PING-PONG-PING-PONG-PING-PONG-PING-PONG-PING-PONG-PING-PONG-PING-PONG-PING-PONG-PING-PONG-PING-PONG.....
救急車がブレイクダンス・ウィズ・サークルスタイルでトルネードを敢行している。決死のドリフト。焼き切れるタイヤ。一、二、三、四、回転はまだ止まらない。鳴りやまないサイレン。オーディエンスがそろってスタンディングオベーションを送る……
「うるさいッての!」
エーリアスはフートンをはねのけた。重装甲めいて思い瞼をどうにか持ち上げ、IRC端末を確認する。時刻は午前二時、ウシミツ・アワー真っただ中だ。夢の中で聞こえていた拍手喝采は実際ドアのチャイム音として今もとめどなく騒音を振りまき続けている。
「いいかげんにしろよ……もういいよ、いいって」
短い廊下を歩いて玄関に向かう。連打されるチャイム音をかき分けるようにしてドアに近づくにつれ、エーリアスの頭にある夜の出来事がよみがえってきた。それは比較的最近の出来事で、その時も決断的チャイムスコールで叩き起こされて玄関に向かったのだ。
「まさかな。またとかな。ないない、ハハッ」
乾いた笑みを浮かべてエーリアスは目の前に迫ったドアを開けた。むべなるかな、安っぽいネオンがまたたく夜景を背景にして立っていたのは斜めにずれたハンチング、肩からずれたトレンチコート、全身からアルコール臭を漂わせる長身の男。
「ドーモ、エーリアス=サン。ニンジャスレイヤーです」
「ドーモ、エーリアスです。ってやっぱりアンタなのかよ!」
「ウム」
ニンジャスレイヤー、ネオサイタマの死神とまで恐れられた男、フジキド=ケンジが今やただの酔っぱらいとして佇んでいた。しらふなら一睨みでサンシタニンジャを恐怖のどん底に叩き落す赤い眼差しが、今宵ばかりは泥濘のごとく濁ってエーリアスを見つめた。
「お邪魔する」
「アッハイ、じゃなくて!あのな」
エーリアスはとっさに止めようとしたが、無駄だった。フジキドは我関せずとばかりに歩みを進め、玄関への侵入を果たし、几帳面にドアを閉めた。
「あーもう。せめて靴は脱いでくれよ……」
「ワカッタ」
フジキドは素直に言うことを聞き、靴を脱ごうとかがんでバランスを崩し転倒した。安普請んのアパートに酷い音が響き渡った。
「おい、オイ?!」
エーリアスはしゃがんで倒れたフジキドの顔を覗き込む。眉根を寄せたままスウスウと寝息を立て――熟睡している。痛そうな音がしたわりにダメージは皆無のようだった。エーリアスは額に手をあて、ため息をついた。実際既視感どころではなく見たことのある後継だった。前と違うのはレッドハッグを連れておらず、一人で現れたことくらいだ。
「勘弁してくれよ」エーリアスはフジキドの頭をつつく。つついた拍子にハンチングが落ちたので、横に避けておいてやる。ジツで記憶を調べてやろうかと思ったが、やめた。よっぽどのことがあるかと心配した前回が、酔っぱらいにしか見えないというニンジャと戦うため泥酔していたという話だったのだ(本当か?)怪我をしているなり追われているなりするならまだしも、こんなに平和に寝こけているなら差し迫った事情というわけではないのだろう。多分。復讐の化身めいた彼だが、偶には我を忘れるほどに飲みたい日もあるのかもしれない。もしかしたら今日がその日だったのかもしれない。
「全く」
もう一度頭をつつく。少し強め。フジキドが起きる気配はない。
「飲みにいくならさ、俺も誘えよ」
硬い髪を梳くように撫でる。サラリマンのように整髪剤を使っていない彼の髪は、サラリマンじみて清潔に刈られている。ちくりと毛先が指をさす。
「あンたとメシ食うの、俺、嫌いじゃないぜ?サケ飲むのだってさ、きっと悪くないさ」
フジキドの頭から手を放して中指をたわめ、親指で抑えてデコ・ストライクの構えをとる。
「酔う前に来いっての!」
SMASH!HIT!フジキドの額に見事命中!しかしフジキドが起きる気配はない!眉根を寄せたまま熟睡スタイルを敢行する!ここまで無反応なのは逆に心配だ。エーリアスは様子を伺おうと顔を近づけた。その瞬間フジキドの腕が動いた。鞭めいてしなり、エーリアスの左足首を捉える!
「アバッ!?」
エーリアスは無様に転倒、尻を強打した。
「イテテ……」
打ち付けた尻をさすりながら立ち上がろうとしたが、フジキドの手は万力めいてエーリアスの左足を固定している。もういちどフジキドの表情をうかがう。眉根を寄せた寝顔、規則正しい寝息。どうやら覚醒せぬまま反応したらしい。指に手をかけ、外してみようとしても無駄だ。男と女の差なんてものじゃない、生物として根本的に違うのかと思うほどの力の差で1㎜も動かせない。フジキドに起きる気配はない。エーリアスに打つ手はない。もうどうしようもない。
「何なンだよもう……」
エーリアスは天を仰いで嘆息した。狭い玄関で収まりのよい場所をなんとか探し、目を閉じた。ここから動けない以上、今夜はこのまま夜を明かすことになりそうだった。
フジキドは鉄板のように焼けた石畳の上に放置され、苛まれていた。棍棒を手にしているが力が入らず体を起こすことすらままならない。どうにか頭をもたげようとして、逆に後頭部を強く打ち付けた。頭蓋が割れんばかりの痛みが反射してきた。フジキドは叫び声すら上げられず、ただ目を見開いた。
「……」
目の前に座り込んで眠る女の姿。エーリアスだ。背中を壁に預け、左膝を立てている。床まで視線を下ろして、フジキドは目をしばたいた。誰かの手に足首を掴まれている。己の手だ。手を放してガバと起き上がる。エーリアスも目を開いた。
「起きたか」
エーリアスは座ったまま伸びをした。コキリと肩が鳴った。
「ここは」
「俺のアパートだ。で、当然ここは玄関だ」
フジキドは己の身体を叩いた。トレンチコート。泥が乾き、皺だらけだ。髪に触る。ハンチング帽は無い。あった。廊下の上だ。
「あンた」エーリアスは足首をさすりながら言った。「無理やり入って来て、そのままそこにブッ倒れて、そのあと、テコでも動かねえ」
フジキドはエーリアスの足首を見つめ続けた。己の手の形のアザができている。
「跡がついちまった」
「申し訳ない」
「まあ、2回目でさ」
エーリアスは憮然として言った。
「何があったのかっていう話になるけどさ」
「つまり」
フジキドは立ち上がった。そして言った。
「整理しよう」