霧斗過去編②

「ん・・・・?」


目が覚めたとき、状況を把握するまでは体感時間で数十秒・・・

実際だと数秒の時間がかかった


「そっか・・・ボクはこの場で包丁で」


意識も記憶もはっきりある、物に触れることが出来ないのと誰かに声をかけても反応がないこと以外はボクは生きているのとなんら変わらない

でも、ほんの数分前、ボクは死んだ

普通の、並の人生を歩んできた人間ならここで取り乱したり混乱したりするだろう

だけど元々生きることに絶望はしていたボクは今ある現実をすんなりと受け止めて

目の前で繰り広げられるボクの遺体の蘇生活動を冷ややかな目で見ていた

すでに固まった血が赤黒く机と床を支配している

生きていたところでどうにもならない、両親ももういないし、友達と呼べる友達も今やいない

ボクを引き取った人も、厳しく身勝手な人間で、そんな中でありとあらゆる仕事がボクのことを縛り続けた人生だったなぁ・・・

思い起こせば特別楽しくもないし、特別幸せでもない

多忙に多忙を重ねたただただ時間が惜しい忙しいだけの人生だったなぁ

なんてことを考えていた


「って、ボクここに放置されたら自縛霊にでもなっちゃうんじゃないかなぁ?迎えが来るなら、早く来て欲しいよ」


「さっきから何独り言言ってるんだ?」


振り向くとそこに立っていたのは男の子

年は同じ年か少し年下くらい

白黒を中心としたモノトーンの服が甘い顔と合わずに可愛らしい


「柊海音、芸名皇霧斗、死因は左手の傷による失血死、享年14歳・・・で間違いない?」


「え?あ、うん」


その子にそのまま返事をした


「って君ガリガリじゃないか、死体傷まみれだし・・・酷い虐待を受けているは聞いたけどこれほどとは・・・」


「えーっと・・・君の名前は?」


「俺?俺は神崎裕一、死神だよ、なるべく抵抗しなさそうなやつ担当、ここまで若いやつは4年目にして初めてだけどな」


「あーははははは・・・・」


抵抗しなさそうね

そりゃそうだよ

自殺する程度には死にたがってたんだから


「じゃあこれから魂のリサイクル施設連れて行くつもりだけどなんか最後にやりたいこととかある?」


「えー・・・っと・・・それじゃあ」


あ、これって無茶振りなんだろうか?

でも言うだけ言ってみよう


「坦々麺とメロンパンが食べたい、あとできればカナダの両親のお墓に行きたいかな?」


「良いよ、どっちが先?」


「えーっと・・・じゃあ神崎さんが都合の良い方で」


「裕一で良いよ、じゃあまずカナダに行ってからうちの食堂でかな?俺もお昼まだだし」


あ、死神って食事とかとるんだ、へー・・・

なんだか親近感沸くなぁ

裕一さんが少し呪文を唱え手に持っていたナイフを振りかざすと扉が出現した

どうなるかはよく分からないけれどボクはその扉をくぐる

周りを見渡すと走馬灯のようにボクの一生が壁一面に貼られている

あ、これ本当に走馬灯じゃないのかな?

そんな中で裕一さんはボクに聞く


「移動時間に聴きたいことがあったら聴いてよ、答えられる範囲で教えてあげるから」


「あー・・・」


ボクは少し考えた


「さっき魂がリサイクルされるって言ったよね・・・?」


「うん、記憶も見た目も何もかもまったく違うものにされて、違う人生を歩む、要するに転生だね」


「そうなんだ」


「希望があれば聞くよ?」


「出来れば転生はしたくないんだよねぇ・・・」


そう、これがボクの本音

生まれ変われば今とはまったく別の人生だって歩めるんだろう

でも一度あんな思いをしてしまった以上、もう一度人間になりたいなんて思えなかったんだ


「転生がいやなら天使、死神、悪魔にならなれるよ」


「なれるよって軽く言われても・・・・」


「ついたよ」


「え?」


びっくりした

あっという間なんだね

ボクは両親の墓に簡単にお祈りすると裕一さんに連れられて死神たちの食堂へと来た

裕一さんが空中浮遊する丸い物体に触れるこれがここに券売機・・・・なのかな?

それを操作する裕一さんが声をかける


「えーっと・・・坦々麺辛さのレベル1~10まで選べるけどどうする?」


「え?じゃあ10!!」


「え?」


裕一さんの「え?」を合図に視線が集まる

集まるとは言っても数人だけど


「10って本当に大丈夫なの?」


「え?うん・・・」


「分かった」


運ばれてきた坦々麺は見事なまでに辛かった

辛党なボクでも辛いと感じるほど辛かった

でも辛いだけじゃなくてうまみやこくのバランスも整っている今まで食べた坦々麺でも1位2位を争う味だった

メロンパンも焼き立てらしくサクフワで美味しかった

まともな食事・・・というか口に何かを入れて喉を通る感覚なんて何か月ぶりだろう?

暖かさに久しぶりに「ホッとする」という感情を持つ


「美味しいね、死神っていつもこんな美味しいもの食べてるんだ」


「え?っていうか人間も少なくともご飯食べるよね・・・?」


「普通はね、ボクの場合は大体がお弁当か栄養補助食品だったから」


「あー・・・そうなんだ」


裕一さんが不安そうに聞く

ボクはスープまで飲み干してラーメン鉢を置いた


「裕一さん、死神ってさ、優しいよね」


「そう?みんなこんな感じだけど」


「そうなんだ」


「ボク死神になりたいな」


「え?」


「正直、今まで経験してきたことを思うにボクは人間でいて良い生き物じゃないと思うんだよね」


「たかが14年間の結論でしょ?死神の仕事は辛いよ」


「じゃあ体験期間とかないの?」


「えー・・・?上司に聞いてみるよ」


上司・・・

きっといかつい男性なんだろうなぁ・・・

って思っていると入ってきたのは黒い衣装に身を包んだ同じ年ぐらいの女の子

短い髪の毛ってのがどうかと思うけど微笑みかけてくるその優しい笑顔に思わずキュンと来る


「裕一君、この子は?」


「白亜さん!?えーっと彼は今日回収した魂で、死神志望の」


立ち上がり右手を差し出し名乗る


「皇霧斗です」


「霧斗君だね、私白亜伊吹、よろしくね」


その声を聞くとボクは気が抜けていたこともあって反射的にキスをしてしまった

もちろん挨拶的な意味で

いっせいに集まる視線


「ぎゃああああああ!!!もっ!申し訳ありません白亜様!!あっ・・・謝れ霧斗!!」


「え?え?え?」


「あ!待って裕一君!」


伊吹さんが裕一さんを止める


「この子小さいころずっと外国にいたんでしょ?外国じゃキスの挨拶は普通だし私は気にしてないから、ね」


「あっ・・・すいません」


「ううん、気にしないで、死神志望なんだよね?じゃあためしに私と仕事してみない?」


「え?あ、はい」


周りがざわざわする、何なんだろう・・・?

裕一さんが耳元でささやく


「お前・・・消滅するなよ」


「え?何?そのアドバイス・・・?」


「ああ見えても白亜様は死神の中でも一番強い・・・・すなわち悪霊狩りでもかなりの強敵と戦うことになるんだよ・・・」


「悪霊?」


「現世に残った魂の中で、悪さをするやつらのことほうっておくといろんな魂食べちゃったり天使が書いた運命以外の行動を起こしてしまったりと、何かと厄介なもののことだよ」


「わああっ!!白亜様!!」


「そうなんだ・・・・」


「それを倒すのも私たち死神の仕事、私こう見えて魂回収苦手だからこうして悪霊狩りをしてるんだ」


「へぇ・・・」


「それに白亜様は見た目は可愛いけど全ての部署へ命令を下せるほど上位死神なんだ」


「え!?」


「そんな大げさじゃないよ・・・あ、そうだ」


伊吹さんがボクの手首に黒いリボンを結ぶ


「これ、絶対にほどかないでね、少しだけだけど、悪霊から守ってくれるから」


「あぁ・・・ありがとう・・・」


「何に向いてるのか分からないからついでに魂回収行ってくるね」


「いってらっしゃいませ白亜様!!」


裕一さんが深く頭を下げて言った