ep2. 問0.モノの存在意義
ep2. 問0.モノの存在意義
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【After Story】
ep2. 問0.モノの存在意義
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『貴方は地上にいれたのですから、花の他にも…綺麗なものをたくさんみれたのでしょう?』
『あ………え、えーっと………………どうだろう…?ご、ごめん、あんまり……覚えてないかな…………?ほら、けっこう昔のことだったし……』
本当は覚えてないんじゃない。アタシの記憶の容量を多く占める情景は、埃っぽくて、暗い灰色に塗りつぶされていて。ありのままを話すにはあまりにも惨めだった。
武器の価値は、役に立つか。そうでないか。
右舷は、何か地上の綺麗な景色を教えてほしかったんだろうな。そんな簡単な頼みにも応えられないなんて、アタシはやっぱり____
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花畑に囲まれた小さなお茶会。その席に、気付けばアタシは招かれていた。正面では桃色の天使が紅茶の用意をしている。
空は果てしなく広がっていて、どこからか心地の良い風が吹いては髪を揺らす。コロシアムの光景とは大違い。あの時散々見た赤色は、ここではお菓子のてっぺんの苺くらいしか見当たらない。
「どうぞ。今回はピーチティーソーダをご用意したんです」
ルミエルが、飴色の液体が入ったグラスを差し出してくる。“そーだ”ってぱちぱちするやつだっけ。味の好みはよく分からないけど、食感は多少おもしろいものかもしれない。
そんなことを思いながらグラスを覗き込むと、いつかの日に目覚めたときと変わらないアタシの姿が映っていた。
貫かれたはずの目は綺麗に澄んでいて、瞳孔の細い両の瞳がこちらを見つめ返している。他の外傷だってない。手足もアタシの言うことをきいて、思い通りに動く。
「アタシ、まだ戦える?」
ふと、そんな言葉が口をついた。
アタシ、まだやれる。今度はどこまで怪我しても動けるのかちゃんと確かめて……今度はもっと作戦も練って……
今度はもっと、もっと…………
しかし、向かいの天使は、少し困ったように眉を下げた。小さな口が開かれる。直感で、その先の言葉は聞きたくないと思った。
「もう、戦う必要はありません。
お疲れ様でした、頑張りましたね。戦いの疲れを癒しながら、今はゆっくりティータイムを楽しみませんか?」
「…………………うん。そうだね」
なんとなく予感していた通りの言葉が紡がれる。反射のように言葉を返しはしたけれど、心はちっとも追いつかない。
【今度】はなかった。
戦う必要がない。
つまり、
“アタシって必要ないんだ”
ルミエルはそういうつもりで言ったんじゃないんだろうけど、どうにもそんな思考が頭にこびりついて離れない。
……そっか、アタシ死んだんだ。
「生」も「死」もないと思っていた。アタシたちはモノなんだから。モノに対して、生きているだとか、死んでいるだとか、そういうのよく解らない。
でも、今明確に「死んでいる」と思った。
使われないこと。
武器でありながら戦えないこと。
これはモノとしての死だ。
傍らにあった、もう一つの自分である金砕棒に指を滑らせる。ひんやりとした温度が伝わってくる。ヒトも死ぬと冷たくなるんだったか。ともかく、もう熱い血を浴びることはないらしい。
「でも、もう戦う必要がないなら、どうしてまたアタシを呼んだの……?」
「あ……、ご説明が遅れてすみません……。鬼丸さまには、これから2つの選択肢があります。武器として永遠の眠りにつくか、天使となって私たちと未来を歩むか」
どうなさいますか?と、優しく問いかけられる。敗北した武器にも“これから”が用意されているなんて、きっと素敵なことだね。そう、どこか他人事のように思う。
だけど、その選択肢にアタシが満たされそうなものはなかった。
「どっちも違う……。アタシ、武器として使われたい…………」
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アタシにだって、ちゃんと武器として使ってもらえていた輝かしい過去があった。
防具で身を固めた人間が、アタシを握って、力強く振るう。壊して、殺して、土埃の中でアタシはとっても役に立った。
だけど、その栄光はひと時のものだった。
アタシを使っていた人が殴られて、地面に倒れ伏した光景を、今でもうっすらと覚えている。その後は、ずっと薄暗い蔵の中。隣のあの子や向かいのあの子は、人間に取り出されて、戦場の気配を連れて帰ってくるのに、アタシには一向に迎えが来ない。
アタシを使っていた人間や、外の色鮮やかな世界を忘れてしまうほど、長い時が経った。いつしかアタシの心の中には、アタシを使ってくれなくなった人間への恨みだけが渦を巻いていた。
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……そう、アタシはずっと使われていたかった。武器として、価値ある自分でいたかった。使われることが、武器としての何よりの誉でしょ?
なのに、みんながみんなそうじゃないみたい。ふと、二つ結びの少女の姿が脳裏をよぎる。
『あのまま飾られているだけの方が。一つの道具でいた方が。ずっと、ずっと、ずっと良かった』
困惑。苛立ち。どうして、武器として使われること、武器としての自身に揺らぎがある彼女にはまだ戦う権利があって、アタシにはもう無いの。
「……選択、天使になって武器として振るわれる未来がなくなるのもやだし、武器として惨めで孤独なあの頃みたいになるのもやだよ……。決められない……、ルミエルが決めてよ…………」
「わたしは、鬼丸さまの決定を大切に……」
天使らしい模範解答。だけどアタシの様子を見てか、その言葉は途中でとまって、代わりにルミエルがふわりと隣へやってくる気配がした。
「……そうですね。わがままが許されるのなら、わたしは鬼丸さまとこれからの未来もご一緒したいです。そうなったら、うれしいなって思います」
少しだけ、いつもよりルミエルの声が子供っぽい気がする。
「ほら、今が悲しくたって、未来はわからないでしょう?悲しいままに眠るより、素敵かもしれない未来に賭けませんか?」
素敵かもしれない未来。でも、もっと惨めになる未来だってあるかもしれないじゃん。
でもでも、今この状態で眠ることができる気もしない。なかなか眠れない夜を過ごすことだってあるアタシが、上手におやすみなさいできるのかな。
でも、でも、とぐるぐる巡る嫌な考えに支配されそうになった時、ひとつの言葉が耳に届いた。
「何より、わたしは……わたしの望む素敵な未来には、鬼丸さまが必要です」
何かが胸にすとんと落ちた。
“必要”だって。必要……必要かぁ…………。
じわり、視界が滲む。
アタシは、ずっとその言葉がほしかったのかもしれない。蔵にしまわれて、見向きもされなくなっていたあの頃から、ずっと。
そう言ってくれるなら、アタシは“素敵かもしれない未来”に騙されてあげてなくもないよ。ルミエル以外にも、もしかするとアタシを必要としてくれる人がいるかもしれない。それなら、
「……ひとりになるよりは、………そっちの方が、いいかな…。」
ルミエルに差し出された手に、そっと自分の手を重ねる。どうせ、何を選んだってアタシが満たされることはない。それなら、望まれるほうを。少なくとも、天使になれば孤独で惨めな思いをすることはないんだ。
重ねた手をひかれ、ルミエルに抱き止められる。そのまま、柔らかな羽根に包まれるようにしてアタシの意識は溶けていった。
そういえば、右舷はアタシからの頼み事を聞いてみたいって言ってたっけ。
天使になってやりたいことがあるわけでもない。時間をもてあましたら、私の頼み事っていうの、もう一度考えてみようかな……
____fin
【執筆】
音戯。
【スチル】
音戯。
2024,06,30