー状態(準位)も示している.
光エネルギーを得る過程は「光吸収」であり,それによって生じる励起を「光励起」と呼ぶ.光エネルギーを放出する緩和は「放射」または「発光」,発光を伴わない緩和は「非輻射緩和」と呼ばれる.外部からの刺激によらずに生じる発光を「自然放射(自然放出)」,外部からの光刺激によって生じる発光を「誘導放射(誘導放出)」という.
多数の Nd³⁺ が孤立して存在する系を考える.室温では,ほとんどの Nd³⁺ は基底準位 4I9/2 にある.基底準位 4I9/2 の Nd³⁺ に 800~900 nm 帯の半導体レーザーを照射すると, 2H9/2 や 4F5/2 に励起される.これらの電子配置は安定ではなく,すぐにより低いエネルギー準位である 4F3/2 へ非輻射緩和する.電子配置 4F3/2 は比較的安定であり,外部から刺激を受けなければ平均 230 μs の間この配置を維持する(平均寿命).これより低いエネルギー準位の平均寿命は 4F3/2 より短いため,4F3/2 から緩和してきた Nd³⁺ は速やかにさらに低い準位へと緩和し,最終的に基底準位へ戻る.十分な時間が経過すると系は平衡に達し,基底準位にある Nd³⁺ の数が最も多く,エネルギーが高くなるにつれてその準位にある Nd³⁺ の数は順次減少する(ボルツマン分布).
多数の孤立した Nd³⁺ のエネルギー分布がボルツマン分布に従うとする.基底準位より高い準位にある Nd³⁺ がすべて同時に発光したとしても,それを上回る数の Nd³⁺ が発光終準位に存在するため,放出された光エネルギーはこれら低準位の Nd³⁺ にすべて吸収され,系外へ光を取り出すことはできない.レーザー発振とは,系外へ光エネルギーを取り出すことであり,平衡状態では決して起こらない.レーザー発振は,平衡に至る前の過渡状態を利用することで初めて可能となる.
系内で生じた発光を系外へ取り出すには,発光終準位にある Nd³⁺ よりも,発光始準位にある Nd³⁺ の数が多いことが必要である.この条件は,平衡状態に達する前の過渡状態において満たすことができる.(次回,Nd³⁺ による光増幅に進む)
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(Feb. 23, 2026)
「実用技術塾・改」22 「Nd3+ の光増幅」
外から刺激を受けない状態に放置しても,基底準位よりも高いエネルギー準位の電子配置は,緩和の速度の違いはあるが,やがてエネルギーを放出して電子配置を変え,低いエネルギー準位に緩和する.ある準位に励起されてから低いエネルギー準位に緩和する迄の平均時間を,そのエネルギー準位・電子配置の「平均寿命」と呼ぶ.ここでいう寿命とは,特定の電子配置を維持できる時間という意味である.平均寿命が長ければその電子配置は安定であり,短ければ不安定である.
Nd³⁺ の 1064 nmのレーザー発振の仕組みを,特にエネルギー準位の平均寿命に着目して見ていく.多数の孤立した Nd³⁺ からなる系を考える.室温状態では殆どの Nd³⁺ は基底準位 4I9/2 にある.時刻 t = 0 に 800~900 nm帯の半導体レーザーを照射する.照射強度に応じた数の Nd³⁺ が基底準位 4I9/2 から 2H9/2 や 4F5/2 に励起される.2H9/2 や 4F5/2 を励起準位と呼ぶ.励起準位 2H9/2 ,4F5/2 の平均寿命は短く,速やかに 4F3/2 へと非輻射緩和する.4F3/2 から 4I11/2 への輻射緩和によって 1064 nm の光が得られる.一般の発光現象では,4F3/2 を発光始準位,4I11/2 を発光終準位と呼ぶ.レーザー発振の場合は, 4F3/2 をレーザー上準位,4I11/2 をレーザー下準位と呼ぶ.レーザー上準位 4F3/2 の平均寿命は 数百 μs,レーザー下準位 4I11/2 の平均寿命は 0.数 μs と三桁異なる.レーザー上準位 4F3/2 に緩和してきた Nd³⁺ はその電子配置を 数百 μs の間維持する一方で,1064 nm の光を放ってレーザー下準位 4I11/2 に緩和してきた Nd³⁺ はその電子配置を 1 μs も維持できず,速やかに基底準位 4I9/2 へ非輻射緩和する.極言すれば,レーザー下準位 4I11/2 は常に空である.励起準位 2H9/2 ,4F5/2 の平均寿命を0.数~数 μs,また照射する半導体レーザーを持続時間が数 μs のパルスであるとする.前回解説したように,励起から十分な時間が経過した後の系内の Nd³⁺ のエネルギー分布はボルツマン分布に従う.ところが,励起から数百 μs までの時間領域では,レーザー上準位 4F3/2 にある Nd³⁺ の数は,レーザー下準位 4I11/2 にある Nd³⁺ の数よりも必ず多い.ボルツマン分布とは異なり,エネルギーの高い準位の方が数が多くなっているので,この状態を「反転分布」と呼ぶ.この時間領域で,レーザー上準位 4F3/2 からレーザー下準位 4I11/2 に Nd³⁺ を輻射緩和させると,放たれた 1064 nm の光を系内の Nd³⁺ に吸収されることなく,系外に取り出すことが可能となる.
外から刺激を受けなけない状態で生じる輻射緩和を,「自然放射(自然放出)」と呼ぶ.平均寿命からいつ頃緩和が生じるかを予測できるが,所望の時刻に自然放射が生じることは期待できない.「誘導放射(誘導放出)」を利用して,所望のタイミングで輻射を生じさせる.着目するレーザー上準位と下準位の差に等しいエネルギーの光子(種光)を所望のタイミングで系外から撃ち込む.系内のレーザー上準位にある Nd³⁺ の近傍を種光が通過すると,種光と同じ波長,同じ位相,同じ伝播方向の光子が生成され,Nd³⁺ はレーザー下準位に緩和する.これが誘導放射である.撃ち込まれた光子が一つであり,これが系外に出るまでにレーザー上準位にある n 個の Nd³⁺ と遭遇し,その間レーザー下準位にある Nd³⁺ が実質的に 0 であったならば,種光が系外に出るときの 1064 nm の光子の数は,最初の種光の 1 を含めて n+1 である.これが光増幅である. (次回,レーザー発振の説明へと進む.)
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(Mar. 23, 2026)
「実用技術塾・改」23 「Nd3+ のレーザー発振」
加工用の超短パルスレーザーでは,発振段と増幅段からなる構成が一般的である.発振段で生成された低エネルギーの超短光パルスを種光とし,これを増幅段に送って高エネルギーの超短光パルスを得る.増幅段の機能は,前回の光増幅そのものである.一方で,多くのレーザー光源は増幅段を持たず,発振段のみでレーザー光を得ている.発振段で何が行われているかを見ていこう.
発振段の中心は光共振器である.ナノ秒 Nd:YAG レーザーの光共振器では,一対のミラーの間に Nd³⁺ をドープしたYAG結晶を円柱状に切り出したロッドが置かれている.波長 1064 nmの光が共振器内を往復できるようにミラーは精密に調整されている.後方ミラーの1064 nmにおける反射率はほぼ100 %であり,前 (出射側) ミラーは後方よりも若干低めの反射率を持つ.共振器内部から出射側ミラーに入射する光のうち (1 - 反射率) = 透過率 に相当する部分が外部に出射される.
光励起によってレーザーロッド内の Nd³⁺ が大量に励起準位に上げられる.この準位の平均寿命は長いが,平均であるため,早くに自然放射してレーザー下準位に緩和するものがあり,励起直後から自然放射が生じる.自然放射光の伝播方向はロッドを中心として四方八方に向かう.それぞれの自然放射光はロッド内の経路上にあるレーザー上準位にある Nd³⁺ に誘導放射を生じさせ,自身の強度を増していく.光励起開始直後は,ロッドから全方向に光が放たれるような状態である.
変化は,共振器ミラーに自然放射光を起源とする光が到達し,共振器内で往復を始めた時に生じる.その他の自然放射光を起源とする光は,レーザーロッドから去っていく.共振器内で往復する光は,ロッド内のレーザー上準位にある Nd³⁺ を次々と誘導放射させ,自らを増幅し,出力ミラーに至るたびにその一部分を外部へ出力する.これが「レーザー発振」と呼ばれる現象である.より一般的には次のようにまとめることができる.「外部エネルギーの供給により反転分布が形成されたレーザー媒質において,自然放射光を種光として誘導放射を連鎖的に引き起こし,共振器による光の帰還作用(往復・増幅)を利用して,特定の波長・位相の光を高強度で持続的に放射する現象」.
レーザー発振が始まっても,自然放射は生じうる.然しながら共振器内を往復する光子数は圧倒的に多く,生じる殆どは往復する光による誘導放射である.発振段からの低出力レーザーを種光とした増幅段での放射も同じである.
「伝播方向がそろった状態=ビーム」を作るのは,光共振器である.ひとたびビーム状態が形成されたのちは,増幅段では光共振器を必ずしも必要としない.線形増幅は共振器を持たないが,誘導放射光の特性は種光と同一であり,増幅後もビーム状態を維持する.発振段と同じ構成の光共振器を増幅段に用いる場合を,再生増幅と呼ぶ.
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(Apr. 6, 2026)
「実用技術塾・改」24 「連続波(CW)出力,Qスイッチパルス出力」
前提条件を満たす場合,一般的には時間的に連続した光励起により,連続波(CW)レーザーが出力される.共振器内の発振波長の光学損失が無視できる場合,共振器内を往復可能な自然放射光が生成された後は,時間的に連続に次々とレーザー上準位に励起される Nd³⁺ は平均寿命を待つことなく即座に誘導放射し,レーザー下準位,基底準位に緩和する.このため,レーザー上準位と下準位間に反転分布が形成されてはいるが,Nd³⁺ の総数に対するレーザー上準位にある Nd³⁺ の割合は大きくならない.レーザー出力は時間当たりの誘導放射の頻度に比例するので,励起光強度を増すことで出力を高められる.しかしながら,ランプ励起ではランプ出力に対する励起に利用されるエネルギーの割合が極めて低く,励起に利用されなかったエネルギーによる廃熱処理が深刻となる.
ある時刻においてロッド内の Nd³⁺ の殆どをレーザー上準位に励起し,その後レーザー発振させれば,非常に強いレーザーパルスを得ることができる.その一つが,Qスイッチの手法である.共振器内の Nd³⁺ の励起には支障がないとする.その上で,共振器内の発振波長の光学損失が無視できる場合と光学損失がある場合の,二つの状態を考える.
損失を無視できる場合,その時点でレーザー上準位にある Nd³⁺ は,即座に誘導放射してレーザー下準位,基底準位に緩和する.損失のある場合,自然放射により発振波長の光子が生成されても,共振器内で直ぐに消失するため,近傍のレーザー上準位にある Nd³⁺ の誘導放射は回避され,殆どは上準位に平均寿命程度の時間留まることができる.光励起開始から平均寿命程度の時間内では,ロッド内のレーザー上準位にある Nd³⁺ の数は,(総数に至るまでは)単調に増加する.
平均寿命程度の時間の励起で,ロッド内のほぼ全ての Nd³⁺ が上準位に励起されるように励起光パワーを調節する.損失のある状態で,時刻 0 に光励起を開始し,平均寿命程度の時刻に共振器内の損失を取り除く.すると,ロッド内の Nd³⁺ に蓄えられたエネルギーが,一度にレーザーパルスとして取り出される.これがQスイッチの手法である.極めて巧妙な仕組みであり,ロッド内の Nd³⁺ のほぼ全てを余すことなく利用できる.
共振器内の損失を取り除いても,実際には「瞬時」に全てが誘導放射するのではなく,ns 程度の時間を要する.Qスイッチを利用した短パルスレーザーのパルスの持続時間が ns 程度である理由である.日本の日常会話では,「照明のスイッチを入れる = 照明器具を作動させる」の意味を持つ.Qスイッチは,共振器内に損失のある状態,損失の無い状態の二つの状態間を「スイッチ」するという,英語としての意味合いで理解するのが良い.共振器の損失の度合いを示す指標として「Q値」がしばしば用いられる.Qスイッチの Q は,これである.
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(Apr. 19, 2026)
「実用技術塾・改」25 「Qスイッチレーザーのパルス生成と照射制御」
Qスイッチデバイスとして,一般的には電気光学 (EO) 素子や音響光学 (AO) 素子が用いられる.EO 素子は,ポッケルスセルとも呼ばれる.EO 素子もAO 素子も,電気信号によって作動する.これらの素子の詳細については,成書を参考されたい.
共振器内の損失が高い状態を低Q値状態,損失が低い状態を高Q値状態と呼ぶ.低Q値状態で励起を行うことで,レーザーロッド中の Nd³⁺ の総数に対する,レーザー上準位にある Nd³⁺ の割合を高めることができる.ここで高Q値状態にスイッチングすると,レーザーロッド内に蓄えられたエネルギーが一気にナノ秒パルスとして出力される.すなわち「Q値をスイッチングさせると,(通常は)ナノ秒パルスが一つ生成される」.EO素子やAO素子を用いれば,電気信号によってQ値のスイッチングを行うことができる.これは実用の観点で,極めて重要である.我々は,一つ一つのナノ秒レーザーパルスの生成を,電気信号によって制御できる.
一般的なQスイッチナノ秒パルスレーザーは,パルスジェネレータを内蔵しており,任意の繰り返し周波数のTTL信号を生成できる.EO素子を用いる場合は,TTL信号をEO素子の制御電源が受け取るたびに,EO素子に高電圧が印加されてQ値がスイッチングされる.TTL信号は,レーザーパルス生成の契機として働くので,トリガー信号と呼ばれる.AO素子を用いる場合は,圧電素子に高周波 RF 電力が印加されていて,トリガー信号による RF 電力のオン/オフの制御によりQ値のスイッチングが行われる.内臓パルスジェネレータ(内部クロック)によるレーザーパルスの生成は連続であり,非周期的あるいは間欠的パルス生成はできない.
レーザーを用いて加工や計測などを行うには,照射/非照射の制御が不可欠である.これを可能にするのは,トリガー信号のゲート制御である.Qスイッチデバイスの制御電源の前段にゲートが設置されており,その開閉を外部から入力されるゲート信号(TTL)で制御する.内部クロックによりトリガー信号は連続的に生成されるが,ゲートの開いているときのみ制御電源に至り,レーザーパルスが生成される.
多くのQスイッチナノ秒パルスレーザーでは,トリガー信号を外部のパルスジェネレータやファンクションジェネレータから入力するポートが用意されている.標準で用意されている以外のトリガー信号を使用したい場合は,これを利用する.
低出力モードロック光源を種光とし,これを増幅するタイプの超短パルスレーザーにおける種光の繰り返し周波数の 1/n 間引き (pulse picking)や,照射/非照射の制御方法は,内部クロック駆動のQスイッチナノ秒パルスレーザーにおける外部ゲート信号制御とほぼ同じ手法である.
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(May 11, 2026)
「実用技術塾・改」26 「モードロック - 1」
ナノ秒パルスレーザーを理解するうえで,Qスイッチは重要な概念であった.同様に超短パルスレーザーを理解するための重要なキーワードはモードロックである.モード (mode) もロック (lock) も,日常の日本語での会話ではあまり使われず,「今年流行のニューモード (new mode)」,「照準をロック (lock) する」といった用法が主で,様式,固定といった意味で理解される.そのままの語感で,レーザーのモードロックをイメージしようとすると,しばしば混乱を招く.
レーザーにおけるモード (mode) は,光電磁場分布あるいは光エネルギー分布を表す.横モードは,ビーム断面のエネルギー分布であり,TEM ij と表記される.TEM 00 はガウシアンビームであり,近年では M2 を併記して理想分布との差異まで示すことが一般的である.
光共振器内で安定に存在できる光波に関するものが,縦モードである.レーザー波長 λ における屈折率 n,長さ L のレーザーロッドの両端に共振器ミラーが密着しているとする.このような共振器内で安定に存在できる光波は,n L = m’ λ’ / 2 の関係を満たす.すなわち,ロッドの光学距離 (光路長) n L が半波長 λ’/ 2 の 整数 (m’) 倍となるとき,その光波は共振器内で定在波として存在できる.
例えば,Nd:YAGでは,Nd³⁺ は1064 nm丁度の光を放射するのではなく,それぞれ周囲の環境によって若干異なる波長を放射する.自然放射により1064 nmを中心波長としてsub~数nmの波長の広がりを持つ種光群が生成され,それらの内の共振条件を満たすものが増幅されて出力される.加工用途では高出力が望まれるので,これらを全て利用する.計測など波長の広がりを嫌う用途では,中心波長の種光のみを残して増幅させる.これを縦単一モードレーザーと呼ぶ.モードロックのモードはこの縦モードのことであり,光共振器内に安定に存在できる,レーザー波長を中心として極僅かずつ波長の異なる光波群である.
そのようなモードの「何」をロックするのか? 各縦モードの波長 (周波数) は僅かずつ異なっている.共振器内に安定に存在できる光波であるから,伝播方向は揃っている.種光の位相は誘導放射の繰り返しを経ても保持される.縦モードが異なると種光も異なるので,縦モード間では位相は一般に無秩序である.従って,ロックされるのは縦モード間の相対位相であると予想される.位相は 0~2π [rad]の周期量であり,縦モード間の位相差は 2π で剰余を取った値として定義される相対位相で議論する.
次回,この縦モード間の相対位相を「ロック」することについて考察を進める.読者にはその前に,音波における「うなり」の復習を勧めたい.
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(May 25, 2026)
「実用技術塾・改」27 「うなり」
モードロックの数学的な解説は成書に譲る.ここでは,Microsoft Excel を用いた数値実験(シミュレーション)によって,視覚的に理解を深める方法を紹介する.理論的背景には一定の数学的準備が必要だが,数値実験は結果が直感的に得られるため取り組みやすい.ここでの紹介と同様のワークシートを作成し,パラメータを変化させながら理解を深めてほしい.
モードロックの入り口として,まず音波における「うなり」を取り上げる.弦楽器の調弦は現在ではデジタルチューナーが主流だが,以前は「うなり」を利用して行われていた.楽器の共鳴箱にAの音叉(440 Hz)をあて,同時に調律したい弦を鳴らす.周波数が大きく異なる場合は,耳で容易に違いを聞き分けられる.しかし周波数差が小さくなると,音そのものの違いは判別しにくくなる.このとき顕著に現れるのが,音の強弱の周期的変化である.これを「うなり」と呼ぶ.
図はMicrosoft Excelによって描いた 440 Hz と 442 Hz の音の波形,およびその重ね合わせである.横軸は時間,縦軸は振幅を示す.440 Hz および 442 Hz の波形は通常の正弦波であり,重ね合わせ波形は初期位相によって多少変化するものの,短い時間幅では大きな特徴は見られない.
しかし,横軸の時間幅 -11.8 ms~11.8 ms を -0.5 s~0.5 s に広げると,重ね合わせ波形は大きく変化する.440 Hz と 442 Hz の各波は,与えられた振幅 1 のままで一定であるが,重ね合わせた波の振幅は時間とともに変化する.440 Hzと442 Hzの両者の相対位相が一致する(位相差 0)時刻では振幅は 2 となり,位相差が π となる時刻では振幅は 0 となる.大きな音から小さな音へと周期的に変化し,その周期は周波数差 2 Hz に対応する.
同じ周波数の波を重ね合わせる場合,両者の位相差は時間・距離によらず一定である.一方,異なる周波数の波では,位相差が時間とともに変化し,加算・減算が繰り返される.この性質は,モードロックを理解するうえで極めて重要である.
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