治療をして一番つらい痛みが消えていくと、「今度はなんだか違うところが痛くなってきた…」という経験はありませんか?
せっかく治ってきたのに悪化したのかな?と本当に不思議ですよね。
今回は論文などから、この現象についてできるだけ分かりやすくまとめてみました!
実はこれ、新たな痛みが発生したのではなく、人間の神経系に元々備わっている「痛みを隠すメカニズム」による生理的な反応なんです。
人間の身体に複数の痛みの原因(損傷やコリなど)がある場合、脳はそのすべてを同時に、同じ強さで認識するわけではありません。
最も強い痛み(主訴・痛みの信号)が脳に伝達されると、神経は「下行性疼痛抑制系」という痛みを抑えるシステムを作動させます。
このシステムは脳がかける『痛み感知のブロック』です。
ブロックのイメージは、こんな感じです。
脳:「今すごく痛い信号来てるから、他の弱い痛みは一旦ブロックして!」と司令を出す。
↓
下位の神経:「了解!他の部位からの弱い痛み信号をブロックします!」と働く。
↓
自分の感覚:一番痛い所以外の痛みをあまり感じ取れない。
とうい感じです。
専門用語ではCPM(Conditioned Pain Modulation)などと呼ばれます。
そして治療により「一番強い痛み」が取り除かれると、このブロック効果が解除されます。
その結果、それまで隠れていた「二番目、三番目の痛み」の信号が脳に届くようになり、新たに別の場所が痛くなったと感じるわけです。
このメカニズムについてまとめられた、歴史的にも非常に権威のある論文です。
論文名: Diffuse noxious inhibitory controls in man. Involvement of the spinoreticular tract
掲載誌: Brain (1990)
内容: 世界でもっとも権威ある神経学のトップジャーナルのひとつ『Brain』に掲載された研究。「痛みが痛みを打ち消す(当時の呼称でDNIC、(DNIC と CPM は同じ現象))」という現象を、人間で初めて詳細に証明したレジェンド級の論文です。これ以降の痛みの捉え方を変えました。
「じゃあ、人間は同時にいくつまで痛みを感じられるの?」という疑問が湧くかもしれません。
結論から言うと、「厳密に〇個まで」という絶対的な上限が解剖学的に決まっているわけではありません。
しかし、脳の情報処理能力の観点から制限がかかります。
痛覚は、身体の異常を知らせる警告システムです。
複数の箇所から同時に警告が送られた場合、脳は生命の危機に直結する可能性が最も高い「最大の脅威(一番強い痛み)」の処理を優先します。
前述の仕組み(CPM)が働くため、局所的な強い痛みがある場合、意識に上る明確な痛みは事実上「1か所(またはごく少数)」に限定される傾向にあります。
ヒトが持つこの痛み抑制の能力について、世界基準のガイドラインをまとめたコンセンサス論文です。
論文名: Recommendations on practice of conditioned pain modulation (CPM) testing
掲載誌: European Journal of Pain (2015)
内容: イスラエル工科大学のYarnitsky博士をはじめとする世界のトップ研究者たちが集結し、痛みのマスキング効果(CPM)の評価方法を国際的に統一した論文です。これにより、CPMが単なる「不思議な現象」から「世界共通の客観的な検査項目」へと昇格しました。
治療後に別の部位へ痛みが移動したように感じる現象は、元々隠れていた別の問題箇所が顔を出したに過ぎません。
つまり、「一番強い痛みが確実に軽減している」という証拠でもあるんですね!
「痛みが移動した」と不安にならず、新たに現れた二番目、三番目の痛みに対しても順次アプローチしていくことで、身体全体の痛みをしっかりコントロールしていくことが可能です。
「慢性痛患者では痛みのブロック(CPM)が弱まっている」ことを証明した世界的に有名な論文になります。
論文名: Conditioned pain modulation in populations with chronic pain: a systematic review and meta-analysis
掲載誌: The Journal of Pain (2012)
内容: 30件の研究(患者計778名、健常者664名)を統合して解析した結果、慢性痛を抱える人は健常者に比べて「痛みが痛みを打ち消す能力(CPM)」が大幅に低下していることを突き止めた非常に重要なメタ解析論文です。
「痛みが移動した」と感じるのは、この弱まっていた「痛みのブロック(CPM)」が、治療によって本来の機能を回復し始めた(正常に働き始めた)プロセスであると解釈できると思います。
今回の内容を3つのポイントでまとめます。
人間には、複数の痛みがある場合、最も強いもの以外を自動的に脳へ感知させない「下行性疼痛抑制系(脳のブロック)」が備わっています。
治療で一番の痛みが和らぐと、脳がかけていたブロックが解除されます。
その結果、二番目、三番目に控えていた古い痛みが感知できるようになり意識に上ります。
この現象は注意力が散漫になったから起こる心理的なものではなく、脳を経由するれっきとした神経の反射であることが研究で証明されています。
治療を進める中で「今まで痛くなかった場所」が気になるのは、一歩前進したサインです。
強い痛みから一つずつ丁寧に取り除いていくことで、最終的には体全体の痛みのレベルを下げていくことができます。
もし新しい痛みが出てきたときは、遠慮なく教えてくださいね。
それが「次に取り組むべき課題」です。