旧P-F SideF前編

序章 上級天使 松葉凪斗の天使としての遺言より


松葉家の皆様、生命管理会社の皆様へ

私は天使と、そして生命管理会社の社員を辞退したいと思います

残念ながら私の稼いだお金や貯金などは全て家族に食い荒らされて残っていませんが

会社の方も退職金を出さないほど鬼ではないと思うのでそのお金で何とかやりくりしてください

私の私物などもほとんどありませんが、そのわずかな私物も邪魔だと感じるのなら処分してかまいません

私は、天使でいることに疲れました、さようなら

松葉 凪斗



Fallen Angel


「ん・・・・・?」


薄く目を開ける

どれほどの時間が経過したんだろう?

そんな考えはどうでもよかった

とにかく空腹感と倦怠感が体を襲っていた

動こうにも寒さで足に刺すような痛みが走り動けない

何もする気が起きずに空を見上げた

真っ青な空が広がる

素直に「綺麗だなぁ・・・」とは思うけど

今はそんな気持ちにもなれない

裏路地に腰を下ろし、何をするわけでもなくただただ時間を過ごしていく

ここで死ねばいいんだ

何もしなければここで死ねるんだ

そんな事を思いながらボクはぼんやりしていた

空腹感はすでに感じられないほどに達していたし、寒さも暖かく感じるほどに極限だった

その様子を1人の女性が見ている


「こんなところでどうしたの?」


「別に・・・ただ、何もする気が起きなくて・・・・」


そういうボクはそのままこの女性に拾われた

そこから予想するに相当酷い顔だったんだろう

いや、自分で見ても分かる

ふっくらしていた輪郭はストレスと疲労でやせ細り、目ばかりが目立つ

不眠のせいで酷いクマが現れ、整った髪も好き放題に爆発している

これは本当にあの「松葉凪斗」なんだろうか?

最年少で上級職を手に入れた「松葉凪斗」なんだろうか?

自分で自分を疑った

その女性は雨宮百合子という名前らしい

彼女はボクをバスルームに連れて行きシャワーを浴びさせてくれた

暖かい、冷え切った体にお湯が染みる

シャワーで体を温めると彼女は食事を振舞ってくれた

「簡単でゴメンね」とは言っていたけれど、栄養ドリンクといわゆる栄養調整食品のクッキーの類しか口にしてなかったボクにとって

どんな手料理であってもそれはものすごいご馳走に違いなかった

たとえそれが、人間が作った物だとしてもね

出されたコンソメスープを一口口に含んだ瞬間、思わず泣いてしまった

今まで何やってたんだろう、何であんなものに必死になってたんだろう

色んなことへの後悔がひたすらボクを襲う

辛い、苦しい、罪悪感って言うのかな?あぁなんかもうどうでもいいや

そんな状態のボクを女性が慣れた手つきで慰める

人間なのに、なんか安心するなぁ・・・・

とまぁ、それはさておき

どうやら彼女は小さなカウンセリングルームを構えている女性らしい

その延長で虐待などを受けた子供を保護する施設も運営しているんだとか

なるほど、道理であんな状態のボクを拾ったわけだ

彼女はボクに色々な質問を投げつけた

ボクはそれに何も答えない

信じてもらえないだろうし、何よりも状態が悲惨すぎて声が出なかった

声を出そうとすると喉の奥がツンとなって泣きそうになってしまう

すると彼女は「話したくなかったら話さなくてもいいし、行く場所がないならここにいていい」とだけ言ってくれた

ふと視線を感じて振り向いた

そこにいたのはボクと同じ年ぐらいの男の子

視線を合わせると目を逸らしてくるのが疑問だけど・・・まぁいいや

彼女はボクに暖かい部屋と暖かいベッドを用意してくれた

暖かい部屋で・・・暖かいベッドで寝るのは何年ぶりだろう

仕事をするようになってからは毎日冷たいベッドで寝てたから、これは安心できるなぁ・・・

なんて考えてた

気づくとあっという間に眠りの世界へと落ちていった

それが間違いだった

夢を見た、あの日の夢を

ニーの肉片を見せられたあの日の夢を

それで思わず飛び起きた

眠った事を後悔した

昔切ってしまった手首をかきむしった

かさぶたが取れて赤黒かった傷口が徐々に鮮明に赤くなってゆく

血がにじむ、痛い、痛い

誰かが右手をかきむしる左手にそっと手を置いた

そこで我に返った

うわああああ・・・・・手血まみれだよ

どうしよう、シーツ汚しちゃったし血が止まらないし・・・

とにかく謝罪とお礼を言おうと


「えっと・・・百合子さん?」


ボクはそうつぶやき振り向いた

するとそこには彼女はいなかった

代わりにボクと同じ年くらいの男の子がいた


「えーっと・・・とりあえず止めてくれてありがとう」


「あっ・・・その・・・・たまたま通りかかったら変な音がしたから・・・・」


その後はすぐに黙り込んでしまった

まいった・・・ボクもあまり他人と会話をするのが得意じゃない

とりあえずまずすべきなのは・・・


「えーっと・・・ボクは松葉凪斗、差し支えなければあなたの名前を・・・」


おい、何でこんな改まった敬語なんだよ

これじゃあ警戒心といてもらえないぞ、何やってるんだボク

仕事のし過ぎで頭おかしくなったのか?

自虐だよ


「えへへ・・・・俺は帝、天子帝だよ」


「あ・・・あまね?」


「うん、でもみんなにはミカちゃんって呼ばれてるから、そう呼んで」


「あ、はい」


「あと・・・敬語じゃなくてもいいよ」


「う・・・うん」


何でだろう?急になついてもらえた・・・・?

どちらにせよ、話せる人が出来たのは嬉しいな


百合子さんに拾われて3ヶ月ほどの時間が経った

その後もミカちゃんはボクと普通の友達として接してくれるし

百合子さんもボクに親切にしてくれる

なんなんだろう、ここは、人間ってどんな生き物なの?

管理する割には実際に関わって知ろうとしたことはなかったな

そんな事を考えながら食事を取っていた


「ねぇ、ナギ」


百合子さんからあだ名で呼ばれた


「え?なんですか?」


「ミカちゃんと仲良くしてくれてありがとうね」


「え?どういうことですかそれ?」


「あの子中々誰かに溶け込めなくてね、色々と複雑な子なのよ」


「そう・・・なんですか・・・」


複雑な子・・・か

どんなんだろう?

少なくともいわゆる「ぶらっくきぎょう」の「しゃちく」で2年間を無駄にしたボクと比べていい事ではないんだろうな

真相は知りたいけど無理に聞き出したくなかったから聴かなかったことにしてた

最も、その真相は今日の夜分かったけどね

その日も眠ることが出来なかったボクは水を飲みながら本を読んでいた

するとドアが乱暴に開き、泣きながらミカちゃんが入ってきた

入ってくると同時に鳴き声と嗚咽交じりに地面に倒れこんだ

驚いたボクはベッドから飛び降りてミカちゃんを起こした


「えっと・・・ミカちゃん?どうしたの?」


「うぅ・・・・ナギ・・・・・・ああああああああん!!!」


ミカちゃんの大声で泣く姿を見たのはこれが初めてだった

普段は泣くことはあっても静かに声を殺して泣く子だったからびっくりした

と同時に、どうして良いのか分からなかった

ひたすら抱きしめて「大丈夫」と声をかけることしか出来なかった

「大丈夫」?何が大丈夫なんだろう?

でもミカちゃんは落ち着いてきた


「ナギ・・・あのさ・・・」


「ん?何?」


「俺の話聞いてくれないかな?」


「うん・・・いいよ」


「俺さ、一応女優の息子だったんだよね」

「女優?娯楽のための映像に出演する女の人のこと?」

「まぁ・・・うん、でも俺小さい頃から体弱くてさ、よく入院したり頻繁に病院に行かなきゃいけなかったりしたんだよね」

「そうなんだ・・・」

「それでさ、ある日捨てられたんだよ弟が生まれてさ、あんな脆い子いらないって、路上に捨てられた」

「酷いことするね・・・・」

「でも、世間はそれを悲劇的な死・・・みたいな感じにでっち上げてお母さんは売れまくったんだ」

「すぐにでも殺してやりたいね」

「あ、いや・・・そうじゃないんだけどね・・・・でも百合子さんに拾ってもらえて今はここにいられるんだ、でも元々弱かった体と壊れた心は治ってくれなくて・・・」


「そうなんだ・・・あのさ、ミカちゃん、1個だけ質問いいかな?」


「何?」


「何でボクに声をかけてくれたの?そんな自分のことでいっぱいいっぱいなのに?」


ボクは思わず聞いてしまった

正直そんな状態じゃあ、人間不信にもなってるだろうし、自分のことで精一杯だと思う

それなのにボクみないなゴミクズを何で慰めようとしてくれたのか

思えばこの質問、相当失礼で傷つくことだったと思う

でもミカちゃんは笑って返してくれた


「辛くて・・・寂しそうだったからかな?俺みたいな子でも、誰かの力に慣れればいいなって・・・」


昔教わった

人間は自分勝手で醜い蔑むべき生き物だって

天使は似た姿を持っているけど、いっぺんの汚れもない美しい人間より優れた生き物だって

どこが?自分勝手で醜いのは天使のほうじゃないか

天界でここまで親切にしてくれる人はいた?

答えは簡単、いない

努力してる物が蔑まされ、見下され、利用される

楽する事を覚えたやつが、わががま言うのが得意なやつが、天使には向いている

本当にそうならボクは天使には不適合だ

ボクはミカちゃんに全てを伝える覚悟をした

「ミカちゃん、信じなくてもいいんだけどさ、ボクの事話していい?」


「うん、さっきまで俺の話聞いてくれたし・・・いいよ」


ボクは赤いパーカーを脱いだ

両腕の切り傷、胸の切り傷、そんなものはどうでもいい

天使だった頃から身につけていたクロスのペンダントに口付けをした

これが、下界で天使の証拠である白い翼を出すための動作

翼を完全に出し終えるとボクは引かれ、嫌われることを覚悟で言い放つ


「ボクは天使なんだよ、しかもボクは、君たちの寿命を好きに出来る立場にいる天使・・・だったかな?」


過去形で話す全ての事を

過労、いじめ、DVもどき

全てを吐き出した


「ミカちゃん、ボクの事嫌いになっていいからね」


「ナギ・・・俺は」


ドオオオオオン!!!!

部屋に鳴り響く重低音散らばる破片と窓ガラス

ボクはとっさにミカちゃんを庇う

白い翼と、痩せた自分の体で


「やっと見つけたぜ~な・ぎ・と」


「・・・・天子・・・・」


「あれ?おいおいおいおい、お前本当に凪斗か?」


天子はボクの顔をまじまじと見つめる

無理もないだろう、3ヶ月前とは大分姿が違うから

とりあえずクロスに口付けをし、翼を片付ける


「何しに来たの?天子」


「何って、お前のこと迎えに来てやってんじゃないか、大天使様がさ、お前のやったこと全部水に流してやるって」


「それで、また社蓄に戻れって言うの?」


「しゃちく?まぁともかく、前と同じように働く場所を与えてくれるし、給料も上げてくれるってさ」


「天子」


ボクは天子の目をしっかり見た

軽く息を整えると言い放つ


「ボクは戻らない」


「なっ!!」


天子の驚いた声が聞こえる


「何でだよ!あれだけのことして許してもらえたんだぜ、今すぐにでも戻るべきだ」


「嫌だ」


「チッ・・・あぁそうかよ、じゃあ好きにしろよ」


天子が案外あっさり引き下がってくれたことに少し安心した

ボクはすぐに警戒心を解き振り向こうとした

でもそれは出来なかった


「なわけねーだろ!!!」


「げぅっ・・・・・!」


お腹に衝撃が走ってそれが激痛に変わった

思わず痛みの走る部分に手を当てる

両肘と両膝を地面につけた土下座一歩手前のようなポーズでボクは咳き込み、戻す


「ゲホッ!!!!ゲホッ!!!!」


「バカじゃねぇの?お前さぁ、許してもらえるうちに許してもらっておけよ」


あぁ、そっか、天子の武器、靴だったなぁ

キックがものすごい威力になるとか言う


「ナ・・・ナギ!!」


ミカちゃんの声で我に返る

って言うか今声出すなよ


「なんだこいつ?」


「ひっ・・・・」


ミカちゃんの短い悲鳴が聞こえる

ボクはとっさにクロスを2回前歯で噛みボクの武器を取り出した

二丁拳銃、その銃口を天子の後頭部に当てる


「な・・・」


「天子!!何か一言でも言ってみろよ!!引き金引くから!!」


「お前そんな度胸もねぇだろうがよ」


このときのボクはおかしかった

迷わず天子の右足に銃口を向け、引き金を引いた


パァン!!!


渇いた銃声と共に、天子が倒れ悲鳴を上げる


「うわああああ!!痛ぇ!!!痛ぇよ!!!!なんてことするんだよ!!」


「大丈夫だった?ミカちゃん」


「う・・・うん」


「とにかく自室戻ってて、ここで見たこと、誰かに話してもかまわないから」


ボクはそう言い放つとミカちゃんを強引に部屋から出した

騒ぎを聞きつけた百合子さんも見えたけど、とにかくドアの鍵を閉め、現状を何とかすることに全神経を注ぐことにした

悲鳴を上げながらのた打ち回る天子のおでこに銃口を当てる


「さて・・・っと・・・天子、どうする?」


「なぁ・・・やめろよ、やめてくれよ・・・俺達親友だろ?」


「あんたと?ふざけないでよ」


「悪かったよ、いきなり蹴ってさ、でもな、お前が悪いんだぞ、お前が機械壊して逃げ出すから」


「そっか」


ボクは袖をまくり見せる

自分で付けた傷を、「Killing Me」の文字と共に


「なっ!?お前これ誰にやられたんだよ」


「松葉凪斗」


「どこのどいつだよそれ!!」


あぁ、こいつ頭悪いなぁ

皮肉が通用しない、ジョークも通じない

バッカじゃないの?何で生きてんの?

もう一発、今度は左足に銃弾打ち込んでやろうか


「自分でって意味だよ」


鼻で笑って言ってやった

あれ?ボクってこんなやつだっけ?」


「何でこんなことしたんだよ!!傷つけるならこの世界にいるゴミみたいな生き物でいいだろ!!動物なり人間なりさぁ!!」


なんだこの主張?


「天使は偉大な生き物なんだぜ!!だからさぁ、前みたいにやり直そうぜ!!凪斗」


「何度言われても答えはノーだよ」


ボクはそう言い放つ

あんな場所、二度と帰りたくない


「へぇ、そうなんだ~」


「先輩あきらめてくださいよ~」