現実から目を背けてはいけない、それを知っていたからボクは受け入れてしまう努力をしたんだ
思えば幼い頃から何かと苦労の多い人生だった
出身地自体は長野県だ、母の実家でありのどかな田舎
けれど1歳の頃、父方の祖父がなくなり父の実家である大阪の家に住むことになってしまう
祖母は母を苦しめるためにボクを利用するような人間で、父のいないところでボクを罵ったり嫌がらせしたりと色々やられた
母も日々罵られ暴力を振るわれ散々な目に合わされていた
それでも母はボクに苦しい顔1つ見せずいつも笑って謝っていた、思えばこれは無理をしていたんだろう
それが本当にうっすらと覚えている母との記憶
母はボクが4歳の時に亡くなった、母の死因は単純かつ複雑、過労死だった
そして母の葬式で祖母の言った一言は永遠のトラウマだ
「これでやっと大事な息子と孫と安心して暮らせる」
父はその一言を聞き逃さなかった、そして父は母と出会った場所、アメリカで暮らす決意をした
そうしてやってきたアメリカにいた頃は本当に楽しかった
友達のノエル、ジェシカ、他にもたくさん
そんなみんなと過ごしたのはわずか6年だったけど、それでも生きていた頃は最も楽しい6年だった
けれどそんな日々の終わりは突然訪れた
父を亡くした日のことは今でも覚えている
世界的なマジシャンで、母親を早くになくしたボクに苦労をさせまいと男で1つでボクを育ててくれた父だった
ボクはいつしか父とマジックで同じ舞台に立つことを目標に日々父の教えでマジックを練習していた
ファザコンなんていわれたらそれまでだけどボクはとにかくお父さんっ子だった
そんな父が亡くなったのはボクが10歳の時
剣を刺すマジックで、父の入ったボックスには、文字通り「タネも仕掛けも」存在しなかった
犯人は父のアシスタントの男
ボクはアシスタントの男が、得意げに仕掛けを換えたことを話していたのを聞いた
そう証言しようとも所詮子供の言い分とあっさりと証言は無視された
それどころか長野の祖父母の家に預けられる予定がこのアシスタントの男が裁判員を騙した事が原因で一緒に住むことになった
もちろんだけど遺産目当ての行動だ
幸いなことにネグレクトや虐待の対象にはされなかったもののボクの心は案の定荒んでいった
ある日手にしたトランプでマジックをやると不思議と笑えた
でも今にしてみればこの行動が間違いだった
「××」
「何?○○さん」
名前を呼ばれたボクは返事をする
「お前のデビューが決まったぞ」
「え?」
「大地の息子というわけだ、さ、髪切るぞ」
「え!?」
当時のボクは髪が長かった
父の髪が長かった影響でだ
父亡き後は髪をなでるとなんとなくぬくもりを感じられたから、ボクにとっては大切なものだった
抵抗こそしたけれど案の定切られた
不思議と涙は流れなかったけれど、あまりにショックででなかっただけかもしれない
鏡を見ながら短く言う
「短い髪のボク・・・・始めまして」
イケメンマジシャンの血を色濃く引いたボクは元々容姿端麗だったためか話題はあっというまに広がった
(容姿の事は自分で言うのもなんだけど本当にお父さんは美形だったからしょうがない)
それこそ寝る暇もないぐらい
父を主題にした番組にでたのをきっかけにしょうもない仕事が増えに増えまくった
バラエティ、ドラマ、挙句の果てにはDCデビュー!?
こんなの絶対におかしいよ
ボクはただのマジシャン・・・基、マジック以外は底辺も底辺の落ちこぼれ
だから人一倍努力してやっと人並みレベルのことが出来たのに・・・
でも断れば義父から何をされるか分からなかったから、従うしかなかった
毎日毎日必死に色々なことを頑張った
でも、そんな風に頑張っていることなんて、義父には関係ない
ただひたすらお金が手に入れば良い、あの人はそういう人間だ
手品の仕事が減る一方で、他の仕事は増えて行った
そんなだからボクは仕事もだんだん嫌になってきた
そして周りの環境もどんどん悪化して行った
マジシャンのクセにって言うのかな?
他の同年代アイドルや歌手からいじめを受けた
でもボクは悪くない、もちろん彼らだって
だって悪いのは次から次へと仕事を持ちかけてくる人間だから
彼らだって専門外の人間に専門的な仕事をとられるのは嫌だよね
と、自分が納得しようともいじめがなくなるわけじゃない
何度も男に仕事をやめたいことを告げても待っているのは罵声と暴力
そしてボクは自分の心の苦しみを「自傷」と言う形で解消していた
ある時は手首を切り、ある時は食べて吐いてを繰り返したりと
形は色々だけどとにかく自分を傷つけまくっていた
そんな事が数ヶ月続き、ボクはある日自分の心身に限界を感じていた
いじめにも多忙にも耐えているつもりだったけれど、本音は「もう耐えられない逃げ出したい」、その二言だけだった
でもそれは許されなかった、その後も何度か泣いて訴えたこともあるけれど、それはどれも無駄で
だからこの話題を出されると逃げ場がなくなってしまう、完全に弱みを握られた
そんなわけで自傷癖も悪化して右腕や両足はもう切るところがないぐらい傷跡が残ってて、最近はちょっとずつだけど首にも傷を作り始めているぐらいだ
ぶっちゃけ栄養失調と寝不足で幾度となくぶっ倒れてきたけれど、栄養ドリンクやら点滴やらで無理やり体力を回復させてはまた倒れ医者にも叱られる日々
あぁ、いっそそれマスコミに流してくれよお医者さん・・・
そんな最中、いじめっ子のアイドルに服を脱ぐことを強制された、枕営業のうわさを確かめるとかなんとかそんな理由で
もちろん拒否はしたけどさすがに突き倒されて足蹴にされれば脱がざるを得ない
とりあえず下着姿になる、両腕と両足の自傷の痕を見られて笑われる
「かまってちゃんきもい」「当てつけかよ」「そこまでやるなら死ねよ」
その瞬間、何かが切れてしまった
気が付いたときには気を失っている相手と、おびえる他のメンバー、真っ赤に染まった両手と体
自分の失態に気が付きその場を後にする
案の定スキャンダルになって連日ニュース番組には引っ張りだこだった
ボクが散々傷ついてきた時は全く反応しなかったのに、不祥事を起こした瞬間その不祥事について散々なことを言いまくりやがって
ネットも雑誌も一般人もボクをサンドバッグにしてストレス発散や正義をふるう日々
道を歩けば物をぶつけられるし、罵声罵倒は当たり前、この中には流行ってた時にはワーキャー言ってはしゃいでた子もいるんだるなぁ・・・
そして義父は面倒ごとを避けるためにホテルを転々とする中、ボクは自宅に1人閉じ込められた
その間も自傷癖はとどまることを知らず首すらも目も当てられないほど傷まみれになっていた
この時点で気づくべきだった、「死なないとどうにもならない」事に
例のスキャンダルのせいで仕事を失ったボクは義父から酷いDVを受ける羽目になる
ただでさえ傷まみれなのに骨は折られるわ歯は折られるわ連日鼻血出すことになるわ最悪だった
無駄に世間に顔の知れ渡った、14歳のロクに学校にも通わせてもらえてない前科持ちのボクがどう生きればいい?
こんなことになるのなら、お父さんが死んだ時点で一緒に死ねばよかった
自分の両手を見つめ、体に触れる、骨ばかりがごつごつと指に当たり、肉らしい肉は一つもない、まるで骨格標本だ
いや、骨や歯が折れてないだけ骨格標本の方が綺麗か
困ったことに殴られすぎたせいで最近は食べ物が食べられない、折れた歯や傷が痛すぎて口に何か入れる気にもならないし入れても血の味しかしない
どうせ殴られて吐いちゃうのなら、食べても意味ない気はするけどね
もう何で生きなきゃいけないのかよく分からないよ・・・
義父がどこかへ行っているときにボクは遺言を書いた、これが表に出回るかどうかはよく分からなかったけれど、とにかく事実すべて書き綴って服の中に隠した
その後ボクはキッチンへ入り包丁を取り出した
ハンカチを思い切り噛んで傷まみれの腕を見つめる
利き手である左手、これで今までいろいろなことをやってきたんだなぁ・・・なんて考えていた
少しでも余裕があれば思いとどまることは出来たのかもしれない、でもこの時のボクはそれが出来ないほど追い詰められてたから
すぐに利き手に包丁を付きたてそのまま利き手をちょん切る勢いで動かした
左腕に激痛が走る、どっちにしろ体中は痛いんだ、今更関係ない
辺りが血に染まるし、包丁は固い何かに当たって動くのをやめようとしている、それでもボクは何度も包丁を走らせた
そして数十秒後、朦朧とする意識の中で帰宅した義父を見てボクは微笑む
義父が何かを叫びながらボクの血を止めようとあの手この手を試している、そんな光景を目の当たりにしながらボクは薄れゆく意識の中で思う
出来る事ならもう二度と、生まれてこないことを祈りながらボクは意識を手放した
それが人間のボクの14歳最後の記憶であり、ボクが死んだ瞬間
思い出したくもない記憶