不安は私のいのちやもん。
不安とられたら生きようないがんないか
山崎ヨン
不安のない人生が幸せとは限らないですもんね。
新興宗教の方がこられて、「婆ちゃん、不安はないか」言われて
「そうか、ご苦労さんやねえ。不安の世の中でねえ。そやけどこの不安、あんたらにあげてしもうたら、ウラ、なにを力に生きていったらいいがやろね。不安は私のいのち(・・・)やもん。不安とられたら生きようないがんないか。ウラ、まだ死にとねえもん」
20260201
淨念寺ホームページの願い
コロナ時代を機会にインターネット上から仏法を伝えようとホームページを創りました。このホームページはとても稚拙です、とても全世界に向けて公開する内容ではありません。それでも淨念寺の門信徒の皆様に向けて、インターネットを介して少しでも仏縁が広がれば幸いに存じます。
→ニュースに追加20260116
→浄土真宗関係に追加20260109
→門徒さんのお仏壇20251101
→住職の独り言20260117
接寺報恩講法要が近づいてまいりました
20260124
向かい風を感じているのは
進むべき方向を
あなたが知っているから
面白い言葉ですね。
逆風を「苦」と受け止めて、「人生は苦である」というお釈迦さまと重ねてみました。
そして親鸞聖人のご和讃で味わってみました。
罪障功徳の体となる
こおりとみずのごとくにて
こおりおおきにみずおおし
さわりおおきに徳おおし
『高僧和讃』曇鸞讃
小倉組としてホームページのリニューアルが進んでおります。
その一環で各寺院でInstagramを始めましょう!となりました。
個人的なSNSとは違いますので、おっかなビックリ進めて降ります。
良かったらフォローをお願いします。
https://www.instagram.com/jyoh.nen.ji/
親鸞聖人は弘長2年(1262年)に90歳で往生なさいました。
新暦では1月16日、京都西本願寺では御正忌報恩講法要が厳修されます。
15日の夜から通夜布教が開催されます。
16日の日中法要(10:00)までLIVE配信があります。
浄土真宗寺院にとって、大切にされている親鸞聖人のご遺徳を偲ぶご命日法要です。
どうぞご参詣ください。
令和8年1月31日(土)
昼席 13:30~
令和8年2月1日(日)
昼席 13:30~ 夜席19:00~
令和8年2月2日(月)
昼席 13:30~
講師 栗原一乗師
鳥取浄徳寺にて集録
旧年中は大変お世話になりました。
本年もどうぞよろしくお願いします。
変化の時代、
今こそ仏法の新しいカタチが生まれそう
お念仏の新しい伝わり方に出会ったり
門信徒の皆さんと、ともに新しい時代を歩みたいと思います。
令和8年に修行の年回忌は以下の通りです。お寺との約束は早めにお願いします。
一周忌 令和7年往生
三回忌 令和6年往生
七回忌 令和2年往生
十三回忌 平成26年往生
十七回忌 平成22年往生
二十五回忌 平成14年往生
三十三回忌 平成6年往生
五十回忌 昭和52年往生
・門信徒の仏事は本堂をご利用下さい。門信徒の皆さんからの寄付で建ったお寺ですから使用料は不要です。
控室や待合室もあり、参拝者専用駐車場(20台)もあります。
淨念寺門名簿徒外(縁者)の方から本堂使用のご依頼もあります。
一ヶ月前からの予約開始とお布施とは別に淨念寺護持のための冥加金5000円以上をお願いします。
・本堂での法事の配信を希望する方へ
電源、LANポート、LANケーブルは用意しています。
プロジェクタ、スクリーンも事前連絡下されば用意は可能です。
一年の最後は「除夜の鐘」
浄念寺門信徒に限らず、どなたでも参加できます。
一年の最後と最初を浄念寺で迎えませんか?
108の鐘の音で煩悩を滅すると言われます。
一年間を振り返り、煩悩の身である私を知るのも「除夜の鐘」
どうぞご参加下さい。
日時 2025年12月31日(水)23:40~
23:40 鐘楼前で勤行
23:45 除夜の鐘(108回)
0:15 終了
0:30 元旦会(本堂にて)
1:00 終了
会所 屋上鐘楼にて(3階より屋上にあがる階段があります)
靴を持って、寒くない服装でご参加下さい。
12月の法話を大晦日に配信です。
「自己責任」という言葉を当たり前のように耳にします。
力強い言葉ですが、人間を分断していく言葉のように聞こえます。私たちの「お念仏」や「他力」とは反対の言葉のように感じます。
「幸福はいくら人にわけても減る事はない」
豊かさを教えてくれるブッダの言葉です。
新院がロサンゼルスから、同じカリフォルニア州のサリーナスやモントレーの寺院を任せてもらっているそうです。
SNSを通じて彼の住職として活動を発信しております。
オスロ市のノーベル平和センター、その前のモニュメントに刻まれた文字がネルソン・マンデラ氏の「最高の武器は座って話し合いをすることだ」
武器を捨て鎧を脱いで対話をする
ボクは大無量寿経の法蔵菩薩の出家とイメージが重なりました。