書評:チョムスキーが語る戦争のからくり

書評:チョムスキーが語る戦争のからくり

<ピカドンからドローン兵器の時代まで>

平凡社刊(2015•6)

ノーム•チョムスキー、アンドレ•ヴルチェク著 本橋哲也訳

成大盛

△著者について

チョムスキー(1928年生まれ、マサチュ-セッツ工科大学研究所教授)

:アメリカ合衆国の著名な言語学者にして「世界最高の論客として評価される知識人の一人。著書『メデイアとプロパガンダ』(青土社)、『メデイア•コントロール』(集英社新書)、『お節介なアメリカ』(ちくま新書)などは、世界がどのようにコントロールされ支配されているかを理解するための基本書である。

ヴルチェク(1963年ソ連生まれ、アメリカ市民権所有者)

:第2次世界大戦以降もつづく西洋の帝国主義の実態を暴くべく世界中を飛び回って活躍する作家、映像作家、ジャーナリスト

△本書の目次

第1章 植民地主義の暴力的遺産

第2章 西洋の犯罪を隠蔽する

第3章 プロパガンダとメデイア

第4章 ソビエト•ブロック

第5章 インドと中国

第6章 ラテンアメリカ

第7章 中東とアラブの春

第8章 地球上で最も破壊された場所における希望

第9章 米国権力の衰え

△本書の特徴

①この本ではチョムスキーとヴルチェクの対談という形をとっているから、細かな検証は抜きに話は進んでいきます。

しかし「訳者あとがき」で強調されているように、『チョムスキーは手に入る限りの重要な新聞やインタネットのニュースを渉猟し、それをさらに学問的な知識と照らし合わせて検証している人ですから、彼が次々に挙げていく事件や数字の集積は、否応なく世界の各所における西側諸国の暴虐を明らかにしています。』

また対談相手のヴルチェクにしても、『しばしばチョムスキーをも凌駕する情報と経験知の持ち主』であり、『出自に縛られることなく国境を越えて活動するジャーナリスト兼映像作家として、アジア,アフリカ,オセアニアなど世界の紛争地域を飛びまわり、多くの報告を公表してきました。彼が西側諸国を糾弾する言葉には、実際に現場を知る者だけが持つ情念と思想の裏づけがあり、それはときに聞く者の背筋を凍らせ、ときに怒りと意志を共有させます。』

②またこの本の副題が「ヒロシマからドロ―ン兵器の時代まで」とあるように、西欧が仕組んだプロパガンダによって洗脳された)偏見から覚醒させ、正しい認識へと導くのに一定の役割を果たすであろう。

第2次世界大戦終了後から現在に至るまでの時代を一つの時間軸として、その間におこなわれた西側諸国による侵略や搾取の暴力の結果を扱っています。』

『読者の皆さんは冒頭でいきなり、そうした暴力の直接の結果として、5500万もの人びとが殺されてきた、そして間接に殺された人の数はその数倍にもおよぶ、という記述に出くわし、驚かれるかもしれません。もちろん犯罪の大小を死者の数によって判断すること自体が暴力でしょう。一人ひとりの命はかけがえのないものであって、その死は犯罪の規模に左右されることなく、等しく哀悼されるべきものであるからです。しかし20世紀の二つの世界大戦を契機とした殺傷兵器の技術発展は、一方で産業の発達が戦争を必要とするという軍産複合体の成立を国家発展の基礎としてしまう悪循環を加速させ、他方でガス室から原子爆弾まで,人間のアイデンティティの痕跡までをも消去してしまうような大量破壊兵器を生み出してきました。たとえば学校で教えられる第2次大戦中の犠牲者数として、おそらく最も有名なものは、「ナチス•ドイツのホロコーストによるユダヤ人の死者数600万人」と、「アジア太平洋戦争における日本軍の侵略による死者数2000万人]というものでしょう。これらは本当に気が遠くなるくらい膨大な数字であり、それ故にまた戦後のドイツと日本における「戦争責任」への対処が問われてきたわけです。

しかしそれにしても「5500万人]とは‥‥‥。この数字を挙げているヴルチェク自身、それは自らの取材経験にもとづいたもので、かつ学者たちによる計算だとも言っているのですが、これが、彼の主張するように、ほんとうに西側諸国の暴力によるもものだとすれば‥‥‥。私たちの「戦後認識」はこうして本書の最初で、まず大きく躓いてしまうのではしまうのではないでしょうか。なぜなら、私たちが教えられてきた公式の歴史によれば、第2次世界大戦は自由を国是とする連合国と、独裁ファシズム枢軸国との戦いであって、前者の勝利によって、戦後は平和で民主主義的で多くの人に繁栄をもたらす資本主義的な経済成長の時代がやってきた、とされているからです。そうした認識に基づけば、その後もしばらくは「冷戦時代]などと言われて、ソビエト連邦や中華人民共和国などが共産主義を標榜して抵抗していたけれども、それも20世紀末には実質的に資本主義圏に組み込まれてしまい、未だにそんな国民から自由を奪うイデオロギーに凝り固まった独裁国家はキューバと朝鮮民主主義人民共和国か、あるいは中東やアフリカのイスラーム主義国家だけ、ということになる。もちろん現在すべてがうまくいっているとは言えないかもしれないが、ヴルチェクとヨーロパ連合と日本を中心とする資本主義諸国連合が揺らぐことは将来もないであろうし、私たちの平和と民主主義と経済発展を維持するためにも、揺らいではならない‥‥‥。』

『しかし本書はそのような常識的な認識を根底から覆してしまいます。チョムスキーによる全方位的な学知と、ヴルチェクの地道な調査にもとづく対話は、この70年近くのあいだに西側諸国ーーすなわち私たちが自由や民主主義のような気高い政治的価値を代表すると信じる傾向にあったアメリカ合衆国やイギリス、フランスなどの「戦勝国」だけでなく、第2次世界大戦には敗北したけれでも、その後アメリカの傘の下で資本主義的繁栄を享受してきたドイツや日本のような国々ーが、戦争暴力や人種差別、経済搾取や政治的抑圧を通じて、いかに世界中の人びとを苦しめてきたかを詳細に明らかにしていくことで、私たちがともすれば信じたがっていた善悪二元論にもとづく単純な世界観を掘り崩していくからです。』

この本は、私たちの世界が置かれている状況についての(西欧が仕組んだプロパガンダによって洗脳された)偏見から覚醒させ、正しい認識へと導くのに一定の役割を果たすであろう。

以上、本書の内容について「訳者あとがき」に依拠しながら紹介しましたが、訳者も指摘しているように本書の焦点は『東アジアには当てられていません。東アジアの戦後史が同「西洋のテロリズム]に関係しているのかは、この本を読んだ私たちが自ら調べ、知り、考える主題として残されています。』

おそらく、本書の著者自身、東アジア、特に朝鮮の戦後史に関する認識•検証の不十分さを自覚しているからだと思います。

本書の裏表紙に記載されている<西側諸国のテロリズム>には、『1950年6月朝鮮戦争勃発(~1953年)』とあるが、本書の年表には、朝鮮戦争の項目自体がないほどである。

アメリカの策動により祖国統一情勢が緊張•激化しているが、 在日朝鮮人社会は、アメリカのプロパガンダにどっぷり浸かった社会であり、民族虚無主義に汚染されやすい社会である。従って在日朝鮮人の自主的精神と自主的観点の確立は極めて困難なのである。しかし私たちが本書を熟読すれば、アメリカのプロパガンダによって汚染されない観点と見解を得ることであろう。

(2015•10•10)