きみの晴れ姿
きみの晴れ姿
答えはおそらくミクである。ボーカロイドの代名詞たる彼女の人気は衣装にもかなりの影響を与えていて、元の服以外にも、普段着から着ぐるみまで服には事欠かない生活を送っている。
次にくるのは鏡音の双子だろう。とある物語でおなじみのゴシック調ドレスをはじめとして、学生服・和服・水着とこちらも枚挙に暇が無い。
となると、残るのは年長組だった。
「あんたなんかそもそも裸だったりするしね」
あっさりしたメイコの言葉に、カイトは心の中で涙した。〈仕事を選べない〉彼の場合、ついでに服も選べない――むしろ着せてもらえない時が多々ある。裸マフラーに褌一丁というスタイルが一部で定番となっている今、その言葉を否定するのは難しい。
「めーちゃんヒドイ……」
「なによ。歌ってるときはノリノリじゃない」
「それはまあそうだけど、やっぱり終わってから思い出すと恥ずかしいというかなんというか……」
女々しくのの字を書こうとするカイトの背中にメイコのエルボーが炸裂する。
「あーもう、うじうじしないの!だからわざわざちゃんとした服を買いに来たんでしょ」
今度こそ本当に涙ぐんで、カイトはひとつうなずいた。
実際、バーゲンセールののぼりが林立するショッピングモールに二人がいるのは、そういうわけだった。
きっかけは大掃除までさかのぼる。クロゼット整理のついでにとボーカロイド総出で大洗濯大会を催したまではよかったが、物干し竿にはためく服の格差にメイコが激怒。鯉のぼりのごとく宙を泳ぐ褌の群れに、さめざめと泣きぬれていたカイトの腕を引っつかんで買出しに繰り出したのだ。
「さーあ、買うわよ。絶対にあの子達を見返してやるんだから」
メイコの鼻息が荒い。どうやらリンとミクの微妙な笑顔を根に持っているらしい。ずんずんと先を行く背中から、燃え盛る真っ赤なオーラが見える――よーな気がしないでもない。
「めーちゃん、予算はわかってるよね……?」
対してカイトは及び腰。彼が心を痛めているのはあくまでネタ系の格好であって、ワードローブの多さについてはそこまで気に病んでいなかったりする。
「わかってるわよ。何のためにお年玉を前借りしてきたと思ってるの」
「その節は本当に迷惑をおかけしたなあ」
遠い目をしてカイトがつぶやいた。年の暮れの何かと忙しい時期にお年玉回収に回ったのだ。多少ではすまない迷惑をかけただろうに、笑顔で対応してくれた人々の心遣いが胸にしみる。
「そう思うなら、おしゃれして挨拶回りしましょう。みんな喜んでくれるんじゃない?」
振り向いたメイコが、茶目っ気たっぷりにウインク一つ。それでようやく、カイトに笑顔が浮かぶ。
「うん。そうだね!そうしよう!」
「じゃあ一旦解散ね。買い終わったらまたここに集合しましょ」
「え、別々なの?」
驚くカイトに、メイコが諭すように指を振って見せた。
「あのね。一緒に行動したら、あんたは絶対に荷物もちになるわよ?自分の服が買えなくなるじゃない」
「おれは構わないけど。めーちゃんが綺麗になれればいいし」
カイトはさも不思議そうに首をかしげる。一拍おいて、メイコは床を蹴った。神速で繰り出された拳が正確にみぞおちを突き、カイトは声も無く崩れ落ちた。
「『ふたりで』おしゃれして挨拶するんだから、私だけ着飾ってもしょうがないでしょ!あんたもちゃんと買ってきなさい!」
高く響く足音の残響とともに、メイコが遠ざかっていく。そのうなじがかすかに赤らんでいたと知る手立てを、うつ伏せたカイトは持ち合わせていなかった。……残念ながら。
それから、2時間後。
「ごめんごめん、お待たせ」
肩をたたかれて振り向いたカイトの、あごが落ちた。それたけでは落ち着かず、呆けたように目をこする。それもそのはず、ひらひらと手を振るメイコの格好ががらりと変わっていた。
「っ、めーちゃん、どうしたの?」
「あ、この格好のこと?いいでしょ。気に入ったからそのまま着てきちゃった」
口ぶりからも、メイコが上機嫌だと知れる。カイトは改めてメイコの全身を眺めた。ボディラインが華やかに浮き立つ深紅のワンピースと、シャープな黒いコート。目線が近いのはいつもより高めのヒールのせいらしい。
「えーっと。なんか、めーちゃんじゃないみたいだね」
「そういうカイトだって着替えてるじゃない」
「これは店員さんがすすめてくれて、断りきれなくて……」
決まり悪そうにしているものの、かっちりしたジャケットとタイの組み合わせをカイトはきちんと着こなしていた。バカイトからは想像もつかない真っ当さである。
ふたりのさまよいあう視線がふと絡む。
――瞳に映る、互いの姿。
「……似合ってるわよ」
「……めーちゃんも。綺麗だよ」
――見詰め合う時間は数秒も持たず、先に目をそらしたのはメイコの方だった。頬にさしていた赤みを振り払うようにうつむいて、提げた紙袋に手を伸ばす。それを見て、夢から醒めたようにカイトもポケットを探った。
「まだ早いけど、」
「もう過ぎたけど、」
もう一度目を合わせたタイミングと、二人して手を差し出したタイミングは計ったように同じだった。
「「誕生日プレゼント」」
目を見開いて、お互いの差し出したものに視線を落としたのも同じタイミング。
メイコはカイトが握るチョーカーを見た。
カイトはメイコが手にしたマフラーを見た。
噴き出すのまで、二人同時のタイミングだった。
「やだ、もう、同じことを考えてたわけ?」
「似たもの同士だね」
こみ上げる笑顔を抑えもせず、メイコは手を伸ばした。きょとんとするカイトの肩を軽くたたき、くるりとマフラーを巻いてやる。納得したようにまばたきしたと思ったら、カイトはあわてた様子でチョーカーの留め金をはずした。うやうやしくメイコの後ろにまわり、その首に這わせるようにチョーカーをめぐらせて、留め金をつける。
「これで完ぺ」
き、の声がカイトの腹の音にまぎれて消える。
「……あんた、そんなにおなか空いてたの?」
笑うよりも呆れが先立ち、メイコはため息混じりに尋ねた。何というか、今までの雰囲気が台無しである。
「だって、まだお昼ご飯食べてないし」
カイトはそっぽを向いて口を尖らせている。その頬がかすかに染まっているのは、やはり恥ずかしさのためだろう。
「私だってそうよ。……せっかくだからどこかで食べてく?」
「そうしよう! おれ、ダッツが食べられたらどこでもいいよ」
「その辺に案内板が無かった?適当にお店探しましょ」
「うん」
勢いよくうなずいたカイトが、ごく自然に手を差し出す。
まるで誘われたように、メイコも自分の手を重ね合わせた。
このあと二人がどこへ行ったかは――――カイトとメイコ、お互いしか知らない秘密である。