DUET ROBOT BIRD
DUET ROBOT BIRD
――あなたのための「歌う鳥」。
目を引くCMとわかりやすいキャッチコピーをくっつけて『カナリア』は売り出された。一世代前の歌声合成ソフトの後輩にあたる『カナリア』の特徴は、望みどおりの声で思いのままに好きな歌を歌わせることができるロボットだ、ということ。見た目はヒトガタだが、まさに自分だけの歌う鳥を手に入れられる、というわけである。
宣伝が功を奏したのと良心的な価格設定だったのが重なって、『カナリア』は一時話題を集め、ヒットを飛ばした。そしてヒット商品の常として、興味はないのに流行に乗りたいだけの人間にも買われた。そうした『カナリア』の行く末はほぼ3つ。
すなわち、しまわれるか、捨てられるか、はたまた処理費用をケチって売られるかのどれかである。
「特価品」と聞くと、意味もなく買ってしまう癖がある。
貧乏暮らしが板についた学生なんだから仕方ないと開き直りつつ、さりとて実家住まいのころからそうだろうと言われれば言い返せない。結局のところ、性分なのだ。
その日も壊れた棚の代用品を探そうとリサイクルショップに足を運び、処分品の棚でそれを見つけた。頭に小さな王冠を乗せた、少年姿の『カナリア』。展示品限定の特価品で、なんと正規品から8割も値引きしていた。あまりの安さに海賊版かと疑ったが、シリアルナンバーと保証書付の本物。
給料日後に加えて掘り出し物の棚を発見、なんてダブルコンボまで襲ってきたんだから、その『カナリア』を買ってしまったのはもう必然に近かった。
異変に気づいたのが帰宅直後。棚をほっぽりだして『カナリア』の電源を入れて、試しに一曲歌わせてみようと適当な曲をダウンロードしてみたのだが、うんともすんとも言わない。まさかミュートに設定してあるのかと確認してみたが、やっぱりそんなことはない。再起動しても、設定をいじくりまわしてみても、『カナリア』は口をつぐんでいるばかり。
一時間ほど悪戦苦闘して面倒くさくなり放り出した。返品しようかとも思ったのだが、購入したリサイクルショップは返品不可の看板を掲げている。処分には金がかかる。結局、『カナリア』は部屋の隅に放置と相成った。バカみたいに安かったのでそんなに腹は立たなかったが、やっぱり悔しいものは悔しい。次の日には「安物買いの銭失い」だと話して回って笑いのタネにすることで憂さを晴らした。
二度目の異変に気がついたのが、歌わない『カナリア』を買って五日目の夜中のこと。夜食用のお湯を沸かしつつ鼻歌を歌っていたら、どこからともなくかすかな音が聞こえてきたのだ。これはうわさに聞く心霊現象かと、はりきって音源を捜そうとした途端に音は止んだ。その後どれだけ耳を澄ましても声は聞こえてこなかった。原因不明の音ということで念のため『カナリア』を引っ張り出して確かめてみたが、電源を切り忘れていたことが判明しただけで、結局歌わずじまい。その日はそれでお開きにしたが、『カナリア』が怪しいのに変わりはない。起動したままで机の上に置いて監視することにした。
2日後の昼間、最愛のバンドの曲をスピーカーから流した時のこと。ボーカルが歌いだした途端、またまた音が聞こえてきた。というか、今度ははっきり歌声だとわかった。聞こえてきた方向は、言わずもがなの『カナリア』が鎮座まします机から。きたぞこれ、と拳を握り締め、確かめてやると耳を澄ます。
『カナリア』は、きれいな声をしていた。少年のかたちそのままのテノールは、さほど大きな音でもないのにくっきりとした軌跡を描いて耳に届く。そのくせ尖った響きがどこにもなくて、ふわりとやわらかい。
うかつにも聞きほれていたせいで一泊遅れて違和感がやってきた。『カナリア』の歌うメロディが、曲のそれとは異なっている。だからといって音程が外れているというわけではない。耳に届くのは重なり合い厚みを増して響く旋律。
気付いてみればなんということはない。この『カナリア』は、ハモリパートを歌っていたのだ。
曲の再生を止めると、『カナリア』はすぐ歌うのをやめた。どうやら、メロディを認識すると自動的にハモリ出す設定になっているらしい。・・・・・・ということを確認したはいいものの、『カナリア』の声が聞けないのがもったいなくて、寂しくて、たまらなかった。何か曲を流せば歌いだすのは目に見えている。もう一度同じ曲を流してもよかったのだが、なぜかふいに、口から声がこぼれでた。曲目は、ハッピーバースデー。
唐突な歌いだしにも関わらず、『カナリア』はすぐさま反応してハモリ出す。包み込むよう、というのではなく、あくまで凛と一本筋を通しながら寄り添ってくるような三度下。歌えることに感謝したのは、このときが始めてだった。『カナリア』の歌を、声を、ずっと聞いていたくて、短いハッピーバースデーを何度も何度も繰り返した。すっかり、『カナリア』のとりこになっていた。
『カナリア』は今も俺と声を合わせて歌ってくれている。このところの目標は、こいつに主メロを歌わせることだ。俺がハモリパートを歌えば『カナリア』が主メロを歌うのではないかと思い何度か試してみたのだが、そうは簡単にことが運ばず、ハモリのさらにハモリというちょっとわけのわからないことになっただけだった。
それでも俺は、こいつの歌が聞きたくて。
とけあわないようでやわらかい、びろうどのような声が聞きたくて。
今日もまた、悪戦苦闘を続けている。