初めてのお泊りデート。
ひとの言う「お付き合い」というやつを始めたのだから、そういう日も来る。そして恋人同士で泊まるということは、つまり、身体もつきあうステップを踏むときがきたということだ。少なくとも俺とあいつはそう認識していた。言葉にこそしなかったが、交わした視線に色が滲んでいたのはお互い様だった。同じ部屋で同じ夜を過ごすと約束した瞬間に、身体もひとつになると目と目で通じ合った。間違いなく同意は取れていたと言っていい。
ただし。
「……俺はお前に抱かれるつもりだったぞ」
「僕だってあなたに抱かれる覚悟を決めてきたんですが!?」
言葉無しで話が進んだため、双方の認識がバッティングしていたことに気づけなかったのである。
男には突っ込むための棒がある。突っ込まれるのに使える穴もある。セックス、それはすなわち(概ね)棒を穴に突っ込む行為。俺が男で恋人も男なら、セックスの時に俺は棒を使う側なのか穴を使う側なのか。可能性は半分であり、俺は穴を使う側のつもりで今夜のお泊りデートに臨んでいた。
まさかこいつも同じように考えているとは思ってなかったんだよなあ。
「だって告白してきたのはお前なんだからお前が抱く方だろ」
「告白するされると抱く抱かれるに関係性は無いですよ」
「関係あるって。お前がリードしろよ。言い出しっぺだろ」
「そんな企画提出したからプロジェクトリーダーもやれみたいなのやめてもらえませんか!?」
「告白もデートもお前企画だろ」
「おっしゃるとおりですけどね!?」
口角泡を飛ばす勢いで恋人こと上官こと北海道新幹線が熱弁をふるう。ついでにくしゅんとくしゃみをひとつ。ことに及ぶべく順番にシャワーを使い、いざベッドインというところで事態が発覚したため、こいつは腰にタオルを一枚巻いたきりのままだった。これからヤろうというところで湯冷めされてはかなわない。俺は適当なシャツを放ってやる。
ありがとうございます、くしゃみ交じりに言いながら上官はH〇Bグッズのシャツに腕を通す。そしてシャツを着終わると、きちんと膝をそろえて俺に向き合った。合わせてってほどでもないが、俺も腰を据えなおした。
「一応確認するが、ヤる気はあるんだよな」
「もちろんです!こんなチャンス絶対逃せません!」
食いつくような勢いで肯定した上官は、ふいに肩をすくませた。へにょんと眉を下げていかにも恐る恐るというようすで口を開く。
「……あの、本線も、ですよね?」
「おう」
俺は軽くうなずいた。こいつの告白を受け入れる時には、身体を重ねられるかどうかも考えた。あの時大丈夫だと思った気持ちは今も変わっていない。だから。
「まあ、お前とヤるのはいいんだよ」
「よかったあああ」
「でもまあ、別に急くものでもないし。とりあえず今日はやめとくか?」
「嫌ですよ!本線今しなかったら次いつしたくなるかわからないでしょ!今日!今!しましょう!」
だから僕のこと抱いてください!と、上官は勢いよく頭を下げる。
ふわふわになるまで乾かしてある白い髪。筋張った首筋。肩は俺より広いし背も俺より高い。頭を下げているせいで見えないが、白髪に薄紫の瞳という日本人離れした色彩が似合うぐらいには整った顔立ち。可愛い恋人さまの見た目は嫌いじゃない。嫌いじゃないんだが。
俺はぽりぽり頬をかいた。
「抱いてくださいって言われてもなあ。お前に相手に突っ込みたいかっていうと、別にって感じだし」
「エッ抱かれるつもりってそういう理由だからなんですか」
上官ががばりと頭をあげる。丸く見開かれた目に向かって、とっておきの笑顔を作ると白くなっていた頬がすぐに真っ赤に染まった。ほんと俺の顔が好きだよな、こいつ。
はくはくと口を開け閉めする上官に、俺は笑顔のまま首を傾げてみせた。
「頑張れよ。どうせ俺を抱く妄想したことあるだろ?」
上官はワッと顔を両手で覆った。
「それは!ありますけど!でも僕が……僕が……まだ札幌延伸もできていない僕なんかが本線の初花を散らすだなんて……耐えられない……ッッ!」
「初花を散らすとかお前なんでそんなに気持ち悪い言葉使いができるんだ」
「本線から話を振ったんじゃないですか!!」
言葉使いは気持ち悪かったが、こいつに俺を抱く気があるのはよかった。ところどころドン引きするレベルで俺を好きなのは知ってたけど、流石にベッドでどうこうするつもりで好きかまでは聞いたことが無かったし。そもそも聞いてたらこんなことにはなってないな。はは。
まあ、ということは、だ。
「お前は俺を抱く気はあると」
「うっ……ええと……」
顔を覆った指の隙間から、視線が右往左往してるのが見えている。向かい合った姿勢のまま、手を伸ばして肩に置く。びくりと震えるのを指先だけで軽くたたいてなだめてやる。いち、に、さん、し。徐々に震えがおさまっていく。ようやく落ち着いた上官は、それでもおそるおそるといったようすで顔から手をどけて、小さく「あります」とうなずいた。
ならいい。次だ。
「で、札幌延伸がまだだから自信が無くて手が出せないと」
「……いや、その、他にもいろいろありますけど」
「いろいろあるけどとりあえず札幌まで延伸したら抱けるんだな?」
「それは、その、まだちょっと悩んでいるというか不安というか」
また目が泳ぎだした上官の空いている肩を掴み、ぐいっと上半身を寄せた。鼻先が触れ合うほどの近さで揺れる瞳を覗き込む。
「お前の覚悟はその程度か?」
俺はお前に全部譲り渡して、受け入れるつもりでいるぞ。
そう続けると、上官殿はしばらく固まり──大げさに目をそらしてから、深々と、重々しいため息をついた。
「……その言い方はずるいです……」
「どうなんだよ」
もう一度目を覗き込もうとしたら、押し返されて距離を取られた。逃げた、とは思わなかった。上官は──俺の恋人である北海道新幹線は、きちんと居住まいを正して、まっすぐ俺を見据えていた。
「……抱けます。抱きますよ。ええ、僕はあなたから北の星を引き継いでいるんですから。ちゃんと胸を張ってあなたに向き合います」
「ならお前が俺を抱くのは札幌延伸まで取っておいてやるよ。自信つけてからもう一回来い」
「いい話風にまとめようとしてますけど、僕が抱かれる覚悟してきたのは無視ですし、結局今日はどうするんですか……」
「突っ込むとこまでは行かなくても、触って出すぐらいまではイケるんじゃないか?」
「それはまあ……」
「だから今日はコレはナシでヤろうぜ」
左手で作ったわっかに右手の人差し指を出し入れしてみせる。上官はみるみるうちにげんなりした顔つきになった。
「卑猥なジェスチャーはやめてください。……わかりました、いつか札幌延伸のあかつきには、きっと、あなたを抱いてみせますから……!!」
「まあ延伸できるかどうか怪しいけどな」
「持ち上げてから落とすのやめてくれます!?昨今の情勢的に本気で延伸ストップしないか不安でいっぱいなんですよ!!」
「はは。頑張れよ」
拳を作って訴える上官殿に、半身分、距離を詰めてキスをひとつ。ぱちりと瞬いて、ぶわっと染まった真っ赤な頬にもうひとつキスをする。
未来も、夜も、これから続いていくんだから。
「まずはキスから始めようぜ」