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「これは貴方のせいじゃないわ、右舷」
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「ゆえはユエのために、ユエに未来を見せるためにやるの・・・!」
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「今っ!静謐一閃!」
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「とことん上手くいかないんだ、運はいい方なんだけどな~」
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来世では幸せな日々をどうぞ。
第7試合
キアラ vs 右舷・左舷 vs ユエ
ステージ:ゴーストタウン
ꕤꕤꕤꕤꕤꕤ
「最近は飛べない子らに合わせてスクリーンのある部屋を用意していましたが・・・今回は特等席ですね」
そう言ったイズは、屋根と壁との境に出っ張るようについた小窓の上に座っていた。
「はい、イズさま。ただ・・・・・・」
「なにか問題でも?ルミエル」
「直接見るというのは・・・やはり、心が痛みますね」
の小窓の上の屋根に立ったルミエルを慰めるように、ぬるい風が頬を撫でる。
スクリーン1枚を介して見ていた時も無力感を感じたが、直接見るとなったらなったでやはり、手を差し伸べることができる場所で見るだけという状況にルミエルの心が痛む。
「今日はそこから見ているのね」
下からそう声をかけてきたのはキアラだった。
見かけたからたまたま声をかけただけ、そんな顔をしながら天使の2人を見ている。
「はい。わたしは飛んで移動できますから・・・」
「そう・・・・・・」
「聞いておいてその反応だけですか」
イズが脚を組み直しながらため息をつく。キアラはその態度も特に気にとめていないようだった。
「ええ、誰がどこでどう見ていても今は関係ないもの」
『私もどうでもいいわ、キアラ。あなたさえいるならなんだっていい』
「・・・・・・」
キアラは迷うように地面を向き目を伏せるが、またまっすぐと視線を前へ。
『まだ頼ってくれないのね。でもいいの、キアラが頼りたいときに私を呼んで?』
その言葉に返事をせず、キアラは靴音を鳴らしながら町中へと消えて行った。
方、双子は寂れた広場の真ん中で、開始場所を決めあぐねていた。
というのも、今回は今までにないほどに障害物や遮蔽物が多い。隠れながら行動するにはいいが、今回は重火器が居ない。射線を切る意味もないのだ。
廃墟と化した大量の建造物。迷路のように複雑な路地裏。街灯もついておらず月明かりが頼りな上、うっすら霧が出ているような気もする。
それに、全員が長物の類で、大きく振る事ができない可能性というデメリットはなかなかに大きかった。広場で2対1になれたら強いが、1人ずつ来てくれる保証もない。
かといって、大声で呼んだところでその声で場所を知ったもう1人が来ない確証もない。
そんな時に、視界に入ってくる長い髪。
「・・・・・・ユエさん」
「ユエもどこで開始するか迷ってた?」
「・・・・・・うん、まあ。でも2人がいるなら、ゆえここは遠慮する」
2人のギラギラとした獲物を狙う目にユエは顔を顰める。ここにいれば、最初に双子の餌食になる。その事が嫌という程わかった。
ユエは自身の経験不足を理解し、そのリカバリーができるような状況を待つ・・・という作戦を立てている。平たくいえば、先にキアラと双子を闘わせ、体力をけずるのだ。
疲れきった相手との戦闘ならば、互角くらいにはなれる可能性がある。それに、キアラがそこで狂化してしまえば、ユエとの戦いの時には使えなくなっているだろう。
双子の視線と月明かりを背に受けながら暗闇の中へと身を隠そうとした。
「・・・・・・。全員ここにいたのね」
が、そうも上手くはいかないらしい。
話したくなさそうな様子ながら言葉を紡いだのは、最後の1人キアラだった。これで4人が広場に集まってしまったことになる。
「(ゆえの狙いからずれる・・・早く離れないと・・・)」
ユエは目の前に現れたキアラを避けて進もうと歩を進める。
その腕を掴んだのはキアラだった。いや、掴んだと言うよりも縋るように見えたかもしれない。爪が食い込むことは無いが、振りほどけないほどの力で掴み、じっとユエを見ている。
「な、なに・・・・・・」
「貴女が苦しんでいるように見えるから・・・救いたいの」
『救う』という言葉に最初に反応したのは右舷だった。眉間に皺が寄る。双子にとってユエが狙われること自体は、むしろ大歓迎だ。敵が減って、キアラも体力を使う。
だが、救うという傲慢な物言いが試験開始前から気に入らなかった。自分勝手な救いは、そう言っている本人だけの救いでしかないのだから。
そんな右舷に気がついた左舷が小さく笑う。
「いいよ、右舷。俺も一緒にやるから」
双子は作戦が決定したようだ。2人の決着を待つのではなく、2人の隙をついて畳み掛ける。最初はユエに加勢する形でキアラを攻撃。殺せたらユエを狙う。
「・・・・・・」
キアラも双子に向けられる殺気に無言で視線を向ける。キアラにとっては、双子も救済対象だ。
「みなさまいつの間にかここに来てたんですね・・・・・・!」
「集まってますね。まあどこから開始してもらってもいいです。準備はいいですよね」
そこに合流するルミエルとイズ。準備はいいかと聞いたイズは、返答を聞く気がない様子でいつものように魔法陣を口元に展開する。
「7回戦、キアラ 対 ユエ 対 右舷・左舷。ステージゴーストタウン。時間は無制限、最後の1人になるまで」
「開始」
ꕤꕤꕤꕤꕤ
開始の合図で真っ先に武器を構えたのはユエ。
空いた手でカッターを持ち、固定された手も器用に使い刃を出して、腕を掴むキアラに向かって刃を振り上げた。
ユエにとっては半分脅しで半分攻撃。
本当は傷つけるのが怖い。だってカッターはあくまでも文房具で、殺し合いのための道具じゃないから。今まで人を傷つけた経験だって、全部他人から。
キアラはそんなユエの心情をわかっているかのように、腰を少し捻るだけで軽々と避けた。軽い気持ちの攻撃は当たらない。そう言いたげな視線が刺さり、ユエは思わず一歩下がる。
その動きに合わせてキアラの軸がほんの少しブレた瞬間。
そこを見逃さなかった右舷と左舷が同時に一気に距離を詰めにかかる。刀の柄を握り抜刀の構えで姿勢を低くし標的2人の懐へ。
右舷がキアラ、左舷がユエを狙って一直線に向かっていく。
勢いを殺さず一気に切り上げた。刃先が美しい左右対称の軌道を描く。
だが、近づくのに数秒要している。その時間でキアラはユエから手を放し、身をひるがえして踊るように避ける。ベールが肩にまとわりついて離れる。
避けきれなかったのか頬の肉を切り裂かれるが傷は浅い。
ユエも、咄嗟にカッターで応戦し、刀身をはじく守りの姿勢に入っていた。肩を斬られるが、その斬撃を受けたのはほとんど衣服で、血はほとんど出ていない。
ユエの加勢をするつもりだったが、これは同時に殺せるタイミングだ。そう思ったが、難しいらしい。
だが1度やってしまえばもうユエに加勢だなんて言ってられない。敵だと完璧に認識されただろう。だが、それならそれでここで殺すまで。
両方の攻撃を避けられると双子は立ち上がり、もう一度武器を構えなおす。
「や、やめて・・・・・・!卑怯だよ」
「殺し合いの場で卑怯はないでしょ」
「そうですよ、こちらは数の有利を戦略的利用したまで」
右舷が右足を軸に向きを変え左舷と共にユエを追い込む体制へ入る。
「っ・・・!」
ユエが覚悟を決め、刃を更に出す。うまくいけば身体を両断できるほどの長さに、どのような攻撃が来るか察した右舷が「2歩退避」とつぶやけば、ユエの横振りと同時に2人は同じだけ退がってそれを避ける。
マントがひらりと翻り、闇夜で派手な色が映える。それはまるで警戒色のようだった。
逃げ遅れた毛先がぱらぱらと舞って闇に消える。
しかし、それを待っていたかのようにキアラの突きの攻撃。頭を狙った必死のものだったが、殺気を感じた左舷が右舷の肩を叩き合図するとまた同じ動きで身をかがめる。
攻撃したと思ったら避けて、また攻撃して。共闘もない攻防戦。
今度は双子が場所を入れ替えるように左右別の方向へ動く。左舷は右のユエへ。右舷は左のキアラへ。
これも混乱させるための、作戦の一部だ。2人いる強みはやはり数の有利。
背中を守り合うように体制を取り、互いから敵を遠ざける動きで軍刀を振るう。
右舷の攻撃を避けようとしたキアラだったが、彼は避けられる前提のブラフの動きをしていた。避けられた瞬間に戻して頸の近くを突くような動きの後に振り払うように大きく外へ。
首を狙っても避けられることはわかっている。だから狙いは動揺を誘うこと。
「・・・・・・!」
アラの赤い瞳が揺らぐ。左右不釣り合いの長さになったことが感覚で分かる。頭の重みが違うのだ。
「今っ!静謐一閃!」
右舷がさらに攻撃を仕掛ける。強力な斬撃を守られていない、キアラの胸元へ。
暗闇に火花が散る。キアラがパルチザンの短辺で受け止めたのだ。だが、そう簡単に受け流せるものでもない。受け止めた部分にひびが走り、表面がぽろぽろと崩れ地面へ輝きながら落ちていく。
キアラはそれを一瞥した後、逃げるように地面を蹴って飛び退いた。充分離れると、残った長い髪を掴み、パルチザンの残った刃部分をあてる。
右舷は彼女の身体能力を知っているため安易に近づけない。下手をすると、そのままグサリと刺される・・・そう感じ、本能に足止めを食らっているのだ。
自分が死んだら左舷も死ぬ。その実感が冷や汗となって頬を、首筋を流れる。
冷たい風と真逆に心臓はぐつぐつと血を煮立てているように感じた。
キアラの髪が徐々に切れていく。頭皮が軽く引っ張られるが気にせず進める。ぶつぶつ、ぶちぶち、と音をいくつも音が重なりながら切れたあとの長い髪が毛束を掴む腕に垂れ下がる。
出会った頃の、艶のある美しい髪の面影は薄く、手入れが滞っているのだろうと言うことが嫌という程わかった。
ぷつん
最後の1本が切れると、肩より上の高さでざんばら髪に近い切り口で切り揃う。キアラは切った髪を握っている拳を右舷の方へと突き出した。
「これは貴方のせいじゃないわ、右舷」
右舷は解っていた。
これは慰めなんかじゃない。
『貴方の精神攻撃なんか効いてない。
髪を切りそろえたのはそうしたかったから』
そう言いたいのだと。
アラは手を開き、風に切った髪が舞う。
右舷が次の攻撃に備えた間に、彼女は闇夜に身を溶け込ませて消えた。
ꕤꕤꕤꕤ
一方、左舷はユエを逃がさぬよう攻撃を続けていた。
ユエは防御しきれないと思った攻撃は思ったよりも軽々と避ける。本人は必死のようだが、左舷から見るとまるで軽くいなされているような・・・
とにかく、今ここで殺れるのなら終わらせておきたい。左舷はそう考えていた。今戦って余計そう思う。なんせ、ユエはすばしっこい上に悪運が強いと見受けられる。
「ねえ、ゆえになんか恨みでもあるの・・・!?あの子を倒しに行った方がいいと思うんだけど・・・・・・!」
ユエが珍しく前へ出る。左舷は同じだけ下がって距離感を保つ。
「キアラは強敵だしもちろん殺しておきたいけど、ユエも生き残ってたら右舷も俺も生き残れないでしょ」
「そうだけど、順番があるでしょ・・・っ」
左舷がユエの再びの大振りを避け、勢いが少し落ちた刃を交えるようにして止めにかかる。
「実戦経験はこっちが上だよ」
「知ってるそんなこと!」
だからこっちは逃げたいの、とユエは続けようとしたが当たり前のことを言ってもしょうがないと頭を左右に振って。
「ゆえは生き残らないといけないの、シュエットって呼んでくれた人はもういないけどっ・・・ユエのために!」
「それって自分のためってことでしょ。そんなのみんな一緒だけどっ!」
左舷の蹴りが腹に入り、ユエがふらつく。
「(闘いだとこんなことするの?さいあく・・・ユエの体でもあるのに・・・)」
「ゆえはユエのために、ユエに未来を見せるためにやるの・・・!」
自分のせいで殺されたあの子。あの子を報いるためにやってきた。やってきたはず・・・だった。途中でユエじゃない自分を手に入れてしまった罰なんだろうか。
大切なものをまた自分のせいで失った。
「(本当はこんな痛い思いをしてまで・・・)」
彼の最後の言葉が脳裏に浮かぶ。
『さようなら、もう会うことがないよう願っているよ』
彼のためにも、すぐには会いに行けない。
追撃で突いてきた刃を避けきれず首の付け根が切れる。痛いが、あの子の痛みはきっとこの程度ではなかった。
ユエはカッターの刃を1枚分折ってすぐに左舷に投げつけた。まだまだ切れ味はいい刃だ。これに当たれば怪我は必至だし、当たらなくても避けるロスタイムが生まれる。
左舷がどう出るかを見ずに、ユエは彼に背を向け走り出す。幸い建物のおかげで影が多い。服の色味のおかげもあり、足音さえ気をつければ巻きやすいだろう。
「あーあ、やられちゃった・・・」
左舷はギリギリで軍刀を使い刃を払ったが、その間視線は飛んできた刃にあった。そのせいで、ユエを見失ってしまっていた。
右舷の方に加勢しようとそちらを見ると、ちょうどキアラが逃げてしまった様子を目撃する。
「とことん上手くいかないんだ、運はいい方なんだけどな~」
ꕤꕤꕤ
しばらくして・・・
closeと筆記体で書かれた札がかけられたステンドグラスのような様相のガラス細工がはまった扉に、小さな小物と手描きのメニューが置かれた机。
いわゆる『雰囲気のあるカフェ』で右舷と左舷は身を潜めていた。
もっとも、すべて埃をかぶっていて、素敵な様相とは言い難いが。
カウンター席の裏側、グラスや酒瓶の入った木箱が収納に収められているのを横目に声を潜ませ作戦を確認する。
「右舷、一旦立て直した方がよさそうだよね」
「左舷、そうですね。あくまでも2対1を保つのが重要ですよ」
暗闇の中、天井近くで月光に照らされた埃がキラキラと輝く。
綺麗とは言えない店内ではあるが、悪いことばかりでは無さそうだ。
「・・・・・・先に狙うとしたらキアラだと思うんだけど、右舷はどう思う」
「ええ、そうですね。ユエさんの方が戦闘経験が浅い。逃げ足は厄介ですが、後に回して問題ないでしょう」
どこからか隙間風がひゅうひゅうと高い音を鳴らす。
その風で金属がカタカタと動く音。店先のドアベルまで小さく音を奏で、2人の熱された体を冷気で冷やす。
この辺は全てゴーストタウンとやらになっているらしい。廃墟の集まりで、忘れられた街。つまりは人が居なくなったあとの街なのだそう。みんなみんな、いなくなったのだろう。
右舷と左舷は目を瞑り、共に深呼吸をした。肺を満たす妙に甘ったるい香りに、積もりに積もった埃の年代を感じる。
隙間風の音ももう聞こえない。冷たい空気もふきすさんでいない。2人だけの世界に入ったような感覚。
思い出すのは、やはり約束。必ず帰ると彼は言った。
「左舷、必ず生き残りましょう」
「右舷、もちろん俺もそのつもり」
ここまで犠牲にしてきたものを、友の命を、愛しい人との別れを、無駄にするわけにはいかないのだ。
もう誰とも会えないのならば、ここでさらに命を落としたところで得がない。そもそも、あの世でもあったとして、来世もあったとして、果たして片割れと共にその道を歩めるのか・・・
その点がはっきりしない以上、簡単に命を手放してしまう無責任なことはできない。何よりも大事な、命にも変え難い片割れ。
文字通り、『1人では存在できない』。
ずっと実感のある、命を共有しているような感覚。
2人を包む、妙に静かな空気。
嵐の前の静けさのような___
「ごきげんよう!それではお元気で」
不安になる静寂を破って降ってきたのはキアラ・・・いや、キアラの身体を借りた彼女の声。
応戦しようとして間もなく襲ってくる、腹の異物感と熱さ。
驚きで声も出せない。右舷から流れた血がパルチザンを伝って左舷へと注がれ、白い服を染める速度を早める。
「あ、」
「ごめ、俺・・・」
目を瞑っていたせいだ。目を開けていればキアラが侵入してきていたと気がつけた!
自身を責める左舷の頬に、右舷は手のひらを当てる。
「ふたり、の、せきにん・・・です」
手袋越しでもわかる、頬に当たる冷えきった手のひらの感覚に、左舷は自身の手を重ねる。それでも温まることはなく、むしろ自身も冷えて来ていることに気がつくこととなった。
「ふたり一緒に送ってあげられそうでよかったわ、その方が“救われる”ものね!」
キアラはそう言って笑うとパルチザンを引き抜く。
左舷の身体がぐらりと揺れ、右舷が支えようとするが、支える力が残っていない。そのまま押し倒される形で倒れ込んだ。
互いの耳元で「ひゅー、ひゅー、」と隙間風のような音が鳴る。
隙間風。あのとき短い間しか聞こえなかったのはキアラが裏口の扉を開けたことで鳴ったからだ。
今更気がついても仕方が無いことに気が付き、双子は思わず小さく小さく笑みをこぼす。
「さげ、ん・・・また、いしょ、に」
「うげ、ん、ずっと・・・いしょ、だから、」
大丈夫だ、絶対に一緒にいる。互いに片割れの意思を確認すると、安心したように目が閉じられる。
「救済終了かしら。苦しみからの解放ができてたらいいのだけど。そうしたら、キアラも喜ぶもの。
Live, Love, laugh and be Happy♡」
“合図”を楽しそうにつぶやくと、キアラは恭しくお礼をする。
来世では幸せな日々をどうぞ。
ꕤꕤ
カランカラン
出入口の扉を開けるとドアベルが軽快に鳴る。珍しくあまり錆び付いていないのだろうか。
キアラは満足気な表情で店前の道を見回した。
あの忌々しい口付けをされた髪も主人格のキアラが切り落とし、今はいいことしか起こっていないのだから、上機嫌も納得である。
さらに、あとはユエを始末出来れば、キアラが生き残ることが出来る。
心が壊れたキアラのことだ、きっと勝利さえ拒絶の心を持つが、もう1人の彼女である“キアラ”は『私が護ってあげる』その一心であった。
「ユエ、出てきてくれるかしら~?“私”がお相手よ」
キアラが楽しそうにどこにいるかも分からないユエに声を掛ける。向かいの床屋を覗いて、ワンブロック先の家のドアに触れて、隣の玄関の花の植わってない花壇を指先でなぞる。
楽しげに移動し、街を周る。
そしてふと感じる___殺気。
ひらりと避ければ、ガシャンと硬い音。先程までいた場所に、粉々になった植木鉢があった。
上をむくと、急いで隠れる紫髪が見切れる。
「みぃつけた・・・♪
屋内で闘うより、出てきた方が良いわよ。待っててあげるから、出てきたらどうかしら?」
ユエは冷や汗を流しながらその声に応じるか迷っていた。応じたところで、長者同士だから結局体力勝負かもしれない。だが、室内は室内で、狂気状態の彼女の動きを抑え切れるか・・・
いや、無理だろう。1回戦で壁を走って見せた彼女なら、きっといろいろな家具を足場にして動き回ることも可能だろう。
最悪のもしもを想定するなら外だ。
ユエは一応窓から見えない位置に移動してから立ち上がり、階段を目指した。足音をあまり鳴らさぬようゆっくりと降りる。物音がたたないように、武器もしっかり抱き込んで。
ドアに嵌ったガラス越しに見えるシルエット。キアラは本当に律儀に待っているようだ。
だが、開けた瞬間に攻撃をされることも考えられる。
カッターの刃を折って新しくし、構えてから道へと出る。
「ね、ねえ・・・右くんと左くんを一緒に倒そう」
「その必要はないわ。もう殺したもの」
「そ、そうなんだ」
右舷と左舷を殺してきたのが本当かは分からないが、本当にそうなら僥倖。キアラを殺し切れるかは不明だが、殺せたら自分が勝者になれる。
「ああ・・・でも、そろそろ時間切れかしら。ごめんなさいね、おはよう。“キアラ”」
「・・・・・・!」
キアラの身体がガクン、と脱力したかと思えばゆっくりと頭を持ち上げる。
「(人格が入れ替わった・・・?じゃあ、今なら・・・!)」
ユエはカッターを振るい、胴から胸を一線で斬ろうとする。
だが、立ちくらみでもしたのかふらりと身体が動き、結果的に避けられてしまった。胸の柔らかな肉に浅い切り傷だけが残る。
「ユエ・・・ああ、私、貴女を私自身の手で救うのね」
「違う、ゆえはそんなこと望んでない。誰も救って欲しいなんて言ってないもん」
キアラはユエの言葉を聞かずにパルチザンを肩口に差し込む。
「あ゙、・・・!」
ユエは歯を食いしばり、痛みに耐える。
「ユエの身体に何するの・・・!」
「位置がズレちゃったわ、ごめんなさい。苦しみは長引かせないわ」
「だから、頼んでないの!そんなこと!」
アキラのパルチザンをカッターの持ち手部分で弾く。刺さっていた部分がユエの肉を切り裂きながら抜けた。
今まで無かった痛みに、ペアであった彼に護られていた事を実感する。
脂汗が溢れて気持ち悪い。髪が張り付いているのが邪魔でしょうがない。
「あなたが“救う”なら、ゆえは“壊す”。
救うっていう願望を壊して生き残る・・・・・・!」
ユエももう意地になっていた。ユエのため、自分のために身を投げたペアのため、もう引くことは許されないところまで来ている。
キアラ目掛けて刃先を振り落とす。キアラは双子とユエの血に塗れたパルチザンで受け止める。ガチガチと金属が擦れ合う音が武器から鳴って。
キアラは早く終えたい、ユエを楽にしてあげたら最後の最期には自分も・・・そう思いながら、パルチザンを握る手に力を入れた。
ぱきぱきぱき・・・
パルチザンが悲鳴をあげる。右舷との戦いで入っていたヒビが広がって、ポロポロとまた地面へ。
「・・・!」
キアラが一気に後ろへ退避する。
「右舷の攻撃を受けたのがいけなかったのね・・・ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・・」
「武器のその・・・槍、使えなくなっちゃったね」
ユエが数個分刃を折り、伸ばす。
使えなくなっても関係ない。そう言いたげだ。
「・・・いえ、貴女を救うまで折れないわ。私がそうだもの」
パルチザンの槍先をユエに向かって突き出す。
ユエが刃で受けるが、しなった後パキンと音を立てながら折れて地面へと落ちてしまった。
だがそのおかげで軌道がずれ、ユエの足元へと向かった。太腿の表面が切り裂かれる。何度も折ったせいで、もうカッターの刃もない。
それでも、最終手段まだあった。
キアラの腹に刃の無くなったカッターを当てる。
「竹の刃」
キアラの腹を突き破って刃が伸びる。
「、かは・・・っ」
血を吐く様から内臓が破壊されているのが見て取れた。
「引き抜いたらもっと血が出る・・・けど、しょうがない・・・よね」
キアラは先程の、もう1人の自分の行いを思い出す。
きっと、苦しみを自分以外に押し付けようとしたのがいけなかった。右舷と左舷を殺したのも、全部“キアラ自身”なのだから。
「貴女のカッターで刺して。めちゃくちゃに刺して欲しいの。原型が残らないくらいに」
「え・・・?」
「お願い、私だけ綺麗に死んではいけないの。彼はあんなに苦しんだのに・・・」
『めちゃくちゃに刺して欲しいの』
ユエにはその気持ちがわからなかった。だが、そう願うのならきっと・・・そうした方がいい、のだろう。
「わかった・・・頼んだの、そっちだからね」
「ええ、もちろん・・・怒らないわ。
・・・・・・生まれてきてごめんなさい、私はきっと生まれてこない方が良かったの」
「・・・そんなこと、ないよ」
自分に言い聞かせるための言葉だったかもしれない。キアラへの返答が、無意識にユエの口をついた。
「・・・・・・」
だが、キアラには聞こえていないのか、目を閉じてユエの攻撃を待っている。
「本当はしたくないんだけど」
ユエは現実逃避からか目を閉じ、大きな刃をキアラに突き刺すように振り落とした。
ザク、ぐちゃ、ぐちゃ、べちゃ、ばき、
水音が次第に大きくなる。骨につっかえる感覚がある。あついものが顔にかかる。服が濡れていくのがわかる。
きっと、目を開けたらもう・・・
ꕤ
雲はいつの間にか消えて、夜空に浮かぶ大きな月がユエの輪郭を照らし出す。暖かい血にまみれたユエは、呆然とした表情を浮かべていた。
そんな彼女の元に降り立つのは2人の天使。ルミエルはしゃがんでキアラの亡骸の頭だった部分を撫で、イズは真っ直ぐにユエを見据える。
「キアラさまお疲れ様です・・・ユエさまも、傷を早く手当しましょう」
「・・・・・・」
「おめでとうございます、ユエ。
あなたが優勝者、新人類です」
「・・・・・・」
ルミエルの声にもいまいち反応をみせなかったユエが、血塗れの顔のままイズを見上げる。
「勝ったの?」
「ええ、あなたが勝者です」
「終わり?」
「試験という意味では」
ぺたん、ユエは座り込んでカッターナイフを抱きしめる。
「ユエ、ゆえは・・・ゆえ勝ったって、勝ったの」
「ええ、ですがまだ伝えないといけないこともありますし、立っていただけるとありがたいですね」
立ち上がろうとする度に、逆に脚の力が抜ける。上手く立ち上がれないユエをルミエルが手伝おうとするが、緊張の糸が切れたからか、ユエはいきなり意識を手放す。
「あ、危ないですよっ・・・・・・」
ルミエルが急いで抱きかかえ、転けそうになりながらもユエのことを支える。
「はぁ・・・早速流れが滞りましたね。ルミエル、ユエを自室に運んであげなさい。目を覚ましたら続きを始めましょう」
「はい、イズさま。ではお目覚めになってからのために、お手紙も残しておきます。場所はお庭ですか」
「ええ、中庭にでもしておきましょう。堅苦しすぎるのも変に緊張させて面倒ですから」
「にしても・・・カッターナイフですか。数が多い。骨が折れますね」
イズはユエを運ぶルミエルを傍目に、小さく呟く。
世界の始まりが静かに芽吹いた。
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【Anonymous Embryo】
第7話:はじまりは静寂
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【執筆】
なえを。
【スチル協力】
隣人(キアラ)
音戯。(右舷・左舷)
ゆふ(ユエ)
2025,02,01